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特務機動部隊シュガーエンジェルス



   番外編 雅ちゃんの誕生日

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"








「そういえば、入寮してからわからないこと………あるんですよね。っていうか、疑問って言うか。」
雅が、スプーンを口元に運びながら、言った。
「え?疑問?なになに?」
2013年10月12日、午後7時過ぎ。女子寮の食堂で、いつものように雅、そしてその対面に渚の姿。一緒に夕食を摂っている時の会話である。
「確か、入寮する時に、入寮規則のを読んだんですけど………。」
「うんうん、規則ね?」
「うーんと………、いえ、やっぱりいいです………。」
「そう?分からないことがあったら何でも訊いてね、雅ちゃん。」
「はい。」
その時は、それで終わったのである。

 が、しかし、雅のその疑問は、彼女自身が数日後に身をもって体験することになるのである事を、彼女が知る由も無かった。



「っていうか………今日に限ってなんでこんな仕事………。」
それから4日後の16日、時計の針は夜8時を回ろうとしていた。普段は、ほとんど定時の17時頃には帰れるはずなのに、今日に限って仕事の量が多かった。彼女のデスクには、彼女に合わせた新しいコックピットに関する設計についての様々な案件が書かれたプリントが置いてある。
 なぜか、今日になって急に渚によって渡されてしまったそれらを前に、
「まったく………」
夜の事務室に一人、美少女が頭を抱えながら仕事をしている姿は、なぜか様になっていた。「でも、空調とかの事………春菜さん、ちゃんと考えていてくれたんだ。もう、忘れていたと思っていたけど。」
その中の書類の一枚に、最初に設計されたコックピットとは異なる仕様のある一部があることも、雅は見つけていた。春菜のことを、雅はそういう部分から仕事に対してはしっかりとした面がある事を見抜いていた。
「エアダクトがこの部分ってことは、間接的な空調って事なのかな?」
ブウラカスの操作には、神経を集中させなければならない。そして、少しでもパイロットの負担を軽くするため、空調で整えられた空気が直接の流れとなってパイロットの体に触れることがないような設計となっていた。空間を有効活用しなければならない部分であるのに、しっかりと考慮されているようだった。
「ま、実際に物が出来てみないと分からないって、春菜さんも言ってたな………。」
書類を前に美しい長い黒髪の美少女は、肩を解すように上下に軽く動かす。
「ああ…………もうこんな時間…………。」
気づくと、夜8時30分を過ぎようとしている。
「なんでこんな子供にこんな時間まで仕事させるんだー、人権侵害だー!」
背後に人が近づいていることも気づかず、雅は両手を伸ばして言い放ち、そして姿勢を戻して再び仕事に着手しようとする、その時、
「雅、がんばってるわねー。でも今日は、この辺で良いわよ。」
「え!?」
先ほど雅が言ったことは、春菜も耳にしていたが、それは咎めず、急に背後から話しかけたのである。雅はおもむろに驚いた。
「あ、ああ………春菜少尉………いつからいたんですか?」
「気づかなかった?もう10分くらい前にはいたわよ?」
「そ、そうですか………。」
「仕事熱心ね、結構結構ー。」
ということは、”人権侵害だー!”と言ってしまったことも春菜に聞かれていたのは明らかで、春菜がここで仕事を制止したのはまさか、と思ったのである。
「あ、どうしたの?雅。帰るわよ、早く、書類をしまいなさい。」
「え………、あ、あはははは………。」
雅は、右手で自分の頭を撫でると、春菜から言われた通りに、仕事の片づけを始めた。



 春菜の運転する車は、それから1時間も経たずに女子寮の駐車場に着いた。雅は、毎日の多くの通勤を渚と共にしていたが、遅くなったこともあり春菜の車に乗り帰宅した。
「さ、家に着いたわよ。」
「はい、ありがとうございました。」
春菜と雅は車を降りて、女子寮の正面玄関から中に入った。そして、玄関から入ってすぐにある階段に上り、部屋に戻る。
「あ、雅ちゃん。夕食一緒に食べない?20分くらいしたら、来るから。」
「分かりました。」
雅の自室の前で二人は別れ、それぞれの部屋に入る。
「あー、疲れた………。」
一日中書類を前に仕事をしていたせいか、部屋に戻ると雅は体に疲れが急に出てきたことを感じる。
「やっぱり、この体になってから………体力落ちてる………。」
18歳の青年から、12歳くらいの少女の体になってしまっては、体力が落ちるのは当然ではあった。彼女は、仕事用具の入った黒色のスポーツバックを置くと、ベットにその身を投げ、大の字になった。
「はぁ………。」
寮に来て2ヶ月目が経とうとしていたが、まだ雅の部屋はあまり生活感がない。というか、少女としての年齢相応の物が少なかった。

「雅、夕食行くわよ?」
それから20分くらい経った後、廊下の向こうから春菜の声がしたので、疲れている体を起こし、部屋の入り口に急いだ。
「春菜さん、書類見ました。ちゃんと、考えてくれたんですね。」
「あたりまえじゃない、それが私の仕事なんだから。」
2階から1階に降りる階段を下りる途中の会話だった。
「あ、あれ?」
食堂のドアの真ん中はガラス張りで、中が見えるようになっているのに、なぜか今夜はカーテン、というよりは暗幕のような物で中の様子が見えなくなっている。
「ん?どうしたの?」
「いえ………。」
そして、食堂に入るドアの前で、
「雅ちゃん、先に入ってね。」
春菜は、なぜかそう言った。
「あ………はい?」
春菜に促され、雅はノブに手を掛け、そしてドアを押した。その瞬間、
「雅ちゃん、誕生日おめでとうーー!!」
と、食堂の中にいる入寮者の一同から声を掛けられた。そして、パンパーンと、それぞれの手に持つクラッカーを破裂させた。
「あ………」
テーブルの上には、大きなバースデーケーキ、そして普段食堂では出されないようなご馳走、それにたくさんの飲み物が置かれていた。
「春菜さん、これは………」
雅は、振り向いて春菜の方を見る。
「雅ちゃん、誕生日おめでとう。
そして、春菜は頷いて雅の背中を軽く両手で押した。
 女子寮のみんなは雅の誕生日のために、待っていてくれたのである。そこには、正美の姿もあるし、いままでに見たことのない女性の姿もあった。
「おめでとう、雅ちゃん!!」
みんなから口々に言われ、すこし恥ずかしくなったのか、雅は赤面しながら食堂の中に入ったのである。
「みなさん、ありがとうございます。」
雅はそう言うと、頭を軽く下げた。
「そうそう、一応対面上12歳の誕生日って言うことになっているから。」
春菜は、雅の耳元で、そうささやいた。
「分かりました、春菜さん………ありがとうございます。」
「さてっと、主賓が来たところではじめましょうか。」
春菜はそう言うと、一同は盛り上がった。

 Happy birthday to you の歌を歌い終わると、雅はケーキの蝋燭の火を消すようにみんなから促された。
『確かに、12本………』
雅は、ケーキを前に蝋燭の本数を数えた。そして、食堂の照明が消され、雅が蝋燭の火を吹き消すと、もう一度
「おめでとう!」
と一同から声を掛けられた。


 そして、さっそくパーティーは始まった。コップに、思い思いの飲み物がつがれてゆく。ほとんどの人のコップに、それぞれがそれぞれのコップに酌をしてゆく。そして、
「雅ちゃん、ほら、コップを持って?」
春菜は、両手にビールの大瓶を持ちながら言う。思わず、雅は手元にあるコップを両手で持ち、春菜の方に向けながら、それでも
「え?あ、あの………?」
「いいの、いいのよ今日は。」
春菜は、雅のコップにビールを注いでゆく。見ると、正美のコップに秋美がビールを注いでいく姿がある。
「女の子はお酒で育てるって言うじゃない?」
「あ………あの………?」
ビールはもとより、酒を飲むこと自体今までに機会が無く、雅は困惑している。
「大丈夫だって、少しくらい。それに、今日は貴方が主賓なのよ?貴方が飲まなくてどうするの?」
「え………あ………」
そして、雅のコップもビールが注がれた。
「さて、それでは………乾杯の音頭を、正美さんにお願いしたいと思います。」
春菜に振られて、正美が答える
「うむ………そうか、分かった………。」
正美は、両手でビールの入ったコップを掲げると、
「雅、誕生日おめでとう、乾杯!」
と、音頭をとった。そして、一同が乾杯の音頭に合わせて、それぞれ
「かんぱーい!」
等と言いながら、雅の持つコップへと寄せる。そして、ほとんどが一息に飲み干してしまった。

「そういえば、あの人は誰なんです?」
雅の目にとまったのは、違うテーブルの席に座る、まだ見たことのない女。年齢は20代後半くらいといったところだろうか。ショートヘアにきりっとしたまつげ、そして170cmくらいはありそうな長身が印象的な女だった。
「ああ、彼女?榊原綾子(りょうこ)少佐よ。軍令部のお付きの人よ。」
「それって、偉いんですか?」
「まー、本部な訳だし、そう言えばそうかもしれないけれど。」
そして、綾子は雅と春菜の視線を感じたのか、席を立つと雅のところにやってきた。
「誕生日おめでとう。噂は聞いてるわよ、雅さん。」
「は、はじめまして、榊原少佐。」
「あら、ここでは階級は無しでしょう?ましてや、今日は雅さんのお誕生祝いなのだから。」雅が最初に感じていた綾子の冷たそうな目は、意外に暖かいものに変わっていた。
「ありがとうございます、少佐。」
「あら、私は榊原綾子よ。」
「榊原さん………ですか?」
「……………まだ、慣れてない?雅さん、それとも、結城雅(まさ)君と呼べばいいかしら?」
その彼女の言葉を聞いた時、春菜は顔をしかめた。
「えっ………」
「あはは、そんな顔をして?可愛い顔が台無しじゃない。いいのよ、知ってるから。綾子って呼んでくれればいいから。あなたも正美さんと一緒なのでしょう?」
実際のところ、雅にはまだ女性の名を呼ぶ時に、名字ではなく名前で呼ぶことに見えない壁があった。
「は、はぁ………。」
”そういえば、僕は正美さんがどうして今のような姿になったのか、知らないんだよね”
ゆっくりとビールを可愛らしく飲んでいる正美の姿をちらっと視線を変えり見て、そして再び綾子の方に視線を向け直す。
「ま、とにかく上の方じゃ期待してるみたいよ。頑張ってね。」
「は、はい………。」
そういうと、綾子は再び自分の座っていた席に戻った。



「はぁ………なんか、体が変………」
妙に顔が火照るのを雅は感じていた。夜11時を過ぎ、会は終わり彼女は自室に戻っていた。そして、彼女の部屋にはみんなからのプレゼントが置かれている。
「そういえば………いったい何だろう………」
調べてみると、プレゼントは、やはり女の子向けのアイテムばかりだった。
「これは………Candy Snowのジャケット?こっちはPastel Heartのダッフルコート………それに………下着のセット?こ、これ………渚さん!?Pureってところのらしいな………。このパジャマは………春菜さん………って、なんでこんなフリルがついてるんだ?」
後日、彼女は知ることになるのだが、どうやらプレゼントの多くは雅達の年代の少女達にに流行(はや)りのブランドの物。そして、それらの価格帯を知った時、頭が思わず痛くなってしまいそうな金額である事も。
 広げたプレゼントの洋服は、これからのシーズン、秋冬物ばかり。どれもピンクやイエロー、ライトブルーなどの原色系のかわいいデザインや、冬物でありながらスリムな体型を強調するような物ばかりで、まさしく女の子達が着るような物ばかり。
「ああ………どうしよう………。これって、結局着ないとまずいよね………。」
その時だった。部屋の呼び鈴が、音をたてる。
『ピンポーン』
「あ、はいはい?」
そして、ドアを開けると春菜と渚の姿があった。
「あ、春菜さん渚さん、今夜は有り難うございました。」
雅は、軽く頭を下げる。
「いいのよ、気にしなくて雅ちゃん。ところで、プレゼント気に入ってくれた?」
春菜に聞かれたので、
「あ、有り難うございました。本当にうれしいです。」
「今度、着てみせてね、雅ちゃん。それはそうと、お風呂行かない?未だ行ってないでしょ?」
「あ、はい。分かりました。」
こうして、雅は春菜達に誘われて大浴場に向かった。



 大浴場に着くと、さっそく3人は服を脱いで浴場に入る。すると、浴場に入っている正美と秋美の姿があった。そして、なぜか普段の浴場のシャンプーやリンスの香りとは違うにおいが漂っている。
「あ、正美さんと秋美さん、どうもありがとうございました………って、え?」
なんと、先に入っていた二人は、浴場に日本酒を持ち込んでいたのである。
「えええっ!?」
「……………。」
正美は、雅達の方を身ながらも、何も言わない。ただ、頭にタオルを載せおちょこを右手に持っている。その長い髪が肩に掛かり、湯に浸かっている。
「あら、雅ちゃんー。春菜も渚も来たのねー」
そして、秋美も正美と同じデザインのおちょこを右手に持っている。そして、秋美の様子は普段と何か違う雰囲気を出している。
「あ、秋美………な、なにやってんの!?」
春菜は呆れ驚いている。
「あの、ここでの飲酒は禁止されてますよ………?」
渚も、春菜の背後から抑えた口調で言う。
「いいのよ、いいのよそんなこと。さ、雅ちゃんも飲みなさいよー」
そう言うと、秋美は持っていたおちょこを雅に差しだす。思わず、雅は中腰になり、両手で受け取ってしまう。そして、すぐに秋美はとっくりを持つと、雅の持つおちょこに酒を酌した。
「さ、ぐいっと行きなさい、ぐいっと。」
「えっ………。」
背後にいる春菜はいつのまにか仁王立ちになり、秋美と雅の方を見下ろしている。というか、睨みつけているといったほうが正しいだろうか。
「秋美、あんたのせいでしょ?大浴場では禁酒なんていう寮則が出来たのはっ。分かってるの?」
その時、黙っていた正美がこういった。
「雅………飲みなさい。」
その正美の目は完全に据わっている。
「しょ、少佐まで何を言っているんですかっ!」
「これは、上官の命令だぞ、雅。」
「……………」
湯船に浸かる正美と秋美、そして背後の春菜と渚に挟まれ、雅はどうしようと思った。
「で、でも……………。」
雅は思った。
”こ、こういう理由(わけ)だったんだ”
疑問の謎が解けた。寮則にある「大浴場では禁酒」という項目は、秋美によって追加された項目であることを。そして、秋美が酒乱かも知れないと言う新しい疑問が、雅に追加された。
「うう………。」
背後の春菜を気にして振り返ると、無言ではあるが
”雅、飲んだら駄目よ。”
と声が聞こえそうな、あくまで仁王立ちのままの春菜の姿。
「な、渚さん、助けてくださいよーー!」
雅は、挟まれて思わずこう叫んだのだった。


 こうして、雅の表向き12歳の誕生日は、過ぎ去っていったのである。


 このあと、いったい5人はどうなったのかというのは、5人の共通の秘密の一つとして、誰も知らない。
 敢えて付け加えておくと、正美と秋美の二人を大浴場から出すのに、雅と春菜と渚は相当苦労した、ということだけは、ここに記しておこう。


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