特務機動部隊シュガーエンジェルス



第19話

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"



「えーーーっっ!」
 雅が持ってきたチケットを見て、衣里は驚きの声をあげる。
「衣里ってコミュニケータ持ってないから。早く伝えたかったんだけど、今日の午前中って移動教室と体育だったし。」
「びっくりしちゃった。東京ねずみランドの特別招待券、しかも5枚も!?」
「うん。だから、衣里も誘おうと思って………、って沙百合と明日香と優子と衣里にって。」
 昨日の夜、春菜からプレゼントされたチケット5枚。
「絶対に、いくいくっ!」
 衣里は雅の両手をそれぞれの手で握ると、元気よくそう答える。
「でもね、明日香は行けないんだよね………。」
「残念だけど、その日は部活の試合で無理なんだよね………。ほんと、残念。」
 私ははしゃいでいたので、本当に残念そうな明日香に、
「ごめんね、明日香。」
「ううん、気にしないでいいよ、衣里。雅がせっかく誘ってくれたのに、断るの私のほうだもん。それで、余った1枚どうするの?」
「それなんだけど………。私、この学校に着てからみんな位しか付き合いないから………どうしようかと思って。」
 雅は困ったような顔をする。
「雅っち、中等部からの編入だもんね。もしかしたら雅っち、私たち以外とはあんまり話したこと無い?」
 左手の人差し指を伸ばして、『ちっちっ』というようなゼスチャーとともに、優子が、するどい突っ込みをいれた。
「……………。」
 その突っ込みは、雅には図星らしい。雅は、何も答えない。優子もまずいことを言ってしまったと気づく。そして、5人の会話が止まってしまう。
「そ、そうね。1枚もし余っているなら、その1枚、宛があるんだけどー………。」
 と、私はとっさに言ってしまった。
「え?」
「実はね、私の従妹がうちの学校目指してるの。中等部からの編入だけどね。」
「そうなのですか?」
 私の言ったことに、沙百合が答える。
「だから………どうかなって思って。」
「うーん………分かったよ、考えておくね。」
 と、雅はそう答えた。

 その日の夕方、サイエンス横須賀本部。
 
 
「柏木雅特務少尉です。」
 サイエンスの春菜の専用室のインターホンを使って、在室中の春菜を呼ぶ雅がいた。
「あら、どうしたの?入って良いわよ。」
 部屋のインターホンから、答える春菜。そして、オートロックが解除された。
「あ、すみません………」
 雅は、そう言いながら春菜の部屋に入った。
「珍しいわね、雅少尉。」
 いままでに数回しか入ったことのない春菜の部屋。部屋のレイアウトは、隣に専用室を持つ雅の物とほとんど変わらない。
「忙しいところ、申し訳ありません。」
「かしこまっちゃって、どうしたの?散らかってるけど、まぁそこの椅子にでも座って。」
「はい、失礼します。」
 雅はそう言うと、春菜の言われたとおり椅子に腰掛ける。春菜の部屋は、女性の士官の部屋といっても、かなり散らかっている。散らかっていると言っても、たくさんの紙の資料ばかりである。特殊な機材や本などは、しっかりと収納に納められている。
「で、用件は何?」
 春菜に聞かれて、雅は
「学校の事なんですけど。」
 と答える。
「学校?セシリア女学院の事?」
「はい。」
「学校で、何かあったの?」
「実は、セシリア女学院って部活動とか、授業以外の事も重要視する校風で………」
「それがどうかしたの?」
「その、在学生達に部活に入らないかと誘われていて………」
「そうなの。」
「いまは、放課後になってすぐにここに来ているのですが………。」
「う〜ん………。」
 春菜は雅に言われて、困ったような顔をして腕組みをする。
「雅少尉って、学校では普通に女子中学生よね。」
「そうです。」
「だったら、在校生って友達でしょ?」
「はい。」
「だったら、何故そんな”在校生”なんていう言い方するの?」
「それは、こういう場だからです。学校ではこんな事絶対無いです。」
 春菜にそう答える雅の口調は、春菜の知る僅かな期間、雅(まさ)の卒業を控えた”男子高校生”のそれだった。
「で、雅少尉はどうしたいの?」
「出来れば、授業以外の事も………」
「そっか。やっぱそうよね。雅少尉………。」
 すると、春菜はデスクに置かれている青い色のファイルケースを取り出し、中にしまってあるA5版の紙を一枚一枚調べてゆく。
「確か………このあたりに有るはず。」
「何ですか?」
「あなたとの契約書を探してるの………ああ、あったわ。う〜んと………セシリア女学院の生徒としての全ての活動について保障する、ただし緊急事態時についてはこれを保障する物ではない……ってあるわ。」
「………といいますと?」
「つまり、雅少尉が学校で行う活動については、たとえ時間をとったとしてもそっちが優先ってこと。」
「そうですか。」
「そういえばね、このことは言ってなかったんだけどね。沙百合少尉も同じ事を言ってきたのよ。」
「そうですか………。」
「基本的にはあなたも沙百合少尉も同じ条件なんだけどね。私たち、軍隊っていっても戦う部署じゃないから。柏木大佐にも上申しておくわ。」
「お願いします。」
「用はそれだけ?」
「はい。」
「そうそう、私からも雅少尉に話さなければならないことがあったわね。」
「なんでしょう?」
「その、先日の雅少尉の診断の結果なんだけど………まだ詳しいことは出ていないけど、おそらく何も問題は無いと思うから。」
「はい?」
 春菜に言われて、雅は一瞬何の事だか分からなかった。
「その、女の子の日の事。」
「あ………。」
 初めてアレが来た翌日、雅は横須賀にある海軍病院で検査を受けていたのである。
「さてっと、そろそろ休憩時間は終わりよね。私も後でモニタ室にいくから。」
「分かりました。」
 そう言うと、雅は立ち上がる。
「あ、昨日のチケット、ありがとうございました。学校の友達と行くことになりそうです。」
「そっか、よかったよかった。」
「では、失礼します。」
 雅は軽く礼をすると、春菜の部屋を出た。
『はぁ、やっぱりこういう会話って苦手かな………でも普段通りってわけにもいかないし………』
 そんな風に思いながら、雅はモニタ室に向かう。

 雅が戻ると、すでに沙百合がシミュレータ2号機に搭乗して起動操作を行っていた。
「雅ちゃん、おかえり。」
 渚が、戻ってきた雅の姿を見てそう言う。
「戻りましたーって、もう沙百合乗ってるんですか?」
 珍しく、秋美の姿もあった。
「ええ、2号機ね。そういえば、3号機ももうじき届くわよ。」
「3号機?」
「3号機っていっても、3号機とは言えないかもしれないけれど。
「え?どういうことですか?」
「3号機のテストは、ここでは動作確認するだけよ。そうしたら、実機に搭載する予定なのよ。」
「実機って………」
 雅は思い出した。御殿場の南富士演習場で実弾発射実験を行ったのが、実機のはず。あのときは、まだ腕の部分しか出来ていなかったはずだ。
「案外、ボディーの方は順調みたいよ。本当に動くのかはやってみないと分からないけど、マニュアル操作での検証は向こうでやってるって言うし。」
 ブウラカスシステムの脳波によるコントロールシステムの開発は横須賀本部で行っている。しかし、雅は他の部分がどこで開発されているのかを知らされていない。
「”向こう”、ですか?」
「サイエンスの他の場所にある研究所ね。」
「そうですか。」
「意外と、進んでいるのよ。ここはコントロールシステムしか開発していないから、知らないでしょうけど。」
「そうなんですかー。」
「3号機、操作関係若干仕様変更があるらしいわよ。」
「え?」
「それが分かったら、ここにある1号機と2号機もそれにあわせて改造するから、そのつもりでいてね。」
「わかりました。」
「ま、いままでは基本的な動作パターンのスイッチしかなかったけれど、この改造で火器管制システムが入るはずよ。」
「火器管制システム………というと………」
「兵装を動作させるシステムね。」
 当たり前のように、秋美は言った。
「そうですか………」
 日頃操作を実験しているこのシステムはあくまで兵器である事を、改めて思い知らされる雅。
「コックピットの予定の位置通りに、HUDなんかも搭載するはずよ。F−22Jに搭載されている物の転用だけれど。」
「え、F−22JのHUDですか?」
 F−22Jといえば、アメリカが開発した高いステルス性能を持つオールラウンダー、F−22の日本ライセンス版。今回の戦争で、初めての本格的な実戦初参加………のはずが、当のアメリカ軍も高価すぎてほとんど使われていないとか。
「なんか、すごいですね。」
「私たちは、HUDなんかよりもすごいシステムを作っているけれど。」

 秋美とそのような会話をした後、シミュレータ1号機に搭乗した雅も、すぐにスタンバイをする。
「パターンCからパターンFを連続で操作してください。」
 頭につけたインカムから、モニタ室の渚の声が聞こえる。
「パターンCからパターンF連続操作、了解。」
 雅はそう答えると、シミュレータのコンソールを操作する。
「マニュアル操作から、脳波に切り替えます。」
 起動してスタンバイが終わり、インカムを通して渚に報告すると、
「いえ、今日はこのままマニュアルでお願いします。」
「あ、はい。マニュアル操作了解。」
 指示に従って、脳波による操作には切り替えなかった。

「で、このシステムがマニュアル操作でどこまでやれるかって、上は言ってる訳ね。」
 モニタ室にやってきた春菜が、そう言っている。渚の座っているコンソールの真後ろで、春菜と秋美が立っている。
「筑波の連中は、脳波コントロールについてはまだ懐疑的だそうね。」
 秋美が言うと、
「ええ。ま、いろいろあるから。」
 と春菜は答える。
「でも、適合者が見つからないというのは間違いないわよね?沙百合を使う事自体、間違ってるじゃない?」
「……………。」
「海軍の作戦参謀の娘ね。それと確か、菊正宮グループの三男とかよね。世が世ならお姫様よ、彼女。うちにだって、いろんな物納品してるわよね、あそこ。」
 秋美は、双子の姉の春菜の方針には反対していた。特に、雅の事故と沙百合の起用が重なり、元々の軍隊への不信感が戻ってきている。春菜が海軍からスカウトを受けた、あの頃のように。
「何が言いたいわけ?」
「春菜、あなたこのプロジェクト、失敗したらどうなるか分かっているの?」
「失敗を恐れていて、研究者は務まらないわよ。」
「いい覚悟ね。」
「秋美、あなた一体何が言いたいわけ?」
「とにかく、榊原綾子。あれには気をつけて。横浜中華街のあの件。それしか今の私には言えないけど。」
 突然、”メンバーの一員”の名前を出した秋美に、春菜は少し動揺する。
「じゃ、私はこれで行くわ。これから市ヶ谷だから。」
「そ、いってらっしゃい。」
 そして、秋美はモニタ室を出て行った。

 秋美がモニタ室から出て行ったので、春菜は渚に話しかける。
「で、二人の様子はどう?」
「やはり、マニュアルでは時間がかかりすぎます。」
「マニュアルではコントロールしきれない。脳波での操作は超高速だけど、信頼性はまだまだ………。」
「中尉、中尉がそのような事をおっしゃられては。」
「それはそうだけど。でも、実際そうなわけよ。」
「いろいろ、難しいですね。」
「ま、このシステムに既存の装備をつけるってわけでしょ。上からの命令だから拒否は出来ないけど、マニュアルでなんかで使ってたら、性能は発揮できないわ。」
 先進技術の不信頼と、既存技術の信頼。これは、開発者にとっては大きなジレンマだった。
「とにかく、先に進むしか無いのよ。」
 春菜は、自分に言い聞かせるように言った。

 翌日、セシリア女学院中等部。前期の中間試験が終わり、生徒達は戻ってくる試験の結果に期待や不安を持つ、様々な表情をしながらの授業となった。
 雅の在籍している1年A組の間では、二人のうちのどちらかが学年首位をとるだろうと噂されていた。4月と5月の月間試験では、二人がそれぞれ1位の成績を分けていたからである。
 職員室のそばの廊下にある掲示板に張り出された上位成績優秀者のプリントに、生徒達が集まっている。雅はと言うと、セシリア女学院での成績については全くと言っていいほど気にしてはいなかったのだが、それでも沙百合達と一緒に見に行くことになった。沙百合と雅、1年生の最優等生の二人が一緒に歩いて来たのを見て、集まっていた生徒達は混み合っている廊下に自然とスペースを作る。
「……………あら、総合得点は雅さんと同じ、489点ですわ。」
 沙百合は、自分が1位なのには平然としていた。いわゆる、国語・数学・理科・社会・英語の基本5教科の総合得点は、沙百合と雅は同じ得点だった。それぞれの内訳は発表されてはいない。
「雅さん、またがんばりましょうね。」
 沙百合はと言うと、普段と変わらない笑顔で隣の雅に話しかける。雅は、内心現役中学生と同じ得点というのには少々複雑な胸中ではいたのだが、
「うん、そうだね。」
 と沙百合に答える。
「あーあ、やっぱし沙百合と雅かぁ………」
 一緒に掲示板を見に来た、衣里が言う。
「まー、当たり前といえば当たり前なのかなぁ?」
 優子が、プリントを見ながら言った。上位20位までの者の名前が掲載されていて、そこには優子の名前もあった。
「なんだかんだ言って、優子もすごいんだよね。私たち二人は………はぁ………。」
 明日香と衣里の名前は入っていなかった。
「これから頑張ればいいのですよ。」
 沙百合は嫌みなつもりで言っているのではないが、
「初等部からずーっとその言葉聞いてるよ。」
 と、衣里は答える。

 初等部から成績優秀で通っていた沙百合はもとより、雅も中等部の生徒達から注目を集めることとなってしまったことに、雅は自覚していなかった。

 それから数日して、移動教室で忘れ物を教室に取りに戻った雅は、教室で自分の席で忘れ物をとって再び移動教室の教室に戻ろうと廊下に出たとき、
「あの、柏木雅さん………ですね?」
 と、話しかけられた。
「え?」
 振り返ると、そこにはB組であるバッヂを胸ポケットにつけている見慣れない生徒がいた。
「うん、そうだけど?」
「あの、柏木さんって、菊正宮さんとお付き合いされているって本当ですか?」
 突拍子の無いことを聞かれて、
「……………は?いま、なんて?」
 と、雅は答える。
「菊正宮さんとお付き合いされているのですか?」
「え?沙百合と?沙百合はただの友達だけど、どうかしたの?」
「い、いえ、何でもないです………どうもありがとうございました。」
 というと、その生徒は軽くお辞儀をして、小走りに雅の前から去ってしまった。
「な、いったい………??」
 廊下に一人、雅がぽつんとあっけにとられていた。

「幸奈、よかったね!柏木さん、菊正宮さんと付き合ってないって!」
「そ、そっか。」
 そして、それからまもないB組の教室で、先ほど雅に話しかけた生徒がと、幸奈と呼ばれた生徒が話している。
「ねーね、それでいつ柏木さんに告るの?」
「そ、そんな事言われても………。」
 幸奈は、顔を真っ赤にして答える。
「私は応援してるよ、がんばれ幸奈!」
 と、ぽんぽんと幸奈の肩を叩きながらいった。
「ま、まどか?わ、私………まだ告るなんて、決めてないよ?」
「でもさ、柏木さんって言われてみれば可愛いよね。菊正宮さんは高嶺の華だけど、柏木さんならOKって感じするもん。私も狙っちゃおうかなー?」
「そ、そんなっ」
「あはは、幸奈かわいー、ムキになっちゃってるーっ」
 そう指摘されて、幸奈はさらに顔を赤くした。


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