特務機動部隊シュガーエンジェルス



第18話

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"



 その日の放課後、学校が終わった後のサイエンス本部。
 
「新型機の具合、どうかしら?」
 春菜が、ブウラカス試験機のモニタ室にやってきた。
「おはようございます。」
 2台の試験機に接続、モニタをしている端末の席に座る渚がそう答える。
「それが、新型の方で操作している雅少尉ですけど………どうも調子が悪いみたいようです。ロールアウトしたばかりですので、システムの不良も考えられますけど………。」
「あら、そうなの?」
「はい。雅少尉の脳波はいままでにないくらい不安定です。」
 いままでブウラカスシステムのシミュレータパイロット席は1台しかなかったのだが、つい1週間前に完成したばかりの2台目の導入が始まっていたである。
「確かにこれは良くないわね。」
 雅の脳波のモニタ状況は、確かに良くないようだ。
「いままでのアベレージデータも表示してくれる?」
「はい、分かりました。
 春菜の命令に、渚は端末をすぐに操作する。
「いままでのアベレージとくらべても、3割くらいしか脳波のヒットはしていないわね。いったいどうしたのかしら?」
「先ほど、ハード的な問題が無いかどうか確認はしたのですが、問題は見あたらないですようです。」
「ということは、ソフトなのか………それとも………。岸和田君、電気的にはどうなの?」
「先ほど片倉曹長が言ったとおり、問題はありません。」
 モニタ室のモニタに映る、シミュレータ2号機の座席に座り目を閉じた雅の姿を見つめながら春菜は言った。
「ソフトウェアのバージョンは?」
「今日午前中に、いままでのバージョンに戻しています。1号機のバージョンと同一です。」
「そっか、それならそういう問題は無い訳ね。」
「はい。」
 2号機の導入に伴い、ソフトウェアのバージョンも改訂されたものが納入されてはいたが、まだ本格的には導入していない。
「1号機と2号機との連帯動作とか、当然無い訳よね。」
「はい、ですから干渉することはありえません。沙百合少尉のほうは、通常通りのスコアで問題は特にありません。」
「そっか。じゃ、いまから20分休憩とらせて。それから、二人を逆に乗らせてみて、様子を見るわ。」
「はい、分かりました。」

 それからまもなくして、与えられた休憩時間によってそれぞれのシミュレータから降りた2人は、休憩室に行く前にトイレに寄っていた。
「なんか、調子悪くて………」
「雅さん、大丈夫ですか?」
 それぞれ用を足した後、洗面台の大きな鏡の前に立つ二人。
「お腹痛くて、たまらない………。」
「春菜さんにお願いしたらどうでしょう?」
「うーん、聞いてくれるかな?2号機の試験、急がないといけないって言うし。」
「とりあえず、話した方が良いのではないでしょうか?」
 雅は、はじめてアレが来た事は春菜達には話していない。
「雅さん、今日初めての2日目でしょう?」
「2日目?」
「あ、わからないですか。生理が来て2日目ということです。」
「うん、まぁ確かに2日目だね。」
「2日から3日にかけてが一番大変ですから………。」
「そうなんだ、知らなかった………。」
 雅は沙百合に言われてみて思い出す。そういえば、今日は昨日より出てくるモノが多いように感じる。
「沙百合もそうなの?」
「そうかもしれませんけどね………とにかく、話した方が良いですよ?」
「えー」
 雅は躊躇する。ここでそれのことを知られてしまったら、後で大変な事が起きそうな予感がしたからだ。
「悪いんだけど、黙っておいて。」
「はい。」
 ぴしゃりと雅に言われたので、沙百合も頷いた。

「あ、いたいた。」
 それからまもなくして、休憩室で飲み物を飲んでいた雅と沙百合に春菜が話しかける。モニタの結果は二人には告げず、
「休憩時間が終わったら、今度は乗り換えてみてくれる?」
 と話す。
「はい、分かりました。」
 雅は、平成を繕って春菜の命令にすぐ答える。しかし、沙百合は違った。
「あの、春菜中尉。」
「なに、どうしたの?」
「雅さんの体調が悪いようです。」
「え、そうなの?」
 突然沙百合がそんな事を言ったので、春菜も雅もびっくりする。
「ま、まぁ本当は体調は良くないというか………。」
「大丈夫?」
 春菜は雅のモニタの状態が良くない事を知っていたので、それでぴんと来る。
「それじゃ、今日の所はここまでにしておきましょうか。」
「いいのですか?それなら助かります………。」
「体調悪いときは言ってね。雅ちゃんたちの変わりはいないんだから。」
「はい。」
「そうだ、せっかくここにいるんだし、那賀谷先生に見てもらう?」
「えっ………。」
「気にすること無いじゃない。じゃ、二人とも今日はここまででいいわ。でも、沙百合ちゃん悪いんだけど、那賀谷先生の所に連れて行ってあげる?」
「はい、私は構わないです。」
 雅が答えないうちに、勝手に話が進んでしまう。
「大丈夫ですー。」
 雅はそう春菜に答えたのだが、
「雅ちゃん、これは上官の命令よ。」
 ”上官の命令”と言われてしまっては、仕方がない。
「というわけで、よろしくね。雅ちゃん、お大事に。じゃ、私は行くから。」
 そういうと、春菜は二人を背に休憩室から歩いて出て行ってしまった。
「こういうときって、春菜さん押しが強いんだよね………。」
 雅は、ぽつりと言った。
「え、雅さん何か言いました?」
「あ、え、何も言ってないけど?」
「それでは、これを飲み終えたら那賀谷先生の所にいきましょう。」
「うん………。」

 そして、医務室の前。
「本当に行くの?」
 扉を前に、渋る雅。
「行くって、ここまで来てそれはないでしょう?それに上官の命令ですよ?」
 屈託のない微笑みをしながら、沙百合は言う。雅は、沙百合のそんな微笑みが好きだった。けれど、こういう時にそうされると、困ってしまう。二人が入口の前でやり取りをしていると、突然扉が開く。
「あら?二人ともどうしたの?」
 そこには、白衣姿の那賀谷の姿があった。
 
 その数分後、医務室の中。那賀谷の使う診察用の席には那賀谷が、そして患者用の席には雅が座っている。沙百合はと言うと、そんな雅の隣に立っている。雅が恥ずかしそうにやっとの事で事の事実を話し終えると、
「そっか、そうなんだ。雅ちゃんおめでとう。これで貴女も大人の仲間入りね。」
 どこかで聞いた台詞を那賀谷は言った。
「じゃ、とりあえずカルテには書いておくわね。」
「え、記録するんですか?」
「あたりまえじゃない。患者さんの貴重な記録よ?」
「あの、他の誰かに話すなんて事、無いですよね?」
 カルテに記入していく那賀谷を前に、雅は心配そうに尋ねる。
「医者には、守秘義務があるのよ。話すことは無いわ。」
「そ、そうですか………。」
 それでも、那賀谷には報告する義務があった。雅達パイロットの身体に、なんらかの事が起きたとすれば、報告するという事を。
「そうね、雅ちゃん。生理の時は、体を冷やさないようにね。それと、鎮痛剤とか出しておく?」
「え?」
「痛み止めよ。その様子だと、かなり辛いんじゃないかしら?」
「そうかもしれないです。」
 本当は聞きたいことはいろいろ他にもある那賀谷だったが、沙百合もいるのでここは普通の女の子として扱っている。
「生理で辛いときは無理しちゃだめよ。これから長い間くるんだから、出来るだけ楽に過ごすようにしないとね。」
「はい………。」
「ま、とにかく慣れないことで大変だろうけど、生理は病気じゃないから。こんなこといっててアレかもしれないけど、それだけは心に留めておいてね。」
「はい………。」
 雅は、ただ那賀谷に諭されてそう答えるしかできなかった。那賀谷から鎮痛剤を預かると、雅と沙百合は一礼して医務室を去った。

 その頃、モニタ室で春菜がスタッフに話していた。
「そういう訳で、今日のオペレーションは中止。」
 春菜が、やれやれと両手で困ったというリアクションと共に言った。
「そうだったんですか、雅少尉、体調良くなかったんですか………。」
 春菜の言葉に、渚には、雅の不調が分からなかった。少し残念そうな顔をしている。
「ま、そういう時もあるわよ。今日のデータ、一応記録はしておいてね。」
「はい、わかりました。」
 春菜に命令されて、渚は端末を操作する。
「で、これでいいわけ?柏木大佐が怒るわよ?」
 今日のオペレーションが中止になったと聞いて、モニタ室にやってきた秋美が言う。
「そんな事いってもねぇ、体調が悪いんじゃ仕方ないんじゃない?」
 春菜は、仕草を変えずに言う。
「とにかく、今日は中止にしたわけ。」
「スケジュール、押してるわよ?」
 そんな会話をしていると、医務室から内線が入った。
「はい、こちらモニタ室。」
 岸和田が内線通話用の受話器を取る。
「春菜中尉、那賀谷先生から内線です。」
「分かったわ。こっちに回して。」
 春菜は、モニタ室の自分の席に着くと、内線電話を受ける。
「はい、松岡春菜中尉です。」
「あ、春菜中尉ですか。」
「ええ。」
「先ほど、雅少尉と沙百合少尉が来ました。」
「体調悪いっていうから、中止にしたんだけど。そっちに行ったはずだけど、どうなの?」
「それが、雅少尉が初経を迎えたようです。」
「あ………まぁ、そう言うことだったの。」
「そう言うことですので、よろしくお願いします。沙百合少尉が一緒でしたので、詳しいことは調べることは出来ませんでした。明日、医務室に来させるようにお願いできますか?」
「分かったわ。」
「それでは、よろしくお願いします。失礼します。」
 那賀谷はそう言うと、内線を切る。春菜も受話器を置いた。
「そうか、そうだったんだ………。」
 春菜と那賀谷の会話はその場にいた他のスタッフには聞こえてはいない。ただ、春菜の普通ではない様子に、スタッフの注目が集まる。
「雅少尉はどうなんですか?」
 渚は心配そうに春菜に言った。
「大丈夫よ。ちょっと疲れが溜まっただけだって。」
「そうですか、それなら良かったです………。」
 渚は安心した素振りをした。

「遅くなっちゃったけど、お祝い。」
「えっ?」
 その日の夜、春菜は雅の部屋の前で彼女と会っていた。
「聞いたわよ。おめでとう、雅ちゃん。」
「春菜さん?」
「照れちゃって、大丈夫。気にしないで?」
 そう言って、春菜は蜂蜜をなめるかわいい熊のイラストが描かれた封筒を、雅に手渡した。
「これは?」
「まぁま、野暮なことは聞かないの。」
 春菜さんは、そういうとウインクして、
「じゃ、また明日ね。」
 と雅の部屋から自分の部屋に向かってしまう。
「これって、何だろう?」
 雅は、首を傾げながら、自分の部屋に戻る。そして、戸を閉め、勉強机に向かう。そして、席に着くと机の引き出しを開けて、鋏を取り出す。
「何なんだろう、本当に?」
 雅は、封筒の封をされているところを、出来るだけあまり切り取りすぎないように丁寧に鋏で切った。そして、封筒の中身を見る。
「ん?」
 中から、封筒から滑り落ちる長細い紙。
「なんだろう?」
 雅が手にとって、紙に書かれている事を読む。
「これは………今年の秋にリニューアルする東京ねずみランドの招待券?!」
 そのチケット5枚には、招待券とは書いてある。さらに、それぞれに
 『VIP特別ご招待』
 というスタンプが押してある。チケットにはこのような事がかかれている。
 
 ”8月1日から3日までの特別プレオープン入場期間のみ利用できます”
 ”すべてのアトラクションについては、無料とさせて頂きます”
 ”1枚につきお一人様のご利用が出来ます”
 ”当ランド併設のリゾートホテルへ1泊のみ、夕食と翌朝食付きの無料宿泊が出来ます。7月1日から15日の間までに、ご予約ください”
 そして、3桁の数のシリアルナンバーが入っていた。この5枚のチケットには、それぞれ116から120までのシリアルナンバーが印刷されている。
 
「たしか、ねずみランドって9月にオープンするんじゃなかったっけ………?」
 雅は、コミュニケータを操作して、ねずみランドの情報サイトを表示させる。
「やっぱり、9月1日リニューアルオープンになってる………って、春菜さん、こんなチケットどうして持ってるんだろう………。」
 雅は、チケットを机の上に置くと、春菜の部屋に向かった。
 
 春菜の部屋の前で、春菜は部屋のドアを開けながら、雅からの呼び出しに答える。
「あ、雅ちゃん?どうしたの?」
「あ、あのー春菜さん。あのチケットって?」
「あー、あれ?私は仕事で無理だから、学校の友達といってらっしゃい。沙百合ちゃんと、他に学校の友達いるんでしょ?」
「でも、本当に良いんですか?」
「いーっていって。」
 春菜は、気楽に答えている。そして、
「仕事柄こういうチケットって手にはいるのよ。」
「え?」
「私たちって、軍隊なわけでしょ?」
「はい。」
「そういうことなのよ。」
 にこにこしながら、春菜は言う。
 ”理由になっていないような………。”
 雅はそう思ったが、これ以上詮索すると気まずいかと思い、話をすり替えてチケットに書いてあることを聞いてみた。
「あのチケット、宿泊も出来るって書いてありますけど………。」
「そうね。だったら、そうすればいーんじゃなーい?」
 と、春菜は答える。
「元々、雅ちゃんって本当なら大学生な訳だし。大丈夫よね?」
「確かにそうなんですけど………。」
「あ、でも泊まるなら、ダメよ?男の子連れて行ったら。必ず、女の子の友達だけにする事。プレゼントしたチケットだけど、それだけ守ってくれたら泊まるのOKよん。」
「はい………。」
「それだけは約束してね、雅ちゃん。じゃ、私は明日早いから、おやすみー。」
「あ、お休みなさい。」
 春菜は右手をパーにしてバイバイと手を振ると、ドアを閉めてしまう。
「な、なんかすごいかも………。」
 雅は呟くと、自分の部屋に戻った。


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