特務機動部隊シュガーエンジェルス



第17話

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


「そういえば、雅ってどうなの?」
「どうなのって?」
 6月も上旬が終わり中旬も中旬、6月17日火曜日の事だった。いつものように、セシリア女学院中等部の1年A組の教室の朝。
「部活、どうするの?」
 クラスメイトの、衣里に不意にきかれた。
「部活?」
 そういえば、雅は入学してからと言う物、放課後にはサイエンスの仕事が待ち受けていて、すぐに下校してしまうというのが日課だった。雅は学校側からすれば普通の一生徒であって、海軍の新兵器開発に携わっているとは知られていない。それは、沙百合も同じだった。
「部活………かぁ」

 その日の夜、サイエンスのブウラカスプロジェクトの休憩室。学校の授業で出された課題が多すぎて、雅は休憩室にいながらも教科書と参考書、そして課題を記すルーズリーフを前にしていた。
「おー、雅ちゃん勉強かい?精が出るねぇ?」
 元々進学校の高校に通い、有名大学の入試に合格していた雅の成績からか、中学校では、成績優秀と賞されるようになっていた。雅にとっては、まるで基礎からの総復習となっているカリキュラムではあったが、与えられていた課題はきっちりとこなしていた。
 勉強をしている様子の雅の隣の席に、岸和田が座った。
「で、何でこんな所で勉強してる?雅ちゃん、自分の部屋もってるじゃん?」
 春菜の隣に、自分専用の部屋が置かれて半年は経過している。勉強なら、そこでするか女子寮の自室などでするのが普通だろう。
「それが春菜さん、なにやら仕事で実験しているみたいで………うるさいんです」
「うるさい?」
「はい、なにか金属を削る音とか聞こえるんですよー」
「ああ、そういえば春菜少尉って時々何かやってるっていうよな」
「そうなんですよー」
「で、こんな時間に休憩室で?」
「まだ、春菜さんの用が済まなくて帰れないんですよー、だからここで」
「そっかー」
 時計の針は、すでに21時を過ぎていた。
「岸和田さんは、今日は?」
「俺?ああ、俺は今日は泊まりでさ。アレのデータの解析してるんだ」
「アレの解析………そうですか、岸和田さんも大変ですね」
 雅は、”アレ”と言われてすぐに察した。ブウラカスシステムのデータ解析の事。
「そうでもないよ。コンピュータにデータ入れたら、あとは自動実行でそれをモニタするだけだし」
「あはは………」
 岸和田に見せるその笑顔は、すっかり女の子のそれになっていた。
「でさ、元男の雅(まさ)君に聞きたいんだけどさ。女子校っていうところはどう?」
「どうというと?」
「雅(みやび)ちゃんの通ってる学校って、有名なお嬢様学校じゃん?」
「まぁ、そうですね」
「中はどんな感じ?」
「どんな感じって言われても…………」
「行ける事なんてないしさ、聞いてみたいんだよね」
「う〜ん、どうなんでしょうね?」
 雅は、どう答えようか迷っていた。確かに、男だった頃の自分からしてみれば、お嬢様学校と言われる学校がどういう所なのか、いろいろ想像したこともあった。
「たぶん、男の人が想像しているよりかは、かなり違うと思いますけど?」
「そうか、そういうもんなのかな、やはり………」
 岸和田は右手を顎に寄せると、一人納得するようなそぶりをする。
「って、どう違うのかな?でもさ、やはり”お姉様”とか、そういうのあるんでしょ?」
「う〜ん、どうなんでしょうね」
 雅には思い当たる節はあった。3年生の生徒会長の神崎里奈は、中等部の生徒達の間では絶大なる人気を誇っていた。確かに、それは”お姉様”というような関係なのかもしれない。
「あとさ………………。雅ちゃん元男だから聞くけどさ。そのさ、いろいろ………」
「……………はい?」
 岸和田は、顎に当てていた右手で軽く拳をつくり、口元に当てると、雅に何かを聞こうと
 する。その時である。休憩室に、片倉がやってきた。
「あー、あら、雅ちゃん。それに岸和田君も」
 岸和田は、片倉の声を聞いてびくっとする。
「なーに?なに話してたの?」
 雅の様子は普段と変わらないが、岸和田は妙に焦っている。片倉は、岸和田が雅に何かいかがわしい事でも話していたのかと思った。
「雅ちゃん、女子休憩室には来ないの?」
「あ、そのほうがいいですか?」
「そうねー、女の子2年生の雅ちゃんにはねー、そのほうが良いと思うの」
「そうなんですか?」
「うん、特に夜はねー。岸和田君みたいのがいるからね」
 片倉はそういいながら、冷めた視線で岸和田の方を見る。
「って、片倉さん、それは無いよ?」
「とにかくね、そうした方が良いと思うよ。なんて言ったって、雅ちゃんはアイドルなんだからね。もちろん、沙百合ちゃんもだけどね」
「えーっ、それはないよ?」
「だめーっ、お姫様は私たちが守るの。さ、いこいこ」
「あ、はいっ」
 雅は渚に言われて、右手に持つシャープペンをペンシルケースにしまい込む。そして、数分後、休憩室には岸和田だけが一人、取り残される。
「ちぇっ……………」
 岸和田は、残念そうに呟いた。

 それからまもなくして、休憩室のちょうど真上の階にある女子休憩室の中に、雅と渚は入った。普通の休憩室と違い、女子休憩室には、独特の香りがしている。元々女子休憩室には喫煙するための設備は整っていたが、サイエンスに所属している女子隊員・職員の間では完全な禁煙という暗黙のルールがあった。そして、独特の香りというそれは、それぞれが使っている化粧品やコロンの香りである。
「今日、クラスメイトに言われたんですけど…………」
「なぁに?」
「うーんと、部活はどうするのかって聞かれて」
「部活?」
「はい。放課後はほとんどそのままここですから………」
「そうねー。雅ちゃんの条件ってそういう事になっているわよね」
「でも、学校側から見たら、私は普通の一生徒です」
「うーん、部活に入っていないと困ることでもあるの?」
「それが………」
 今の雅の学校での立場は、元々国内でもトップクラスの大学の入試に合格しているくらいの成績で、中学生としては文句なしの成績。そして元々男だったことも原因なのか、同じ中学1年生にしては体格は不十分でも、体育の成績も上の方だった。スポーツテストでも、上位に入っている。
「そっかぁ、そういうことねー」
 雅から学校での事情を聞かされて、渚は頷く。
「ここは、やはり春菜少尉に聞いたほうがいいんじゃない?」
「やはり、そうですか」
「そうよね。雅ちゃん、もっと女の子としての経験を積んだほうが良いと思うし。さっきだって、普通に休憩室にいたじゃない?昼間はそれでもいいかもしれないけど、夜になって休むときは、女子休憩室に来るようにしなきゃだめよ?」
 休憩室には、飲食する設備が整えられている。一方、女子休憩室には飲み物の自動販売機は無く、休憩室で購入してから女子休憩室に向かうのが普通だった。
「そういえば、この位の時間になると女の人って向こうの休憩室にいませんよね」
「そうそう、そういう事」
 雅自身、遅い時間までサイエンスにいること自体珍しいのではあったが、何度か遅い時間まで過ごしているうちに気が付いていたことだった。
「あ、そうそう。春菜少尉からの伝言で、今日はもう帰って良いって」
「えーーっ」
「そういうことだから。今日は、私も泊まりだから………一緒に帰れないけど大丈夫?」
「大丈夫だと思います…………」
「そうねー、港南台の駅までは大丈夫だとは思うけど、港南台からはタクシーでも使って帰ったほうがいいわよ?」
「そうなんですか?」
「雅ちゃん、女の子の一人歩きは危険よ。それに寮の近くのあたりは夜になると人通りもあまり無いし………」
「確かにそうですけど………」
 いままでは気にすることもなかった夜の一人歩きも、年頃を迎えつつある少女にとっては危険な事だった。
「そのあたりの事とか、ちゃんと自覚した方が良いよ。いまは雅ちゃん、かわいい女の子なんだから」
「かわいい………そうですか………」
 雅自身は自覚していなかった。でも、今となっては同じ年代の同性の事を知るようになって、雅の魅力は大きく向上していた。”女の子”になってしまった頃と比べると、まるで別人になっているのを、雅は気づいていなかった。

 6月18日。それは、突然訪れた。昨夜17日、夜遅くに帰った雅はどうも体調が優れないでいた。学校に行くにも、どうも乗り気では無かった。それでも、結城雅だった頃は体調が悪くても、とりあえず出席だけはとって途中で早退をしていた。
 
 雅は、今までに感じていた乳房の発達に伴う痛みとは違う何かを感じていた。
「どうしたの、雅。顔色良くないよ?」
「うん、なんだか昨日の夜から調子悪くて………」
「大丈夫?」
 朝礼が終わり、1時間目の体育のために生徒用の更衣室に向かう廊下にいた。普段一緒にいる沙百合たちも、雅のいままでに見せたことのないその表情と顔色に、心配の色を隠せないでいた。
「もしあれだったら、体育休んだら?」
「そうね………そうするかも………」
 白地に水色の襟、そして長袖のセーラー服。いわゆる中間服姿の雅は、沙百合達の心配そうな声を受けていた。雅は、今までに体験したことのない感覚を、下腹部に感じていた。昨日の夜から続く下腹部を包む疼くような痛み。ひどくはないが、いままでに感じたことのない感覚だった。
 『もしかすると…………もしかすると………』
 雅はある不安を感じ、
「ちょっと、トイレ行ってくる………」
「私たちもついてくよ」
「ありがとう………」
 水曜日の1時間目は体育なので時間の余裕は無い。それでも、雅をほおっておいたら、そのあたりで倒れてしまいそうにも見えたので、
「雅さんは、私に任せてください。みなさんは授業が遅れてしまいますから………」
 沙百合は雅達のクラスのA組の学級委員長でもある。なにか責任を感じているのかもしれない。
「うん、わかった。沙百合がついているなら大丈夫だよね」
 明日香、衣里、優子の3人はそういわれて、
「じゃ、先に行くから。授業に間に合わなかったら、先生に話しておくね」
「よろしくおねがいしますね」
 そういうと、明日香達は
「雅、良くなると良いね。じゃ、またあとでね」
 と告げて、雅と沙百合の前から去ってゆく。そして、それからすぐに、普段1年生が使っているトイレに入る。
「ちょっと、行ってくるね…………」
 雅は個室に入ると、それでも両手に抱えていた体操服を棚の上に置いた。
 『まさか…………』
 和式便器を跨ぎ、そして中腰に座ったその時、彼女は自分の体の中で何かが流れる感覚がするのを感じる。
 スカートに両手を入れ、ショーツをおろす。そして、自分の局部が当たっているその部分に、僅かながら赤い染みが出来ているのを確認した。
「こ、これって……………」
 その雅の声は小さい声。しかし、トイレのタイルに反響して外で雅を待つ沙百合に聞こえた。
「雅さん、大丈夫ですか?」
 個室の薄い扉越しにいる沙百合が、心配そうな声で雅に声をかけた。
「う、うん………大丈夫………だけど………」
「大丈夫だけど?どうしたのですか?」
「ちょっとまってて………」
 雅は、とりあえずトイレットペーパーをいくらか引き出して切り取ると、折りたたんでショーツと股間の間にセットし、ショーツをはき直す。そして、水を流して上着とスカートの様子を確認してから、個室のドアを開けた。
「大丈夫ですか?」
 沙百合はすっかり心配している様子だった。
「あ、あのね…………」
 雅は、トイレの様子をみわたす。個室の外には誰もいない。でも、個室に他の生徒がいるかもしれないとおもい、沙百合の耳元でささやくようにこういった。
「…………来ちゃったみたい…………」
 そう告げる雅の顔は、赤面している。沙百合は、はっとした。そして沙百合も、雅の耳元で、ささやくように、
「来ちゃったって、もしかして初めてなのですか?」
 そして、それに頷く雅は、左手をほおに当ててコクコクと頷く。その顔は、先ほどの赤面よりもさらに激しく、まるでりんごのような赤面ぶりになっていた。
 すると、始業を知らせるベルが校舎を包む。
「あ、授業始まっちゃった………沙百合、行って良いよ?」
「でも雅さん、ナプキンとかは?」
 沙百合は落ち着いていたが、雅の方はというとうつむき加減になっていて、恥ずかしさで沙百合でさえ顔を見れないという感じになっている。
「………………………」
「持っていない、のですか?」
 雅は、再びコクコクと頷く。
「わかりました、ではここで待っていてください」
「……………」
 沙百合は雅にそう言うと、急いでトイレを出て行く。取り残された雅は、ただただ赤面しているしか出来ないでいた。

 それから数分も経たないうちに、沙百合がトイレに戻ってくる。雅にとっては、その数分間は頭が真っ白になり、そしてすっかりのぼせきっていた。
「雅さん、これを………」
 沙百合は、右手にピンク色の小さな巾着袋を持っている。そして、両手で持ち替えると、中からショーツと小さなビニール袋で包装された物を渡す。
「ナプキンと、ショーツです。ショーツは新品ですから、使って頂いても大丈夫ですから」
「………」
「使い方、分かりませんか?」
 雅は、今度はブンブンと横に顔を軽く振ると、
「……ありがとう………………」
 と、沙百合からナプキンとショーツを受け取った。セシリア女学院に入学が決まった頃、母から生理についての知識は教えられていたし、そのための道具も渡されていた。でも、使ったことは1度もなかったし、ましてや持ち歩く習慣も覚えていなかった。
「…………一応、使い方は母から教えてもらってるんだけど…………」
「そうですか、分からないことがあったら聞いてくださいね?」
「………うん…………」
 雅は小さな声で個室のドアを開け、
「………ありがとう………」
 と沙百合に言うと、個室に入った。そして、雅は女として当然である仕業を初めて体験していく。雅の入っている個室からは、ショーツを履き替える音、そしてナプキンの入ったビニール袋をあける音が聞こえる。
「大丈夫ですか?」
「………うん………。なんか、ごわごわして気持ち悪いけど………」
 股間に感じる、いままでにない感覚。今度は水を流さずに雅は個室から出てきた。
「スカートは………汚れていないみたいですね。それと、これを渡しておきますね」
 沙百合は雅の制服の状態を確認すると、そう言った。
「………これって、ナプキンだよね?………」
「はい。私は大丈夫ですから。量によりますけど、1〜2時間に1回は替えないといけませんからね」
「………そ、そんなに………?そうなんだ………」
 
 そして、洗面台で手を洗ってから二人は保健室に向かうことにした。

 保健室には、まだ誰もいなかった。雅が保健室に来たのは、入学早々にあった身体測定の時以来だった。保健室は、常備されている消毒薬の独特なニオイがする。
「先生、まだいないですね………」
 沙百合が、そういった。
「………そうだね…………」
「うーん、そうですねー…………では、先生が来るまで私ついていますわ」
「………でも、それだと………いいの?」
「はい、構いませんわ」
 それから、雅と沙百合はしばらくの間二人きりで会話することになる。それは、雅にとっても沙百合にとっても、二人きりで直接話すというあまり無い機会を与える事になった。
 二人が保健室に来て10分も経たずに、雅はかなり落ち着きを取り戻していた。
「そういえば、二人で話す事ってほとんどなかったですね」
「そうだね」
「雅さんは、どうして今のような事をされているのですか?」
「今のような事?あそこにいることね?それは私にもよく分からなくて。気がついたら、成り行きでそうなってただけ………」
「そうなのですか?」
「うん。その質問、そのまま返しても良いかな?」
 今度は、雅も疑問に思っていた事を沙百合に返す。
「………私は、父が軍で仕事をしていて………」
 雅には、沙百合が答えるときに言葉を選んでいるようにも見えた。
「そっか、そうなんだ」
 なぜサイエンスにいるのか、ほとんど無干渉状態の二人。新兵器開発のテストパイロットとしては、同じ仕事を任されてはいた。でも、お互いのことをよく知らないでいるのは変わらない。
「ね、この戦争いつ終わるんだろうね?」
 雅はそう言いながら立ち上がり、しめられた白いカーテンを少しだけ開けると、窓際に立つ。
「それは、分からないです。ただ、早く世界が平和になる事を祈るだけです」
 沙百合は、雅のセーラー服の後ろ姿をみつめながら、そういった。

 今日は体調が優れないからと、放課後そういう理由をつけてサイエンスには向かわず、そのまま女子寮に帰った雅は、トイレで驚いていた。
 『本当に血が流れ出てくるんだ………』
 最初は薄かった血液は、時間が経つにつれてその色も濃くなりつつあり、そして量も増えている感じがした。下腹部に感じる痛みと不快感は、徐々に大きくなっているようにも感じる。
「………はぁ………」
 寮の自分の部屋には用意していた生理用品を持っている。沙百合からもらった生理用品はまだ残っていたが、自分の物を使うことにする。はじめてその包装を解き、使う事になったときは、深いため息をついてしまった。
「まさか、本当にお世話になるなんて………。あたりまえのことなんだろうけど、女の人って大変だったんだ………」
 雅は改めて女として生きることの大変さを思い知らされる。彼女が男子中学生だった頃、確かに女子の体の変化についてとかには大きな関心があった。でも、まさか自分がそうなるとは思ってもいなかったし、今の自分の境遇がまだ真実であることにも現実感は完全に出来ていないでいる。それでも、彼女にとって今日の出来事は重大な意味を持っていた。
 女として男性を受け入れ、そしてやがてくるかもしれない結婚という時がくるのだろうか?そう思ったとき、一瞬真也の姿が心の中を支配する。雅はいけないと思ったのか、そのイメージを消すかのように首を大きく振る。そして、今度はこう思った。
 『そういえば、母に連絡していないっけ………』
 このことが始まったら、母には知らせるつもりではいた。雅は、PCSを操作して、母親に向かってコールする。
「雅?どうしたの?」
 PCSのスクリーンに、雅からのコールに応じてすぐに出た母の姿が映し出される。
「お母さん?私ね、今日来ちゃった……」
「……来ちゃった……って………、雅………?」
「………お母さんが想像していることで間違っていないと思う………」
「そう、おめでとう!」
 PCSのスクリーンに映る母の表情は、とても嬉しそうな顔をしている。
「ありがとう………」
「雅、その表情なら大丈夫そうだけど、大丈夫なの?」
「うん、友達にもいろいろ教えてもらったし………」
「そう、それなら良かったわ」
「うん………」
「本当におめでとうね、これであなたも大人の女の仲間入りをしたわけね」
「うん………」
「今日は、お祝いにしなくっちゃね」
「………あのね、お父さんには伝えないでほしい………」
 女の子なら、それは普通の気持ちだったかもしれない。彼女の母は、少し考えてから
「………うん、そうね………いまはまだ、そのほうがいいかもしれないわ」
 まだ父は理解を示してはくれないのだろうか?雅の前ではそんな態度は出さないでいるけど、分からない。
「雅、とにかく自分を大切にしなさい。いままで以上に」
 そう娘に言う時、母の顔は真剣な表情に戻る。
「はい………」
 母のその言葉に、雅はそう返事をした。

 雅は、見た目こそ普通の女の子として見られる。でも、雅と話してみると、言葉遣いが不自然な時がある。それは、きっと彼女の性格なのだろうと、雅の事実を知らない中等部の友達は思っている。
『もう、ボクは男には戻れないのかもしれない………。』
 昨日の夜、サイエンスには向かわなかった雅を心配して、沙百合がコミュニケータで雅のコミュニケータにアクセスしてきた。その時、雅は沙百合に”そのこと”について分からない事をいくつか質問していた。実際は年下でも、女としての経験は沙百合の方がずっと先輩だった。
 原因不明の性転換から1年半、生まれ変わったばかりの彼女は、朝の通学に向かう電車の中で、そんな事ばかり考えていた。雅は、いつの間にか女性社会にとけ込み始めている事に、違和感ではなく、それがこれからの自分に課せられた運命なのかもしれないと、認識するようになった。
 
 そして、生理の訪れは、それを彼女の強い意志として決定づけさせていた。
 
「おはよう、沙百合」
「雅さん、おはようございます。大丈夫ですか?」
「ありがとう、沙百合」
「そう、それなら大丈夫ですね」
 沙百合から見ると、雅の様子は、普段のそれとあまり変わらない。ただ、少し顔色は悪そうな気はするが、これなら問題はなさそうにみえた。
 雅も沙百合も、比較的学校に早く登校している生徒だった。二人が朝教室に着く頃は、まだ生徒の数はまばら。教室には、彼女たちを除けば数名の生徒が先に教室に着いているかついていないかという朝を過ごしていた。
 それでも、雅と沙百合はあまり話さない。沙百合はと言うと、学校に着いて早々テキストを広げて勉強をしたり、持参した本を読んだりしている事がほとんどだった。雅はというと、海軍の女子寮から中学生が通学していという事実を出来るだけ分からないようにするために、人目の少ない朝早くに出るようにしていたのだ。
 雅は、学校に着いて沙百合や他のクラスメイト達と挨拶をすると、自分の席にうつ伏せになって休んでいるばかりであった。
「あ、雅さん?」
「なに?」
「これを………」
 沙百合は、そういうと学校指定のバックから可愛くリボンでラッピングされた紙袋を雅に手渡す。
「これは?」
「私からのプレゼントです」
「え?」
「その………お祝いです」
「………あっ………」
 突然沙百合からプレゼントを用意され、驚く雅であったが、沙百合からそう言われて何のことなのかすぐに分かる。
「で、でも………いいの?」
「女の子にとっては、大切な事ですから」
「う、うん………ありがとう。開けてもいい?」
 沙百合は頷きながら
「気に入って頂けるとよろしいのですが」
 と答えたので、雅は丁寧にそのラッピングされたリボンをはずし、そして紙袋を開ける。
「これって………」
 透明のイルカをあしらった瓶の中に、ピンク色の液体が入っている。そして、スプレー状に噴射するノブもついている。
「これって、コロン?」
「そうです。雅さんに気に入って頂けるかどうかは分からないのですが」
「そ、そんな。ありがとう!」
 そして、沙百合は雅の耳元に顔を近づけると、小さな声でこういった。
「あれの臭いは、きついときがありますので、臭いには気をつけてくださいね」
「………そ、そうなんだ………」
 沙百合からのプレゼント、それは女としての最低限の身だしなみであった。

 それからしばらくして、徐々に登校してきた生徒達で教室がざわめきに包まれ始めた頃。未だに調子の悪そうに机に突っ伏している雅。
「おはよう、雅。どう、大丈夫?」
「うん………」
「ま、ツライだろうけど、どうせ1週間くらいの事なんだし」
 少なくとも、いままで体調が悪くなるようなそぶりを見せたことはない衣里は、雅がどういう状態なのか分かっているようだった。
「でも、まさか雅が重たいなんて知らなかったなー」
「重たいって………」
「ごめんごめん。そうそう、こんな時に悪いんだけどー。部活のこと、考えてくれた?」
「部活?う、うん………」
「で、どうなの?テニス部に決めてくれた!?」
「それなんだけど………。まだ決めてない………ごめんね」
「そうなんだー。雅が入ってくれたら、きっと強くなると思ったんだけど」
 衣里は残念そうな顔をする。
「まだ、どこにするかって決めた訳じゃないから………」
「うん、そうだよね」
「でも、運動部じゃないかも………」
「えーっ、本気なの!?」
「うん………」
「いつもの体育の時、すごいのにー。それにスポーツテストの成績良かったのにー」
 衣里は、ぶつぶつ文句を言っている。
「ごめんね、衣里………」
「うーん、こればっかりは雅自身が決めることだもんね」
 文句を言いながらも、雅に理解を示す衣里だった。


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