特務機動部隊シュガーエンジェルス



第16話

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


「緊急警報(スクランブル)?」
 山下公園に一人、座り続けていた真也の元に、榊原からPCSで連絡が入った。
「真也君、いま山下公園ね。至急、中華街に向かって。」
「中華街ですか?」
「とにかく、急いで。」
 指示する榊原の様子は、あくまで平然としていて、緊急警報というには落ち着いている。しかし、真也にはそこまで察知する余裕は無かった。
「了解しました。」
 理由は分からないが、すぐに指示された現場に向かうことにした。海軍軍令部の諜報機関に入ってからというもの、訓練としてこのような事を何度も経験している真也にとっては、突然の命令はごく自然に受け入れられる存在になっていた。
「それにしても………中華街…………ここから500mも無いか?」
 真也のいる山下公園から、中華街へは直線で一本道のルートがある。彼は、コミュニケータを操作し、周辺地図を表示させる。
「あ、こんなに近かったっけ?」
 表示された周辺地図は、200mも離れていないことを示していた。

「指令、偶然にも我々のエージェントが1人、付近にいました。すぐに彼女たちを監視するように、命令しました。」
「そうか。」
 榊原綾子の報告を受け、柏木正美は頷く。
「まさか………?」
「いえ、我々の機関は今回の件については関知しておりません。」
「なるほど?」
「そのエージェントは、休暇だったようですよ?」
「それならば、問題は無いのだが………。」
 緊急通報によって集まってきたサイエンスのメインスタッフたちの集まる作戦司令室は、あわただしい動きを見せている。
『ごめんね、雅ちゃん』そう思いつつ、渚がこう言った。
「柏木雅少尉のPCSに接続しました、モニタを開始できます。」
 コンピュータコンソールを操作しつつ、渚が背後に席を持つ正美たちの方を振り向きざまに言った。
「よし、メインスクリーンへ。」
 正美がそういうと、渚は
「了解しました。」
 と答え、コンソールを操作する。すると、すぐに柏木雅のPCSからのライブ画像と音声がメインスクリーンに表示される。その場にいた見慣れないどこかの商店の光景と、制服姿の沙百合、そして同じ制服を着た学校の生徒なのだろうか、彼女たちと会話している数名の女子中学生、そして若い男の姿が映し出される。
「ここは、どこだ?」
「中華街のほぼ中央部にある、藤島商店という商店のようです。」
「藤島商店?」
「はい、そうです。」
 その場にいたスタッフ全員にとっては、聞き覚えのない場所だった。
「指令、逆探知した結果が来ました。」
 今度は、正美の左隣の席に座っている春菜が報告する。
「侵入した犯人は、このあたりで侵入してきたと思われます。」
 雅のPCSからのライブ画像の映し出されているモニタの左隣のモニタに、地図が表示される。中華街の北西の一角にある、加賀町警察署付近の道路をしめす部分に、赤い丸い点が点滅表示された。
「藤島商店との距離は?」
「直線にして、300mもありません」
「300メートルか…………。」
 その場にいるスタッフの誰もが思った。
『犯人との距離が近すぎる』と。
「榊原君、そのエージェントはどうだね?」
「は、まもなく現場に到着する様です。」
「雅に連絡しますか?」
「いや、いいだろう。中華街の中心地の白昼で、いきなり仕掛けてくるとは考えにくい。それに、いまの雅少尉は、学校の制服を着ている。まさかな。」

 真也は、混雑している中華街を走り抜け、指定されたポイントに向かった。
「藤島商店?ここか?」
 そして、榊原に、そのポイントに到着したことを報告する。
「中司君、中に入って中学生を捜して。制服を着ているから分かるわ。」
「制服の中学生ですか? はい、了解しました。」
「でも、気づかれないように、彼女たちを護衛して、分かった?」
「了解。」
 真也は息を切らせながら、藤島商店の中に入る。
「あ、あれか?」
 中に入ると、藤島商店は意外と奥行きがあるのが分かる。そして、すぐに制服姿の女子中学生たちを見つけることが出来た。
「女子中学生5人を確認しました。」
「彼女たちをしばらくの間監視して、場合によっては護衛よ。」
「了解。」
 真也にとってみれば、彼女たちはどうみても普通の中学生。彼女たちは、山の手にある有名校の制服を着ている。なぜ彼女たちが監視と護衛の対象なのか、真也には理解できない。
 『もしかしたら、軍のお偉いさんの娘とか?』
 そんな風に思いながら、真也は与えられた任務に入る。

「ここのロケのドラマって、いつ頃放送されるの?」
「さぁ、何も教えてくれないから分からないけど。」
「えー、本当に?」
「ああ、なにも教えてくれなかった。」
「そっかー、残念。」
 明日香と宏典の会話は、雅のPCSを通して作戦司令室にもモニタリングされていた。その会話の内容は、特に不振な点は無く、学校帰りに中華街に寄っている様子であった。
「とにかく、よく着てくれたね。お茶でも飲んでいったら?」
「ありがとうございますー。」
 明日香の様子に押されて、雅たちはもう後についていくしかなかった。

 それから1時間ほど経った午後6時過ぎ、真也は藤島商店の中から立ち去り、入り口の様子を見渡せる路上に立っていた。まだ、彼女たちの護衛の任務は解かれてはいなかった。
「で、護衛は外にいる訳ね?」
「ええ。」
 そのころ、サイエンス本部の女子トイレ。松岡春菜と、榊原綾子は洗面台の前に立ち、話していた。
「護衛がついてることも、その護衛が真也君って事も、彼女は知るよしもないでしょうね。」
「え?」
「真也君。うちの部下になったのよ。」
 綾子は、後ろに縛っている髪の毛の様子を鏡で見ながら、そういった。
「真也って、中司真也?」
 平然とした顔で言ってのける綾子に、春菜は突っかかるように問いただす。
「そうよ?何か問題でもあったかしら?」
「………あんたって人は…………」
「雅ちゃんも真也君も、元々といえばあなた達のせいでこうなったのよ?ま、大丈夫よ、真也君の事は任せておいて。」
「…………。」
 春菜はその言葉に、何も言わなかった。
『綾子の事だから、安心して任せるなんて事は出来ない』
 春菜は内心はそう思っていた。
「彼女たちを、間違っても不幸な目には遭わせないって事ね。」
 そういうと、綾子は先に女子トイレから出て行く。
「………なんて事!」
 一人きりになった春菜は、唇を強く噛みしめるように言った。綾子は、確かに日本海軍に所属してはいる。しかし、このまま時間(とき)が経てば、中司真也の身が確実に、そしてサイエンスにとっても非常に危険な相手になることは間違いは無いだろう。
「こんな事があって、良いわけ無い………。」
 しかし、一技術士官の春菜にとって、手に負える問題では無い事は、すぐに理解できる問題であった。
「このプロジェクトは、これからの人類にとって様々な新しい概念を導き出す、一つの答えになるかもしれない。でも、それには大きな犠牲も、危険も支払わなければならない。そんな事は、もうとっくに割り切っていたつもりだった。でも、私には嘘はつききれない。いつか、雅ちゃんや真也君に真実を話さなければならない………か。秋美が言ったとおりね、やはり。」
 日本海軍に所属してから数年、軍人としての訓練は週に2回受けている。しかし、それでもなお一軍人としてより、一技術者としての意識が強いままの春菜がいた。そして、雅らを強引にこのプロジェクトに加えさせた。その代償は、いつ降りかかってくるのかも分からないまま、もう1年が過ぎてしまった。
 『本当に、あの二人を軍に所属させてしまっても良いのかしら?
 きっと、あなた、後悔することになるわよ』
 雅を完全に手中に収めたかった頃。まだ結論が出ていなかったときに、秋美から言われた言葉が、今になって重くのし掛かる。
「軍隊って言うのは、理不尽な所。それは分かってたのに………。綾子は、こんな事で嘘を付くような女じゃないわ。間違いなく彼を、部下にしているわ……。」
 榊原綾子の正体を知る数少ない人物の一人として、春菜は強い憤りを感じていた。
 
「榊原綾子には、十分気をつけろ。」
 柏木正美から、着任してきたばかりの榊原綾子についての情報を告げられるとき、正美の開口一番がその言葉だった。
「榊原綾子ですか?昨日着任したばかりの士官候補生ですね?」
「ああ、そうだ。彼女は、スペシャルだ。」
「スペシャル………!?まさか、彼女が?」
「間違いないよ。彼女は、違う世界から派遣されてきた。十分気をつけたまえ。」
「しかし、なぜかの組織がここに派遣を?」
「我々の新型兵器に、最近いたく関心を示しているらしい。ようやくその本質に気づいた………かつての旧日本軍とは違うわけだ。」
「しかし、そのような士官がここにいるとなると……………」
「私も含む、君らの活動はかなり制約を受けることになるかもしれんな。」
 
  それから数年間、榊原綾子という人物はサイエンスを調査し、そして実情をある組織に渡しているようだった。
「………このままでは、雅と真也は敵という関係になってしまうかもしれない………。」
 春菜は、綾子が着任してきた当時のことを思い出したあと、そう呟いた。
 18時をまわり、空は夕焼けから夜に向かい暗くなりつつあった。雅達は、ようやく藤島商店から出てきた。
「あ、やっと出てきたな………」
 藤島商店を出てきた雅達は、真也にマークされていることは気づかない。そのまま、中華街を西に抜ける道の方に歩き始めた。
「はぁ、これで帰るのかな?」
 長時間待ってすこしあきれてる様子だった。それでも、任務の方は事欠かないようにしている。
「ターゲットの女子中学生が藤島商店を出ました。西の方角に向かって歩行中です。」
 その様子を、すぐにコミュニケータで綾子に報告する。
「ええ、そのようね。ターゲットは補足出来ているわ。真也君、このまま尾行を続けてちょうだい。おそらく石川町の駅の方に向かうはずよ。石川町の駅で、他のエージェントが交代するから。」
「了解しました。」
 真也には、制服の中学生たちが何を話しているかは分からない。ただ、仲良く話している様子はうかがい知れた。そして、綾子の言うとおり、それから15分も経たないうちに、JR石川町駅の改札に女子中学生達は入ってしまった。
「ターゲットは、石川町駅の改札口を入りました。」
「そう、真也君。これでこの任務を解くわ。お疲れ様。」
「了解です。」
 その短いやりとりを最後に、真也と綾子の交信は終了した。
 


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