特務機動部隊シュガーエンジェルス



第15話

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


”あいつが、姿を消してからもう1年になるのか………”

 2014年6月の週末。
 梅雨も終わりに近づき、雨の休みには夏の暑さが駆け足でアピールを始めていた頃、真也は買ったばかりの新車で横浜の再開発港湾地区、かつてはみなとみらい21と言われていた場所に来ていた。
 雅の両親に話を聞いてみても、病気を理由に空気のきれいな療養所に入院しているとしか話さない。雅がいなくなる前日まで、何事もないように使っていたコミュニケータでの連絡も不通。
 それから、彼は彼のもてるいくつかの方法で、雅の入院先という病院を調べては見たが、どの病院も患者のプライバシーを尊重し、教えてはくれない。
 高校の頃、学校の帰りに遊びに出たこともあったこのあたりになら、雅がいそうな気がして、彼は山下公園の地下駐車場に車を止め、氷川丸とその遠くに見えるベイブリッジが見えるあたりにいる。

 それは、軍の諜報機関で働き始めた彼の、なんとなくの勘であった。

「みやびーっ、今日は用事無いって言ってたよね!」
5時間目が終わり、次は帰りのホームルーム。その空き時間、理奈が話しかけてきた。
「あ、明日香ちゃん?そうだよ、今日は特に予定は無いよー。」
ブウラカス試作テスト機の本格的なメンテナンスの2日目。雅に与えられた仕事はなく、今日と明日はサイエ
ンスへの出勤はしなくても良いと、春菜から説明を受けていた。
「今日、中華街に寄っていかない?」
「中華街?」
「うん、今日ドラマの撮影で宏典さんのお店ロケで使うんだって!」
「へー?そうなんだ?すごいねー」
「だからさ、行ってみない?」
 明日香は、雅に誘いをかけている。
「もちろん、沙百合たちも行くって!」
「そっかー、うん、いいよー。」
 宏典といえば、中華街で食材店を営んでいる藤島商店の跡取り息子。明日香が小学生の時に、中華街で道に
迷って助けてくれて以来の付き合い、と聞いている。
 ここまで、雅も2回ほど明日香につれられて、その藤島商店には足を運んでいた。

 そして、放課後。セシリア女学院の校門を後にした雅たち5人は、学校に続く長い階段の細い道を、石川町の駅に向かって下っていた。やっと3人くらいが歩けるその道で、明日香と衣里が前列に、沙百合と雅と優子の3人はその2人を前に、後ろに列になって歩いていた。
「ドラマのロケって言うけど、本当のところはどうなの?宏典さんに会いたいんじゃなくて?」
衣里は、明日香に向かってそう話す。
「それはー………」
その問に、明日香はどう答えて良いのか分からないらしく、どもってしまったようだ。
「衣里さん、明日香さんが困ってしまっていますよ?」
沙百合が、微笑みながらそう言った。
 そして、その中に彼女たちと同じ制服を着た雅の姿がある。どこからみても、仲良しの女の子たちのグループにしか見えなかった。

”同級生にしては華奢な奴だった。”

 それが、真也の雅(まさ)に対する第一印象だった。中学の入学式のあと、それぞれの生徒がまだ落ち着いていない教室。真新しい制服が初々しく、春の光を反射している。
 この頃の学校にしては珍しく、男子の制服は学生服だった。
 割り当てられたクラスの教室で、新入生たちは少々緊張した面持ちで、思い思いの席に着いていた。この中学は、近隣の小学校2校の学区が合わさった学校。どちらの出身校の生徒も、それぞれが半分くらいの割合で、全く知らない顔の新入生が座っているのである。
 それでも、入学するにあたって、雅と真也は新しく通う中学の教師にあらかじめ呼び出されていた。
”入学式で、君たちのうちどちらかを新入生代表として宣誓をしてほしい。”
 結局任されたのは雅のほうだった。
 おかげで、入学式が終わって教室に戻ってからの雅は一目置かれる存在になっていたし、真也との面識が出来ていた。
 そして同級生、やがて”親友”に変わってゆく二人の関係が築かれてゆくことになる。

 車をパーキングに停めた真也は、山下公園に保存されている氷川丸の近くの
あたりのベンチに腰をかけていた。
「ったく、軍隊って言うのは本当にゴリ押しなんだな………」
日本海軍の身分証を所持していた真也は駐車場に停めるとき、PCSで認証を行ってみたところ、料金表示は無料に切り替わった。
「あの、榊原って人が言ってたのは、本当だったんだな………」
ひとり呟きながら、胸ポケットに入れていた煙草を取り出すと口にした。
「そんなに慌てなくても良いじゃないーっ!」
「えーっ!」
「まってよーっ!」
 ベンチに一人真也がそうしているとき、背後の方で女の子たちのグループの声が聞こえた。
「みやびーっ、早く早くーっ!」
 制服には慣れた雅。でも、彼女のその足は僅かにヒールで高くなっているローファーには慣れていなく、足には豆ができていたし、筋肉も痙り気味だった。
 その声に、真也はちらっと声の主の方へ視線を寄せる。そこには、水色の襟に白いラインが3本の中間服のセーラー服と、水色のプリーツスカートの制服を着た中学生たちがいた。真也は、再び氷川丸越しに見える横浜ベイブリッジのほうへ、視線を移した。
“中学生か………このあたりなら、なんとなくあいつがいる、そんな気がしたんだけどな………”
 真也はそう思うと、煙草を深く吸い込んだ。

「あー、もう始まっちゃってるよ!」
明日香が、その様子を見て一言叫んだ。横浜中華街の一角にある藤島商店に着いたとき、その周辺は大勢の人が集まっていた。
「うーん、これだと大変かもね。」
雅がそう言うと、
「雅のせいで遅れたんじゃんっ!」
と、明日香に言いかえされてしまった。
「ごめんね、明日香…………。」
謝る雅に、明日香は頬を少し膨らませてプイっと顔を背ける。

 その様子を見て、沙百合たちは微笑した。

 結局、雅たちは、黒山の人だかりが徐々に少なくなる頃になって、ようやく藤島商店を囲む見物客の最前列に出ることが出来た。最前列には、ここからは入らないようにと、綱で敷居がされている。
「おー、明日香ちゃんたち来てくれたんだ。」
 店の外にいた藤島商店の息子、藤島宏典が雅たちの前にやってきた。
「こんにちわー、宏典さんっ!」
明日香が宏典を前に、真っ先に言った。
「こんにちわー」
そして、雅たちも挨拶をする。
「こんにちわー、今日は忙しいよ。お店としては商売出来ないけどね。店に入るかい?」
「え、いいんですか?」
「うん、もう撮影終わったし。」
会話を進めるのは、明日香と宏典である。雅は衣里や優子から聞いてはいたが、
”明日香は宏典のことを好きらしい”
というのは、やはり本当だと、雅は思った。

 雅たちが藤島商店に入った頃、中華街の一角。ある一人の男が自分のコミュニケータに表示されたリアルタイムのデータに歩みを停めた。

”付近に日本海軍の識別コードを持った者がいる………?”

 その情報は、すぐに受信不能とされてしまう。その男は、急いで頭からそのコミュニケータを外すと付近の様子を見ながら、裏路地に入った。
 そして、彼は裏路地に入り、誰にも見られていない事を確認すると、足にくくりつけた小型バックから道具を取り出すと、コミュニケータを地面に起き、そして強く叩く。コミュニケータは、『がしゃっ』という割れる音をたて、破壊された。
 彼はそのコミュニケータをポケットに回収すると、バックから新しいコミュニケータを取り出し、装着する。そして、何事もなかったかのように、裏路地から表通りに出ると、その場を早足で後にした。

 それから同時刻10分も経過していない頃、サイエンス本部。緊急通報を受けたブウラカス・システム開発
プロジェクトのメインスタッフたちが、会議室に集まっていた。
「何者かに、雅と沙百合のコミュニケータの情報が傍受された?」
柏木正美が、その少女の声とは裏腹に、重たい口調で言った。
「はい、間違いありません。不正なアクセスの痕跡があります。」
片倉渚が、緊急通報の詳細について報告を続ける。
「とにかく、危険と判断する。直ちに、二人の回収を行え。」
正美のその命令に、
「はい、わかりました。」
と、春菜が即答した。


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