特務機動部隊シュガーエンジェルス



第13話

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


 2024年6月。

「これが、脳波を使ったコントロールシステムの設計図か………。凄いもんだな、こんな物、あいつが開発に関係してたなんてな。いや、今も開発しているか………。」
「それ、どう思う?」
「さあな、俺には戦争の事なんて理解できないさ、ただなんでこんな物が今になって必要なんだ?戦争は、おそらくこれからそうは簡単に起こることなんて無いだろう?」
打ちっ放しの冷たい地下室に、中司真也と榊原綾子の姿があった。
「戦争をね、必要としてる人たちがいるのよ。」
「ああ、あいつらか?」
「それは、言わない約束でしょ。」
真也は、設計図を見ている視線を、壁にむける。
「海軍のイメージキャラクター、シュガーエンジェルスか。」
打ちっ放しのコンクリートの壁に貼られた1枚のポスター。海軍の新兵募集の宣伝ポスターである。
「で、どこまであいつらは本気なんだ?」
「さあ、それは私にも分からないわね。」
「でも、コピーしているのは事実だろう?」
「ええ、確か予算承認されたそうよ。」
「柏木は、知ってるのか?」
「柏木雅………。柏木正美と松岡秋美は失踪、松岡春菜は戦死。当時のスタッフの行方はさっぱり分からない。そしてブウラカスシステム開発プロジェクトに関係する少なくとも、過去に関係していて所在のはっきりしているのは彼女だけね。」
「菊正宮沙百合はどうした?」
「彼女は、今は菊正宮グループの総帥として財界に君臨しているわね。あの菊正宮財閥も当然マークされてるけど、その財務内容は明瞭。現在は不審な点はまったく無し。」
「そうか………。」
「わかっての通り、この設計図は今から10年前、2014年の秋頃の物よ。彼らがこれを入手したのは、同じ頃だわ。」
「それは、あんたの仕業だろ?」
「………そうね………。」
「今更、あんたの過去のことはとやかくは言わないつもりさ。」
「いいの?もし、このような事をするなら、命は無いわよ。」
「分かってるさ。ただ、俺は雅があいつらの狂い事に良いように利用されないようにしたいだけさ。今は、とにかく………この娘の事から調べないとな。」
そして、真也は胸元から1枚の写真を取り出すと、綾子に手渡した。どうしても普通の撮り方ではない。ある学校の生徒が、教室で授業を受けている時の姿。
「………セシリア女学院の生徒?」
「ああ………雅の教え子、在下(ありした)真奈美だ。」
「在下真奈美?」

 そして、再び2014年4月1日。

「雅、これを持ちなさい。」
入学式を終えた1日の夕方、サイエンス本部の研究室の奥のミーティングスペースに、雅と春菜の姿があった。
「こ、これは………。」
春菜が雅の前に差し出したのは、誰から見ても短銃である。ミーティングスペースの円形の机の上に置かれたそれは、蛍光灯の光を反射して白いボディーに鈍い光を放っている。
「見れば分かるでしょう、銃よ。」
「は、はい………それは分かります………けれど、どうしてこのような物を?」
「貴方には詳しく説明していない部分の話し。なんていったらいいか分からないけど、ま、今の貴方はこの業界では有名人なのよ。」
「有名人?」
「そう。海軍の秘匿兵器の開発に関係しているっていうね。これから貴方は学校に通うようになって、一人で行動する事が多くなるでしょう。もしもの時があるかもしれないから。」
「………。」
まだセシリア女学院の制服姿の雅を前に、春菜は真剣なまなざしで告げる。
「それにね、貴方には守ってほしい人がいるのよ。貴方だけではないの。」
「え?」
その時、春菜はコミュニケータを使って秋美を呼び出す。

「あ、来たわね春菜から。じゃ、沙百合ちゃん、準備はいい?」
「はい。」
ミーティングスペースに雅と春菜が入った後、すぐに秋美と沙百合が隣の部屋に移動し、そして待機していたのである。秋美は、ミーティングスペースの入り口の戸をノックする。
「はい、入って。」
春菜がすぐに答える。そして、ミーティングスペースにいる雅と春菜の前に、秋美と、雅と同じ制服を着ている少女が現れる。
「あ………。」
雅は、その姿を見て呟くと、開いた口がふさがらず少し唇が開いたままになっていた。
「菊正宮沙百合特務准尉よ、雅。秋美、ありがとう。沙百合さん、そちらの席に座って。」
「はい。」
春菜に座るように言われ、沙百合は静かに席に着く。
「え………。あ、あの………」
雅には、確かその姿には見覚えがあった。同じクラスになった、そして入学式で新入生代表として答辞を答えた、菊正宮沙百合の姿である。
「こ、これはどういうことですか?」
唖然とする雅を前に、春菜は
「ここにいるのは、柏木雅少尉。そして、いま席に着いたのが菊正宮沙百合特務准尉。もう二人は知り合っているとは思うけれど。」
「確かに………。」
まだ動揺している雅を前に、
「はい、存じております。」
と、冷静に言う沙百合の姿があった。

 入学式が終わり1−Aの教室に戻った雅は、席に座っていた。その時ふいに、背後から話しかけられた。
「ねえ、あなた………なんて名前?」
「え………?」
雰囲気に馴染めず、緊張していかにも頭まで固くなっている雅は、突然背後から話しかけられて両肩をびくつかせる。
「貴女(あなた)よ、あなた。」
左肩に、誰かの手が触れるのを感じた雅は、振り返る。そして、雅のその様子を見ている3人の姿。
”………年下にタメ年で話しかけられるとは………”
雅の方を向いている3人の顔をそれぞれ順番に見ながら、雅はそう思っている、そして緊張の糸は、少しほぐれつつあった。
「あなた、初等部の時にはいなかったわよね。中等部からの入学でしょ?」
左後ろの席に座っている生徒が言う。
「はい?」
雅が答えると、
「私たち、初等部からなのよ。このクラスの半分以上は初等部上がりね。」
今度は、真後ろの席の生徒が言う。
「あなた、いかにも中等部からって感じするもんね。」
今度は、後ろの二人の席の間に立っている生徒がそう言う。
「ま、よろしくね、柏木さん?」
「えっ………?」
まだ雅が自分の名前を名乗っていないのに、なぜか雅の名前を3人は知っていたのである。
「実は、沙百合に頼まれててね。私の名前は高橋衣里。よろしくね。」
「私は鈴木明日香。」
「私、森川優子。」
3人は、雅の方をみつめている。
「………あ、ああ、私は柏木雅といいます、私の名前はもう知っているようだけど、よろしく………。」
「ええ、よろしくね。」
3人の中では、グループのリーダーなのだろうか。衣里が元気な声で答えた。

「雅には黙っていたけど、沙百合もテストパイロットなのよ。貴方と同じ、候補生。」
「そ、そうだったんですか。」
再び、サイエンスのミーティングスペース。
「正直に話すとね、雅、あの時の事故で、貴方がこの先どうなるか分からなかった。だから、もう一人候補生を選出したのよ。」
春菜の言う”あの事故”とは、暴走してしまった雅と試作1号機、その後雅が数ヶ月の長い間意識不明となり、女性体に変化してしまったことである。
「そうですか………。」
「あの頃から、お願いしていたの。だから、実質雅と沙百合のパイロットとしての期間はほとんど同様なわけね。」
数ヶ月間休んでいた雅と、その頃から秘密裏にパイロットとしての適正を受けていた沙百合は、ほぼ同じだけの期間、試作機に触れていたことになる。
「それにしても、どうしてこんなに若い娘なんですか?」
沙百合の方を見ながら、雅はそう質問した。
「あら、何をおっしゃられるのですか?雅さんと私(わたくし)、同い年ではありませんか?」
沙百合はそう答えた。
「それがね、まだ詳しいメカニズムは研究段階なのよ。でも、少なくとも言えることは、ある程度歳をとってしまってからでは、クシー波のコントロールを訓練するのは難しいって事なのよ。」
「そうなのですか?」
沙百合が相づちすると、春菜は言った。
「私だって、一応はブウラカスのテストしたのよ。でも、出来なかった――。」
「だから、柏木少佐は自らそうなることを選んだのですか?」
今度は、雅が質問する。
「それは、そうね。きっと。」
「そんなこと………赦されるわけですか?」
両手を机に突き、雅は立ち上がる格好となる。雅は思わず熱くなってしまっていた。彼女自身は、自らの意思ではなく、事故によって今の体に変化してしまった。そして、社会的にも、今の彼女の外見相応の物に全てが書き換えられてしまったのである。
 自ら少女の体になることを決めた柏木少佐に対し、改めて雅は人としての嫌悪感を感じていた。
「私はブウラカスシステムの開発者の一人として、少佐の件については思い悩んだわ。でも、今の私たちは進むことしかないの。過去のことをとやかく言っても、時間(とき)は待ってくれないわ。だから、みんな何ももう言わない。少佐の自己犠牲によって助けられているの。分かる?」
「そうですか………、では、私はどうなるんですか?」
「み、雅?」
その時、春菜の顔が少し焦りを見せる。
「雅さん、雅さんがどうされたのですか?」
沙百合には、雅も自分と同じような境遇でサイエンスに所属したと説明を受けていたので、雅の言っていることがよく分からなかった。沙百合は、雅の事故の真相を知らない。
「………もしかして………?」
二人の様子を見て、それを察した雅は高まりつつある感情を抑え込むことが出来た。無理はない。今日、本当に女子校の中等部に入学してしまったのである。いままで何度も抑えてきた不満や不安が爆発しても可笑しくないのである。
「………いえ、何でもないです。」
「雅さん、私も最初は怖かったです。戦争をするための物を作るのに協力するなんて事、まさか私がすることになるなんて、思ってもいませんでしたから。雅さん、これからこちらでもよろしくお願いいたしますね。」
沙百合は言い終わると微笑み、右手を差し出してきた。
「は、はい………。」
雅も、そう答えると右手をもって返したのである。


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