特務機動部隊シュガーエンジェルス



第12話 『入学 - she is suprised in there』

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


 実弾発射実験が静岡県御殿場市にある陸軍演習場で滞りなく終了した2日後の夜。
 都内の歓楽街、雑居ビルの地下にあるバーで、黒いスーツを着て濃いサングラスをした男がバーボングラスを片手に座っていた。
「いいかしら?」
「ん?」
右斜め後ろから、その男に話しかけたのは茶色のボブの女だった。
「おう。」
両者は前もって設定してあった身なりと言葉から、お互いを確認すると、女はセカンドバックから封筒を取り出す。
「ありがとう。」
「ええ、どういたしまして。それじゃ、失礼するわ。」
僅か数十秒のやりとりだった。そして、女は表に待たせてある車の元に戻る。
「少佐、もう宜しいのですか?」
青色のスポーツカーの助手席に乗り込んだ女の方を見ながら、そう訊いたのは中司真也だった。
「ええ、軍令部に戻って頂戴。」
「わかりました。」
 そして、それからすぐにスポーツカーは歓楽街を後にした。

「はい、そうですね………セシリア女学院の中等部の入学許可証、確かに確認させていただきました。それでは、採寸致しますので、こちらへどうぞ。」
「ほら、雅。」
「う、うん………。」
横浜駅に併設されたデパートに、雅と母・和子の姿があった。春からの入学が決まり、制服をオーダーしに来たのである。さすがお嬢様学校というところか、制服をオーダーするにも書面のチェックが厳しかった。それに、他の学校とは違うスペースに特別に用意されているようだった。

「これで、あとは制服が来るのを待つだけね。」
「そうだね………。」
2月の始め、久々に母と会った休日の昼下がり。カフェテリアで一息をいれる、雅はどうであれ?ショッピングなどを楽しんでいる様子の母娘の姿があった。
「あら、不満なの?」
「そうじゃなくて………やっぱり………なんとなく。」
「雅、これはあなたが選んで起きたことなのよ。だから、今更どういったってしょうがないでしょう?それにね、このままにしておくのが不安なのよ。」
「不安?」
「そう、不安。女の子になったからには、もっと女の子らしくしないとね。」
「え………。」
「言葉使いだって、まだ全然なってないじゃない?お料理だって、お裁縫だって、お掃除だって、お洗濯だって………ちゃんと一人で出来ないでしょう?」
「そ、そんな事………。」
「だからね。基本的なことだけはしっかり身につけてほしいの。女として、不自由のないようにね。あの学校だったら大丈夫だと思うの。あなたには、もういちどやり直す義務………いえ、権利ね。それがあるのよ。」
「私………は、そうは思わないけど。」
まだ、雅には自分のことを”私”と言うことに見えない抵抗がある。
「そのうち、恋をして結婚することにもなるかもしれないでしょう?」
その母の言葉に、雅はうつむき気味だった顔を上げて、強く答える。
「そんなこと………絶対にないよ、たぶん。」
「そうかしら?真也君の事、今はどう思ってるの?」
「し、真也………あいつは………。」
その時、去年車の運転手として目の前に現れた彼の姿が、雅の脳裏を走る。
「あ、あいつは………親友だよ。いまは連絡も取れないけど。」
和子の瞳は、真也の名前を聞いた時の反応が、いままでのそれとは変わっていたことを見逃すことはなかった。
”そうかしら?雅、あなたにもその時が来ればきっと分かる時が来ると思うわ。”
和子は、そう思ったが、あえて何も言わなかった。すこし、間を置いてから、和子は言った。
「真也君は知らないのでしょう?」
「そうだよ。」
「話さないの?」
「……………。」
春菜らからも、真也には事実を話しても構わないと言われていた。しかし、あれから4ヶ月が経とうとしても、彼女は真也には事実を告げていない。コミュニケータで連絡がとれなくても、連絡の方法は他にもいろいろあるはずなのに。
「こんな姿で、あいつには会えないよ………。」
「そう?母さんにとっては自慢の娘なのに。まだ中身はまだまだだけどね。」
そう言うと、和子は微笑んだ。

『母さんにとっては、自慢の娘………か………。』
その日の夜、雅は机の椅子に座ってほおづえをついて考え込んでいた。彼女の机には、一応と用意した受験の参考書やバインダーノートの類が整理されて置かれていた。
「あいつ、今の僕のこと知ったら、どう思うだろう………。」
コミュニケータから、いろいろな画像データを引き出して表示していく。真也との様々な思い出の記録だった。
「たった6年なんだよな………あいつと会ってから………。」
“男”が同性から異性という存在になってから4ヶ月、彼女にとって一番親しかった異性は、真也だったということになる。
 今日母と会って話したことは、彼女にとって、女になってから初めての特別な感情を無意識のうちに感じ得る状態に膨らませようとしていることに、まだ彼女は気づいていなかった。

 2014年4月1日。雅と両親は、セシリア女学院の校門の前にあった。他の在学生や新入生とその保護者の姿の中、
「雅、入学おめでとう。」
「うん、ありがとう………。」
真新しい濃紺のセーラー服に身を包まれた雅の姿は初々しかった。セーラー襟まで届いた長く美しい黒髪、そしてプリーツスカートから伸びる美しい白い足。
「これから、頑張るね………。」
彼女のその仕草は、女の子として生活をし始めたばかりの雅には見えなかった。すっかり馴染んでいた。
「雅があそこまで変わるとなぁ………。」
父、雅彦がつぶやくように言った。新入生の入り口の方に向かって去ってゆく娘の姿を、両親は感慨深く見守っていた。
「もう、雅は一人前の女の子ですよ。」
そして、その雅の姿をやさしい瞳で見つめていた和子の姿があった。

 3月30日夜、入学式に備えるために自宅に戻っていた雅に、母・和子は大切な話しがあるからと居間に来るように言いつけていた。
 言われた時間通りに2階の彼女は部屋から降りてきた。
「雅、そこに座りなさい。」
「はい。」
居間に着くなり、いつにない母の真剣な視線を感じていた雅は、母が正座して座るその目の前に彼女も正座した。
「あなたに、大切な事を話しておかなければなりません。」
「はい。」
「それは、女にとって一番大切なこと。雅、あなたにわかりますか?」
「……………?」
「あなたにも、もうすぐ訪れるでしょう?」
「え………?」
母は、真剣な視線を崩さず、雅の顔をじっと見つめている。
「まさか、あなたに話すことになるとは思ってもいませんでした。けれど、今は大切な一人娘。いいですか、雅。しっかり私の話を聞きなさい。」
「はい。」
 それから数十分間、母と娘の話は続いた。
 雅にすれば、女の体の事など、話しで聞いたり本で読んだりの知識程度しかなかった。それも、当然男だったから、興味くらいはあった。でも、今の雅は女である。母の話は続き、そしてそれがやがて自分も経験して行くことになるのだからと、雅は改めて実感させられた。そして、話しの要旨がほぼ終わりを迎えた頃、
「この話はね、代々母から娘へと受け継がれて行くものなのよ。女の子になったばかりのあなたには未だ早いのかも知れないけれど。」
「そうなの?」
「でもね、何度も言うけれど、あなたは結城家にとって大切な一人娘なのよ。」
「ありがとう………。」
母から感じる愛の心で、雅は一杯になっていた。
「お母さん………。」
母に甘えて抱きついている娘の姿があった。
「お母さんね、この話しを母、あなたのお祖母(ばあ)さまから聞いたのは、ちょうど今のあなたの頃だったのよ。」
「そうなんだ………。」
抱きついてきた娘の頭を優しくなでる母。
「なんか、久しぶりね………雅がこんなに甘えてくるなんて。」
「私、立派な娘になってみせます、お母さん。」
「そう………でも、あなたはあなたよ。自分を大切にしなさい。」
「……………。」
自然にあふれ出そうになる涙を、雅は母の胸の中で感じていた。

「それにしても………これがセシリア女学院ね………。」
綺麗に掃除された昇降口に、雅は来ていた。他にも、新入生と思われる生徒でにぎわっていた。いままでの学生生活の中で、昇降口がこんなに綺麗になっているのは始めて見た。下駄箱も、靴や上履きがむき出しになっているのではなく、個別に鍵によって施錠出来るタイプの物になっている。
 指定されたローファー、これにもセシリア女学院の校章がかかとの部分に小さくつけられているが、それを脱ぎおえ、校章が縫いつけられた指定の通学鞄から、これまた校章が足の甲の部分にプリントされた上履きを取り出す。
”この学校って、指定のあらゆる物に校章ついてるんだよね………”
 雅はこの頃はまだセシリア女学院がお嬢様学校であることぐらいしか知らなかったのだが、それらのアイテムは”愛好者の市場”では非常に高額で取引されている事を後で知ることになる。
 そして、いままで履いてきたローファーをビニール袋にしまうと、通学鞄にしまいこんだ。
「プリントに書いてあった、靴は持ちあるけるようにビニール袋を用意しておくって、この事だったんだ。」
なるほど、1年生用の昇降口に並んでいるすべての下駄箱のそれぞれの鍵は、すべて閉められている状態で、使えない状態になっている。
「あとで、鍵を配るって事かな?さてっと、………確か、クラスはA組………?」
昇降口から接続されている通路の向こうから、声が聞こえてきた。
「新入生のみなさん、入学おめでとうございます。新入生の皆さんは、こちらの校舎の3階になります。2年生と3年生が廊下に立っていますので、指示に従って移動してください。」
その生徒は、他に何人か生徒を連れて、新入生達を案内している。
“そうなんだ………ってそれにしても、なにか雰囲気………違うような………”
昇降口で履き替えた新入生達の半分くらいが、それぞれを以前から知っているような感じで挨拶している。それでも、無駄話は無く、整然と3年生と2年生の指示に従って校舎に向かっているようだった。
 そして、雰囲気になれていないような生徒の姿もかなりいる。それでも、その仕草はどことなく上品で、靴を履き替えるその一つの動きからにしても、丁寧で、どことなく可憐だった。

 それは、いままで雅が感じたことのない世界。

“はは、お嬢様………ってこういう人たちなんだ………どうしよう、あはは”
 しかも、周りは全部、実年齢からすると自分から見たら年下の少女ばかり。その集団の中に、同性として、同い年としての自分。男の姿はどこにもない。
“………いるわけないよね………”
複雑な胸中に占められている中、雅は上級生の指示に従い、新入生の校舎に向かう列に加わった。

 こうして、雅の女子校生活第1日目が、いよいよスタートしたのである。

 廊下の表札、『1−A』と書かれた教室に、雅は着いた。すでに、20人くらいの生徒達がいるようだった。とりあえず、適当に席に座っているようだった。席はまだ半分くらい空席のまま。
 そして、その集団の中に、ひときわ目立っているグループがいた。教室の窓際の後ろの方で話している3人のグループ。雅は、出来るだけ後ろで窓際の方が良かったから、その3人が座っている席の近くを選ぶ。周りの生徒達が静かに着席しているのに、その3人は楽しそうに会話をしている。
“ああ、きっと初等部からのなのかな………”
雅はそう思いつつも、席に着く。

 コミュニケータの時計は、すでに8時30分を過ぎようとしていた。
 気が付くと、席は全て埋まっていた。40人くらいの生徒が全員セーラー服という光景、そして自分も彼女たちと同じセーラー服を着ている。雅にとっては特別な空間にいる気がしてならなかった。こんなことで、母と交わした誓いを守れるのか、不安に思ってしまった。
 雅の後ろの席の3人組はあいかわらず会話をしているようだったが、その声はいつの間にか小さな声になっているようだった。
 その時、教室の教壇の方の引き戸が滑らかに開く。そして、黒色の修道着を着た女性が、教室に入ってきた。
 生徒達が、一同注目する。そして、静まりかえった教室に、その女性の教壇を歩く足音が響く。そして、教卓のところに立つと、にっこりと微笑んで、
「ようこそ、セシリア女学院中等部へ。みなさん、入学おめでとうございます。私は、今年1年間1−Aの担任を務めることになった、光田・セシリア・真理子と申します。1年間、短い間ですけれどよろしくお願いしますね。それでは、そうですね。そちらに座っている貴方、名前はなんと申しますか?」
真理子に視線を合わせられた、一番前の一番真ん中の席に座っている生徒が、起立して答える。
「はい、私(わたくし)は菊正宮沙百合と申します。」
「菊正宮さん、ですね。わかりました。」
すると、真理子はコミュニケータを使って何かを表示し、何かを確認する。
「それでは、菊正宮さん、号令をお願いできますか?」
「わかりました。」
そして、彼女は一息入れると、
「起立!」
と教室中に聞こえる大きな声で号令を掛けた。新入生達は、すぐに席を立つ。しかし、半分くらいの生徒が、ほとんど机や椅子と床の摩擦音を出していない。
 そして、生徒達が立ち終わり、教室が静かになってから、
「改めまして、おはようございます、みなさん。」
「おはようございます。」
「……………」
真理子は、生徒達の挨拶の様子をチェックしてから、
「はい、着席なさい。」
と言った。生徒達それぞれが着席して行くが、これもまた起立の時と同様、音をたてる生徒と立てない生徒がいた。雅は前者だった。
「さてみなさん、今日はこれから入学式がございます。そして、入学式が終わりましたら、学校施設の案内をします。その後は、教室にてホームルーム、そして放課となります。午前中に終わります。よろしいですね。」
「はい、シスターセシリア。」
すると、これもまた半数くらいの生徒達がはっきりした声で答える。
“ど、どうなってるの?”
雅は、戸惑いを隠せない。
「よろしいでしょう。それではあと20分ほどで入学式になりますが、その前にみなさん、学籍番号は分かっていますね?廊下で学籍番号順に並びます。そして、そのまま講堂、体育館に並んで行き、その順番で前から4列ずつ座っていきます。席は用意してあります。体育館には、シートが敷いてあるので、靴は上履きのままで構いません。わかりましたね?」
「はい、シスターセシリア。」
「入学式は1時間くらいの予定です。いまから10分間を休憩としますので、先に済ませておいてください。よろしいですね?」
「はい、シスターセシリア。」
真理子の言った後、半数くらいの生徒達が毎回そう答えて行く。
「それでは、休憩時間とします。廊下に並ぶ時間は、8時45分ですので、それまでに教室に戻りなさいね。それでは、菊正宮さん、号令を。」
「起立!」


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