特務機動部隊シュガーエンジェルス



第11話 『戸惑 -Do you not notice me ?-』

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


「君の組織は、すべては我々の為の物であるということを、君は忘れたのかね?」
「いえ、それはありません。」
「それでは、なぜ菊正宮家の者をテストしたのか?」
「組織の中で、このことを知っているのはごく僅かの人間です。」
「とにかく、予算については一考しよう。次回も良い報告を待っているぞ。」
 サイエンス内の、柏木正美の部屋。どこかの人物と通信を終えた正美の姿があった。

 年が明け、1月なった。あの事故以来、中止していた柏木雅のテストを行う事にする。昨年8月から今までの期間は、彼女専用の新しいコックピットを用意することを、彼女の仕事として任せていた。
 新しいコックピットには、空調システムを取り入れた。ただ、空調で整えた空気を直接パイロット達の体に触れさせると、脳波に影響がある可能性も否定できない。そのため、間接的にコックピットを包み込むように設計する。
 そして、懸念だった菊正宮沙百合の件は、未だ雅に伝えるところにはなっていない。いつ頃伝えようかと考えてはいるものの、そのタイミングは難しい。ただ、彼女は、これから必ず雅の前に現れるだろう。なにしろ、雅は彼女のいる学校の入学試験を受けようとしているのである。出会うことは当然のことになるだろうし、それまでの前には伝えなければならない。
「これからどうすればいいのかも分からず、しかもこのままで良いはずがない、か………。」

 1月10日午後。日本陸軍御殿場演習場のある地点に、その巨大な兵器は置かれていた。
「で、雅の調子はどう?」
「あんまり調子は良くないみたいね、雅は。ま、それでもしっかりと仕事はこなしてくれるわけだし、私としては不満はないんだけどね。」
「そう?」
「………雅は女になってしまったけど、その能力はやはり高い物があるわ。彼女だったら、きっと良いパイロットになってくれるはず………。」
「そうかしら?彼女、本当の事知らないんでしょ?」
「……………。」
その兵器の100mほど離れた場所に設置された何軒かのプレハブの中に、春菜と秋美の姿があった。
 今日は、初めて雅の遠隔操作による実射試験を行うため、富士山麓の南に位置する、陸軍の演習場に来ていた。
「ところで、なんで陸軍の連中まで来てるわけ?」
「仕方ないじゃない。ここ、陸軍の施設じゃない。」
「それはまだ分かるわよ。でも、あんな連中まで………」
「あれ、陸軍もほしがっているらしいわね。」
「………丘まで来た時には、もう手遅れって訳なのにね。」
「………いろんな意味で魅力があるんじゃなくて?」
「さぁ?私には上層部の考えていることなんてよく分からないけれど。」
「ま、とにかく時間だから、行くわ。」
「はいはい、がんばってくださいね、少尉殿。」

 その頃、サイエンス本部の地下にある数々の資料室の中の一室に、ある女の姿があった。ブラウンに染めたボブの髪の女は、その部屋の古風なコンピュータ端末に向かっていた。
 1週間前。女は、都内にあるバーで、ある組織の男と接触していた。
「今回の任務しごとは、あれに関する内部調査だ。地下資料室の一室にある端末を操作し、そこからデータを抜き出してほしい。詳細はその封筒に入れてある。」

女の瞳が細くなり、モニタに表示されている内容を確認しているようだった。
「なるほどね、このファイルがどうしても必要だったわけね。」
その両手には、黒い薄手の手袋をつけたままキーボードを操作している。そして、そのキーボードのすぐ左には、拳銃が置かれていた。
 女は、すでに骨董品となりつつある光ディスクを端末にセットすると、データを光ディスクに転送する。
「パスワードまで盗まれている軍の秘密組織ねぇ………こんな組織が新兵器の開発をしているなんて、聴いて呆れるわ………。」
女は端末から取り出した光ディスクをケースに入れると、懐にしまい、そしてクラックによるログインをしていたIDを終了させる。そして、置いておいた拳銃を両手に持つと、地下資料室から抜け出した。

「うむ、そうか………分かった。やはりそうだったか。それでは、安全に女を施設から逃がしてやれ。」
「わかりました。」
そこには、秋美から報告を聞く柏木正美の姿があった。
「さて、準備の方は?」
「すでに完了しているとのことです。全てスケジュール通りです。」
「そうか、それでは私も行くとするか………。」

 無事に実弾発射試験を終え、帰路につく海軍の車の中に、雅の姿があった。柏木正美の姿はともかく、雅のその容姿については陸軍に知られるわけにはいかない。海軍は、そのような方針であった。
 御殿場の演習場を出て、高速道路に入る前に、一目のつかない路上でサイエンスが用意した一般乗用車に乗り換えると、一路女子寮のある横浜に向かって車は走った。
 車の中には、運転手と雅だけ。御殿場に来ていたスタッフのほとんどは、事後処理のために現地に残っていた。雅は、春菜の命令で先に帰宅することになっていたのである。
「………そういえば、後ろに乗ったのは………女の子………だったよな………。」
運転手側の前の座席と、後部座席にはレースのカーテンによって区切られている。そして、お互いの様子は分かりにくいようになっている。
 その車を運転するのは、何を隠そう雅の親友、中司真也であった。彼は、今回は車の運転手としての任務についていた。そして、彼はいかにも運転手という服を纏い、また深々と帽子をかぶって運転席に座っていた。
 もっとも、真也が雅の姿を見ても、まさかそれが結城雅(まさ)であろうとは気づきまい。彼から見れば、おそらく”どうしてこのような幼い美少女が、海軍に関係しているのだろう?”という疑問が浮き出るくらいだろう。逆に雅が運転手姿の真也を見たら、それはそれでどういう反応しただろうか?
「それにしても………横浜までノンストップ…………って言ってたよな、春菜さん………。」
後部座席にぽつんと一人、左手に見える富士山を見ながら、雅は呟いた。

 車は、東名高速道路の上り線、まもなく静岡県と神奈川県の県境を過ぎようとしていた。そして、車は順調に横浜に戻るかと思われた。
 しかし、運転する真也が、道路情報表示板に事故発生の文字を見たのは、それからまもなくの事である。
「あ、あの………この先で事故が起きたようです。」
「?」
突然運転手が声を出したので、雅は驚いた。会話を交わす事も無いと思っていたから、なおさらだった。雅は、ルームミラーに映る運転手の姿を見る。見ると言っても、レースのカーテンがあって、見えにくい。それに、運転手の帽子の鍔の部分が邪魔で、雅からは運転手の口元しか見えなかった。
「………そうですか………。」
車のフロントガラスには、いつのまにか交通情報が投影されている。事故情報を見て、運転手が操作したのだろうと、雅は思った。
「もう、事故のあった場所では渋滞が始まったようですね。抜けるのには時間が必要なようです。」
「………困りましたね………。」
「高速から降りて迂回することも出来ますけれど、上からの命令で高速を使うように指示されているので………。」
「私には分からない事ですので、そのまま高速を走ってください。」
運転手をしている、真也は思った。確かに、自分が運んでいるのは一人の少女であることを。海軍の上層部の誰かの娘だろうか?そうだとしたら、海軍の女子寮が目的地というのも不自然だとも思っていた。彼には、少しずつ仕事による思考の癖が、芽生えはじめていたのかもしれない。
 雅も、なぜか言葉遣いを丁寧にしていた。運転手付きの黒塗りの車による送迎。これでは、まるで自分がどこかのご令嬢の様な感じになっていると、心の隅のどこかにあったのかもしれない。
 50分後、雅と真也はほとんどそれから会話の無いまま、渋滞の中にいた。まもなく厚木インターを過ぎ、車は次の区間に向かおうとしている。真也は、後部座席の少女の様子を確認していた。カーテン越しにも、どうやら、疲れているように見えた。
「あの………もう少しでサービスエリアがありますから、休みますか?」
真也は言った。正直言って、渋滞の中の運転も疲れる。自分も休みたかったのだろう。
「はい………?あ、そうですね………。」
防音壁に囲まれて景色も見えない外の様子を、ぼんやり見つめていた雅は、視線をルームミラーの方に変えるとそう答えた。
「はい、それではそうさせて頂きます………」
真也が運転する車が、厚木インターを越えて海老名サービスエリアに入ったのは、それからさらに30分も経過した後だった。

 海老名サービスエリアの隅の方に、車は停まった。そして、運転手は車を停めると、すぐに降り、雅の乗る後部座席まで半周して周ると、後部座席のドアを開けた。
「どうぞ。」
「あ、ありがとう………」
そして、雅が車を降りた瞬間、運転手の姿が初めて彼女の前に現れた。
「………!!」
ドアを両手に支え持つその運転手の顔は、まちがいない。中司真也、その顔であった。降りた直後、彼女は凍り付く。
「どうされましたか?」
しかし、真也は雅(みやび)が雅(まさ)であることに、気づかない。自分の姿を見て硬直してしまった雅の姿は、明らかに目の前にいる美少女が、なにか対人恐怖症でもあるのだろうかと思わせるには充分だった。
「あ………なんでもありません。」
そう言うと雅は車から離れる。
「15分くらいでよろしいですか?」
「そうですね………」
雅は、気づかない真也に背を向け、サービスエリアの施設に歩いて行く、その彼女の顔が赤面したのを彼は気がつかなかった。
 車から離れ、サービスエリアの施設に向かって行く雅の背後を彼は確認すると、ドアを閉めようとした。すると、そこには彼女が座席に置いたままにしたポータブルSMDプレーヤーがあった。
「ん………SMD?」
そのSMDの液晶部分は、まだ再生されたままになっていた。どうやら、操作を忘れていたらしい。思わず、彼はイヤホンを持つと耳にセットしてしまった。

いつまで泣いていた
二度とは聞けないのに
いつかは訪れる
わかっていたのに

誰もが どこかに寂しさ抱えてる
生きてゆくことに
貴方の心とふれあい続ければ
すべて忘れられると

そして 全てが終わろうとしているよ
もう一度 抱きしめてほしい
街の中とけてゆく あなたの背中
心 届かない

「この曲………。」
彼には聞こえてきたバラードの曲調の曲に、聞き覚えがあった。
「雅(まさ)が良く聞いてたな………確かMAKOTOの曲だな………。」
彼はイヤホンを耳から外すと、そっと後部座席に置いた。腕組みして、なにかを納得したようにつぶやいた。
「そっか、あんな娘(こ)でもこんな曲聴くんだ。さて………っと、俺も行くか………」
そして、彼は後部座席のドアを閉め、ロックがかかっていることを確認すると、サービスエリアの施設の方に歩いていった。

 それから10分も経たない頃。雅は、トイレの洗面台を前に、自分が映る鏡を見つめていた。
『なんで、真也が………こんなところにいる?あいつ………あいつも………海軍に入ってしまったって事………?それにしても、あの様子だとたぶん僕のことは気づいていないはずだし………春菜さんたちの差し金・・・?』
困惑する少女の姿が、そこにはあった。


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