特務機動部隊シュガーエンジェルス



第10話  part-B 
『氷塊 - Everyone have many thinks for themself』

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


「と、父さん………母さん………」
雅は硬直した。なぜ、ここに両親がいるのだろう。そして、思慮深き表情の春菜。渚は、その雰囲気から車から降りることが出来ずにいる。しかし彼女は出かける前に、密かに春菜から命令されていた、本部に戻る時間の意味を初めて理解した。
「………な、なんでこんなところに?」
娘になった息子の姿を見た両親は、その変貌ぶりに驚いた。
「あ、あなた本当にまさ、雅なのね?」
美しい腰まで届く長い髪、白い肌。華奢な撫で肩。そして、ピンク色のキャミソールにデニムのミニスカートをまとった美しい少女の姿。
 雅の母、和子はゆっくりと雅の元に歩く。父、雅彦はその場でじっとしている。そして、母親よりも小柄になった雅を強く抱きしめた和子の姿があった。
「こんな姿になって………心配したんだから………本当に………。」
「か、母さん………」
母の涙声につられて雅も母の胸の中、瞳から涙がこぼれ落ちてゆくのを感じていた。
「良かった、本当に良かった………。」
雅は、数ヶ月間消息不明になったままであったのだ。どれだけ心配していたかその事を思うと、雅は泣かずにはいられなかった。和子は、自分よりも小柄になった雅の頭を抱え込みながら右手で撫でている。
「ごめんなさい、母さん………。」
「いいのよ、雅。あなたが無事でいてくれたから………それが何よりよ………。」
「で、でも………。」
「いいの………いいのよ………。」
「母さん………」
「写真では見たけど、こんなに綺麗な娘になっているなんて………さすが母さんの娘ね。」
「………母さん………?」
「あなたは、母さんの娘よ。」
「……………母さん………」
そして数分が経った後、雅彦も雅と和子のそばに歩み寄る。
「雅………これはあくまでお前がしたことの結果だ。でも、安心しなさい、何も心配することはないんだ。」
雅彦は、まだ母の胸に抱かれている美しい娘になった息子に、やさしく話しかけた。
「雅………ちょっと顔を見せてくれないか?」
「………父さん………?」
和子は両腕の力を抜き、雅が動けるようにする。雅は、母に抱かれながら父の方に顔をそっと向けた。
「………若い頃の母さんに良く似ているよ、雅。とても綺麗だ………。」
雅の瞳からは、再び大粒の涙があふれていた。
「これなら、大丈夫………だな。」
雅彦の胸中も、まだ混乱は収まってはいないし、強い憤りの感情でたくさんだった。しかし、雅のその姿を見て気が動転してしまったらしい。そして、雅彦自身顔が少し火照るような感覚にとらわれていた。和子は、この状況でも雅彦のその様子は見逃すことはなかった。さすが、長年付き添ってきた夫婦ということだろうか。
「雅、でもお前にはペナルティーを出そうと思う。」
「………え?」
雅が何か悪いことをしたときは、何かのペナルティーに課せられる事が結城家の習慣だったのだが、今回はその度合いが計り知れない。雅の一生の問題なのだ。
「雅、もういちど学校に行きなさい………。」
こういう時でもしっかり物事を言うのが、雅彦だった。さすが敏腕で名の通っている弁護士、というところだろうか。
「えっ………?」
雅はまだ気持ちが収まらず雅彦が課したペナルティーの事については、すぐには理解することが出来なかった。

 2014年正月。雅は、正月を実家で迎えていた。
「な、なんで………こんな格好をしなければいけないわけ?」
いま彼女が身にまとっているのは、鮮やかな赤を基調とした着物。所謂”振り袖”という物だった。彼女と母・和子は、居間にいた。
「こ、腰がきついし………動きにくいし………。」
そして彼女の顔には、しっかりと化粧が施されている。
「雅(みやび)、準備は出来たか?」
そして、2階から自分の身支度を終えて居間に降りてきた父・雅彦はなにか嬉しそうな雰囲気で雅に話しかける。
「………ぼ、僕………こんな格好で初詣に行くの?」
「雅(みやび)!女の子が僕なんて言うんじゃありません!」
不満を募らす雅を前に、和子は強い口調でぴしゃりと言い放つ。
「雅、あんな格好で帰ってきたというのに………それでも?」
12月30日、雅は実家に帰ってきた。赤い色のダッフルコートに、タートルネックのセーター、そしてコーデュロイの黒のスカートに、茶色のブーツという姿。コートを脱いで、その下に着ていたそれは、上半身の体のラインを強調する。育ち始めた僅かな胸と、そして引き締まり始めたウエスト。まさしくそれは、普通の女の子の姿だった。
「……………うう………それは………」

 12月30日の事。両親が待つ家に戻る時にさすがに抵抗があったようで、雅は女の子らしいコーディネイトは避けようと思っていたのだが、春菜に一蹴されてしまった。
「渚、雅を駅まで送っていくことなんてないから。」
「……………」
港南台本南女子寮はもともとの軍事機密上、小高い山の中腹に位置していて、交通には何かと不便な場所である。バスも通ってはいない。
「雅、いまのあなたは女の子なのよ女の子。そんなにたくさんの荷物なんて、もって歩けないでしょ?」
「……………。」
もっとも、これは春菜の意地悪な気遣いではあったのだが。

「とにかく、準備が出来たら………初詣に行くぞ。」
「………僕は………」
「雅!」
そのとたん、和子が再び強く言い放った。
「………はい、わかりました………。」
雅はそう言うと、雅が身につけている帯をチェックしている母のほうをみつめた。内心、雅自身迷っていたのだ。娘として会うべきなのか、やはり息子として戻るべきなのか。しかし、家に戻ってからは、その答えは、はっきりしたように思えた。

「初詣はいつも………真也とだったっけ………」
実家に戻ってから、コミュニケータで何度も真也にアクセスしようと思ったが、今の自分の姿のことを思うとそうはいかない。そして、なぜか真也のほうからも連絡は無く、こんな事は中学以来初めての事であった。
 そして、両親と共に初詣に行くのは何年ぶりだろうか。久しぶりだった。近所の神社とお寺を順番に回り、そしてそれが初詣だった。両親と共に、両側を挟まれながら歩くのは本当に久しぶり。今の自分は母が少女時代に着ていたという振り袖を身に纏っている。
 とても複雑な思いと共に、初詣のひとときを過ごしている。
「そうそう、ちょっと待っていて………」
初詣を済ませた神社の境内で、母が混雑している社務所で何かを購入しているようだ。
「………母さん、どうしたのかな………?」
雅は母の様子を見ながらも落ち着かない。真也の姿を捜している彼女の姿があった。そして、それからほどなくして、和子が雅と雅彦のところに戻ってきた。
「これ………。」
小さな白い袋に入れられた何かを、和子は雅に差し出した。
「ん?」
「開けてみて?」
「うん………。」
そして、雅はその白い袋の中身を取り出した。
「え、これって………」
雅は中に入っていた物を見て、目を丸くする。朱色のお守りが一つ中に入っていた。そのお守りを拾い上げて、
「合格祈願………?」
「そうよ。」
「なんで、合格祈願………なわけ?」
「決まってるじゃない、受験よ、受験。」
「え?受験?」
「そう。雅、貴方には来年の春から、お母さんの母校に通って貰うから。」
とてもうれしそうな微笑みを持って言う和子の姿を、雅彦も微笑んで見ている。一瞬何のことだかよく分からなかった雅だった。
「母さんの母校?って、確か………」
「そうよ。セシリア女学院にね。」
「え、えええええっ………!?」
セシリア女学院といえば、言わずもがな、横浜にある超有名なお嬢様学校の事である。
「セシリア女学院だったら、雅の住んでいるところからなら問題なく通学できるはずよね。」
 雅は、思わず大きな声を出す。雅の可愛いその声に、周りの初詣客も何事かと一瞬雅達の方に視線を集めるが、家族の会話の何かだろうと思ったのだろう、すぐにその視線は消える。
「雅、あの時言ったろう?雅のペナルティーは、それだよ。」
雅彦が言う。そして、雅は上目遣いで雅彦の方を見つめる。
「お、どうした?不満か?」
「ぼく………私に一言も相談も無しに?」
「だって、お前あれからずっと帰らなかったじゃないか。何時相談出来たんだ?コミュニケータでの連絡だって、しようがないだろう?」
「それにね、もう願書も出しちゃったし。」
和子は、両手を合わせて雅に言う。
「………。」
「まさか、東都大学に合格したお前が、セシリア女学院の中等部の入学試験に落ちるなんて事はないだろうがな………。」
「えっ………中等部!?」
「それにね、あの松岡さんという方と話し合って、その方向で決まっているの。」
その和子の言葉に、雅は思う。
”………ってことは、待てよ。松岡………春菜さんだよな。春菜さんと話し合ってるって事は、僕に相談する事だって出来たはずじゃないか。って………もしかして、められた!?”
「ま、とにかく。そういうことだからな、分かったな?」
「………本当に………そういうこと………。」
雅の口から、一気にたくさんのため息がはき出された。

「で、どうだったのよ?久しぶりの実家は。」
「は、はぁ………なんだか疲れました………。」
2003年1月4日昼休み、サイエンス本部の入っている海軍横浜研究所にある食堂に、雅・春菜・渚・岸和田の姿があった。
「何かあったのかい、雅ちゃん。」
「ええ………春菜さんと渚さんには話したんですけど、来年の春から………」
「来年の春から?」
「学校に行くことになったんですよ………」
ふて腐るように言う雅に、岸和田はさぞかしそれは当たり前だろうというように、こう言った。
「ふんふん、だって雅ちゃんって本当なら大学生だろ?って、松岡少尉、手続きはどうしたんです?」
「それがね大学じゃなくてね………中学から行き直しだっていうのよ………」
「はぁ、中学ですか?」
「そうなのよ。」
「しかも、あのセシリア女学院に行くんだって。」
そう言う渚の顔は、なぜかうれしそうな顔をしている。
「えっ、セシリアって言うと山の手にある?」
「そうそう、そうなのよ。なんでも雅のお母様の方針らしいわ。」
「……………。」
「まぁ、戸籍の方は特例法を使えば簡単だから良いのだけど、あとは本人次第ってところかしらね。」
雅の右隣に座る春菜は、横目で雅を見る。
「はぁ………。」
「そ、そっか………雅ちゃん………がんばってな。」
雅が、その事については悩んでいるのを察したのだろう、岸和田はそう言った。


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