特務機動部隊シュガーエンジェルス



第10話(part-A)
『氷塊-Everyone have many thinks of themself-』

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


 雅が女子寮に移転した翌日の夕方だった。今日は朝から引っ越しに伴い、様々な物を買いそろえるために、雅は渚と共にサイエンス本部ではなく横浜の中心街で買い物をした。そして、渚の軽自動車に荷物が載せられなくなったこともあり、車を本部に向かわせた。向かった理由は、雅がこう思ったからである。
「あの、渚さん………僕って、寮に引っ越すことになったんですよね?」
「そうね、そういうことよ。それがどうしたの?」
「あの、買ったばかりの物をそのまま寮に持っていくのは、中里さんとかに何か思われませんか?」
「………うーん、そうかも知れないわね。」
「だったら、本部で買った物を段ボールか何かに………」
「ああ、そうね、そのほうがいいかもしれない。」
というわけで、その帰りに買った物を引っ越しの荷物に仕立て上げる為に、いったん本部に向かったのである。

だが、しかし。せっかく本部に来たのだから、柏木少佐や春菜さんに挨拶をしようと思ったのだろう。
「え、いったい誰が乗っているんですか?」
モニタ室には、ファーストパイロットである柏木正美少佐の姿。そして、セカンドパイロットの自分はここにいる。それなのに、なぜかコックピットからのリアルタイムのデータを表示しているメインスクリーン。
「み、雅………」
その声をきいて、焦りの混じった声を出したのは、春菜だった。
「春菜少尉、これはいったい………」
そして、雅と一緒に来た渚も、疑問に満ちた声で話す。
「今の雅(みやび)君、君に話すことは出来ないな。」
正美は雅の方を向くと、そう話した。
「渚くん、なぜ君は雅くんをここに連れてきたのか?」
「いえ、渚にはこの事は何も話していませんでしたので………」
正美の言葉に、春菜がすぐにフォローする。
「………そうか、春菜少尉。甘すぎるな、君は。とにかく渚君、雅君と共に寮に戻りたまえ。」
「は、はい………いくわよ、雅ちゃん。」
渚は今の状況を察したのか、すぐに正美に言われたようにするように雅に促す。
「少佐、これはいったいどういうことですか?」
しかし、雅は引き下がらない。
「これは命令だ。早く寮に帰りたまえ。」
正美も、さきほどとは違い、少しつよい口調で言い返す。春菜の視線も、厳しい視線になっている。
「ほら………行くわよ………。」
渚は、珍しく無理矢理といった感じで雅を制止させた。

 荷物を満載した車の中で、雅は憮然とした態度をとったままだった。
「……………。」
「雅ちゃん、仕方ないわよ………。」
渚の軽自動車の中には、買った荷物がそのまま置かれている。
 渚は、誰がコックピットでテストをしていたのか、知っていた。この状況下で、テストを受けているとすれば、報告書にあったあの少女に間違いはない。ただ、そのスケジュールを知らされていなかったのである。
 買い物のためにいろいろな思い、ほとんど恥ずかしい気持のほうが多かった雅は、そのような事もあったのを忘れて、とにかくだれかがテストを受けていた事が気になっていた。「確かに、僕は数ヶ月の間………意識不明だったわけですし………」
助手席に座る雅は、そうつぶやく。渚は、そのつぶやき声を聞き取ってはいたが、敢えて聞こえなかったふりをしている。
「雅ちゃん、帰って荷物を降ろしたら、お風呂に入りましょ?」
「え………!」
渚は、気にしている雅を引きつけるために話しを作る。
「今日も暑かったじゃない。私、汗だくで気持わるいのよ………」
そう言えば、デパートで初めて外の女子トイレに入った時、渚さんはメイクを直してた。汗で大変って言ってた。
「それに、今日は雅ちゃん。あなたにつきあったのよ?」
「でも、これは仕事でしょ?」
「今日一日じゃまだ駄目だから、まだ2〜3日は必要かも知れないでしょ?」
「……………。」
そう言うと、雅は黙ってしまった。渚は分かっていた。今日、雅の買い物につき合ったのは、春菜の命令だったからである。雅の物とはいえ海軍のお金であるし、それに雅にあんな服やこんな服、そして下着も言わずもがな、である。恥ずかしがる雅を前に、渚にとっては嬉しい一日であったことは間違いない。その後の本部での一件を除いては。
 買い物をしている時、
「私、妹がほしかったのよねー」
というその言葉を、雅は何回も耳にしていた。
 しかし、その上官からの命令について、雅の自覚。渚の目から見ても、雅が到底自覚しているようには思えなかった。
「……………」
実際には、雅の方が渚よりも階級は上になるのだが、そのあたりのことをまだ雅はよく理解していない。
「は………はい………。」
渚のお風呂の誘いに、雅は素直には答えることは出来なかったが、それでもそう答えた。

「で、どうだったの?テストは?」
「菊正宮沙百合ね………確かに、彼女には素質があることは間違いなさそうなのよ。ただ、ちょっとね。」
「ちょっと?」
「ええ、秋美も知っているわよね?菊正宮………っていえば………。」
「知ってるわよ。少佐が自衛隊だった頃に関係があった人物………」
「そうなのよ、その娘ってわけ。」
「春菜、その事分かっていて、なぜテストしたの?」
「当然よ。少佐の意思もあって。でも、まさかこんな結果になっちゃうなんて………。」
研究棟の一室に、春菜と秋美の姿。そして、春菜は困り切った顔をしている。テストの結果をプリントアウトした紙が十数枚、春菜の事務机の上にあらあらしく置かれていた。
「この結果………」
「少佐、モニタ室にいたのよ。どうしようもないじゃない?雅にも見られちゃうし、まったく………」
 沙百合のテストの結果、それは見事に合致しているデータ。春菜からすれば、喉から手が出るほどほしい人材であることに間違いない事を示している。雅の時よりも、むしろそれは大きいものかもしれない。
「で、どうするの?」
「どうするも何も、あとは少佐が判断すること………。」
「そう。」
「そうって………秋美………」
「これは戦争なのよ、私たちがしていることは。」
「……………。」
秋美は、動揺もしなかった。
「とにかく、あとは少佐に任せて。」
「………明日には、雅ちゃんのご両親にもお話しなければならないって時に………。」
春菜はそう言うと、背もたれに上体をつけ両手を伸ばした。

 翌日、8月18日、11時過ぎ。サイエンス本部も居を構える、非公式の施設・海軍横浜研究所。私は結城雅の両親を前にしていた。彼の父親が高名な弁護士であり、政界にも幅広い人脈を持っている事を知ったのは、あの事故の後だった。不覚だった。だから、スカウトに行った時、軍の人間を前にしても顔色一つ変えない態度だったのだろう。
 軍事機密の事項もあり、ブウラカスシステムについては話すことは出来なかったが、少なくとも今、彼がどのような境遇にあり、どのような生活をしているかを説明した。
「つまり、この少女の姿が………いまの息子雅(まさ)の姿であると?」
「はい、そのとおりでございます。」
彼の両親は、意外と冷静だった。
「本当に、申し訳の立たないことになってしまいました。」
「今更謝られても困る。なるほど、警察組織の力を上げても雅の行方が分からないのは、そのためだったのか………。」
雅の父親、結城雅彦が警察組織ともつながりがあるのは簡単に推測できる事だった。
「戦時中は、軍隊はごり押し………ということですか。ま、とりあえずこちらが然るべき措置をしようにしても、どうしようもない事ですか。しかし、それなりの補償はしていただきますよ。」
「あ、あなた………。」
「当然だ。」
そう言うと、雅彦は腕組みをする。その視線は、春菜をつよく威圧するようだった。
「海軍としましては、将来の雅(まさ)さんへの金銭的、そして社会的補償を………」
その春菜の言葉を、雅彦は途中で振りきらせる。
「待ちなさい。それは当然の事として、海軍は雅をどのように扱うつもりか?戦場に出ることは無いのか?」
「それは、まず考えられません。雅さんは、現在海軍の研究施設で仕事をお願いしています。」
「研究施設………ですか………」
雅の母、和子がそうつぶやく。
「はい。」
「未熟な息子に、海軍の研究施設で仕事など出来るわけがないだろう?」
「軍事機密になりますので、詳しくはお話しできません。ですが、雅さん無しにはこの研究は成り立たないのです。」
「そうか………。」
腕組みしている雅彦は、春菜のその目をずっと見て話していた。そして、何かを考えているのか、10秒ほど沈黙の時が流れた。
「それならこちらからも条件がある。もちろん、補償についての部分になるが………。」
「あ、あなた?」
雅彦の言葉に、心配そうに和子は言う。
「………今は娘となった雅と、定期的に会うこと。そして、娘としての再教育をして頂きたいこと。」
「定期的に会うこと………と、娘としての再教育………ですか?」
前者の事項については、雅の両親と会う前の会議で想定された事だったので、その答えはすでに決まっている。答えはYes。しかし、後者については想定外だった。
「それは、どのような事ですか?」
「雅に、その外見相応の教育を受けさせる、ということだ。」
この雅彦の意向は、母・和子にも通ずる部分だった。
「は、はあ………」
「とにかく、この最低限の2つを守らない限り………」
「分かりました、善処させて頂くようにします。」
そう言うと、春菜は深々と頭を下げるのだった。

 2日目の買い物が終わった。今日は、女の子が使っているような家具の類の買い物。さすがに、渚さんの車に買った物を載せるわけにもいかず、後日配送という形になった。そういえば、僕のために軍はいくらつかっているのだろう?
「じゃ、そろそろ時間だし、本部に帰えろっか?」
「そうですね………。」
渚さんの車は、それから1時間もしないうちにサイエンス本部に着いた。今日は午前中だけにして、午後1時頃には本部に戻るように春菜さんから言われていた。テストでもするのだろうか?昨日の事は気になったけど、話してくれそうもないし。
 僕は、昨日買ったばかりの服を着ていた。まったくの女の子の服。ピンク色のキャミソールに、下はデニム地のミニスカートを着ている。そして、靴はピンク色のサンダル。すこし胸がくすぐったいけど、大丈夫かな?
「それにしても雅ちゃん、すっかり女の子になっちゃったね?」
「そうでしょうか………?」
「だって、そんな格好………」
「……………」
言われてみたら、かなり露出度が高そうに見えた。太股から足先までをこんな風に出すことなんて、男の頃には無かったような気がする。
「やっぱり、恥ずかしい?」
「………わからないです。」
午前中の間、寮からでてこの格好でずっと買い物をしていたわけで。周りの人たちも、ごく普通な女の子としての認識しかしていない。でも、小学生か中学生くらいの男の子からの視線は感じてた。女の子からの視線も、なんとなく違うような感じがしていたのは間違いはない。
 雅は、まだ自覚していない。今、とびきりな美少女になっていることを。その腰まで届きそうな美しいストレートの黒髪が清楚な雰囲気を出している、そしてアクティブなコーディネイトをしている自分に、見とれている男の子たちが少なからず、というより多くいたことを。街を歩けば、間違いなく同年代の男の子だけでなく、女の子からも注目をあつめるような姿であることを。
 一緒に渚がいたから、話しかけられなかったものの、もし一人で歩いていたら………。そこに、気づいてはいないのだ。
「そっか………。」
渚はそのような視線に気づいていたのではあるが、敢えて指摘はしなかった。外見上年の差が離れてしまっているし、嫉妬しているわけではないのだが。

 そして、ほどなくして本部の駐車場に渚たちは着いた。
「あ、あれ………この車………」
渚の車は、どこかで見た車が駐車されていた。そして、雅が車から降りたその時、

「雅!!」
「雅!!」
二人の声が、雅に聞こえた。
「えっ?」
雅にとって、聞き覚えのある声。その声のする方に、雅は顔を向ける。
 そこには、彼………いや、彼女の両親、そしてその斜め後ろに少し離れて春菜の姿。

 その時、駐車場を研究棟の建物の上のフロアから、その様子をじっと眺めていた、正美と秋美、そして一人の少女の姿があった。


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