特務機動部隊シュガーエンジェルス



第8話 『移転 She doesn't know about new herself』

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


 春菜さんが、僕の病室から帰っていった。
 唯一、僕の心の声だけが、以前の体だった時の声のようで、いまは、変わってしまった声を聞くことすら、戸惑いを感じている。

『僕は、これからいったいどうなってしまうのだろうか………。』

 コミュニケータは返して貰っていた。
“通信機能は制限されています”
 起動してみても、外部との通信機能を制限された状態のそれは、両親にも、会えなくなってしまった真也とも通信できない。話すことが出来るのは、1日に何度か見舞いに来る春菜さんと秋美さん、そして那賀谷という女医師と、何人かの女性の看護士だった。
 全身の肌から感じる感覚も、いままでとは全く異質の感覚だった。まだ、慣れることは出来ない。突然別人になってしまった僕は、本当に結城雅なのかもわからない。
 日付を確認すると、7月13日となっていた。あれから1ヶ月は経ってしまったという。僕には、その間に世の中に何があったのか、さっぱりわからなかった。

 夕食の時間は、白湯だけだった。一ヶ月以上なにも口にしなかった僕の体の内臓は、ようやく目覚めたばかりだからだと、女看護士は言っていた。
 照明のついた味気のない病室で、僕は湯飲みにつがれた温めの白湯を、ゆっくりと口にした。

 喉を通って流れてゆく、暖かい感覚。僕はしっかり生きているという事実だけは、間違いの無い事だった。

 時は、さらに流れて8月になろうとしていた。僕は、リハビリを続けていたが、まもなく退院の許可が下りる事を、春菜さんから教えられていた。リハビリは、軍のこの病院設備では行えない為、外の病院。
 リハビリを開始すると言われ、しかも外の施設。確かに今の自分は、女の子なのだから、女の子の姿をするのが自然かもしれない。春菜さんも、秋美さんも、那賀谷先生も、看護士さんも、みんな僕にそれらしい格好をしてみたらと、時々口にする。実際女の子のよそ行きの服も、普段着のような服も、それなりに揃えてくれていた。でも、とても恥ずかしかった。
『とても、このような服は着れない………』
 だから、リハビリに出かけていく時は、ピンク色のジャージを着て行くことにした。ピンク色のジャージにしても、このような色のジャージはいままで一度も着たことは無い。そして、肩を十分覆い隠す髪は、1本にまとめて、黒や紺色のゴムで縛るようにする。
 その病院は、軍の施設から車で15分ほどの、大学病院だった。その病院では、僕のことについては、事故で頭を打った女の子が、意識不明な状態から1ヶ月後に、意識を取り戻したと言うことになっていた。
 毎日通っていて、最初の3日間はかなり大変だった。弱った体もさることながら外出しての生活は、特に女になってしまった事を意識させることが多く、戸惑いと羞恥の連続だった。

 ブウラカスの事や、大学のことなんて論外。今の僕には、とにかく体力を取り戻し、普通の生活をこなせるようにすること、それが最大の任務だった。

 そして………8月12日。

「雅君、今日からはリハビリは行かなくてもいいから。」
 あれから、春菜さんは午前中9時頃に一度、僕のところにやってくる。そして、様子を見てすぐに仕事に戻っていく。僕はというと、もうリハビリもしなくてもいいだろう。普通に走るくらいなら、十分にこなせる。体が小さくなって軽くなり、明らかに筋力も落ちたけれど、それでもようやく女の子としての生活のさわりには、抵抗は無くなっている気がする。事実、もう下着もすべて女の子のそれを身につけていた。
「春菜さん、本当ですか?」
「ええ、先生の許可が下りたわ。今日、この病室からも退院よ。」
「うれしいです。」
僕は、うれしかった。素直にそう思った。
「でもね、その………せっかくだけど、いろいろと問題があるのよね。雅君も分かっているだろうけど………。」
「……………。」
こんな体になってしまったから、問題は山積みである。
「そうですね………。」
「とりあえず、雅君。当面生活に必要な荷物と、あなたの暮らす部屋を用意してあるわ。」
「そうなんですか………。」
「ええ、今日からはそこで生活しなさい。大学については、当分休学扱いになっているから大丈夫だわ。これは軍が保障するから。」
「そうですか………。」
「昼間は、主にうちの組織で仕事をしてもらうから。」
「仕事って………?」
「いままでどおりのテストと、そしてパイロットとしての様々な事ね。」

 こうして、僕は病院を退院した。春菜さんは白くてフリルのついたスカートの、清楚なイメージのワンピースを着るように勧めたが、僕はいつものピンク色のジャージを選んだ。
そして、なぜか隠れるように施設から向かった先、それは………。

『日本海軍 港南台本南女子寮』

 その事実を知ったのは、着いてからだった。

「は、春菜さん………ここって………。」
「ん?ここ、軍の女子寮よ。私も秋美も、ここに住んでるわ。」
さも、当たり前のように春菜は答えた。海軍の横浜総合研究所、その中にサイエンスも存在していたが、車で走ること15分程度の場所に、このような施設が存在することは知らなかった。
「ここの寮、海軍の方でも士官以上でないと入れないから秘密は守れるわ、雅(みやび)ちゃん。」
 病室に置いておいたものや、買ってもらっておきながら一度も着ていない女の子の服の入った大きめのボストンバックを、寮の玄関に置いて、唖然とする雅。
「あ、雅(みやび)ちゃん。下駄箱はこっちよ。雅ちゃん?」
呆然としている雅は、我に気づく。
「春菜さん?みやびって?」
「これからの、あなたの名前。」
「えっ?」
「そういうことだから、ま、よろしくー。」
春菜は、してやったりという笑顔で、自分のヒールを左手で持ち、右手で手招きしている。
「…………。」
春菜に一方的に押され赤い色のスニーカーを脱ぎ、それを両手で持つとすぐに、下駄箱に向かう。
「ほら、ここ、ここよ。」
春菜が指さしたそこには、”柏木雅”と書かれたシールの貼られた下駄箱がある。そして、その同じ段の左には、”柏木正美”と下駄箱。その下に、”松岡春菜”、隣に”松岡秋美”、さらには”片倉渚”と、”那賀谷理恵”もある。ほかにも、知らない女性ばかりの名前の下駄箱と、管理人用の下駄箱があった。
「ここって、本当に女子寮………なんですね。」
「そうよ?それがどうしたの?」
「なんで、僕が女子寮に………?」
「………そうね、あえて言うなら今は貴方を家には戻せない。そして一人暮らしは今の貴方には危険。だからといって、サイエンスの施設で生活っていうわけにもいかないわね。そうしたら、必然的にこうなったってわけ。」
「………。」
見た目は小学生か中学生の女の子の姿の雅。もっともすぎる春菜の答えに、雅は何も答えることは出来ない。
「………それで、どうして僕は柏木なんですか………?」
「それはね、あとで話すから。」
「はい………」

 時計の針は、午前11時をすぎようとしていた。
「さ、雅(みやび)ちゃん、貴方の部屋を案内するから。あ、そうだ、寮母さんのところに挨拶が先よね。」
すると、玄関に置かれていた来客用のスリッパを春菜さんが渡してくれた。
「とりあえず、これを使って。」
「はい………。」
雅は、ふと春菜の足下に目を向ける。すると、花柄のフリルの着いたかわいらしいスリッパを使っていた。彼、いや彼女にとってからの春菜の印象とは、少々ずれている。

 その時、玄関の外から、一人の中年女性がやってきた。雅は、自分の母親よりも少し若いくらいだろうかという印象を持った。
「おかえりなさい、春菜さん。あ、そちらが今日来るって言う、柏木少佐の?」
「こんにちわ、中里さん。そう、紹介するわね。こちらが寮母の中里さん。そして、この娘(こ)は柏木雅(みやび)特務少尉」
「そう、よろしく雅少尉。………ずいぶんと若いわね。話には聞いていたけど………。」
『え、ぼくが少尉?』
あっけにとられていた雅だった。
「あの、よろしくお願いします。」
雅は、我に直って一礼する。
「ここでは、階級はあまり関係のないっていう暗黙の了解があるから、それだけは忘れないでね、雅ちゃん。」
中里はそう言いながら、雅に近づいて思い切り抱きしめた。
「あっ………。」
「こんなかわいい娘が戦争に関係するなんてね………。」
抱きしめながら中里はそういうと、すぐに離す。
「それでは、行きましょう雅ちゃん。」
「はい………。」
こうして、春菜に肩を押されて、雅は自分の部屋に向かうことになったのである。

 部屋の番号は206号室。
「特務少尉:柏木雅」
と、階級と名前までかかれたプレートも用意されていた。

「ここが、貴方の新しい部屋。鍵はコミュニケータのIDと指紋・光彩照合の3つ。ま、軍の施設だから、セキュリティーは完璧よ。」
あらかじめ、部屋の扉は開いたままになっていた。これからやってくる、新しい部屋の主を待っていた、そんな印象である。
「寮っていっても、部屋は完全個室。2LDKのバス・トイレ付き、だけどバスは大浴場もあるわ。部屋のバスは普通のお湯だけれど、大浴場はなんと温泉なのよ。掃除もしなくていいし、昼間の掃除の時間以外は使えるから、実際はみんな大浴場を使っているわね。」
雅に準備されたその部屋は、寮の個室にしては豪華だった。10畳と8畳の二間、10畳はフローリング、8畳は畳である。小さな台所と、言われたように風呂とトイレもある。
「そうそう、入寮規則とかいろいろあるから、あとで読んでおいてねん。」
女子寮とはいえ、海軍の幹部クラス以上にならなければ入寮できない施設である。普通の寮とは、訳が違っていた。
 がらんどうの部屋に、雅は唖然としていた。
「必要な物とかの移動は、明日するから。」
「は、はい………」

 ”柏木雅(みやび)”としての新しい生活の一歩は、いま、まさにはじまったばかりであった。

 夕方、といってもまだ陽(ひ)は明るい夏の夕方。寮に残された雅は、落ち着くことが出来なかった。寮母・中里から入寮規則のかかれたプリントを手渡され、そして施設の内容も教えてもらっていた。

 しかし、そのまえに中里は、雅をジャージから着替えさせようとしていた。なんらかの事情で軍隊に所属しているとはいえ、これから年頃を迎えるだろう少女がそのような格好をしていることをかわいそうだと思ったのだろう。雅の事実を知らない中里にとっては、いたって”当たり前”の発想だったのかもしれない。
「雅ちゃん、あの荷物の中にお洋服入っているのでしょう?」
「はい、入っています………」
みやびと呼ばれること、そして今完全に女の子として見られている有様は、彼の心の困惑をさらにふくらませていく。
「あの、雅ちゃんかわいいんだから、そんな格好していないで着替えてみたら?」
「えっ?」
「今日は、荷物を運ばないんだし、汚れることはないでしょう?それに、そのような格好で他の入寮者に挨拶するの?」
「……………。」
雅は、視線を自分のそれぞれの体に順番に向けてゆく。ピンクのジャージから出た左手が、改めて少女であることを実感させた。
「ね、だから着替えましょうよ」
中里は、雅に迫り寄り、そして両肩をやさしくもった。大きく接近した優しそうな瞳を前に、雅には母親の姿が重なって見えた。
「わ、わかりました………。」
そして、雅はそう答える。
「それじゃ、管理人室で待ってるから。」
雅の両肩に置く手を離し、中里は歩いていってしまった。雅は、1階の談話室に残された。中里の姿にだぶらせた母親の姿に、思わず涙が流れそうになっていたことに気づき、顔を2度3度かるく振る。
「さてっと………。」
雅はぽつんとつぶやき、もう一度顔を振ると206号室に戻った。

「………着替えるって言っても………」
そしてその10分後ほど。自分の部屋となった206号室の部屋の中で少女が一人、ハンガーで壁につるされた3着の洋服を前にうなっていた。彼女の背後には、無造作に口を開けた状態でおかれたボストンバックがあった。
 左に吊されたのは、清楚なお嬢様風のノースリーブの白いワンピース。スカートの部分にフリルがたくさんついている、春菜が退院するときに着ることを勧めたもの。
 中に吊されたのは、かわいい熊の柄のこれもノースリーブのワンピース。少女が着ると、さらに少女の度合いが増しそう。というか、これではまるでお人形かぬいぐるみになってしまいそう。レース状のフリルがたくさんついている。雅はまだ詳しく知らなかったが、俗にいう”ロリータ服”である。
 右に吊されているのは、ボーダーラインの半袖のシャツ。しかし、ボトムズはジーンズのミニスカートとのセットである。これを着たら、太股までしっかりさらすことになりそう。いかにも夏という服である。
「…………………………。」
とりあえず、バックに入っていたのはこの3着と、そしてパジャマと下着のセットが数点であった。雅は、真剣に悩んでいた。このとき、自分自身が着る服について真剣に悩んだ、と言うことが初めてのことであることに気づいてはいなかった。
「どうしよう………」
この体になっても、いまだ下着以外はジャージとパジャマを着てばかりで過ごしていた。ワンピースやスカートなどは、一度も着たことがない。
 吊された洋服を前に悩むその姿は、まるでこれからデートにでも行く女の子が着ていく服をどれにしようか決めかねているような姿。もし、このようなところに父親がやってきたら娘に何を言われるか分からない、そんな様子に見えた。
「よ、よし、決めた!!」
雅は、三着を吊してからさらに数分ほどたって、ある一着を手に取ったのである。
「あ、でもどうやって着るんだろう。スカートの方から頭を通すのかな………」
決めた洋服を手に取った段階で、無意識のうちに赤面していたのであるが、鏡があるわけでもなく。

「あ、あら雅ちゃん、かわいいじゃない!」
本来の意味以外から、赤面させて、もじもじしている雅の姿を見て、さらにかわいく感じたのだろう、中里は目を丸くした。
 着替え終わり管理人室を訪れたその姿は、まぎれもなく、どこかの良家のお嬢様風の出で立ちをした美少女であった。
「あ………待ってね、雅ちゃん。髪の毛がおかしいわ」
そういうと、中里は雅の美しい長い黒髪をやさしく手に持ってなおした。
「雅ちゃん、あのような格好よりも、こっちのほうが絶対に似合ってるわ!」
「そ、そうですか………」
雅は、赤面させたまま、視線を明後日の方向に向けていた。


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