特務機動部隊シュガーエンジェルス



第7話 part-B

『覚醒 - Who have two hearts of fact ?
But they are stay in "alone"』

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


 7月12日、朝5時12分。
 緊急の呼び出しで、まだ少々薄暗い初夏の朝、特別病室のある階に、関係者がおのおの、集まってくる。
「雅君、目を覚ましたって、本当なの?」
秋美が、息を切らしながら言う。
「ええ、そうらしいわ。看護婦が、叫び声で気がついたって言ってたわ。」
そして、春菜が答える。
「で、どうなのかね、彼の容態は………。」
今度は、柏木が那賀谷に問いかける。
「いまは、鎮静剤を投与されて、再び眠っています。」
「鎮静剤って………大丈夫なの?」
春菜が、疑うような視線で那賀谷の顔を見る。
「一度覚醒できれば、おそらく問題はないでしょう。さて、説明させていただきます。現在の彼の状態は、女性。外見上の年齢は12歳程度、胸部の発育、そして局部の体毛の状態から、そう判断しました。ちょうど、第2次性徴を迎えようとしている少女、というところしょうか。身長は151.2cm、体重41Kg。ほぼ、標準的な体格です。ここ1ヶ月間体を動かしていないこと、そして女性への体格変化により、骨格・筋肉などの組織は相当弱っていると考えられます。血液検査に関しては、すべての数値は、この時期の少女の正常範囲内です。性腺ホルモンに関しても、同様の結果でした。男性器官は存在せず、女性器官に変化しています。医学的見地とすれば、間違いなく女性です。」
「やはり検査結果には間違いはないな。」
「そうですね、未明に長い眠りから覚めたようですが、自分の体の変化に気づいたためによるものと思われる精神的ショック障害、そして看護婦による鎮静剤により、今は落ち着いている、という状態です。」
那賀谷は、あくまで医師としての見解を述べてゆく。
「どうして、18歳の彼の体にはならなかったかしら?」
秋美が、疑問を口に出した。
「まだ、それはよく分かっていません。現在、まだ調査中の事項です。………そして、彼が次に目が覚めたときのために、誰かを。」
「それは、私が。」
春菜が即答した。
「少佐、よろしいですね?」
「分かった、許可しよう。春菜少尉、君は彼が目が覚めるまで、付き添うことを命じる。」
「ありがとうございます。」

「まもなく、鎮静剤の効果が切れる頃よ。」
那賀谷と春菜は、雅の眠る個室病棟にいた。雅は変化したその体をベットに横たえていた。まるで、意識が戻らない頃のように静かな寝顔だった。鎮静剤を注射されてから、5時間が経過しようとしている。雅を見守る春菜に、軽い朝食をと那賀谷がサンドイッチと紙パックのコーヒーを持ってきていたのであるが、手はつけられていなかった。
「雅君に、どう話せばいいかわからないわ………。」
誰もが、いずれこの時が来る事を分かっていても、その時が間近になりどのように接するべきか、その答えは見つけられないでいた。
「医学的な部分では、私が説明します。」
「そう、助かるわ………。」
那賀谷のその言葉に、春菜はほっとした。
「これからどうしていくべきか………それが最大の問題なのよ。」
戦況や山積みになっている様々な問題よりも最優先しなければならない問題、それが雅の問題なのかもしれなかった。

 そして、さらに30分ほど経過しただろうか、時は訪れた。青白い肌、細くなった雅の両手が顔に向かってゆっくりと動いたのである。
『ここは………』
錯綜する記憶の中で、雅はつぶやく。
『いったいどうしちゃったんだろう………』
雅の体が動いたのを見て、春菜や那賀谷そして数名の看護婦が注目をする。その静かさは、雅の手が動いて擦れた布の音が聞こえてくるような静かさだった。
「……………。」
彼は、ゆっくりとその瞳を開けた。まぶしくならないように、窓のカーテンは閉められていたが、それでも今の雅の瞳にまぶしさを感じさせるには十分だった。
「………ま、まぶしい………」
そしてその時、雅のおぼろげな視界に春菜の姿がにじんで見える。
「………ここは………この人は…………?」
次の瞬間、春菜は待ちきれなかったのだろう、横たわる雅を抱き起こし、思い切り抱きしめた。
「……………?」
雅は、何が起きているのかを理解する以前に、急に抱き起こされて目が覚めたようだ。
「よかった雅君、目を覚ましてくれたんだ。」
その春菜の声は、泣き声だった。
「よかった、本当に良かった……………。」
雅の鼻に伝わる、春菜の髪の甘い香り。
「……………あ………貴方、誰ですか………?」
その香りを感じながら、雅はそう言った。その声は、明らかに以前の彼の声とはまったく別人の物であった。

「で、セカンドパイロットは記憶喪失という事か………。」
その報告を聞いていたのは柏木少佐。彼女は、誰もいないオペレーションルームに秋美と二人、秋美は報告をしながら柏木少佐の背後から、その髪の毛を毛繕いをしている。
「はい、那賀谷医師の説明では、1ヶ月ほどの昏睡状態と、身体の変化による精神的ショック状態に陥ったセカンドパイロットには、起きて当然と思える事象だそうです。」
「で、治る見込みはあるのだろうか………。」
「時間はかかるますが、きっと治る時が来るということのようです。」
「………きっと、治る時が来るか………。」
柏木少佐は、机に置かれた頭全体から肩まで映る鏡を前にしていた。秋美がやさしく背後から髪の毛を繕う姿を、鏡から見ながらその報告を聞いていた。
「結局は、時間がすべてを解決してくれるまで待つしかないのだろうか?」
「そうかも知れませんね………」
「それで、少尉の方はどうしている?」
「もしかしたらこうなるかもしれないと、予想はついていたのですが………やはり、ショックのようです。」
「そうか………」
その時、秋美は髪の毛を繕うのをやめ、柏木の華奢な両肩を持つ。
「……ん?」
そして、軽くマッサージを始める。
「お、おい………痛いよ………」
少佐の体は、素直に反応する。
「痛いですか………そうですよね、体はお若いのですですからね………」
秋美の口が、すこし柔らかくほころんでいた。

 7月13日。
 1ヶ月ぶりに覚醒した結城雅の容態は、記憶喪失という次の問題を露呈させた。この時期にあたって、テストパイロットを失うというという事態は、サイエンスに与えられた任務(しごと)をこなすには支障が発生する。
 ということで、結城雅をテストパイロットに起用する以前、海軍の特殊機関関係者の内、賛同する数十名の家族を対象に、脳波計測テストを行っていた結果報告を元に、数名の候補者を選出するに至った。
 私は、柏木少佐のその方針には素直に賛成は出来ない。しかし、戦争は今まさに起こっている。長期化・泥沼化すればするほど、想定される大陸間弾道ミサイルによる大量破壊戦術を使用する国が発生する公算は大きくなってゆく。私たちに、残された時間はなかった。
「で、これがそのリストです、春菜少尉」
朝、秋美に頼んでおいた”リスト”、それを彼女から手渡された春菜が言う。
「そんな目で見ないでよ、わかってるでしょ?」
「重々分かってはいますけれど、雅君はどうするのです?」
「雅君の事は、私が責任を持って面倒をみるから。とにかく必要なのよ、今はこれが。」
秋美から渡されたその”リスト”、表紙には何も書かれてはいない。
「今日は、雅君のところには行ったの?」
「まだよ、これから………。」
「そう、早く彼のところに行ってあげなさい。」
そういうと、秋美は春菜のデスクから遠ざかってゆく。
 彼女たちがいたところ、それは研究棟の6Fであった。
「………さてと………」
春菜は、周りにいるスタッフたちの様子を一見してから、その資料の扉を開けた。

「もう、こんなに時間が経ってるわ………。」
 一通り資料を読み終えた私は、雅君の個室病棟に向かった。正直、どう接すればいいかわからなかった。もとは男性で、いまは少女の体、そして記憶喪失。しかし、その懸念は、彼の病室に入った時氷解した。
「こんにちわ、雅君………。」
美少女といっても間違いないだろう、あり得ない変貌を遂げた雅君は、上半身のベットの床の部分を斜めに持ち上げた設定、椅子のような状態で横たわっていた。その体には、水色の検査服が着せられたままになっていたようだ。でも、その検査服は、しっかりと身につけられては居ない。多少乱れていて、隙間から少女から女の体へ変化を始めたかすかな胸のふくらみが少しだけ見えている。腰から下は、布団が掛けられていて見えない。
「………春菜さん………。」
私の声を聞いた雅君は、病室に入った私の顔を見つめていた。その声は、いまにも泣き出しそうな少女の声だった。
「雅君?」
「………春菜さん……………。」
すると、まるでなにかが壊れたように、彼は一気に泣き崩れた。

 そう、彼は、記憶を取り戻していたのである。

 わたしは、雅君の記憶が戻ったという報告も忘れ、ずっと雅君と話し続けていた。あれから3時間は経っていた。妹の秋美とさえも、こんな長い時間を話したことがあっただろうか。
 すべての事を、出来るだけ隠さずに話した。最初は泣いていた雅君も、何時の頃からだろう、やがて泣きやみ、そしてじっと私の話すことに耳を傾けていた。
 雅君の体は医学的には完全に女性の物に変化してしまったこと、このような事態になった原因がよく分かっていないこと、そしてそれはもう、元には戻れない可能性がほぼ確定的である事。どれだけ話しが進んだ頃だろうか。
 そして結局、彼はこう口にした。
「これから僕は、どうなってしまうんでしょうか………?」
 それには、どう答えようにもなかった。
「大丈夫、大丈夫だから………。」
と、答えることしか出来なかった自分が、情けなかった。


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