特務機動部隊シュガーエンジェルス



第7話 part-A

『覚醒 - Who have two hearts of fact ?
Bad they are stay in "alone"』

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


「ここは、どこ………?」
何も見えない。暗黒の空間に、一人ぼっち。
『ここは、貴方の心の中』
その空間にいる僕を、冷たく包むように、少女の声が響く。
「何も、見えない………、何も感じない・・・」
『怖がることはないわ』
どこからか響いてくる、少女の声以外には、何も聞こえない。こんな沈黙は、生まれて初めてだ。
「君は?」
『あなたは、あなた。でも、あなたは私なの。』
「君は、僕?」
『大丈夫、怖がることは無いのだから………。』

「雅くん、雅くん!大丈夫!?ねぇ、目を覚まして!!」
雅は、ストレッチャーに乗せられて、併設されている病院設備に急送されているところだった。そして、一緒に、春菜と秋美が付き添っている。
 雅の鼻、口、耳からは、少量の出血があった。脳圧があがり、血液が出血したのだろう。彼は、酸素マスクを付けられていた。
「…………あ………ここはどこ………」
ほんの僅かに開けた、うつろな瞳。誰も気づかないくらいの、うつろな瞳。何も聞こえない。そこには、春菜と秋美の心配そうに駆け寄っている姿だけ。廊下に響く、複数の足音。そして、その視力も、すぐにぼやけてしまった。
「………………」
雅は、再び瞳を閉じた。
 ICUに着き、看護婦に立ち入りを拒否された二人は、そのまま廊下に待たされることになった。
「………私、少佐のところに行くわ………。」
両腕を壁に突っ伏して寄りかかる春菜のその視線は、廊下に向いている。声も、小さかった。
「いいえ、少佐には、私がひとまず報告しておきます。春菜、あなたはここにいなさい。」
姉の様子を見て、秋美は、春菜の右肩を、背後から軽く叩く。
「じゃ、行ってくるから。」
そういうと、秋美は少佐のところに向かった。そして、秋美の廊下を歩く靴音が徐々に遠ざかっていくと、春菜は、呟いた。
「いったい、どうしたっていうのよ、雅くん………いったい………。」
春菜は、瞳から涙が落ちるのをこらえていた。
「泣いたらいけないのよ、泣いてしまったら………。」

 2003年7月7日。

 ブウラカスの開発研究は、事実上停止していた。とはいっても、中枢コントロールユニットに関する部分であり、今後搭載や応用が考えられる部位に関しては、継続されている。
 そして、極東地域の状況で、懸念されている2つの項目のうち、未だ起きていなかった事が発生した。
 中国政府が、台湾を武力にて再併合という実力行使に出たのである。かくして、極東地域に関するバランスは崩れた。朝鮮半島で、まもなく決着がつきそうだった戦局が、台湾へのアメリカ軍の兵力分割により、様相を変化させつつあった。
 日本政府………日本軍も予想はしていたが、新たなる戦略・戦術転換を図られることになった。

「セカンドパイロット、結城雅の容態は、変化無し。すべての数値は安定していますが、意識は取り戻せてはいません。しかし、そちらの報告書の通り、外見上の変化は顕著です。」
「ああ、私も読んだ。外見上の変化とは、どういうことだ?」
「予想されていた事が、起きたようです。」
「そうか………。」
柏木少佐は、Tシャツに濃紺のジーンズ生地の、ミニスカートを着ていた。今日は、行動に制限はあるものの、所謂有給休暇を過ごしている。併設されている病棟、雅が収容されているICUの面会室、とはいっても、完全に別室であり、ガラスによって内部を見れるようにした小さな部屋にいた。そして、彼女が話しているのは、彼女自身の担当医でもある軍医、那賀谷(なかたに)理恵
であった。29歳にして総合性転医の草分け的存在として著名であったが、おおよそ1年半前から、その姿は、消息不明とされている。
「しかし、少佐。少佐とセカンドパイロットの事例では、全く内容が異なります。これから先は………。」
「分かっている。よろしく頼む。」
「はい、それでは失礼させていただきます。」
白衣を着た那賀谷は、冷たい微笑と共に、軽く一礼をすると、その部屋から出て行く。
「………無事に、意識が回復さえしてくれれば、まだこちらも救われるのだが………。」
雅が大学に登校出来なくなってしまった事実は、海軍によって大学側に圧力がかかっていたため、問題はない。しかし、息子からの連絡が途切れたことを、とっくに気づいて良い頃になっている。
「私が、せっかくこのような姿になったというのに、これでは何も意味がないではないか………。」
柏木は、そう呟いた。

 翌日、7月8日。
 中国が台湾に武力統合を開始した事実は、たちまち話題になっていた。ここ、ブウラカスシステムの研究機関「サイエンス」でも、例外ではなかった。
「少尉はどう思います?」」
お箸でご飯を運ぶ前に、岸和田。
「どう思うって、これって予測してた事でしょ。旧世紀からの問題だったわけだし、ま、これを機にってことは、考えても当然でしょ。」
湯飲みを両手で持ちながら、春菜。
「それで、日本はどうするのでしょうか?」
フォークとナイフで、ハンバーグを切ろうとしている片倉。
「っていうか、渚、あなた、朝から良くそんなもの食べれるわね。」
「少尉、私夜勤明けで、これからOFFです………。」
「あら、そうだったっけ………。」
「昨夜は、大変だったのですから。少尉も呼ぼうかと思いました。」
そういうと、片倉はフォークに切ったハンバーグのかけらを刺す。
「で、なんだったけ?話。」
「少尉、中国と台湾の事で、日本はどうなるかって話しですよ。」
岸和田が、今度はみそ汁の入ったお椀を両手で持っている。
「そうね………少なくとも、上からの催促が厳しくなるって言うのは間違いないかしら。」
「………雅くんの様子も変わらないですし………。」
その片倉の言葉に、3人の視線を寄せられた空席。
雅が来てから、この4人で朝食をとることが多くなっていた。そして、ほぼ、その時間帯には専用となった、彼ら4人が使っている4人用のテーブル。本当なら、雅が座っている席だ。

 3人の会話は停まり、それぞれがため息をついた。

 7月9日。
 柏木少佐操作による、初のブウラカス砲の”公開”試射実験の日。
 この計画を知る、僅かな軍令部、そして海軍上層部の人間、そして関与した企業の上層部の人間。
「で、たった、これだけなわけ?」
来賓席を一望できる、研究棟の6Fから、ブウラカスの周りに集まっている人の集まりを眺めているのは、春菜と秋美だった。
「仕方ないでしょ、これ、極秘ですもの。」
となりで、同じく眺めている秋美が言う。
「カ式戦水(※閑話休題参照)の時よりも、少ないわ、こりゃ。」
二人が眺めている人数は、20人にも満たない。
「ま、上がどういうつもりでいるか知らないけど。」
まだ、肝心のコントロールユニットが完成していないのに、とりあえずの形、といえば良いのだろうか。
「で、整備のほうはどうだったわけ?」
「私は、一昨日、昨日は今日の段取りで、軍令部に行っていて、ここにいなかったわけだし。やってみないとわからないわね。」
「そう………。もし失敗したら?」
下を眺めている春菜を、横目でちらっと見ながら、秋美は言う。
「ここで暴発したら、少なくともこのあたりは終わるでしょうけど。」
春菜が、さぞあたりまえのように答える。
「春菜、たよりにしてるわよ。」
「あら、ありがと。」
「私まで巻き込まれるのは、嫌ですから。」
秋美はさらっとそう言う。
「あ、秋美ー、あなたねーー。」
「そろそろ時間よ、行きましょう。」
謀ったかのように、秋美はコミュニケータで、二人の顔の空間の間に時計を表示する。
「ったく………。」
春菜は秋美に何かを言おうとしたが、言い出せず、その場所から、下の階に歩き始めた秋美の後を、春菜がついて行った。

「ブウラカスキャノン、マニュアルで始動しました。脳波回路は物理的に切断された状態を維持。」
「現在のところ、すべて正常。」
 本格的な試射実験を開始する事になったプロセスにおいて、ブウラカス試作1号機から、約80m離れた付近に、新たに作り直されたコントロールルームに、メインスタッフは集まっていた。北朝鮮の大陸間弾道ミサイル発射準備事件があった3月4日、あの日の段階においても、いきなり本番、しかも脳波によるコントロールで発射を行おうとしていた。
 あれから4ヶ月、非公開ながら公式的に、”一応の形”となった。巨大な人の右腕と、そしてその手が持つ、ライフルという奇妙な外見の兵器を前に、この試射実験の様子を見に来た、軍令部上層部や、企業の来賓たちは、誰もが奇妙な目をしていた。彼らは、その新設されたコントロールルームのそばに並べられた椅子に座っている。

『本当、やりにくいわ。』
コントロールルームで、本来は柏木少佐の座る席の後ろに立っている春菜はそう思っていた。柏木少佐は、コックピットに乗り込んでいた。やりにくい理由とは、上層部の諜報部員が数名、その場にいたからである。春菜も雅も、この時、施設の外で警備に当たっていた真也の存在を知らない。
「少佐、ブウラカスシステムはすべて正常です。」
岸和田が、コックピットに座る少佐に言う。
「………すべて、予定通りという事だな、向こうの方は?」
「着弾地点の陸軍御殿場駐屯地からは準備完了の通達が来ています。」
「よし、そうか………。」
今回の試射は、あくまでブウラカスに使用される巨大ライフルの発射実験である。10.8cmの口径であったが、仮想敵兵器である大陸間弾道ミサイルを撃墜するには十分である。その口径は、第二次世界大戦時代の駆逐艦の主砲に相当する。
「ミサイルを落とすための兵器の試射で、陸軍の駐屯地に着弾、か………。」
この兵器の開発者としての側面も持つ春菜にとっては、この秘匿兵器に対する軍部の思いが、なんとなく嘲笑に近いようなもののように思えていた。
「松岡少尉、何をしている。ここでの指示は、すべて君に任せているはずだ。」
コックピットから、柏木の声がそう伝わった。

 7月11日。
 ”公開”試射は無事に終了したが、予想していた事態が起きた。セカンドパイロット、結城雅の両親が、捜索願を警察に出したのである。大学に通うため、一人暮らしを開始した彼は、大学が終わると夕方からサイレンス本部に来て、そして、各種訓練や、実験などの任務をこなしたのち、施設内にもうけられた部屋に泊まり、朝は食堂で食事を摂ってから再び大学へ、そういう生活をしていた。
 しかし、6月5日のテスト中の事故で意識不明になり、その後は海軍の圧力により、大学には彼の立場を悪くしないようにしていた、のではあるが。雅との連絡が途絶えてから1ヶ月、ようやく気がついたのか、両親はそのような対応をとった。

 個室病棟で眠る雅を見舞いに、春菜が来ていた。ここ1ヶ月以上が経過し、彼の体に大きな変調が訪れていた事を知っているのは、春菜を含めて、柏木と秋美、そして主治医とそのスタッフという、ごく僅かの人間のみであった。
 おとといの試射実験の際、雅の脳波に変調があったとは言うが、結局意識不明のままである。
「………もし、雅君が無事に意識を回復したとしても、いったいなんて説明すればいいのかも分からない………。」
細く青白く変化してしてしまった雅の右手を、春菜はそっと握る。
「小さな手………。」
元々小柄だった雅であったが、現在の雅はさらに二回りは小柄になってしまったように見える。
「きれいな髪ね………。」
そして、雅の髪は、細くてしなやか、よく手入れの行き届いた美しい髪の毛。光を反射して、輝いている部分もある。春菜からの、せめてもの罪滅ぼしだったのだろう、雅の体の手入れについては、徹底的なケアを行うように命令を下していた。
「雅くん、こんなにきれいになって………。」
そして、その顔立ちは、元々の雅が女性によく見間違えられていた事もあってか、すべてが完璧と思える整った顔立ち、そして水分を含み、きめ細かい素顔。
「………なんて説明すればいいか、わからないわ………。」
春菜は、雅の右手をゆっくりと持ち上げ、自分のほおに、雅の右手の甲を当てる。
「………でも、あなたのことは、私が絶対に………。」
そして、彼女の瞳から、大粒の涙が流れた。

「那賀谷くん、それで、結局結論はどうなのだ?」
「はっきり申し上げますと、セカンドパイロット結城雅は、間違いなく女性体に変化したと思います。」
「そのような事が起きるのか?」
「少佐、貴方が志願されて、いまのお姿になられたのとは違うのですが、そういう事実は現在では可能であるということは、おわかりだと思うのですが。」
「ああ、確かに………。」
「セカンドパイロットの性染色体は、完全に女であることを示しています。仮に厳格な、そうですね、オリンピックのセックスチェックを受けたとしても、この判定を覆すことは出来ないでしょう。」
那賀谷のかけている眼鏡が、蛍光灯を反射して光る。
「………。」
「とにかく、彼が目を覚ましたときに、どのようなケアをするか、これが最重要項目かと思います。」
「そうか………。」
「彼は、志願ではなく、事故によってこのようになってしまったのですから。」
「そうだな、戻すことは出来ないのか?」
「少佐、少佐の時のように、男性だった頃の遺伝子サンプルが、彼の場合には残っていません。」
「そうか、そうだったな………。とにかく、彼の容態については、逐一報告、目を覚ましたときは、ケアを最重視するように。」
「はい、わかりました。」

 7月12日未明、
「うわぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
特別病棟の一室から、少女のような声で、大きな叫びとも、悲鳴とも思える声が、その静けさをやぶったのである―――


 閑話休題 Vol.2――
 秋の長雨のなか、書いております。いかがお過ごしでしょうか。
 この頃合いになりますと、神川の創作意欲がふくらんできます。秋から春にかけてが、書ける時期です、時期的に。
 夏場は、意識しないと駄目なんですけど、この時期は俗に言う
『 入 り や す い 』
っていうのでしょうか。それにちかいですね、あはは。

 ということで、まだまだお話は始まったばかり、長くなりそうですけれど、運営委員の皆様、そして読者の皆様方、ご辛抱をよろしくお願いいたします。


§専門用語 【カ式戦水】
カ式戦闘潜水艦 (かしきせんとうせんすいかん)
 新日本海軍が、開発していた秘匿兵器の一つで、原子力戦術潜水艦の事。アメリカからの技術供与はなく、事実上、初の本格的な独自設計兵器。
 海軍と言っても、1990年代、自衛隊時代に開発が開始されている。
 2008年竣工。
 2013年、第三次世界大戦の勃発と共に、やまなみ級として制式採用、4艦が本土の商業海上交易圏防衛のため、就役中。現在、同型艦を16隻建造中、とされている。  ←文章に戻る


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