特務機動部隊シュガーエンジェルス



第6話 『起動 -all were started the time-』

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


 2013年5月7日、午前。
 ブラウカス試作1号機のコックピットの中に、華奢な体をした、少女のような青年の姿があった。彼は、パイロット席に腰深く座り、そして、椅子から伸びる手元の操作スティックを、それぞれの手に1本ずつ握っていた。

 そしてその瞳は、堅く閉じている。

「セカンドパイロット、結城雅の脳波レベル、安定しています。クシー波については、通常女性の4倍の値を検知。予定通り、ほぼ10秒ごとに波を打っています。パイロットの意志によりコントロールされているものと思われます。」
その声は、作戦司令室にいた、岸和田の声だった。
雅は、併設されているモニタ室から、春菜、岸和田を含め、7人のスタッフによってモニタされていた。
「凄いわね。これでは、到底叶わないじゃない、少佐も。」
「このまま、うまく続けばいいのですが………。」
 モニタに映るその姿は、昼間は大学生、そして夕方からは新兵器のパイロットとしての二重生活を送る、雅だった。
『雅くん、あなたはやはり、わたしたちに必要な人材だったわけね。』
モニタの前で、真剣に見つめる、春菜の姿があった。

 10分ほどでテストが終了し、疲れたような顔で雅がコックピットから降りてきた。
「お疲れ様ー。」
雅を前に、冷たい紅茶とタオルを差し出す春菜。脳波は、デリケートであり、その事由から、完全閉鎖型のコックピットを採用していたのだが、未だ、空調のことを考えられていないその中は、少しでも過ごせば蒸し風呂状態にちかくなる。呼吸をするための、強制換気のシステムは備わっているのだが。
「春菜さん、なんとかなりませんか、この中。暑いですよ。これじゃ、神経を集中させることなんて、大変ですよ。これから、もっと暑くなるんですよ。」
「それはね、そうね………。」
少佐が使っていた頃は、小柄な雅君よりもさらに小さかったわけで、しかもここまでこぎ着けて、まだ半年も満たない。つまり、コックピットの気温対策については、一向に考えていなかったのである。春菜は、雅の率直な意見に、納得していた。
「で、気分は、どうだったかしら、1回目は?」
「とにかく、暑かったです。」
「それだけ?変な感覚とか、感情とか、そういうのは?」
「特に、感じなかったですけど。」
春菜から受け取った紅茶を、一気に飲み干した雅だった。
「それよりも、僕のテストの結果、どうだったんですか?」
「うーんとね、ちょっと信じられない数値が出ていてね。このまま訓練を続ければ、そのままでも行けるかもしれないわ。」
「本当ですか?」
「本当だってば、見てみる?」
そして、二人は、コックピットのそばに併設された、モニタ室に入っていった。
「これが、柏木少佐のクシー波、で、こっちが雅くんのね。」
二人は、モニタに表示されたグラフを見ている。
「ほら、見てみて。想像して10秒って言うカウントには、個人差があるから仕方ないけど、ほら。」
「確かに………。」
そこには、雅が出した数値、通常女性の4倍以上の数値が確認された結果が表示されていた。
「計測機器に問題がない限り、凄いってことですね、春菜少尉。」
岸和田も、その話しの中に加わっていた。雅は、海軍に入隊して1ヶ月と1週間、すでに開発組織の一員として、仲間に溶けこんでいた。
「しかも、初めてで、だからね。少佐も喜ぶと思うわ。本当。」
「そういえば、柏木少佐の具合は、大丈夫なんですか?」
「ああ、少佐なら、いま秋美が少佐のところにいってるわ。大丈夫、怪我も体調も、すぐ治るから。」
初めてあった時から、柏木の体はあまり強く無さそうであることを知っていた雅ではあったが、春菜の事は信頼していた。
「そうですか、早く治るといいですね、少佐。」
「そうね。んー、せっかくいいテストの結果出たわけだし、今夜はぱーっといきたいとこだったけど、少佐がね。」
春菜がそう言うと、3人は、本来柏木の居るべき席の方を見た。

「ブウラカスのテスト、どうなのだ?秋美君。」
同じ時刻。施設の中の病棟にある病室の一室に、柏木少佐と、松岡秋美の姿があった。柏木は、ピンク色の可愛らしいパジャマを着て、ベットの上で横になっている。美しい長い髪の上、額のあたりに巻かれた包帯が痛々しい。
 秋美は、というと、季節外れのリンゴの皮を、ットの脇で剥いている。
「少佐。今はすべてをお忘れになられて、お体を大切になさってください。」
「しかし………。」
「大丈夫です、春菜少尉は、必ず成功に導いてくれます。あんな姉ですけれど、根はしっかりしています。それに、今は雅君がいるではないですか。」
「だから、テストはどうなのだ、と聞いているのだ。」
「少佐………。いまは、とにかくお休みください………。」
「その怪我も早く治してください………。」
「あ、ああ………。」
昨日、テストを終えて、コックピットから降りる際に、突然倒れた。そして、その時に頭をぶつけて怪我をしてしまったのである。
「………そうだな、秋美君………。それと………。」
「はい、それと………?」
「女性というのは、大変なのだな………」
と、この時は顔を赤らめて、視線を自分の胸元に向けて、柏木は言った。
「そうですよ、女というのは、大変なものです。少佐、こちらを。」
秋美は、むき終わったリンゴを一欠片を、柏木に手渡す。
「ああ、ありがとう。それにしても、本当に………。」
秋美が、他にむき終わったリンゴを置いた皿のとなりには、赤い色のかわいらしい弁当箱が置いてあった。その中には、二口三口、少しだけ食べかけられた赤飯が、入っていた。

 2013年5月26日。この戦争が始まって、まもなく5ヶ月が経過する。表向きは、戦争が始まってからの新迎撃兵器開発プロジェクトは、意外な適合者の出現によって、新展性を見いだすことになった。
 柏木は、夜10時過ぎ、自室にて、回を重ねていく毎に成果を上げつつあるはずの、雅についての報告書を読み続けていた。
『あの連中は、いまごろ美酒に酔いしれているのだろう。首都への攻撃も、あくまで計画通りだしな。』
と、雅の結果が順調であることを示すデータがかかれているのだが、ページの順、つまりテストの日を追うごとに、データにある傾向がみられた。
「これは………。」
クシー波には、どうやら、女性特有の性周期によって特徴が現れる傾向にあると、最近報告されるようになった。そして、男性の体でありながら、クシー波を発生する雅は、そのような事実は関係のないことだろうと思っていた、だがしかし。
「このままでは、明後日あたりには、彼からはクシー波は発生しなくなるというのか?」
もし、報告書に書かれた内容が間違っていなければ、そのようになる。女性体である柏木には、まだ初経が訪れたばかりでデータはないが、一般女性の間では、性周期に伴って脳波の強弱はあるものの、最低、ある一定のレベルを維持し続ける。その最低限の脳波レベルにおいても、正確にコントロールし、そして感知して兵器の動作に反映できるかが、課題になっていた。
「つまり、彼は、非常に優秀なパイロットになり得るが、そのかわり、まったくパイロットとしては役に立たない時期が、10日間くらいは存在するかもしれない、ということか。まだ、このことは松岡には伝えていなかったな………伝えなければならんな………」
柏木の吐く息は、ため息のように、深く曇っていた。

「クシー波、感知可能レベル不明、読みとれません。」
モニタ室で、岸和田が、液晶画面に表示された結果を読みとっている。
「これじゃ、まったくだめって事?」
そして、腕組みをした春菜が立っていた。その声は、苛立ちと焦りが混じっている。
「問題外という範疇です。」
岸和田の左に座っている、女性のオペレータ、片倉が言う。
「そんなこと、分かってるわよ。雅君、最近調子が悪くなってたけど、いったいどうしちゃったのよ。」
テストの結果は、即座に出てくる。雅も、毎回毎回の結果を知らされている。いままでとまったく変わらないテストの内容、しかも、脳波コントロールのトレーニングも受けていた。当然、雅自身も焦っているように、春菜は感じ取っていた。
『やはり、雅君が男だから、無理があるのかしら』
春菜は心の中でそう思っていた。
「いいわ、今日のテストはここまで。続けても、雅君の負担が増えるだけ。」
ブウラカスのパイロットに求められる、コントロールする時間、それは、ほんの僅かな時間。その僅かな時間に、正確なコントロールが出来るか出来ないかが、鍵となっているのだ。
 こうして、26日の、夕方のテストは、わずか20分足らずで終了した。

 2003年6月5日。
 昼は大学生、夕方からはテストパイロットとしての二重生活にもなれてきた雅ではあったが、両親には依然、その事は一言も話してはいなかった。
 この日のテストも、測定機器からの脳波レベルは検出不能であった。モニタ室に、柏木少佐の姿もあった。5月末、海軍軍令部への月例報告などのため、研究施設には不在のままであった。6月3日には戻ってくるはずであったのに、柏木は已然、戻ってはこなかった。そして、夕方、雅は普段通り、作戦司令室のちかくの休憩室にいた。大学から、この研究施設にきてまずすること、それは気分転換であった。
「ああ、今日も、結果良くないのかな………僕、どうしちゃったんだろう。」
雅が原因不明の不調に陥って、まもなく12日が経とうとしている。最初は、こんな事もあるだろうと、スタッフたちは気にするな、と雅に気軽に声をかけていたが、これだけ長い期間となると、さすがに焦りや苛立ちが見え隠れするようになってきている。
 雅は、休憩室で大きくなる不安を抱えつつ、10分ほど静かに過ごし、そして更衣室に向かった。
「もう2度と、みんなに同じ思いはさせたくはない………」
彼は呟いた。
 あの空襲があった夜、雅が、真也にも黙っていた、密かに思いを寄せていて、一緒に卒業した女生徒が、駅に命中した誘導弾によって他界したことを、知らされたばかりだった。

「大丈夫、きっとよくなるから。」
雅は、コックピットの中にいた。聞こえてくるのは、春菜の声。しかし、彼は焦っていた。
『どうしたんだよ、たのむ、動いてくれ、御願いだから………』
瞳を閉じながら、雅は強く念じていた。それは、訓練された方法でもなく、雅の本能に近い、心の慟哭だった。まだ、コックピットからブラウカス1号機本体には回路は接続されていなかった。しかし、設計では、コックピットからの操作でも、回路を接続し、起動することは出来る。
『御願いだよ、動いてよ、もう、あんなことで人が死ぬのを見るのは、嫌なんだ!!!』
雅の思いは、戦争に対する綺麗事にしか過ぎなかった。しかし、彼の思いは、ついに事態を引き起こすことになった。
「!! セカンドパイロットの脳波レベル、急上昇しています!!」
岸和田が、突然叫ぶ。
「コックピットから、ブラウカス1号機にコンタクトをしようとしています!!」
そして片倉も、順を追って叫ぶ。
「な、なんですって?!」
今日のテストの結果も、半ば諦めかけていた春菜の顔が、急変する。
「岸和田君、情報をメインスクリーンへ回して!」
「は、はい!」
「ウォーターアーム、セカンドパイロットの脳波と接続したようです!」
「OSと繋がったの!?」
「ま、間違いありません!」
そして、コックピットの雅は、さらに強く念じていた。
『僕が、みんなを守ってみせる!!』
「こ、これは、遠距離高速ライフル、ブラウカス1号機と連動して機動、コックピットと繋がりました!!」
「え、回線、急いで切って!!」
岸和田が、コンソールにひときわ目立った赤いボタン、緊急停止ボタンを押したが、その瞬間、研究施設とその周辺に、一発の発射音を轟かせた。
「う、撃った?弾は?確か、空弾よね?」
春菜が、焦るように身を乗り出して言う。
「は、はい、空弾に間違いはありません。」
片倉は、手元の液晶モニタを確認していった。そして、
「セカンド、急に脳波レベル低下しまし………、い、いえ、発射した直後に、ウォーターアームからクシー波が逆流したようです、意識を失っています!!」
「ま、雅君!岸和田君、ブラウカスを緊急停止、物理的にも回路を切って!」
「わ、分かりました!」
「私は、コックピットを見に行くわっ!!」
そして、作戦司令室から、春菜は全力でコックピットに向かおうとする。と、秋美が先ほどの発射音を聞きつけて、走ってやってくるところだった。
「は、春菜、いったい何があったの!?」
「そんなことはいいから、雅君!!」
「えっ。」
春菜は、そういうと、秋美の手を引っ張った。


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