特務機動部隊シュガーエンジェルス



第5話 『失鎖 -10 years ago-』

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


「失われた鎖って知ってる?」
甘えるようなその声は、雅(みやび)の声だった。結城と中司は、情事の後、ベットの上で裸の体を寄り合わせていた。
「失われた鎖、Missing link、ダーウィンの進化論の事か?」
「そう、失われた鎖、私たちにとっては、10年も会えなかったって事………」
そういうと、雅は真也の右ほおにキスをする。
 3次会の帰り、飲み過ぎて一人では帰れなくなってしまった雅を、真也が放っておけるわけがなく、二人はホテルの一室にいたのである。
「真也君、私、戦争ですべてを失ったわ。両親も、家も、友達も何もかも。でも、貴方だけは、こうしてまた私の前に現れてくれた。本当に嬉しかった…………。」
「結城………」
「………言ったでしょ、雅(みやび)って呼んで………。」
その声は、あきらかに涙とともに潤んで聞こえた。
「ああ、雅………」
「だから、私は戦争が終わった後、教師になることを選んだの。分かる?」
「なんとなく………な。俺も、雅と似たようなもんだからな………」
「真也君、貴方は、もう私から消えることは無いよね?」
少しずつ、泣き崩れていく雅の気配を感じ、真也は雅の肩を持ち、年齢にしては少女の面影を未だ残している、雅の体を抱き寄せた。

「ま、あそこまで普通の女になってるなんてな、本当に軍隊にいて、ましてや未確認兵器のパイロットをやっていたなんて、信じられるわけ無いな。」
2022年5月ゴールデンウィーク明け、俺は組織の任務(しごと)のために、かつての親友、結城雅(まさ)、現在は名前は変わって柏木雅(みやび)に再会した。俺としては、写真と資料を見た段階で、ここまで変わったあいつの姿を見るとは思ってもいなかった。しかも、あいつの職場に潜入。歓迎会で3次会の帰りに、まさかあんな事になっちまうなんてな。
 中司は、かつて自宅が会った場所に立て替えられた、超高層高級マンションの一室に、”居住”している。なんでも、戦後の都市再開発計画で、優先的に再開発されたらしい。ま、そんなことは、今の俺には関係ないか。
 男独りで住むには、広すぎるマンションだった。4LDKの間取りの中で、一つの部屋だけを使っている。家具も、食器もほとんど無い。ダイニングの流し場には、無造作にコンビニエンスストア等で購入したのだろうか、弁当の入れ物が、洗わないまま何枚か、無造作に重ねられている。
 備え付けのクローゼットや、プラスティック製の衣装ケース数箱程度、そして、キーボード付きの携帯端末、これはB5版のサイズで、現在では、まず見受けられない年代品。しかし、それは、まだ傷も汚れも少なく新品同様であった。
「………本当に普通の生活をしているんならいいんだけどな………って、俺も人のことは言えるわけもないけどな………」
何も敷かれていない、その和室の畳の上に、彼は仰向けに寝そべった。
「俺とあいつが軍に入ってから会ったのは、ほんの数回しかなかった。しかも、ほんの僅かな時間にすぎないしな………。迂闊に詮索でもしたら、逆に疑われちまうだろうしな。あいつ、俺がどこに所属していたかも知っているはずだしな。ましてや、今も………」
独り言をつぶやきながら、彼は仰向けになって上を向いている体を、左に傾けた。そして、その真也の視線、そこには、実用化されてまもない、レーザー式拳銃と、襟には階級章のついている、たたまれたシャツが1枚。
「これは、相当難しい任務ってとこだな………」
そうつぶやくと、彼は瞳を閉じた。

「ああ、どうしよう。」
同じ頃、雅が暮らす、ワンルームマンションの一室。彼女は、二日酔いになりかけた状態で、ベットの上、ピンク色の毛布の中にいた。
 確かに、真也と関係をしてしまった。そういうことに慣れていない体のせいか、まだ、感触が残っている。
「困ったわね、どんな顔で会えばいいかしら。」
雅は、一人の女として、真也に抱かれたことには後悔してはいなかった。一人で過ごしていても、あふれ出る恥ずかしさでいっぱいになっていたのだ。

「今日から1年E組の副担任になることになった、中司だ、みんな、ヨロシク。」
教壇の上で、一人の教師が生徒を前に話している。
『ったく………調子が良いんだから、こういうところは、あの頃からさっぱり変わって無いじゃない』
教室の前の左側で、パイプ椅子に座り、腕組みをする柏木の姿。
「担当教科は、柏木先生と同じ英語だから、授業の方は受け持たない事になるけど、ま、それはそれってことで。じゃ。とりあえず、みんなの質問を受けようか。」
中司は、かっこいいわけではないが、2枚目というところがある。髪の毛は、まだ切ってはいなく、多少は無精のようではあったが、ひげの方は、しっかりとそり落としていた。まだ、授業は1回も行っていないのに、とくに、女子生徒の間では、かなりの人気をすでに得ているらしかった。
 そもそも、この学校は元々名門女子校で、戦争が終わったあとに、その混乱から経営難に陥っていた。若干ではあるが、男子生徒も在籍していた。しかし、その数の比率は、2割にも満たない。いずれかは、再び完全な女子校に戻る方針とのことであった、。
「先生、年齢はいくつ?」
「歳?ああ、そこにいる柏木先生よりは、年上かな。」
「先生、どこの出身ですか?」
「東京都、っていっても、23区内ってわけじゃないけどね。」
「先生、趣味は何ですか?」
「んーと、バイクでツーリング。」
「先生、結婚されていますか?」
「うんや、してるように見えるかい?」
そのほか、様々な質問が飛び出したが、ほとんどの質問が女生徒からだされていく。そして、
「じゃぁ、そろそろ時間だしな、最後の質問、といくか。」
と、真也が言うと、いままで物静かそうに、校庭の見える窓際で、外の方を向いてばかりの、あまり興味の無さそうにしていた女子生徒が一人、このような質問をする。
「先生、戦争の時はどうなさっていたんですか?」
真也も、このような場で生徒一人一人の雰囲気を掴もうとしていたから、その生徒の様子も見ていた。
『あ、あの子………』
椅子で様子を見ている雅は思った。
「ん、戦争の時?戦争が始まったのは高校の頃で、終戦は大学時代のことだから、ほとんど他人事に近かったな。」
真也は、そのように答える。
「そうですか、わかりました。」
『………なるほど、あの生徒は少し違うわけだな………』
真也は、その生徒が質問をした時の、他の生徒の様子も掴んでいた。
 可愛い顔立ちをしている、美少女の範囲に入るはずなのに、髪の毛の手入れの状態はそこそこ、制服のリボンの結び目も、なにかしっくりと来ない。もし、女の子らしくしたら、放っておかない男はいないだろう、真也は、その生徒への確かなる第一印象を掴んでいた。
 いくら、任務(しごと)でこの学校の教師になったからとは言っても、組織の諜報部の人間であることには、間違いない。
 こうして、中司の教師生活が、幕を開けることになる。

 そして、放課後の職員室。明日から、いよいよ授業に立つということもあって、席に座る教頭の前で、雅と真也は立っていた。そして、話しも終わりに近づいた頃、
「な、何、まさ…み……いや、柏木先生と一緒に授業を?」
「そうです。柏木先生、説明はされていなかったのですか?」
「も、申し訳ありません、教頭。」
そして、席に座っているままの教頭に一礼すると、教頭の席から二人は離れ、お互いのデスクにつく。雅が1年E組の学級担任、そして真也が副担任である。席は、横に隣同士、という設定になっていた。
「柏木………先生、どういう………いや、どういうことなのですか?」
真也は、言葉使いにぎくしゃくしていた。
「本校の学校の英語ってさ、グラマーと文法解釈の担当は別なのです。」
「え?」
「それで、中司先生には文法の方やってもらいます。わたしがグラマーをしているときは、サポートして頂きます。逆に、文法を中司先生が講義している時は、私がサポート、と言う形ですね。」
「そ、そうですか………。」
周囲の教師の目もあって、二人の会話は、どことなくよそよそしかった。
「お分かりだと思いますけれど、高校1年生と言いましても、レベルは高いですからね。」
雅は、よそよそしい口調で平然と言ってのける。馴染めないのは、真也の方であった。
「3日間は、私が授業のすべてを受け持ちますから、4日目には授業が出来るようにしておいてくださいね、中司先生。」
と、真司の方を見つめていった。少し、首を傾けている。
「は、はい、わかりました。」
終始、雅のペースに押され続ける、真也。
『おいおい、この任務(しごと)、ひょっとしたら雅のこと調べてる暇なんてあるのか、参ったよ、本当に』
 なにかと楽しそうにしている雅に気づく余裕もなく、彼の内心は、そう思っていた。


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