特務機動部隊シュガーエンジェルス



第4話 『思慮 -For what purpos have you come here ?-』

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


 雅は、”あの事”を話そうとする事をやめた。というより、出来るだけ忘れようとしていた。
 左腕に抱え持つ卒業証書。雅と真也、共に歩くふたりの姿は、在校生として最後に歩く通学路。

 2013年3月11日、ふたりは、卒業式を迎えていた。

「なぁ、最近何かあったのか?せっかくの卒業式っていうのに、あまり浮かない顔してたよな。みんなの誘いも蹴っちまうし、いったいどうしたんだよ?」
「なんでもないけどさ、なんでもないんだけど………。」
おとなしい性格で、小柄だった雅は、クラスでは目立たない印象ではあった。しかし、彼本人は、その控えめなところに惹かれた女子生徒が、かなりの数であったことを気づいていなかった。
 真也は、というと、大柄ではあったが、気さくで面倒見のいい性格、そして運動部に所属していない割にはスポーツも良くできた。もし、彼が運動部に所属していたら、と、しのばれる声も聞こえていた。
 また、そのふたりは、学業の成績も、進学校であり、そして400名近くいる一学年の中で、常時通じて上位50位以内に入っているなど、いい成績を持っていた。
 このふたりが、卒業式の帰りに、様々な生徒、特に女子生徒から、一緒に遊ばないか等という誘いが来ない訳がなかった。
「高校最後の日だぜ、女子たちと遊んでもいいじゃないか?」
「ああ、まぁ、そうなんだけどね。」

”あの事”を話そうとするたびに、頭に走る激痛。ノートやメモ用紙に書いてみたり、古風にパソコンに入力してみよう、ひらがなの書かれたカルタのような札で、一文字ずつ示してみよう、などと、様々な方法をためしてみたものの、いずれも、頭に激痛が走ってしまう。
 この事を確認した雅は、精神的に疲れきっていた。特に、ふたりだけの様々な秘密を、中学・高校6年間の生活の中で、共有してきた真也とは、自然に話したくもなる。
「なぁ、やっぱり、真也にだけは話しておいた方がいいこと事があるんだ。」
学校から駅に向かって歩いている二人。それは、二人が毎日登下校で使っている道。
 雅は、右隣を歩く真也の顔を見つめていった。
「話しておいた方がいいこと?」
「ああ、これは絶対そうなんだ。でも、話そうとする、頭が割れそうになるくらい、激しい痛みが走るんだ。その時だけ。」
「その時だけ?」
真也は、雅の言葉に、不審さを感じているのだが、雅の表情は真剣そのものだった。
「ま、雅、最近調子悪そうにしていたのは分かっていたけどさ。頭が痛くなるから、俺にもその理由を話せないって言うことなのか?」
「そうなんだ………。」
そして、二人が孝行に入って間もない頃に見つけた近道、人通りも滅多にない裏路地に入った時、1人の少女と、2人の女、これは姉妹だろうか、が立っていた。
「あ、あなた方………。」
雅が、3人の姿を見て、開口一番そう言った。
「え、なんだ?どうした、雅、知りあい?」
真也は、左手でその3人を指しながら聞く。
「卒業、おめでとう。」
と、少女が小さな声で話した瞬間、雅と真也は気を失っていた。

「お目覚めのようね………結城君。」
「手荒な事して、ごめんなさいね。毎回毎回。」
雅が目覚めたのは、先日見たことのある場所、あの医務室だった。そして、2人の双子の姉妹とおもわれる、20代の女性が二人、雅が眠っていたベットのそばに寄り添っている。
「こ、ここは………って、あ、あなた方って………二人!?」
雅は、松岡が双子の姉妹であって、それぞれ、姉の春菜と妹の秋美という名前であることを知らない。目を丸くしている雅を前に、
「ああ、そっか。私たちの事、よく分かってないんだっけ。わたしは松岡夏美。海軍の特務少尉で、こちらが………。」
「松岡秋美、海軍軍令部所属です。」
「私たち、双子なのよ。私が姉で、秋美が妹。わかったかしら?」
「は、はぁ………、って、ここは………どこなんですか?真也は?」
姉妹の自己紹介のそこそこに、雅は言う。
「中司君は、今、他のところに居て貰っています。大丈夫、悪いようにはしないから。」
「わ、悪いようにしないって………」
「雅君、あなたは、私たちにとってはVIPなのよ、VIP。」
春菜は、そういいながら、雅の顔に自分の顔を近づける。いまにも、抱きしめてしまいそうな体制である。雅は、視線をそらし、すこし赤面する。
「コホン………」
背後で立っている秋美が、わざとらしく、軽く咳払いをした。
「ま、だいじょうぶだいじょうぶ。心配することなんて何もないから、とりあえず行きましょう。それと………。」
春菜が、雅から離れて体勢を戻しながら言うと、
「機密保持のため、雅君、あなたのコミュニケータを預からせて頂きました。」
秋美が、当然のごとく話す。
「ま、またですか………?」
「ま、これは仕事だから。分かってくれるよね。」
と、春菜は言った。

「岸和田、二人はどうした?」
施設の一室で、少女は有線回線を使って、オペレータの男性と話をしていた。岸和田は、作戦司令室にいた。
「春菜特務少尉は、結城雅と、秋美事務官は中司真司と面会している状態ですね。」
「そうか、それなら構わないのだが………。」
少女の右腕から、1本の管が伸びていた。それは、点滴の栄養剤へと繋がっている。
「少佐、無理はなさらないでください。」
「ああ、しかし急務なのだ。あの攻撃があってから、今度は対航空迎撃についても考慮せねばならんところになったからな。そもそも、あれを艦載するために小型化するなど、いまは無理なことだ。」
実際、矢継ぎ早に、彼らの組織に予算が増額が承認されたのは、あの首都への攻撃があって、翌日の午後の事である。
「レーザーの開発は遅れているようですしね。」
「ああ、だから弾を高速に発射できるようにするために、砲身が必要なわけだ。矛盾してるな、海軍工廠の連中が遅らせているのだろう、レーザーは。」
「既得権益、ですか。」
「まぁな。ここは海軍といっても、完全な海軍でもないわけだしな。この組織も、既得権益の汁になっていることはかわらんのさ。切るぞ。」
少女は、最後にそういうと、有線で繋がっている受話器を、電話の上に置いた。
そして、少女、柏木少佐は、視線を、彼女が持つ、ある資料にうつした。

『隠匿航行・飛行物に対する迎撃兵器に関する応用兵器適用への案件』

と、表題されたその資料。そして、その右上には、極秘と赤い印が押されていた。
「このような物が出来たら、再び同じ過ちを繰り返すかもしれんな。それに、春菜君が、許してくれない………か」
と、少女・柏木はつぶやいた。

 日本は、たしかに空襲を受けた。
 しかし、情報は誰からでも即座に発信できる世界になった2013年、最前線の詳しい情報が伝えられる左近とあっては、国民もすすんで戦争をするのではなく、早期決着、最小限の犠牲・被害であることが世論になっている。これは、世界のどの国も、同じであった。

 そして、侵攻することよりも、いかにして守れるか、それが、大きな課題になっていることは間違いない。いくら侵攻しても、最後に核装備の大陸間弾道ミサイルを発射されてしまったら、すべてが終わってしまう。そういう意味で、世界は新たなる軍事的事由を持った思想に転換しつつある。
 核、そして生物・化学兵器と、大陸間弾道ミサイルの組み合わせは、いまや、かつて先進国といわれた国だけが持てる兵器では無くなりつつあった。ステルス性能を持った様々な兵器も、言わずもがな。

「どう、わかったかしら。これが、いまの世界の実態。これを阻止するために、極秘裏に組織されたのが、私たちってわけ。」
雅は、春菜に連れられて、医務室から移り、映像資料室にいた。
「やはり、松岡さん、あなたたちがなさっていることは………。」
「ええ、まだ世界には知られていない、新しい思想を持った新兵器の開発ってところかしら。侵攻兵器ではなく、あくまで迎撃するための物だけど。」
春菜は、自分たちの行っていることが、正当な事実であるかのように、まっすぐな目で雅を見ている。
「それで、どうして僕が必要なのですか?」
「それはね、まださらに詳しい事を調べなければならないけれど、あなたは、きっと、特別なのよ。」
「え?」
「雅君も見たでしょう、司令室。あそこにあったシステム、インターフェイスのものは、みんな旧世代の物よ。どうしてだか、わかる?」
雅は、思い出した。たしかに、初めて作戦司令室に入った時、オペレータが使用していた物は、現在では使用されなくなった物ばかりだった。
「い、いえ………。」
「それはね、脳波によるコントロールは、未だ完全じゃないって事。緊急事態の時に、操作ができなくなってしまったらどうすればいいの?………だから、未だにキーボードもマウスも、現役なのよ。おそらく、ここだけじゃなくて、他でも同じだと思うわ。」
「それが、僕とどう関係あるのですか?」
「雅君、あなたには、正確にコントロールするための能力が備わっているかもしれないの。」
「正確にコントロール………?」
「そう、正確に、脳波をコントロールする能力。」
脳波をコントロールする能力が、新兵器とどう関係があるのか、雅はこのとき、考えようがなかった。
「雅君、見たでしょう。あのような事態になるのを防げるのは、あなたなのかもしれないのよ。」
雅が見せられた映像の中のワンシーン、それはアメリカが前世紀に盛んに行った、大陸間弾道ミサイルを使用しての核実験だった。ネバダ州にある、広大な核実験場に用意された、実物大のビルや家屋、そして動物たちが、核によって吹き飛ばされるシーンである。
「そうなのですか………。」
「だから、高校を卒業したら、あなたにここに来てほしいの。もちろん、中司君の事も、よく考えてあげるから。そうそう、大丈夫、まだ実験の段階だし、当分の間、大学に通いながらでもOKだから。それと、ご両親のこと。今回は特例中の特例だから、両親の同意は関係なし。最前線に出るわけでもないし、それだったら、平気でしょ?給料も、しっかりだすわよ。これは少佐と話す必要はあるけど、月給で40万は堅いわね。」
「よ、40万ですか………?」
「ええ、手当を入れれば、たぶん50万は行くわよ。それと、賞与もつくから。」
「賞与?」
「ボーナスのことよ。年間6.5ヶ月だから、夏には100万にはなるかな、雅君だったら。」
金額的には、かなり良い条件が提示された。
「本当ですか?」
「あら、海軍のパンフレット、ちゃんと読まなかった?あなたは、ま、特別だからとおもって、そのくらいかな、と思ったの。」
「と、とにかく、考えさせてください。」
「そっか。そうね、すぐに答えられるわけないか。」
雅と春菜は、映像資料室に来てから、すでに1時間30分をすぎていた。用意されたコーヒーもそれぞれ飲み干されていた状態である。
話も一段落し、会話が止まったところで、
「あ、もうこんな時間………」
春菜は、左手に身につけている腕時計を見た。
「ねぇ、雅君たち、お昼ご飯、まだでしょ?」
「それはそうです、松岡さん、貴方と一緒にいたんですから。」
「そうね。どう、一緒に昼食でも。中司君も、一緒に。」
「え?」
「といっても、外に出ることは出来ないから………ここの施設の食堂になっちゃうけど、どうかしら?好みに合うか分からないけど。」
そういうと、春菜は微笑んだ。
「でさ、そうそう、忘れた。悪いんだけど、服、着替えてくれる?」
「は、はい?服、ですか?」
「そ、服。」
春菜はそういうと、
「高校の制服じゃ、ちょっとね………。」
と、雅の姿を見回しながら言った。

 春菜の言う、”ここの施設の食堂”とは、セルフ形式の食堂であった。否、食堂というよりかは、街にあるレストランよりも、良い内容のメニューであった。広さも、テーブルも椅子の数も、ぱっと見た目にはわからない。100人くらいの収容人数はあるだろうか。しかし、四方の壁には窓はなく、ここもまた、相変わらず地下に置かれていた。それでも、食堂は自然光の雰囲気であった。
「ま、景気は見えないけど、どう、ここ?」
「これが、食堂ですか?」
セルフ形式とは言っても、展示場などにテナントとして入っているレストランのような形式で、メニューも普通の社員食堂ではなく、レストランそのものの内容である。どう見ても、軍の関係研究施設の食堂とは思えない。会計はいくらになるか分からなかったが、春菜が奢るという。雅と真也は、それぞれ高校の制服から着替えさせられた姿で、テーブルに着くと、おとなしく座っていた。
「それにしても、ここ、すごくないか?」
真也は、なにか、灰色のツナギに、帽子という姿。着替えさせられていた。その風貌は、いかにも整備士といったところか。真新しいツナギで、肩が強張って見える。
「……………。」
真司に対面する位置で座る雅は、食堂に入り、テーブルに選んだ食事の入ったトレーを置いて着席すると、急に物静かになった。
「おい、どうしたんだよ?」
真司が秋美と、春菜と雅がそうしていたように、同じ時間、どのようなことをしていたのかも分からないのに、雅は物静かなままだ。
「………そういえば、視線が気になる………。」
そう、このとき、雅は真司と色違いのツナギを着ていたのだが、それは女性用の物であった。小柄な雅には、サイズがなかったのだろうか、春菜が雅に着替えるように差し出したのは、そういう代物だった。ライトグリーンをベースにしたツナギだった。雅の着ている服が、どういうものなのか、本人は食堂に着いてから気がついたのだ。いま、満席に近い食堂に、ライトグリーンのそれを着用している女性は、10名にも満たないようだ。
 突然現れた、知らない顔の女整備士に、男子職員から注目が集まるのは当然である。
「……………。」
真也も、察しがついたのか、思わず言葉を停める。
「あら、そんなところに座っていたの。来て、二人とも。こっちで食べるから。」
トレーを持ちながら、春菜と秋美がやってきた。二人の姿は、春菜は白衣姿、秋美は黒のスーツにパンツのスラックスだった。春菜も秋美も、まったく気にしていない様子である。
「は、はい。」
真司は、席を立つ。が、雅は恥ずかしそうに俯いてしまっている。」
「おい、いくぞ。」
「う、うん………。」
そういうと、雅は、なにか躊躇いながらも、席を立つことにした。

「まさかなぁ、雅のあんな姿見れるとは、思ってもいなかったな。」
「まったく、春菜さんも酷い人なんだから。」
昼食を食べ終えて、さらに2時間後、二人は、雅の家の近所の公園のブランコに腰掛けていた。機密上、施設から地上に出て、しばらくの間は、アイマスクをさせられていた二人ではあったが、以前のように気絶させられたわけでない。そして、公園の前の通りで、二人は車を降ろされたのである。
「でも、似合っていたぜ、っていても整備服だからな。おまえ、女の格好したら、案外似合ってるかもしれないな。」
真司は、雅の体の全体を一巡するように見ながら言った。
「おいおい、いい加減にしてくれよ、気がついた後はめちゃくちゃ恥ずかしかったんだから。」
あの時、食堂の奥にある、別室に入った後、雅は春菜に抗議をしたのだが、
「うちの部署には、もっとすごい人がいるから、雅君程度じゃね。」
という、謎のコメントを春菜は話した、が、雅と真司が、知っているわけでもなく。
「でさ、ところでさ、真司、秋美さんから何を話したんだ?」
「ん、いやさ、対したこと、ないんだけどな。おまえはどうなんだよ、おまえは。」
真司に問い返されて、
「僕も、対したことはなかったよ。」
と答えたのだった。

 二人がふいに見上げた空、それはまもなく春の到来を告げる青空だった。



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