特務機動部隊シュガーエンジェルス



 第2話(part-A) 『接触 -the first contact-』

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


「ですから、結城雅さん、あなたの力を、是非日本の為にお貸しください。この戦争が終わった後においても、軍、そして政府が貴方や、貴方のご家族の身分を保障させていただきます。」
熱心な勧誘だった。あの女研究員松岡は、雅の家を訪問し、そして勧誘工作に当たっていたのである。
「しかし、軍がなぜ、息子をそんなに欲しているのか、私にはよく理解出来ないのですが。第一、高校3年生でありながら、あの子は女のような体格をしています。そのような息子は、軍にとっては不要な存在に思えるのですが?」
風貌からは、とても熱心な勧誘をするようには見えない松岡を前に、雅の両親、、松岡を対面に、応接室のソファーの左側に座る父親の雅彦は、冷静だった。母の美也子は、心配そうな面持ちで、雅彦の右側に座っている。
 雅は、というと、両親に挟まれて座っていた。
「とにかく、いまから雅が軍に入るなんて事は、到底認めることは出来ませんな。成人しなければ、親権者の同意無しに軍隊に入隊することは法律で禁止されている、それはあなた方が一番よく分かっているはずだ。」
父親と松岡のやりとりは、威圧感のある迫力のある物になっていた。それは、息子の前で父親が見せる、始めての姿でもあった。
「そうですか………。」
すでに、結城家を訪れて1時間以上、話しは平行線のままである。これ以上の交渉は、逆効果になるだろうと悟った松岡は、今回のところは結城家から引き下がる事にした。
「それでは、長い時間申し訳ありませんでした。」
玄関で、雅たちを前に、松岡は深々と頭を下げる。
「何度来ても、私たちの考えは変わらない。」
その雅彦の言葉には動じることもなく、頭を下げたまま、
「今日のところは、失礼致します。」
と、丁寧に松岡は挨拶し、そして結城家を後にした。
 結城家には、ガラスをスモークした車で来ていた松岡であったのだが、その車の中で、少女が待っていた。
「どうだった、松岡君。」
少女は、車内から、玄関を出て車に戻る様子を見ていたので、結果はうすうす察知していたが、それでも少女は松岡に問いただす。
「やはり、厳しいようです………。」
「ま、仕方ないな、まずはとりあえず、というところだろうしな。で、どうだったかな、高校生の家族の様子は。」
「ほとんど、聞く耳も持たない、というところでしょうか。精密検査の件も、健康診断の結果悪いところがあるかもしれない、と嘘をついてでしたから、なおさらこちらのことを不審に思っているようです。」
「一筋縄では行かない、そういうことか。」
「そうですね………。」
松岡は、すでにドライバーズシートに座り、車のエンジンを掛けようとしていた。しかし、疲れた様子で、両手でハンドルを持ち、背中は深く腰掛けている。
その松岡の様子を見て、少女は、車の時計を読んで、それから
「………、そうだな、松岡君。このまま研究所に戻っても昼休みの時間だし、どうだろう、どこかで昼食をとらないか?」
ナビシートに座る少女は、そう言った。
「あ、はい………そうですね。」
「じゃぁ、行こうか?」
「はい。」
少女に促されて、松岡は車のイグニッションをSTARTの位置に回した。車のエンジンは始動したが、車を動かす前に、松岡はナビシートに座る少女の顔を見て、
「しかし、主任、そのような姿のままでよろしいのですか?」
「ああ………そろそろ慣れていなければなるまい…………。」
そう、ぶっきらぼうに可愛い声で答える主任は、変化を始めた少女の体のラインを主張する白いセーターと、ロングの黒色のプリーツスカートという姿だった。
 後ろの席には、彼女用の、ピンク色のブルゾンが、丁寧にたたまれていた。

 3月4日。
 結城家の周囲にある機関の人間が数名、監視のために配置されるのを、結城家の者が知るわけもなく。
「結城雅、あれを守れっていうのか?」
「よくわからないが、しばらくの間、だそうだ。単なる高校生に、俺たちみたいなのを護衛に当たらせるなんて、どうかしてるぜ?上は。」
 結城の家から、100mほど離れたマンションの一室から、レーザーサイト付きのライフル銃のスコープで雅の部屋を覗いている男が一人、そして同じ部屋で、煙草を吹かし、コミュニケータを使用して、なにやら映像を見ている人物が一人。
「つーかさ、お前、スコープで覗くのはやめろよな。まるで俺たちがスナイパーみたいじゃないか。」
「そうなんだけどなー、どうも俺にはこっちのほうが、向いてるって。」
 そのような事になっている等とは、結城家の人間は当然知る由もない。異常なまでに熱心だった、松岡という女性についての話も、もう、話題になることはなかった。
 朝9時過ぎ、結城家の表玄関が開く。すると、マンションの一室、男たちのいる部屋に、呼び出し音がなる。レーザーサイトによって、結城家の玄関の戸の動きを監視し、動きがあれば感知する仕掛けだった。
「お、誰かが出てきたぞ?ああ、あの高校生だな。」
すぐに配置についた二人は、無線機で他の護衛に連絡を取る。
「こちらイーグル、ターゲットは徒歩にて新大岡駅方面に向かって移動を開始。ターゲットは、白のブルゾンに濃紺のジーンズ。以上」
すると、順番に
「アルバ、了解。」
「フォックス、ラジャー。」
「コブラ、OK。」
その無線の内容を聞いて、それぞれに配置された機関の人間が順番に答えていった。
 その頃、無線を聞いている、あの二人と、部下たちの姿があった。
「主任、このような方法は、よろしくないのでは無いでしょうか?」
黒色のフルスモークの8ナンバー車の大型ワゴン車。そのワゴン車からは、様々な種類の無線か何なのか、アンテナが空に向かって伸びている。どれも2mにも満たないが、その本数の多さは、傍目から見たら異様である。
 その車内に、主任と呼ばれている少女と、女研究員の松岡、そしてその他のスタッフたちが数名乗っている。車は、特殊部隊が使用する、いわゆる戦闘指揮車である。
「まぁ、仕方なかろう。先に技術を手にした物が勝利する、今まで日本が足りなかった部分さ。」
「しかし………。」
「彼を入手するか出来ないか、場合によっては日本が、先の大戦のように再び焦土と化してもいいのか?」
少女の言葉の重みに、松岡や部下たちは、強く頷きなおした。
「それでいい、それで。今回は、あくまで彼との直接交渉が目的なのだから。今日一日だけだ。」
少女は、強い何かの意志を持って、部下たちにそう諭した。
「我々の出来る選択………選択、今、そうするしかない。」
少女はそう言うと、瞳を静かに閉じた。
「やばいなぁ、これじゃチケットとれないかもしれない。」
監視されているとは知らず、雅は急いで家を飛び出す。今日は、とあるミュージシャンのコンサートチケットの予約開始日、10時に、全国の窓口で先行予約が開始される。そのミュージシャンは、ものすごい人気であって、朝早くから窓口に並んでいても、チケットはとれないことは当たり前であった。
 雅は、小走りに駅の方に向かっていた。出来るだけ急ぐために。だから、前の方ばかり一生懸命で、まさか後方から自分を狙っている車がいることなど、気づきはしなかった。
「ターゲット、三叉路を左折しました。」
追跡している車から、そう報告が入る。指揮車から、地図で位置を把握していた少女は、こう言い放つ。
「よし、作戦を実行せよ。」
「コブラ了解、これよりターゲットの捕獲にうつる。」
 こうして、一人の少年が、ある組織によって拘束された。
 その手際は、まさしくプロの仕事で、開始から終了まで30秒もかからず、その事実を目撃した者は、誰もいなかった。

「………僕は、いったい………?何があったんだ?」
どれほど時間が経ったのだろうか。雅が意識を取り戻したその場所は、白い布のカーテンは、各ベットを仕切るように設計されている。そして、そのベットは、病院で使われているような物だった。
 他は、誰も使っている者はいないようで、彼が使っているベットをあわせると5つおいてある。彼が使っている物だけ、マットレスの上にシーツが引かれていて、体には薄い毛布が掛けてある。
「病院………?」
ベットに横たわる彼の体には、拘束具などはついていない。体は、雅の意志通りに、何も問題もなく動く。
「ん………?」
彼は、上体を起こすと、自分の状態を確認する。服に乱れはない。点滴もされていなければ、体のどこも、今朝家を出た時と変わらぬ状態。
「いったい………。」
未だ、彼は何が起こったのか、理解出来なかった。彼は、ベットから降り、何も体に痛みがないことを確認してから、静かに立った。そして
「あの、誰かいますか?」
そこには、診察用に使うのだろう、医者の机と、いくつかの薬箱、そして消毒液につけられた脱脂綿を入れたケースなどが見える。病院と言うよりは、学校の保健室のような場所だ、雅はそう思った。不思議と、どの壁にも窓はない。
 誰もいなかったので、雅はその部屋から出ようとした。1カ所ある、鉄の扉、保健室には似合いそうにない扉を開けようと、ドアノブに手を掛けた。
「ん、開かない?」
扉は、全くの動かない。何度か、軽く力を入れてみたが、ぴくりとも動かない。
「鍵でも掛けてあるのかな。」
と、その時だった。突然、その鉄の扉が、右にスライドして開いた。
「うわっ!」
とっさに、左手で持っていたドアノブを離す。と、ドアの向こうには、数日前、雅の家を訪れた、あの女が立っていた。
「あら、もう目覚めていたの?」
女は、雅のあっけにとられたその姿を見ながら、そう言った。
「あ、貴方………確か、何日か前に家に来ましたよね。」
女は、その言葉に、少しを間をおいてから、答える。
「…………覚えていてくれたの。」
「はい、たしか松岡さん、でしたね。」
「あら、名前まで。」
「………って、ここはいったいどこなんですか!?」
目の前の松岡の姿、見知らぬ保健室のような場所、そして何が起こったかわからない状況。普段はおとなしめの雅も、さすがに取り乱す。
「ここ?詳しいことは話すことは出来ないけれど。大丈夫、今日中にはしっかりと家に送り届けますから。」
松岡は、あの時家で見せたのとはまったく別人のような表情だった。冷静で沈着、もしかしたら、冷酷で残忍とも思われそうな表情で答える。
「今日中に………って、いったいどういうことなんですか!?」
雅は、大きな声で、松中に質問をする。
「あら、可愛い姿が台無しね。」
その声は、小さな声で、激しさを増している雅には聞き取れない。
「はい!?」
「とにかく、こういう方法をとったのは謝ります。でも、ついてきなさい。結城君、貴方に会わせるお方がいるの。」
激しい雅、そしてあくまでポーカーフェイスな松岡。雅は、この人には何を言っても駄目かもしれないと思い、素直に従うことにした。
「あ、そうそう。その前に。貴方のコミュニケータは、機密上私たちが預からさせていただいています。ご了承のほど、よろしくお願いします。」
「え、あ、はい。」
雅は、なぜか彼女にはおとなしく従うしかなかった。彼の直感が、そうさせていたのかもしれない。
 医務室を出ると、3分ほど、冷たいコンクリート製の打ちっ放しの廊下を歩いた後、2重の分厚い鋼鉄の扉によって保護されたある部屋に通された。途中、いろいろな部屋に別れているのだろう、鋼鉄の扉が並んでいた。どうやら、普通の建物では無さそうだ、という事は、雅にも理解できた。
「結城君、こちらに来て。この扉の向こうに、会っていただく方がいます。」
3枚目の扉は、今度は高級そうな木目調の戸だった。
「ここ、ですか?」
「そうです。」
そう言うと、松岡はその扉を開ける
「さ、入りなさい。」
「はい。」
雅は、訳の分からないまま、部屋に通された。その部屋は、あらがち、普通の会議室、テーブルは円形で、それを囲うように、10脚ほどの椅子が均等に並べられていた。
 そして、そのテーブルの1カ所の椅子に、一人の、色違いの日本海軍の軍服を着た少女が座っていた。軍服を着ているが、その体格、顔立ちといった印象から、小学生くらい、と雅は判断する。なぜ、このような少女が海軍の軍服、しかも見慣れない色の物を着用しているのかは、想像できない。
「ようこそ、結城雅君。」
会議室に入れられた雅の姿を見て、少女は立った。身長は、やはり150cmくらいしかない。少女には、女子の制服であっても、軍服は似合わない。そして、その少女からは、少女らしからぬ言葉が投げかけられてきた。
「いままでの君への無礼を許したまえ、私は日本海軍少佐、柏木正美だ。」
少女から述べられたその言葉に、雅は驚いてしまい、何がどういうことなのかよく理解できない。
「え、あ、海軍少佐………?」
「そうだ。私は海軍の少佐、柏木と言う。」
少女はそう言うと、握手をしようと言うのか、右手を差し出す。
「あ、はい。」
拍子抜けしてしまった雅は、すぐに握手に答えることは出来ない。
「あ………。」
そして、5秒ほど間を置いてから、雅は少女と握手を交わす。雅の眼には、少女の軍服の襟元にある階級章、そして海軍を示す徽章、さらに見慣れないなにかのバッチ、おそらく所属部隊か何かを指し示す物が入ってくる。それは、彼にとっては目線は下の方にあった。確かに、身長は150cm位だろう。
『確か、パンフレットに書いてあった組織の………確かに、この人は少佐の階級章を付けてる。このような娘が、どうして?』
そして、握手を終えると、少女はコミュニケータを使用し、誰かと連絡を取ったようだ。
『この建物は、たぶん地下………。どうしてコミュニケータが使えるだろう?』
 脳波でコントロールする携帯電子コントロールシステム、俗にコミュニケータと呼ばれるシステムは、この時代珍しいことはなかった。このシステムは、人の意志によって起こる、脳波を感知して自動的に作動、そして音声やホログラフィーとしてその結果などを表示するシステムである。
 しかし、電波の届かない地下では、使い物にならないはずである。このシステムは、様々な用途で使われているが、少女は、一般民生用のシステムに近い物を使用しているらしい。ほんの僅かだが、”NOW CONNECTING”という。3cm四方の小さな表示が、彼女の左目の10cm位の場所で投影されたのを、雅はしっかりと見ていた。
 そして、その表示が終わると、間をおかずに会議室に、あの女性、松岡が入ってきた。今度は、白衣を着込んでいる。
「柏木少佐、お呼びにより参りました。」
「うむ。改めて紹介しよう、こちらが私の部下の松岡特務少尉だ。」
「初めまして、ではありませんね、結城雅君。よろしく。」
二人は、雅の目の前に並ぶが、どうみてもおかしい。少女の部下が、大人の女性、いったいこれはどういうことなのだろうか。
「は、はい。」
「結城君とは、一度結城君のお宅でお会いしましたわね。」
そして、松岡の雰囲気も、医務室から会議室に来る時の松岡とは、ずいぶんと印象が違う。言葉に、しっかりとした暖かさを感じる。
「それでは、そちらに腰掛けてください。」
少女はそう言うと、先に結城が席に腰を掛けるのを見てから、自分も腰掛ける。そして、松岡も、腰掛けた。
「さて、さっそくだが………、松岡君、君から説明してくれるか?」
少女の口調は、あくまでも、おかしい。
「わかりました。結城雅君、これからお話することは、軍事上の機密事項になります。この様な事をお話しするのは、貴方に力になってほしいからなのです。よろしいですか?」
「は、はい・・・?」
雅は、その松岡の言葉に、そう応えることしかできなかった。


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