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新造人間キャシャアン(前編)
作:YOKO

「新造人間キャシャーン」の二次創作作品ですが、かなり独自設定が入っています。
混ぜるな危険といった内容が多く含まれるので、原作のイメージを大切にされる方は
読まれないことをお勧めします。覚悟のある方はお楽しみくださいませ。


時代は22世紀。
安価で大量生産のできる新たな労働自動人形「勤狗」が国民一人あたり2体にまで増えた日本。
EUにあるというノイシュヴァンシュタイン城を模した邸宅の広大な敷地を、黒い外套を着た男が走っていた。

  男の名は、東 鉄也。

覇道を歩む異端、人類の至宝にして猛毒、悪魔とも、神の域を侵す者とも称される東光太郎博士の一人息子である。

強い意志を感じさせる眼差しと、彫りの深い顔立ちは、彼を本来の年齢以上に見せる。それでもまだ、やっと少年から、青年と呼ばれるかどうか、といった若者であり、まだ体つきも成長途上といった感じだ。父親の血筋もあってか、細身ではあるがなかなかの体格と言えよう。

不安定な丘の斜面を、最小限の体捌きで、速度を殺さずに駆け下りて、向かうは正面玄関。身に纏った風が外套を僅かに揺らすが、調息により整えられた呼吸は、鉄也が走ってきたことすら感じさせない。海を越えて飛んでくる汚染粉塵のせいで、空は常に薄暗く、外出を留まらせるほど降り注ぐ紫外線は強い。鍔広の帽子を少し持ち上げて、坂道を登ってくる相手を視線の先に捉えた。

  ちりん、ちりん、と挨拶代わりの鐘の音。
  走り寄ってくるのは、大きなバッグに荷物を満載した自転車。

一分の隙もなく制服に身を包んだ配達員が、営業スマイルを絶やさないまま、流れるような動作で、自転車を停めると、バッグから牛乳瓶を2本取り出した。

「鉄也サン、オ早ウゴザイマス」

「いつも悪いね」

鉄也は、外套の懐から取り出した小銭と共に空き瓶を渡し、替わりに牛乳入りの瓶を受け取る。

「イエ、有名人ノ鉄也サント、コウシテ、オ会イデキルダケデ光栄デス」

 配達員は、考え抜かれた仕草で、恭しく礼をする。ここが一流ホテルの待合室だ、というのなら似合いの仕草である。

「……TPOが変じゃないか?」

鉄也も自然と苦笑していた。この勤狗は真面目なのだが、何せ、まだ稼働時間が短い。以前、聞いた話では、出荷前の一般教育を受けて、初めての配属だという。見てて微笑ましい間違いをするのも、新米勤狗にはありがちなことだ。

「アァ、スミマセン、コノそふと、登録シタバカリナモノデ。今度、営業員ノ資格ヲ取ロウト思ッテ、勉強ハジメタノデス」

勤狗同士の営業活動といっても、いまいち想像しにくい。きっと、薄ら寒いほど、穏やかな商談風景になるんだろう。

「で、さっき、俺のこと、有名人って言ったが?」

「コノ辺リノ皆サンハ、いんどあ派バカリナノデス。外デ、オ会イデキル”人”ハ、トテモ珍シイノデ、鉄也サント、オ話シタトイウダケデ、私ハトテモ羨マシガラレマス」

感激しました、と営業スマイルのまま、配達員の勤狗が早口で話す。恐らく、営業所に帰れば、芸能人に会ったかのように、仲間の勤狗達に自慢話をするのだろう。

配達員の勤狗は、次の配達先があるため、まだ話し足りないようだが、丁寧に礼をすると、自転車に乗って去っていった。



「インドア派、か」

眼下に広がる、歩く人すら見えぬ町並みに去っていく勤狗を見送るが、口元を僅かに歪めて無理に笑みを作っても、気は晴れない。

手に持つ牛乳瓶に重さを思い出し、同時に腕時計の文字盤が示す時刻の意味に焦る。思いの他、思索に耽る時間が長かったらしい。慌てて丘の上にある城へと走り始めた。手に持つ瓶の牛乳が、上蓋を濡らさぬように、揺れを起こさぬように、しかし、予定の刻限に遅れぬよう、極力、早足で。


  鉄也が毎日行っている修行の一つであった。


――*――


医療技術が発達したこの時代において、一日中、電脳世界の活動に浸り、一切、外出しないでいても、肥満や運動不足に陥ることはない。また、政府の方針で、無駄なエネルギーを極力抑える政策が取られているため、”通勤”や”通学”といった言葉も、死語となりつつある。

電脳世界には、学校も、会社も、美術館も、居酒屋も、運動場も、何でも揃っている。現実と違い、全てが適切に管理されているため、騒音もなければ、交通事故もなく、殴り合いの喧嘩になっても怪我もせず、非常に清潔で、便利だった。

環境汚染が進み、オゾン層破壊で危険な紫外線が地上に降り注ぐ現代においては、意味もなく外を出歩くというのは、よほどの酔狂な輩か、犯罪者くらいだ。健康管理という意味でも、外を避けるのは、賢い市民なら当然との考えが支配的である。

生活に必要な物は、全て家まで勤狗が運び、家事全般も勤狗が担う。”人”はその創造性を最大限に発揮するため”だけ”に専念する。


……というのが建前だった。


人々は、”勤狗程度にできることは、全て任せる”のを当たり前に考えていた。全自動洗濯機に服を放り込んだら後は放置する、という行動の延長線上にある思考である。勤狗はかなり高度な機能まで実装していた。日常会話を普通にこなし、マニュアル化できるあらゆる作業はなんでもできる。さらに、内部スケジュール機能で管理し、人間よりも有る意味、完璧に行ってしまう。

なんでもかんでも勤狗に任せてしまう風潮が社会の隅々にまで行き渡ってしまっていた。なにせ、勤狗にやらせれば、ミスなく、時間通りに作業はできてしまうのだ。下手に自分がやったほうが悪い結果になることが大半である。

外に出ることなく、物理的な意味での問題からほぼ解放された電脳世界にずっと引き籠もっている輩、つまりインドア派が増えるのも当然だったかもしれない。


――*――



古城をイメージした外見の割に、リビングルームに置かれている家具は少ない。前世紀に流行ったスクリーン状の極薄ディスプレイには、カメラ視点の変更もできない、DVDと呼ばれる骨董品的な媒体に記録されたテレビ番組が映し出されていた。

  江戸の街で、質素な柄だが上質な布地の衣を纏った精悍な顔の侍を前に、水着程度にしか体を覆わない、怪しい忍び装束を着た金髪碧眼の美少女が、苦無を構えたまま、目元に涙を浮かべていた。

 『私の愛した男がまさか、敵だったなんて。……でも諦めない!そう、我らバテレン忍軍、三百年の悲願を達成するために!!』

  時代考証などは二の次、という時代劇の一シーンである。


大型ディスプレイの前で、胴着を纏った彫りの深い顔をした壮年の男は、日課となっている演舞を、動いていることがわからぬほど、ゆっくりと行いながらも、可憐な少女の健気な姿を、満足そうに眺めていた。


「師父、その映像、昨日も観てたのでは?」

リビングに戻ってきた鉄也は、手に持った牛乳瓶を差し出した。よくもまぁ飽きずに、と呆れた顔をしている。

鉄也は極力、画面に映る美少女の姿を見ないようにと、己を律しているのだが、師父たる東光太郎博士には、彼の抱えている「青年の悩み」など手に取るように解る。

「平成浪漫の何たるかもわからぬとは、まだまだ青いな、鉄也」

受け取った瓶の裏面に残る牛乳の跡を一瞥し、「功夫が足りぬ」と、このところ、進展のない評価を下すと、ゆっくりと飲み干した。

空いた瓶を受け取る鉄也も、その指摘には反省せざるを得ない。戻ってくる途中、小石をひっかけて僅かにバランスを崩したのだから。



そんな親子であり師弟でもある二人の様子を、部屋の隅に座る自動機械犬が眺めている。青い外装、引き締まった形状の狩猟に向いた体躯が鈍い輝きを放っている。勤狗が、極力、人間と区別が付かないように似せた外装を持つのに対して、この自動機械犬は、頑丈な人工皮膚であるため、贔屓目に見ても、生物的な温かみは感じられない。フレンダーと呼ばれる商品名とは裏腹に、狩猟、格闘を目的としているためだ。

「ワンッ」

「どうした、ラッキー。……そんな時間か」

鉄也に催促し、嬉しそうに尻尾を振って、大型ディスプレイの前に座る様子はかなり犬っぽい。通常の自動機械犬にはない「犬らしさ」が立ち振る舞いの全てから感じられる。

それもそのはず、フレンダーには、東家で飼われていたボクサー犬「ラッキー」のデータが移植されていたからだ。2日ほど前の交通事故で、もはや死を待つだけとなったラッキーを救うため、東光太郎博士は、脳データを捜査し、フレンダーの体躯に収まる電子頭脳上で完全再現したのだった。

その際、本来の犬としての体と、自動機械犬としての体による情報の差を埋めるための専用のインターフェイスを内蔵することで、ラッキーは自分自身に違和感を持つことなく、自動機械犬「フレンダー」のボディのまま、生活を続けているのであった。有る意味、移植は成功し、目的は達成されたと言えよう。


そのラッキーはと言えば、ディスプレイに表示された討論番組のテーマソングを聴くと、尻尾を振って、目をきらきら輝かせたりして、今か今かと落ち着きがない。


『では、本日も、総理大臣”代行”と、野党の党首”代行”の方々に、今後の政局について、お聞きしたいと思います』

勤狗の司会者が、出演している者を次々と紹介していくが、いずれも”代行”の肩書き。それもそのはず、総理大臣”代行”以外は、全てが勤狗なのだ。造られた完全な立ち振る舞いをする勤狗達。

だが、その中で、誰よりも偉そうで、そんな姿を当然と思わせる風格を巨躯の男?がいた。

マントと帽子しか纏わぬその姿は、しかし、放送コードに引っかかることはない。なぜなら、彼こそが、次世代の勤狗と言われる「不裸衣勤狗」なのだから。



不裸衣勤狗(ブライキング)とは!?
人々の生活に勤狗が浸透した昨今においても、技術者達を悩ませ続けてきたのが勤狗の自立化であった。
自己再生産、集団自立制御、状況に応じた機能のカスタマイズ等、自立化問題は次々に解決されていった。
しかし、唯一、最後に残った難題があった。それが「エネルギー供給」である。
いちいち、エネルギー切れの前に補給する手間は、なぜいつまでもなくならないのか!?
自立的に補給をするというのは対処療法に過ぎない。技術者達は抜本的な対策を求めた。


 氣……

天地に満ちるこのエネルギーに、技術者達が着目したのは当然のことであった。
だが、気功の道を極めた達人ですら、外界から気を取り入れることは至難。
勤狗で、それを実現するのは理論上は可能であっても、今後、数百年は不可能というのが常識だった。


だが、世界は変わった。東光太郎博士の発明「陽光⇒氣直接変換機構」によって。

 電気代 0円

このキャッチフレーズと共に発表された衝撃は記憶に新しい。

氣の存在も疑問視されていた20世紀末、地脈を流れる「氣」を利用する勤狗の始祖「先行者」が既に開発されていたという事実は驚嘆のほかはない。

----- 民明書房刊「電気代0円 −我々は詐欺師ではない−」より



ラッキーの目は、「不裸衣勤狗」の傍らにいる黒い自動機械豹に釘付けである。和の静けさを感じさせる流麗なフォルムと色調で人気の和流型自動機械豹だった。

王と呼ぶに相応しい威風堂々たる「不裸衣勤狗」のボス。彼こそが、「総理大臣”代行”」にして、日本中の「不裸衣勤狗」、「勤狗」を指揮するリーダー。その名は、ビル。他国から日本は、ボスの帝国と揶揄され、彼は「ボ帝ビル」とも呼ばれていた。


真っ赤な帽子、赤いマントを纏っただけの姿。しかし、ギリシャ彫刻も真っ青な逞しい筋肉の盛り上がりは、芸術のように
危ういバランスで全身を飾り、見る者をして、「これ以上の装飾は不要」とまで、思わせてしまう説得力に溢れている。


『”美しい国、日本”、それが目標だ』


悠然と言い放ち、他の勤狗達を圧倒する。彼の言葉に反論できないのも無理はない。事実、どこに出しても恥ずかしくない実績があるのだから。

 交通事故0件の連続記録更新。
   貿易黒字額世界第一位。
    勤狗の出荷台数累計10億体を突破。
      新環境基準クリア。
        etc、etc。

何を言っても、総理大臣”代行”を誉めることにしかならない悪循環。時折、紹介される様々なグラフなどでも、視聴者にわかりやすく、彼の偉業が伝えられていく。



だが、番組をみる鉄也の視線は、どこか憎悪すら含んでいた。

「……ビル、お前は間違ってる」

呟く言葉が重く室内を漂う。東光太郎博士は、息子のそんな態度を飄々と受け流す。

「今の政府を支持する者は多いぞ、鉄也」

「それはビルが、人心掌握術に長けているだけです。師父とて、一部の国々が日本のことを嘲っているのはご存知のはず」

「無論、知ってはいる。だが、仕方有るまい。繁栄し続けるために、何も犠牲がない、などという夢はあり得ぬ」

勤狗に飼われる家畜、それが日本人だ、などという中傷も多い。日本が二位以下を大きく引き離して躍進するに至った礎、それを生み出した東光太郎博士にも、その矛先は向けられていた。

  人を堕落させた悪魔。

   世界の冨を奪い取らせている張本人。

    人々から働く場所を奪い去った成り上がり者。


鉄也は、人々のそんな態度が我慢ならなかった。

「だからといって、ビルに好き勝手やらせておくのは納得できない!」

昔、鉄也が幼かった頃は、ビルもこの城に住んでいた。しかし、ある時、「子守りでは役不足だ」と告げて去っていった。
鉄也に何の説明もなく。一方的に。そんな奴が、世間で持て囃されているのも納得できるはずもないのだ。

「落ち着け、鉄也。 ビルが代行を辞めて、政治家達が表に出てきたからとて、今より悪化することはあっても、決して良くはならん」

「なぜですか、師父。 優れた人は、勤狗に勝ると常日頃、言われているではないですか!?」

 鉄也は、悟りを開いたような父の言葉が信じられなかった。いや、信じたくなかった。わかってはいるのだ、鉄也とて。

「化学反応に頼った人間の思考速度はあまりに遅い。言葉を話す速度も、聞き取る速度も、文字を見るのも、書くのもあまりに遅い。勤狗達は、人の万倍の速度で議論し、論理的結論に達するのだ。ビルとて一人で万能なのではない。ブレインたる不裸衣勤狗達を束ねて、異なる思考が生み出す相互作用を駆使して、政策を行っている。彼らは単に時間圧縮をしているだけに過ぎん。人が年単位で掛かる議論を、僅か数時間で終えている”だけ”だ。だが、まさに”時は金なり”。的確な結論を、素早く打ち出す彼らに、人間では追いつけん」

「なら、人間が彼らの思考速度に追いつけば……。師父の研究している”新造人間”さえ、完成すれば!」

「……確かに。人の心を持ち、勤狗に匹敵する思考速度を持つ”新造人間”ならば、勤狗にも太刀打ちできよう。彼らはプログラム以上のことは生み出せん。だが、まだ駄目だ。今は、人から新造人間にデータは移せるが、新造人間から人に、データを戻すことはできぬ。残念だが」

「…くっ」

東光太郎博士が永年、研究をしている”新造人間”には問題があった。ラッキーの脳からデータを抽出し、自動機械犬に移植したのも同じ技術なのだが、読み出された生体脳は、その時点で細胞レベルで死んでしまう。

確かに、生体脳が保持していた記憶も、思考パターンも、回路網を自在に改変し続ける新型の電子頭脳上に完全移植できる。チューリング試験ならば、100%通る「同一人格」だ。

 …だが、生体脳にはデータを戻せない。一方通行の未完成な技術。

新造人間は、あくまでも頭脳こそ人間的ではあるが、ボディは勤狗達と変わらない。同一人物だと主張し、人権を求めても、なかなか世間一般の同意は得られまい。


鉄也は黙るしかなかった。何よりも、歯痒い想いを持っているのは父なのだから。


  しかし、いずれは俺が……。


鉄也も最近、少しずつ父の研究を手伝うようになってきた。今はまだ未熟だが、いつかは父と共に完全な新造人間を作る。それが、鉄也の夢だった。


若いからこそ、未来に希望が持てる。しかし、時代はそんな親子をまってはくれなかった。


――*――


翌日、複数の大型の乗用車が城にやってきた。前後の乗用車から降りてきたのは、スーツに身を包んだ勤狗達。重要人物の護衛にあたるSPである。

通常より二回りは大きい特注リムジン。分厚い装甲を兼ねた扉が開き、中から暑苦しいほどの筋肉を見せびらかす男達が降りてきた。実際には男、ではない。彼らは「不裸衣勤狗」であり、だからこそ、肌は露出しなくてはならない。般若の面を被った者、水泳用ゴーグルをつけた者など、独特の装い。彼らは、ボ帝ビルを護る四天王と呼ばれる生え抜きの「不裸衣勤狗」だった。

そして、ゆっくり地を踏み締めて降り立つ巨漢。赤いマントを翻して、降り立ち、周囲に無駄に威圧感をばらまく。

彼こそが「不裸衣勤狗」のボス、ボ帝ビル、その人だった。

「師父、御身の安全を確保するため、新たなる勤狗の開発を進めるため、我らの居城に、しばしご同行願いたい」

依頼の形を取っているが、拒否権はない。東光太郎博士は、仕方ないといった態度で、承諾しようとした。

「まて! この城とて、保安機構は完備している。お前達の城に行く必要などない」

鉄也の青臭い台詞に、周囲の不裸衣勤狗達はざわめくが、ビルは手を掲げて、場を鎮めた。

「ふっ、鉄也。お前の貧弱な功夫で、師父を護れると言うか?」

「俺とて、以前と同じではない!」

そういう問題とは違うのだが、と考えた者が多いが、誰も声にはしない。この状況も、既に想定済なのだから。
ビルは、静かに、東光太郎博士に同意を求め、博士も頷いて承諾した。

「ならば、その実力、計ってやろう。かかってくるがいい、鉄也。貴様では、師父は護れぬ。それを教えてやる」

腕組みをして悠然と立つビル。鉄也も構えるが、あまりに体格差が有りすぎる。構えた鉄也の頭は、ビルの胸にも届かない有様だ。

  腕の太さなど倍は違う。

そして、不裸衣勤狗たるビルは、陽光から氣を吸収し、体内で練り上げていた。

静かに調息し、鉄也もまた、体内で氣を練り上げていく。だが、まだ修行中の身。その質、量共には遠くビルには及ばない。

「破ッ!」

裂帛の気合いと共に踏み出された脚が、敷石にヒビを入れる。生み出された衝撃を下半身から上半身にかけての身の捻りによって倍加し、掌を通して、氣と共に、ビルの腹へと叩き込む。

  !?

しかし、放った衝撃がまるで増幅されるように跳ね返り、鉄也は遠く飛ばされてしまった。全身全霊をかけた氣を込めた掌撃が、その掌を通じてそのまま跳ね返されたのだ。衝撃が全身を跳ね回り、暴力的な氣が五臓六腑を激しく痛めつける。

「ぐっぁ!」

痺れた手を片手で押さえる鉄也の顔にも、焦りの表情が見える。内功の基礎である体内の氣を乱され、気脈も歪み、呼吸も激しく乱れた。

「……今の一撃でわかっただろう。お前の内功は練りが甘い。並みの勤狗であればまだしも、 我ら不裸衣勤狗には勝てぬ」

歯を食いしばり、それでも構えを取る鉄也。周囲にいる四天王達も、止めるか判断に迷う。

ビルは、額に手を当てて、やれやれ困った奴だ、とポーズを取った。考え抜かれた腕の運び、表情、そして相手との位置関係。全てが、最大限の威力をもって、鉄也の心を揺さぶった。自分が子供っぽい我が侭を言っているだけなのだ、と思い知らされる。


  鉄也の心の中を、激しい葛藤が駆けめぐった。


   だが!


 だが! それでも、鉄也は戦いを止めなかった。ビルも、表情を引き締めて、腕を組み直す。

「避けるがいい、鉄也」

 そう告げた瞬間、ビルの腹部が陽炎のように揺らぎ、そのまま、揺らぎが鉄也のほうへと放たれた。

間一髪、避けるが、巻き込まれた外套は無数の刃で斬られたようにボロボロに破ける。目に見えぬ拳で全身を殴られたように、衝撃が叩き込まれていた。鉄也の背後にあった屋敷の壁は、揺らぎに衝突した瞬間、強烈な破裂音と共に砕け散った。

 受け身も取れず、地に倒れた鉄也は、憎悪の瞳を向ける。

「武、武器に頼るとは、そこまで堕ちたか、ビル!」

とてもまともな武術とは思えなかった。そんな方法をビルが選ぶ。鉄也の魂の慟哭が響いた。


  一瞬、場を奇妙な静けさが通り過ぎる。


心揺り動かされる者は皆無。鉄也の除いて、この場に立つ者全てが理解していた。ビルは哀れみすら浮かべて、言い放った。

「我が肉体は無類無敵。武器などいらぬわ」

「!?」

納得できない鉄也は、師父を仰ぎ見る。東光太郎博士は、視線で四天王へと指示を送った。

般若の面を着けた全裸マッチョが、ポーズをとって、腹筋を凹ませて見せる。

「鍛え抜かれた腹筋を急激にバキュームし、そこで生まれた真空を、これまた腹筋の力で前方への弾き飛ばす!防御を許さぬ気圧の断層が全てを薙ぎ払う!これこそがビル様の必殺技、ボ帝ビル・カッター!」

 あっしらは、完全な配列の腹筋じゃないんで、まっすぐは飛ばないんです、と残りの四天王達が、彼らのボスに向けて、羨望の眼差しを向ける。


  馬鹿な……


 鉄也の顔に絶望の影が降りる。人間にはそんなことができるわけがない。だがビルは、不裸衣勤狗。鋼化神経と、高強度ポリマーによる人の数十倍に及ぶ反応速度を持ってすれば、そして、達人級に練り上げた氣をもってすれば、不可能もまた、可能へと変わる。



鉄也は、起きあがることができなかった。絶対的な実力差を理解し、立ち向かおうとする心が折れてしまったからだ。


「そこまでだ。……ビル、しばらく世話になるぞ」

東光太郎博士が、口笛を吹いて、白鳥型自動機械を呼び寄せた。大事そうに手に抱えると、ビル達と共に車へと乗り込もうとする。

「師父!」

 鉄也の声も、力がこもってはいない。

「鉄也、早まったことはするな」

そして博士は、ビル達と共に去っていった。破壊された屋敷の前で、独り残された鉄也の叫びが虚しく響いた。


――*――


 激しい雨が降り続ける夜。 自室に篭もって、鉄也は一心不乱にシミュレートを続けていた。

  Error

「くそっ、また駄目か……」

ボ帝ビルとの実力差は余りにも明確だった。全力の打ち込みも、ビルの内気功の圧力に跳ね飛ばされる有様。あの、人外技「ボ帝ビル・カッター」は、真空を扱う以上、放つ際には前後の気圧差によって、ほとんど身動きできない。だから、ギリギリで回避して、必殺の打撃を叩き込めば……。それも机上の空論ではあるが、もし成功したとしても、また跳ね返されるのが落ちだった。

「ク〜ン」

足下で、ラッキーが心配そうな声をかけるが、苛立つ鉄也には届かない。

先ほどから、幾度となく行っているのは、自らの成長シミュレート。理想的な食事、運動、睡眠を続けることで得られる体格と、今後、続けていくことで達成しうる氣の強さを模索していた。


だが、どう計算しても、修行方法をどれほど検討してみても、鉄也は2mの体格は得られないし、氣の練りもまた、師父には遠く及ばない。そして、致命的なことに、鉄也が修行で氣を高めていくよりも、ビルの新部品導入による性能向上のほうがペースが速いのだ。



  人の身では勝てない……



鉄也の心は、絶望の闇に覆われていた。

勝つのに手段を選ばぬのであれば、いくらでも破壊する手段はあろう。だが、同じ師より学びし者として、兄弟子の過ちは、己の拳で正せねばならない。


鉄也の脳裏には、「渾身の一撃を受けて倒れたビルが、憑きものが落ちたように改心する」姿が描かれる。しかし、それも一瞬にして色を失い、粉々に砕け散った。


  あまりに虚しい。


 ……せめて、この身がビルと互角であったならば。


 その時、去り際、師父が告げた一言が思い出された。


  「早まったことをするな」


 師父は何を言おうとしていたのだろうか。自暴自棄になって、どうあがこうと、この身では勝てぬと言うのに。まるで、「選べるが代償が大き過ぎる」道があるかのように。


  選べる……可能性……


「そうか! 新造人間だ!」

ボディの性能が同じならば、後は同じ答えしか出せないプログラムと、限界を超えることのできる人の心であれば、勝負は明らか。


同じ土俵にあれば、勝てる。


「師父の無念、今こそ、俺が果たす!」

稲妻が敷地内に落ちて、薄暗い室内で、薄ら笑いを浮かべる鉄也を照らす。幼い子供が見たら、一生トラウマに残ろうか、という形相。

そのまま、いてもたってもいられないように、鉄也は部屋を飛び出した。向かうは師父の研究室。お蔵入りになっていた新造人間が1体残っているのを忘れてはいなかった。


――*――


幼い鉄也を立ち入らせぬためにとわざと怖そうに作られた腐乱骸骨風のホームコンピュータも、目的のために手段を選ばぬ態度には、なんら防壁となるわけもなく。

鉄也の前には、3m近い大きさの勤狗用メンテナンスベットがあった。輸送用のものらしく、中を覗き込める窓はない。正しい手順でのみ開閉するらしく、鍵は内側からかけられていて、外には手をかける凹みすらない。

「このサイズなら、ボディはビルと同等といったところだろう」

強くなった自分を心に描いて、にやっ、と笑う。

幸い、生体からデータを読み取るためのカプセルベットも起動可能なようだ。コンソールを操作していると、いろいろと膨大な文章で誓約書が表示されるが、同意しないと処理を進められないので、ろくに読まずどんどんYesを押していく。


最後まで手続きを進めるが、カプセル内に生体を入れた後に、ボタンを押さなくてはならない。単独での暴走を回避する仕様なのだろう。


  だが、問題はない。


鉄也はカプセルベットに入ると、透明なカバー越しにラッキーに命じた。コンソールで赤く点滅をしているボタンを押すように、と。



  賢いラッキーは、指示を誤解することもなく、素直に押した。


驚いた顔のラッキー。それが、人間「東鉄也」が見た最後の風景だった。


――*――


厚く視界を覆っていた霧が晴れるように。いつもと違い、やけに五感が研ぎ澄まされているのが感じられる。それまでの知覚が、まるで汚れた池の底から天を仰ぎ見ていたかのようにすら思える。

  どこかで、鍵が外れて扉が開くのがわかった。

開閉時の緩やかな風の流れが、肌にまとわりつくのすらはっきりと認識できた。


初めて外の世界を見たかのように、薄暗い研究室の明かりがやけに眩しい。



  研究室……ここは師父の場所だ…


    ……そうか


これが、ビル達、不裸衣勤狗の識る世界なのか!

  くっ、くっ、くっ、圧倒的じゃないか、この力は!



「この力さえあれば、ビル! お前の運命など、阪神電鉄に乗り込んだ巨人ファンの如く風前の………ぉ?」



呟いた言葉の音色に、冷水を浴びせられたかのように高揚感が消え失せた。握り締めた手を見るが、小さく華奢でとても殴り合いに向いているとは思えない。何より、今、一瞬、見えてしまったモノは!



「お、落ち着くんだ、鉄也! 冷静な漢だけが勝利を掴み取れるんだ」

努めて平静になろうとするが、鈴の音のような澄んだ声が、己の口から紡がれては、それもままならない。



それからたっぷり10分はかけて調息を続けて、心身ともに落ち着けて薄目を開けた。



やはり、視界に飛び込んできたのは、鍛え抜かれた大胸筋ではなく……儚さの中にも、しっかりと自己主張を忘れない二つの膨らみだった。


  いきなり心臓の鼓動が高鳴り、顔が熱さに火照るのが嫌でもわかる。


「ま、まぁ、落ち着け、鉄也。勤狗にとって外見など、オプションに過ぎない!必要なのは性能だ、性能! だいたい、勤狗に性別なんてもんはあるわけが――」



 ……たっぷり5秒ほど、思考が凍結されていただろうか。


 ――手で触った限りだが、しっかり、はっきりと女の子でした。



「ど、どういうことなんだ! こんな勤狗を研究していたなんて、師父から聞いてないぞ!?」

 鋼の肉体同士をぶつけ合い、鍛え抜かれた技と技を競い、そして勝つ!




 ……はずだったのに、何なんだ、この貧弱なボディは!?

立ち上がってみると、確かに身のこなしは軽い。柔軟性は極めて高く、研ぎ澄まされた五感は、技の質を数段階高めるだろう。努めて、己の躯を視野に入れぬように、ゆっくりと歩く。

  長い髪が肌に触れて、こそばゆいが心頭滅却すれば、気にならない、気にならない。
  これまでの修行で培ってきた技術を総動員し、煩悩を脳の片隅に圧縮投棄する。


   そして部屋の片隅へ。


そこにあるのは、打撃練習用に天井から吊されている高さ1.5mほどの水袋。


「破!」


 男だった頃よりも鋭い音が響き、衝撃が水袋を激しく揺らし、折れ曲がらせた。

「技は確かに、以前より数段練れている」

そう呟くが、自分すら騙せない呟きは、酷く耳障りだった。




……力が絶対的に足りない。これでは、質が高まっても、威力は以前の鉄也と同等がいいところだった。


「ク〜ン」

ふと、隣を見ると、服を咥えたラッキーが、こちらを見上げていた。服ぐらい着ておけ、と言うのだろう。

「ありがとう、ラッキー」

頭を撫でて、服を受け取るが、目の前にかざしてみて動きが止まった。



細く黒い飾り紐がおちこちに取り付けられて、華美にならない程度にレースの飾りまでつけられている、この服装は……


「……なんで、メイド服」

唖然として、他の服を探そうとしたが、そんな態度に呼応したかのうように、メンテナンスベッドの脇にあった機械から、ホログラフィー映像の人物が投影された。


「師父!」


『忠告は無駄になったようだな、鉄也。あぁ、音声には対応するように設定されているが、フォログラフィー映像に視る能力はない。あと、あまり難しい質問はしないでくれたまえ。あくまでも私は会話能力を付与された伝言ユニットに過ぎない』

 東光太郎博士の姿をした立体映像はそう言って、焦点のズレた視線を投げかけた。


――*――


服を着るように、とわざわざ、下着の付け方まで身振り手振りで説明しようとする立体映像に、鉄也は「や、やめてくれぇぇぇぇ! 師父のイメージが壊れる!!!」と叫んで懇願し、多くの試練を乗り越えて、なんとか白を基調としたメイド服を着込んでいた。

襟元の裏地が薄青色、あちこちに付けられた細く黒い飾り紐が独特のアクセントになり、華美なパーラーメイドから、更に間違って進化したような装い。

最後に透き通った黄色のカチューシャを頭につけて、姿勢を正す。

「師父、お聞かせください。この勤狗は何なのですか!?」

立体映像とて師は師である。鉄也は返事を待ち続けた。

『お前がどのような思いから、人の身を捨てたのかは敢えて聞くまい。その躰は、不裸衣勤狗シリーズの最新作……なのだが、これまでのものとはまったくコンセプトが異なる』

鉄也は静かに頷いて、続く言葉に耳を傾ける。

『不裸衣勤狗は高性能だが、筋肉質の巨体であるため、威圧感が有りすぎる。今後、一層の普及を計るためにも、人々の心に訴える別アプローチが必要だった』

「心に……訴える?」

『威圧感を与えず、人々から愛される広報活動専用不裸衣勤狗!その中でも、社員投票でも最後まで残ったのが、その”華奢案”だ』

「きゃしゃあん……!?」

『ちなみに、私の”新造人間”研究の最新作品でもある。徹底的に人の躰を模しているのはそのためだ。勤狗と違い、鋼化神経も、高強度ポリマーも使ってはいない。ほぼ100%天然素材で出来ている。自己修復機能によって、不裸衣勤狗を凌ぐ究極のメンテナンスフリーも実現した』

鉄也は、己の頬を触ってみるが、質感といい、弾力といい、人間の少女としてみても、まったく違和感がない。

『天然素材、つまり再設計し直したタンパク質やコラーゲンだ。間違っても勤狗相手に力で張り合おうとしてはならんぞ?暴走トラックに硬気功で立ち向かっても轢死体になるのがオチだ』



「師父、これ以外の服はあるのでしょうか?どうも落ち着かないのです」

というか、幼い頃、幼なじみの少女に、女装させられて、さんさん弄ばれた記憶のせいで、できることなら、すぐにでも男の服装に戻りたい。着心地はいいのだが、精神的には何かの罰ゲームをやらされている気分なのだ。

『それならば、奥にあるウォーキングクローゼットを見てみるがいい。こんなこともあろうかと、その身に合った服をいろいろと用意しておいた』

鉄也が見てみると、薄暗がりの中に、セーラー服や体操服、その他、確かにいろいろな服が用意されているのがわかる。……一端、目を閉じてみるが、やはり見間違えではない。



「……まさかとは思いますが、この姿、服の選択。師父の趣味によるものですか?」




鉄也の問いに、ホログラフィ映像が一瞬揺らいだ。

『鉄也、その問いは、私には難しすぎるようだ。他の質問にしてくれ』

立体映像の東光太郎博士は、いつもと何も変わらない。疑念を増すほどに。




「”新造人間”は、データ保存されている母さんを復活させるための礎。……それにしては、この姿。あまりに年齢設定が若すぎるのではありませんか?」

鉄也もあまり記憶にはないのだが、事故で鉄也が幼少の頃、母みどりは他界した。実際には、命尽きる前に、父である東光太郎が、復活を願い、データを保存していた。




鉄也の問いに、ホログラフィ映像が一瞬揺らぐ。

『鉄也、その問いは、私には難しすぎるようだ。他の質問にしてくれ』

立体映像の東光太郎博士は、いつもと何も変わらない。確信を抱くほどに。


更に質問を続けようとしたが、急にフォログラフィ映像が薄れ始めた。

『む! いかん、もう再生用電源も限界のようだ。ボディに関する仕様書は、メンテナンスベッドに入れてある。お前はもう鉄也とは名乗れまい。”新造人間キャシャアン”それが、新たな名だ。キャシャアンの名で商用登録されている。コピーライトのワッペンを付け……』

東光太郎博士の立体映像は言いたいことが沢山あるのに、といったゼスチャーをしたまま、最後まで一方的に話し続けて、途中で消えてしまった。




「ワン」

唖然としていた鉄也の心を呼び戻したのはラッキーの鳴き声。

「ラッキー、ありがとう。大丈夫だ、きっと――」

そこまで話しかけて違和感に気付いた。ラッキーの態度は、気遣いを見せてはいるが、鉄也に対するモノではない。どちらかというと余所行きの”よい子”な姿勢である。

「ラッキー、俺のことがわからないのか?鉄也だよ、ラッキー」

「ク〜ン」

懸命に話しかけるが、「冗談は止してくださいよ、お嬢ちゃん」とでも言うように、どことなーく哀れんだ視線を投げかけてくる。




ゆらりと立ち上がり、ラッキーを見下ろす。

「そうか、確かにすぐ解れ、というのが無理だった。だが、幼少の頃から一緒に過ごしてきた日々の思い出がある。ラッキー! 俺が鉄也だということを解らせてやるぞ!」

女の子が無理に男言葉を話そうとしても痛々しく聞こえるだけだが、今はそんなことは気にしている場合ではない。


  ラッキーに、己を理解させる程度のことすらできずして、どうして、この身でビルを倒すことなどできようか!



「昔から頑固だったよな、ラッキー。だけど、根性なら負けない!覚悟しろよ」



かくして、それから一週間あまり”説得”を続けた結果、最後にはラッキーは俺の主張を理解してくれた。いい加減、付き合いきれないと根負けしたかのようではあったが、それはそれ。

忠実な自動機械犬「ラッキー」という心強い味方を得たことで、絶望の闇に沈んでいた心の奥底に、僅かだが希望の光が差し込むのを感じた。


――*――


東光太郎博士の邸宅に走ってくる小さな自転車。乗っているのは、長い金髪をツインテールにしている見目麗しき少女。赤いワンピースが醸し出すシンプルなボディラインが清楚さを演出する。


  少女の名は上月ルナ。

世界的電子工学の第一人者にして、東光太郎博士の竹馬の友。上月博士の一人娘だった。

「おかしいわね、一週間も連絡がつかないなんて」

不安そうな目を丘の上にある館に向けるが、室内に明かりがある。誰かいるのは間違いない。



正面玄関まできて、爆撃にでもあったかのように壁が崩れ、木々が捻り折れている。一体、何があったのか不安が更に膨れる。悪意持つ者に襲撃された、というのだろうか? でも報道は何もされていない。


  五感を研ぎ澄まし、正面玄関の向こうから近づいてくる気配に意識を集中する。



立て付けが悪くなった大型扉を両手で懸命に押して、若い娘が現れた。傍らには、護衛のためか、蒼い外装の戦闘用自動機械犬を従えている。

平成時代に流行ったとかいうメイドの服装のようだが白が基調。服の作りはフレンチメイドのような破廉恥さはないものの、決して仕事向きではない。

なにより、時間がなく慌てたかのように雑な着方であり、髪も僅かだが乱れている。化粧もしていないようだし、何か後ろめたいことがあるのか視線を合わせようとしない。

それでもこの少女が持つ愛らしさが損なわれているわけではない。金色の長い髪は透き通るように輝き、白い肌にはしみ一つなく、緑色の瞳も宝石のよう。



  結論。



   この女は敵ね


「鉄也はどこ?」

ルナは努めて冷静さを装った声で、少女を問い詰める。同情したくなるほど慌てて、私の前に立ち塞がって、侵入を阻止しようとする。

「貴女に用はないの。鉄也は?」

少しだけ視線を強めて、威圧すると、哀れなほど怯えた目をして後ずさった。

  あぁ、なんだろう? この苛めやすさは?
  なんだか、初めて会った気がしない。

「て、鉄也は遠くに旅立っていってしまったのです。連絡はつきません。東博士もビルの元に身を寄せています」

メイド服の少女は冷や汗を流しながら、努めて落ち着いた口調で最後まで一気に話した。



  あぁ、そうですか。
  鉄也と名前で呼べる仲なんですか、そーですか。



あぁ、もう、鉄也を捕まえて、問い詰めたい、小一時間問い詰めたい。私というものがありながら、いつのまに、こんな女に手を出したのか、とぉ!


だいたい、私や鉄也みたいに、躯を鍛えるアウトドア派なんて、数えるほどしかいないっていうのに。……その中にこんな女がいたら、忘れるはずがない。

一瞬、目の前の少女が、よく出来た自動人形なのではないか、と疑う。……それはない、とすぐに自らの考えを一笑に付した。どれほど外見がよくできていようと、自動人形には心がない。心があるかのように振る舞うことはできても、本能に基づく反射的な行動がない。

でも、目の前の少女は、……私に対して明らかに怯えている。もう、思わず悪かった、と謝りたくなるほど、に。



それにしても、叔父様までビルの元……ビルって誰だっけ?
えーと、確か鉄也の家にずーっと前にいた自動人形が確か、そんな名前だった気がする。



  ………何か引っかかった。



 そう、普通なら、ビル、ではなく”首相代行”とか、”勤狗のボス”とか言うはず。勤狗の名前なんて普通は呼ばない。



「じゃ、ラッキーは? 鉄也が飼っているボクサー犬よ」

鉄也の家にいるのは、叔父様と、鉄也と、犬のラッキーだけ。でも、この家からはほとんど獣の匂いが感じられない。



「ワン」

蒼い外装の自動機械犬が、まるで自分だ、というように鳴いて身を寄せてきた。というか、なんか、ものすごーく、犬っぽい仕草。この、”撫でて、撫でて”というように首の辺りを脚にすり寄せるのなんか、特にラッキーそっくり……




ルナはゆっくりと膝をつくと、自動機械犬の金属とも、プラスチックとも違う感触の外装を撫でてみた。嬉しそうに、声を漏らす態度を見ると、あまりに犬に似過ぎ。





  なんだろ、この違和感。


「ねぇ、ラッキー? 鉄也がどこにいるか知らない?」

それは賭けだった。ラッキーを参考に作られた自動機械犬なら、もしかしたら、ラッキーと一緒に過ごさせていた、なんてこともあるかもしれないし、少なくとも、目の前のメイド服の少女よりは素直だろうから、と。




「ワン、ワン」

自動機械犬は、それならお任せ、というように軽やかに走ると、メイド服少女の隣に座った。ほらほら、これが鉄也なんですよーと言わんばかりの態度である。



  いなくなった鉄也とラッキー。
  代わりにいるメイド服少女と自動機械犬。




ルナは微笑んだまま、静かに自動機械犬の隣に膝をついて頭を撫でた。

「そう、ラッキー、偉いわね」

いつもと同じように、満足そうな顔をして撫でられるままにしている。隣に立つメイド服少女の氣が乱れ、気圧されるようによろめく。




  あぁもう、なんで、こんなにわかりやすいのかな、こいつは!



「ねぇ、鉄也。怒らないから何があったか話してちょうだい」

柔らかな猫撫で声が、ルナの口から紡がれる。



予想通り、哀れなメイド服少女が、息をするのを忘れたまま、凍り付いていた。


あとがき

「新造人間キャシャーン」に「超兄貴」を混ぜて、更に「鬼哭街」のような武侠テイストで。そしたら、こんな物語になっちゃいました。登場人物の性格が全然、原作と違っちゃってますけど、「キャシャアン」の世界なのだと心を切り替えてくださいね。後編、キャシャアンの活躍にご期待ください。え? 鉄の悪魔を叩いて砕く? よしてください、そんなご冗談(^^) 鉄を叩いたら痛いだけですってば(笑)


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