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 目が覚めたら、とにかく「女」になっていた。





TS熱 −唯史の場合−

作:sino




 胸に感じる異様な重みが、自分を女だ女だと言いきかせてきた。
 左腕に点滴を刺している感覚があり、病室の天井を見つめる視界を動かすと、母が目に入ってきた。
「起きたのね。唯史……」
「うん。」
「事情は判っている?」
「……『TS熱』だろう? そんなことを聞いた記憶がある。」


 熱が出て体調が悪くなったので、近所の医者に見てもらった。その時には「風邪」と診断された。
 薬を貰って家に戻ったが、熱が下がらず翌日救急車でこの病院に運ばれたのだ。
 熱と体の変化の為朦朧とする途切れ途切れの意識の中、「TS熱」と言う言葉が耳に入っていた。
 母の通報で病室にやって来た医者は、30にはならないくらいの女医と看護婦だった。
「熱が下がったので、取り合えずは危機は脱しました。」
 医者は、体温計の表示を見ながら、俺と母親にそう告げた。
 そして聴診器を手に持ち、
「胸を広げて。」
 医者と一緒に来た看護婦に背中を支えてもらいながら上半身を持ち上げると、胸に水袋が動くような違和感をおぼえた。
 点滴の管をはずし、ガウンから腕を抜いてシャツを下から持ち上げた。
「……立派になったものね。Dカップくらいかしら?
 問題が無ければ、これから一通りの検査を受けてもらいます。」
 俺は自分の物となった胸の膨らみを見つめていたが、そういうことを無視しながら彼女は診察を始めた。
 一通りの診断の後、
「ちょっと心理テストをするので、協力してくれない?」
 俺は50近い質問に答えた。そして最後に、
「あなた、男に戻りたい?」
「はい。」
「……分かりました。質問は終わりです。
 何度か同じような質問をすると思います。取り合えず体力の回復するまで2日ほど入院してもらいます。
 まあ、熱が下がってしまえば医者の関わることはほとんどないのですが、症例が少ないこともありまして、うちの病院ではTS熱は初めてなんです。
 専門家とやり取りをしていますが、私の問い合わせている専門家が、特にメンタル面でのデータを集めているのですよ。
 ……本当は転換する前の情報も欲しかったのですけどね。それではお大事に。」
 そう言って彼女は去っていった。


 それからが大変だった。いきなりシャワーを浴びることになったのだ。
 まあ、熱を出して汗を掻いたのだから当たり前だが、心の準備が出来ていなかった。
 脱衣所に連れて行かれた俺が、病院のガウンを脱ぐのにもたもたしていると、
「ここには女性しかいないんだから、恥ずかしがらないで、さっさと脱いで。」
 看護婦さんに服を脱がされた俺は、脱衣所にある大きな鏡に映った自分の姿を初めて確認した。
 Dカップの胸く少しびれた腰、そして……
 もともと女顔ではあったが、面影は残っているものの顎のラインが丸みが帯び、完全に女性の顔に変わっていた。
「これが……俺?」
 と、お約束な台詞の後、
「よかったわね。美人になれて。どう見ても元男には見えないわね。
 ……さっき男に戻りたいようなこと言ってたけど、何か勿体無いんじゃない?」
 と、看護婦さんに言われた。
「これからいろいろ検査があるんだから、さっさと体を洗っちゃいなさい。」


 確かにその後は忙しかった。
 身体測定、血液検査と、待ってましたとばかりに引きずり回され、最後は頭にCTスキャンをかけられたのだ。


 翌々日、午後の退院を前にして心理テスト(ペーパー)・CTスキャンを含めた検査の後、先生の診察を受けた。
 先生自身、TS熱の患者は初めてなので、「情報集めに時間が取られていたから、ゆっくり説明する機会が無くてごめんなさい。」などと言いながら、
「当面の治療方針を決める必要があるわね。TS熱について普通の辞書にはこんな事が書かれているの。
 ……割と分かりやすい表現だから、印刷してきたわ。」
 パソコンからプリントアウトされた紙と、カードを手渡された。紙には、

「TS熱」
 第二次性兆期から30歳くらいまでの男性がかかる病気で、1ヶ月から2ヵ月の間、女性に性転換してしまう。
 一度かかると二度とはかからない。発生例が少なくそのほとんどが男性に戻っている。
 初期の症状は風邪に似ている。性転換する際高熱を出すので、適切な治療が必要だが、生死に関わる病気ではない。

 そしてカードの方には、俺の名前、「成澤唯史」と書いてあった。
 いくつかハンコを押す欄があり、一番始めには先生の判が押されていた。
 欄の横を見ると、「身体の女性化の進行度」とあり、今の俺の身長・体重・スリーサイズと血液検査の結果が書き込まれていた。
「このカードは?」
 俺が尋ねると、
「TS熱は、身の周りの品の買い替え等でお金がかかるので税金の還付の対象なの。それからカードの写しを学校に渡す事で、症状の進行を確認して貰って配慮の参考にしてもらうの。
 あと、以前は家庭裁判書で判決してもらっていたんだけど、万が一男に戻らなかったときに戸籍の変更をする為の証明になるの。」
「男に戻らない時の為ですか?」
「そう。実は一割ぐらいの患者が男に戻っていないの。その下の欄に生理の項目があるでしょう?」

生理(一回目)  年  月  日
生理(二回目)  年  月  日

「生理が女性化の進行の目安になるのよ。TS熱の場合、転換して始めの2週間は女性化が進むの。
 普通はここで卵巣化した精巣が元に戻り出して、大量の男性ホルモンが分泌されて再転換の準備が始まるんだけど、女性化が進んでいる場合、男性ホルモンは出ないで3週間目ごろ生理になるの。」
「…………」
「でも、一度生理になっても、落ち着いた頃に卵巣化した精巣に変質が起こる場合があるの。そうすれば男に戻れるわ。
 その場合も、血液検査等で体内のホルモンバランスを調べて戻れるかどうか判断するんだけど、2度めの生理になってから戻った症例は今のところ確認されてないわ。だから、その時点で女性化が固定したと判断されるわけ。」
「女性化の……固定、ですか?」
「そう。男に戻れない……これがTS熱の持つ問題の一つ。
 でも、私の相談している専門家は、もう一つの方が問題だと言っているの」。
「……もう一つの問題?」
「TS熱の場合、転換する際に高熱を出すことに対処する以外、特に治療をしないで自然に任せるべきだというのが大多数の意見なんだけど、一度女になって男に戻れた患者の中に、性同一性障害の報告があるっていうの。」
「性同一性障害? あの心の性と体の性が合わない為に起こるっていう……?」
「……そうよ。TS熱の場合は2通りあるわ。
 普通TS熱で性転換した場合、しばらくは精神も女性化していくの。ところが、心が男性のまま、男に戻れないケース……これは意外と報告例がないの。本人が男だった事にこだわっていても、心理テストの結果なんか見てみると全て女性へ適合しているの。
 ……次は、体が男に戻っても心が女性化したままのケース……」
 そこで彼女はコンピュータのディスプレイを俺にも見えるように動かし、マウスを操作して、二つの画像を映した。
 脳の断面の画像であった。
「私が相談している専門の先生から貰った資料なんだけど、脳にも性別があるのよ。
 たまたまこの患者は別の件で頭にCTスキャンをかけた事があるの。」
「…………」
「左がTS熱にかかる前の脳、右がTS熱から男に戻った後の脳。……この部分、右脳と左脳をつなぐ部分なんだけど、明らかに太くなっているの。これは女性の脳に多い特徴よ。」
「…………」
「つまり、脳が女性化したまま体が男に戻ったの。今、彼は性同一性障害者として治療をうけているわ。」
 彼女はマウスで別の画像を開くと、
「普通はこのように、一時的に女性化しても男の脳の形に戻るものなの。」
 そして彼女は再びマウスを操作して、
「これが一昨日撮ったあなたのCTスキャンの映像よ。そしてこっちが今日の。女性の脳に近づいているわ。
 ……例外はあるけど、普通転換して2週間は脳も女性化が進むから、心配しても仕方ないんだけど。」
 そして彼女は俺に視線を移した。
「……で、TS熱の治療がこう言った問題を無視して自然に任して良いのかどうかという事なの。
 心が女性のままなのに体が男に戻ってしまっていいのか。つまり人によっては再転換させない方がいいんじゃないかってこと。
 実はTS熱で女性化したのを再転換させない方法が2通りあるのよ。
 確実性はないけど、一つは薬を使った方法……これは性転換して数日のうちに始めないと効果がないわ。つまり女性化が進行している間に、さらにそれを刺激して女性化を進めてしまうの。
 どの薬を使うかは、興味本位で実行されないように公開されていないんだけどね。
 そう言うわけで、男に戻りたいかしつこく尋ねていたの。本人の意思確認がないと、使えない仕組みになっているから。
 ……どう? 男に戻りたいのよね?」
 俺はすかさず、「戻りたいです。」と答えた。
「そう……」
 先生は少し残念そうな顔をして、説明を続けた。
「もう一つは手術よ。ただ、これはこれで問題があるの……」
「問題、ですか?」
「この方法で女性に留まった場合、子供を作る事が出来ないし、一生女性ホルモン剤を飲みつづける事になるわ。
 ……まあ、本当の女性でも、病気でこう言う治療をしている人もいるんだけどね。
 この手術は、結果的には卵巣化した精巣の除去なの。さっき言ったように、TS熱の場合、精巣が卵巣化して女性ホルモンを出して体を女性に変えていくんだけど、逆に男に戻り始めるときはそこから男性ホルモンが出てくるの。
 つまり、卵巣化した精巣を取り除き、女性ホルモンを薬で与えることで男性化を食い止めるわけ。」
「…………」
「実際私の相談した専門家は、このことを意識して患者を治療しているの。
 こちらの方は報告例もかなりあるけど……この治療を受けた人達の多くは薬で治療しなかったことを後悔しているらしいわ。
 どう? やっぱり男に戻りたい?」
 流石に即答は出来なかった。黙っていると、
「性同一性障害にかかった報告はまだ数例だから無理に進めないけど、転換初期は体も心も女性化するから、女性に固定するぶんにはそう言った問題は起きにくいの。
 私個人の意見だけど、あなたの場合はっきり言って美人だし、プロポーションもいいから、外見から女性として生きることを選んだ方が特じゃないっかって思ったから……」

 結局、俺の治療方針は自然に任せる事になった。



 翌日、俺はセーラー服を着て学校への道を歩いていた。
 となりにはクラスメイトで悪友の赤羽がいる。
 奴は今朝、突然学校指定のセーラー服が入った袋を持って訪ねてきたのだ。
「先生から頼まれたんだ。こういうケースは、初日ちゃんと学校に出席させないと下手をすれば登校拒否になってしまう場合があるから、迎えに行ってくれって。」
 そう言って、俺の準備が済むまで玄関で待たれてしまった。
 俺は学校に行かざるを得なくなった。
 監視されているような雰囲気の中、暫らく無言で歩いていたが、じっと見つめる赤羽の視線に耐えきれず、
「何? セーラー服なんて着た事ないから判らないんだけど……何処かおかしいトコある?」
「イヤ別に。すごく似合っているよ。どこから見ても女子高生だ。
 しかし、TS熱って言うのはすごいもんだな。胸なんか特に……しかも、かなり可愛いし。
 俺の希望としては、ずっとそのままでいてもらいたい。」
 赤羽の奴がそんなこと言うもんだから、俺は顔を赤らめながら、何とか話題を変えねばと思った。
「……俺が休み中に何か変わった事あった?」
「文化祭の例の件、決まったよ。」
「例のって……確か誰かのつてで、“ロイヤル・キャロット”の制服を手配するっていうやつか?」
「ああっ、女子が反対していた件だよ。条件付きで『OK』だって。」
「フーン。確かにあの制服って胸を強調するし、下はビラビラした短いスカートだから、着る人間選ぶモンな。」
 俺はクラスの女子の、スタイルの良い何人かのウェイトレス姿を想像した。
「親父の一眼レフ、借りた方がいいかな……」
「おっ、カメラあるのか?」
「俺の親父、ビデオ親父だったんだよ。
 今はそうでもないけど、小学校の頃はイベント毎にビデオカメラ抱えて、肩には一眼レフぶら下げて熱心に俺を撮っていたモンな。……ま、中学になった頃から、『男はつまらん』と言って撮らなくなったけど。」
「ふーん。じゃ、今回TS熱になって撮られまくったりしてないのか?」
「長期出張で今家にいないんだ。……確かに言われてみればぞっとするな。家にいたらって思うと。」
「でも、撮る暇ないんじゃないか?」
「なんで?」
「いや、お前はウェイトレスの担当になってるぞ。」
「なんだって? この間のホームルームでは、確か俺は仕入れになっていたはずだぞ。」
「文化祭は来週末だぞ。そのときまだお前女だろう? 女子の出した条件ってそれなんだ。
 折角、この件を推進している成澤が女になっているんだから、当然ウェイトレスをしてもらわないとって……」
 俺は体の向きを180度回転すると、
「やっぱり、休むっ。」
「もうすぐ校門だぞ。ここまで来て嫌だなんて言うなっ。」
 赤羽は嫌がる俺を、学校へ引きずっていった。


「成澤……くん?」
 校門をくぐると、俺を呼び止める声が聞こえた。
 声の方に目をやると、委員長の水野智子がいた。彼女は俺の姿を頭からつま先まで見ながら、
「職員室に連れてくるように先生に頼まれて待ってたんだけど。
 ……しかし、見事に女になったわね。セーラー服まで着て。赤羽くんと一緒じゃなかったら見逃していたわ。」
「服は赤羽が持って来てくれたんだ。それにこの胸じゃ男の時の服は入らないし。
 ……で、なんでまた?」
「直接教室に行かすと大騒ぎになりそうだし、それと性転換中の注意事項の連絡ですって。」
「注意事項?」
「体育の授業とか、着替えとかだけど、職員会議で決まった事らしいわ。」
「委員長に捉まったんなら、もう逃げられないな。……それじゃ、俺は先に教室行ってるから。」
 赤羽は片手を上げながら、校舎に入っていった


「失礼します。成澤君を連れて来ました。」
 職員室に入ると、担任が手招きしてきた。
「おう、こっち、こっち。」
 委員長と一緒に担任の前に行く。
「それでは、私はこれで。」「うむ、すまなかったな。」
 彼女が職員室から出ていくと、担任は俺の方に向き直り、
「しかし、見事に女になったもんだ。ご家族に体のサイズを聞いて制服を渡しておいたのだが、ちゃんと着てきたようだな。」
「このセーラー服って、学校が手配したんですか?」
「それは水野の制服の予備だ。今、同じサイズの卒業生に貸して貰えるように交渉している。
 職員会議の決定で、お前を女子として扱う事が決まったからな。」
「女子としてですか?」
 ワープロで打たれた一枚の紙を確認しながら、担任はうなずく。
「……と言っても、授業では体育くらいかな。
 男子の中に、仮にも一人だけ女子が混ざるのはいろいろ問題があるだろう。体力差もあるし。
 ただし、着替えやトイレは不自由だろうが職員用のものを使ってくれ。女子のなかには男に戻る予定のあるものと一緒に着替えるのに抵抗のあるものもいるからな。」
「今、男子の体育ってサッカーで一番面白い時期なのに……」
「まあ、仕方ないだろう。医者から聞いているだろうがごくまれに男性に戻らない事あるらしいじゃないか。
 もしそれが確定したら、普通の女子として扱うことになるからな。
 さて、そろそろ始業時間だな。教室にいくぞ。」


 その頃教室では、赤羽が親しい仲間たちと唯史のことで話をしていた。
「それじゃ、あの女の子が成澤だってのか?」
「女装させたら似合うと思ってたけど、あそこまでとは……」
「おいおい、俺来たばかりで見ていないんだけど、そんなにかわいかったのか?」
「遠回りしてわざわざ迎えにいったかいがあったぜ。」
「今どこにいるんだ?」
「職員室。委員長が連れていったぜ。」
「……赤羽くん。例のもの手に入ったよ。」
 男子生徒の一人、十条が話しかけてきた。
「本当か?」
「ああ、あの情報が本当かどうか確認したいしね。」
「しかし、何所から調べたんだ? 俺も英語のサイトを含めてネットで調べたけど、全部非公開になってたぞ。」
「ああ、日本語、英語のサイトは全部押さえられているよ。……実はアラビア語のサイトにあった。」
「アラビア語?」
「あっちの方は一夫多妻の国があるからね。そう言うことがタブーじゃないんだよ。」
 十条はそう言いながら、袋を赤羽に手渡した。
「使い方は?」
「一日二回、一回一錠づつ、一週間。」
「例のものって何?」
誰かが尋ねた。
「男性ホルモン剤さ。」
「ああ、成澤のために手に入れたんだよ。」
 にやっと笑いながら、赤羽は袋を受け取った。


 一方、唯史を職員室に連れていってから教室に戻った委員長こと智子は、仲の良い友達と話していた。
「智子 なに落ちこんでいるの?」
「成澤君、職員室に連れていったんだけど、予想と違ってまるっきり女の子なんだもの……」
「例の文化祭のウエイトレスのコスチュームの件ね。」
「赤羽君たちがもっと色っぽい格好しろってはやして立てていて、なかなか決まらなかったのを、その仲間の成澤君がTS熱で女になったのを利用して懲らしめるつもりだったんだけど。」
「ロイヤル・キャロットの制服だったけ?」
「そう、結構胸あったし、ぴったし似合うでしょね。あれが元男と思うと……」


 始業のベルが鳴り、担任が教室に入ってきた。
「起立……礼っ。」
 委員長の号令のあと、朝の挨拶が行われ、ショートホームルームが始められた。
「みんなも知っているように成澤がTS熱にかかって女になった。……入れ、成澤。」
 頭をたれながら、俺は教室に入った。
 ざわざわと「かわいい」とか「これ、本当に成澤?」とかいった声がきこえてくる。
 教壇の横に立った。
「見ての通り、全く女生徒といって差し支えない。体育は女子、着替えやトイレは職員用を使ってもらう。
 ……水野。」
 委員長に向かって担任が言う。
「はい。」
「女性初心者だ。いろいろあるだろうから面倒見てやってくれないか。」
「わかりました。」
「成澤。席について。」
 俺は頭をうつむきなしながら席についた。
「ほかに連絡事項はないので、ホームルームはこれで終了する。」
 こうして俺の女子高生一日目が始まった。
 ホームルームが終わり、俺の回りを男子生徒が取り囲んだ。
「女になるってどんな気持ちだ?」
「かわいいじゃねいか?」
「女のままでいてくれないか?」
 俺が驚いて黙っていると、
「やめなさいっ。」
 と委員長が怒鳴った。
「先生の言う通り、成澤君は私の管轄になりました。成澤君も女になってナーバスになっているのよ。あんまり責め立てたらいけないでしょ。……それから成澤君、ちょっとこっちに来て」
 俺が席を立ち上がり委員長の方にいくと、
「何だよ」
 彼女は小さな声で、
「成澤君。これは忠告なんだけど、あんまり男子生徒だけのグループで人気のない所にいかないようにしてね。」
「?」
「ある男子校で性転換中の男子生徒が友達とふざけている内に、どこがどう変わったかって話がエスカレートして、集団暴行事件に発展したの。
 あなたから見れば彼らは同性でも、彼らからすればあなたは異性なのよ。」
「ああ。」
「そう思ったら、しばらくは私と行動をいっしょにするのね。」
「ええ!?」
「仕方ないでしょう。先生に頼まれたんだから。」
「ちょっと、智子っ。」
 彼女のグループの女の子の一人が、
「一緒に行動って、男に戻る予定の人を女子のグループに入れるのはちょっと……」
「……問題が起きると困るのよ。だけどある程度制限はつけるわよ。
 いいわね、成澤君。それに、あなたたちだって、成澤君まんざらじゃないって言っていたじゃない。」
 おっ、それは知らなかった。さらに委員長が続ける。
「こっちのテリトリーにいる間に女の子のこと知ってもらう事は、決してマイナスじゃないわ。」
「なるほど。で、制限って?」
「たとえば私たちだけで話があるときは、ちょっと席をはずしてもらうとかね。
 ……というわけで、成澤君。よろしくね」
「ああ。」
 ほかの女子も軽く挨拶をする。
 そうこうしているうちに授業が始まった。
 休み時間の度に俺に近づく男子生徒をけん制するため、委員長は俺を自分の席に呼ぶ。
 集団暴行なんて話を聞かされたため、とりあえず委員長のことに行くが、はっきり言って話について行けない。
 あっちの店のアクセサリーが可愛いとかなんって俺は興味がない。
 きっと俺がいるので、表層的な会話になっているのだろう。
 委員長は好意で言ってくれているのだろうが、こんなグループと一緒に一ヶ月はつらいな。


 そして3時限目と4時限目の間の休み時間。
「少し、唯史貸してくれないか? 5分でいいから」
「5分じゃ変なことできないでしょうから、いいわよ。」
 そういうやり取りの後、赤羽が俺を教室の隅につれていった。
「女同士の話ってどんな事話すんだ?」
「いや、まだそんなに話していないから、たいした事は何も。」
「そうか。まあ、そんなことはどうでもいいんだが、唯史の為にいいもの手に入れてやったんだ。」
「いいもの?」
「ああ、男性ホルモン剤さ。」
 赤羽が俺に袋を渡す。
「男性ホルモン?」
「女性化の進行が抑えられるぜ。ただ、男性ホルモンはスイッチのようなもんだから、あんまり量を飲んでも仕方ないんだ。
 適量をこまめに飲むこと。この薬の場合は一回一錠、一日二回。……一週間分あるから」
「へえ、ありがとう。……でも、赤羽って俺にずっと女でいてもらいたいって言ってなかったっけ?」
「俺は友達思いなんだ。
 ……まあ、下心がないわけでもない。お礼にデートしてほしい。」
「デートぉ?」
「H付きの。」
「Hって……」
「よく考えて見ろよ。TS熱は一過性の病気だ。一ヶ月後に男に戻ったら、もう一生女になれないんだぞ。体験できるものは体験したほうがいいと思うぜ。」
「だからってHをか?」
「普通、男は女がどう感じているかなんて一生わかんないんだ。女になっている間にそれを経験しなくていつするんだ?」
「う〜ん」
「来週は文化祭ウィークになるから、その代休日はどうだ?」
「代休日は病院に行く日だから、だめ。」
「じゃ、再来週だな。まあ、前向きに検討してほしいだ。」

 昼休みの食事の後、早速、赤羽に貰った薬を飲んでいると、委員長が俺の横に来た。
「何飲んでるの?」
「ああ、さっき赤羽に貰った男性ホルモン剤。」
「男性ホルモン?」
「女性化を抑えるためだって。」
「あやしいわね〜。」
 委員長は薬を見ながら、
「名前が書いてあるわね。ちょっと貸して。」
 鞄からPDAを取り出すと、包みに書いてあった薬名と会社名と思われるものを検索エンジンに入力し、暫らく調べてから、
「……間違いなく男性ホルモン剤ね。」
「ほっ、よかった。」
「赤羽君なら、だまして女性ホルモンを渡すかと思ったわ。」
「そこまでヒドイやつとは思わないけど、さっき飲んじゃってから心配だった。」
「これ以上女ぽくなるのも善し悪しだから、いいんじゃないかしら。」

 そんなやり取りのあと、午後の授業を終え、登校初日は終わった。




後書き

 エンドレスストーリーで出てきた一過性の性転換症(WAFUさんのツリー)の話で、私が繋げていった部分をライターマンさんの「俺の女子高生な日々」で出てきた"TS熱"の話に置き換えました。
 かなりオリジナルの設定が入ってしまって、ライターマンさんスイマセン。
 「第二掲示板」に載せたら一部の人に好評だったので、区切りのいい所まででまとめてみました。

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