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「やっぱり・・・何かある、よね・・・・」
「でしょでしょ!? 千春もそう思うでしょ!?」
「確かに、ただ事じゃなさそうだな・・・」
 三人が三人とも、疑惑を確信に変えていた。



みらくるCHANGE☆すてーしょん


作:Kardy
方言協力:MK8426様


第2話 「あいつが恐怖のトレーダー!!」

〜西武ライオンズ・リーグ制覇記念改訂版〜






 東京湾岸・さくらテレビ4F。番組出演者の楽屋は、主にここにある。
 廊下一面に続く、通称「楽屋回廊」は、全スタジオの全出演者に個別に与えても余るほどの部屋数。
 おまけに人気急上昇中のライナとなれば、専用楽屋が与えられても不思議ではない。
 問題は、その楽屋になぜ、こんな不気味な張り紙がべたべた貼り付けられているか・・・である。
 張り紙に曰く、

「覚悟していろ」

 人気アイドルのストーカー騒ぎは、便乗犯を恐れて事務所側が公表したがらないケースが多く、こうやって「季節の変わり目だもん、こういう電波君も多くなるわよ」的な扱いを受けるケースも含めると、全てのアイドルやアーティストは、「ほぼ毎日」誰かのストーキンクを受けていると言ってよい。
 しかし、この文面はライナの2人にとっても、マネージャーの中嶋にとってもインパクトが有り過ぎた・・・


「こりゃ・・・ちょっとやそっとの怨恨じゃないな・・・」
「・・・舞香ちゃん・・・」
「・・・なによ?」
「・・・さっさと謝っちゃいなよ」
「な、何言ってんのよ! あたしのせいだって言うの!?」
「だって、ボクの方は全く身に覚えがないんだもん! だからてっきり舞香ちゃんが・・・」
「のほほんな笑顔で、随分キツい事言ってくれるわね。・・・だいたい、こういう手合いってのは、あたしたちの何気ないしぐさに勝手な怒りを並べ立てて、具にもつかない方法でアピールしてくるのが常套手段なのよ」
「特に千春の場合、女受けが意外と悪いからな」
「そうそう。『大友千春の巨乳うざくない?』とか、『大友千春ブリブリ超キショ』とか」
「巨乳はボクのせいじゃないし、喋り方はいつもと変わんないもん・・・。だいたい、それ言い出したら舞香ちゃんだってそうじゃないか!」
「はぁ!? あたしのどこがよ?」
「この間、ちゃんねる7に書いてあったよ。『垣内舞香超タカビー! 詩ね!』とか」
「あんた、まだあんな所に出入りしてたのね・・・(--;」
 このままでは話が進展しないと判断した中嶋が、口論を遮った。


「ともかく、いくらお前達に恨まれる心当たりが山ほどあるとは言え、これはちょっと異常だ。この間も言ってたように、社長と相談して、しばらくは警戒態勢を強める事になる。・・・お前達もそのつもりでいてくれ」
「はぁ、アイドルも辛いわよね」
 舞香が溜息をつく。
「それから、特に千春!」
「は、はいっ!」
「・・・プライベートにまで首を突っ込みたくはないが、あまりアイドルらしからぬ行動も俺はどうかと思うぞ。特に『ちゃんねる7』みたいな所はな・・・」




 超人気アイドルデュオ「ライナ」。
 内気な巨乳美少女「大友千春」と、活発なモチ肌美少女「垣内舞香」の2人で構成されるこのデュオには、公表できないある秘密があった。
 実は2人とも、なんと戸籍上はれっきとした「男」なのである。
 平凡な男子高生生活を送っていた大友進&垣内哲也は、とある悪戯がきっかけで、本当に「パートタイム美少女アイドル」になる運命を背負う事になる。
 しかも、本人たちはそんな生活に味を占めるわ、人気はうなぎ上りを続けるわで、事務所関係者の胃腸薬消費量は日増しに増える一方。
 今日も今日とて、社長やマネージャーの心配をよそに、2人はこれでもか・・・とばかりに美少女アイドルを演じ続けるのであった。


 さて、そんなライナに、1週間前に届いたメール。
 内容は「お前達の時代も終わりだ」という、よくある嫌がらせの類。
 案の定、その文面はライナが目にする事も無く、ゴミ箱に捨てられた。


 それから3日後、久々のオフ。進は「ちゃんねる7」でとんでもないスレッドを目にした。
 曰く、

2011/07/08 癩納がマイクを置く時 (251)

 今日は7月9日。わずか1日でこれほどレスがつくのは異常である。
 驚いた進がスレッドを開くと、中にはライナに対する罵詈雑言の嵐。
 しかも、同じような文面が何件もレスとして書き込まれている。・・・どうやら自作自演のようだ。
 あまりにも執拗な手口に、進は「もし千春に変身してる時に、こいつが襲ってきたら・・・」と恐怖した。


 翌日、千春から報告を受けた中嶋は、「何か、ライナにとんでもない恨みを背負った奴がいるみたいだな」と分析。
 さらにその日の夜、帰宅途中の舞香が「誰かにつけられているかも・・・」と中嶋にコール。
 早速事務所で対応を協議し、今後何か特別な事情があれば、警備要員の増援も検討する方向で話がまとまっていた矢先のことだった。




 30分後、現場となった楽屋。
 STBの局員や警備員がやってきて、あれこれと検証している。
 ライナの2人は、中嶋から足止め令を言い渡され、さっきからこの楽屋を動けないでいた。
「ねぇ、いつまで、何を待ってればいいのよ!?」
 舞香がブーたれていると、楽屋に黒コートの青年がやってきた。
「どうもっす! すいません、道が混んでて・・・」
「あぁ、ご苦労さん。とりあえず、今日は事務所に寄ってから、この子達を帰すだけなんでね」
「あれぇ? どうしたの貝塚さん」
「社長に呼び出されたんだよ。なんでも、君達の警備に当たるとかで」
「そういう事。さっき社長と相談して、とりあえず、お前達を1人にしないようにする。そんなわけで貝塚、おまえは舞香についてやってくれ」
「えぇっ!? 僕が舞香ちゃんの担当っすかぁ!?」
 貝塚が嫌そうに叫んだ瞬間、舞香がヒールスタンプを食らわせた。
「何か御不満がありまして?」
 にこやかに語り掛ける舞香。しかし、その目は笑っていない。
「いえ、つつしんでごけいびのにんむはいじゅつかまつるしだいでごじゃいます」
 空ろな目でこたえる貝塚。
「てなわけで、千春は今後俺と一緒に行動する事」
「うぅ・・・中嶋さん、ボクとの会話がほとんどないんだもん・・・あ、そうだ! 貝塚さん、どうせイヤならボクの担当に・・・」
「それはダメだ!」
 中嶋がきっぱりと却下する。
「・・・今の一撃を見ただろ? 舞香なら、正面切って1by1の勝負に持ち込めば勝てるかも知れない。
 しかしお前の場合、相手が現れただけで戦意喪失、そのままお持ち帰りなんて事態にもなりかねん。・・・万が一に備えて、千春には戦闘力の高いサポートがついていた方がいい」
「そうだね。舞香ちゃんなら、うまく行けば僕以上の戦力に・・・げふっ!!」
 昏倒する貝塚。
「・・・乙女のデリカシーを傷つけた報いよ、まったく!」


「とにかく、今後はどこから狙われてもいいように、警備体制を強化する。・・・あ、それから東出さん!」
 中嶋が、さくらテレビ警備担当の東出を呼び止めた。
「先ほども申し上げましたが、こういう事態ですんで、局内警備の強化をお願いします。うちのタレントのせいで、他の事務所さんに迷惑かかったらシャレになりませんし・・・」
「ええ。それはもう、私の職責にかえましても!」
 それだけ言うと、東出は足早に楽屋を立ち去った。
「さて、俺たちも事務所に戻ろう。貝塚と舞香も、とりあえず俺の車に乗ってくれ」




「・・・いや、むしろ俺は内部犯行説だと踏んでる」
「内部犯行・・・つまり、局内の誰か、あるいは別の芸能関係者が犯人って事?」
 難しそうな表情で舞香が答える。
 中嶋の運転するワゴンは、舞香と千春を家へ送るべく、関越自動車道を三原野に向けて疾走していた。
 しばらくは厳戒体制という事で、中嶋ともう一名、常に事務所の誰かがつく事になっていた。
「ああ。単に局内に侵入するだけなら、公開番組のオーディエンス資格があれば入れるが、今回の犯人は楽屋に侵入した挙句、破壊活動まで行なってる。・・・しかし、誰かの雇った探偵なら、もっとダイレクトかつ卑劣、かつ凄惨な手段を選んでるはずだ。大胆にして、恐ろしく効率が悪い。プロの仕業じゃない」
「だとすると、リスクが高すぎない? 誰かとハチ合わせになった時、面が割れてたらお終いだよ」
 千春の反論に、中嶋は予想通りの反応とばかりに答える。
「ハチ合わせにならない瞬間を選ぶんだよ。そのためには、スタッフの動きを逐一把握してなきゃならない。それこそ一見さんじゃ無理だな。それも、同時に複数の番組進行を、少なくとも傍観できる立場の・・・」
「まるでプロみたいな言い方ね」
 そこまで言うと、中嶋はひとつニヒルな溜息をついて、おもむろに口を開いた。
「・・・俺だって、日の当たる道ばかり歩いてきたわけじゃないんだぜ。あまり吹き回る事でもないけど、忘れられない事、思い出したくもない事・・・色々抱えてるのさ」
「ショービジネス関係者の発言とは思えないわね。暗すぎて、『ゆめもちぼーも木っ端微塵』だわ」
「・・・ショービジネスだからこそ、だ」


「芸能界ってところはね、舞香ちゃん。もともとは『河原者』、つまり江戸時代に『えた・非人』と蔑称された被差別階級の人達の仕事だったんだ。それこそ川縁のあばら家に住んで、原色で織った粗末な服を着てね・・・」
 後部座席で、千春のとなりに座っていた三井が、難しそうな顔でつぶやく。
「あ、ボクそれ日本史で習った事あるよ。今の『同和問題』の原点なんでしょ?」
「でも、なんでそんな差別があるのかしら?」
「豊臣秀吉の朝鮮出兵・・・ってのがあったろ。あの頃、実は半島から朝鮮人を奴隷として連れて帰った武将がけっこういたんだ。彼らの多くは、さっき三井が言ってたように川縁の、水はけの悪いところを居住地域に指定されて、そこで細々と農業を営んだりしていた。徳川幕府の統治が磐石化してくると、いわゆる『まがごと』とよばれた仕事・・・動物の屠殺解体だとか、宗教的な意味で立入禁止となったエリアの清掃管理、そういった不人気な仕事は全て彼らが引きうけるようになった。その多くは土地の代官の意向による所が大きいし、あるいはそういう仕事でも引き受けなければ食っていけないと判断したため、とも言われてる」
「つまりもともとの外国人差別に、そういった宗教的な『不浄』『穢れ』的な要素が加わって、江戸末期から明治にかけての『部落思想』が出来あがったわけですね?」
「ただ一概に不浄とされてたわけじゃない。彼らの中には、当時の日本では及びもつかない薬学的な知識を持っていた者もいて、士農工商の身分制度が固まるまでは、地域から神のような扱いを受けていた者もいた。・・・そういう信仰の名残からか、いわゆる被差別階級を神聖視する向きもあったんだ。それが平曲とかの吟遊巡礼と結びついて、神仏への賛美を歌いながら諸国を歩き回る集団が出始めた。これがいわゆる『かはらもの』の先駆けと言われているんだ」
 と、そこで舞香が話に割り込んだ。
「・・・平曲・・・どこかで聞いた事のあるフレーズよね・・・何だっけ?」
「舞香ちゃん、古文の復習きちんとやってないでしょ? あさっての小テストの出題範囲だよ」
「で、どこまで話した・・・あぁ、『かはらもの』の出現だな。これが時代を下るにつれて、いわゆる旅芸人のようなスタイルになっていったわけだ。で、江戸の広い時期帯にかけて民衆は縁日に楽しみを求めるようになっていき、ここに旅芸人は目をつけたわけだが・・・この時、町を取り仕切っていた連中と話をつける必要があった」
「渡世人・・・今で言う暴力団の人達ですね」
「そう。もともと、自分たちだけでは市中を監視しきれない奉行や与力が、浪人やならず者達を自分のポケットマネーで配下に置いて、市中の監視に当たらせたのがその始まりと言われているが、やがてその地域の郷士や名士と呼ばれる連中がその役を引き受けるようになった・・・まぁ、一種の更正施設みたいなもんだな。彼らは地域から少しずつ『みかじめ』として金品を受け取り、その見返りとして三下たちに町を監視させ、一朝トラブルが起きれば自ら出向いて仲裁役を買って出た」
「あれでしょ? 『ご両人、言い分は多々おありでしょうが、ここは一つてめぇどもに裁断を任せては頂けませんかい?』ってやつ。・・・この間、深夜にやってた『芸州なんとか仁義』って映画で見たわよ」
「それは戦後混乱期の広島ヤクザが舞台だと思うが・・・まぁ似たようなもんだな。やがて彼らはその土地における興業、とりわけ神社の大祭なんかの舞台を仕切るようになった。これが大正時代の銀幕世界の発展に伴って、土地の仕切りから俳優のマネージメントに切り替わっていったわけだ」
「中高年の頭のカタい人は、えてして芸能界を『ヤクザ』呼ばわりする事があるよね?」
 千春が尋ねる。
「あれは・・・何の事はない。俺たちの仕事は、元々は本当に任侠さん達の仕事だったんだ。今でこそ、芸能界の表面は華やかなイメージが先行しているが、裏で何が行われているか・・・それはお前たちもよく知ってる事だろ?」
「そうやって、中嶋さんも手を汚して来たわけね・・・」
「・・・軽蔑したか?」
「それはないわ。一度しくじったらまず次のチャンスはやってこない、文字通り弱肉強食の世界だもの。だけど・・・」
「ボクたちのファンが、『ボクたちのために泣いてる人もいる』って事実に気がついたら、やっぱり悲しむだろうね」
「そういう汚れ仕事は俺たち裏方の領域だ。タレントの仕事は、ファンに夢を与える事。・・・そろそろ到着するぞ。降りる支度しとけ」
 中嶋に言われて窓の外をみる舞香と千春。
 ワゴンは既に鶴ヶ島インターを降り、三原野市内の住宅街を走っていた。


「ねぇ、中嶋さん?」
 三原野市亀山台、垣内邸前。
 ワゴンを降りる直前、舞香は中嶋に疑問をぶつけてみた。
「さっきの話って、本筋に絡むのかなぁ?」
「さぁな? 俺はちょっとしたお勉強コーナーのつもりだったんだが、何しろ作者がKardyだからな。奴はストーリーの冗長化をあまり好まないし、もしかするとどこかで絡むかも知れないぞ」




 5日後。

「それじゃ、行ってきまぁす」
「あ、ちょっと・・・進、今日も遅くなるの?」
 家を出ようとした進は、母親に呼びとめられた。その瞬間、進の表情が曇る。
「うん・・・今、アルバムのレコーディング中だから」
 それを聞いた恵理は、少し悲しそうな表情で、小さくなっている息子を見つめた。
「・・・やっぱり、辞められないのかしらね」
「今辞めたら、事務所やレコード会社の人たちにすっごい迷惑がかかるし、それに・・・応援してくれてるファンの人を泣かせたくないから・・・」
「でもねぇ・・・何度も言ってる事だけど、あなたは『世間を騙してる』のよ? 元はといえば哲也くんの悪巧みに乗った進が悪い、と言っちゃえばそれまでだけど・・・自分の息子が世間に胸張って言えない仕事してるのは、やっぱりお母さん悲しいわ」
「それはわかってる。・・・もう、遅刻しちゃうから」
 それだけ言うと、進は恵理の視線を振りきるように家を出た。
 恵理はもともと進の芸能活動に難色を示していた。血反吐を溜め込みながら努力研鑚を重ね、現在の一流SEという地位を築いてきた恵理にとって、(一見)ノリと運を中心に動いている芸能界は、決して自分が深くかかわるべき領域とは考えていなかった。
 そこに息子が、しかも性別まで誤魔化して飛び込んでいるのだから、気分の良かろうはずはない。
「そこを何とか!」という事務所はもとより、親友である裕子(第1話参照)の説得もあって、「一区切りつくまで」の条件で黙認する事になったのである。
 家族、特に裕子の全力によるバックアップを受けている哲也=舞香と、決定的に違う点である。


 大きく、溜息。
 永続的に続ける仕事でない事は、進自身がよく分かっていた。
 ・・・と、そこへ、ポニーテールの女の子が後ろからケリを入れてきた。
「アーニキッ!!」
「あだっ!! ・・・ったくもう、遥!不意打ちは止めろって言ってるだろ!」
 スナイパーの正体は大友遥。言うまでも無く、進の妹であった。


「・・・そう深刻に考える事も無いんじゃない? 確かにママはああ言ってるけど、結局は兄貴の人生だもん」
 進と遥は、商店街を亀山台駅の方向に歩いていた。
「でもやっぱり、母さんの気持ちもわかるんだよね。いつまでも世間を騙し続けるわけに行かない。どこかで必ず・・・」
「事務所の人も、それは知ってるんでしょ? 大丈夫よ。どこかで引き際作ってくれるって。・・・それより、私は兄貴自身が問題だと思うな」
「僕が?」
「いつ今の自分を失うか、いつ世間に後ろ指さされるか、今の兄貴、そんな事ばっかり考えてるでしょ? 仕事に不安ばっかり持ってて、ちゃんとしたモノができると思う?」
「・・・身が入ってない、って事?」
「あたしは仕事してるときの兄貴・・・というより『お姉ちゃん』だね、きちんと見てるわけじゃないけど、少なくとも今の精神状態でテレビに出てこられても、あたしは視聴者として嬉しくないな」
「・・・『お姉ちゃん』、か・・・」
 ますます落ち込む進。
「だぁかぁらぁ、ね、兄貴。そうやってマイナスな方ばっかり・・・」


 その時、背後から猛スピードで一台のワゴンが迫ってきた。
 けたたましいスキール音に、進と遥も思わず振り返る。
 そのワゴンが、自分たちに近づいてきた。
 と、突然ワゴンの窓が開いたかと思うと、得体の知れない物が降りかかってきた。
「きゃぁっ!!」
 反射的に、進は車道側へ飛び出し、遥をカバーする形になっていた。
 変な赤い色のついた液体。
 続いて、進の背中に柔らかめの固形物が2〜3個。
 それらの物をぶちまけて、ワゴンはすさまじい勢いで走り去っていった。
 あまりに突然の事で、本人たちはもちろん、通行人さえもあっけに取られるのが精一杯だった。
 やがて、一人の中年婦人が進たちに近寄っていった。

「ちょっと、あんたたち大丈夫!? 怪我してない!? ・・・誰か、誰かぁっ!!」




「危害がかかるなんて聞いてませんよっ!!」
 恵理が、顔をトマトよりも赤く染めながら怒鳴り散らしていた。


 半蔵門大学・デニー研究室。「ライナ」の2人がナノマシンの移植を受けた、あの場所である。
 相変わらず不気味に白いタワーの一室で、緊急対策会議が開かれていた。
 トランスプロの社員の中には、ライナの正体を知らない人物もいる。普段であれば奥の会議室でこっそりと、という事になるが、今の恵理の状態を見て、隠密行動は不可能と判断した松井が、ここに場所を移したのである。


 犯人が、一連の嫌がらせ犯である事はすぐに発覚した。現場に、今までとほぼ同じ書体で「次は血を見るぞ」と書かれた脅迫文が投げ付けられていた為だ。
 現場には赤ペンキと腐ったトマトが散乱。すぐに、近くの交番から警官が駆けつけてきた。
 警察は「いたずらの領域を越えた暴行事件だ」として緊急捜査を開始したが、肝心の車は既に管轄区外へ逃亡したらしい。
 遥は「全く、こんな事される覚えは無い」とひたすら泣きじゃくっているため手がかりなし。
 進は進で、まさか自分が「ライナ」の大友千春であるなどとは口が裂けても言えない。ひたすら無関係を装うしかなかった。
 警察での事情聴取を終えた進は、すぐさま事務所に連絡。事態を重視した松井は、社員数名と大友・垣内両家の関係者を召集した。
「今回の事件で最も重要な点は、なぜ進と・・・え〜と・・・」
「えぐっ・・・『はるか』です・・・大友遥・・・」
「遥ちゃんが狙われたのか、という事です」
「そりゃぁ簡単だよ。遥ちゃんは千春に結構似てるからな」
 哲也が茶々を入れるが、松井の反論は極めて冷静だった。
「髪型が全然違うわ。それこそ、あんたの変身前と変身後ぐらいにね」
「つまり、犯人の狙いは進で、遥は偶然居合せて被害にあった、という事ですか?」
 恵理が尋ねた。
「おそらく、その可能性が高いと思われます。そこで問題になるのが、なぜ犯人は進を狙ったのか? ・・・犯人を示す手がかりは、この脅迫文です」
 といって、松井は先ほど警察から借りてきた、脅迫文のコピーをかざした。
 「おそらく、うちのタレントと間違って襲われた可能性が高い」と主張し、粘り強い交渉の末、何とか警察の黙認を取りつけた代物だ。もちろんその代償として、先日まで続く一連の脅迫未遂についての情報提供をさせられたのは言うまでも無い。


「犯人の狙いは・・・もう疑う余地もないでしょう。『ライナ』にあります。さて、ライナの正体について知っている人は、今日ここに全員集まってもらいました。・・・この中の誰に、ライナを襲うメリットが存在するでしょうか!?」
「・・・ないですね。金銭目当ての狂言なら、むしろ本人騙して誘拐、の方がやりやすい」
 中嶋が冷静に分析する。
「となると犯人はここにいない。つまり、公式には我々のプロジェクトを知る立場にない人間の仕業、という事になるわけです」
「社長、待ってください。我々の緘口令がいかに厳重であったか、それは社長ご自身がよくご存知の・・・」
「となると、事務所の監視の及ばない所で、本人たちがおもわず口を滑らせ・・・」
「冗談じゃないぜ! 俺達を疑ってるのか!?」
 疑惑をかけられた哲也が激昂する。
「大体、事務所の監視の及ばない所って言ったら、俺達の場合学校って事かよ!? そんな所でバレたりしたら、どんなパニックになるか・・・!」
「・・・そうね。疑って悪かったわ。ただ、そうなるともう八方塞り・・・」

「いや・・・一つだけ可能性が無いわけじゃない」

 そう切り出したのは、それまで黙っていたデニー教授だった。
「僕らのやっている研究は、当然表沙汰にはなっていないが、裏じゃ結構な噂になるんだ。どんな薬品や機械を入手したか、なんて事は、税金の問題もあって隠しきれるもんじゃない。もちろん、我が研究室では当たり障りのない答えを用意して、全員に徹底させてあるが・・・見る奴が見れば、本当はどんな代物を作ったのか、調べる方法も無いわけじゃないんだな」
「・・・じゃぁ、そのあたりで話を聞きつけた学術関係者が・・・」
「ただ、それだと何故僕や研究室のメンバーではなく、実験体であるライナが狙われたのか。その説明がつかない」
「自分もそう思います。それと・・・以前、本人たちには話したんですが、自分は一連の事件、芸能関係者の内部犯行である可能性が高いと思われます」
「それ、以前あたしも聞きかじった記憶があるんだけど・・・中嶋、改めて全員に説明してくれる?」
 松井に促され、中嶋は改めて「内部犯行説」の詳細を説明した。


「あの・・・両方が手を組んだケース、というのは考えられないでしょうか?」
 ようやく落ち着きを取り戻した恵理が尋ねる。
「ゼロではないでしょうが、ちょっと考えにくいですね。確かにライナには敵も多いし、隙あらば蹴落とそうと考えている勢力もある事でしょう。でも、『オーバーテクノロジーで性転換してアイドルに』というのは、普通に考えて眉唾の極みです。たとえこの話が医学関係者の方から持ちかけられたとしても、そんな御伽噺に耳を貸す事務所があるとは思えませんわ。・・・現時点では何の証拠もないわけですし。」
 手がかりはゼロなのか。


 ふと哲也が口を開く。
「あの・・・さぁ、こうなったらいっそ、俺達の手でそのヴォケどもをふんづかまえる・・・ってのはどうかな?」
「ふんづかまえる、って・・・哲也、あんた・・・」
 あまりにも突飛な発言に、思わず松井も狼狽する。
「ダメだな、危険過ぎる。俺でさえ、今回の獲物に手を出していいのかどうか迷うほどだ。しかも、直接手を出させるためにはお前たちが変身している事が必要だ。お前はともかく進、まして千春に変身している間の戦闘力については、この間説明した通り・・・」
「だったらどーすんだよっ!? このままあいつらが出てくるのを、手ぇこまねいて見てろってのか!? 次は俺かも・・・しかも今度はかなりヤバい手で来るかも知れないんだぜ!?」
「だったらなおの事、だ!」
「待って中嶋。・・・確かに哲也の言う通り、じっとしてても状況が好転するとは思えないわ。少なくとも、こっちのフィールドに引き込んじゃったほうが有利かも知れない。ただ・・・あんたの場合は、舞香に変身しててもそう見劣りするもんじゃないと思うけど、千春が・・・」
「・・・大丈夫・・・」
 と、それまで黙っていた進が答えた。その声は明らかに怒気を含んでいる。
「・・・僕、やるよ。
 ・・・僕はともかく、遥に手をかけた事は絶対に許さない・・・。
 絶対、僕の手で、こんな事した外道共に、地獄の一つも見せなきゃ気が済まないよ!!」
 進がここまで闘争心を剥き出しにしたのは、おそらく生まれて初めてだ。
 一瞬その気迫に呑まれかけた哲也だったが、すぐに気を取りなおして力説を再開した。


「・・・本人たちがここまで言う以上、やるしかなさそうですね。」
「そうね。それじゃ、ライナをデコイにして犯人たちを生け捕りにする作戦で行きます」
「でも、本人たちに危害は無いのかしら? ねぇ進、何より大切なのは自分の・・・」
 不安そうに答える恵理に、進が答える。
「大丈夫だよ母さん。僕だって男だもん、自分の身ぐらい自分で守れるようにならなきゃ。それに、遥の恨みも晴らしてやらなきゃいけないし」
「そうよ、恵理さん。ここは進ちゃんを信頼してあげましょ。いざとなったら、うちの哲也も付いてますし」
 なおも不安がる恵理を、親友の裕子が励ます。
「それでは、まずこれまでの犯人の行動を再分析して、どこにどんな形でエサをバラ撒くか。そこから始めたいと思います。・・・友利君も、もうしばらく同席してね」




 5日後、東京・渋谷。

 アルバムの予告ならびに先行シングルのPRのため、ライナの2人はFMトキオのサテライトスタジオに来ていた。
 この局で午後4時から放送されている「パッション・ビート・エクスプレス」は、高校生から20代前半のフリーターの聴取率が高く、アーティストの新曲発表の場としてかなりの地位を得ている。
 また、DJの自称『怪しい外人』アレックス・カブレラと、アシスタントのモーリー和美がゲストを交えて爆笑トークを展開するのが番組の常となっており、ゲストが思わず出してしまう「素」の部分は、翌日のスポーツ紙にしっかり載っていたりする。
 ・・・と同時に、この渋谷スタジオはイベリア広場に面して作られており、DJブースがガラス張りになっているため、出演するアーティスト達のファンが殺到する事でも知られている。
 この日もライナ目当ての高校生、さらに別枠で出演するビジュアル系バンドのファンで、スタジオ付近は大混乱となっていた。


「ところで舞香ちゃん、え〜と・・・『Imagine』だっけ? ・・・そうそう。今向こうでADがうなずいてる(笑)。この曲、作詞が舞香ちゃん自身だそうで」
「そうなんです。この『Imagine』は、ベステン・ダンクの豊田清さんに作曲していただいたんですが・・・」
「ほう、豊キョンですか。ボクこの間、彼と飲み行きましたけど、そんな事一言も言って無かったですねぇ。あのヤロ隠してやがったな?(笑)」
「その時『舞香ちゃん、どうせなら作詞してみない?』って言われて」
「てぇことは舞香ちゃん、クリエイター初デビュー!?」
「アレックス、日本語が変。『初デビュー』ってなんなの!?」
「うるさいよモーリー、日本語の妙って奴だよ。よく言うだろ? 『危険が危ない』って(笑)」
「もーいやぁ、この人。どこで日本語習ってきたのぉ!?(笑)」


 千春と舞香の天然漫才にカブレラの力技的なボケが上手く乗っかり、大爆笑のうちにライナの出演パートは終了した。
 スタッフ達に会釈して、楽屋へ向かうライナ。
「あ、ごめん千春。あたしちょっとお手洗い」
「はぁい。楽屋で待ってるからね」
 そう言って、千春と舞香は別れた。


 2分後。ライナに割り当てられた楽屋に、2人組の影が潜んでいた。
 いつ仕掛けたのか、2人は盗聴機でライナの会話を傍受、千春が一人で戻ってくる瞬間を待っていたのである。
 表の廊下に人影が見えた。ドアノブが音を立てて回転する。
 ドアを開けた瞬間、2人組は奇声を発し、入ってきた人物を威嚇、ロープで縛り付け・・・ようとして固まる。

「そこまでよ!!」

 入ってきた人物が、おもむろに部屋の電気をつける。
 そこに立っていたのは・・・舞香だった。


 突然の出来事に、我を忘れて呆然と立っている2人の男に、舞香は間髪入れずに鳩尾殺しを叩きこんだ。
 通常よりちょっと多めの脂肪を身にまとった体と、逆にちょっと脂肪の足りなげな体が、無様に崩れ落ちた。
 そこへ中嶋と千春がやってくる。
「・・・とうとう捕まえたか」
「やったね、舞香ちゃん!!」
 してやったり、といった顔を浮かべる舞香。全ては作戦だったのだ。
「次は絶対、直接攻撃に出ると思ったのよ。それも、千春を狙ってね。・・・さぁ観念しなさい。あんた達が何者なのか、誰の命令でこんな事をやっていたのか、洗いざらい、ぜんっぶ白状してもらうからね!!」
 一人で啖呵を切って悦に入る舞香を尻目に、中嶋達は2人組にロープをかけていた。
 通常、鳩尾を思いっきり殴られると、息を吐くことは出来ても吸う事は困難になる。
 そんな状態での抵抗などおよそ不可能。千春でも簡単に捕縛可能だった。


「放せぇ! 放さんや!!」
「こがん事(こつ)ばして、後ん怖いっちゃぁ、わからんとか!?」
 半蔵門大学・デニー研究室。
 ようやく復活した2人組が、全身をじたばたさせながら喚いている。
「だぁかぁらぁ、言ってるじゃない。こっちの質問に答えてくれたら、親元まで連れてってあげるって」
「うちの事務所に大損害を与えたんだ。上っ面のごめんなさいで済むとは思うなよ」
「オイ達ゃなんも言わん!」
「そんな意地張ってると、帰るのがどんどん遅くなっちゃうよ」
 千春が諭すように問い掛け、
「僕はいつまでいてくれても構わないよ」
 デニーが不敵な微笑を浮かべる。
 ただ、トランスプロの面々はいつまでもこんな中坊に関わっていられるほどヒマじゃない。このままでは事態が進展しないと踏んだ松井は、中嶋達に身体検査を命じた。


「身元が分かるような物は持ってないですね。強いて言えば、2週間前に福岡のデパートで買い物をしたようです。これ、領収書。・・・ただ、この2人の言葉を聞けば、そもそも九州方面の人間だってのはすぐ分かりますね」
 中嶋はそう言って、レシートを丸めて捨てる。その言葉を受け継いだのは、福岡出身の伊東だった。
「間違い無く福岡、それも博多に近いほうの出身と思われます。・・・おい貴様(きさん)ら、動機やらどがんでも良か。ワシらは賠償ん話ばしよったい。貴様らは身分保証ん持っとらんやんか。ったら、親ば頼りにするしか無かろうもん!?」
「親は関係なか!」
「そがんな理屈、大人ん世界じゃ通用せんっち言いよるったい!!」
「ねぇ伊東、もううるさいから猿轡かましてくれる? どうあっても喋る雰囲気じゃなさそうよ」
 その時、バッグを漁っていた千春が何かを見つけた。
「・・・あれ? これ、何だろ? ・・・薬、かなぁ。」
「そう考えるのが妥当ね。正規の医薬品かどうかはさて置いて」
 その途端、2人組の顔色が変わる。その凄まじい暴れように困惑する面々だったが・・・
「・・・今見てみたんだが、こんなカプセルは市販はもとより、我々業界筋にも出回ってないね」
「となると、これを調合した医者に直接尋ねるしかなさそうですな」
「ちょっと待ってくれ・・・。このシリアルナンバーの癖、どこかで見たような・・・」
「まさか、友利君の知り合いの仕業じゃないでしょうね!?」
「いや、むしろそう考えるのが妥当だろう。この前も言ったように、秘密が漏れるとしたらボクの関係筋から、というのが最も可能性が高いし、それに・・・この薬に何か重大な秘密があるようだからね」
 そう言って、デニーは何かを思い出したように、2人組に向き直った。
「なぁ君たち、もしかして・・・井口博士の関係者かい?」
 その瞬間、2人は激しく首を振る。事実上の「YES」である事は誰の目にも明らかだった。
「あぁー・・・みんな、ちょっといいかな。今、僕の中で一つのシナリオが浮かんだんだが・・・」




「つまり、この2人を使って友利君に復讐を企てた科学者がいる・・・と?」
「そう。そしてその方法もね」
 その時、囚われの九州男児君の片方が口を開いた。
「・・・分かった。そこまでバレとんなら、もうしょんなかたい。みんな言うけんが、この縄ば解いちゃってくれんね」
「貴行! お前頭イカレたとや!? デニー教授ば呼び寄すぅまでは誰んも・・・」
「どうせ、いずれは全部分かる事ったい。え〜と・・・千春ち言うたよな。そんカプセルば2つ取っちゃってくれんね」
 その声に、千春は猛獣にエサを渡すようにカプセルを差し出した。
「さぁて、オイらがライナば付け回しとった秘密、まずはこいで見せちゃぁたい!」
 そう言って、2人は縛られたまま器用にカプセルを飲み込んだ。
 次の瞬間、2人の体からもうもうと煙がたちこめ、その姿を隠して行く。
 消火用の排煙装置を作動させ、ようやく煙を飛ばしたその場所には、さっきまでの2人組はいなかった。
「・・・ちょっと、これどういう事!?」
 状況についていけず、パニックになる舞香。
 そこにいたのは、さっきまでとは似ても似つかぬセクシー系美女が2人。ご丁寧に、ロープで縛られている。
 その正体に全員が気づくまで、きっかり1分を要した。
 やがて沈黙は、デニーの一言で破られる。

「・・・思った通りだ。井口の奴、『僕と同じ研究をしてた』んだよ」

 片方は、肩甲骨の下端あたりまでありそうなロングヘア。
 片方は、千春と同じぐらいのショートボブ。どちらもネイティブっぽい栗毛。
 いわゆる『ムチムチのプルンプルンのボヨヨ〜ン』である。
 胸には舞香はおろか、千春さえも凌駕するほどたわわに実った2つの果実。
「・・・っつーわけたい。うちらの正体、おおかたわかったやろ?」
「そ、そ、それじゃ・・・君たち、ボクらと同じ・・・」
 歯の根の合わぬ声でつぶやく千春。
「そうタイ! うちらも、あんたら『ライナ』と同じ、TSアイドルやんな!!」
「私が篠原ゆかり、こっちの彼女が城島彩。2人合わして『キティホーク』たい!!」

「・・・作戦の微妙に失敗したらしかばってん・・・まぁ良かたい。お前ら、ご苦労さん。久しぶりやんな、デニー教授。」

 その声に、全員がドアのほうを振り返る。
「・・・あははは、相変わらずケレン味のある登場だな。井口博士。そのお隣りは・・・君と協力した事務所の人かい?」


 発端は、デニー教授の開発した高速代謝システムだ。
 ライナの変身プロジェクトの根幹を成すこのシステムは、もともと体内のDNAを薬剤で変換する構造だった。
 その際に、ナノマシンから吹きつけられる薬剤が、実は井口博士の手によって生み出されたものだったのだ。
「それじゃ教授、井口博士の発明をパクったんですか!?」
 千春がちょっといぶかしげな目で尋ねる。
「それは断じて違う。当時の井口のシステムは原理こそ受け入れられたが、実用化に当たっては問題だらけだったんだ。
 彼はあくまでも薬剤によるDNA変換を主張していた。しかし当時の彼に、DNAまで直接作用し、なおかつ超高速の細胞代謝を促進する物質を作る事はできなかった。それでも自説を曲げない彼を見かねて、ボクがナノマシンを利用したシステムに造り替えた、ってわけさ」
「勝手な事ばしやんな! 見てん通り、薬ば使(つこ)うたTSシステムは完成したったい! もう貴様に代役ば頼む必要もなか! こいからはわしらの時代ばい!!」
「・・・で、それとライナを襲った事とどういう関係があるの?」
「襲うっち言うより、そっちの怒りば向けさせる事が重要やったったい。 いずれキティホークはライナば撃墜せんといかんかったと。そんなら早かうちが良かろぉもん!? まぁ、当人たちはなかば私怨の入っとったごたぁけどな。わっはっはっは!!」
「私怨!?」
 ・・・千春と舞香は、思わず顔を見合わせた。
 別にこの2人に、そこまであからさまな恨みを買うような真似をした覚えはないはず・・・
「知らんようなら教えちゃぁたい! 今年の春、KRBのイベントで博多まで来たやろ!」
「・・・あ〜、あの『お婆さんのコスプレした芸人さん』のいたイベントね。」
「バッテン師匠を知っとぉとは誉めちゃぁたい。そん時、イベントにうちらも参加しとったったい。・・・もちろん、男でやけど」




 彼女達・・・いや、「彼ら」というべきか、2人はもともとライナのファンだった。
 他のアイドルと違う何かに引きこまれ、気がつけばファンクラブにまで入会するほどのめり込んでいたのである。
 そして福岡方面の私設イベントで何度か顔を合わせるうち、篠原貴行と城島健司はいつしか親友同士となっていた。
 ・・・事件は、今年の春に起こった。
 KRB九州放送の開局50周年記念イベントに呼ばれ、現地でミニコンサートを含むいくつかのアトラクションに出演したライナ。
 コンサートの後で開かれたサイン&握手会で、憧れの舞香に握手してもらい、幸せ絶頂の健司。
 しかしその目の前で、舞香は事もあろうにウェットティッシュで手をごしごしと拭いていたのである。
 舞香にしてみれば、春先とはいえ温暖な福岡の気候、しかも暑苦しいファンとの握手を繰り返して手がすっかりベタついてしまったため、一旦拭かないと後のお客さんに失礼だと考えたわけなのだが・・・。
 この一連の行動は中嶋も目撃しており、後で舞香に注意しただけで、当事者間では終わったと思われていた。
 しかし、収まらないのは目の前で「汚れ」扱いされた健司、そして親友を思いっきり侮辱された貴行である。
 可愛さ余って憎さ1000倍。ライナへの愛情は、瞬時にして屈折した怨恨へとシフトしていった。


 ある日、いつものように「アンチアイドル」系のチャットでライナの悪口を言い合っていた健司&貴行。
 そこに割り込んで来た人物から「復讐のチャンスをあげようか?」と持ちかけられ、1も2もなく誘いに乗った2人は、翌日の午後には井口博士の研究所に足を運んでいた。
「よかか? こん計画は、君らの人生ば左右しかねんとぞ。ほんなごつやる意思ん固(かと)ぉなかとやったら、今すぐ帰らんね」
「やる! ライナばギャフンと言わすぅためやったら、人生かけちゃぁたい!」
 健司と貴行の意思を確認した井口は、2人に基本剤を投与した。その瞬間、あたりに煙がたちこめる。
 やがて煙が収まった時、そこに立っていたのは2人の美女だった。
「こ・・・こいは・・・俺達どがんなったと!?」
「・・・こいが・・・センセの言うとった・・・復讐な?」
「そうタイ。君らは今日からアイドルとして、ライナば蹴落としんしゃい!!」


 井口の投与した基本剤は、人間のDNAのもつY遺伝子をX遺伝子に作りかえる作用があった。
 このあたりの基本構造については、デニーの編み出した方法と同じなのでここでは詳細説明を割愛する。
 ただし井口論では、基本剤自体は常に体に作用している。そのため2人が男に戻るためには、基本剤の活性化を押え、同時に凍結していたY遺伝子のサンプルを再生する薬剤を投与する必要があった。
 逆に女になる時は、基本剤を活性化させる薬剤を投与する。
 突然の変身に戸惑いながらも、健司&貴行は俄然復讐に燃え始めた。
 そして健司は「彩」、貴行は「ゆかり」と名を変え、トランスプロの台頭で出鼻をくじかれたオフィス・ナカウチの協力もあって、「キティホーク」というユニットでデビューする事になった。

 ・・・その後の彼女達の行動は、冒頭から読んで頂いた通りである。

「ばってん! そんだけやなかバイ!」
「既にセクシーアイドル部門の人気は、うちらキティホークのもろうたバイ!!」
「どがんね!? トップアイドルん座から滑り落ちる気分は!!」
 ポーズを決め、自身満々のセリフを言ってのけるキティホーク。
 彼女達にしてみれば、これを言うために汚れた階段を必死で昇りつめて来たに違いない。


 ・・・だが、
「ちょっと待って? セクシーアイドル・・・!?」
「・・・ねぇ千春・・・あたしたち・・・セクシー系で売ってたっけ?」
「・・・へ!?」
 目が点になるキティホーク。
「いや、だからね。あんたたちの今のカッコ見てればセクシー系だってのは十分わかるけど・・・」
「・・・ボクたちは、どっちかって言うと『清純派』で売ってる方だよね」

ひゅるりら〜♪

 塩の柱と化し、風化して行くキティホーク。
「うちらの努力は、一体なんやったとね〜っ!!!!」




「ちっ・・・まぁ今日んとこは、負けば認めとくたい!」
「ばってん! こん次に会(お)うた時は、ライナがうちらキティホークにひざまずく番やけんな!」
「はいはい。その時までに、おなかにお肉つけて不戦敗なんてナシよ♪」
 当人同士(特にキティホーク)は殺伐としながらも、とりあえず一応の目標は果たしたデニーと井口。
 再会を祝し、また後発のオフィス・ナカウチにとってはトランスプロへの義理がけという事もあって、まぁ全員で食事にでも行かないかという事になった。


 研究室を閉め、白亜の学部研究棟の入口までやってきた一行。
 そこに、斜め上から強い光が降ってきた。
 見ると、アルミバンの上に照明灯がつけられ、その前に2人の少女が立っていた。

「ねぇ・・・ゆかりちゃんって言ったっけ・・・ボク、なんかすご〜く嫌な予感するんだけど?」
「・・・うちも・・・そがん感じんするったい・・・」

 そこへ、2人の謎の少女がポーズを決めたまま叫んだ。

「何コソコソ話してんの!」
「さては、あたしらの愛くるしさに焦っとんねんな!?」


『はぁ!?』

「大友千春!垣内舞香!あんたらの活躍は、ようけ見させてもらったわ!」
「せやけど、私らがデビューするからには、あんた達の天下もジ・エンドや!!」

『はぁ!?』

「私の名前は葛城エリカ!」
「そして、あたしは山口ひとみ!」
「あたしらは、デニー教授のナノマシン理論を打ち崩すべく、ドクター高見沢のホムンクルス理論で!」
「神戸発・憑依式TSアイドルとしてデビューする事になった、その名も・・・」
「『ネッピー』や!!」
そこまで一気にまくし立て、びしっとポーズを決める『ネッピー』。


 だが・・・
ちょっと待たんね! ライナば跪かせるんは、うちらキティホークの役目バイ!」
「はぁ!? 『キティホーク』って何やの!? エリカ、あんた知ってるか?」
「聞いた事もあらへんわ! 大体何やねん、その言葉! ちゃんと日本語しゃべってぇな!(笑)」
「キィィッ! デビューしたての小娘がぁっ! 調子ん乗っとったら・・・」
「調子こいとったら何やねん! ・・・あんたら、ライナにようけ遅れとるで〜♪」
「・・・マジでキレたバイ! 芸能界ん厳しさ、そんフーケ面にしっかり叩き込んじゃぁたい!」
「ゆかり! ウチも加勢すぅバイ!」
「プッ、九州はあかんねぇ♪ すぐ頭に血ぃ昇って。」
「しゃーないやん、ひとみ。この人たち、何ちゅーても『防人の子孫』やし♪」
「キィィィィィィィィィィィッ! ケンカば売りよっとか! こん吉本娘が!」
「・・・何やて!? 『関西人=漫才師』ちゃうわ! 偏見で物言うなドアホ!」
「大体、吉本は大阪や! あたしらは神戸や!」
「どっちだっちゃ一緒たい! とっとと家ん帰って、ダメトラでも応援しんしゃい! 偏見で物ば言うとぉとはどっちね!!」


「ねぇ舞香ちゃん・・・ボク、何だか頭痛いんだけど・・・帰っていい?」
「まぁまぁ、面白いからもう少し見物してましょ。西国の田舎娘同士が醜く言い争う姿なんて、めったに見られるもんじゃないわよ♪」
 いつのまにか、水筒から注いだお茶をすすりつつ、高みの見物を決め込んでいる舞香。
 その余裕綽々の態度に、キティホークとネッピーが鬼の形相で噛みついた。
「ごっつ余裕やなぁ・・・あたしら『ネッピー』の、本来の敵は『ライナ』やねんで!」
「そうタイ! 元はち言うたら、『ライナ』の・・・」
「何ですってぇ!? 後発の新米アイドルが調子こいてんじゃないわよ!」
「使い古しのベテランは引っ込んどき! アイドルは新鮮さが命や!」


「・・・ねぇ、デニー教授?」
「何だい、千春ちゃん?」
「・・・・・・・こうなった原因って・・・」
「運が悪かったと思うしかないね。」

「・・・どう考えても、教授のせいでしょがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 頭を抱えてうずくまる千春であった。






 突然、2組ものライバルを抱える事になってしまったライナ。
 自分がライバルとして名乗りをあげたつもりが、さらに美味しい場面を奪われてしまったキティホーク。
 すっかり出遅れてしまい、「もっと目立てばよかった」と後悔しきりのネッピー。



彼女達TSアイドルの、明日はどっちだ!?






 というわけで、ども。Kardyです。
 前作で書く書くと公言してから・・・もう2年以上ですか。
 しかもご存知の通り、この間にKardyが「西武ライオンズ」から「千葉ロッテマリーンズ」に改宗するという事件までありましたが、
 ようやく8月10日、予告しておいた「ライバル登場編」を形にする事ができました。
 そして、懸案となっていたキティホークの口調につきまして、mk8426様のご協力を頂き、
 西武優勝決定の翌日と言う、何とも皮肉めいた日に改訂版をアップする事となりました。
 デニー教授のナノマシン理論に対して、薬剤を直接DNAに作用させる事でTSを行うキティホーク。
 さらに、ドクター高見沢による「レ○タルボディ」的なアプローチでアイドル宣言を果たしたネッピー。
 現実の2002年ペナントレースはライナが圧倒的な力で制しましたが、
 果たして「清純のライナ」「妖艶のキティホーク」「ロリ小娘のネッピー」、TSアイドルの頂点に立つのは誰なのか!?
 あるいは、まだ出ていない大阪・千葉・札幌発のTSアイドルが登場してしまうのか!?
 それとも、台頭著しい渡米組アーティストの前に枕を並べて討死してしまうのか?

 ・・・・その辺のプランは、現時点でまだ全然考えてません。
(だってまだセリーグキャラすらろくに出てないしぃ)

  さて、現在執筆中のネタについて、ちょっとだけ予告(・・・して自分を追い詰めてみるテスト)。

主人公は、万年Bクラスのプロ野球チームを3年間率いてきたダメ監督。
散々歴代選手たちの逆鱗に触れたのか、ある日、リフレッシュ先の東北某温泉地で悪夢にうなされる。
そしてその日から、監督の体は急激な若返り&女性化を迎える事になる。
事実を知って驚愕する球団フロントだが、コレ以上のネタはないとばかりに「女子高生監督」プロジェクトを発動。
はたして、若干16歳のギャル監督はチームを救うジャンヌダルクになれるのか!?
そして、監督を蝕む恐るべき悲劇の正体は!?


 ・・・なんてなネタを、1年半ほど前から少しずつ練り上げております。
 かなりの長編なんで、完成する頃には2004年になってるかも・・・( ̄▽ ̄)
 それまで、気長にお付き合い頂ければ幸いです。


2002年9月22日
〜何はともあれ、西武ライオンズ優勝おめでとう!〜
Kardy C Vax.

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