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少年少女文庫・8月の新刊


「でゅある・まいんど -TRUE ENDING VERSION 2.0-」

Presented by K−KADD

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 恋人達の口にする定番フレーズの一つに、「あなたと一つになりたい」と言うのがある。その恋人達が初めて結ばれる夜などに聞かれるフレーズだが、実はこの一言、あまり不用意に口にするのは危険である。
 それを、身をもって知る事になった一組のカップルを紹介しよう。


 繁華街の裏手、とあるホテルの一室。
 シャワーの音を聞きながら、神保雅人(じんぼ・まさと)は爆発寸前の心臓を何とかなだめすかしていた。
 高校最初のクラスで、自分の前の席にいた島田柚香(しまだ・ゆか)。バイクと言う共通の趣味もあってか、雅人と柚香は一週間で意気投合し、それ以来卒業まで二人は大切な親友であった。
 そのまま二人は同じ大学に通う事になる。合格発表の帰り道、掲示板を見てからずっと満面の笑顔を浮かべる柚香に、雅人は長い間しまっていた胸の内を柚香にぶつけた。
 短い沈黙。
 涙目でうなづく柚香。
 抱き合う二人。
 重なる唇。
 こうして、雅人と柚香は恋人同士になった。

 柚香がシャワーを終えて出てきた。そのまま見つめ合い、雅人はそっと柚香を正面から抱きしめた。
 「夢じゃ・・・ないんだよな。」
 「・・・夢じゃない。今あたしは、雅人に抱かれてるの」
 「俺、柚香の彼氏やってて本当によかった。ずっと・・・死ぬまで離さないぜ。」
 「あたしも、雅人と離れたくない。・・・やさしくしてね」
 そのままベッドに倒れ込む二人。
 初めての夜。雅人は柚香に、柚香は雅人に、それぞれの心をささげた。
 途切れがちになる意識の中で、柚香がつぶやいた。
 「・・・一つになりたい・・・雅人と・・・身も心も一つに・・・」

 カーテンの隙間から朝日が覗く。雅人は差し込む光に目を覚ました。
 (あ・・・俺・・・そうか、昨日は柚香と・・・)
 昨日の事は、一生の思い出になるに違いない。雅人は幸せに浸っていた。
 恐らく、柚香はまだ寝ているのだろう。雅人は、無性に柚香の寝顔が見たくなって、首を動かそうとした。

 ざらっ

 首にまとわりつく違和感に、雅人は言い知れぬ不安を感じて腕を上に伸ばした。そこには、いつもレンチを握っている男らしい手の代わりに、「白魚」とでも形容されそうな細い手が伸びていた。
 全身の神経に焦燥が走る。その神経組織の一つが、胸にかかる異様な圧力を感知した。慌てて手を胸に当てる。

 むにっ

 潰れていて大きさがはっきりしなかったが、そこには確かに「乳房」と呼べる物が存在した。
 下に手を伸ばすと、ない!いつも雅人の股間で揺れている物は存在しなかった。

 あまりにも突然の変化についていけず途切れそうになる意識の中で、雅人は一生懸命状況を整理しようとした。
 今の自分は、外見的にはおそらく髪の長い女だ。それは間違いない。
 誰かが知らない間に雅人を拉致して、勝手に実験台にしたのか?
 ・・・何処の誰が?何のために?
 実はこれまでの18年間は夢の中の出来事で、本当は雅人は女だったのか?
 ・・・余りにも現実性が低すぎる。
 その時、雅人は昔読んだマンガを思い出した。ぶつかった拍子に、身体が入れ替わると言うものだった。
昨日の事が原因で、柚香と入れ替わってしまったのか?夢物語とはいえ、それなら辻褄は合う。
ともかく状況を把握しようと、雅人はふらつく頭を起こした。
 目の前に置かれた大きな鏡が、雅人の上半身を映していた。しかし、そこにいたのは、紛れもなく柚香だった。
という事は、柚香は雅人の身体に入ってしまったのか?
 それを確認しようと、雅人はとなりにいるはずの柚香を探した。しかし、どこを探しても柚香はもとより、他の人間の影も形も見えなかった。
 その時、雅人の頭の中で声がした。
 (うにゃぁ・・・もう、うるさいなぁ・・・もう少し静かにしてよ雅人・・・)
 数秒後、雅人は柚香の身体のまま、意識を失った。

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 あれから1日で、かなりの事が分かってきた。

 雅人と柚香は、どうやら一人の存在になってしまったという事。
 その身体はほとんど柚香のものだが、所々に、これまで柚香になかったホクロなどが点在している事。
 おそらく、その体の中には雅人と柚香の心が同居しており、互いにテレパシーで会話できる事。
 痛み・温度などの感覚は二人が同時に感じる事ができるが、身体を動かす事は雅人にしかできない事。
 ただし、雅人が苦手だった手先の作業が、この身体ではできるようになっている事。
 元に戻る方法は、現在の所見当たらない事。

(ごめんね、雅人。あたしが「一つになりたい」なんて言ったばっかりに・・・)
(いいんだよ。俺は気にしてないから)
(でも、あたしのせいでこんな体に・・・!)
(柚香、君は俺と混ざって迷惑かい?)
(え!?・・・ううん、そんなことない!だけど雅人が・・・)
(確かに不便な事もあるよ。だけど柚香、俺は君と一つになれて幸せだぜ。これで一生離れなくて離れなくてすむし、何よりも君の全てが手に入った事が嬉しいんだ。)
(・・・雅人・・・ありがとう・・・ごめんね・・・)
そういう柚香の声は、すでにかすれて聞こえにくくなっていた。
(だから気にしてないってば。それより、問題はこれからだよな。)
(そうだね。とりあえず、外見上は完全にあたしだから、このまま島田柚香として生きていくのが一番妥当な選択だと思うの。雅人はそれでいい!?)
(それがベストだな。趣味も専攻も一緒だし、お互いによく知ってるしな。)
(なんか、雅人が言うとすごくエッチな意味に聞こえる・・・・)
(おだまり。
 俺の方は、とりあえず旅にでも出た事にするさ。もともと放浪僻があるから、今回もふらっとツーリングに出た、なんて置き手紙でも残しときゃ完璧だろ。幸い、今は大学も夏休みだし。
 それより、頼みがあるんだ。)
(何よ、突然改まって)
(・・・その・・・女の子の日常生活、詳しく教えてくれないか?例えばブラの付け方とか。
一応知っておかないと、怪しまれたら損だからな。)
(なんだ、そんな事。・・・いいわよ。どこから見ても完璧ってぐらい、雅人を女の子にしてあげる)

(注:ここから先、雅人と柚香のテレパシーに関しては、一部を除きカギカッコを使用します。)

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「・・・今は自分の身体とは言え、なんだか恥ずかしいね。」
 ブラウスに手をかけながら、雅人はつぶやいた。あれから1日経っている事もあり、柚香が着替えたいと言ってきたのである。同時に、雅人にレディースウェアの付け方を教える目的もあったようだ。
「何言ってんのよ。あたしなんか、雅人に着替え覗かれてるような物なんだからね。
まぁいいわ。それじゃ、さっさと脱いじゃってちょうだい。」
「も・・・もしかして、全裸に!?」
「そうねえ・・・そうしましょ。一から練習した方が早いからね。」
「でもそれじゃ、柚香の大切な部分が丸見えに・・・」
「あのねぇ・・・あんた昨日、あたしの身体はもとより、バージンまでいただいてるのよ。今更『あそこ』ぐらいでうろたえたりしないでよ。こっちが恥ずかしいじゃない。」
「わかったよ。とりあえず、普通に脱げばいいんだな。」
 そう言って、雅人はブラウスのボタンを外し、袖を抜いた。ブラに包まれた、形のいいバストがあらわになる。雅人はなるべく意識をそらしながら、続いてジーンズを降ろす。
 ここまで来て、柚香がストップをかけた。
「どうした?ブラの外し方ぐらいは知ってるぜ。」不審がる雅人に、柚香は真面目に言った。
「雅人、今の自分の姿をよく見て。」
「どうしたんだよ、改まって。君の身体なら、昨日存分に見させてもらったよ。」
「いいから見て。あたしじゃない、雅人自身の身体を。」
 その柚香の容易ならざる口調に、雅人は何かを感じて全身を鏡に映した。
 鏡の中には、どう見ても柚香としか見えない自分がいた。
「雅人・・・今、自分がどう見える?」
「どうって・・・ほとんど柚香にしか見えないよ。」
「そうじゃないの。今のあたしには、雅人が女の子に見えるわ。それも、ルックス的にかなりいい線行ってるはずよ。あたしに似てるかはともかくとして。
 だから、一つだけお願い。これからは、なるべく女性として振る舞って欲しいの。」
「それだったら、さっきそう言ったじゃないか。柚香のつもりで振る舞うって」
「そうじゃないの。お願いだから、よく聞いて。
 さっきは、しばらくあたしのフリしてろ、って言ったけど、完璧にあたしのつもりで演技しろとか、雅人自身の内面まで女性化しろとか、そんな事は言わない。 でも、せっかく可愛くなれたんだもの、それらしい振る舞いが求められるわ。それに、早く自分の状態を割り切った方が、人生でも前向きになれるから。絶対。
 こんな事になった上に、また面倒な事押し付けて、とか思うかもしれないけど、これだけはわかって。あたしの、たった一つのお願い。」
 その痛烈な願いは、雅人の心に十分届いていた。昨日の一件は、どう考えても柚香のせいではない。それなのに、柚香は自分が責任をかぶって、懸命に雅人を慰めようとしているのだ。 しかも、柚香は自分の意志だけでは、何一つできない存在になってしまった。本来なら、雅人が心の支えにならなければならない立場である。
 誰よりも愛する柚香に、誰よりも辛い苦難を与えてしまった雅人。
 贖罪の方法は、一つしかない。
「わかったよ、柚香。中身までは無理だとしても、なるべく女らしくする。だから、レクチャーよろしく頼むぜ、先生!」
「・・・雅人・・・ありがとう・・・・」
「・・・泣くなよ柚香・・・大丈夫、何があっても、俺がついてるから」
「・・・うん・・・雅人、愛してるよ・・・」
 その言葉に、雅人はさっきの誓いを何があっても反故にしない決意を固めた。


 初めて脚を通したスカートの短さに、雅人は言葉を失っていた。さっきまではジーンズだったため、特に違和感がなかったのだが、 この際なるべくフェミニンな格好をさせて、本能的な自覚をうながした方がいい、という柚香の提案(に名を借りた命令)で、 膝上15センチもあるようなミニスカートを穿かされているのであった。 トップはといえば、これも胸元の空いたサマーセーター。同様の理由で、柚香があえて選んだものである。
 ブラに関しては、よそ行き的な物はホックの形状が複雑なため、雅人にはまだはやいと判断し、地味な感じの物になった。 パンツもそれに合わせた地味な物。しかし、柚香にとっては当たり前の物でも、そこはやはり精神的には健康な若い男子。雅人には少し刺激が強かったらしい。
 不慣れな服を、柚香の教える手順通りに無我夢中で付けていたため、途中では気が付かなかったが、全部付けてみると、雅人は鏡に映った姿が自分の物とは信じられなかった。
どこから見ても、ちょっといい感じのお嬢さんである。
 それが今の自分だと思うと、雅人は何だか無性に嬉しくなってきた。
「・・・今、俺ちょっとだけ、俺達をこんな目に合わせた奴に感謝してる・・・」
「うふ、何だかクセになりそうでしょ?」

 翌日、メイク講座が始まった。とはいっても、雅人は例によって柚香の指示通りに手を動かすだけだったが、終わってから、鏡の中で自分の顔をしばらく探してしまう雅人であった。
「目の前に映ってる顔、それが雅人でしょ。気が付かなかった?」
「・・・これって・・・ちょっと待ってよ柚香!こんなきれいな顔、俺じゃないって!」
「雅人なの!・・・わかったでしょ、ルックス的にいい線行ってるって。」
「何だか変な気持ちだよ。でも・・・でも・・・癖になりそう!」
「今回のは、まだ入門編だからね。これからビシビシしごいてあげるから、覚悟しときなさい。」
「そんな・・・もしかしたら俺、禁断の扉開けちまったのかも・・・・」
だが、その扉の先に何があるのか、その興味もまた雅人を支配しはじめていた。

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 それから2週間、雅人は毎日のようにメイクして外出を続けた。自分で満足するだけでなく、人から自分の姿を見られる事で、女性としてのしぐさが自然な物になる、という柚香の提案であった。
 最初のうちは着る物を柚香が選び、直接メイクを教えていたが、ここ2〜3日は雅人のセンスを磨くため、全ての身支度を雅人自身に任せ、柚香はあくまでアドバイスに徹していた。 まだ合格点には程遠いが、その成長ぶりは柚香にとって目を見張るものだった。
 しかし、それはあくまでファッションセンスの向上にすぎず、雅人自身は、誰もいない時は相変わらず自分を「俺」と呼んでいたし、嗜好も男性的なものに終始していた。

 ある晴れた土曜日、明陽大学本部キャンパス。
 雅人=柚香は、久々にキャンパスに足を踏み入れた。2人の所属する、大学の二輪競技サークルの会合があった為である。 部室は存在しないが、自動車部のメンテナンスピットの一角が割り当てられていたため、そこが臨時の会議室になる事になっている。
 ピットに入った瞬間、雅人は異様な刺激臭を覚えた。
「うわっ!何だこれ!」
「何って・・・4サイクルオイルの腐臭じゃない。」
 柚香は平然と答えた。
「え!?あれってこんなに臭いきつかった・・・そうか、柚香ってば、以前からこの臭いが嫌いだって言ってたっけ。でもこんなに変な臭いだったかなぁ?」
「嗅覚が敏感になってるのね。なんだかんだ言っても、肉体的には女性なんだし。」
 その時、ピットの奥から声がした。
「あ〜、そんなにきつい?ここ1ヶ月ほど誰も来なかったから、廃油処理してないんだよね。
つーわけで、お久しぶり。元気してた?」
 声の主は、このサークルの代表でメカニックマニアの前島孝則(まえしま・たかのり)であった。それだけ言うと、前島はなぜか雅人=柚香をいぶかしげに観察している。
「・・・あのー、どうかしましたか?」
「しばらく見ないうちに、島田ちゃんもずいぶん可愛くなったね。以前は作業服かジーンズしか見た事なかったけど。」
 言われてみて、雅人は自分がずいぶんフェミニンな格好をしている事に気が付いた。
 今日は、アイボリー色のブラウスに、水色のフレアスカート。 茶色のハイヒールに加え、ごていねいにリボン代わりのスカーフまで髪に巻いている。 考えてみれば、融合する前のデートの時でさえTシャツにジーンズ、と言うスタイルの多かった柚香が、いきなりイメチェンを試みているように見えるだろう。 しかも、それが一番似つかわしくない場所で。
 しかも、これらのパーツは全て雅人自身が選んだ物で、今日に関しては柚香は口出し一つしていない。
 気がつくと、頭の中で、柚香が笑い転げていた。

 まだ人数が集まっていないため、前島は作業に戻り、雅人=柚香はしばらく待たされる事になった。
「柚香、俺をはめただろ。こんな所にこんな服着せて来させるなんて。」
「あはは・・・あは・・・あー苦しかった。
 そんなんじゃないわよ。だってあたし、今日は雅人に服の指示なんて何一つしてないでしょ。」
「確かにそうだけど・・・でも、一言付け加えてくれてもいいんじゃない?今日がどんな日で、ここにふさわしい格好とかさ。恥かくの俺なんだぜ。」
「だからぁ、あたしは指示どころか、アドバイス一つしてないって言ってるでしょ?今日の、この『ひらひら』をえらんだのは雅人自身なのよ。」
 確かに、そう言われると返す言葉がなかった。しかも、柚香は出る直前、雅人が異様なほど無邪気な笑顔を浮かべながらこれを引っ張り出していた事を付け加えた。
「最近の雅人ってさぁ、妙に状況を楽しんでない?最初は恐る恐るだったメイクも今では嬉々としてやってるし。街中で人に声かけられた時のあんたの反応、あれってどうみてもただの演技じゃないよ。」
「言われてみれば・・・でも俺、ミスターレディ願望はなかったはずだけどなぁ。それとも潜在的にそういうのがあって、今回の一件でそれが爆発したとか・・・おえ(涙)」
「まぁでも、あたしの思惑通りにはなってるわけだ。むしろここまで順応してくれると、楽でいいわね」
「気楽に言うけどさぁ・・・考えてみたら、何だか俺が俺でなくなってるようで、気味が悪いよ。」
そんな不毛な議論を続けているうちに、雅人も柚香も気が付かなかったのか、ピットの中に大勢のメンバーが押し寄せていた。
「さーて、そろそろ始めたいんだけど・・・とりあえずまだ神保が来てないのかな。」
 雅人がおもわず「来てます!」と反論しそうになったのを、柚香がなんとか押しとどめた。
(バカ!今のあたしたちは、一人の「島田柚香」なんだからね!)
(わりぃ!こってり忘れてた!)
「島田ちゃん、なんか聞いてない?あいつも、自分の彼女になら伝言ぐらい・・・」
「さぁ・・・聞いてませんねぇ。雅人ってば、時々ふらっといなくなるから。人の気も知らないで!」
 思わず口走ってしまった最後のフレーズに、雅人は驚くと同時に、少しだけ胸が痛んだ。
「神保のバカタレ、こんな健気な島田ちゃんに心配かけやがって。」
「大丈夫ですよ、前島さん。今度ノコノコ出てきたら、あたしがサブミッションかけときますから。
 今宵のオクトパスホールドは一味違うぞ!なんちゃって。」
 そう言ってのけたのは、このサークルのマドンナ・芦崎啓子であった。
(きゃーっ!啓子先輩かっこいいっ!
 やっちゃえ!雅人なんかギタンギタンのめっためたに・・・はっ)
(意味わかってんのか?その被害者は俺なんだぜ。
 それにしても、今日の芦崎さんってば、妙に頼もしく見えるな。)
「いいでしょ?柚香ちゃん。」
「え!?・・・あ、はい、そうですねぇ・・・」
「あ〜っ、何だかんだ言っても、やっぱり気になるんでしょ〜。ラブラブなんだね。
 いいなぁ、あたしも早く彼氏作ろ。」
「会長閣下(笑)、そろそろ始めましょうよ。時間もったいないっす。」
 名もなき下級メンバーの一声で始まった定例会合は、いつも通り型にはまった物だった。
 しかし、雅人にとっては何かが違っていた。
(どうしたのよ、雅人。何かわけのわからない事でも?)
(いや、そうじゃなくて・・・
 前島さん、あんなに男前だったっけ?)
(へ!!??)

 帰り道、足を伸ばして都心に来ていた雅人=柚香は、ふとデパートのウィンドウの前で足を止めた。 柚香の指示で、雅人が面倒臭そうに足を止めたのである。しばらく見とれていた柚香だったが、呼びかけても雅人が返事をしない事に気が付いた。
「お〜い、雅人ぉ。寝てるんじゃないでしょうね!?」
「・・・えっ!?・・・あぁ、柚香か。もういいのかい?」
「あぁ、柚香か、じゃないわよ。今日のあんた、ホントにどうしちゃったの?」
「・・・柚香ぁ・・・」
「え?なぁに?」
「今のワンピース・・・俺に似合うかなぁ・・・」
その言葉に、柚香は自分のプランが最終段階に来ている事を確信した。

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 3日後、夜中に異様なぬめりを感じた雅人は、股間に手を伸ばした。確かに濡れている。ある予感を胸にトイレに駆け込むと、手は血に染まり、パンツに赤いしみができていた。
「柚香!起きてよ、柚香!」
「うにゃぁ・・・何よ雅人・・・あ!あんたついに生理が来たのね!」
「俺、どうしたらいいの?何しろこんな大量の血を見るなんて初めてで・・・」
「いいから、あたしの指示通りにしなさい。まず・・・」
 久しぶりにうろたえる雅人に、柚香はある種の優越感を抱きながら指示を飛ばした。
 それから一週間、雅人は初めて自分に生理が来た、と言うショックもあってか、今までとは比べ物にならないほど内向的になっていった。
 それは、雅人に決定的な変化をもたらしていた。
 まず、味覚が変わった。今までは平気な顔をして飲んでいたブラックコーヒーに嫌悪を示し、毎朝紅茶を入れるようになった。
トーストにジャムを塗り、ケーキやパフェに目を向ける雅人など、今までからは想像もつかない事であった。ただ、柚香はそれをむしろ諸手を挙げて歓迎していた。
 ある晩、テレビを見ていた雅人の口から、こんな言葉が漏れた。
「最近このタレント、妙にカッコよくなってきたよね。」雅人が目をつけたのは、最近ブレイク中のジャニーズ系アイドルであった。
 生理が終わってからも、数日間雅人はスカートを手放そうとしなかった。そして、よそ行き系のランジェリーの付け方を柚香に教わりたいと言ってきたのである。
 極め付けだったのは、その仕種だ。
 笑い方が、それまでの神経を解放したような高笑いから、微笑みかけるような形になった。
 常に足を閉じて座り、その合わせ目に手を置くようになった。
 食事の後などに、メイク崩れを気にするようになった。
 以前なら笑い飛ばしていた下ネタに、露骨に眉をしかめるようになった。
 腕を組む時に、右腕の下に左腕を沿えるような仕種をするようになった。
 これらの行動は、いわゆる「肉体融合」の直後から、人前で演技として行ってきた物である。しかし、今の雅人は四六時中このようなフェミニンなしぐさをするようになった。 しかも、無意識に、なんのためらいもなく。
 最近では、柚香が買い置きしていたファッション雑誌を漁るようになり、外食の回数も激減した。以前は自炊を嫌い、たびたび柚香のアパートに食事に来ていた雅人が、である。
しかも、調理器具が揃っているのを幸い、休日にはクッキーやパイなどを焼くようになっていた。
「どう、柚香?おいしい?」
「・・・合格点!これならどこにでもお嫁に行けるよ!」
「そんな・・・俺、恥かしいよ・・・」
 そう言いながら、雅人はまんざらでもない様子で微笑んだ。

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 数日後。
 野暮用で都心に出かけた帰り、雅人=柚香は満員の地下鉄に揺られていた。まわりはすし詰め状態で、それこそ新聞を広げる隙もないほどである。
 カーブに差し掛かった時、事件が起きた。
 車内が大きく揺れ、雅人=柚香のヒップに男の手が触れた。しかし、揺れが収まっても、男は手をどけようとはせず、かえって強く押し付けてきたのである。
(痴漢だわ!)
 以前にも被害に遭った事のある柚香は、それが女の敵である事を一瞬で察知した。
 だが、今の柚香自身にはどうする事もできない。
 雅人に大声を上げさせようとして、柚香は異様な雰囲気を悟った。以前の雅人なら大声を上げて、「てめぇ!この助平野郎!」とでもいいながら腕をねじりあげている所だ。 しかし、今日の雅人は大声を上げるどころか、唇を強くかみ締めて異様な感触に耐えている。 その顔は青白く、手すりを持つ右手が小刻みに震えていた。あまりの恐怖に声も出ない、と言った所か。
 柚香は困惑していた。雅人ほどではないにせよ、柚香にとっても男の手は気色の悪い動き方をしていた。 しかし、雅人が行動を起こしてくれない限り、柚香自身は指一本動かせないのである。 かといって、今雅人が感じている恐怖は、柚香にも痛いほどよく分かっている。この状況下で声を出せ、と無理強いする事はできなかったし、した所でまともな叫び声一つ上げられなかっただろう。
 男の手が局部に伸びてきた。雅人は冷や汗を流し、目に涙を浮かべている。最愛の恋人のピンチに、何もしてやれない悔しさ。柚香はこの時ほど、自分の置かれた状況を呪った事はなかった。
 終局は、あっけなく訪れた。
「ちょっと、お兄さん。」「何ですか。」「・・・警察だ!おとなしくしろ!」「両手を上に揚げて!」
 男は痴漢の常習犯で、鉄道警察隊が以前からマークしていたのである。男は直ちに強制猥褻の容疑で逮捕され、雅人=柚香も事情聴取のため、次の駅で降りるよう頼まれた。
 ホームに降りる雅人の足元がおぼつかない。柚香は心配になって声をかけた。
(ちょっと雅人、大丈夫!?すごい顔色よ!)
(柚香ぁ・・・)
 すでに目は焦点を外し、かすれるような声だった。
「とりあえず、事務室まで来てもらえるかしら?忙しい所すみませんけど。」
 刑事が柚香の肩を取り、付き添うような格好で駅長事務室まで連れていった。
 まず男の身元確認を行うため、柚香はソファで待たされる事になった。
(ねぇ、雅人・・・)
(柚香ぁ・・・あたし・・・あたし・・・・恐かったよぉ!!!!)
 肉体が別々なら、恐らく雅人は柚香にすがりつき、泣いていたに違いない。
(雅人・・・そうよね。でも大丈夫よ。警察が捕まえてくれたから。)
 雅人が「あたし」という一人称を使った事を、聞き逃していたのか、わかりきっていたのか。柚香は雅人を包み込むように慰めた。

 15分ぐらいして、さっきの刑事がやってきた。
「鉄道警察隊の村上です。思い出させるようで申し訳ないんだけど、さっきの件について、被害者のあなたの証言が欲しいの。何があったのか、あなたの口から話してもらえる?」
「え・・・ここで、ですか?」
「そう。何だったら署でもいいし、後日あなたの家でもいい。どうしても嫌なら、証言を拒否しても構わないわ。事件の内容が内容だし、現行犯だから私たちの証言だけで罪を立証できる。
 ただ・・・これは私個人の意見として言うんだけど、できれば泣き寝入りはしてほしくないの。連中は、女が黙ってると思えばどんどん付け上がるわ。
ここであなたが勇気を出してくれれば、それが痴漢撲滅の第一歩になるかも知れない。
私がこんな仕事をしているのも、元はといえば・・・獣みたいな男にレイプされたからなの。もうあんな悲しみは、私だけで十分。」
 その言葉に、雅人は不思議と勇気づけられていた。
(雅人、何だったら拒否してもいいのよ。)
(ううん、全部話す。この人、自分の過去の傷までだして、真剣に頼んでくれたんだもの。それに、甘えた存在にはなりたくない。女になってみて、それがよく分かったの。)
 そして、雅人はやっと口を開いた。
「わかりました。全部証言します。ただ・・・横にいる男の人・・・」
「僕かい!?わかった。女同士の方が話しやすいだろうね。
 それじゃ村上巡査、後は頼むよ。僕は向こうで、あの野郎を締め上げてるから。」
 それからの10分前後は、雅人に、そして柚香にとっても、最も長い時間だった。

 分かってみれば、何でもない事だった。
 これまで男として暮らしてきた雅人としては、いくら自分が女として幸せな生活を送れるとはいえ、これまでの自分のアイデンティティを真っ向から否定する事は、 自分の人生、ひいては柚香との愛情まで白紙化する事にもなり兼ねない。柚香を心の底から愛している雅人にとって、それだけは絶対にできない選択だった。 だからこそ、「俺」という一人称を使う事で、どうにか自分を支えてきたのである。
 しかし、痴漢に対して自分が本能的恐怖を味わった事で、男としての行動原理が大きく崩壊し、雅人はどうあっても「女としての自分」を受け入れざるをえなかった。 しばらく放心状態だったのは、痴漢に遭ったショックよりも、その自己変革のギャップ、そしてこれからへの不安のほうが大きかったためだ。
 しかし、そんな雅人を柚香は受け入れてくれた。たとえ自分が完全に女性化したとしても、柚香は自分にとってかけがえのない存在でいてくれる。 その安心感が、最後まで抵抗していた「男としての自分」を塗り替え、結果、精神面での女性化が急速に進んだのであった。

 帰りは、所轄署のパトカーで送ってもらい、どうにか雅人=柚香は帰り着いた。
「ねぇ・・・雅人?もう落ち着いた?」
「え!?ああ、あたし?」
「・・・そっか、もう完全に女の子だもの、雅人なんておかしいよね。」
「うん・・・新しい名前考えなきゃね。」
「そうねぇ。・・・『麻美』なんてどう?音が似てるし。」
「『麻美』かぁ。いい名前ね。ありがと、柚香。」
「ううん、麻美が喜んでくれるなら、このぐらい全然平気よ」
「でも・・・今のあたしは、何処からどうみても女なんだよね・・・」
「それが?」
「柚香・・・後悔してない?
 今まで愛し合ってた男が、突然女になっちゃって・・・」
その瞬間、柚香の口調が激変した。
「怒るよ、麻美!!
 ・・・男でも女でも、雅人でも麻美でも、そんなのどうだっていいじゃない!!
 あたしにとって、あんたが大切な人間である事に変わりないんだから!!」
「柚香・・・」
「たとえどんなことがあったって、あたしたちは運命共同体。もう離れられないんだよ。
 それに・・・麻美には、あたしの分まで幸せになって欲しいから・・・」
「・・・『あたしの分まで』なんて、悲しい事言わないでよ!」
今度は、麻美がキレる番だった。
「柚香、あなた今言ったじゃない!運命共同体だって!
 だったら、二人で一緒に幸せになろうよ!あたし一人なんて、耐えられないわ!」
「・・・麻美・・・ごめんね・・・」
「あたし、柚香に感謝してるのよ。だって、あなたのおかげで本当の自分に気づいたんだもの。
 ・・・これからは、あたしが支えてあげるね・・・柚香・・・・」
そして麻美は、とっておきの呪文を口にした。


その日、柚香は雅人という宝物を失い、

麻美という、それ以上にかけがえのない存在を手に入れた。



シャワーを浴びて、麻美=柚香はバスタオルのまま、ベッドに転がった。
今夜も、麻美と柚香の愛の儀式が始まる。
胸に手を当て、ヴィーナスの貝殻を開くようにタオルを取ると、生まれたままの姿があった。
麻美の手が、全身をいとおしむ様に這って行く。
その姿は、未だ手の届かぬ宝物を懸命に追っている様にもみえた。
だが、手は届かずとも、麻美と柚香にはお互いの温もりが誰よりもよく分かっていた。

「・・・柚香、あたし・・・幸せ・・・」
「あたしもよ、麻美・・・」

「愛してるわ・・・」


ENDLESS LOVE...

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つーわけで、久しぶりの新作アップとなります、K−KADDです。
この「でゅある・まいんど」は、98年3月、この少年少女文庫に寄贈させていただいたのですが、 当時はストーリー上の矛盾が多々あった上、ラストが思いっきり興ざめな内容だったため、 評判は今イチでした。
そこで今回、ストーリーを整合するとともに、批判の多かったおまけ部分を削除し、本編のラストをより萌えそうな形でまとめてみました。
この改訂版が、皆様の「萌え」導火線に着火できれば幸いです。
(つーか、これ以上の手直しは無理ですよ・・・)

さて、先日さらっと触れた新作に関する情報ですが、現在コミケ絡みで多忙な日々のため、本格的な執筆は8月下旬以降となります。
とりあえず、「キャリアパス」ネタと「お兄ちゃん」ネタを基本に、KADD色をプラスしてみようかと画策しておりますが、はてさてどうなる事やら。

それでは、ご意見ご感想などいただければ幸いです。

1998年7月28日
JNNドキュメントを見ながら
K−KADD

P/S
最近、女になった自分もいいかなぁ、なんて考えてる自分が恐い(;_;)
禁断の扉をあけてしまったのでせうか?

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