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蒼い瞳の中へ
作:K−KADD




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大きく痙攣して、美咲は僕の腕の中に崩れ落ちた。
もう、手を動かす力も残ってない、そんな感じだが、その表情はひどく幸せそうだ。
次の瞬間、僕にもクライマックスがやってきた。自分のすべてを、彼女の中にぶちまける。
すべてが終わった後、僕たちは抱き合い、未だ余韻に浸る体を暖めた。
簡単に言えば、「夜の営み」ってやつだ。

僕、矢島浩幸(やじま・ひろゆき)が香塚美咲(旧姓:こうづか・みさき)と結婚したのは、
今から3ヶ月ほど前。見合いでも、「できちゃった結婚」でもない、正真正銘の恋愛婚だ。
大学時代からの恋人だった美咲に、僕の方からプロポーズした。
月並みに、給料3ヶ月分はたいて。
もちろん、既に僕しか見えなくなっていた美咲が断るはずはなく、お互いの両親にも祝福されて、
僕たちは幸せいっぱいの新婚生活を送っている・・・・はずなんだ。

でも最近、妙に彼女との仲が息詰まっているように感じる。もちろん、僕たちの愛は全然
なくなっていないし、生活上の支障もない。誰かに邪魔されてるわけでもないんだ。
だけど、僕のために精いっぱいの愛敬を振りまく彼女を見て、僕は愛情以外の何かを
感じ始めている。それが何か、今の僕にはわからない。
そんな僕を見て、明らかに美咲は不安を感じている。もしかしたら、自分と一緒にいるのが
いやなんじゃないか、そういう風に思ってるのが、表情からもありありだ。
「そんなはずないだろう?僕はいつだって、世界で一番君を愛してるよ」
と、今の僕には言い切る事ができない。なぜなら、もしかしたら心のどこかで、彼女に対する
不信感が募っているかも知れないんだ。

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その奇妙なアクセサリー屋台を見つけたのは、珍しく遅くなってしまった帰り道。久々の接待で、
お得意さんとサシで飲んでいたため、ちょっと記憶が遠くなっていた時だった。
僕自身はアクセサリーに興味はないけど、もしかしたら美咲が好きそうな物もあるかも知れない。
そう思って、僕はテーブルに並んだブローチを手に取った。
その時、ヨーロッパ系な感じの、店番の女の子が話し掛けてきた。流暢な英語だった。
「お兄さん、いい趣味してるね。そのブローチ、タイピンに改造すればお兄さんでも似合うよ」
「いや、僕はこういうのには興味ないんだ。ワイフが喜ぶかと思ってね。」
「ふぅん、いい心がけだね。奥さんを大事にする人は、幸せになれるよ。
 写真か何かある?よかったら、私が見立ててあげるけど。」
「そうかい?頼むよ。」
そういって、僕は定期入れに忍ばせてある美咲の写真を手に取った。
「・・・お兄さん?どうしたの、ぼーっとしちゃって」
「え!?いや、何でもないんだ。この左のが僕のワイフ。ミサキって言うんだ」
「お兄さん・・・最近、このキュートな奥さんとうまく行ってないね?」
図星だった。僕が返答に窮していると、彼女はすべてお見通しと言った顔で、
「No Problem!!だったら、このペンダントをプレゼントするといいよ!」
そう言って、彼女は僕にプラスチックと金属のペンダントを渡した。
ひし形のプラスチックガラスが、アクセントとしては最高だ。昔、何かのSFで
見たような気もする・・・「ブルーアクア」とか「ブルーウォーター」とか言ったっけか?
「これは私の故郷、シュバルツバルト地方に伝わる魔法のペンダントなの。
これに願いをかけて渡すと、渡した相手との仲直りができるよ。それも、最善の方法でね。
私のパパとママも、15年前にこれで仲直りしたのよ。」
なんだか眉ツバのような気もしてきたけど、結構センスはいい。これなら美咲も喜ぶだろう。
「ありがとう、とにかくこれを貰うよ。いくらだい?」
「It's for you!! ここで会ったのもイエスの導きだから、あなたにあげる。大事にしてね。」

帰ったら、美咲もまだスーツを着ていた。たまたま、彼女も残業で遅くなったらしい。というより、
僕が接待で遅くなる事は伝えてあったので、彼女から買って出たようだが。
早速、さっきのペンダントをプレゼントすると、美咲は予想以上に喜んでくれた。
「ちょっと安っぽい感じもするけど、デザイン的には結構好きだわ。ありがとう、浩幸。」
そう言って、早速美咲はそのペンダントをつけてみた。抜けるような紺色のガラスが、彼女の
黄色いスーツに良く映えている。僕は最大級の賛辞を付け加えた。
(でも・・・さっきの女の子の言う「最善の方法」って、一体なんだろう?)
そんな考えが表情に出てしまったのか、美咲は不安そうに僕にたずねた。
「浩幸・・・何か悩みでもあるの?ここの所、あなたずっと変よ?
 何かあっても、あたしには浩幸しかいないんだから・・・何でも言って。あたし、力になるから!」
「ありがとう、美咲。でも、正直な所僕にもわからないんだ。
 ・・・安心していいよ。美咲を捨てるような真似だけは、絶対にしないから。」
そう言って、僕は美咲を抱きしめた。

その瞬間、ペンダントのあたりが、少しだけ熱を帯びたようになっていたが、僕たちは気がつかなかった。

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次の朝、僕は鳥の声で目が覚めた。
結局、あれから美咲と3回も愛し合ってしまったのだが、僕は今一つ乗り気になれなかった。
もちろん、美咲と肌を合わせるのは大好きだし、彼女がイク瞬間の表情は、
僕を甘酸っぱい気持ちにさせる。でも、何かが足りない。
いや、正確に言うと、何かが違うんだ。
それが何なのか、僕は今朝も答えを出せないまま、ベッドから這い上がろうとした。

・・・おかしい。
昨日「おやすみ」と言った段階では、美咲は僕の左にいたはずだ。しかし今、僕の右の方から熱を感じる。
それに、なんだか胸のあたりが苦しい。何かに圧迫されているような感じだ。
もしかしたら、何かの病気にでもかかってしまったのか!?
激しい焦燥感を覚えながら、僕は上体を無理に起こした。
そして、体温を発している方を、おそるおそる振り返る・・・
そこに寝ているのは、紛れもない僕、矢島浩幸そのものだった!
お約束のパニックを引き起こした後、僕と美咲はお互いの体を眺めあった。
こんなことになった原因は想像もつかないが、今おきている事実は一つしかない。

簡単な事だ。
僕と美咲は、入れ替わってしまったんだ。

いろいろ原因を探ってみたが、やはり考えられるのは一つしかない。あのペンダントだ。
何が「魔法のペンダント」だ!
何が「最善の方法で仲直りできる」だ!
何が「大事にしてね」だ!
こんな目にあって、仲直りなんてできるわけないじゃないか!!
今、ペンダントは僕、つまり美咲の首にかかっている。
僕はあと一歩の所で、そのペンダントを引きちぎり、投げ捨ててしまう所だった。
それを止めたのは、美咲、つまり今の僕の体だった。
「待って!
 もし今回の一件が、このペンダントの所為で起きたとしたら、壊したらもう元に戻れないかも知れない!
 それに、もしかしたら神様が『少しは相手の気持ちに立って考えろ』って言ってるのかも。最近の
浩幸、すこし変だったし。それにあたしも・・・。
 とにかく、今晩帰ってから、この件について話し合いましょ。それからでも遅くはないはずよ!」
その勢いに気押されて、僕は思わず首を縦に振ってしまった。
ともかく、今日1日は僕が美咲を、美咲が僕を、演じるはめになったのである。
それにしても、女ってなんでこんなに、身支度に時間がかかるんだろう?

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もともと似たような職場で、似たような仕事をしていたから、別に環境の違いに戸惑う事はなかった。
しかし、オフィスで、街中で、僕に向けられる視線が気になっていた。昨日までは僕もああやって、
色目を使う側にいたのかと思うと、あまり強気には出られなかった。
だが、いつしかそれが快感になっている事に、その時の僕は気がついていなかった。ひたすら、気味の悪さ
だけが頭にあったのである。

今日は残業もなく、定時に帰る事になった。もっとも、あったとしても断っていた事は間違いないけど。
昼頃に美咲から連絡があり、今日は新宿で待ち合わせて一緒に帰ろう、という事になっていた。少しでも
早く、少しでも長く、今回のエクスチェンジについての結論が欲しかったのである。
待ち合わせの紀伊国屋前はすぐに分かったが、美咲が見当たらない。そのまま5分ほど探していると、
ちょっといい感じのサラリーマンが声をかけてきた。
・・・すっかり忘れてた。「美咲」じゃなくて「浩幸」を探すべきだったんだ。

そのまま、僕たちは家に向かう列車に乗った。ただし、今日はいつもの準急は使わず、座って行ける各駅停車で。
こうして時間稼ぎまでしたが、結局、今回の一件の原因は探れなかった。という事は、元に戻る方法も
わからない。それなら、しばらくはこの状態で暮らしていく覚悟を決めた方がよさそうだ、という結論だけは出た。
地元の駅に到着した僕らは、そのまま閉店間際のデパートに入った。ここで、美咲が普段使っている化粧品や
美容薬品などに関するレクチャーを受け、僕はいよいよもって「美咲」としての演技を迫られる事になった。
たまたまそのコスメコーナーで、客をモデルに新製品のデモがあったので、美咲は僕にそれを一部始終
見せておこうとした。・・・結構化けるもんだな・・・。そう言えば、美咲、つまり今の僕の顔なんだけど、
メイクの前後で結構見違える事がある。となると、僕もこのモデルの女の子みたいに、ちょっとはきれいに
なれるんだろうか・・・?
あ、こんなこと考えるなんて、もしかしたら僕、女に目覚めてるのかなぁ・・・。

そのまま夕食の材料を買い、家に帰った所で、美咲が急に服を脱ぐように言ってきた。
「何考えてるんだよ!いきなり・・・そんなこと・・・」
「何もレイプしようってわけじゃないわ。せっかく覚えたメイクだもの。忘れないうちに実戦でやってみた方が
いいでしょ?それに、明日からは下着も自分で着けてもらうんだし。いいから脱いで。」
たしかに、一刻も早くなれておいた方がいい事には違いない。僕はスーツを脱いで、ブラとパンツだけになった。
「一応、ブラも外してちょうだい。」という宣告にはちょっと抵抗があったが、僕はすでに美咲のいいなりだった。
その状態から、僕は自分でブラを付けさせられた。といっても、今朝美咲にやってもらうのを見ていたため、
それほど難しい事ではなかった。ただ、どさくさに紛れて美咲が胸をわしづかみしたりするのは
勘弁して欲しかったけど。
そのあと服を着たんだけど、美咲の選んだフレアスカートは結構はき心地が良かった。さっきまで着てた
スーツも、昨日までの男物に比べると結構開放感があったな。
僕はいつしか、さっきまでの「一刻も早く男に戻りたい!」という焦りが消え失せていた。
かく言う美咲はふざけてるのか、自分の「肉体美」を自慢したいのか、ボディビルダーのように
トランクス一丁でポーズを取っている。美咲にも服を着るように指示したが、僕は一瞬、その
美咲、つまり昨日までの僕の体に見とれてしまったんだ。

今日は二人で夕食を作った。こういう時は、別に相談したわけでもないのに、ちょっと豪勢なディナーになる。
「ねぇ浩幸、なんだかすごく嬉しそうね。そんなに今日のディナーが楽しみ?」
美咲に指摘されて、僕はボウルの中のクリームをこねくり回しながら、普段では考えられないほど陽気な笑みを
浮かべている自分に気づいた。
夕食が終わった頃、CSで映画が始まった。美咲が前から見たがっていたラブロマンス物だ。以前は
興味がなかったんだけど、美咲に付き合ってこういう物を見ているうちに、だんだん主演男優に
肩入れするようになってきた。何だかんだ言って、愛する人を大切にしたい、という気持ちは僕だって同じだ。
美咲にビール缶を渡す。家で映画を見るとき、僕たちは必ず1本のビールを回し飲みする事にしていた。
ところが、今日の僕たちはなんだか様子が違っていた。
普段は、だんだんお互いの肩にもたれあって行くのだが、今日の美咲(しつこいようだが、昨日までの僕の体だ)
は僕の肩を抱くようにしている。まるで、彼氏に甘える女と、それを支えてあげる男のように。
いつしか、僕は涙を流していた。気がついて見ると、あろう事か僕はヒロインに肩入れしていた!しかも、何ら
意識することなく。体の変化に引きずられて、心まで女性化してるんだろうか?でも、そんなことはどうでも
よかった。僕は、折れそうなぐらい繊細な今の自分に酔い始めていた。
ふと、視界が暗くなった。よく見ると、美咲が僕の顔を見つめている。一瞬動揺している間に、美咲は僕に
キスしてきた。普段だったら、いくら中身が自分の妻とはいえ、男、それも自分にキスされてるなんて、
考えただけで寒気がする所だが、その時の僕は、なぜか抵抗なく受け入れていた。もしかしたら、映画の
ヒロインに感化されていたのかも・・・。

唇を重ねたまま、僕は美咲に抱き上げられ、ベッドに運ばれた。軽々と抱き上げられる自分から、僕は
自分が間違いなく女であるという事実を突き付けられていた。このまま戻れないなら、いつの日か男の腕に
抱かれる日がやってくる、そんな覚悟はしていたが、いざその時が近づいて見ると、自分が限りなくひ弱で
ある事、そしてそれ故に、男に守られる事に対する、言い知れぬ安心感のような物が湧いてきた。
胸をやさしく愛撫する美咲の手は、さっきのふざけた感じは微塵もない。まるで、僕の存在すべてをやさしく
包み込むような感じだった。やがて、全身に快感が走る。されるがままの僕の体は、美咲から逃げる事もなく、
すべてを飲み込んでいるような感じだ。ふと僕は、女としての快感以上に、これまでになかった充足感を覚えていた。
やがて、美咲の舌が僕の敏感な部分に触れてきた。
男であれば、まず味わう事のないであろう感触。昨日までの僕には想像もつかないような快感が全身を駆け巡る。
美咲にされるがままの自分が、限りなくいとおしかった。
思わず声が上がる。・・・
ずっと前から、こうしていたかったような・・・僕は快感とは違う、不思議な陶酔感にとらわれていた。

再びベッドに横たえられる。
美咲は、まるで怯える少女を慰める紳士のような表情で、僕の頬をなでた。その瞬間、今まで感じていた
陶酔感の正体がわかった。簡単な事だったんだ。
ずっと前から、こんな風に愛されたかった。
女として、妻として、愛する人に抱かれたかった。
男の腕の中で、すべてを受け入れたかった。
僕は、もともと女になりたがっていたんだ。
あのペンダントは、僕を変えたんじゃない。あるべき姿にしてくれたんだ。
美咲が、僕の中に入ってきた。その瞬間、僕の陶酔感は頂点に達していた。いや、もうどっちが僕で、
どっちが美咲かなんて、どうでもよかった。
愛する男を、自分の中に受け入れている。それだけで十分だった。
耳元でささやく声がする。
「・・・愛してるよ、美咲」
そうか。あるべき状態って、そういう事だったんだ。僕・・・私は、はっきり「彼」にささやいた。
「・・・あたしもよ・・・浩幸・・・愛してるわ・・・」

快感、陶酔。融合しあう私と浩幸。登りつめる激情。
やがて浩幸は、かつて自分だった存在に、ありったけの愛を注ぎ込む。
それは、今までの自分に対する別れと、新しい人生への融合だった。
私は、全身で浩幸を包み込んだ。
今までに感じた事のない幸せを、今、私は、明らかに感じ取っていた。

私を抱き寄せながら、浩幸がペンダントに手を伸ばす。
「最初は死ぬほど憎んだけど、今はこいつに感謝してるよ。このペンダントのおかげで、僕は美咲を
本当に愛する決心ができたんだ。これからは、僕に甘えていいからね、美咲。」
「あたしも・・・女になるって、愛する男に抱かれるって、こんな素敵な事だったのね・・・。
あなたを一生離さないわ。だから浩幸、あたしを全身全霊で愛してね。」
私は、ペンダントをつかんでいる浩幸の手を握った。
2人同時に、ペンダントに最後の願いをかけた。
「永遠に、美咲を愛していけるように・・・」
「永遠に、浩幸を愛していけますように・・・」

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3ヶ月後。
「『おめでた』よ、浩幸。3ヶ月だって。」
「本当かい!? そうか、君もいよいよママになるんだね・・・」
「そうよ。だから、頑張ってね!パパ!」そう言って、私は浩幸の首にしがみつく。
その心に、以前のような隙間はもうない。私は、心から満足できる愛を見つけたのだ。
今、私の中にその結晶が宿っている。この子を幸せにする事。それが、私たちに課せられた宿命だ。
でも、私たちはそれを少しも重荷には感じていない。今お互いに向けている愛、それをほんの少し、
この子に注いであげればいい。それでも余りあるくらいだ。
「おーい、聞こえるかぁ?僕がパパだよ〜。」
浩幸が、私のお腹に向かって声をかける。
「やだぁ、浩幸ったら。まだ私のお腹も蹴ってないのよ。聞こえてないと思うわ。
だ・か・ら・・・その愛を、もう少し私に分けてくれない?」
返事の変わりに、浩幸がそっと私を抱きしめる。それだけで十分だった。
そっと、唇を重ねる。それだけで、私は浩幸に、穏やかに侵食されている。
この瞬間に、私は無上の快感を覚える。
紺色の深い海の中に、浩幸と一緒に潜り込んで行くような感覚。
その色は、私達に最高の幸せをくれた、あのペンダントの色だった。

「浩幸・・・愛してるわ・・・世界中の誰よりも・・・」


Fin

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