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カヲルの事情 8

by WATARU 1024




 このお話は「二人のカヲル」のカヲルサイドの事情を描いたものです。「二人のカヲル」の少なくとも第四話までは読んでおいていただくと、解りやすいと思います。それに、もしかしたらその方が面白いかもしれません。

[「二人のカヲル」へ]




 バッグから傘を出そうと思って、肩から外したところへ、声が掛かった。
 「カヲル、お待たせー」
 ゆかりだ。ピンク色の傘を差していて、顔に傘の色が映えている。黒い長袖のシャツと桜色の花柄のスリップドレス、足許に黒いエナメルのミュールという姿はまるで、若奥様が近所にちょっとという風情だった。
 「あ、なにやってんの。びしょ濡れじゃない。傘忘れた? 改札口の方で待っていればいいのに」
 「ゆかりー」
 次の瞬間、傘を手にしたままあたしはタマがいつもやっているように、ゆかりの首に抱きついていた。
 「カヲル? どうしたの、なにがあったの?」

 「あたし、小学校を卒業するまでは、男の子として育ったの」
 自然にあたしはそう言っていた。

 あたしが友達に、本当に自分の話をしたのはこれが初めてだった。










 四.あたしたち (2)


 中学校入学前の春休みに突然初潮が始まって、その時初めて自分が女性だったことが、自分と両親に解ったこと、中学は別の場所で暗く過ごしたこと、浩ちゃんのこと、高校に入った時のこと。 少し前後しても大体、時間順に話していた。
 「ふーん。カヲルが男の子ね。全然信じられないけど?」
 「お義母さんは、小さいころから女の子らしかったって言うんだけど……。
 実家の父はそれが嫌だったみたい。両親が離婚しかけたのも、あたしのことがきっかけだったし」
 「今でも、男の子っぽい意識って残ってるの? 普通の女の子と違うとか。まあレズでもないし、好きな彼氏はいるわけだよね。じゃあ、女らしくとか言うのは?」
 「もともと男らしくって言うのはピンと来なかったほうだから……。そうね、今でも美人て言われると、遠くの方でむっとしている感じは、あるかなー。
 女らしくって言うのもピンと来ないけど、中学から女の子だったから、違和感はあんまり無いみたい。あんまり女らしくはないけど。
 あのころは暗かったんだよ。女らしくしなさいってうるさく言われるのって、やっぱりその頃からでしょ」
 「うん、制服でスカートになったりするからね。細かいことは色々あると思うけど、いちいち憶えてない」
 「うん、でね……」
 あたしは話を続けた。浩樹君と再会したこと。その時からあたしは双子の妹で通したことも説明した。
 話が一段落する、今日、双子の兄として浩樹君と会っていた所まで行くとゆかりもあたしもいくらか気分が落ち着いていた。
 「ただね、全然気が付かないって言うのも何だか、腹が立ってきて。別れ際に莫迦野郎って言っちゃった。本当に全然疑ってないみたいなんだもん、少しは怪しいとか思わないかなー」
 もちろん今日の「デート」では、すぐにバレ無いように、ブラの上にハーフトップを着けるとかして、二つの膨らみをパットで逆に目立たないようにしたり、身体の線の出ない服にしたりして臨んだ訳だけど。
 浩樹君があまりに目の前の「カヲル」を幼なじみの男の子と信じて疑わないので、女の子のあたしが気分を害してしまったという訳。勝手な話だけど、こっちにはバレてしまえという気持ちもあった。そうしたら嫌でも、全部説明しなければならない。自分から切り出す決心をしないで済む。そんな他力本願な気持ちもあったから。
 なのに、これほど完璧に信じられると、気分が悪い。
 「あんたの彼氏って相当ニブくない?」
 ゆかりが率直な意見を言ってくれた。
 「そう言われると困るんだけど……、あたしだって、へそ曲げたくらいだし」
 「でしょー。そこまでいってて、気が付かないってのは相当よ」
 彼を知らない人に、面と向かってそう言われると、つい弁護してしまう。
 「でも、子供の時の裸は見てるわけだし、あたしのことは裸まで見てるし。本当のことはまさか思いつかないんじゃないかなー」
 「それがニブいって言うの」
 ゆかりがそう言いきったところで玄関の方で音がして、扉が開いた。
 「ただいまー、っと。あ、どうも」
 ちょっととぼけた感じの二十歳過ぎの男性が、部屋の入り口に立ってそう言っていた。
 後半はあたしの姿を目にしての挨拶らしい。彼は靴を履いたまま玄関に立っていた。このまま上がったものかどうか迷っている様子が見てとれた。
 それが、ゆかりの「旦那さん」だった。

 実は家族と浩樹君以外の男性というのは、あたしはちょっと苦手にしていて、ゆかりの彼というのも緊張のタネなんだけど。この場合、明らかにあたしがお邪魔しているわけだから、申し訳なくて目を瞑ることにした。
 ゆかりの彼氏だし、多分大丈夫。うん。
 「一応、紹介しとくけど、こちらがあたしの彼の吉村達也、でこっちがクラスメートで親友の二条カヲル。二人ともよろしくね」
 ゆかりがそう言って、あたしと彼にそれぞれを簡単に紹介(?)した。あたしと向かい合って、彼と彼女が並んでいる。
 「どうも、初めまして」
 「あ、初めまして、よろしくお願いします。いつもゆかりにはお世話になっています」
 「こちらこそ、よろしく。コイツ学校で暴れてませんか」
 「イエ、そんなこと無いです」
 「余計なこと言わない!」
 ゆかりは、本当に親しげに彼の腕に手を伸ばして、つねるようなふりを見せた。
 本当に仲いいみたい。新婚家庭だなー、やっぱり。
 「乱暴者だから、心配で心配で」
 いいタイミング。思わず笑ってしまう。

 吉村さんは結構、親しみやすい感じの人だった。小学生だったゆかりがころっと参ったのも、その辺が効いたのかも知れない。子供に受けがよさそうだ。それでいて大人の余裕がある。もっともそれは、ゆかりに言わせれば、初対面のあたしに対してカッコつけすぎ、ということになるらしいけれど。
 いつの間にか時刻は、晩御飯の支度をする頃になっていて、あたしはなし崩しに晩御飯をご馳走になっていくことになってしまった。晩御飯の支度をするゆかりを、少しだけ手伝いながら、三人で世間話をした。
 ゆかりは本当にこの部屋に通い妻をしていて、もう一年くらいそんな生活だそうだ。ただ、土曜日の朝に来て、日曜の夜に帰るということで、一泊するだけ(?)とのこと。だから今日は、晩御飯を食べたら帰ることになっている。土曜日はぐうたらしている吉村さんを追い立てながら、家事をする。で日曜日は二人で過ごす。もちろん、それぞれが友達と予定を入れることはあるけれど、基本は決まっているそうだ。何だか聞いているほうが、照れてしまう。
 自然に、さっきまでのあたしの話は、ひとまず中断ということになった。一通り話したお蔭であたしの気分は随分軽くなっていたから、ゆかりに話せてよかったんだと思う。
 とりあえず、晩御飯をご馳走になっていくことを、家の方に連絡する。と、祖母がゆかりと話したいというので、代わった。祖母と話しているゆかりは、まるで隣の奥さんと言う口調になっている。
 そう言えば彼女はどちらかというと下町の出身だったっけ。祖母も下町出身だ。何だか話が合うみたい。
 感心してゆかりのセリフを聞いていると、話が妙な方向へ行っているのに気が付いた。
 「あ、ちょっと待ってください。カヲル、あんた今日ウチに泊まりなよ、いいよね」
 途中で一旦、電話から口を離して、あたしに向かって言った。
 「え、なに? どうなってるの」
 「はい、それはもう。はい。じゃあ、あとで一旦お伺いします。カヲルも連れていきますので。はい。はい。じゃあ、後で。はい失礼します」
 そう言い終えると、さっさとゆかりは通話を終了してしまった。ケイタイをあたしに返しながら、続けて言った。
 「今日、あたしんちに泊まって貰うことにしたから。話の続きもあるでしょ。保護者の許可は取ったよ。あんたのお祖母ちゃんて、元気で気持ちいいね」

 家族以外では、この新婚家庭への訪問者はあたしが最初という事実を、食事中に聞かされた。二人にとっても突然ではあったけれど、新鮮なイベントになったらしい。そう聞いてあたしは少し安心した。
 そんなにお邪魔虫しちゃったわけじゃないかもね。
 食事の後、まだ雨が止んでいないというので、少しだけ話の続きをすることになった。
 ゆかりがかいつまんで状況を話す前に、あたしに話をしてもいいかどうか聞いてきた。却ってよく知らない人、親しくない人の方が話しやすいこともある。このこともそうだった。あたしは気軽に承諾していた。
 「男性側の意見も聞いといたほうがいいと思うしね」
 ゆかりはそう言って、吉村さんに大体の説明をした。あたしもそれは思っていた。かつて男の子として育てられたと言っても、あたしは男性のことは実際全然解らない。女性のことだって自信はないけれど。

 一通りの説明をして、ゆかりが浩樹君をニブすぎる、というと、吉村さんは笑って応えた。
 「先入観ていうのがあるからな。けっこうそれで騙されてるって事はあると思う。
 彼女は男の子と思われていたときにも、ちょくちょく女の子として認知されるほど、外見も女の子らしかったんだろう。なら、仕方ない。今、女の子に見えても、昔の感覚が残っていてこいつは相変わらずだなって納得出来る訳だ」
 「そんなものなの?」
 「当事者じゃないから断言はしない。俺にはそんな優雅で耽美的な幼なじみはいなかったから……、あ、ごめん気にしたかな」
 「あ、いえ大丈夫です。面白い表現ですね」
 「変な小説の読みすぎなのよ」
 「いいだろ、そんなこと。問題は正体をばらす時どうするかだな」
 「何しろ、髪の毛ばっさりだから、一目瞭然だよね」
 「かつらでも買おうかなー」
 「あのさ、俺は自分でよくよく納得してなら、黙っていても良かったと思う。彼の方が余分なこと考えないで済むしな。ただ、自分の全てを受け止めて欲しいと思うんだったら、絶対、言っておいたほうがイイ。早ければ早いほど良い。後になるほど、言い難くなるから、自分の決心を助けるためにも、一目瞭然にしたのは正解だと思うな。今そんなに好き合ってるんだったら、それで振る振らないって事は無いだろうし。このへんは男性一般がどうのっていうより、当人次第だけどな」
 吉村さんの話を聞いて少しだけ勇気が出て来た。
 「まあ、その彼氏ってのはかなり暢気なやつだよな」
 「達也!」

 結局雨が止みそうにないので、吉村さんがあたしたちを車で送ってくれることになった。車は国産のセダンで、ゆかりが助手席に座り、あたしはリアシートにゆかりの荷物と並んで座った。
 車はまずあたしの家に向かい、それから、あたしがゆかりの家に泊まれる用意をしたら、ゆかりの家に向かうということになった。
 日曜日の夜なのであたしの家までの道は空いていた。
 「制服、着てくれば後はパジャマぐらいでいいんじゃない」
 と、ゆかりが大胆な意見を言った。明日は月曜日だから当然通学の準備もいるけれど。
 「でもなんか、制服って言うのはねー」
 「それもそうか、あははは」
 「そう言えば俺、しばらくおまえの制服姿って見てないぞ」
 「ばかねー、制服姿でアパート出入りしたら、変な噂立つじゃない。援助交際じゃないんだから」
 「それもそうだ」
 自宅のあるマンションに着くと、吉村さんは車で待つことにして、あたしたち二人は部屋に向かった。
 
 「ただいまー」
 ドアを開けて中へ入ると、すぐに祖母が出て来てあたしたちを迎えた。
 「おかえり。そちらが遠藤ゆかりさんね。いらっしゃい。孫がお世話になったみたいね。ありがとう」
 「いえ、とんでもないです。お邪魔します」
 「お祖母ちゃん、ゆかりをリビングに案内してて。あたし用意してくる。今日、ゆかりのウチに泊まるから」
 「あいよ。ま、たまには遊んどいで」
 「じゃ、お願い。ゆかり、ちょっと待ってて」
 「慌てないでいいよ、まだ早いんだから」
 長い一日。時計はやっと午後八時を指していた。
 「吉村さん、待たせちゃ悪いでしょ」
 「へーき、へーき」
 ゆかりはそう言うけれど、ノンビリしていては申し訳ないとあたしは思う。
 自分の部屋へ入り、急いで支度をした。
 着替えのパジャマを用意してバッグに入れる。制服は別に出してきたガーメントバッグでもっていくことにする。後は細々した旅行用品。歯磨きセットや下着の替え。スキンケア用品等々。後は学校へ行く準備だ。幸い大した宿題はないし、予習も必要なものはなかった。テキスト関係だけ用意して、通学用の鞄に詰めた。
 昼間のことで結構崖っぷちな気分だったけれど、少しだけ楽しいイベントになった。ゆかりが強引に決めたことでも、あたしにとって随分プラスになるみたいだ。
 服はどうしようかな。
 一瞬悩んだけれど、面倒の無いブルージーンズとパーカーにしておいた。どうせ、車で行くんだし、いいか。ゆかりはなるべくラフな格好がいいよと言っていた。言ってる本人は、若奥様モードで、ちょっとカッコつけてるのに。
 「お待たせ」
 あたしがリビングに顔を出すと、祖母とゆかりがすっかり打ち解けて親しそうに話していた。その側で祖父も機嫌よさそうに話を聞いている。
 「あ、カヲル。今ね、お祖母ちゃんに、料理のコツを教わってたんだ。今度一緒に教えてもらおうよ」
 「え?」
 いったい、どういう話になっているんだかわからない。
 「煮物とか、蒸し物とか教えて貰う約束しちゃた。ダメだよ和食メニューも憶えなきゃ」
 「え? だって、一応簡単なものなら出来るもん、お祖母ちゃんに任せると、和食で魚ばっかりになるし」
 「ヘルシーでいいじゃない。じゃ、お祖母ちゃん、今度、料理教えてもらいにきますね」
 「いつでもおいで。ウチのカヲルったら、全然、料理憶えないんだから。丁度いいわ、一緒に鍛えてやるよ。待ってるからね」
 「お祖母ちゃん!」
 「よろしくお願いします。ほら、カヲル、行こ、行こ。お邪魔しましたぁ」
 言うだけ言って一礼すると、ゆかりはさっさと玄関へ向かった。
 「もう。じゃ、お祖父ちゃんお祖母ちゃん行ってきます」
 「うむ」
 「はい、行っといで。先様に失礼ないようにね、って言っても、その格好じゃ無理かねぇ」
 祖母のセリフの後ろ半分は、独り言のようになっていた。
 いつも、うるさいんだから、ぐずぐずしていると手土産まで持たされそう。
 あたしは急いで部屋を後にした。

 ゆかりの家には何度か行ったことがあったけれど、泊まるのは初めてだった。だいたい友達の家に泊まるというのは、女の子になってから初めての経験だから、何だかドキドキしてる。
 自分のそんな気分に驚いたけれど、これもゆかりのお蔭だから感謝。一人だったらきっと、サイアクに落ち込んだまま、ぐずぐずになって泣いていたと思う。
 思っていたより道路は空いていたので、ゆかりの家に着いたのはまだ九時前だった。吉村さんはそのまま、ゆかりの家族に挨拶だけすると帰っていった。あたしは、ゆかりの御両親に暖かく迎えられて、簡単に挨拶を済ませると、ゆかりの部屋に落ち着いた。
 遠藤家は純和風の作りなので、ほとんどの部屋が畳の座敷で襖と壁で囲まれている。洋間で育った私には何となく落ち着かないものがあった。それでも、ゆかりの部屋は家の角にあって、廊下の突き当たりなので、それ程オープンな作りではなかったから安心出来た。彼女は畳の部屋にベッドを持ち込んで洋室のように使っていた。結構天井も高く広いのでいい感じ。
 ゆかりはあたしの眼の前で「失礼しまーす」と声を掛けて、手早く部屋着に着替えながら言った。
 「さ、初めてだよねウチ泊まるの」
 「うん。あたし、友達の家って泊まるの初めてなんだ、ちょっと新鮮」
 「気晴らしになった?」
 「うん、ウチに一人でいたら、クサってたと思う」
 「落ち着いたね」
 「ゆかりのお蔭です。部屋の中、前来たときとちょっと変わった?」
 「そう? いつだっけ、前来たのって」
 「えーと、久し振りだよね。まだ寒かったんじゃないかな」
 「春に少し変えたの、窓が大きく開けられるように」
 「ふーん」
 「今お茶入れるね」
 「あ、手伝おうか」
 「いいって、いいって。そこにいてテレビでも見ててよ」
 ゆかりの部屋には自分専用のビデオつきテレビがおいてあった。
 あたしは座布団に座ったままテーブルに肘をつき、ゆかりの後ろ姿を見送った。
 そのあと、あたしたちはゆかりが入れてくれたダージリンを飲みながら、他愛もないお喋りでしばらく過ごした。
 ふと会話が途切れた時、ゆかりが言った。
 「電話、彼氏にしなよ。早いほうがいいよ」
 あたしは顔を伏せて紅茶のカップを見た。見なくともゆかりが真剣な表情であたしを見つめていることが解った。
 「あたし、ふられたらストーカーになっちゃうかも知れないな。時々声が聞きたいばっかりに、無言電話してさ。帰り道、待ち伏せしたり」
 「似合わないよー、そんなの。カヲルはそんな事、どうしたってしそうにないよ」
 「どうして? 解んないじゃん」
 「言い寄る男は一杯居るしサー、思い詰めて自滅するタイプでもないし。大体ふられる理由もないじゃない」
 「話したでしょ、山ほど理由があるわよ」
 「理由になんない!」
 あたしはしばらく黙った後で言った。
 「そうかなー、許してくれるかなー」
 全然自信がなかった。この髪形のまま顔を合わせるのも怖い。
 「奥の手教えてあげようか?」
 ゆかりが何やら意味ありげな口調で言った。
 「なに?」
 「ヤ、ら、せ、て、あ、げ、る」
 「莫迦!」
 ゆかりの突拍子もないセリフに、あたしたちは二人とも笑ってしまった。
 「とにかく電話しなよ、明日デートしてって」
 「えー、月曜は部活ある日だもん、ダメだよ」
 「そんなのサボらせればいいじゃん、ほらケイタイ出して、今すぐかける!」
 ゆかりは自分のケイタイを取り出してあたしの前に突き出した。
 「今すぐ掛けないなら、夜中に表へ放り出しちゃうよ」
 「エー何それ」
 口では反論しながらも、あたしはあっさり説得されてしまった。但しケイタイは自分のもの。もちろん相手のナンバーは暗記しているけれど。
 発信は五秒以上ケイタイとにらめっこしてから、ゆかりに促されてようやく出来た。我ながら往生際が悪いとは思う。
 呼び出し音が聞こえると途端に心臓が忙しくなった。手にも力が入ってしまう。
 「あ、浩樹君?」
 『カヲルか』
 声を聞くだけで、眩暈がしそうだった。テーブルの向かい側で、ゆかりが拳を握って応援(?)していた。

 通話を終えて、ケイタイを膝元に置くと、あたしは大きく溜息をついた。
 「はい、大変よく出来ました。カヲルって彼氏のこと君付けで呼ぶんだ、なんかクラシックだね」
 「あー、緊張した。ゆかりー、あたし今何話してた?」
 緊張のあまり、話の内容が断片的にしか残っていない。とにかく月曜日の放課後すぐ会う約束はしたみたいなのだけど……。
 「なに言ってんの。ちゃんと駄々こねて、部活サボらせることにしたくせに」
 「駄々ってなによ。もう」
 「ねえ、カヲル、お風呂入らない、一緒に」
 あたしの返事を無視するように、ゆかりが突然、話題を変えてきた。話の進みかたが強引で唐突で、ゆかりらしいと言えばゆかりらしいんだけど。
 「お風呂?」
 「用意はしてきたでしょ、一緒に入ろうよ」
 「え?」
 あたしは女性の裸がちょっと苦手だった。もちろん男性の裸に興味はないし、自分の裸は浩樹君以外には絶対見られたくない。女性の身体は同性とは言え、何だか見るのも見られるのも羞ずかしい。
 でも、いつまでも苦手意識でいても仕方がないことは解っていた。中学の時だって修学旅行には行ったんだし……。あの時はパニック寸前だったけど、今はあの頃より大分なれている。相手がゆかりだけなら大丈夫な気がする。苦手が克服できるかも。
 あたしはゆかりの誘いを受けて、一緒にお風呂に入ることにした。今日は色んなことが初めてだ。
 遠藤家のお風呂は大きめではあったけれど、さすがに二人ではいると、ちょっと窮屈になってしまった。湯船に二人でつかると、あちこちで肌が触れ合う。羞ずかしかったけれど嬉しくもあった。
 「なんだかゆかりの身体って、大人の女性って感じがする」
 あたしがそう言うと、彼女は笑って言った。
 「カヲルって結構幼児体形、可愛い」
 「えー、そうかなー……。あのさ、本当のこというとね。あたし、怖いんだ。だって、自分には普通あるべきものがないかも知れないんだもん。
 婦人科の診察台に乗せられて診察されてたのは中学の時だし。とにかく問題ないとしか言われてないし。聞けないじゃない。アレはありますかなんて」
 「アレ?」
 「イチバンタイセツナモノってヤツ? アレ」
 「あー、あれかー。あたし結構痛かったもんなー」
 「初めての時、全然痛くないかも知れないんだよ。痛いのも怖いけど、痛くないのも怖いの」
 「だから、あたしのに興味があったんだ。あたしは無いほうが良かったけどなー」
 「ゆかりは、ずっと前から好きだったんでしょ、彼も知ってて。あたしはそういうわけじゃないし、やっぱり気分の問題があるよ」
 「事情知ってれば、どっちにしたって解ってもらえるよー。それに痛くないどころか、凄い大変かも知れないんでしょ」
 「そうだけど」
 あたしは湯船に顔まで沈めてしまった。
 「カヲルちゃん、可愛い」
 ゆかりが盛んにあたしのことを揶揄い、あたしも何とか応えて。お互いの身体をチェックしあって。
 さすがに深く触れられない話題もあったけれど、湯船の中でのぼせそうになるまで、二人ではしゃいでいた。

 お風呂上がりに冷たいウーロン茶を飲んで、肌のお手入れや歯磨きを済ませると後は寝るだけとなった。
 あたしはゆかりの部屋で、ベッドの隣に布団を敷いて寝ることになっていた。お風呂に入る前に支度を済ませてあったので、風呂上がりは、ベッドと布団の上ではしゃいでいた。まるで二人だけの修学旅行の夜だった。
 「ゆかり、今日はありがとう」
 二人とも遊び疲れたように横になると、あたしはベッドの上のゆかりにそう言った。
 「何言ってンの、早く寝ちゃおうよ。お寝み」
 ゆかりが部屋の明かりを消した。
 「うん、お寝み」
 長い一日が、こうして終わった。



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