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カヲルの事情 7

by WATARU 1024




 このお話は「二人のカヲル」のカヲルサイドの事情を描いたものです。「二人のカヲル」の少なくとも第四話までは読んでおいていただくと、解りやすいと思います。それに、もしかしたらその方が面白いかもしれません。

[「二人のカヲル」へ]




 「あたし、あたしの気持ちは変わってないよ。浩樹君は」
 いつの間にか立ち止まって、そう答えていた。
 「オレは変わらないさ」
 そうだといいんだけど。
 気が付くと、あたしは彼にキスをされていた。触れるだけのキスではなく、制服には相応しくないキスだった。

 翌日になってもあたしの決意は揺るがなかった。もうどっちにしろ、早く決めたい気分になっていたから。
 その日、あたしは髪を短く切った。
 鏡の向こうから、小学生のカヲルに良く似た女の子がこちらを見ていた。










 四.あたしたち (1)


 バレた!
 あたしは瞬間、そう思った。
 彼があたしの肩をつかんで、驚いたあたしがそれを振り払ってバランスを崩した時、浩樹君はすかさずあたしを抱き寄せていた。
 お蔭であたしは頭も打たず、尻餅も付かず、無事に立っていた。
 でも、身体はしっかり彼に抱き止められていて。
 彼の腕が身体に回った時、思わず胸を隠すように自分の腕を身体に回していた。
 バレた!
 もう、これでバレた。あたしが女の子の身体だって知られた。
 双子の妹と言っていた本人だとバレた!
 あたしはそう思って、頭が真っ白になっていた。
 次の瞬間、彼の声があたしの意識を刺した。
 「アブねー、気を付けろよ」
 まるで平静な、戸惑いも困惑もない、当たり前の声だった。
 「わ、解った、解ったから離して」
 彼の声とは対照的に、あたしの声は上ずっていて、すっかり元の声になってしまっていた。
 彼の腕が離れると同時に、あたしは腰を抜かして、しゃがみ込んでいた。
 彼は心配そうにあたしに声を掛けてくる。
 情け無いけど、しばらく何も応えられなかった。
 数呼吸そのままで、力が戻るのを待つしかなかった。
 「大丈夫、何でもない、うん、大丈夫」
 なんとか気力が戻ると、あたしはそう言って立ち上がった。声の調子も男の子のカヲルに戻った。但し表情があまり見えないように俯いていた。
 「ありがとう、転んじゃうところだったよ」
 「お安い御用だけど、身体なまってるんじゃないか?」
 「しかたないよ」
 とりあえず、病気の所為にしてしまおう。間接的な原因として嘘じゃない。浩樹君の顔をそっと窺うと、心配そうにこちらを見ている。あたしは余計に緊張した。
 「そうだな、どっかに行って休むか?」
 もう限界だった。ここまでは楽しくやって来れたけど、もう出来そうにない。無理だ。
 あたしはそう感じていた。今の出来事はショックだったけれど、それでなくても、もうかなり時間が経っている。これ以上男の子のカヲルを続けるのは無理だった。気が付かない間に溜まっていた疲れが、今の事件で表面化したのかも知れない。咽喉も強張っているし。
 「大丈夫、それにそろそろ帰らないと」
 そういうあたしに対して、彼は一旦抗議の声を挙げたけれど。
 「え、もう帰るのか」
 あたしの顔から血の気が引いていたんだと思う。
 彼はちょっと眉を顰めて言った。
 「やっぱり、まだ本調子じゃないのか」
 「そんなことないよ、大丈夫。でも今日はもう帰るよ」
 「そうか」
 「ごめんね」
 「気にすんなよ。続きはまた今度でイイしさ。体調良い時にな」
 謝るあたしを慰めるように彼は言った。
 続きってなんだろう。ゴメンね、浩ちゃん、カヲル君、続きはないんだよ。
 「駅まで行けるか?」
 「うん、大丈夫。別にどこも何ともないんだから」

 小学校を出て歩き始めると、さっきの衝撃でかなり動揺していたあたしの気持ちも、どうやら落ち着いてきた。気持ちが落ち着いてくると、今度はさっきの事が気になり出してきた。
 彼は本当に何にも気付いていないの?
 どう見たって、気付いた様子はないけれど。何か疑問を持った様子はさらさらないし。
 あんな状況になっても、もし本当に気が付いてないなら、それは相当ニブいんじゃないでしょうか?
 勝手なものだと自分でも思う。もちろんあたしはバレないように細心の注意を払ってきたわけであり。
 でも、ここまで来てなんの疑問も持っていない彼を前にすると、ちょっと腹の立つものがある。
 いくら髪の毛が短くなっているからって、いくら幼なじみのカヲルが女顔だったからって、先週まで何度もデートした相手でしょ!
 わかんないの!
 と、言いたくなる。あんなに密着してもわからないなんて、鈍感にもほどがある。理性では仕方ないかなと思い、自分の計画に納得しつつ、感情面では全然納得がいかない。自分の計画通りに事が運んで、それで腹を立てるなんて、理不尽と言うか不条理というか。
 我ながら訳が解らなくなってきた。

 彼が色々と話しかけてきても、ろくに返事もしないで歩いていたら、いつの間にか駅前の交差点まで来ていた。
 駅まで送ろうと言う浩樹君を宥めて、あたしたちはここで別れることにした。
 心配そうにしている彼にあたしは静かに言った。

 「大丈夫、見送られるのは嫌だしね」
 納得はしないけどお前がそう言うなら、と言う顔で彼は首肯いた。
 そんな彼を見ていて、あたしはつい一言言いたくなってしまった。
 「そういえば、浩ちゃん、妹のカヲルを随分、ニブイって笑ったって」
 「なんだ、笑ってなんかないぜ。確かにあいつはちょっとニブイし」
 「そういう、浩ちゃんだって相当なもんだよ」
 「はあ?」
 そこで信号が変わったので、あたしはさっさと歩きだした。最後のセリフは少し彼から離れてから、大き目の声で振り向きながら言った。
 「じゃあね。大莫迦ヤローの浩ちゃん。ここでバイバイ」
 彼は一瞬、あたしを追いかけようとしたみたいだったけれど、思い止まって通行人の邪魔になっていた。
 「前見て歩けよ。じゃあな、また電話くれ」
 あたしは、歩きながらもう一度振り返ると、手を上げて応えた。そして前を向くとまっすぐ駅に向かった。背中に彼の視線が感じられたけれど、もう振り向く勇気は無かった。

 切符を買うのにしばらく掛かり、改札口を通るまでには何分か経っていた。浩樹君ももう交差点の周辺にはいないだろう。
 あたしはホームに向かう通路の途中で、人の流れの邪魔にならない柱の陰を見つけると、そこに身体を寄せた。
 最後にもう一つやることがある。
 そう、保留にしておいた質問に答えなきゃ。
 ボクはもう会えないんだって、伝えるつもり。
 あたしは気力を振り絞ると、ケイタイを取り出しナンバーオフで浩樹君のケイタイへ電話した。

 ケイタイが鳴った。
 夕方の駅のホームは次第に人が増えてきて、あまり平気で話せる場所じゃない。
 あたしはすっかり疲れ果てて、駅のベンチにへたり込んでいた。
 もしやと思ってあたしは恐る恐る、応えた。
 「もしもし?」
 『あ、オレ、浩樹、カヲルか?』
 「あ、浩ちゃん」
 やっぱり。
 『え? あれ、おまえ早坂カヲルか?』
 あ、やばっ。声のトーンも戻ってなかった。
 「違うよ、あたし。二条カヲルだよ、ごめんね浩樹君」
 『なんだ、やっぱりそっくりだな』
 「なに、なにかあったの?」
 『今お前の兄貴に絶交を言い渡された。訳が解らない』
 絶交? ……そんな憶え、無い。何でそうなるの?
 「何で絶交なの?」
 『オレが聞きたい。くそ、機嫌よく話し合えたと思ってたのに。オレが何をしたって言うんだよ』
 「絶交って言われた訳じゃないでしょ」
 『同じことだよ。もう会わないって言われたんだ』
 「えと、ちょっと違うんじゃないかな」
 『ま、いいよ。兄貴に伝えといてくれ。オレが怒ってるってさ、莫迦野郎って言ってたってさ』
 「ゴメンね」
 『お前が謝ることじゃないだろ、とにかく伝えてくれよ。まったく』
 「解った」
 『じゃあな』
 「うん、じゃあね』
 それだけで通話は切れた。浩樹君は自分でも言ってるように、かなり怒っているようだ。
 あたしだって少しは腹を立てていたのに。今は少し悲しい。
 失敗だったかなー。男の子モードのカヲルと浩樹君を会わせたのって。
 でも会わせたかったんだ。
 あたしだって会いたかったんだ、男の子のカヲルに。
 小学生のカヲルは宙ぶらりんのままで、どこにも行くところが無かった。
 同じように、今のあたしも宙ぶらりんだった。自分自身の過去がなかったんだから。
 だからあたしは女の子のカヲルと男の子のカヲルをちゃんと繋げたかったんだ。あのカヲルの延長上に今のあたしがいるんだって事を実感したかったんだ。そうしたら、男の子のカヲルはあたしの中で静かに眠れるような気がしたんだ……。
 浩ちゃんがあたしを一つにしてくれる、そう思ったんだ。
 そして『カヲル君、ごめんね。もう眠っていいよ』って言いたかった……。
 さあ、これから最後の難関が待っているんだぞ。
 あたしは気を取り直して顔をあげた。
 いつまでもここに座っていても仕方ないじゃない。眼鏡を外して、帽子も取る。
 気が付くと雨が降ってきていた。どおりで髪の毛のセットが解けて来るのが早い。
 手にしたままだったケイタイに気が付いて、しまわなきゃと思う。そこで、ふと気が変わってあたしは操作ダイヤルを回した。

 駅前の雑踏にぼーっと立っていると、通行人が邪魔そうによけていく。さっき、浩ちゃんと別れた駅から、二つ程ターミナル方面へ戻った所の駅だ。半分以上の人が傘を差していた。
 そうだ、あたしも傘は持っていたんだっけ。かなり気が抜けているらしい、思いつかなかった。
 バッグから傘を出そうと思って、肩から外したところへ、声が掛かった。
 「カヲル、お待たせー」
 ゆかりだ。ピンク色の傘を差していて、顔に傘の色が映えている。黒い長袖のシャツと桜色の花柄のスリップドレス、足許に黒いエナメルのミュールという姿はまるで、若奥様が近所にちょっとという風情だった。
 「あ、なにやってんの。びしょ濡れじゃない。傘忘れた? 改札口の方で待っていればいいのに」
 ゆかりがあたしを見て、呆れるように言った。そう言いながら、傘が二人の上にかかるように差し掛ける。
 「あ、そうだっけ。ゴメン、今傘を差そうと思ってたんだ」
 「持ってるんだったら、最初から差しなさいよ。もう、こんなに濡れて」
 ゆかりは手にしたハンカチで、あたしの肩や頭から雨をふき取ろうとして、手を差し伸べた。
 「ゆかりー」
 次の瞬間、傘を手にしたままあたしはタマがいつもやっているように、ゆかりの首に抱きついていた。
 「カヲル? どうしたの、なにがあったの?」

 「あんたが休みの日に電話くれるなんて珍しいじゃない、しかも泣きついてくるなんて」
 夕方の小雨の降る道を二人で歩いていくと、水底を歩いているような気分になった。駅前のにぎやかな通りから離れるとあまり人通りがなく、とても静かだ。まるで見渡すかぎりの世界に、あたしたち二人しかいないみたいだ。
 「うん、誰かに泣きつきたい気分になって……。今、ゆかりしか思いつかなかったの。邪魔じゃなかった?」
 「全然大丈夫よ。今日は何だか素直ね」
 服装の所為か、ゆかりもいつもより優しい感じがする。
 「そう言えばゆかりンちって、こっちのほうじゃないよね?」
 「別宅があるのよ。あたしのダンナのアパート」
 「え? そんなとこ、御邪魔していいの?」
 「いいのいいの、半分あたしんちみたいなもんだから。実は週末は大抵、こっちに来てるんだよね。ほとんど通い妻って感じ。ダンナは出掛けてもらったから、今は居ないけど後で帰ってくるよ、いい?」
 「うん、ありがと。そんなに長居はしないよ。あたしの方こそ、いいの?」
 「気にしないで」
 ゆかりの「ダンナのアパート」はそこからすぐのところだった。駅から歩いて五分かそこらで着く所にある、鉄筋コンクリート十階建てのアパートだった。部屋は二階で、2LDK。こじんまりとしているけれど、二人には十分な広さがあるんじゃないかと思う。何だか新婚家庭に御邪魔するような気がした。
 リビングは若草色の絨毯の上に黄色や赤の座布団と白いテーブルが置かれていて、全体に可愛い華やかさが漂っている。とても独身男性の部屋とは思えない。家具やなんかは、ほとんどゆかりの趣味なんだろうな、きっと。
 「ダンナは晩御飯頃までは帰ってこないから、安心して」
 お茶とお茶菓子を用意して二人でリビングに寛ぐと、ゆかりがさっそく水を向けてきた。
 「それにしても、訳解んない格好じゃない。髪形をお子様にしたと思ったら、服の趣味まで変わったの?」
 あたしは神妙に応えた。
 「これは、コスプレ。今日、彼と会っていました。でもデートって訳じゃなくて、同窓会。あたし、男の子の振りして会ったの」
 「え、なんで? どう言う意味?」
 ゆかりは私の話が見えないみたいだった。
 「あたし、小学校を卒業するまでは、男の子として育ったの」
 自然にあたしはそう言っていた。
 「どう言うことな訳、それって?」
 それに応えて、いつの間にか昔の色々なことをゆかりに話し始めた。
 「専門的なことは解らないんだけど、一種の病気でね。それで男の子と間違えられて、男の子として育てられてたんだ。だから、彼は女の子のあたし、二条カヲルが自分の幼なじみ本人だとは気付いてないの。彼にとって、幼なじみの親友は早坂カヲルって言って、その子は間違いなく男の子なの。男の子の時はしょっちゅう女の子に間違われてて彼にも美人顔って揶揄われてたんだけど。
 そう言うわけで、今日は男の子を演じてたの」

 あたしが友達に、本当に自分の話をしたのはこれが初めてだった。



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