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カヲルの事情 6

by WATARU 1024




 このお話は「二人のカヲル」のカヲルサイドの事情を描いたものです。「二人のカヲル」の少なくとも第三話までは読んでおいていただくと、解りやすいと思います。それに、もしかしたらその方が面白いかもしれません。

[「二人のカヲル」へ]




 「初潮ですね、多分。心配ないですよ、順調に発達してると思います」
 ボクは自分が男だと思っていたので、何を言われたのかまるで理解出来なかった。
 やっぱりちょっと暗い女子中学生だったな、あたしは。
 あたしは浩ちゃんが好きなんだ。
 でもそれが、恋と呼べるものなのかは、その時のあたしには解らなかった。
 「このまま二条の家にいるかい? 僕たちの娘になるかい?」
 叔父さんがあたしにそう尋いたのだ。
 新しい生活の始まり。高校へ入学。
 あたしは、中学の時のような灰色の生活を繰り返さないと、心に誓った。あの時見つけた浩ちゃんに誓った。

 そして、あたしは浩ちゃんと再会した。










 三.ぼく、あるいは、あたし (2)


 そして、あたしは浩ちゃんと再会した。

 こんなに急に、浩樹君と親しくなれるとは思っていなかった。
 自分がどんどん貪欲になっていくのが解る。一日経つごとにあたしは贅沢になっていく。

 それと同時に彼に本当のことを伝えるのが怖くなってきた。
 幼なじみのカヲルとして会う以上、すぐではなくてもやがて、浩樹君に真実は伝わるだろう。
 その時あたしはどうすればいいんだろう。
 実はそうだったんです、御免ねー、で済むわけはない。
 答えを出せない問い、自分自身でも明確にならない問い掛けに、もどかしく悩んだまま、約束の日曜日は近づいて来る。
 何度か、やっぱりやめちゃおうかなー、と思った。
 男の子になって幼なじみのカヲルとして、一度会っておきたい。そして何も言わないままいなくなったことを謝りたかった。
 でもそうすることで、現在の関係が壊れてしまうかも知れないと考えると、気持ちが後ろ向きになる。
 あたしは自分がどうしたいのかも解らないまま、とにかく一度は浩樹君とカヲルを会わせようと決心した。
 浩樹君との約束、義母の助言。それだけを心に浮かべて気持ちを整理した。

 週末に彼の家にいった後は、デートをしていなかった。
 浩樹君は部活や予備校で、週の半分がつぶれてるので、デートをするとなると、金曜日か土日、でなければ部活の後ということになる。部活の後では、門限のあるあたしとしてはちょっと悩むところ。結局、水曜日に部活の後で会うことにした。
 そのかわり毎晩電話で話した。お蔭で祖父母にはしっかり彼氏が出来たことがバレてしまった様子だ。二条のお義母さんは、あたしが話したので知っていたけれど、祖父母の反応はちょっと心配だった。
 ところが予想に反して、祖母は大したことを言わなかった。もしかしたら、お義母さんが何かいったのかも知れない。一緒に暮らし始めてから、生活全般について細々とうるさく言われていたので、これは意外だった。そう言えば、祖母は礼儀作法や生活習慣についてはとてもうるさいけれど、あまり女の子らしくしろとは言わなかった。ママが漏らしていた祖母の様子とは少し違うようだ。もっとも身だしなみについてはとてもうるさいけれど。
 きっと二条の義父もこの祖母に散々躾けられたのだろう。今や義父は自称「自称紳士」なんだから。

 水曜日のデートはあたしが緊張していたせいか、あまり話しもしなかった。ただ黙って歩いていた。
 門限に間に合うまでの一時間ほどを一緒に過ごした。
 「なんか今日はおとなしいじゃないか。どうしたんだ」
 そろそろ帰ろうかという時間になって、浩樹君が言った。
 制服のままで、腕を組んで歩くのは、本当のことをいうと少し照れ臭い。だから組む腕に力が入っていなかった。この前のデートの時は、あたしは舞い上がっていて、照れる余裕も無かった。だから、浩樹君の腕をずっと力んで持っていた。
 ほんの少し余裕が出てくると、それが返って羞ずかしくなってしまった。
 これが最後かもと、心の片隅で考えて憂鬱だったせいもある。
 あたしはいつにも増して複雑だったわけ。
 「そうでもないよ」
 「こないだのこと気にしてる?」
 「え、ああ、あれは別に……、うん、気にしてない。浩樹君の方こそ気にしてる?」
 「まあね、あー」
 彼は少し言い淀んで、顔を赤らめた。何か言いかけて止める。
 「どうしたの?」
 「こないだの続き……」
 「え? 続きって、なんの?」
 何かやりかけのことなんてあったっけ?
 電話で話したことかな、それともこの間のデートの時とか?
 「押し倒す話!」
 押し殺したような声で、彼がそう言った。
 「あ!」
 バンジージャンプ!。
 「やっぱりニブイやつ」
 そう言われてやっとなんの話か気が付いた。気が付いた途端、顔が熱くなって動悸が激しくなってしまった。
 だって、あれは続きっていうか、そういうものじゃないんじゃないでしょうか。そんな言い方じゃ、さっぱり解らない。もっとも単刀直入に言われたらどんな顔で答えていいか解らないけど。
 「せ、制服でする話じゃないよね」
 あたしも小声になってそう言った。
 「制服は関係ないだろ」
 「そうかな」
 「おまえの気持ちはどうなんだ?」
 「あたし、あたしの気持ちは変わってないよ。浩樹君は」
 いつの間にか立ち止まって、そう答えていた。
 「オレは変わらないさ」
 そうだといいんだけど。
 気が付くと、あたしは彼にキスをされていた。触れるだけのキスではなく、制服には相応しくないキスだった。

 翌日になってもあたしの決意は揺るがなかった。もうどっちにしろ、早く決めたい気分になっていたから。
  その日、あたしは髪を短く切った。
 鏡の向こうから、小学生のカヲルに良く似た女の子がこちらを見ていた。
 本当に小学生だったころはもっと単純な髪形で、そのままではさすがに莫迦みたいで。
 とは言え、後はセットでどうにかなると思う。
 服装は、小学生の時のものがそのまま入ってしまう。確かに腰回りや胸回りは大きくなっているけれど、身長は少ししか伸びていない訳で、当然といえば当然。もともとがルーズなデザインだし。但し若干シルエットが違う。腰の大きさはちょっと隠しようもない。上着で隠れるからイイか。
 着替えてみると、なかなか似合っている、と思える。もちろん小学生には見えない。中学生くらいのボーイッシュな女の子か、かわいい男の子、そんなところかな。……あまり男の子には見えないか。ま、昔からよく女の子に間違え(?)られてた訳だし、こんなものか。
 こんにちは、久しぶりだねカヲル君。
 半ズボンで厚手の靴下なんて、何年ぶりかな。うーん、履き心地悪い。こんなだったかなぁ。それから、フード付きのたっぷりしたパーカー。けっこう高校生ぐらいでもこんな格好で歩いてる男の子は多いけど、言っては何だけど莫迦っぽい。
 とは言え、男物の普通のシャツを着るとさすがにあちこち目立つだろうし。
 ……仕方ないか。

 幸い制服はショートヘアでもそれ程おかしくはならなかった。
 翌日登校すると、あたしの周囲は大騒ぎになってしまった。
 「カヲル、どうしたのその頭」
 「失恋でもした?」
 「男にフラれたって?」
 「カヲルが失恋して髪切った?」
 「カヲルが失恋? 相手どんな人? 誰? 男、 女?」
 「カヲルって彼氏いたの?」
 「きゃーかわいい!」
 「男の子みたーい」
 「何でもないよ、そろそろ夏だから」
 「またまたー。白状しなさいよー」
 「何でもないったらー」
 あたしはとぼけたまま、なだめすかすように周囲の騒ぎをやり過ごした。そして授業が始まった。
 一旦慣れてしまえば、誰も人の髪形なんかをいちいち話題にはしないけれど、今日一日くらいは覚悟していた。特にゆかりとタマは追及が厳しいから。
 昼休みには三人揃って、さらに大勢のおまけまで連れてやって来た。あわよくば、捕まる前に逃げちゃおうかなー、と考えていたあたしは、あっさり逃げ遅れた。
 「さ、白状して」
 クールにそのくせ楽しそーにゆかりが言った。
 「失恋したわけじゃあ、なさそうにゃー」
 タマも楽しそー、いーなー。あたしもそっちがイイ。
 「みんななんか楽しそーねー、あたしうらやましーなー」
 既に私の笑顔は引きつっていて。
 みんな怖いよ。その獲物を見るような目はやめようよー。
 「そー、みんなは期待している、君が提供してくれる楽しそーな話題に」
 「はっきり言って、みんな身近な話題に飢えてるのよー」
 「あんた最近彼氏持ちになったんでしょ、話題提供しなさいよー」
 「まあまあ、皆さん、カヲルちゃんもこんな大勢で迫ったら怯えてしまいます。ここは一つ私にお任せを」
 「って、ゆかりどうすんのよー。あんたが質問すれば答えるって訳でもないでしょ」
 「それは、カヲル次第だけどねー。ネッ、カヲル。何でまた急に髪切ったノー? お姉さん達に教えてくれないかなー」
 「だから、夏も近づく……」
 「茶摘みじゃないんだから」
 「……から、暑さ対策で。」
 ゆかりはあたしの肩に腕を回すと、おじさん風の声で言った。
 「あー、二条カヲル君、今ならまだ間に合う、正直に答えたら如何かな」
 こいつは演劇部か! もー。
 「ほんとに、大した話題なんかないの。失恋も喧嘩も事故も三角関係のもつれもなし。殺人事件も謎の失踪事件も、お化けも妖怪もシュウキョーも一切ナシ!」
 「ほんと?」
 いつものゆかりの口調で念を押す。
 「本当です」
 「だってサ。どうする、皆さん?」
 「なーんだー、つまんないのー」
 「カヲルだから、てっきり楽しそーな話題があると思ったのになー」
 「なにそれー?」
 「三角関係のもつれぐらいあっても罰は当たんないよねー、美人なんだからサー」
 「止めてよ、そんなのー」
 「でも、けっこう似合ってるよ」
 クラスメートたちは好き勝手な感想を言って、ぱらぱらと散っていった。
 あとには、いつもの四人だけが残った。
 「御飯食べに行こっか?」
 あたしは、ゆかりの腕から逃れながらそう言った。
 「でも本当はどうかにゃー、夏だからって、そーんなに短くした理由になんないにゃー」
 ギクッ。
 タマがぽろっと、猫モードで言う。ニヤニヤ笑いが顔に浮かんで、こっちをじっと見上げる。
 「だよね」
 ギクゥッ。
 横で改めてあたしを捕まえて、ゆかりが答える。にっこり笑って。
 「そっかー」
 ミケがゆかりの反対側からあたしの腕を押さえてた。
 ……こいつらはー。本当に怖いぞ、君たち。
 「初めて物語でも聞かせてもらえるかなー」
 だから誤解だってー!

 「オトート、オトート! そのオトート傑作ぅー!」
 大笑いしているゆかりは、眼に涙まで浮かべていた。
 タマとミケはさすがにちょっと同情的な表情だけど、笑いを堪えているようにもみえる。
 「そんなに笑うことじゃないでしょ」
 「笑えるよー」
 「いやー、やっぱり他人事だと思うと、笑っちゃうかなー」
 ついに、そう言ってタマまで笑いだした。ミケも我慢するのを止めてクスクス笑い始めた。
 「タマまで、笑うー」
 そんなに笑うかなー。確かに自分でもちょっと喜劇的だとは思いますよ、ええ。でもそこまで笑わなくてもいいんじゃないの?
 三人が笑っているのは、あたしが週末、彼の家へ行ったときの出来事を聞いてだ。
 髪を短くした理由を問い詰められても、説明出来る様な理由はない。で、とぼけていてもゆかりは許してくれない。かわりと言っては何だけど、彼との近況報告をすることになってしまったというわけ。
 先日、ゆかりには彼女の「初めて物語」を聞かされたばかりだから、こちらも知らないふりは出来なくて。
 彼女たちはてっきり「初めて物語」を喋らそうとしたらしくて。
 かくて、ゆかりの大笑いとなっているんだけど。
 「ちょっと失礼だよ。そんなに笑うなんて」
 「やー、御免御免。まあ次もあるしさ、がんばって」
 「笑いながら言われても、嬉しくない」
 「へそ曲げないでさ。イイじゃない、彼氏と上手く行ってるんなら」
 「次があればね」
 あたしは少し憂鬱になった。
 「なに、喧嘩でもしてるの?」
 「髪切っちゃったからなぁ」
 「髪切ったらフられるような仲なの?」
 「そういうわけじゃないけど」
 「無断でばっさり切ったのかー、そりゃ怒るかも。まるでお子様だもんね、今や」
 「そうねー、髪の長さ気にする男って多いらしいしー。フられるかな?」
 ミケは一応心配そうにそう言ってくれる。
 「ボクは君の長くて綺麗な髪が好きだったんだ、そんなお子様頭じゃ、付き合えない」
 タマの方は完全に面白がって、変なお芝居を勝手に始めている。
 「やっぱりそう言うのって、あるかなぁ」
 と、あたしは呟いた。
 「自分で勝手に切っといて、今更心配するかぁ?」
 それを聞きとがめたゆかりに、しっかりつっこまれる。
 まあ、その通りなんだけど。ただ、単純に髪が短いって事が問題な訳じゃないところが、悩みのタネなんだ。
 「だって、切ってから心配になったんだもん」
 「本当?」
 「……うーん」
 「実は、フられたくて髪切ってんじゃないの」
 ゆかりの追及が始まると長くなりそう。
 「そんな訳ないよ」
 「そうかなー、カヲル男嫌いだったみたいだし」
 「えー、そうだったの!」
 「えー、それで彼氏いるのー、世の中不公平だぁー」
 ミケとタマが一緒に声を挙げた。
 「違うってば!」
 「そう? でも、カヲルって、男の子達が来ると逃げるじゃない。申し込まれても絶対断わってたし」
 「あれはねー、もう。そうだけど、ちょっと違うんだよね。
 ……男嫌いなんじゃなくて、集団でいる男がだめなの。群れているとちょっと怖いのよ、特に制服だともうダメ、寄るな触るな! って感じ」
 「カヲルって、あんた中学は共学だったんでしょ、なんで?」
 「だからウチみたいなとこ来たんでしょ、 わざわざ高校から女子コー来るのってそういう娘も、多いよね」
 「そういう意味じゃ無くてさ、原因の話」
 「とにかく制服の集団がダメなんだ。もう最初ッからだめ、中学ン時は、男子がいない方いない方って逃げてたから、もう大変」
 さすがに、今は以前ほど詰め襟恐怖症もひどくはないから、大丈夫と思っていた。良く見ていると解るほどだったとは思わなかった。
 「申し込み断わってたのは、好きなひといたから?」
 「そう、単純な理由でしょ」
 「まあね、それで何で髪切るのかは、解らないけど」
 結局そこへ話が戻る。ゆかりはやっぱり怖い。



 幕間3

 「あ、お義母さん、カヲルです」
 明後日はいよいよ、決行の日という時になって、あたしはすかっリ怖じ気づいてしまって。
 とうとう、義母に救いを求めることにした。
 そうです、あたしは実は小心者なんです。
 義母には、髪を切ったこと、浩樹君はまだ本当のことを知らないということ、明後日に双子の兄として会う約束をしているということを説明した。
 そして今になって、兄として会うのが怖くなって、迷っていることなどを話す。
 「それで、本当のことは話すの?」
 「解らない、初めは会うときだけ、双子のつもりで会って、すぐ種明かししようかと思ってたんだけど。ちょっと怖くなっちゃって。 バレないようならそのまま行っちゃおうかな、なんて」
 「そうねぇ、彼の方の状況が解らないから、はっきりしたことは言えないけど。出来るなら、はっきり言ったほうがいいわよ。最初からそのつもりだったんでしょ」
 「うん、そうなんだけど」
 「それが出来ないから相談してるんだってばって?」
 「うん、そうなんだけど」
 「珍しいわね、そんなに迷うなんて」
 「迷っているっていうより、怖くなっちゃって。ダメだなー、もう明後日が来ないで欲しい気分」
 「でも、早く来て欲しいとも思うでしょ?」
 「……うん」
 「大変ねー」
 そんな風に、義母はしばらくあたしの愚痴に付き合ってくれた。
 そう、結局この電話はあたしの愚痴なんだ。臆病なくせに大胆なことを決めてしまって、実行する段になって、おどおどしている自分に対する愚痴。
 でも、こうして義母と話しているうちに気分が落ち着いてきたのは確か。電話してよかった。
 「あ、そうそう、こないだね、早坂のうちに行ってきたんだ。もしかして聞いてる?」
 浩樹君との話が一段落してきたところで、あたしは義母に日曜日に実家へ行ってきたことを告げた。そのこと自体は、きっと伝わっているだろうと思ったけれど、一応言っておくことにした。何しろ連絡するようにと、義母には前から言われていたのだから。
 「ええ、聞いたわ。その日のうちに、義姉さんから電話もらったわよ」
 「そっか。なんか言ってた?」
 「カヲルはカヲルなりに女の子らしくなってるのねって言ってたわ」
 「ふーん、そんなこと言ってたんだ」
 あたしには何も言わなかったママが義母にそんなことを言っていたのは、少し意外だった。

 「浩樹君にあなただって解らないと思う?」
 少し他の話題で話した後に、義母は突然聞いてきた。
 「え?」
 あたしは、答えに詰まった。
 もちろん、あっさり正体がばれる可能性もある。仕掛けを見破って欲しいと思う気持ちもあるし。でも騙せるなら騙したいという気持ちもある。
 彼は少し素直すぎるところもあるみたいだし。

 「双子の兄として、待ち合わせ場所に来た男の子が、実は彼女として付き合っている女の子だと解らないと思う?」
 「それは……、解るかなぁ、やっぱり」
 「本当はもう言うつもりなんでしょ。だって髪の毛まで切っちゃったんだもの。当日騙せても、それっきりにするつもりじゃない限り、次のデートで解るでしょ」
 もちろん、その通りなのだった。
 そして出来れば、それっきりにするつもりなんか、全然なかったのだから。
 本当はとうに迷う余地など無くなっていたんだ。



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