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カヲルの事情 3

by WATARU 1024




 このお話は「二人のカヲル  二.あのこ」のカヲルサイドの事情を描いたものです。「二人のカヲル」の少なくとも第二話までは読んでおいていただくと、解りやすいと思います。それに、もしかしたらその方が面白いかもしれません。

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 電車に揺られながら、あたしは口の中で、名前を並べてみる。
 ビックリするくらい、手が早い、魅力的な男の子。
 一人でいると、唇の感触がよみがえる。
 ダメダメ、気を落ち着けて。
 あたしは窓の外を見る。夜の街は真っ暗だ。窓ガラスにあたしが写っている。
 これからは、いつも、浩樹君と呼ばなきゃね。
 小学生のカヲル、浩樹君はカッコ好くなってたよ。
 あたしは、窓の影にささやいた。










 二、かれ (1)


 浩樹君との電話での会話をおえて、あたしはため息をついた。いつの間にか緊張していた。肩も硬くなっている。無理もない。別に電話が苦手なわけじゃない。相手が問題なんですね。

 密度は濃かったけれど、まだ一回しか会って話したことがない相手なんだから。一日会わないだけで、不安になる。声にまだ馴染んでない。
 ちょっとすると、頭の中でボーイソプラノが響いている。
 それはあたしより背が低かったころの「浩ちゃん」だ。
 今はすっかり咽喉仏が大きく出っぱっちゃって、低い声を出している。まだ、一回のデートで聞いただけの声。電話で聞くと少しこもっていて、聞き取りにくいと思ったら、家族の手前、何やら思うところがあるみたい。
 うふふ、変なところに気を使うのが可笑しい。
 とりあえず、明日のデートは制服のままだからいいけど。土曜日は何を着ていこうかな。さすがに制服じゃ莫迦みたいだし。
 なんかイイのないかしら。うーん、デートの約束しちゃってるから、買い物には行けないしなー。それとも買っちゃおうかなー、デートの途中で。そう言うわけには行かないか。いくらなんでも浩樹君を連れて、お店に入れるほど馴れてないよ。
 でも、彼そう言うの嫌がりそうな感じ。ただし頼めば付き合ってくれそう。知らない間に随分女の子に甘くなっているな。この、プレイボーイめ!
 ま、いいか、何着ていくかは土曜日までに考えよう。

 翌日登校すると、目ざとい友達にすかさずツッコまれた。
 「カーヲールーちゃん。ほーら、おねーさんに白状しなさい。あんた。ここんとこ、ずいぶん、楽しそうだねぇ。なにかいいいことあった?」
 妙にこってりした猫なで声で迫ってくるのは、タマちゃんこと、玉川佐紀子。結構なお調子者のクセに、ときどき鋭い。実は単に鋭いけど、普段は猫をかぶっているのかも知れない。そうだとすると、変な猫かぶり。
 それはいいけど、言いながらこの子は人の首にぶら下がってくるんだ。さらに顔をすり寄せてくすぐったい。
 「こらこらタマちゃん、おいたしないで」
 「にゃーぁお、白状しないとこのままだおー」
 タマは猫モードになって、ますます首をすり寄せてくる。
 「そうそう、きりきり白状しませい」
 変な日本語を使うのは、時代劇ファンの遠藤ゆかり。
 少し高めの背のあたしと同じ背丈でプロポーションはいいんだけど性格がサバサバしすぎているような。男の子となんて付き合わなそうでいて、実は年上の彼氏がいた筈。見れば顔には意味不明な余裕の笑みが浮かんでいる。
 「ちょっと、ゆかりまで、なんなのー。あたしが何をしたぁ」
 「ひとりで楽しそうだにゃあ、楽しみは分かち合うにゃぁ」
 「えぇい、人の首にぶら下がるんじゃねぇゼ、こうしてやるぅ」
 あたしは、タマの首に腕を回し、首や脇を盛大にくすぐる。
 「きゃあー! ちょっと、ああん、やめてカヲル御免なさ、イヤー」
 タマの猫なで声が、途端に黄色い悲鳴に変わる。彼女があたしの首に回していた腕が外れ、あたしは腕の力を緩めた。タマはしゃがみ込むかと思ったけど、意外に堪えていないみたい。
 「はぁー、朝から何よー反則ぅ」
 まだ声は裏返ったまま。息も切れている。自業自得よね。
 「あんたの負け。飼い主呼んどいで、タマ」
 「ゆかりまでいじめるー」
 小柄でその上可愛い顔しているんだけど……。
 ぶつぶつ言いながら、もう一人の子猫ちゃんを探しに行った。もう一人というのは、ゆかりが言うところの飼い主でミケこと、佐藤頼子のこと。彼女は本当に猫を飼っていて。その子が三毛猫なので飼い主の頼子も、ミケと呼ばれているわけ。タマのお友達だしね。
 彼女はタマと幼なじみで、あたしたちのグループでもふたりがセットになっている感じ。
 「それでさ、なに?」
 「ってなんな訳? あたしが聞きたい」
 「ホーそんなことを言ってよいのかね、二十面相君」
 この子も相当ヘンだわ。
 「誰が。小林君だって?」
 あたしだって、小学生の頃は少年探偵団に憧れてたモンですよ。
 「あんたの彼氏?」
 ゆかりが怖いことを言う。え? もうバレてる? ちょっと早すぎるよー。こっちは玉砕覚悟の気分なのにぃ。
 「なんのことかしら」
 「あったしっもまっぜてー」
 あたしのオトボケと、ミケこと、頼子の歌うみたいなのんきな調子の呼びかけが重なった。ミケは勢いよく、話の中に飛び込んできた。ゆかりはタイミングを外されて、ちょっとずっこけ気味。
 「カヲル、本当に彼氏、出来たのぉ?」
 ミケの単刀直入な発言に、ゆかりがつんのめるような身振りを入れた。そうだそうだー! そんなことあからさまに聞くんじゃない、羞ずかしい。
 「やっぱりこの感じは、ラブラブだよねー」
 と無責任な憶測で決めつけているのは、タマ。猫のクセにー。
 「あたしもそう思うなー、なんか綺麗になったよ」
 ミケがそんなこと言うから。
 「にやけてないでなんか言ったら、カヲルちゃん?」
 ゆかりは容赦なく追いつめて行くタイプで。あたしなんかはもう蛇に睨まれたケロッピーがいいところだ。
 「にやけてなんかないもん」
 ちょっとだけ口が緩んでるだけですよ、ええ。
 「ないもんじゃないでしょ、この口で」
 「でへへ、イヤー照れるぜ」
 「タマ! もう、そうじゃなくて」
 「照れてはいないと」
 「……はー。はい、参りました。白状します」
 とそこでチャイムが鳴った。
 「と、続きは昼休みね」
 「逃げちゃ駄目だよー」
 ミケはクラスが違うので、自分の教室へ引き揚げていった。
 なんて説明しようかなー。困った。
 あたしと浩ちゃんの浩ちゃんも知らない複雑な関係を、どう説明したら良いのやら。
 昼休みのことを考えると、気が重い。放課後のことを考えると、気もそぞろ。午前中の授業は何も耳に入らなかった。

 結局あたしは、昼休みにはおおまかなところは白状させられていた。
 ずっと好きだった幼なじみと会った事、デートしたこと。今日もデートな事。彼がどんな外見で性格か。
 「いーよなー、カヲルはそんな出会いがあって。あたしなんて好きな人もいないのに」
 「片思いですらないもんにゃー、不毛にゃー」
 ミケとタマは二人とも、本人たちの申告では彼氏いない暦=年齢だそうな。あたしだってつい先日まではそうだったんだけど。
 「そう言えばゆかりの彼氏ってどんな人なの? あたし聞いたことない」
 あたしは、矛先をゆかりに振ってみた。普段はあまり話したがらないけど、こんなときなら話してくれるかも。
 「そうだよ。いつ知りあったの? 年上って言ってたよね」
 「えー年上なの」
 思った通りにミケとタマは乗ってきた。人の彼氏の話というのは、自慢や惚気を繰り返されないかぎり、いつでも興味深いものがある。
 「あたしの場合はさ、小学生の時の家庭教師なんだわ」
 「え、ロリコンだったの?」
 「違うよ、それで知りあったの。恋人として付き合うようになったのは、高校入ってからだからなぁ。あたしはずっと好きだったんだけどね。相手にしてくれなかったの、中坊の頃は」
 「ねーねー、ゆかりが小学生の時、大学生ぐらいだったんなら、今いくつなの。社会人でしょ」
 「うん、去年就職した、二十三歳だよ」
 「う、経済力があるわけだ」
 「ノンキャリアの公務員だから、ビンボーだけどね」
 「でもやっぱりませてたのね。あたし小学生の時って、大学生のこと、オジさんにしか見えなかったよ」
 「あたしも頼ちゃんと一緒。お父さんとかの世代と区別つかなかった気がする」
 タマはミケのことを時々頼ちゃんと呼ぶ。小さい時からの習慣で馴染んでいるからだ。
 「それはさ、具体的な知り合いがいないからじゃないかな。あたしも彼以外は似たようなモンだったよ」
 「ふーん。でさ、彼氏、社会人なんでしょ。卒業したら結婚とかになるわけ?」
 「結婚?」
 あたしは思わず声にしていた。ミケは妙に具体的な方向へ話を持っていく。結婚と言う具体的には考えたこともないような出来事が、自分のクラスメートの目前にあるというのは、衝撃的なことだ。自分にとっては、遠い将来のことのように思えていたのに。
 「そっかー。後二年もしたら、奥様してる可能性もあるわけね」
 とタマが夢見るように言う。奥様って言うと何だかすごいなぁ。ゆかりが家庭の主婦をして子育てしてと言うのは、全然現実味がない。
 「それは解らないな。今のところ短大行くつもりだし。プロポーズされてるわけじゃないしね」
 「プロポーズされたら、結婚するの?」
 「されたらしてもいいかなとは思ってる」
 「結構具体的なレベルなんだね」
 あたしはため息が出そうだ。なんかゆかりって凄い。そう口にしたら、彼女は笑って応えた。
 「何言ってるの、あんただって、少しぐらい考えたことあるでしょ、彼氏との結婚」
 「あたしの場合、それは単なる夢だから……。だいたい彼だって、高校生なんだから、そんな話に現実感ないよ」
 「そう? でもいきなり来月には出来ちゃった結婚したりして」
 「そんなことあるわけないでしょ!」
 せっかく話がゆかりの彼氏の方に行っていたのに。油断してたら、変な話が出てしてしまう。
 「じゃ、本当にまだなんだ。卒業前にそんなことにならない様にね」
 「ゆかりこそ気をお付けクダサイ。おなか大きくさせて卒業式なんて先生たちびっくりするから」
 「ダイジョーブ、あたしも彼も気をつけているから。彼わりと協力的なの」
 「何に協力的なのかにゃー」
 タマは解り切った事を聞く。目つきが危ないよ、君たち。
 「ヒ、ニ、ン、に決まってるじゃない。いやん、昼間からそんなこと言わせないで」
 ミケも完全に遊んでいる。そりゃあたしだって、興味はあるけどさ。こんなところでそんな話しなくってもいいじゃない。まだ昼休みなのに。
 「でー、生々しい世界にゃぁー、へへへ」
 タマったらすっかり箍が外れている。
 「なんなんだよ、すっかりあたしの話になっちゃったじゃないか。この昼はカヲルの彼氏の話じゃなかったの?」
 「いやー、それはもうお仕舞いということで。」
 「そ、こっちの方が面白いし、ためになるわ」
 「ゆかり、一つ聞いていい?」
 「何?」
 「あの、……初めてのときって、本当に痛いの?」

 あたしが盛大に自爆した後は、話は徐々に落ち着いて。まともな会話が戻ったころには、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。
 なんかまだ頭がのぼせている感じだなあぁ。
 凄い会話をしてしまった。こんなに早くみんなに言うつもりはなかったんだけどな。まだどうなるか解らないんだから。
 ゆかりの話もかなりインパクトあった。結婚って何だろう。あたしもいつか、するんだろうけど。
 色んなことを考えているうちに時間が過ぎてゆく。
 案の定、午後の授業は全然聞こえてこなかった。
 放課後、先を急ぐあたしに、ゆかり達が声を掛けてきた。
 「カヲルー、『初めて物語』は今度してあげるからねー」
 「行ってらっしゃーい」
 これは、タマとミケ。三人で大笑いしながらあたしを見送っていた。羞ずかしいー。
 「はいはい、行ってきます」
 あたしはもう笑って応えるしかないじゃない。
 どうせ制服なんだけど、身支度を何度も確認して。あたしは彼女達に見送られて学校を出た。
 明日は学校が休みの土曜日だから、月曜日には彼女達に話題を提供することになるんだろうな。なんか大変。もっとも、全然かまってもらえないと、それはそれで寂しいんだけれど。
 待ち合わせの時間まで、充分余裕はある。でも早く会いたい。待たせたくない。私は急いで駅に向かった。
 もうすぐ衣替えだけど、もう随分暖くなっているから、急ぐとすぐに汗ばんでしまう。これはちょっと気になるところ。地下鉄はもう空調が入っているから、大丈夫かな。
 考えてみたら、この間はいきなりだったから、いろいろ気を回す余裕もなかったけど。ちゃんと待ち合わせてデートなんて初めてなんだ。失敗したかな。一旦帰って着替えて来るくらい、余裕のある時間にすればよかった。
 でもそうすると会える時間が短くなるなぁ。仕方ないか。
 明日はきちんとしていかなくちゃ。今日がこれだから、余計に気合いを入れて。あー、何着ていくか決まってない。
 そう言えば春物は小物しか新しく買っていない。ま、そろそろ初夏だけど。下着は新調しているなぁ。今日のも一応新しいのだし。
 ってあたし何考えてるの? うひゃー、羞ずかしい!
 思わず一人で赤面するあたし。
 辺りを伺って目立っていないのを確認しながら、あたしは地下鉄に向かった。

 思ったより地下鉄の接続が悪くて、予定したほどの余裕がなくなってしまった。待ち合わせ時間にはなっていないけど、早めに着いてゆっくり彼を待つというのは無理みたいだ。
 待ち合わせの場所は、あたしが時々使うことがある喫茶店。たぶん同じ学校の子は来ない。浩樹君の学校からわざわざ来るようなところでもないから。人目を気にせずノンビリ待てるはずだったんだけどな。いつももう少し遅い時間に来るから、電車の接続が良いのかも知れない。そのかわり今日よりずっと電車は混んでいる。
 店に向かうあたしの足が自然に速足になる。
 地下鉄の出口から地上に出るとすぐに、喫茶店の看板が目に付く。店の前にも窓の周りにも所狭しと、観葉植物が並べられているので、緑に埋まっているように見える。
 通りに面している大きな窓から、彼らしき男性の頭が見えた。はっきりしないけれど、浩樹君かも知れない。通りの方を見ているようだった。きっとそうだ。
 あたしはもう小走りになっていた。

 喫茶店のドアを前にして、少し息を整える。よし、汗もかいてない、服装も大丈夫かな?
 ドアを開けて、窓際の席を見ると、確かに彼がいた。浩樹君だ。
 あたしは夢中で彼のそばへ行った。
 「お待たせ。すこし早く来たと思ったんだけど、そうでもなかった?」
 「いや、オレがちょっと早く来すぎたんだ。まだ約束の時間じゃないよ」
 もうどきどきだぁ。あたしがしようとしたことを、しっかり浩樹君の方がしているなんて。頭の中でパニックを起こして何を喋ったのやら。
 しばらく、茫然としてたんだけど、落ち着いた頃に浩樹君が変なことを言っていた。
 彼は今日別に早く来ようと思っていた訳ではなくて、何やら事情があったためだという。
 彼の友人達が、あたしを見たいから付いて来るというのを、何とか撒いて来たとのこと。そのために早めに学校を出たら、予想以上に早くここに付いてしまったということだった。
 「そー言うわけでさ、今日はだいぶ早く着いちゃったんだよ」
 自信がないせいで、余計なことを考えちゃうのかな。あたしは不安になっていた。浩樹君が相手だと、なんだかあたしはいつも不安になる。
 「カヲル?」
 あたしは、浩樹君に自分の立場を確認してしまう。自分にとっての浩樹君の立場も確認してしまう。なんだか彼に「責任とってよ」と詰め寄っているような、惨めさを感じてしまう。
 「あたし、浩樹君の……彼女でいいんだよね」
 コンナことを改めて聞くのはちょっと嫌味かな。聞いている自分がちょっと情け無いけど聞かずにいられない。こんなであたし大丈夫かなー。
 「ああ。……ちゃんと付き合ってるわけだから」
 「ホントに?」
 誠実に答えてくれている彼に、ついくどく聞いてしまう。あたしだったら、うるさいって言っちゃいそうだよもう。
 「本当だよ、オレはさ、好きな女の子ってカヲルだけだし、カヲルのことは本当に好きだし」
 「……うん、ゴメン。あたしも浩樹君のこと好き、ありがと。でもなんで友達に紹介してくれないの?」
 あたしが不安の元を問いただすと、彼は見た目でわかるほど緊張を解いていった。
 「そんなことはないよ、あいつらだけは別だけど。まともな奴になら紹介するさ。隆一って奴は結構、あー、女の子に関しては鬱陶しい奴でさ、柿本ってのもその仲間で、ま、悪い奴じゃ無いんだけど、その辺のことはあいつらからは距離を置いときたい訳。それだけだよ」
 「そう? ならいいけど。そのうち友達にも紹介してね。浩樹君がどんな人たちと友達しているのか知りたいモン」
 少しはぐらかされたような気もするけど、そう聞いて安心した。別にあたしが日陰に追いやられている訳じゃないんだ。我ながら、女々しいかなぁと思う、こういう考え方。いつもはこんなこと考えないのに。ま、女なんだからしかたないか。ゆかり辺りに聞かれたら、一発ぐさっと来るようなこと言われちゃうだろうなぁ。
 「いいよ、了解しました」
 彼は軽く応じてくれた。確かに大丈夫かな。
 しばらくしてあたしが言った
 「あたしって、しつこいかなぁ」
 「どうして?」
 あたしが自分で勝手にくよくよしていると、彼は心配してくれるみたいだ。
 自己嫌悪。中学の時じゃないんだから、あんまりそうしてうじうじしてちゃいけないね。しっかりしなきゃ。
 中学の三年間は暗かったな。転校する事になる、親は喧嘩になる、あたしは学校で友達もいない。幸いいじめには遭わずに済んだけど。
 本当に今こうしているのは不思議な気がする。
 浩樹君はあたしを彼女として見ていて。あたしはあたしで、浩樹君の彼女として、当然のように彼を束縛するようなことを言っていて。それを彼は当然の様に受け止めていて。
 これは本当に不思議なことなんだ。
 ほんの一週間前には、心の中で彼に話しかけて、毎日の元気をもらっていた。でもそれは小学生の頃の浩ちゃんで。ボーイソプラノの声で話す元気な男の子だった。姿だけはあの日のイメージ、中学を卒業したばかりの浩ちゃんの姿が焼きついていたけれど。
 いつまでこうしていられるだろう。ひょっとしたら、ずっと続けていかれるかな。ううん、ずっと続けていきたい。
 少なくとももう少しだけ、あたしの浩ちゃんでいて欲しいな。
 あたしは肝心の話を、ふと思い出したようにして持ち出した。
 「あ、そうだ忘れるところだった。兄の予定」
 「なに? 何かあった?」
 あたしは恐る恐る、兄の予定が付かないので、次の日曜日は無理で、その次の日曜日はどうかと聞いた。
 彼は大して気にも留めずに、予定の変更を受け入れた。少し拍子抜けするくらい。あたしが謝っても、それを「なんで?」と言う顔で返すくらい。
 「でも次の日曜でもいいようなこと言っちゃってたから」
 「会えるって言うなら、今更一週間くらい伸びてもかまわないさ。四年以上会えなかったんだから。今は、女の子の方のカヲルと会えるしな」
 そんなことをさらっと口にする彼。
 「えっ?」
 あたしの心臓が、突然跳ね上がった。
 浩樹君はあたしの方を見ると、不思議そうに聞いてきた。
 「なに?」
 「あ、ううん。なんでもない、」
 まさかね。今のところ、全てを見透かしているなんて事は、あり得ないよね。あたしは兄の双子の妹なんだから……。


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