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二人のカオル                         by WATARU 1024
二人のカヲル_タイトル


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 五、オレたち


 オレは腹が立っていた。
 何故絶交なんだ!
 妹の方に電話をしても、意味がわからない様子だった。話していると八つ当たりしそうになって切った。
 あの莫迦、何考えてんだ。四年前には急にいなくなったかと思えば、今度は思わせぶりに現れて、ハイそれまでかよ?
 人を莫迦にするにもほどがある。
 オレにとっては、一番の友達だったのに…
 四年ぶりの再会が嬉しかった。あいつだって、体調が崩れるまでは、楽しそうにしていた筈だ。にも拘らず、絶交宣言と取れるセリフを電話で伝えるとは。
 家に帰っても、晩飯の時間まで、オレの気分はかなり荒れていた。
 しかし、時間が経って飯も済ませると、ようやく冷静な気分が戻ってきた。
 妹の方は、何と言っていたか。そして本人は?
 記憶をたぐり寄せると、確かに絶交とは言っていなかった。もう会えないって言っていたんだ。
 もう会えない? もう会わないではなく?
 いったいどう言う意味なんだ。
 そんなことを考えているところへ、双子の妹の方から電話が入った。
 「浩樹君?」
 「あ、カヲル。どうした」
 電話の様子が少し妙だった。いつもと違い受け答えが重く、思い詰めている印象があった。兄の事を聞いても、要領を得なかった。
 用件は翌日のデートの誘いだった。
 オレは月曜日は部活があるから、その後なら問題無かった。ところがカヲルはどうしても、放課後すぐに会いたいと言って聞かない。彼女の意外な態度にオレは驚かされた。今までの印象からすると、そういうことはあまり言わないと感じていたからだ。
 彼女の真剣な言葉にオレはあまり文句は言わず、言う通りにすることにした。部活を一日ぐらい休んでも、彼女の方が大事だ。それくらい切羽詰まっていると言う印象が、電話のこちら側に伝わってきた。想像するしかないが、兄の事で何かあるのかも知れない。
 オレはその時ふと、そう思った。

 翌月曜日、待ち合わせ場所は、あの店だった。初めての待ち合わせにも使った、洒落た喫茶店だ。
 オレは部活にも参加せずに、駆けつけた。授業が終わると同時に急いで来たのだ。恐らく、カヲルが来れる時間よりかなり早く着いていた。
 部活を抜けるのは特に問題はなかった。試合を控えているわけでもないし、一日ぐらいどうということはない。学校を出るとき隆一が絡んできたんで、ちょっと手間取ったが、デートであることを白状して、強引に突破してきた。一応公式には風邪気味なので部活を休むと言ってきたのだが。
 地下鉄一本で来られる駅に降りた時、まだ陽は高かった。店に入ると、もうエアコンが入っていた。確かに今日はちょっと暑い。雨の翌日の割には湿気はないが、日差しが強くなってきたせいか、日中は暑い。梅雨入り前のさわやかだが暑い一日だ。
 客の入りは多く繁盛しているようだったが、偶然前回座っていた席が空いていた。
 オレは迷わず、同じ席に着いた。駅からやって来る人波を見るには最適の位置だ。
 彼女と初めて待ち合わせた時、オレはソワソワして落ち着かなかった。
 今回もオレはかなり落ち着かない気分だった。でも、理由は全然違っていた。あの時は突然、付き合うことになった美人の彼女が来るのを待って、胸を高鳴らせていた。
 今のオレはそんな嬉し羞ずかしな気分ではなかった。
 カヲルの話って何だろうか? 双子の兄と関係があるのだろうか。
 あいつはもう会えないって言っていた。電話でそっけなくそう告げて、理由も言わなかった。
 かなり腹が立ったが、事情はあるのかも知れない。妹の方はいくら何でも少しは何か知っているだろう。オレは今日、きっとそこのところを聞くつもりだった。

 約束の時間より少し前、地下鉄の地上出入口付近に立ち止まっている少女の姿が眼に入った。その娘は最近、馴染みになった制服を着ていた。一瞬、カヲルかと思ったが、ボーイッシュなショートカットヘアで、顔はわからない。
 珍しいな。先日は待っている間、カヲルと同じ制服の娘は一人も見かけなかった。
 ふと興味を覚えて、じっと立っている彼女に注意を向けると、その瞬間彼女は勢いを付けて走り始めた。全力疾走と言う訳ではないが、力が入っているようだ。
 その娘は、ひそかに注目しているオレに気が付いたとでも言うように、まっすぐこの店に向かって走って来た。短い髪が風に揺れ、顔の表情がすっかり見えた。
 オレは自分の目が一瞬信じられなかった。
 少女は店の前に立ち止まると、もう一度、確かめるように店の中に視線を巡らせた。確かにオレに気が付いたようだった。
 意を決してドアを開けると、彼女はまっすぐオレの座っている席にやって来た。
 目の前に立つショートカットの女の子。カヲルと最初に会った時、彼女が着ていたのと同じ制服。同じしぐさ。同じ…顔。昨日会っていた幼なじみと同じ顔、とてもよく似た髪形の女の子。
 一瞬目が合うと、彼女はすぐに目を伏せた。
 「カヲル?」
 オレは訳も解らず、そう呟いた。
 「ごめんなさい!」
 そう言いながら、彼女は頭を下げた。最敬礼だ
 「お前…、妹の方のカヲルだよな…」
 パニックモードに入りかけている。
 「昨日のあれは、じゃあ、おまえ…」
 「ホンっとにごめんなさい。あれはあたしです」

 しばらく頭の中が真っ白だった。オレはただ彼女を見つめ、彼女はじっと頭を垂れている。
 オレは頭に浮かんだままの言葉を、そのまま口に出していた。
 「だって、おまえ、全然、思いつかなかったじゃん。じゃあカヲルは? 男の方のカヲルは? まさか二人してグルってんじゃないだろうな。冗談はやめてくれよなぁ、ちょっと待ってくれよ」
 いつの間にか、オレまで立ち上がっていた。
 「なんで、あいつの代わりにお前が来たんだ。訳解んないな。じゃあ、病気って言うのもナシ?
 あいつはあいつで、普通にしてんのか。学校にも行って、オヤジ声になって…。なんだよそれ」
 完全にパニックモードで止まらなくなっている。
 「あー、あいつはあいつで、もう会わないなんて電話してくるし、じゃなくて、あれはお前か。
 ちくしょー、なんなんだよ。会えないなら会えないでよかったんだ。騙すことはないじゃないか、いったいどーなってるんだ」
 オレがぶちぶち、しょうもないことを喋り続けている間、カヲルは黙って立っていた。しかしオレのこの言葉に反応して、顔を少しだけ上げた。
 「騙したわけじゃないの!」
 カヲルは泣いていた。涙声で咽喉を詰まらせながらそう言った。
 オレはそこまで自分のセリフを聞きながら感情をエスカレートさせていたが、彼女の泣き顔を見て、一瞬にしてセリフが止まってしまった。彼女の言っていることの意味がよく頭に入らなくなった。
 「男の子のカヲルと会わせてあげたくて…」
 「どう言う意味? やっぱり病院とか、外国とかにいるって事?」
 あくまで、本人はオレと会いたくないのか、それとも会いたくても会えないところで人に言い難いところにいるのか…。
 「そうじゃなくて、男の子のカヲルはもういないの…。あの…」
 え?
 パニックモードに入っていた頭が、一瞬で冷静になる、と言うより血の気が下がった。
 「いないって…?」
 死んだのか。そこまでは口にしなかった。出来なかった。
 彼女はそのまま言いにくそうにして、沈黙してしまった。
 カヲルが死んだ? そういうことなのか?
 それをオレに言いたくなかったから、こんなことまでしたのか。長くて綺麗な髪を切ってまで。
 オレは訳が解らなくなっていた。言葉もない。
 しばらく黙ったいたが、念のため聞いてみた。
 はっきりとさせておこう。
 「あいつ…、お兄さん、亡くなったのか?」
 彼女はすぐには答えなかった。
 オレ達は立ったまま、気まずい沈黙の中にいた。
 気が付くと店中の注目を集めていた。ウェイターも困ったように行ったり来たりしている。
 これは店を早々に出たほうがイイかも。オレがそう思った時、カヲルがやっと何か呟いた。
 「…うの」

 「え、なに?」
 「違うの」
 「違うって」
 彼女は意を決したように面を上げた。
 「ごめんね、嘘なの」
 声は小さかったが、しっかりしていた。
 「どういうこと? 解らないな」
 「お店、出ていい?」
 カヲルの思惑がどうあれ、もう、とてもこのまま席について話が出来そうな店の雰囲気ではなかった。
 「ああ、出よう」

 髪が短くなった後ろ姿は、制服の襟から見える首が剥き出しで何か痛々しい。
 その痛みがカヲルの心の葛藤を映しているように思えた。いくら男のふりをするからって、思い切って短くしたものだ。
 同じものを昨日見ているはずなのに、着ているものが見慣れた制服なので印象が全然違う。
 「ふーっ、まあ座りなよ。こっちも頭がぐちゃぐちゃだ。説明してくれないか?」
 彼女はオレに促されるまま、ベンチに座った。オレも、彼女の右隣に腰を下ろした。
 待ち合わせ店から少し歩いたところにあった、住宅街の中の小さな公園だ。夕方まだ早いというのに、遊んでいる子供も誰もいない。
 大通りからちょっと入っただけで、結構こんなところがあるんだな。オレは関係ないところで感心していた。
 店を出たときはもう、カヲルの涙は止まっていたようで。今はいくらか落ち着いているようだった。さっきまで、手にしたハンカチで盛んに目元をこすっていたが、もうその動作は止んでいる。
 「会いたかったの、あたしも小学生の男の子だったカヲルに会いたかったの」
 カヲルが小さな声でぽつりと話し始めた。
 「ずっと会えなかったし、浩ちゃんの幼なじみなのは、あのカヲルだしね」
 そこまで言って、また黙ってしまった。説明したくないというのではなく、言葉を探しているようだった。
 「本当のことを教えてくれ、あいつはどうしてるんだ。どうしても言えないのか」
 「ううん、今日は全部、話すつもりで来たの」
 「そうか」
 オレは彼女が口を開くまで待つことにした。やがてカヲルが静かに話し始めた。
 「最初に会ったとき、嬉しくて…。つい双子の妹って言っちゃったから、そのまま話し続けちゃって。
 ふふ、違う。嘘、みんな嘘、嘘なの、双子って言うのも。ゴメンね、浩樹君」
 「え?」
 双子じゃないって事は、単なる兄弟? 親戚? しかしこんなによく似ているし、カヲルのことを良く知っていた。まるで本人のように詳しく知っていたんだ。余程仲がいいか、長く一緒に居たかしないと、あれほどうまくあいつのふりなんか出来ないだろう。
 「男の子のカヲルはもういないんだ」
 店を出る前にもそう言っていた。オレが亡くなったのかと聞くと、彼女は違うと答えた。それならどこかにいるんじゃないのか?
 「早坂カヲルは死んでないよ…、ボクはここにいる」
 カヲルがオレを見つめていた。
 「カヲルは双子じゃない。ボクがカヲル、浩ちゃんの幼なじみのカヲル。ボクが小学生の男の子だったあの早坂カヲルなんだ」
 口調が変わっていた。昨日会っていた、幼なじみの喋り方だった。制服を着た可愛い女子高生の口から出てくるとそれは少し可笑しかった。
 カヲルが眼を瞑った。そして呆けたような表情で、小さく呟くように言った。
 「言っちゃった…」

 カヲルが黙ったままなので、オレは彼女の言葉を反芻していた。何度か反芻してようやく意味が頭の中に入っていった。
 最初、オレが思ったことは、『はあ?』であり、『コイツなに訳の解らんことを』だった。
 「何言ってんだよ、あいつは男だろ、おまえは女だし。ニューハーフじゃあるまいし、おまえがあの早坂カヲルな訳ないじゃないか」
 オレはカヲルのことは本当に良く知っていて、幼なじみの親友だったんだ。風呂にだって一緒に入ったことはあるし、プールで水着にだって一緒に着替えていて。
 あいつは間違いなく男だった。
 カヲルは困ったような諦めたような表情をしていた。
 「そうじゃないの。それが間違いだったの。信じられないと思うけど、浩ちゃんの幼なじみのカヲルは男じゃなくて女だったの」
 「けど、オレ達ずっと一緒で、裸だって何度も見ているし、付いてるモン付いてたんだ…」
 「みんな勘違いしてたの。あたしも両親も知らなかったんだ、あたしが女だったなんて」
 唖然とするほか無かった。すぐに信用できる話ではない。
 この二条カヲルが、あの早坂カヲルと同一人物なのか?
 オレが一言も返せないので、オレ達は黙り込んでしまった。

 「本当に早坂カヲルなのか?」
 しばらくして、オレはようやく言った。
 「うん」
 「れっきとした女の子で?」
 「うん」
 「女子高通って?」
 「うん。女子高は関係無いと思うけど?」
 「小便飛ばしっこしたよな」
 「それは言わないで!」
 「で、いつもびりっけつだったよな」
 「もうやめてったら! あれは、そ、その…、そこのところの構造が違うから飛ばなかったの、もうやだ!」
 カヲルは向こうを向いてしまった。
 「本当にカヲルなのか…」
 まだ、信じられなかった。昨日の相手が今、目の前に居る女の子だったと言うのは、認めてもいい。確かにオレは気が付かなかったと思う。しかし…。
 「うん…。浩樹君、あたしのこと嫌いになった?」
 カヲルは振り向いてそう言った。少し緊張した縋るような眼だった。
 「 莫迦、そんな訳ないだろ」
 「そう? ありがとう」
 彼女の言葉は少し震えていた。また涙ぐんでいる。
 「へへへ、白状したら何だか、すっきりしちゃった」
 顔を上げてそう言うと、目から涙がこぼれ落ち。彼女は慌ててハンカチで押さえた。
 今の話が本当だったとして、だからオレがカヲルを嫌うということはないだろう。いや、好きでたまらないのは変わらない。ただ、あのカヲルと同一人物だと思うとちょっと照れる。昨日は随分、女の子相手にはしにくい話をしたからなぁ、ああ!
 しかし反対に、嘘だったら?
 昨日会っていたのは本当に双子の兄で、今日のカヲルはオレを担ぐために、こんな髪形にしたとしたら…。それは、何のために?
 もう頭の中はぐちゃぐちゃだ。
 「おまえ、本当にあのカヲルなのか」
 質問と言うより感想だった。まだ感情面では納得できないが、理性ではそうなのかも知れないと思い始めていた。
 「やっぱり信じられない?」
 信じられない、と言いたかったが、オレにも解らなかった。
 「解らない。本当はカヲルは死んでいて、おまえがその身代わりをしたがっているのかも知れないし。確かに昨日会っていた相手はおまえなんだろうけど、幼なじみのカヲルそのままだったし」
 突然オレはあることを思い出した。
 「あ、ホクロ!」
 「え?」
 今度はカヲルの瞳の方がクエスチョン・マークになった。
 「あっちのカヲルには、右のおっぱいの横にホクロがあった」
 カヲルが本能的に両腕を身体の前に持ってきて、胸を抱いた。
 「嘘。そんなのなかったよ!」
 「本当にない?」
 「あるのは…、左の方」
 「あー!」
 オレは一声叫んだ。
 その通りだったんだ。おれは大きく息を吐くと頭を垂れた。ベンチに身体が沈んでいく。
 「本当におまえは女の子で、オレの彼女で、ソンでもって幼なじみのカヲルでもあるわけ?」
 「うん」
 カヲルは顔を赤らめていた。初めて女の子の裸を見た時のことを思い浮かべたけれど、右の乳首の横にホクロがあったかどうかは憶えていない。状況自体のインパクトでディティールの記憶が曖昧だった。
 「はっ、ははははは。はー、なんか…オレ、カッコわりー、全然解らなかったモンなー」
 「ごめんね」
 「本当に双子じゃないんだな」
 「うん」
 「そうか」
 力が抜けた。まさにそんな感じだ。
 「なんで、最初から言ってくれなかったんだよ」
 「だって、羞ずかしかったし、あわよくばって考えちゃったし」
 「あわよくばって?」
 「だから、彼女になれたらって」
 「今なってるだろ」
 「だって、妹だって思ってたでしょ。最初から、幼なじみのカヲルって知ってたらどうなってた?」
 「そりゃ…、解らないけど。うーん、それでも好きにはなってたんじゃないかな。うー、照れる」
 「そう言ってくれるのは嬉しいけど、あたしも怖かったから…。あたしって見方によってはちょっと変でしょ。ずっと好きだった人には、ちゃんと女の子として見られたかったの」
 うー、照れるぜ。
 何だか、すごく照れる。さっきから段々照れ臭くなっている。隣にいる女の子が、幼なじみの親友と同一人物だという考えを、オレは段々受け入れ始めているんだ。するとそれに比例して、思いっきり照れ臭さが拡がっていく。双子で仲がいいというのも結構やりにくいと思っていたのに。それが本人ときては…。
 照れるぜ。
 しかし、あまり照れていては、却ってカヲルに気まずい思いをさせてしまう気がした。オレは気を取り直して、カヲルのことを見つめた。
 美人だよな、やっぱり。
 何度も泣いているので、眼が赤い。けれど俯き加減の顔が憂いを含んでいて、綺麗だった。
 オレは左の腕をカヲルの肩に回して、彼女をしっかり抱き寄せた。
 「これからは幼なじみの恋人ってことだよな」
 カヲルは昔と違って、すっかり泣き虫になっていた。

 「昨日、鉄棒のところで転びそうになったでしょ。あの時あたしバレたって、一瞬本気でそう思ったの。ところがまるで気が付かないじゃない。反対に腹が立ってきちゃって」
 「それで、莫迦ヤロー?」
 「そう、ごめんね」
 「謝らなくてイイよ、オレが間抜けなんだから」
 「それからね、浩樹君ちに行った時も、バレるかなバレたかなって思ってた」
 「ホクロで?」
 「うん、一つはね。それとお手洗い借りたじゃない。あたし緊張しちゃって急に行きたくなっちゃって、焦って聞かないで行っちゃったでしょ。初めての家で全然迷わず目的の場所へ行ってきて。しかも二階にあることに気が付かなかったんだから、探してないってことがバレてる」
 「あ、そ−か。二階はオレが高校入る時に改築してるか知らなかったわけか」
 「そういうこと。到底、名探偵にはなれないよね」
 「ああいう状況で、そんなこと冷静に考えていられるやつは、人間じゃない」
 くすっ。とカヲルが笑った。
 「何かピンときたら、追及されるでしょ。で、バレて。そしたら問答無用で説明しなきゃならなくなるから、楽だなーって思ってた。自分から言いだすのってパワーいるんだよね」
 間抜けで悪かったね、ホント。
 オレは急に遠くなった様に感じる中学生の頃を思い出していた。
 あのころはどんな女の子を見ても、カヲルの方が美人だったなーと思っていた。あいつが女だったら、とか、同じ性格の双子の妹がいたらとか思っていた。そんな態度が積み重なって、オレは女の子に冷たいって評判が立ったのかも知れない。言うなれば自業自得な訳だ。
 それが意外にも、まるで本人のような性格の双子の妹と出会い、惹かれあってと思っていた。ところが真相は、本人が実は女だったとは…。オーシーノ公だってビックリだ(シェイクスピア万歳!)。
 あの頃からオレはコイツのことが好きだったのかも知れないな。おれは腕の中の女の子を抱きしめながら、そんなことを思っていた。だからカヲルがオレに何も言わず、黙って引っ越して行ったことがショックだったんだ。だからあれほど腹が立ったのかも知れない。
 「ずっと好きだったのかも知れない。そんな気がするって言ったけど。本当にそうだったのかもな」
 オレの言葉を聞いて、カヲルが身じろぎした。
 「あたしなんか、小学生の時から、浩ちゃんのこと好きだったんだから」
 彼女は顔を少し離し、オレの方を見て言った。
 「え、でも、男だと思ってたんだろ」
 「そうだよ、だから結構悩んだんだから」
 オレが驚いて、黙っていると途端に笑いだして。
 「うふふ、嘘。自覚したのはもっと後。別れてから、ああ、あたしって浩ちゃんのこと好きだったんだって解ったの」
 「はー、そういう冗談は止めてくれよ。心臓に悪い」
 「もう二度と言わない、もうお終いねこの話は」
 「ああ」
 まだ陽は高かった。


ちょっと、つづく


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 ]、それから

 梅雨が明けると、試験休みも終わっていた。もう夏休みだ。
 あたしは一人で、浩ちゃんの家に向かっていた。
 実を言うと正体がバレてから、浩ちゃんのあたしに対する扱いが若干いい加減になったような気がする。それが一般的なカップルの慣れによるものなのか、幼なじみの気安さなのかは解らなかった。
 この暑い中、迎えにも来ないで女の子を歩かせるなんて。最近たるんでる。
 大きなリボンのついた、麦色のつばの広い麦わら帽子を外して、汗を拭いた。
 白いサマードレスが汗ばんでしまう。サンダルの素足にアスファルトの熱気が伝わって、気持ち悪いくらいだった。
 自分は、冷房の効いた部屋で待っているなんて。
 まだ午前中なのに、あせが止まらないくらい暑い。少し伸びてきた髪の毛が汗でぺったりと額や首もとにくっついて来た。
 たるんでいる彼は、きっと今ごろ部屋を必死で片づけているんだと思う。
 今日の午後、彼の家には彼しかいない筈。
 だから、もしかしてもしかしたら、何かあるということ。
 でも、ちょっと気分が悪い。
 とにかく、どこかに出掛けようって、言おうかな。見たい映画もあるし。
 あたしは、すこーし気分を損ねた状態で、宮本家のドアの前に立った。
 中から大声での会話が聞こえてきた。どうも喧嘩しているみたいな。
 「なんだよ、イイじゃないか、空いてるんだから」
 声は上から聞こえてきた。二階でモメているらしい。浩ちゃんの声だ。
 「兄貴はいい加減だから嫌なんだよ。こないだだって、押し入れ散らかしちゃったじゃないか」
 ははーん、まだ片づかないわけね。
 ベルを鳴らせると、声が止まった。勢い良く階段を駆け降りてくる音が二つと、それから続く廊下の音、玄関の音。
 ドアが開いて、二人の男性があたしを迎えてくれた。
 「いらっしゃい、早かったね」
 「お待ちしてましたー!」
 「お前は待たないでいいんだよ! 早く出掛けろ」
 これは自分の横に割って入ってきた、弟に向けた言葉だった。
 優樹君は満面の笑みで迎えてくれた。お兄さんの方は、気難しい顔だ。
 「ははは、聞こえてた。暑いのに元気だね」
 そう言って、真夏の暑さの中から、涼しい空気の中へ入った。ちょっと眩暈。
 「とりあえず、リビングに行ってて、今冷たいモノ用意するから」
 「じゃ、おじゃましまーす」
 あたしがサンダルを脱ぐのも待たずに、階段を上がろうとする背中に、声を掛けて差し上げた。
 「片づけなら手伝おうか」
 「イイ、もうすぐ済むから、ちょっと待ってて」
 「飲み物はボクがいれるよ」
 優樹君がキッチンに消えた。
 「ありがとう」
 あたしは声を掛けて、リビングに入った。バッグを下ろして、ソファに座る。ひんやりとして気持ちいい。
 冷たさが心地よくて陶酔してしまったけれど、一瞬で我に返った。
 汗を拭いておかないと冷えちゃう。
 
 「で、朝から、突然騒ぎ始めてさ、勝手にボクのところに荷物置いてくんだから」
 どうやら、浩ちゃんの片づけは優樹君にはとても不評らしい。
 「どうせ出掛けるんだからイイだろ。さっさと行けッつーの」
 「僕ンとここれ以上、散らかさないでよ。じゃあカヲルさん、また来てね」
 文句と愛想をふりまいて優樹君は出掛けて行った。
 あたしと浩ちゃんはリビングに残されて。あたしは寛いでいた。
 「で、反則無しで片づいたの?」
 「反則ありで完了」
 「やっぱり手伝うよ」
 「いいって」
 「何か後ろめたいものがあると見た」
 「ノーコメント」
 ふ、ふ、ふ。後でいじめちゃおうかなー。
 飲み終えたグラスをキッチンに運んでリビングに戻ると、彼はソファに目を瞑って、ノビていた。
 身体が斜めにソファの背にかかっていて、仰向けになっていて。座ったまま伸びをして、そのまま傾いた姿勢でじっとしている。
 「あー、やっと片づいた」
 起きてはいるんだ。まさかとは思ったけど、寝ていなかった。
 でも目を明けない。何かアクションを待っているのかな?
 あたしはそっとそばに立つと、身をかがめて浩ちゃんの鼻に息を吹きかけた。
 「あっ」
 一声上げると同時に目を明けた彼は至近距離にあたしの顔があるのに気付くと、あたしの身体を素早く抱き寄せた。
 「あっ」
 「罠にはまった獲物が一匹」
 あたしは抱き留められたまま目を瞑った。
 「え! おふくろ!」
 彼の驚いた声に反応して、意味も解らずあたしは飛び起きた。そして振り向いた途端、彼が言った言葉の意味が形になった。
 「きゃあ!」
 「あんたたちねー、そういうことはせめて自分の部屋でヤンなさいね」
 あたしは、全身を真っ赤にして縮こまるしかなかった。
 宮本家の母上殿は、どうやら、用事が予想以上に早くすんでしまったので、いそいそと帰ってきたところ、出掛ける優樹君とばったりあって、なにやら入れ知恵されたらしい。いたずらだよね、まったく。
 はー、どうしよう。
 浩ちゃんの部屋で二人で向かい合わせに座りながら、あたしは途方に暮れていた。
 「気にするなって。この家の家族、知ってるだろ。全然問題なし。オレが揶揄われるだけなんだから」
 なおも小声であたしがぶつくさ言っていると。
 「これ以上、うじうじ言ってるなら、オフクロに直接なんか言え。オレも一緒に言うから」
 あたしは、そう言われて、とにかく棚上げにすることにした。大きく溜息をつく。
 「そうだね、あーあ」
 「それよりさ、ちょっと言っておきたいことがあるんだけど」
 「なに、浩ちゃん。改まっちゃって?」
 「それだよそれ。やっぱり『ちゃん』づけで呼ぶのはやめてくれ。約束しただろ」
 「あ!」
 あたしは彼のことをいつのまにか、また「浩ちゃん」と呼ぶようになっていた。
 「反省してます」
 あたしは三つ指ついて謝っていた。ま、半分冗談なんだけど。
 いつの間にかあたしの方も、たるんでたかなー、やっぱり。なんか申し訳ない。
 「約束破っちゃったね、何でも言って、お詫びに何でもするから」
 「おまえさぁ、そう安易に何でもするって言うなよな、こっちにだって魚心あれば下心だってあるんだから」
 「うん、でも浩…、浩樹君にならなんでもする。変なこと言わないって信じてるから」
 あたしがそう言うと、彼はちょっと困ったような顔をする。
 なんか変なこと言ったかな?
 前に言った通り、バンジージャンプは飛び降りる決心はついているし。機会があればだけど…。
 「じゃあ、オレがあそこを見せて欲しいって言ったら、どうする?」
 え?
 彼の言うことが頭に入った途端、血の気が引いていく。座っていた膝に力が入ってしまう。 
 「あ、あの」
 「確かに前に約束したよな、お前がいいって言うまでって。だから今いいって言って欲しい」
 ちょっと意地悪な言い方。まさかそんな手があったとは。やっぱりあたしって莫迦なのかなぁ。いつかは見せることになるのかな、とは思ってたけど。こんなに早く?
 でも、考えてみればいい機会かも。こういうきっかけがないと、一生決心つかないかも知れない。
 あたしは、思い切って立ち上がると、手洗いに立つ要領でスカートの中に両手を入れてショーツに手をかけた。
 「ストップ、そこまで!」
 え?
 あたしはその姿勢で止まったまま、彼の方を見た。
 「今じゃなくていい。カヲルが見せてもいいって思ってくれればいいんだ。オレの言い方が悪かった」
 彼がちょっとすまなそうにしているのが、可愛かった。
 あたしは手を戻して、ドレスの裾を直してから言った。
 「あたし、本当にいいんだよ。浩樹君が見たいなら」
 「ああ、解った。ありがとう。でも今はまずい、そのタイミングというか、状況というか。見たら、見るだけで済ませるのは余計つらそうだし」
 あたしは、彼のすぐとなりに腰を下ろすと、耳元へそっと呟いた。
 「今度ゆっくりできるときにね」
 「莫迦!」
 彼は照れまくっていた。
 「夏休みになったら、実家の方に戻るんだけど、もしよかったら、一緒に行かない?
 二条のお義母さんには、許可取ってあるの」
 「え、いいのか?」
 「うん、ゆかりたちも、八月になったら遊びに来るっていってるんだけど、それとは別に」
 「高原だよなぁ、避暑地のバカンスかぁ。よし行く、この際保護者つきでもオッケーと行きましょう」
 「お父さんは勤めがあるし、お母さんだって一家の主婦なんだから、暇じゃないんだよ」
 「あ、そうか」
 「それに長い休みははいつも向こうで過ごしてたから、あたしが案内できるし。一週間か二週間滞在していいよ」
 「そうか。うーん、…期待していいのか」
 「えっと、うーん、…多分大丈夫」
 「そっか」
 そう言うと、浩樹君は絨毯に仰向けに倒れた。
 「どうしたの?」
 「カヲルにあたった」
 「莫迦!」
 あたしは、横たわる彼の身体に重なるように自分の身体を倒し、彼の唇に優しく口づけをした。


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