戻る

二人のカオル                         by WATARU 1024
二人のカヲル_タイトル


[PREV] [TOP] [幕間2] [幕間3] [CONTENTS] [NEXT]


 三、彼女


 金曜日の夜、夜中過ぎまで掛かってようやく部屋が片づいたのはいいが、案の定、翌朝オレは寝坊した。
 ま、時間に追われているわけではないけれど、余裕をもって起きて支度をしておこうと思っていたわけで。
 始めは目覚まし時計かと思って、手を伸ばしてから、電子音をさせているのは時計じゃないことに気が付いた。オレの時計はもっとけたたましい。金属のベルをハンマーが叩いて鳴らすもので、電子音は別口だ。
 鳴っているのは机の上に置いたケイタイだった。
 「ふぁーい、だえー」
 ろくに眼が明いてない。なんとかケイタイを取り上げて、通話オンにした。意識の焦点が定まらない。
 誰かが電話の向こうで機嫌よさそうに話している。
 「あー、ちょっと待って。まだ眼が覚めてなくて。んー、誰?」
 『なんだ寝てたのかよ』
 「あー、雄介ぇ、なに、んー、今何時だ? あー」
 午前九時三十分だった。
 してみるとうるさいベルを聞きながら、オレはすやすや寝ていたらしい。目覚まし時刻は八時になっていた筈。うーむ。我ながら凄い。時々やるんだよな。
 「あぁ、サンキュー、危うく寝過ごすとこだった。いいタイミングだったみたいだ。で?」
 『で、じゃねーだろうが。アホ。デートの日に寝坊して遅刻ってな最低だぞ。女の子だったら許されるかもしれないけどな。もっともそんなの許してたら、大抵の子は図に乗るから気をつけろよ』
 「あぁ、まだ遅刻するにはほど遠い。待ち合わせは午後だから。忠告は肝に銘じておくっす」
 ようやく意識が平常モードに復帰してきた。雄介とまともな会話が出来るようになった。

 あいつの用件は簡単だった。とにかく渡す物があるから、出てこいの一点張り。それが何かも、何で今なのかも説明しない。会うのは一分でいいから「とにかく来い」だと。
 「何で今なわけ」
 「タイミングが重要だからさ」
 「ショーがねーな。はいはい。了解しました。でもすぐって訳には行かないぞ。うーん、十二時でどう」
 「それで待ち合わせ大丈夫ならいいぜ」
 「ああ、問題ない、迎えに行く支度で家出るから」
 「ナニ、お迎えな訳。じゃデートの場所っておまえんち?」
 「始めはね」
 「それはいよいよ、重要だな、解った。遅れんなよ」
 「そっちこそ、じゃあな」
 「ああ」
 電話が切れると意識がぼやけ、また眠気に襲われる。と同時にオレは自分がヒジョーに腹が減っていることに気が付いた。

 雄介の用件が何だか知らないがとにかく腹ごしらえをして、出掛けることとした。シャワーを浴び、身支度を整えて丁度いい時間だろう。
 雄介との待ち合わせ場所は、カヲルの住んでいる街の方とは反対方向にある街だ。あいつは別の沿線からその駅に来る。オレはそのまま行って戻る。中間あたりだから丁度よいわけで、あいつとの待ち合わせにはよく使う経路だ。実際、いちばん近い繁華街だから、手近に遊ぼうと思うとその街になる。
 今日は、雄介と会うだけだけど。

 時刻通りに斉藤雄介との待ち合わせ場所に行くと、あいつはまだ来ていなかった。
 駅の改札口近くで、オレが立っているのは改札の内側だ。この駅は定期の範囲ではないから、オレはこちら側であいつを待つ。あいつは定期の筈だから、中に入って来れる。考えてみると、この街で遊ぶのでないかぎり、ここでの待ち合わせは雄介に負担が少ない。
 よし今度何か奢らせよう、決定。…オレもセコいな。苦笑い。
 そんなことを考えたとき、通路の向こう側に雄介が姿を現した。
 女連れだ。部活のマネージャーをやっている女の子ではない。
 やっぱり奢らせよう、うん。
 「よう」
 声を掛けながら、雄介は連れを残して、定期で改札を通って入ってきた。
 「いきなり呼び出して何なんだよ」
 「渡しとくモンがあってさ、おまえのことだから、絶対用意してないだろ」
 「なに?」
 ジーパンのポケットに手を突っ込み、何やら取り出すとオレに言った。
 「これだよこれ。ほら、手を出せ」
 「なんだよ」
 ばかみたいに繰り返して、オレは右手を出す。すると雄介はオレの手に、何か小ぶりのものを握らせた。オレはそのまま、雄介の差し出したものを受け取って、…見た。
 それは小さくビニールパックされた、ゴム製品だ。
 それが三個。
 「これっ、コンドー…」
 「さんです。はい、正解。使い方はわかるな」
 「あー、ナニ考えてんだおまえ?」
 「用意してないだろ」
 唖然とするオレに対して、平然として応える雄介。
 そう言われると、思わず返答に困る。確かにそんなものは用意してない。けど、それはとりあえず必要になっていないからで。
 「おまえのことだから、用意してる筈ないよな。良し。これはオレからのお祝いだと思ってくれたまえ。宮本君。幸運を祈る」
 「いらねーよ、莫迦。おい、雄介!」
 雄介は、オレに渡す物は渡したんだから、用は済んだとばかりに、さっさと歩き始めた。
 「じゃあな。月曜日にでも、感想を聞かせてくれ」
 「ふざけんなよ、おい!」
 オレは慌てて雄介を追い、呼び掛けた。
 「なんだよ、いいだろ。彼女がおまえの部屋に来る。家には他に誰もいない。それでいいじゃないか、解ってるだろ?」
 一瞬足を止めて振り返ると、笑ってそれだけ言い、また歩き始めた。
 そんなことは解っている。解ってるけど、そういう問題じゃないだろう、おい。
 「莫迦野郎!」 オレが茫然として、あいつを捕まえることを思いつくより先に、雄介は改札を出てしまっていた。
 「遅刻すんなよ!」
 「大きなお世話だ、コラ」
 オレの返事を聞いたか聞かずか、連れの腕をとると雄介はオレに背を向けた。そして勢いよく歩き始めた。
 行ってしまった。
 オレはすっかり呆気にとられたまま、右手に『お祝い』を握りしめて。
 笑ってしまう。
 相変わらずとんでもない奴だ。
 オレは右手を見て苦笑いを浮かべ、『お祝い』をジーパンの窮屈なポケットに押し込んだ。
 莫迦野郎。オレにはいきなり、今日こんなものを使うつもりはない。そのつもりはなかった。…まあ基本的には。

 待ち合わせの時刻には少し早いので、駅構内のコーヒーショップで軽食を食べていたら、あまり時間がなくなってしまった。少々余裕をとりすぎたようだ。
 オレは慌ててホームに上がり、電車を待った。
 元の駅に戻ったのは、ほぼ待ち合わせの時刻頃だった。
 待ち合わせ場所の改札前広場に彼女はもう来ていた。カヲルはわりあいと時間には几帳面なところがあるようだ。もっとも、まだそう何度も待ち合わせたことがあるわけじゃないけれど。
 今のところ彼女はオレとの待ち合わせの約束を破っていない。それが嬉しいんだ。
 今日の彼女はもちろん私服で、制服の時とは違い、軽やかな印象をうける。青のワンピースに白いシースルーの上着がよく似合っていた。白い大きめのバッグを肩から提げている。斜め後ろの姿なので、正面からみた姿は解らないけど、かなりイイかも。
 少し、動悸が上がる。
 彼女はオレがまさか改札口から来るとは思っていないのか、通路の方に注目していて、近づくオレに全然気が付いていないようだ。
 オレは改札を出るとそっと、彼女の後ろから近づいた。
 「ヤッ。待たせた?」
 肩に手を置くと同時に、声を掛ける。
 「わあっ! とと」
 カヲルは面白いくらい驚いて、振り向いた。飛び上がらんばかりだったので、肩に置いた手が弾かれた。
 「あ、ああ、浩樹君、もう脅かさないでよー。心臓が飛び出すかと思っちゃった」
 「そんなに驚くとは思わなかったな」
 「タイミングが良すぎたの!」
 「へぇー?」
 「もういいです」
 「怒るなって、驚かせて悪かったよ。まだ時間じゃないだろ、待たせたかな」
 「ううん、今来たところ。でも浩樹君どっちから来たの?あたし、通路の方は見ていたはずなんだけど」
 「残念でした。改札から出て来たんだよ。ちょっと用事で出掛けてた。本当はもう少し早く戻れたんだけど、どうせだから待ち合わせ直前に着くのもいいかと思ってさ」
 「ちょっと悪趣味ー」
 「ごめん、ごめん。で、どうする? このままオレんちに行く? それとも寄り道する?」
 「うん、浩樹君の家に行こうか」
 歩き出すと、自然にカヲルは腕を組んできた。 今までは制服だったから長袖で、たいてい上着も着ていた。今日はノースリーブの様なワンピースに半袖のシースルーの上着で、腕が剥き出しだ。オレの方も、シャツの袖をめくっているので肌が出ている。つまり素肌と素肌が触れ合っている訳で。
 ただでさえ、今日はいちだんと眩しい彼女が、腕からオレの中へ入ってくるようで、咽喉が渇く。
 「制服じゃないのって初めてだろ。なんかいいよな」
 「そう?」
 「うん、いい感じ。あの制服もいいんだけどサ。やっぱり、制服だから窮屈な感じがあるよな、こう精神的に高校生ですからって感じ?」
 腕をとって、横に並んでいるカヲルをそっと見る。彼女は前を見ているので、至近距離に横顔が見える。
 改めてこいつ美人だよな、と思う。それから、ふと。
 あれ? なんか違う。
 よく見ると、靴もヒールがあるタイプだ。道理でカヲルの顔の位置に違和感があった。
 「そだね」
 「ははは、オレなんか緊張してる」
 「どうしたの」
 「うん、制服姿の方は慣れてきたんだけど、私服だろ。改めてカヲルって美人だよなって思って。緊張した」
 半分頭がパニックモードに入っている。こういう軽薄なことを言うから、信用されないのかも。
 落ち着け、落ち着け。カヲルはオレの彼女だ。オレ達は似合いのカップルじゃないか。よし。
 視線を前方から、彼女の方へやると、カヲルは少し顔を赤らめ、俯き加減になっていて。
 「…ありがと…」
 と、そっと、呟いた。
 オレは胸が苦しいほどになっていた。
 少し歩いてから、オレは思い出したように言った。
 「一応、言っておくけど、今、家にはオレだけなんだ。オヤジもオフクロも、オトートも出掛けてる」
 たいてい、こういうセリフは「お話」の中では意味あり気なふうに使われていて、意味あり気なやり取りが交わされ、意志疎通がなされるわけなのだけれど。
 「いいよ、別に。今日家族に紹介して欲しい訳じゃないから。あ、でもそのうち紹介してくれるでしょ」
 彼女はさらっと応えていた。
 もしかして、通じてない?
 しかも、家族に紹介なんて、考えてもいなかった展開だ。もちろん、全然縁がないわけではないから、紹介するのは問題ない。オレ的には是非したい。オトートなんかは紹介しなかったら、後でどんな悪さをするか知れない。
 しかしそういう話題じゃない筈…。
 「夕方までいればみんな帰ってくるから。そうしたら紹介できるよ」
 ともかく、そういう話題になったので、それだけ言う。すると逆にカヲルの方が尻込みをした。
 心構えが何とか言って、今日は遠慮するというのだ。どうせ兄の方のカヲルから噂くらいは聞いているのだろうが、大袈裟な話が伝わっているのかも知れない。オレの両親は結構個性的なようだから。
 なにしろ元気のいいおばさんとおじさんな訳だ。
 「家族には今日、幼なじみの早坂カヲルの妹が来るっていってあるんだけど」
 「えっ? 言ってあるの!」
 「秘密にすることじゃないだろ」
 「それはそうだけど…」
 「ま、気にすることはないって、気のいいおっさんとおばさんだからさ」
 「はあ、そうですか」
 「おふくろがさ、いきなり押し倒すんじゃないわよってさ、言ってた」
 「なにそれ」
 意味が解ってるのか解ってないのか、無邪気に笑いかけるが、途中で笑顔が宙ぶらりんになった。
 「あれ? えっ、押し倒すって? え?」
 ようやく意味が頭に浸透したらしい。頬が赤く染まる。
 「おまえ、けっこう、ニブくないか」
 「えー!」
 声が大きくなって、顔も真っ赤になっていた。

 「あ、あの浩樹君?」
 「なに?」
 「浩樹君、そのつもりだった?」
 ここで、全然そんな気ないって言ったら、まずいよなやっぱり。嘘にもなるし。安全牌ってのもシャクだ。
 「うーん、全然ないっていったら嘘になるよなぁ。まあ、今日オレ一人になるってのが解ったのは昨日だけど、少し期待はしたかな」
 もっとも具体的に考えたわけじゃない。何となくそういうこともあるかなと、思っただけだ。斉藤雄介に言われた通り、事前の準備なんかしてない。あいつが変なものを押し付けて行かなければ、そのままだったろう。しかしあんなものを受け取ってしまうと…
 まあ、こっちは男だし、好きな女の子と二人きりなら、考えることもあるだろうさ。雄介の顔が頭に浮かんで、ちょっと苦笑い。
 「そうかぁ」
 カヲルは何と答えたら良いか解らないようだ。
 ちょっと、複雑なんだろう。全然その気がないわけではないが、今日と言われたら困る、といった感じかな。そうだとすると、期待するよな、普通。いつになったらいいのかは、聞かないと解らない。
 「でも、まあ、無理やり押し倒すなんて気はないから」
 「うん」
 そう答えたかと思うと、カヲルはオレの腕を軽くつねった。
 「痛っ」
 「あー、ごめんなさい」
 いかにも、空々しく、笑いながら言う。
 「なんなんだよ、白いぞ」
 訳がわからない。ここで何故に、オレが腕をつねられなければならないのか?
 組んでいる腕が動くと、時々胸の膨らみがカヲルの動きによって、オレの腕に押し付けられる。いつもの制服より余計に気になるところだ。こうなると、ポケットの中身が気になってくるじゃないか。
 オレはなるべく意識を前方に向けるよう努力し続けた。

 「さ、ここだよ。これがオレんち」
 ありふれた建て売りの一戸建てだ。向こう三軒両隣とよく似た家。少々古いが少し前に改築している。簡単なアプローチを通って、玄関の鍵を開ける。戸締まりはされていた。もう中には誰もいないようだ。午前中に家を出たときはまだ弟の優樹が居た。あいつももう出掛けている。
 「うん、お邪魔します」
 ドアを開ける。カヲルは黙ってオレの後から玄関に入った。
 「オレの部屋は二階だから」
 「お邪魔しまーす」
 あらためて、カヲルがそう言う。
 オレが靴を脱いで上がると、続いてカヲルも靴を脱いで廊下に上がった。
 廊下やリヴィング等の板敷きの所はスリッパを履いているので、カヲルの分も出してある。自分は冬場以外は履かないことが多いのだが、今日はオレもちゃんと履くことにした。
 少し俯き加減で身体を曲げ、靴をそろえる彼女の姿が見えた。
 「靴はその辺においとけばいいから」
 「うん。あの、玄関の鍵、掛けないでいいの?」
 「あー、じゃ、掛けといて」
 普段、日中、家に人がいる時はいちいち掛けていない。だけど、ま、念のため掛けておこうか。
 おれはカヲルを案内して、二階に上がった。オレの部屋は階段を上がってすぐだ。
 部屋へ入ると、カヲルは中を見回して言った。
 「へー、キレイにしてるんだね」
 八畳程の絨毯敷の洋間で南向き、大きめの窓に向かって、左の壁に机が、その向かいにベッドが置いてある。他には幾つかの棚、タンスなど。広いかわりに押し入れがない。床に座れるように幾つかクッションが置いてある。これは今朝、一階のリヴィングからくすねてきた物だ。いつもは、机とセットの椅子か、ベッドに座っているので、絨毯の上には座らない。誰かが来てもわざわざ野郎の為にクッションなんか用意しない、やつらにはそのまま座らせている。
 「昨夜、一晩の力作、でも一応片づいてるんだぜ」
 「押し入れにガラクタの山って事はないの?」
 「残念でした、押し入れはないんだ」
 実は多少、始末に困ったガラクタを優樹の部屋の押し入れに入れてある。あいつの部屋には大きめの押し入れがあるから、もともとオレの物も置いてあるんだ(いつも文句の元だ)。
 「ふーん、そっかぁ」
 「どこでも好きなとこに座ってて、いま飲み物でも持ってくるよ」
 「あ、あたしやろうか?」
 「いいって、ジュースでいいだろ、それともウーロン茶」
 「ウーロン茶、お願い」
 「了解、すぐ戻るから適当にして」
 「はーい」

 「これがアルバム?」
 とカヲルが言った。ベッドに腰掛けて、机の上からとりあげた大きなアルバムを手にしている。
 飲み物を持って戻ると、窓が開いていて、レースのカーテンが引かれていた。そう言えばそんなものが付いていたっけ(普段使っていない)。
 「ああ、大したものは写ってないけどね」
 オレは飲み物のグラスを机の上に置くと、カヲルの右に腰掛けた。外を歩いているときと違って、彼女の身体の熱がやけに身近に感じられる。彼女の薫りが鼻だけでなく、胸をくすぐる。机の上の飲み物は手を伸ばせばとどくので、オレはグラスを取り上げて、冷たいウーロン茶を一口飲んだ。
 「じゃ、約束」
 彼女はそう言いながら、アルバムを開いた。本当に大したものが写っているわけじゃない。地元の公立中学で地味な内容だ。オレはグラスを戻して、アルバムに目をやった。
 「エーッと、あ、ここからだ、浩樹君、クラスは?」
 オレが答えると、カヲルはそのページを開き、端からオレを探した。途中でなにやら感心しながら眺めていく。名前順なのでオレは後ろの方だ。
 「へー、やっぱり、若いね。今より子供っぽい顔してる、髪も長かったんだ」
 丁度その頃、一度試しにと思って髪を伸ばしていた。これがなんというか、イマイチ似合わないし、毎日セットが面倒だし、結局卒業前にはまた短くしていた。耳回りがうるさいと気になって落ち着かないというのもあった。
 「最近急にオヤジ顔になったと評判なんだよな、まったく。髪は写真撮ったころだけたまたま伸ばしてたんだ、全然似合ってないだろ」
 「そんなことないけど。うふっ、アイドル君みたい」
 カヲルがオレの方を見てにっこりとする。すぐ眼の前に笑顔がある。
 「やめろよ、ジョーダンは。本人は大人っぽいつもりだったんだぜ、背も伸びてたし」
 少し、鼓動が速くなる。二の腕の素肌が眩しいじゃないか。
 「中学にいる間にどのくらい伸びたの?」
 「えーと、二十五か三十くらいかな、確か中一の最初が前から三番目くらいで卒業するころは後ろから何番目だったんだ」
 「タケノコだね、まるで」
 「オヤジもオフクロも背が低いほうじゃなかったから、伸びると思ってはいたんだけど、クラスの女子で一番背が高い子を抜いたときはちょっとほっとしたな、もっともそんなにでかい子じゃなかったけど」
 「あー、もしかして気になる子だった?」
 「おまえそういうこと言う。残念でした、違います。中坊の頃は、特に好きなのは居ませんでした」
 「へへ、ごめん」
 なんだかんだと、中学生の頃のことを思い出しながら、いろいろなエピソードを話していた。体育祭のこと文化祭のこと、クラスの担任のこと、部活のこと。
 結局、バドミントンを始めたことは白状した。今もやっている事を付け加えて。
 ずっと隠しておくつもりだった訳ではないから、これは仕方ない。アルバムを見ていれば解ることだし。話を聞きながら、カヲルもウーロン茶に手を伸ばした。ふと唇に眼が言ってしまう。

 思っていた以上に、カヲルは興味をもって聞いていた。彼女が聞き上手な所為か、思い出しながらこっちも結構楽しかった。同じ小学校の連中に付いてのことも聞きたがった。
 「杉田…典子さん、だっけ。彼女どうしてる」
 「え、杉田? ああ、おまえのお兄さんと仲良かったっけ。あいつ陰で女番長って言われてたんだよな、言うとカヲルに怒られたけど。あ、これは兄貴の方ね。うーん、やっぱり、ややこしいなぁ」
 「あたしの方はカオリでもいいよ。他に呼び方あればそれでもいいし。で、彼女は?」
 カオリと呼ぶ事を考えてもそれはそれで変だ。その方がより女性的な名前ではあるけれど、もう「この顔でその呼び名」と頭に入っているので、変えるのも妙な気がする。それはさておき。
 「杉田はたしか、女子高じゃなかったかな。うんそうだ」
 オレはその学校名を思い出して言った。話しているうちにいろいろ思い出すものだ。
 「おまえの兄貴って、もしかして杉田のこと好きだったとか」
 「あはは、違うよ、そうじゃなくてー、仲は良かったよね、友達だよ、浩ちゃんの次に親しかったから」
 屈託なく笑うところをみると、本当に違うようだ。オレが杉田とモメても、いつもあいつが間で収めていたような気がする。杉田もなぜか、カヲルのことは敵視していなかった。
 「それが不思議だったんだよなぁ、杉田ってオレのこと目の敵にしてたんだぜ、でかい身体で威嚇してさ」
 「その頃はまだ『浩ちゃん』だったもんね。でも、杉田さん浩樹君のこと嫌ってたわけじゃないと思うよ」
 女の子のカヲルはオレの隣で真顔に戻り、ゆっくりそう言った。
 「まさか。あー思い出した。クラスの女子に総スカン食ったのってあいつが原因じゃなかったっけ、えーと、なんだったけなー」
 「憶えてないの!」
 まるで、兄のカヲル本人のように、事情を全て知っているようだ。言葉にかすかに責めるようなニュアンスがある、様な気がする。
 「うーん、カヲルのお蔭で助かったのは憶えてるんだけど…。あー!」
 他愛のないことではあったんだ。先生が誰かを贔屓しているとか何とか話している所へ、おれが「 バカじゃねーの」とか何とかからんで、そしたら話がこじれて。
 うーむ。状況は思い出せても、やっぱり何であーなったのかは理解出来ない。いつの間にか、日ごろの行いが悪いと、クラス中の女子がオレを責めていたんだ。男子はオレも含めて、彼女達の迫力に圧倒されていた。悔しいが、小学校六年くらいなんて、そんなもんじゃないか?
 それを告げると、カヲルは笑った。
 だから、二の腕が眩しいって。
 彼女は一拍おいて、真顔に戻ると言った。
 「もう時効だから言ってもいいかなぁ。あのねぇ、典ちゃんて、きっと浩樹君、浩ちゃんのことが好きだったんだよ。いい加減腹が立っているとこへ、好きな男の子にそんなこと言われてキレちゃったんだよ、たぶん。そう思う。きっと、そう。…以上、女版カヲルの解説でした」
 「…えー!」
 話がそういう方向に行くとは思ってもいなかったオレは…、絶句した。
 杉田はオレより背が高くて生意気で、男をナメてて、何かというとオレにからんでいた、ちょっと腹の立つやつだったわけで。
 …えー! となるわけで。
 「嘘だろー」
 「まあ、信じられないかも知れないけど。それにあんなことがあってから、すっかり諦めちゃったみたいだったし」
 まるで、オレが責められているようだ。それとも、暗に責められているのかな。
 「信じられない」
 「信じなくてもイイよ、昔の話だもん。ただそんな可能性もあるんだってこと、憶えておいて」
 うーむ。小学生にして女はわからない、ってか。
 涼しい顔で「信じなくてもイイよ」等と言われると、納得してしまいそうだ。もっとも、彼女は直接杉田を知っているわけではないし、その時その場にいた訳でもない。だから、兄からそう聞いたか、状況を聞いてそう推測したのだろう。
 「お兄さんの方もそう思ってたのかな。あっちのカヲルも、杉田がオレにってさ」
 「うん、はっきり典ちゃんから聞いたわけじゃないけど、そう思ってたよ」
 「ふーん」
 まあ確かに昔の話なんだ。その中には、「実は…」と言う話がたくさんあるのだろうか。

 衝撃的な話が出たところで、話が一段落した。
 オレ達は二人とも少しくたびれてきたところだった。
 オレはそのまま、仰向けに身体を倒した。カヲルはそのまま横顔を見せている。何だかやけに柔に見える背中が視界に入った。
 「想像もできないことが色々あるんだよなぁ」
 「そうだよ」
 そう言うと、カヲルは飲み残していたウーロン茶に手を伸ばし、飲み干した。オレは彼女の背中から腰までの線を無意識のうちに見ていた。
 カヲルは上半身で振り向いてオレを見た。まだアルバムが膝の上に乗せられている。
 ついにオレは意を決して、彼女の右腕を取るとオレの方へ引き倒した。
 「きゃっ」
 カヲルは小さな悲鳴をあげたが、抵抗はしなかった。膝の上に乗っていたアルバムは絨毯の上に落ちていった。彼女は右肩を、オレは左肩を下にして、オレ達は向き合っていた。
 カヲルの身体がオレのすぐ横に横たわり、その顔は眼の前にあった。
 至近距離で眼が合うと、彼女は目を瞑った。

 オレは彼女をそのまま抱き寄せると、唇を近づけた。
 今までのようなそっと触れるキスではない、彼女の情熱を引きだそうとするキスだ。唇を重ね合わせると、上唇を啄ばむようにして持ち上げ、舌を差し入れた。
 「あ」
  ため息のような声を出して、カヲルの身体がかすかに震えた。
 オレは夢中で唇と舌をカヲルのものと交互に触れ合わせた。いつの間にかオレも眼を瞑っていた。ため息とともに開いた歯のすき間へ舌を差し入れると、おずおずとした舌がオレを迎えた。舌と舌が触れ合うと、一瞬動きが止まったがやがてそっと動きだした。

 カヲルの柔らかい感触にオレの頭は芯の方が痺れてきた。激しく心臓が脈打っているようだ。耳の奥で自分の鼓動が聞こえる。
 オレも彼女もまだディープなキスは未熟だったが、二人とも充分に刺激されていたと思う。
 唇を離して、オレは眼を開けた。カヲルの顔が火照っているようだ、頬が赤い。きっとオレの顔もそうだろう。
 カヲルが力なく眠そうに眼を開けた。だんだん眼の焦点が合い、瞬きを何度かしてやっといつもの大きさに開いた。
 「いきなり押し倒されちゃった」
 呟くように、カヲルが言った。
 オレは身体を少し起こすと、彼女の左頬に右手を触れた。カヲルがその手に触れる。左手で身体を支えると、右手をそのまま下ろして、首、肩を触れていき。
 「あ、ごめんなさい、ちょっと待って」
 オレの右手の動きそのままに、ついて来ていた彼女の左手が、オレの手をつかんで身体から離した。声は少し硬かったけれど、慌てた様子ではない。
 オレの手は、彼女の服のボタンを外そうとしていたんだ。カヲルはそれでも、オレの手は離さなかった。単に触れていたいからか、それともまたオレの手が同じ動きをするのを止めているのか。
 「ダメなのか」

 オレは緊張して聞き返した。上半身を起こして元のベッドに腰掛ける格好になる。
 「ううん、そうじゃなくて」
 カヲルも身体を起こして、オレの方に顔と身体を向けて答えた
 「じゃ、なに?」
 「あの…、その前にさ…、お手洗い貸して」
 彼女は顔を赤らめて羞ずかしそうにそう言った。
 オレはベッドに倒れ込むと、大きくワザとらしいため息をついた。
 「絶対、返せよな」
 「はい、はい」
 照れ隠しなのか、陽気にそう応えると、カヲルは、さっさと立ち上がり、部屋を出た。
 オレは仰向けのまま、ジーンズのポケットに手を入れた。雄介から受け取った物はもちろんまだそこにあった。ポケットからそれを取り出すと、オレはベッドの枕下に収めた。ま、定番の場所なんだろう。心臓の鼓動が少し落ち着いてきた。オレはベッドの上で胡座をかいて、彼女を待った。
 しばらくして一階で手洗いの水音がした。
 あ、トイレの場所を言わなかったっけ。二階の廊下の突き当りにもトイレはあったんだ。彼女はてっきり一階にあるものと思って、降りて探したに違いない。階段を上がってくる音がして、やがてドアが開いた。
 「ごめん、トイレ二階にもあるんだよ。言えばよかった」
 「えっ、そうなの? 知らなかった」
 「うん、そこの廊下を曲がった突き当たり。次からそこで大丈夫」
 「そ、そう。でも、ちょっと近すぎるかも…」
 「まあ、どっちでもイイよ」
 「うん、ありがとう」
 このカヲルという女の子の「ありがとう」と言うときの語感は凄くイイ。自然で流れるようで、優しい響きがある。何度聞いても気持ちがいい。
 出鼻をくじかれて、涙目になりかけていたオレの胸のうちは、すっかり元気を取り戻した。
 オレはベッドを降りて、まだその前に立ったままだったカヲルの側に立った。絨毯の上に靴下だけで立っているカヲルは、外を歩いてきた時より少し顔の位置が低い。そのまま彼女の身体に両手を回し、そっと抱きしめた。
 「お願いがあるの」
 そのままで、カヲルが小さくそう言った。
 「なに?」
 オレも小さく答えた。
 「これから浩樹君とそうするのはイイの。あたしも嬉しいの。ただね、あたし今日大丈夫な日じゃないんだ。初めてのときは自然にしたかったんだけど、今日はそう言うわけには行かないの。いいそれで? 準備してある?」
 「ああ」
 雄介に感謝すべきなのだろうか。胸の中で苦笑いをする。もっともここまで高まっていたらそれでも止まらない。我慢できない。
 「そうか、ならいいよ。本当はね、あたし浩樹君がイイなら妊娠してもいいんだ。まだ結婚出来なくても、赤ちゃん出来るなら産んでもいい、ううん、産みたい」
 そこまで考えるのか。オレは少々驚いていた。さすがにまだ子供は早いと思うが、オレとカヲルの子供だなんて、想像がつかない。この状況でそんなことを言われたら、準備してなかったとしてもやったな、多分。オレはそういう奴だ、但し相手がカヲルだからだけど。
 「莫迦」
 「大好きだよ」
 「ああ、オレも」
 カヲルを抱きしめた腕に思わず力が入った。
 「あっ、あ、浩ちゃん、もう一つだけ」
 「なに?」
 そう言いながら唇をカヲルのそれに近づけていく。
 「男の人って、女性のあそこ見たがるって言うでしょ。でも、絶対に見ないで欲しいの。絶対見ないって約束して」
 「ああ、約束する」
 そう言いながら、キスをすると、カヲルは唇をすぐに逸らした。
 「本当に約束してね。あたし、もし見られそうになったら、逃げ出しちゃうかも知れないよ」
 「え?」
 ようやく、オレの興奮した頭にも、カヲルの言っていることが染み込んできた。おれは少し身体を離すと、彼女の顔を見つめた。彼女もオレを見つめ返していた。オレの生返事で不安になったのか、少し怒ったような顔になっている。彼女の両頬を両手で挟むように触ると、彼女はそのままオレの手に従って、顔を上に向けた。
 「裸を見られたくないって事?」
 彼女は眼を瞑って答えた。
 「ううん、違うの。そこだけ、一ヶ所だけ見ないでくれればいいの。本当は真っ暗にしてくれたらいいんだけど」
 どういうことか解らないが、とにかく、アソコだけは見ないでくれということか。オレには理由が解らないが、カヲルなりの理由や事情があるのかも知れない。確かにオレの気持ちとしては、見たい。アソコをと言うのもあるが、それより、彼女の隅から隅まで全部を見たいんだ。もちろん触れて、肌を感じたい。
 「触るのもダメ?」
 「それは…、いいの。見ないってだけ、約束してくれればいいの」
 本当は触るのすら駄目と言いたそうな、そんな怯えた表情だ。それが余計に愛らしく、胸につき上がるものがある。
 「そうか、解った。カヲルがイイって言うまで見ない」
 「絶対ね」
 この件に関しては恐ろしく神経質なようだ。これは本当にやばいのかも知れない。
 「絶対に」
 そう言いながら、キスをすると、今度は逃げずに受け止めてくれた。それはオレの両手で頬を押さえられているせいではなく、彼女も両の腕をオレの背中にしっかり回していて。
 ようやく身体を離すと、彼女は身体を返して、オレに背を向けた。
 「じゃあ、服、脱ぐから、少し向こうを向いてて」
 「あ、ああ」
 見ていたいのは山々だけど、そう言われてはよそを向いているしかない。カヲルはカーテンを閉めて部屋を薄暗くすると、上着を脱いで椅子の上に畳んで置いた。そしてワンピースのボタンに手を掛けた。
 「向こう向いてて」
 オレの視線に気づくと、腹を立てるでもなく改めてカヲルはそう言った。
 「ああ、ごめん」
 本当にただ呆然として見とれていただけで、よそを向くタイミングを逃しただけなんだ。言われて慌ててオレは窓際に立って服を脱ぎ始めたカヲルとは反対の、ドアの方へ身体ごと視線を向けた。もちろんすぐ後ろで、ボタンを外しワンピースを脱ごうとしている気配が感じられる。
 オレは自分のシャツを脱ぎながら、どうしようもなく緊張してくるのを感じた。
 オレが上半身裸になり、ジーンズを脱ごうかどうしようかと思ったとき、声が掛かった。
 「もーいいよ」
 それは、「もういいかい、まあだだよ」の調子であって。
 振り向いたオレの眼にカヲルの鮮烈な存在が突き刺さった。
 頭の芯が痺れていて、どんな感想も声にならなかった。
 カヲルは、揃いの白いブラとショーツだけの姿で、オレのことを見ていた。両手でヘソの下「三寸」の所を大事そうに押さえていた。白い肌がほとんど露出しているわけで、いくら夏のビキニと露出度は一緒だといっても、これは全然違う。つまり、本来表に出す物ではないわけで。そう、これはあくまで下着姿なんだ!
 「へへ、どう?」
 「ああ」
 頭がいつもとは違う意味で、パニックモードになっていた。華奢な肩から腰の線が全てオレの眼に曝されている。胸の大きさはサイズはわからないけれど、彼女の身体に丁度の大きさで綺麗なプロポーションだった。ウエストからヒップへの線はいかにも女性的なもので、それほど大きくはないが女らしい腰から細い足に続いている。全体に骨が細くて柔らかそうな印象だ。
 「これのこと!」
 カヲルは右手で胸の膨らみをさして、少し怒った様な口調で言った。
 「え? …あ」
 オレは間抜けな声で答えてしまった。どうやら、下着そのものの感想を聞きたかったらしい。オレにしてみれば、カヲルそのものに痺れていて、それどころではないわけで。
 「もう。…後ろ向いてて」
 再び後ろ向きになって、彼女はそう言った。背中に両手を回して、ブラのホックを外す。一部始終を見てしまう訳には行かないので、オレは彼女が振り向く前に、またドアの方に身体を向けた。
 「はい、いいよ」
 振り向くと、胸の膨らみまで曝して立っているカヲルが居た。
 思わず、咽喉が鳴ったが、一瞬オレの方が固まってしまった。
 彼女はさっきと同じポーズで、両方の手が下に行っているので、両の乳房はそのほんのり色づいたボタンまで、剥き出しになっている。カーテン越しの明かりで逆光の為、表情ははっきり見えないが、俯いていた。「羞じらい」、と題して絵にしたいような姿だ。
 カヲルは羞ずかしさを我慢できなくなったのか、自分でカバーをとるとベッドの中に潜り込んだ。
 急いでジーンズを脱いで、オレもカヲルの隣に潜り込む。ベッドはシングルサイズだから、二人に十分なスペースがあるわけではない。オレ達は半分重なるように密着していた。オレは向きを変え、カヲルの上に重なるように身体を動かした。体重が彼女に全部掛からないように腕や足で支えようとすると、丁度、カヲルを抱えるようになる。彼女はもう眼を閉じていた。
 触れ合う肌と肌の感触にオレはもう、充分に高まっていた。胸には、カヲルの二つの膨らみの感触がある。
 「浩樹君の匂いがする」
 眼を瞑ったままのカヲルが夢を見ているように言った。オレは彼女の唇に指を当て、その指を咽喉の方へ、さらに下へとずらしながら、くちづけをした。
 密着させていた上半身にすき間を空け、カヲルの身体をたどっている手が動きやすいようにする。顎から喉元、首から肩。カヲルの身体はどこも柔らかく、肌は滑らかだった。
 手が、ようやく胸の丘にたどり着いた。途端、カヲルが身体全体で反応した。どこよりも柔らかい膨らみの感触にオレは夢中になった。

 …ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
 え?
 二人とも緊張して夢中だったから、気が付かなかったらしい。怒ったように玄関のベルが鳴っている。大分鳴っていたようだ。
 意識した途端に、頭の中にまでベルが響いた。
 身体の下のカヲルも心配そうな顔になっている。ほとんどオレと同時に気づいたようだ。
 やがて諦めたのか、ベルが止んだ。
 続いて鍵が開く金属音がする。
 「ただいまー」
 玄関の開く音とともに、聞きなれた声が聞こえた。
 「なんだ! 兄貴いるんだろうー、シカトすんなよなー。なに鍵締めてるんだよー、面倒じゃん」
 弟の優樹が帰ってきたのだ。
 「がー!」
 オレは一声叫ぶと、枕に頭を押し付けた。
 「あいつ、殺す。絶対、殺す」
 ギャグマンガなら、主人公は血の涙を流すぞ、こら。



[PREV] [TOP] [幕間2] [幕間3] [CONTENTS] [NEXT]


 幕間2


 部活後の空腹をとりあえず埋めるため、オレ達は良くファーストフードの店に入るが、何せアソコは明るすぎてうるさい。
 その日オレは、ハンバーガーを食べた後、斉藤雄介と二人だけになると、落ち着いた喫茶店に入った。
 やはり、密談をするならこのくらい静かなほうが良い。
 もちろん周りに知った顔がないのは確認済み。入り口が見えるから、誰かが入ってくればすぐ解る仕組みだ。

 「雄介、おまえ今まで何人ぐらいの女と寝たんだよ」
 「さあ。オレ、来るもの拒まず、だからな。その場限りってのを除けば十数人かな」
 「おまえ…、そのうち殺されるぞ」
 「おれ、ヤバイ女って区別つくんだよ。ま、特技と言えるよな。絶対ヤバイって思った女に、他の奴が手を出すと、思った通りの結末だからな。百発百中な、今んところ」
 「ヤバイって?」
 「ストーカー予備軍とか、病気持ちとか、やーさんつきとか」
 「へー、確かに凄いな」
 「マリが一種の超能力だってよ」
 「マネージャー?」
 「ああ」
 「まだ付き合ってんだ」
 「おれは誰とも別れたことなんかないぜ」
 「あー? じゃ十数人と付き合ってんのかよ」
 「相手に別の恋人ができれば、自然消滅」
 「大したもんだ」
 「他に男がいるやつはさ、その男が絡んで必ずもめるから。そんなのは御免だから一旦は切れる」
 「その一旦てなんだよ」
 「別れたら、いつでも付き合うからさ」
 「参りました」
 「オレのところに来るやつはなんでか、独占欲強くないんだよ。もともと何人か女がいるって知ってて来るやつばっかだ。なかには、ペットぐらいに思っているやつもいるかもな、あとファンクラブとか」
 「それで付き合っているって言うのかね」
 「そうだな、本気で付き合っているのかなって言うのは結局二、三人だな」
 「やっぱり複数なんだな、本命ってないのか?」
 「オレにも解らない、強いて言えばみんな本命かな」
 「虚無だなぁ」
 「そんな話したい訳じゃないだろ、なんだよ」
 「いや、あのさ、ちょッと、おまえの意見が聞きたくてな。…あー、女のあそこってどうなってんのかな」
 「はー? おまえだって、写真とかなら見たことアんだろー」
 「ああ、そりゃあるさ。でも。たいてい写真は外人だしなぁ。いやでも、千差万別だろ?」
 「けっこうパターンがあんだぜあれ。目にすると、あ、こいつはこのタイプかって、ふと思うね」
 「どんなパターン?」
 「説明はしにくいな。写真でもないと。それよりおまえの話を続けろよ」
 「うん、あれってどうせ個人差があるだろ?」
 「ああ、かなり個性的だよな、みんな」
 「オレが知るか。ま、そうなんだよな。で、だ。ここからは絶対オフレコだからな、トップシークレット」
 「了解」
 「彼女がサ、なんか凄い気にしてんだよ。自分のあそこが変だって。だから死んでもみないでくれって言うんだ。ちょっと大袈裟だろ。別にナニするのはイイらしいんだけど…」
 「ふーん。そうだな、意外と自分のあそこ見てショックだったって話はよく聞くからなー」
 「そうなのか?」
 「基本的には見ない子が多いな。自分のあそこなんか、ろくに見たことがないんだよ」
 「トイレや風呂では見ないのかな」
 「普通にしてたら、眼に入らないんだな、男のと違って」
 「ああそうか、別に飛び出してる訳じゃないからなぁ」
 「見るとすると、タンポン入れる時とか、病気になったか心配な時とか」
 「…おまえ妙にリアリティあるぞ」
 「見たい?」。
 「ああ、実は凄く見たい。オレってスケベかな」
 「それが普通だろ。オレなんか見たい、舐めたい、触りたい」
 舐めたいって、こいつはちょっと、違うよなぁ。
 「あー、なんて言えばいいかな。他と比べる訳にはいかないし、おまえと相談したって言っても気を悪くするだけだろうし」
 「どっちも絶対言うなよ。やばいからな」
 「そうだろ、オレもそう思う」
 オレにも、その位の知恵はあるさ。
 「無理やり見ちゃってから、ひたすら綺麗だよって言ってやるのが一番だと思うけどな。『オレのこと信用出来ないのか』とか言いながら。そういう優しさもあるだろ」
 「優しさねー、難しいねー」
 「元気出せよ」
 「おまえは、去る者追わずだからなー。オレは彼女に去られちゃ困るわけよ。ほんとにいい子なんだ」
 「ふーん、惚れてんだなー。オレだってマリやあと何人かには、去られたら堪えると思うけどな。考えようによっちゃ、数いる分リスクも大きいんだから大変だぜ」
 「へー、マネージャーは本命のうちなんだ」
 「隆一達は誤解してるみたいだけど。あいつ結構きついんだぜ。頑固だし。でもいい女だな。後一、二年したら、いい女過ぎて手が出しにくくなるタイプだな。優等生だし」
 「やっぱ、おまえって変だわ。今までおまえを独占したいって女の子いなかったのか?」
 「たまにいる。こんな生活してちゃ駄目です、とか言ってくるのが。でもオレの性格に気が付くと自分から離れていくな、百パーセント。ついていけませんって」
 「そりゃ、そうだ。ああ、話し戻るけどサ、あそこの話。個人差があって、形や大きさは千差万別だけど、基本構造って奴は変わらない訳だよな」
 「まあ、そうだろ」
 「その辺のことを教えて欲しいんだ」
 「そんなの、穴があって襞があって豆があればいいんじゃないの?」
 「おいおい、それじゃ身も蓋もないだろ」
 「これ以上は、言葉で説明し難いな」

 さらにしばらくの間、雄介の話は続いた。



[PREV] [TOP] [幕間2] [幕間3] [CONTENTS] [NEXT]


 幕間3


 ケイタイの着信音がした。
 健全な高校生であるならばもう自宅にいる時間だ。
 もちろんオレは自分の部屋にいた。
 ケイタイは鞄と一緒にベッドの上だった。オレは絨毯敷の床に寝そべっていた身体を起こして、ケイタイを手に取った。答えながらベッドに腰を落ち着ける。
 「はい。宮本ッす」
 『あ、浩ちゃん? 早坂だけど、解るかなぁ』
 少し高めで子供っぽい声が聞こえてきた。はっきり覚えのある声だった。
 「カヲル? 早坂カヲルか! おまえ、本当にカヲル?」
 『ご無沙汰してます。早坂カヲルです』
 「久し振りー。お前、声全然変わってないジャン」
 四年ぶりの声だ。不思議なことにほとんど変わってないように聞こえた。オレは思わず声が大きくなっていた。喋り方も、小学生の時の気分が戻って来たようだった
 『うん、久し振り。元気かな?』
 「おー、元気、元気ィ、そっちは?」
 『まあね、ホドホドかな』
 「なんだよ、調子悪ィいなー。気合い入れろよなー、明日大丈夫なのか?」
 『あ、それは大丈夫。ちゃんと行くから。そっちこそ遅れンナよ』
 「しねーよ、遅刻なんか。それよりお前こそ、ホントに明日来てくれるかなー」
 『イイとも! って、なんかなー』
 「四年ぶりだろ。何で転校したんだよ、カヲル。連絡もしないで、冷たいよお前」
 『あ、うん、ごめん、ちょっと事情があってさ。連絡しづらい環境だったんだ』
 「オレにも言えないのか?」
 『電話じゃ話しにくいよ、出来れば明日話すけど…』
 「よし、明日聞いてやる、覚悟しろ」
 オレがそう言うと電話の向こうで笑い声がした。まるで双子の妹がそこにいて笑っているのかと思った。そんな笑い声だった。心臓が反応していた。
 『浩ちゃん全然変わってないなー、妹に聞いたのと全然違うよ』
 「あっ、お前、何言ってンだよ。何聞いてんだ。お前こそあんなかわいい妹いるの、内緒にしてやがって。ふざけてんなー」
 電話の向こうではまだ笑っている。
 『…ふふ。今夜は、あんまり長くは話せないから』
 「ああ、解った、明日はゆっくりできるんだろ」
 『うん、大丈夫』
 「もしかして妹、そこにいるのか?」
 『ううん、いないよ。妹のカヲルによろしくね。じゃ、明日』
 「ああ、じゃ、明日」
 ケイタイの回線が切れる。
 四年ぶりの会話だったんだ。
 電話が切れてからも少しの間、オレは呆然としていた。



[PREV] [TOP] [幕間2] [幕間3] [CONTENTS] [NEXT]


戻る


□ 感想はこちらに □