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二人のカオル                         by WATARU 1024
二人のカヲル_タイトル


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 二、あのこ

 「おう、浩樹。見たぞ、聞いたぞ、この野郎!」
 翌日学校へ行くと、クラスの隆一がいきなり背後からヘッドロックをかましてきた。しかも腕がしっかり咽喉食い込んで、こいつオレを殺す気か?
 「キリきり、白状しろい!」
 咳き込みながら隆一の腕を外すと、その腕を体を変えて捻りあげた。
 「隆一てめえ、オレにカマすのは百年早えーぞ」
 「ごめん離して浩樹君、腕が折れそう」
 「反省してねーなぁ」
 まるで堪えていない、軽薄な回答にオレは腕に力を込めた。
 「あいっったたたたた、参った、参りました」
 痛がっているのは本気らしい。
 オレがヤツの腕を放すと、途端になれなれしくオレの肩に腕を回してきた。懲りないやつ。
 「なあ浩樹、おまえとオレの中じゃないか、紹介しろよ」
 「何を」
 「誰を、だろ。決まってんダロー。昨日のカ、ノ、ジョ、だよ」
 「うるさいやつだなー、なんの話?」
 「とぼけて、この極道息子はー。いったいどこの誰なんだよ、いつ知りあったの? おまえに彼女なんて、ちょーっと事件だよなー」
 「なんだよ。なにが事件だよ」
 「イヤー、目出度い。昨日は確かに部活は休みだった。C組の柿本が目撃した彼女について聞かせてもらおうか」
 隆一も柿本も同じ部の仲間だが、この二人は中でも軽薄コンビで売っている要注意人物だ。こんなやつらにプライベートなことを話そうものなら、あることないこと喋りまくるに違いない。
 「麻呂のやつラリってたんじゃねぇの」
 麻呂というのは柿本のあだ名だ。もとは「ひとまろ」だったが、いつの間にか「麻呂」になった。
 「あいつがラリって無かったことはオレが証言する」
 「じゃ、おまえがラリってた」
 「そう、ちょーっと昨日はやり過ぎだったかな、って違うだろ!」
 ノリのいいのが売り物のやつだ。
 「白状しちまえよ、楽になりたいだろ。このままだと、喋るまでつきまとわれるぜぇ」
 ノリが良すぎて最低だ。諦めて、さっさと追い払うか。
 「つきまとうのはおまえだろ、何なんだよ、まったく。で、何が聞きたいの?」
 「そっけないね、おまえって。彼女なんていつの間に作ったんだよ、その性格で。名前は? どこの学校? 年は? あと、友達紹介してくれそう? それから、おまえらどこまでいってるの?」
 「うるせえなー。ノーコメント。おわり!」
 「冗談でしょ」
 「××学院高等部二年。二条カヲル。清い交際のお友達。了解?」
 「マジ?」
 「マジ」
 「麻呂の話じゃ、もうちょっとこう、親密な関係みたいだったんだけどなぁ」
 「幼なじみの妹なんだよ! 手ぇ出したら殺されちゃうね。そいつ妹想いの上にコワいから」
 「ふーん、ま今日のところは、そう言うことにしておきますか、詳しい話は部活の時にでも」
 「うるせい!」
 オレがやっているのは、ネットを挟んでネット(ガット)のついたラケットであるものを打ち合う競技だ。テニスより狭い屋内のコートでお互いに向き合って打ち返し合う。プレイは卓球よりはるかにダイナミックで、テニスよりスピード感がある。オレはこの軽快なスピード感が好きで、気に入っている。だが残念ながら男子に人気のある競技ではない。事実、この高校でもどこでも、女子部員の方が多い事が、男子部員の愚痴のタネだ。
 その競技は一般的にバドミントンと呼ばれている。
 トップシークレットである。
 幸いうちの部は男子の成績も女子の成績も大して変わらないので、居心地が悪くなることはないが、他の高校ではいろいろあるらしい。なにしろ女子の方が人数が多くて、男子の成績が奮わないとなれば、男子の立場たるや、同情を禁じえない。オレは中学の時も実は同じ競技をやっていたが、その時のオレがそんな立場だったのだ。
 実際に部活の時間になると、柿本と二人でオレを囲んでうるさかったが、やつらの好奇心にそれ以上付き合う義理はないので、さっさとトンズラしてやった。翌日またうるさいだろうが、それはまた明日のことだ。
 帰りがけに、ダブルスでペアを組んでいる斉藤雄介が声を掛けてきた。こいつは隆一や麻呂と違って、信頼できるやつだ。口は固いし、軽薄さはやつらと比べればささやかなものだ。バドミントンの腕は結構いけてるが、女に関してはもっと手が早い。
 「よ、調子は?」
 「ん? まあまあ」
 「おまえさ、女なんて面倒くさいんじゃなかったの?」
 「おまえもか、いい加減うんざりしてるんだぞ」
 「紹介しろなんて言わないぜ。結構可愛いって聞いたぞ、付き合ってんのか?」
 こいつが友達の女に手を出したという話は聞いたことが無い。知り合い関係のある女は避けることにしているそうだ。それくらい女はいるらしい。ただし現在は部のマネージャーと付き合っている筈。どうなっていることやら。
 「まあ、一応」
 「なんだよそれ」
 「何しろ知りあったばかりだし、デートしたのは一回だからなぁ」
 「それで付き合うことにした訳だ」
 「ま、そんなとこ」
 「オレはまた、おまえのことだから、ボケッとしてるとこを、逆ナンパでもされたのかと思ったぜ」
 ぐっ、鋭いやつ。
 麻呂や隆一とはさすがに違う。これで嫌味だったら、嫌われるぜこいつ。だけどいいやつだからなぁ。 女の事以外は。
 「へぇ、へぇ。当たらずとも遠からずってね、オフレコだぜ。最高機密」
 「了解(ラジャー)」
 こう言っておけばこいつの口から広がることはない。もっとも以前、こいつの女からぽろっと話が漏れたことがあった。オレに関する噂ではないけれど。
 雄介は相手がこの学校の関係者じゃないからと安心して話したら、思わぬところから話が回ったらしい。友達の輪、侮りがたし。それ以来直接関係ない相手と言えども、油断はしていないそうだ。なんだよそれ。

 電話があったのはその翌日のことだった。
 こちらから電話しても良かったのだけれど、やっぱり返事を聞いてからと思い、電話が来るのを待っていた。
 掛かってきたのはケイタイの方ではなく自宅の電話だ。電話を取ったのは珍しく弟の優樹で、カヲル兄ちゃんの妹と話が出来たと喜んで取り次いできた。
 『優樹君、元気そうね』
 「ああ、カヲル兄ちゃんには世話になったからなぁ」
 『そっかー、うん、そう。あ、ゴメンね、連絡するの遅れて』
 「いや、そんなことないよ。それで、お兄さんの方はどう?」
 『うん、オッケーだそうです』
 「そう、よかった。じゃあ何時会えるかな」
 『日曜日なら大丈夫と思う、浩樹君は?』
 「オレは何時でもいいからさ。もっとも平日の部活がある日は遅くなるけど?」
 『解った、じゃ、次の日曜日くらいと思っててクダサイ。あの、確認したら連絡しマス』
 「連絡は君から?」
 『ええと、多分そうだと思う』
 電話の向こうで、声が笑っている。どうも電話で話していると勝手が悪い。つい「君は」なんて言ってしまう。親しくなったとは言っても、如何せん、何度も会っている相手ではないので、慣れていない。 面と向かって話していれば、まだマシなんだけどな。
 「なんか可笑しい?」
 『浩樹君、なんか変だよ。なんかカタい』
 うーんバレているな、やはり。
 「ああ、ケイタイなんかは、マシなんだけどな。自宅の電話ってちょっと苦手なんだ」
 『ケイタイにかけたほうが良かった?』
 「いや、家ン中なら一緒だと思う。だいたい、家族が聞き耳立てていたりするから、やりにくいんだよ」
 『優樹君も?』
 「あいつが一番うるさい」
 『そっか』
 「それよりサ、明日空いてる?」
 『なに?』
 「どっか遊びに行こう、二人でさ」
 『いいよ、学校サボり?』
 声が少し笑っている。学校をサボったことなんかなさそうだ。
 「ばーか、放課後待ち合わせてさ」
 『制服でオーケーな所ね、いいよ。じゃあさ、土曜日は? 空いてる?』
 「もちろん空けます」
 予定があるわけではないが、修辞というやつだ。
 『浩樹君の家に遊びに行っていい? 招待してくれないかな』
 「え!、オレん家? いいけど、ちらかってるぜ、なんもないし」
 『いいの、いいの! オーケー?』
 「了解、いいよ。で明日だけど…」
 翌日のデートの約束と、土曜日の約束をとりつけて、雑談をした後、オレ達は電話を終えた。

 そして翌日、オレは一日中、ニヤニヤしていたに違いない。
 隆一と麻呂が情報を流しているらしく、会う奴会う奴、オレをからかおうとするが、オレが全然応えず悪びれないので、つまらなそうに肩を竦めるだけだ。
 しつこくカラむのは隆一ぐらいである。もっともこいつは、オレをからかうというより、別の目的がある。
 「だからさ、彼女に友達を紹介してくれるように頼んでくれよ、昼メシ奢るからさ」
 「だから、ダメだっていってるだろ。おまえなんか紹介して恨まれたらタマンねーゼ」
 「何でそう決めつけるんだよ。おまえねー、そういう画一的な教条主義がニンゲンをだめにするんだよ。おおらかに行こう、おおらかに」
 「もう、おまえは死んでろ」
 「言うなぁ」

 待ち合わせの場所へ行く前に、隆一達をまく必要が出た。暇つぶしに人のデートに付いてこようとしたのだ。冗談じゃない。
 オレはバスと地下鉄を乗り継いで、奴らをマンマとまいて待ち合わせの場所に向かった。
 前回歩いたあたりは、麻呂に見られているので、今日は全然別の場所だ。どちらかというと、距離はカオリの学校に近い。彼女が寄り道して入る喫茶店の一つだという。場所からいって、同じ学校の仲間は来ないのかも知れない。地下鉄の路線で二つ以上離れている。オレ達の学校からなら、距離は在っても本来路線は一本だ。
 店は駅に近く、分かりやすい場所に会った。通りに面しているが落ち着いた雰囲気だ。
 木製の枠に大きなガラスの嵌まっている扉を開け、中に入り店の中を見回したが、彼女はまだ来ていなかった。約束の時間まではまだある。
 ウェイターが空いている店内を見回して「お好きなところへ」と態度で示したので、窓際の通りの見える席に座った。駅から来るなら、店に来る前に解る。
 人を待つのはそれ程苦手じゃない。それが綺麗な娘ならなおさらだ。待ち方はいくつかある。
 本を読む、勉強をする、この辺はちょっと遠慮するパターンかも。本は中身によるか。
 電話をする、ただし店の中だからパス。あとは周囲を観察する。ちょっと悪趣味かもしれない。
 相手が来るまでの時間を何もせずただ相手を待つのもいい。相手のことを考え、今日のこれからのことを考えながら待つ。ゆっくりコーヒーでも飲みながら。
 ウェイターが注文を取りに来た。オレはメニューをちらっと見てホットを頼んだ。
 店の中は低い音量でクラシックが掛かっていた。誰の何かは解らない、オレはそういうことには詳しくないんだ。
 カヲルはこういう雰囲気が好きなんだな。結構落ち着いた感じで悪くない。居心地はよさそうだ。ちょっと文学少女っぽいかな? 話しているかぎりでは、あまりそんな感じはしないけど(どんな感じだ、文学少女って?)。
 女のカヲルのことを考えていると、自然に男の方のカヲルのことを思い出す。小学生の頃の思い出だ。 いつも一緒にいたような気がする。家も割と近かったし、幼稚園の頃から知っている相手だ。あいつの方が成長が早くて悔しかったっけ。中学入る直前は、頭半分以上あいつの方が背が高かった。そのくせ喧嘩になると逃げ腰だった。
 もっともオレが誰か大勢と喧嘩しててヤバイ時はよく加勢してくれたから、意気地無しって訳じゃないんだよな。身体が大きいと子供の頃はそれだけで結構有利だから、あいつ本人にその気さえあれば結構やれたんだ。
 クラスの女子連中とも割と仲良くやってた。おかげで、オレが女子のほとんどから突き上げを食ったとき、あいつが取りなしてくれたんだよな。突き上げの原因は忘れてしまった。オレから頼んだわけではなかった。ただ随分助かったのは本当だ。あのころは女子の半分くらいはオレより背が高くて、結構迫力があったから、正直かなり困っていたんだ。全員と取っ組み合って泣かす訳にも行かず、集団で来られたらやられるのはこちらかも知れず。
 思い出すと笑ってしまうような事だ。
 あの頃はカヲルが随分大人っぽく見えた。こっちがまるでガキだっただけのことなんだろうけど。

 コーヒーを飲みながら、とりとめの無いことを考えていた。その間、視線は窓の外だ。
 コーヒーカップが空になり、約束の時間まで後数分と言うところで、地下鉄の出口の方からこちらへ向かってくる人影が目に入った。最近見覚えた女子高の制服を着ている。
 さっきから見ていた限りでは同じ制服は目に付かなかった。この辺りにはあまり彼女の学校の女の子達は来ないのかも知れない。近くにファーストフードの店も無い。中高生自体少ない。
 制服の彼女は少し急ぐように歩いてきて、店の前で一旦立ち止まる。息を整えるようにしながら、ドアを開け、店の中に入ってきたのは間違いなくカヲルだった。
 カヲルはすぐにオレを見つけると、ちょっとだけ驚いたような表情をした。そのまますぐにオレの方に歩いてくると、荷物を置きながらオレの向かいに座った。
 「お待たせ。すこし早く来たと思ったんだけど、そうでもなかった?」
 「いや、オレがちょっと早く来すぎたんだ。まだ約束の時間じゃないよ」
 「そっか。じゃあさ、もう出てもいいけど?」
 「ま、一服したら? 急いで行くところがあるわけじゃないだろ」
 「うん、ここね、紅茶がおいしいんだよ」
 カヲルは嬉しそうにそう言った。紅茶が好きらしい。
 「へー」
 ウェイターが来ると彼女はミルクティーを注文した。オレが何にする? と聞く暇もなかった。
 もっとも、この店は彼女の方が馴染みなわけだから仕方ないか。
 「何頼んだの?」
 「ホット」
 「今度来たら、アールグレイのミルクティーを試してみて。ほんとに美味しいよ。気に入らなかったら、あたしが責任持っちゃう」
 「じゃ、今度頼んでみるよ。カヲルはこの店よく来るの?」
 どちらかといえばコーヒー党のオレだけど、そんなに勧めるなら、一度試しに飲んでもいい。
 「そんな、しょっちゅうじゃないよ。通学のルートから外れてるし。友達みんなの遊び場方向ともズレてるから。この先の本屋さんに来たときだけ」
 「本屋?」
 聞いてみると、絵本や児童書の専門的な書店がこの先にあるらしい。カヲルは月に一回くらい、その本屋に行くらしい。本も買うことはあるけれど、目当ては雑貨とのこと。結構可愛いのがあるうそうな。ただし、友達は面倒くさがってたまにしか付きあってくれない。確かに彼女の学校からでは路線が少し、ズレている。普通の大きな繁華街に出るほうが早い。
 彼女の紅茶が来た。砂糖を一杯だけ入れて軽くかき混ぜると、ミルクティーを口にする。少し熱そうだ。カップを皿に戻すと、彼女は続けた。
 「浩樹君の学校からならそんなに面倒じゃないでしょ」
 確かにその通りで、普通に来れば乗り換えなしで来れる。乗る駅がいつもの場所より少し遠くはなるが。
 「ああ、一本で来れる。もっとも今日は別だけどね」
 彼女が怪訝そうな表情を浮かべたので、オレは笑いながら経緯を説明した。
 てっきり笑ってくれるかと思って話していたら、カヲルは表情を硬くしていった。
 オレなんか悪いコトしたっけ?
 「そー言うわけでさ、今日はだいぶ早く着いちゃったんだよ」
 話が一段落すると、そこで会話が止まってしまった。もっとも話しているのはオレだけだったんだけど。
 こういうのは苦手だー。オレが何かしたなら、そう言ってくれー。
 「カヲル?」
 視線を落としていたカヲルが、緊張した面持ちでオレを見て言った。
 「あたし、浩樹君のこと彼氏って思っていいんだよね?」
 「えっ? もちろん、もちろんそうだろ」
 「あたし、浩樹君の…彼女でいいんだよね」
 「ああ、い…、ちゃんと付き合ってるわけだから」
 つい、口が『一応』などと、付けそうになる。こういう場面でそれはヤバイって。アブねー。
 「ホントに?」
 なんか、信用無いのかなオレって。
 「本当だよ、オレはさ、好きな女の子ってカヲルだけだし、カヲルのことは本当に好きだし」
 「…うん、ゴメン。あたしも浩樹君のこと好き、ありがと。でもなんで友達に紹介してくれないの?」
 あ、そういうこと! そー言うことかー、良かったー。オレは思わず、内心でホッと胸を撫で下ろした。何が起きたかと思ったら、それで不安になったのか。うーむ。しかしつまり、オレは基本的に信用されてないんだろうか?
 「そんなことはないよ、あいつらだけは別だけど。まともな奴になら紹介するさ。隆一って奴は結構、あー、女の子に関しては鬱陶しい奴でさ、柿本ってのもその仲間で、ま、悪いやつじゃぁ無いんだけど、その辺のことはあいつらからは距離を置いときたい訳。それだけだよ」
 「そう? ならいい。そのうち友達にも紹介してね。浩樹君がどんな人たちと友達しているのか知りたいモン」
 緊張が解けて、表情が明るくなった。途端に雰囲気が柔らかくなる。オレの肩からも力が抜けた。
 「いいよ、了解しました」
 「あたしって、しつこいかなぁ」
 少し間を置いて、カヲルがちょっと後ろめたそうに言った。
 「どうして?」
 「浩樹君のこと信用してない、みたいな言い方になっちゃって」
 「まあ、さ、うっかりして忘れちゃうけど、オレ達って知りあって間が無いんだぜ。そういうところは、しょうがないんじゃないかな。オレだって、電話が来ないからって、ちょっと心配になったりするんだからさ」
 「ホント?」
 「そうさ」
 「うん、ありがと。やっぱりゴメンね、でも浩樹君て女の子にもてそうだからつい変なこと考えちゃうんだ、ゴメンね」
 「いやいいって、謝るなよ。そもそもオレって、モテないんだけどなぁ。オレの方こそデリカシーに欠けてました、スイマセン」
 「うふ、やっぱりモテないって言うのは信じられなーい」
 どこがなんですかねー、オレが信じられないよ。斉藤雄介じゃあるまいし。

 「あ、そうだ忘れるところだった。兄の予定」
 「なに? 何かあった?」
 「カヲル兄さんと会う約束の日、再来週の日曜日で決めていい?」
 「別にいいけど、だいぶ先になったなぁ」
 「次の日曜日は都合が悪くなってて、ゴメンなさい。」
 「うーん、おまえが謝ることじゃないだろ。兄貴のカヲルの都合なんだからさ」
 「でも次の日曜でもいいようなこと言っちゃってたから」
 「会えるって言うなら、今更一週間くらい伸びてもかまわないさ。四年以上会えなかったんだから。今は、女の子の方のカヲルがいるしな」
 「えっ?」
 やけに吃驚したような顔をするので、こっちの方が驚いた。
 「なに?」
 「あ、ううん。なんでもない、」

 その後、オレ達は例の本屋へ行ってみた。カヲルがせっかくだからちょっと覗いてみようと言ったんだ。
 なるほど結構大きな専門書店だ。喫茶室まで付いている。女の子向けの雑貨だけではなくて、普通の文房具も売っている。絵本や児童書と聞いていたので、子供が多いのかと思ったら、高校生以上の客も多い。もっとも圧倒的に女性が多かった。こういうところは客がよほど少ない時か、女の子と一緒でないと、ちょっと入りにくい。夕方は一番客が多い時間帯じゃないか。
 「ね、写真とろう」
 カヲルがオレに向かってそう言った。指さすほうを見ると、見慣れた機械仕掛けが置いてあった。「シール写真製造機」だ。
 「へー、こんなものもちゃんとあるんだ」
 「ここのって、デザインが凝ってるんだよ」
 カヲルによれば、結構人気があるらしい。なるほど、詳しくは解らないが、色も形もよく出来たフレームがついている。
 彼女と並んで写ると、それなりにまともに見えた。この手の機械で写すと、オレはいつも間抜けに写ってしまう。けれど彼女が一緒なら、そうでもないんだな。
 出来上がりを見て、カオリは少し不満だったらしい。
 「うーん、やっぱり二番目の方が良かったかなー」
 「駄目だよ二番目は。オレ、目つぶってたから」
 「そうね、ま、いっかー」
 オレが見たかぎりでは、何が不満なのか解らない。
 「よく出来てるよ」
 どうしても、完全には納得できないようだった。とはいっても撮り直す決心はつかず、結局諦めることにしたらしい。一枚取ってケイタイに貼り付けた。
 「じゃ、これ残りはどこに貼ろうかな。はい、浩樹君もケイタイに付けて」
 そう言いながらオレのケイタイを取り上げて、ボタン類や表示のないところに貼り付けた。
 なんか、恥ずかしいかも。
 そんなことをしながら、オレ達の時間は他愛もなく過ぎていった。

 「今日はありがと」
 午後八時になるころ、カヲルが言った。いつの間にかそんな時間になっていたので、オレは少し驚いた。ほんの一時間くらいしか経っていないような気がしていたんだ。もっとも隆一あたりと遊び歩いている時なら「まだ宵の口にもなってねーよ」と言うところだ。
 彼女の門限は驚異的ながら、午後九時ということだった。
 「本当は八時って言われてるの。でも今日は前以て言ってあるし」
 「晩飯は家で食べるの?」
 「うん、そう。それがこっちの学校に通う条件だったの」
 「へえ?」
 ちょっと解りづらいが、事情があるらしい。
 「言ってなかったっけ。あたし両親とは別居中なんだよ」
 「あ、そうだったのか。で、一人暮らし、の訳ないよな」

 「だったら、門限なんてないッショ。祖父母と一緒なの。祖父母のうちに下宿って言う感じかな」
 「両親は転勤かなんかで?」
 「うーん、もともとちょっと離れてたんで、住んでたところから、こっちに通うのは無理だったんだけど、そこへ転勤が重なってって感じ。だから祖父母のところで一緒に住むならいいよってことになったの。そうでなかったら地元の高校へ行ってたかもね」
 「かも?」
 聞いてみると、祖父母のところからこっちに通いたいって希望は前々からあったそうだ。ただ両親は地元の高校へやりたがっていたらしい。

 「だから親を説得できていれば、今と同じだけど、…説得できたかどうかは自信ない」
 「じゃ、おまえにとってはラッキーだった訳だ」
 「そうなんだよね、お母さんには悪いけど」
 父親はまだしも母親は随分残念がっていたらしい。父親はあわや単身赴任ということまでになりかかったほど。さすがにこれには父親が反対、母親本人も躊躇して、祖父母の所からならということでケリがついた訳だ。
 それはまことに、オレにとってもラッキーだった訳で。
 「祖父とか祖母ってオレあんまり縁がないんだけど、結構うるさいの?」
 「どうだろう、他と比べた事ないし」
 「友達の親と比べたら?」
 「うーん、それはそれぞれだね。うるさいとこもあれば、好き勝手やってて怒られないとこもあるから」
 「でも門限八時は凄いだろう、小学生でも塾から帰ってないぞ、まだ」
 「ああ、ほんとそうだね。ただクラスの子の中には、門限が在るから部活が出来ないって子もいるから」
 「え、マジ?」
 「マジ、本当だよ。だから人それぞれなんだってば。そういう中では平均的なほうかも」
 「ふーん」
 今どき不思議な世界があるもんだ。
 「あたしの場合は、ソコウフリョウが認められたら、即刻親許へ送還って決まってるから、結構大変なの」
 「うーん、そうかー。そりゃ困るなー。学校は転校?」
 「下手したら、『高校中退です』だって。なんか本末転倒だけど」
 「なに、お母さん?」
 「そう」
 少しずつ彼女の家の状況、彼女の生活環境が見えてきた。そう言うのは嬉しい。
 「二条の両親のところへは時々行くの、もう小旅行って感じで」
 「どこなの?」
 彼女の答えは、近いが隣接はしていない県の街だった。山と高原という印象がある町だ。
 「へー、いいところじゃん」
 「うん、週末旅行(ウィークエンド・トラベル)にぴったりって言う感じ。全然帰省って感じしないの」
 「あ、そうか。一応帰省なんだよな。でも引っ越した先だもんなぁ」
 実感がないのは無理もない。自分が生まれ育った街ではないんだから。
 「なんか変な話になっちゃった」
 「いや、興味深い話でした。けっこうけっこう」
 「ところで、明日は?」
 「ああ、駅まで迎えに行くよ、さすがに道、解らないだろ」
 「うん、じゃあ、一時ね?」
 「ああ。でもホントに家でいいのか? 映画とかなんかでなくて」
 「いいの、アルバムみたいから。中学の時の話、聞かせて。約束だよ」
 「へい、へい」
 「返事は、はい!」
 「はい」
 今日は帰ってから、気合いを入れて部屋を片づけなければならない。いつもなら、なんて面倒な、と思うところだ。
 それでも。
 オレは明日の土曜日が楽しみだった。



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