戻る


「危ない二人」(後編)

親友を性転換!
或いは、天才を友達に持つモノじゃない

作:WATARU1024



<主要人物>
トシ アキ
天才的き○がい科学者。学院で有名なハンサムだが性格はかなり壊れている。女嫌いだった。親友を性転換し理想の女性を得て、そのまま自分の嫁さんにしてしまうつもりらしい。 その友人。自覚はないが、実は結構流されやすい性格。昔から実験に付き合わされること、数知れず。その結果、いい思いも悲惨な体験も数限り無し。人のいいのが珠に瑕。ついに性転換されてしまう。今や有名なメイド姿の美少女。悪の天才科学者に魅入られた不幸な人。



<2.冬至祭>

 心配した通り、講義終了と同時に(気が早いやつはその前からだ)、話題の女子学生としてアキは
大勢の野次馬に囲まれてしまった。大教室の半分以上が集まってきたようだった。
 「なんでメイド服なの?」
 「なんで今はメイド服じゃないの?」
 「プロフェッサー・トシの助手っていつからですか?」
 「プロフェッサー・トシと熱愛って言うのは本当?」
 「二人はいつから付き合っていたんですか?」
 「初体験はいつですか?」
 「スリーサイズを教えて下さい」
 「足のサイズを教えて下さい」
 「帽子のサイズを教えて下さい」
 「誕生日を教えて下さい」
 「好きな食べ物は何ですか?」
 「料理の鉄人って本当ですか?」
 「得意な料理を教えて下さい」
 「プロポーズの言葉はなんですか?」
 「今、何色の下着を付けていますか?」
 「学籍簿上では、先月まで男だったと言うのは本当ですか?」
 「知能指数はいくつですか?」
 「芸能界デビューの予定はありますか?」
 「どうして男だったんですか?」
 「どうして女なんですか?」
 「ゲイのー界にデビューするんですか」
 「電気ついてますか?」
 「実家の御両親は泣いていませんか?」
 「結婚式はいつですか?」
 「披露宴はどこでやるんですか?」

 「う、る、さーいっ!」

 野次馬だか、レポーターだか解らない連中の数限りない質問に、アキの神経がいつまでも持つ筈が
無かった。
 「知るか!」とか「大きなお世話だ!」とか、言いたくなるようなものが多い。一切の質問に対し
てノーコメントで通したが、聞いただけで疲れるような質問もある。アキが叫び声をあげても相手は
ひるまずに質問を続けたが、彼女もそれ以上おとなしくそこに留まってはいなかった。
 幸い、無理やり相手を釘付けにして、自分たちの気の済むまでやりたい放題というマスコミ式の連
中はそこには居なかったので、軽くもみくちゃにされながらも、数分で教室を脱出することが出来
た。もちろん、何人かの積極的な協力者が居たからである。
 ルーを始めとする何人かの友人は、自分たちの為に好奇心はとっておいて、ひとまず、アキを暴徒
と化した野次馬から救出してくれたのだ。
 「何とか脱け出せたかな」
 ぞろぞろと追いかけてくる野次馬も、それほど執念深いわけではなかったから(次の講義もあるだ
ろう)、二手に分かれて軽く捲くだけで付いてくるものは居なくなった。
 「あー、助かった、ありがとな」
 学院内の適当なカフェに落ち着くと、やっと会話らしい言葉が出てきた。
 「他の講義でも、こんなかぁ。演習の方はそんなじゃなかったんだけどなぁ」
 「講義にもよるさ、さっきのはあっちこっちのコースの連中が集まってるから、興味本位の野次馬
も多いんだ。俺達だけなら、ああはならないさ」
 「そうそう、本人の意向を大切にして、洗いざらい聞かせてもらうもんね」
 「ちょっと待ってくれー。それって、もっと悪いじゃん」
 「確かに本人みたいだけど、確かに女だよなぁ」
 「うむ、おまえ結構いけてんじゃないか」
 「本当。確かに、アキなのに可愛いよねー」
 「おまえらにそんなこと言われても、全然嬉しくねーよ」
 全く持って全然嬉しくない、却って身の危険を感じるぐらいだ。
 「こないだまでは、確かに男だったよなぁ」
 「あれで、男のフリだったのか」
 「コレでもコレだからな、プロフェッサーもディープな趣味だよな」
 黙っていればおしとやかに見える外見でも、相変わらず口汚い下品さというわけである。もともと
の育ちはいいから、中身まで下品なわけではないのだが、習慣の選択の結果である。
 「ほっとけ」
 「なんで男のフリなんかしてたんだ?」
 「オレは男だ!」
 「嘘つけ」
 「その格好で男はないだろ、なかなかキュートじゃん」
 「そう、そう」
 と言いながら、女の子の一人が、ぷにっ、と胸をつついた。
 「やめい!」
 逃れようとするアキの胸をさらにしっかりと触ってくる。
 「きゃー、赤くなってるー。Aカップ?」
 「莫迦、触るんじゃねーよ。糞ッたれ!」
 (二週間前までは、ちゃんと男だったんだよ!)
 と、胸の中で毒づくが、どうしたものか口には出せない。
 「あはははは」
 「笑うな!」
 「そりゃ、ぷっ。笑うなって言えば…、はははっ。くくっ、がまん出来ない」
 一同、大笑いである。
 「可愛いー!」
 これがいけなかった。悪乗りした一人が悪意無く囃したのだが、アキの我慢は既に限界に来ていた
のだ。
 「莫迦ヤロー!」
 叫び声でも、涙目は消せなかった。

 「チキショー、あいつら散々玩具にしやがって」
 友人達に可愛い女の子振りを揶揄われるたびに、過剰な反応を示すアキは、格好の遊び道具となっ
ていたのだ。質問攻めにする替りにその反応で楽しんだというところだろう。
 彼らはそれぞれに満足すると、次の予定があるのか一人、二人と抜けていき、最後はルーと二人で
残されていた。
 「おまえが反応するから面白いんだ。ほっときゃ、そんなに騒がないぜ。そのかわりあれこれ聞か
れなかっただろ」
 「まあな、ほっとしたけど」
 「そう言や、おまえ、立ちションしてなかったか、薄いとはいえ髭だってあった様な気がするし。
変装だったとか。聞いちゃいけないのか?」
 「うー。そうだよな、それが普通の反応だろ?
 当然、疑問に思うよな。オレは男だったよな」
 「と思うけど、今のおまえを見てるとなぁ。これじゃ、男だって言っても誰も納得しないよな。神
経科に連れてかれないだけマシだぜ」
 「はー、オレだってそう思う。この身体は確かに女なんだけど」
 「自覚はあるんだな」
 「当たり前じゃん」
 「よし。口外しない約束で聞いてやるから、デートしようぜ」
 「はー、そればっか」

 「そう言えば、今日は助手のバイトに行かなくて良かったのか」
 「ああ、プロフェッサーは昨日から地方の学会に出てる。帰ってくるのは明日の筈だから、今日は
いいんだ」
 トシは地方で開催される怪しい学会に出席する為に、一人で出掛けていた。彼はアシスタントとし
ての義務だと言って始めは彼女も一緒に連れていこうとしていたのだが、アキは出席日数制限に引っ
掛かりそうな講義があると言って(本当のことだ)あくまで残留を主張したのである。
 主のトシがいないのでは研究室の仕事は資料整理の続きと掃除ぐらいで、やってもやらなくてもい
いようなものだったのだ。
 「グッドタイミングだな」
 「とりあえず、休んでた間のノート頼むわ」
 「それは後、まずはデートだろ」
 「キャンに言ってやろ」
 「友達だろ」
 「どうだかな」

 結局、二人は馴染みの店に落ち着くと、詳しい内容をアキが話すことになった。彼女は自分の置か
れた状況について少しづつルーに話しながら、自分でも気持ちを整理していたようだった。
 「じゃあ、本当に最近、プロフェッサーに改造されたのか。それで女になった訳で、元は男だった
のか?」
 「そうだよ。だからオレは男なんだ」
 「でも今は身体は完全に女なんだな?」
 「ああ、完璧じゃん」
 「実はキャンに聞いた後さ、オレも、教授に確認したんだよ。
 オレが聞いた話では、昔、実験中に、一緒にいた恋人のおまえが何かの事故にあったって。それで
男のような外見になる副作用が出てたとかいう話でサ。それが最近急に回復して、ようやく元の性別
に戻れたようだって。確かそんな話だったぞ。
 あれは真っ赤な嘘か」
 ルーが聞いた話では、さらにトシが深刻そうな顔で、
「もちろん私は、そんな彼女と別れることは出来せんでした。しかし今、悲しみではなく、ようやく
喜びをもって彼女を抱きしめることが出来るようになったのです」
 とか何とか言って(多分、面白がっていたんだな)、教授連中の同情と感動を引きだしていたとい
うことだった。しかしそこまでは知らない様子のアキには、気の毒過ぎて口に出来なかった。
 「そういうこと、オフレコだぜ、他人やましてや広報に流したら、おまえも聞いた相手も絶対抹殺
される。それに広報に流したって十中八、九記事にはならないだろうし」
 「でもプロフェッサーの話題ってよく出てるだろ」
 「あんなの全部提灯記事じゃん」
 「そうか?」
 「そうでなけりゃ、明らさまなトンデモ系の記事じゃん? あのキャラクターだから、もっともら
しくなるけどさ。どうせ証明できないから言うけど、あいつは裏では結構危険なこともやってるん
だ。間違いない」
 「そうか?」
 「そうだよ、必要な実験データを集めるためなら平気で違法なこともしてるしさ、違法な実験もし
ているに違いない。助手のオレが言ってるんだから本当だ、大体オレがこうなっているのだって、明
らかに犯罪だろ?」
 「まあ、おまえが被害届を出して、それを警察が認めればな」
 「はー、そうなんだよ。あいつのことだから、逆のデータは用意してんだろうなー。いつでも『オ
レ様は完璧』だからなー、一番の問題はあいつが実際に、悪の天才科学者だって事なんだよなー。ど
ういうわけか家の親にも受けがいいんだぜ、自分達の息子を何度も殺されかけてるってーの」
 「オレ達の間では、おまえはその悪の天才科学者の、なぜか良心的な一番弟子なんだぜ」
 「だー! オレは最大で最悪の一番の被害者なんだぞ!
 そもそものおれの不幸の始まりは『一緒に月に行こうぜ』とか言うあいつの口車に乗って、自家製
ロケットに乗せられた、幼稚園のユリ組の時に始まるんだ!」
 「それって凄いじゃないか。小学生の時からの付合いじゃなかったのか」
 「あいつはスミレ組だったんだよ。それにロケットはあいつの爺さんが作ったんだ。実験に孫のあ
いつとオレを乗せて、本当に飛ばしたんだぞ!」
 「よく死ななかったな」
 「垂直離着陸タイプのロケットでさ。確か百メートルぐらい飛んだって言ってたな。で、確かに飛
んだのは良かったんだよ、気持ち良かった。それは認める。だけど着陸の時は死ぬ思いだったんだ。
結局制御に失敗して湖に横転さ。乗ってたオレ達は二人で溺れたんだ!」
 「それは、凄いんじゃ無いのか」
 「それが医者のすることか? ああ、あいつのうちは代々の医者だったんだ。あいつだって遺伝子
操作で作った天才だって疑惑があるんだぞ」
 「親代々のマッドサイエンティストか」
 「感心するんじゃねーよ、莫迦。あーあ、オレ本当に男に戻れるのかなぁ」
 「で。どんな感想? 女になってみてさ」
 「はー? 感想なんてねーよ!」
 「無いって事はないだろ」
 「チキショー、毎晩あいつの相手でさー。もうたまには休ませろって。もー、昨日は久しぶりで
さー、のんびり、うー」
 どうやら大分酔ってきていたらしい。アキの視線が突然定まらなくなり、口調も怪しくなってい
た。
 「お、おい、なんの話だ。おまえ、もう酔ってるのかよ」
 「いいや、酔ってない! 断じてオレは酔ってない」
 と言うところをみると、彼女は既にかなり出来上がっていた。
 「突然、回るなよ。弱くなったんじゃねーの」
 「そーなんだよ、結構弱くなったんだよねー。むぐっ」
 そのままアキは、突然電池が切れた機械のように、テーブルに俯せになってしまった。
 「いきなり寝るな! おい、起きろよ、おい、アキ!
 ちぇ、なんだよこいつ。こんないきなり、さっさとつぶれるか?
 だったらペースを考えろ、まったく」
 「その通りだな。マイ・スウィートハートがこんなところに寝ているとは、ちょっと意外だった」
 突然、声をかけられて、意味もわからず反射的にルーは後ろを振り返った。
 「プロフェッサー!」
 珍しくまともにセットされた前髪の一房を揺らしながら、黒いコートをなびかせて悪の天才科学者
がそこに立っていた。
 「ドクトルと呼んでくれたまえ」
 学会帰りの所為だろうか、今日はそういう気分らしい。芝居がかった台詞で後を続ける。
 「他人の婚約者とここで何をしているのかね、工学系コース学生番号99−54103のルー君。
場合によっては、学生を辞めたくなるようにしてもいいのだが?」
 氷のような視線がルーの額に突き刺さるようだった。片方の眉だけが跳ね上がっている。
 「いえ、問題になるような事は何一つしていません!
 わ、私は潔白です!」
 強張って顔を引きつらせながら答えるルーに、いつもの口調でトシは続けた。
 「まあ、そう堅くなるな。オレ達の仲だろう。アキに免じて、少しぐらい羽根を伸ばしてもいい
さ。二日ばかり空けてたからな」
 「おい、アキ、起きてくれよ。プロフェッサーが、ドクトルが迎えに来たぞ」
 「んー、トシは学会だろー」
 「起きろって、オレの命がかかってるんだ!」
 「むう、今日はオレ一人で寝るんだからぁ、遅くてもいいんだよ、むにゃ、むにゃ」
 小声で寝ぼけたままの言葉を返すが、全く起きる様子はない。意識がないせいか、聞いている方が
恥ずかしくなることを言う。
 「な、何言ってんだおまえ! 目を覚ませ!
 すいません、こんなに飲ませちゃって。本当に下心も悪意も何にも無いですから!」
 「こうなると、起きないな。別におまえのことを疑っているわけではないから安心しろ。
 疑っているなら、泳がせて確証を掴んでから丁寧に破滅させてやる方が、気持ちいいだろう、
んー?」
 台詞の途中から、トシの表情は妖しい笑顔に変わり、いっそうルーの魂を恐怖させる。
 「は、はい!」
 「おい、アキ、起きろ。帰るぞ」
 「へっ、あれー、トシがいるのかー。なんだ早く言ってくれよー」
 辛うじて身を起すが、完全な酔っ払いである。
 「自分で立ってみろ」
 「んー、おかえりー」
 (あ、あの迫力、あの雰囲気…。確か同い年の筈なのに。このプロフェッサーと普通に付き合える
こいつって、やっぱり凄いのかも…)
 冷や汗を流しながら、ルーはそう思わずにはいられなかった。彼はただ、寝ぼけているアキを抱き
上げて、ぶら下げるように引っ張って行くマッドサイエンティストの背中を黙って見送った。
 「あいつ、嫌がっているようには見えないよな」
 しばらくしてから、ルーは一人でそう呟いた。

 目が覚めると、アキの隣では今日帰ってくるはずのプロフェッサー・トシが寝息を立てていた。
 「へ? こいつなんで、もうここにいるんだ?」
 時計はまだ朝の早い時間を指していた。日付も飛んでいない。突然のいつもの朝。彼女は裸で、彼
も同様だ。エアコンの効いた室内は寒くはなかったが、ちょっと心もとない。
 (寝坊したわけじゃないよな)
 そう思いながら少しづつ、昨夜のことが蘇ってくる。
 (確か、ルーとそのまま飲みに行って、それからどうしたんだ?)
 何か猛烈に羞ずかしいことがあったような気がしてくる。
 (う、なんか嫌な記憶が、かすかに…、誰かが迎えに来て、抱き上げられて戻ってきたような。そ
れとも、あれは夢?)
 「う、なんか二日酔いじゃん」
 重い頭を抱えながらシーツを身体に巻き付ける。シャワーを浴びに行きたいがベッドからでるのは
億劫であった。
 (どこまでが夢なんだか、わからないじゃん)
 トシを相手に、楽しそうにじゃれついた印象があるのだが…。
 彼女には、どこからどこまでが夢か現実か判断できなかった。夢であって欲しいと思っていた。
 (二人でロケットに乗ってるところは絶対、夢じゃん。何でそんな夢見るかなー)
 無意識に一人で百面相をしていたらしい。
 「楽しそうだな」
 トシが目を覚まして、彼女を見つめていた。
 「な、なんだ起きてたのか」
 途端に顔が赤くなるのをアキは感じた。それが余計に羞ずかしくもあった。もう羞ずかしいのが羞
ずかしいという、羞ずかしいの二乗で、思考能力が低下するばかりだ。
 「目が覚めたら、目の前でおまえが百面相してた」
 「黙って見てるなよ趣味わりぃな。なんだよ、放せって」
 トシはアキの文句を聞きながら腕を伸ばして彼女を抱き寄せた。
 「昨夜と違って冷たいじゃないか」
 アキの心臓が跳ね上がった。動きが止まった隙に抱きすくめられてしまう。
 「中二日で、御機嫌な酔っ払い相手というのも、結構感動的だったんだが。もう駄目か?」
 「全然、知らない、覚えが無い!」
 彼女は全身を朱に染めて、ベッドを飛び出した。そして、シーツを身体に巻き付けたまま、バス
ルームに駆け込んでしまった。
 (チキショー、なんでこんなに羞ずかしいんだよー。前はそんなに羞ずかしいなんて思わなかった
のに!)
 昨夜の記憶はやはりはっきりしなかったが、赤面モノであることだけは確かなようだった。浮かん
でくる夢ではなさそうな断片は自爆しそうな代物だ。
 (お、オレが自分からあいつに、抱き、抱き、抱きつくなんて。あー、考えるだけでも駄目じゃ
ん)
 シャワーを浴びるのも忘れて、アキはしばらくそこに固まっていた。

 トシはベッドから降り、側にかけてあったガウンを取ると身体に引っ掛けた。
 バスルームからもれ聞こえる、アキの呟きを聞き流しながら、冷蔵庫からジュースを出して、飲
む。嬉しそうな、満足げな、表情であった。
 (予想通りとは言え、ここまで愛らしくなるとは、我ながら慧眼というべきか。
 ふふふっ。いい、いいぞ、アキ。ナイスだ、クールだ、オレは最高に萌え萌えだ!)
 沸き上がる感情が彼を高揚させ、高血圧の外科医のような雄叫びを上げさせた。
 「我が科学力は世界一ぃ!」
 内心の声に衝き動かされて出た言葉がこれである。
 当初の動機やきっかけはどうあれ、この若きマッドサイエンティストが己が作品に並々ならぬ愛を
感じていることだけは確かなことらしい。

 そんな悪の天才科学者にも、学院内の日常はあった。
 一般教養部門の科学入門「科学する心」というのが、マッドサイエンティスト担当の一般向け講座
だ。真面目に聞いているのは危ない学生だけ。もとより講師目当ての女子学生が多かったのだが、最
近の話題の所為か、男子の受講者が急に増えた。
 今日はその話題の助手もメイド姿で側に控えていた。そして講師と男子学生(一部女子学生)の熱
い視線を集めている。
 講義内容はトシのマッドサイエンスな語録が炸裂する、アジテーションのごときものであった。
言ってしまえばトシのレクリエーションだ。それでいて毎年とても熱心な受講者がいるから不思議で
ある。
 「天才の科学する心に限界はない!」
 講義の始まりはいつもこれである。最前列の何人かが黙って首肯いている。今日に限っては彼らの
視線も合間に横へ泳いでいるようだ。
 そして講義は佳境に入り、マッドなパワーが放出されて、最後は決まってこう締めくくられるの
だ。
 「世界征服など愚の骨頂! 真の天才が目指すもの。それは完璧な科学による完全なる自由、永遠
の前進、全ての束縛の破壊、全ての限界の超越なのだ! 
 それこそ悪の華! 男の浪漫!」
 世界征服より、なお悪いのでは無かろうか?
 (ふっ決まったな。アキ、愛しているぞ)
 とはその時の心の声である。
 今日もプロフェッサー・トシの講義は絶好調であった。
 
 「男に戻すにしても、その時完全に安定的な健康体でなければ処置は出来ない」
 というのがトシの主張だった。
 その為、アキは毎日、トシによる簡単な検査を受けていた。そして週に一回少しまとまった検査を
する。今日はそのまとまった検査をする日だった。内容は血液検査を含む、かなり詳細なものだ。時
間をかけて、各検査項目を済ませていく。いくつかは訳のわから無い個人研究を理由にでっち上げ
て、学院の施設を使って行っていた。正確な体脂肪率まで測るのである。受ける側にとっては面倒な
ことこの上ない。
 最後にトシへの自己申告による自分の肉体状況の報告を行って、一通りの作業が終了した。
 「基礎体温は付けていると、よし。後少しで生理になりそうだな」
 検査を受けた後、トシがアキにそう告げた。
 その声が心なしか、嬉しそうに聞こえたのは、アキの被害妄想かも知れない。だが、日に日に自分
が女に馴染んでいくのを感じ、アキの男としてのアイデンティティはもはや風前の灯火のようだっ
た。
 「安心しろ、ちゃんと責任はとるからな」
 「なんの責任だ、莫迦」
 「いい子を生んでくれ」
 「おまえは避妊しろ!」

 始めのころは、裸をトシに見られるということさえ、何でもなかった。自分の身体と言う意識が希
薄だった為かも知れない。最近はちょっと気になるのである。
 女に成り立ての頃と比べると、身体も変化してきているようだった。検査の時に各部位のサイズを
測っているので、数値の変化ははっきりわかっているが、それ以外にも、皮膚の感触や髪の毛の感触
など、数値にしにくい部分の身体の変化を、自分で感じているのである。
 胸は始めに言われた通り、少しづつ大きくなるようだった。一月しか経っていないのに、見て解る
くらいに変わり、最初に買ったブラはきつくなっていた。腰にも肉がついた。
 全体の皮下脂肪が明らかに増えていた。
 子供の身体のような印象から女の身体へと変わったのだ。
 顔の印象もこちらはかすかだが、変わっていた。元の男のアキの顔の印象が毎日少しづつ薄れて
いった。
 意識がそれに合わせて変化していても、意外なことでは無かった。アキは多少「怒りんボ」であっ
たが、頑固では無く、融通の利く「柔軟な精神」の持ち主だった。それが災いしたかも知れない。
段々と女である自分に適応して行くのを、アキは自分自身でも感じ始めていたのだ。

 それでもあくまで、アキは男に戻るつもりだった。
 だからなのだろうか、彼女は日に日に落ち着かなくなっていた。

 そろそろ、マッドサイエンティストが、親友のアキをメイド美少女に変身させてから、一ヶ月以上
が過ぎていた。
 「なあ、アキ、本当に結婚しよう。オレ達は相性が最高にいいだろう。念の為言っておくが、オレ
は本気だぞ」
 もう何十回目かのトシのプロポーズである。つまりこのままずっと女でいろと言うことだ。
 「いい加減にしろ。戸籍が男同士で、結婚出来るか!」
 反対する理由が、法律上の問題になっていることに本人は気付いていない。気持ちの上で否定して
いるわけではないのだ。それをアキは自分ではまだ自覚していなかった。
 「なんだそんなことか。オレの実家を忘れたわけではあるまい?
 小さいとはいえ病院だ。診断書など書き放題。いくらでも判事を納得させる資料を作れる!
 戸籍の修正など、些事に過ぎん!
 よしんば正式な手続が不可能でも、ふっ、役所のデータの改竄など…、ふふふっ」
 「それは犯罪じゃん」
 「犯罪だと? ふん、バレればな」
 不敵な笑いで応えるトシには、毛先ほどの罪悪感もないらしい。
 「おまえ、そんなことばかりしてると、そのうち身を滅ぼすぜ。オレの知らないところでもやばい
ことやってんじゃん。広報の奴等だって、トンデモ記事ばっかり書いてるんじゃ無いんだからな。そ
のうち当局に目をつけられたら、重箱の隅から隅まで、つつかれる事になるだろ」
 「オレ様は完璧だからな。あんな広報部の連中が何を書こうと、無駄、無駄、無駄ぁ!」
 「じゃあ、こんなのはどうだ?
 学長の愛するキツネザルを実験動物にした記録。或いは、学内のネットワークから、某政府機関の
機密情報へのアクセス記録、およびその時得たデータファイル。部外秘データの私用実験への転用の
記録と証拠データ。他にもまだある、半分はオレも共犯だろうけど、この際かんけーねー」
 「ふむ。本気のようだな」
 驚いた様子も焦った様子もなく、マッドサイエンティストはニヤリと笑う。見方によってはその表
情は嬉しそうにも見えた。
 「おまえの助手を長くやってるのも伊達じゃねーだろ。あと二週間は助手も彼女もする。けど、そ
のあとはオレの自由にする約束じゃん。
 早くオレの復元作業の準備を進めてくれよ、オレはまだ男に戻るつもりなんだからな」
 「なるほど、強情な娘だな」
 「オレは男だ! 娘じゃねーって言ってるだろ!
 それから!
 ちゃんと避妊には協力しろ。いいな」
 いきなり、声のトーンが落ちてしまうのは仕方ない。顔を赤らめてしまって、まるで迫力がない。
もっとも始めからメイド姿の美少女がいくら吠えても、客観的にはどう見ても迫力はなかった。
 「現にしているだろう。生理が安定するまでは、妊娠は負担が大きいからな。
 ふむ、だが男同士なら、避妊なんて必要無い筈だが?」
 「おれは女だ!」
 彼女の頭はすっかり支離滅裂状態に突入していた。

 脅しが意外に功を奏したのか、それともマッドサイエンティストにも心境の変化があったのか、こ
の頃のトシは大人しくなっていた。
 (そう言えば、ここ二、三日、前ほど女のままでいろとか、おまえは女の方がいいとか、決心はつ
いたかとか言わなくなったな。ラッキーにも、オレに飽きてきたかな?)
 その日は朝から訳もなく腹が立っていた。考え方も前向きとは言えなかった。
 「おい、なんか妙に怒ってないか」
 とトシに聞かれても、木で鼻を括るように、
 「今のオレはいつも怒ってる」
 と応えて、取りつく島も無い。
 「そうじゃないだろう。そんな不機嫌にはしていない」
 「うるさい!」
 アキは自分でも莫迦莫迦しくなるような行動をとっていた。確かになんでもない事でアキは怒って
いたのである。
 落ち着きの無さは最高潮となっていた。
 翌日、アキはめでたく初潮を迎えた。
 女になってほぼ一月と一週間経った日のことであった。

 (あーあ、ついに妊娠準備オッケーかよー。どーりで身体が変だと思った。あいつは喜ぶんだろう
な、なんか悔しいじゃん)
 そうは思っても、普通の医者にかかれる状況ではない。健康の維持管理の為に、トシによる検査を
受ける必要があった。臨床経験はもちろんないし、国家試験も受けていないから医師の資格があるわ
けではないが、天才に不可能はないと本人は主張しているし、腕は悪くない。アキにとってはこの事
件以前には、時折怪しげな薬が出てくることを除けば、信頼できるホームドクター代わりだったのだ
が。
 一通りの検査が済んで、どこにも異状がないことを確認すると、アキは何日か前から抱いていた質
問を投げてみた。
 「おまえさぁ、女の生活や生理のディティールにすごい詳しいじゃん、リアリティがあってさ。そ
ういう研究をしたことあったのか」
 どんな研究なのかは、アキには想像も出来ない。
 「あー、そのことか。研究というかな。留学した時だ、面白半分で自分に性転換処理してみたこと
があるんだ。その時、半年ぐらいは女で生活したからな。
 ま、オレには合わないようだし、セックスも予想ほど良くなかったし、退屈なだけなんで、さっさ
と元に戻したんだ。その時は最初から、ある程度経ったら戻すつもりだったから、おまえの時のよう
な徹底したものじゃなくて、戻しやすい処理でな。もし女の方がいいなら、徹底した処理を改めてす
るつもりだったが。
 そうか、相手がおまえだったら、少しはマシだったかな」
 アキは絶句していた。まさかそこまでやるような奴だとは、思っていなかったのである。いや、そ
んなことでも試してしまうような所は、最大限にコイツらしいと言うべきか。
 「なんだ、そんな意外か? オレ様の科学力は無限だ、そのくらいで驚くな。何年オレと付き合っ
ているんだ」
 彼女は全身から脱力するように、うなだれて呟いた。
 「詳しい筈だ、経験者かよ」
 「女の気持ちと家事以外のことなら、なんでも解るから心配するな」
 そう言ってから、彼はふと何か思いついたように頭をかしげた。そしてアキに視線を戻すと正面か
ら質問した。
 「おまえ、セックスは男と女とどっちが気持ちいい?」
 「な、なんだよ突然」
 「いいから、正直に考えて答えろ。どっちだ」
 (うるせー、こっちは男としての経験だって、おまえほどじゃねーよ。糞ッたれ。
 ううっ、涙だぜ。もう、回数だけでいったら圧倒的に女としての経験の方が豊富じゃん)
 と思いつつ、つい言われた通り真面目に考えてしまうアキであった。
 「気持ちいいのは…、女、かな」
 「なるほど、そうだよな」
 トシは意味あり気にアキを見て嬉しそうな表情を浮かべるが、すぐに頬を引き締めた。
 「なんだよ。こっちの方が男のより刺激が強いじゃん」
 「オレは、女の時のセックスは退屈だった。刺激はあってもな」
 「えっ、そうなのか?」
 「ま、相手がおまえなら良かったのかもな。気の合う程度の学生仲間や教授が相手だったし、こっ
ちも子供だったし」
 「うげっ、他の男って言うのは…気持ち悪っ」
 他の男に抱かれる自分を想像して、気持ちが悪くなり、思わずそう言ってしまうアキ。言葉にして
から、彼女はその意味するところに気が付いて動顛した。
 「おー、男一般は駄目でも、オレならオッケーか。光栄だな」
 嬉しそうに表情を変え、悪の天才科学者はすかさず、ツっ込んできた。
 「ば、莫迦。慣れただけだ!」
 真っ赤になって応えるアキだった。

 その数日後、彼女兼助手として過ごす約束の期間が満了する、一週間ぐらい前のことである。
 暗くした部屋の中、ベッドの上で、マッドサイエンティストがアキに囁いた。
 「一応、約束の期間は来週で終わるんだが、冬至祭のパーティーには一緒に出ないか。
 もちろん準備は進めているが、どうしたって冬至祭には間に合わないぞ、どうだ」
 何の前置きも無かったが、準備とはアキを男にする処置のためのものだ。冬至祭のパーティーは彼
女兼助手を勤める約束の期間満了の三日後だった。
 「おまえさ、本当にオレのこと好きなわけ?」
 「当然だ。愛している。そうでなければ、オレがプロポーズなどするものか」
 「ふーん」
 アキはすっかり女性化しているのか、そう言われると嬉しいような気もする。
 (約束の期間が終わっても、男に戻るまでの間、デートぐらいならしてもいいか)
 と思わず考えてしまい、自分で赤面する。
 「どうした?」
 「何でもない!」
 彼女は闇の中でトシに背を向け、羽毛布団の中に潜り込んだ。

 冬至祭のパーティーを一週間後に控えた時期。学院の中は、パーティーへ出席するパートナーを決
めるために右往左往する学生達で溢れていた。
 アキ達の友人のルーもその一人だった。しかし長い間追い回していたキャンに対して、ここに来て
急に熱が冷めてしまっていた。今いち、気分が乗らないのだ。あのボディは確かにそそるのだが、そ
れよりも禁断の恋に気がいってしまうのだった。
 まさか自分がとは思ったが、気が付いたらそうなっていたのである。しかし、望みは全くない。絶
望的で儚い恋だ。相手の望み通りになるならば、彼女は男になるか、プロフェッサーの彼女を続ける
か、二つの道しかない。恐らくルーはアキ本人よりも良く理解していた。
 彼はアキにとって、自分が感覚的には同性で、単なるというか、信頼すべき友人として位置づけら
れていることを知っていた。
 今日もアキに相談を持ち掛けられているのだ。
 (ちぇ、オレだってちょこっと、あいつに惚れてんのによー、損な役。プロフェッサーは怖いし、
あいつはプロフェッサーのこと好きみたいだし。あーあ)
 溜め息をつくルーであった。
 「悪いな、いつも。キャンは大丈夫なのか?」
 アキがいつもの調子で声を掛けてきた。
 (とっくに、フられているわっ!)
 と思いつつも、ルーは笑顔を返す。もう、男の時のコイツがどんな感じだったか、努力しないと思
い出せなくなっている。
 「ばーか。そんなこと気にすんじゃねーの。男は恋より友情だろ」
 「おー、いいこと言うじゃん」
 (ばーか。ううっ、オレって健気)
 「で、さ」
 予想通りアキの相談内容は、ルーの解釈によればマッドサイエンティストとの恋の成り行きについ
て、だった。
 「…でさ、いつもそんな感じなんだよ。あいつのことだから。本気なのかも知れないけど、冗談に
しか聞こえないだろ、莫迦にしてるじゃん」
 実際上は相談というより、愚痴に付き合うという形式だった。
 「あーあ、おれ本当に男に戻れンのかな。あいつには言えないけどさ、近ごろじゃ、男の時ってど
うやってたんだっけって、考えないと出てこなくてさ」
 「ま、女だモンな、順応してるって事だろ、適性ありってさ」
 「そんなのあっても、莫迦なだけじゃん。
 最近はさ、だんだん、気持ちまでが女になって来てるような気がするんだよ、我に返ってギョッと
することがある」
 既に身も心も女じゃないのか、とは口に出しては言えない台詞だ。
 「おまえ女でいた方がいいんじゃないか?
 口さえ開け無きゃ美人だし、性格もいいし、料理の鉄人だし。
 実際、プロフェッサーとはうまくやってるんだろ」
 「うまくってなんだよ、うまくって。オレはあいつの助手ってだけで、男に戻るための条件で、彼
女をしているだけなんだぞ」
 「おまえ、本当はプロフェッサーのことどう思ってるんだ。好きか、嫌いか」
 ルーがそう切り出すとは思っていなかったアキは、一瞬呆気にとられていたが、その正面攻撃に慌
てて防御に回る。が、不意打ちのショックは大きかった。既にして赤面状態である。
 「そ、そりゃ…き、嫌いじゃない、みたいだけど…、親友だって思ってたし」
 「もっとストレートに聞こうか。抱かれて嫌か?」
 「ば、莫迦、何聞いてんだよ」
 「酔っ払うと平気で口にする癖に赤くなるなよ。で、どうなんだ。嫌なのか」
 「…イヤじゃない、と思う」
 「ホモじゃないから、オレなら男と寝るなんて絶対イヤだ、そいつが親友でもいいやつでもハンサ
ムでも関係ない。普通の女だって好きでもない男、嫌いな男と寝るなんて気持ち悪いと思うだろ。も
し身体が感じたって、よけいに屈辱なんじゃないのか?」
 「…そうかな」
 「そうだろ」
 「だって最初は、ほとんど強姦だったんだぞ」
 興奮しているせいか、急に表現がストレートになる。若い娘が穏やかでない。
 「頼むから、オレにそれを言うなよ」
 「え、なんで?」
 「いや、いい、忘れてくれ。で?」
 「うん。…まあ、正直言ってトシとのセックスは楽しいよ。他の男とってことならオレだって嫌だ
けどな。どう考えたって気持ち悪いし」
 「それがどういう意味か、自分で考えてみるしかねーだろ」
 「…うん、そうだな…、解った。ありがとう。自分でよく考えてみる」
 「そうしろ、じゃあな」
 「あれ、一緒に飲まないのか、なんだよ付合い悪いな」
 「おまえ、自覚しろよ。今日は帰れ。酔っ払ったおまえを挟んで、プロフェッサーと御対面じゃた
まんねーからな」
 「ご、ごめん。じゃあ、またな、そうだ、今度昼飯おごるよ、絶対」
 本気で申し訳なさそうにして帰っていくアキの後ろ姿を見送って、ルーは杯を空にした。
 (チクショー、オレって意気地無しかー? 相手がプロフェッサー・トシでなけりゃなー。もう
ちょっと立場を利用してとか、やりようがあんだろうけど。自分で自分に引導渡してどうすんだよ)
 「チクショー!」
 未練が残るルーであった。

 その数日後。
 大分見晴らしの良くなった混沌の迷宮にて、アキがトシのために特製ランチを用意していた。
 「なんだこれ」
 トレイに乗せられた、丼の蓋を開けると、そこには黒っぽく不可解な食材が白飯の上にたっぷりと
載せられていた。
 「キャビア丼。世界の珍味丼シリーズだ。心して食え」
 「ふむ、…んー、美味い」
 「それは良かった。ちなみにそれで三万円だ、嬉しいだろ」
 職員用食堂<東風>のスペシャルAコースランチ二十食分であった。
 「おまえの講義十回分ぐらいか?」
 「…知らん」
 「こっちは白菜とトリュフの浅漬け風味、これだと五千円分くらいかな」
 丼の横に添えられた、小皿の上の和え物を指して言う。
 白菜にからんでいるのは白トリュフか?
 「げほっ、げほっ」
 牛丼屋の浅漬け小皿が百個分(たぶん)である。
 「なんだ、いったい」
 「別に。ああ、そうそう、冬至祭のパーティーに一緒に出てもいいぜ。まだその気ならさ」
 鳩が豆鉄砲というやつだった。
 アキは少しだけ、気分が良くなった。
 それは、

 「絶好調ぉー! 我が科学力は無限なりぃー!」

 という、マッドなスイッチが入りまくった叫び声を聞くまでの間だけではあったが。

 そうして、また数日が過ぎ、トシが提示した約束の期間が満了する日となった。アキが悪の天才科
学者の助手兼彼女を勤めて一ヶ月半。ようやく終わりの日が来たのである。
 「男になったなら、またオレの助手をするだろう?」
 「そうだなー、こんなことがあった後じゃん。ちょっと考えるよな」
 「そう言うな。オレはおまえが気に入っているんだ。彼女じゃなくても側に居ろよ、居ないと寂し
いだろう」
 「考えとく。とにかく、しばらく休ませてくれよ。そのくらい、いいじゃん。
 あとあれ、ちゃんと頼むぜ」
 「ああ、順調に進んでいる。後一週間ぐらい進めれば、何とかなりそうだ」
 「頼んだぜ」
 「なあ、アキ。オレは本気なんだ。将来おれの妻になってくれ。女のままでいろよ」
 何日かぶりの、トシのプロポーズだった。彼にしてみれば最後のチャンスかも知れないのだ。珍し
く殊勝な風情で迫ってきた。
 その様子に誘われて、言うつもりの無かった台詞が彼女の口をついて出てしまった。
 「そんなに真剣ならさ、一応考えてやるよ。今まで真剣にそのことを考えてなかったからさ、一人
で考えてもいい。
 でも期待はするなよ、駄目かも知れないんだ。単に諦めろって返事が、遅れるだけかも知れないん
だからな。その可能性の方が大きいんだからな」
 (言い訳がましかったかな)
 アキの中ではそれだけ、揺らぐものがあるのだ。それがこんな台詞を言わせていた。
 「オレだって、おまえのことは結構気に入ってるんだぜ、この一ヶ月くらいは結構楽しかったし。
 とにかくおまえは準備を終えてくれよ。冬至祭のパーティーまでは少なくとも付合ってやるから
さ」
 「有難いことだな」
 トシはいつものクールな表情に、苦笑いを浮かべてそう答えた。

 アキはいつものように彼が車で送ろうとするのを断り、明るいうちに、以前のようにバスでアパー
トまで帰った。
 ここのところ毎日のようにトシが泊まっていたので、一人でいるのは久しぶりだった。夕方の早い
時間から、ずっと一人で寛いで過ごしたのだ。
 これで、トシと約束した彼女兼助手は終わりである。今までの付合いから、今回はマッドサイエン
ティストも約束通りのことをしていると信じられた。
 解放感はあった。交換条件はアキの方では満たしたのである。彼女には義務は果たしたという実感
があった。
 もしトシに付合うなら、ここからは彼女の好意である。パーティーには出席の約束をしていた。
 横になってみると、狭いベッドが広く感じられる。不思議な感覚だった。
 今ここにある男の匂いといえば、そのほとんどがトシのものだった。僅か一ヶ月余りの事なのに、
大きな変化だった。
 奥の方や片隅に追いやられた男物の服達が、匂いのない他人の顔を見せていた。手前には今、日常
に着ている服が並んでいる。外に干せない洗濯物はバスルームに吊るされていた。
 これでは若い男女が同棲している部屋にしか見えない。
 彼女が男だった頃に履いていた靴は、うっすらと埃をかぶって、まるで赤の他人の持ち物のよう
だった。洗面台に残されていたシェーバーはトシが使ったものだ。
 ほんの一月半前まで、自分でも毎日していた髭剃りの感覚を思い出した。それは何だか遠い出来事
に感じられた。
 アキは今現在の生活と、かつての生活を比べて考え始めていた。
 (オレは、本当に男に戻りたいのか。男でなければいけないことはあるのか。女であることそれ自
体は、今のところそんなに嫌じゃない。だが将来は?
 オレはどうしたいんだろう?)
 トシの匂いの残るベッドで、いつの間にか寝入るまで、アキは考え続けていた。

 「デートしようぜ」
 翌朝、悪の天才科学者は能天気な電話で叩き起された。
 「だって、普通のデートってしたこと無いだろ。研究室とアパートと教室しかこの一月行ってない
じゃん、遊んでくれよ」
 「そりゃ構わないが、その分作業が遅れるぞ。いいのか」
 「深刻なスケジュールの遅延はないだろ。手を空けられるなら、一日遅れぐらい気にしないよ」
 「わかった。昼過ぎに迎えに行く」
 「えー、遅い!」
 「莫迦、都合があるんだ」
 「うん、じゃあ、待ってるぜ。あ、そうそう今日は家に来ても中には入れないからな」
 マッドサイエンティストは寝癖頭を掻きながら意識が覚醒するのを待つ。半覚醒状態でも、完全に
会話が出来るのは隠された彼の特技である。側で見ていなければアキも気が付かないほどだ。ただし
この場合、普段の意識にそれがフィードバックされるまでに時差が生じる。
 会話の内容が意識に染み込むに従って、彼の覚醒レベルは加速度的に上がっていった。
 彼の心には何かが激しく沸き上がっていた。
 「わが人生に不可能の文字は無し! 我が科学力は無敵なりー!」
 拳を突き上げる、悪の天才科学者の口からは今朝一番の雄叫びが上がっていた。

 黒づくめのマッドサイエンティストに対して、アキはレンガ色のダッフルコートに黒のセーター、
ブルージーンズにスニーカーという格好だった。思いっきりカジュアルだが一応、トシにあわせて
セーターは黒にしたというところか。
 「なんだ、このお子様は、遊園地でも行くのか?」
 「お、いいね、それ。そうしようか。平日だから空いてるよな」
 「せめて、化粧ぐらいしたらどうだ」
 「ドレスアップするのは、パーティーの時だけでいいだろ、一応、口紅はつけてるんだから」
 「まあ、良かろう」

 そうして何の変哲もない、他愛の無い一日が過ぎていった。食事はアキの用意した弁当があった。
外食嫌いのアキの欠かせない小道具だ。
 そしてまだ宵の口のうちに、トシの車はアキのアパートへ彼女を送って来た。
 「いいだろ、セックス抜きも、今日はキスだけ」
 「別に屋外でもやりようはあるんだがな」
 「駄目だ! もしかしておまえ、それが目当てかよ」
 「それも目当てではある、解るだろ」
 微妙な返答であった。彼は続けて言った。
 「オレはおまえの身体も好きなんだからな」
 これまた微妙な台詞である。
 「つまり、キャラメルについている景品みたいなものだな。キャラメルが食べたいんだが、景品も
好きな訳だ。女であるアキがそのキャラメルで、その身体が景品だな」
 いいながら、手が伸びてきてアキを抱き寄せる。それは彼女にとっても心地良い行為だったが、ア
キが抵抗すると彼は力を入れてはこなかった。
 (コイツはー、なんかムカつくんだよな)
 と思うが腹を立てているわけではなかった。ただ何となく、さらさらと口にするトシの態度が気に
入らないのである。
 「とにかく今日はあれは休み。いいな」
 「了解」
 彼は車を降りて、アキの側のドアを開ける。そして彼女を立たせると、荷物を持って歩き始めた。
 今日は紳士的な彼氏に徹するらしい。
 「今日は悪かったな、楽しかったよ」
 アキは部屋の前まで来ると、トシにそう告げた。
 「なに、おれも楽しんだからな」
 「でも、本当はちょっと物足りないだろ」
 「挑発するなら、強姦してやってもいいが」
 「はははっ、頼むから今日はパス。
 白状するとさ、本当はオレの方が、おまえの身体が目当てなのかなって考えたんだ。だから、今日
はそれ無しで過ごしたかったんだ」
 「ここで押し倒しても、立派な和姦だな」
 「ダ・メ。じゃあな、明後日、また迎えに来てくれよ。待ってるからさ」
 「了解、おやすみ」
 そう言いながら彼はしっかりキスをすると車に戻っていった。
 「ま、いいか」

 冬至祭の前日はパーティーに来ていく服の調達とコーディネイトを考えることで、あっと言う間に
過ぎてしまった。
 アキにとって、パーティードレスを買うというのは、さすがにまだ戸惑いと羞じらいの伴う作業
だった。

 祝祭期間は新年まで続く冬至祭だが、祭として盛り上がるのは初日の宵のはじまりのパーティーが
全てと言って良い。
 学院内でも、様々な場所で様々なクラスのパーティーが開かれる。学生達の自治組織が主催するも
のがもっとも大規模で、カジュアルでもドレスアップしても良かった。いかにもなお祭り騒ぎの派手
なパーティーである。
 それに対して教授会の主催するパーティーは学院内随一の格式と伝統を誇るものである。本格的に
ドレスアップした紳士淑女によるクラシックなパーティーだった。
 若いとはいえ、研究室をもち、教授の席を持つトシが参加するパーティーは当然こちらである。
 宵の早い時間、プロフェッサー・トシは自分のパートナーを迎えに行き新鮮な驚きを隠せなかっ
た。
 しっかりドレスアップした彼女を見たのは、これが初めてのことだった。もしかしたら最初で最後
かも知れない姿を、彼は眼に焼き付け、密かに用意した装置にしっかりと記憶させていた。完璧であ
る。すぐにでも等身大モデルが作成可能なほどの詳細なデータが作成されていく。
 彼の前に現れたアキは完璧に仕上げられていた。
 ショートカットの髪はディップで形を整え、白いドレスはキュートなミニのウエディングドレスと
いった印象で、大きな赤いバラのコサージュが華やかさを演出していた。
 「サービス、サービス!」
 頬を染めてそう答えるアキに、感動を噛みしめていた。
 「馬子にも衣装」
 人並みに感動していたため、いつもとはピントのずれた台詞が出てきた。
 「言ってろ!」
 彼女は当然の反応である。
 悪の天才科学者の方は、ドレスアップしても、黒づくめであった。

 始めは挨拶や儀式でしめやかなパーティー会場も、中盤を過ぎるころからあちらこちらで暴れる客
が出始める。伝統と格式と言っても。冬至祭のパーティーといえば、一年の打ち上げである。酔えば
騒ぎたくもなる。BGMを演奏していた楽団が撤退し、会場が混乱し始めたころに、トシはアキを促
して、学生達の騒ぎが近くに聞こえるテラスへ出た。
 「今まで悪かったな、年明けには準備が出来る。そうしたら男になれるぞ」
 プロフェッサー・トシは、今までとは温度の異なる口調で彼女に言った。
 「おまえ、オレが女でいるほうがいいと思う?」
 「ああ、もちろん。だが、おまえが望んでの事ならだ。いやいやなら、たとえば今さら世間体が悪
いからとか、オレの事が信用できないとか、そんな理由なら、男になったほうがいい。オレも協力す
る」
 「本当にいいのか?」
 「ああ、約束だからな。おまえがいなくなる訳じゃない。その時はオレが女になっておまえを誘惑
するのもいいと思っている」
 「ダセー。それでも飯を作るのはオレなんだろう」
 「それぞれの天才に任せた方がいいだろう?」
 「なんか随分弱気だな。まるでまともな人間みたいじゃん」
 「今夜ぐらいは、いいだろう?」
 「質問も多いし」
 「じゃ、答えを聞かせてくれ」
 「…うん、そうだな。…なあ、今日のオレ、気合い入ってるだろ。我ながら結構いいと思うんだ、
どう?」
 「ああ、さっきは感動して莫迦なことを口走った。悪かったな。本当に綺麗だ」
 「やっぱり、今夜は少し違うんだな」
 アキは、トシの首に手を回し、そっと接吻をした。恐らく彼女からしたキスはこれが初めてだっ
た。
 「どーせ、解ってるだろ。これが返事。いいよもう、無駄な準備させて悪かったな。もっと早く返
事しようかと思ったんだけど…、決心が付いたのはついさっきだから。いいだろ、こういうのも」
 「…アキ!」
 「ただし結婚は先だぜ。オレが卒業してからな」
 「ああ」
 「浮気もなしだからな」
 「安心しろ。オレは女嫌いなんだ」
 「嘘つけ!」

 「あのさ、もう危ない犯罪まがいのことには手を出すなよな。でないといつか、オレが告発するか
らな」
 しばらくしてからアキがプロフェッサー・トシに心配そうな声でそう言った。
 「犯罪まがい? オレはそんなことには全く覚えが無いな。他の誰かの仕業じゃないのか?」
 「今さら、言うか。こら! このマッドサイエンティスト!」
 「一言、言っておくが、あのデータ。おまえがオレを脅迫したヤツ、あんなものはあの時点で、と
うの昔に対処済みだった。あの時あれで告発されても、証拠不十分にすらならなかっただろうな、ほ
ぼ確実に立件できない。だから犯罪にならない」
 「ちょっと待てよ、おい。…はー、ヤめた。でも、じゃあ何で?」
 脅迫に応じたような、フリをしたのかということだ。
 「労働条件の改善を要求する権利ぐらいは、あってもいいと思ってな。それに言っただろう、いや
いやでは駄目なんだ」
 「自意識過剰じゃん」
 「マッドだからな。むんっ」
 長い間二人のキスは続いていた。


<エピローグ>  「アキー、こんな可愛い姿に成長して、兄さんは嬉しいぞー。うん、うん。学院にやってよかった なぁ」  能天気な料理莫迦、次兄のユキが抱きついてきた。さすがに跡取りの長男、トキは連れて来ていな いらしい。  「糞ッたれ! 放せ!」  冬というのに、信じられないほどの薄着(薄手の黒いTシャツ一枚、下はグレーのチノパン)で刈 り上げ頭の大柄な男が、細身の娘を抱きすくめている図は犯罪すれすれである。黄色い声を上げて、 娘は全力でその抱擁から脱出しようともがいていた。  「まあアキさん、若い娘がはしたない言葉を使うんじゃありませんよ」  ようやく解放されて息をつくアキに、暢気な母親の声が掛かった。  「母さんまで何言ってんだよ」  「トシさんから聞いていますよ。おまえのことはちゃんと責任をとると言って下さっているのだか ら、おまえもそのつもりでね」  「ぐぅっ」  後ろから突然、太い腕で咽喉を絞められ、アキは若い娘らしからぬ声を挙げた。  「アキ、会いたかったぞー」  アキの予想はあっさりと外れた。しっかり長男も一緒だったのである。服装は弟よりまともだが (ベージュ系のビジネススーツに黒いシャツ、ネクタイは黄色とグレーのストライブである。それほ どまともではない)、若い娘を巨体で後ろからヘッドハンギングとは充分犯罪である。  「あ、と、トキ兄、ギブ…ギブアップ、ぐぇ」  「お、スマン、スマン、いつもの調子で絞めてはいかんなぁ、はっはっはっ」  さわやかな角刈り頭でにっこり笑う姿は気障で、とても料亭の跡取りには見えない。ホスト(体育 会系)かおまえは!  「げほっ、げほっ…、スマンじゃねぇよ、まったく。その腕でやられたら死ぬぞ」  「むうぅ。そんな言葉遣いはいかん。いかんぞ、アキ。彼氏に嫌われるのではないか?  ところで女将、いや母さん、まずは結納の日取りを決めなければなりませんね」  この跡取り息子、台詞はオヤジである。  「あら、そうね、こう言う事は早めにきちんとしなければ」  「こう言う事ってどう言う事だよ!」  「お黙んなさい!」「おまえは黙ってろ」「照れるな、照れるな」  母親、長兄、次兄のそれぞれの言葉にアキはもう言葉を失う他なかった。  それからは、花嫁の意向はほとんど無視されたまま、花婿と花嫁の家族の間でとんとん拍子に話が 進み…。  一流ホテルのホールである。  和服の決まる料亭の主人にして、花嫁の父である初老の紳士が嬉し涙を流していた。よほど花嫁の 父の役がやりたかったようだ。  さっきから盛んに「良かった…」とか「お父さんは嬉しいぞー」を連発している。  料理は当然のように世界に誇る健康食の伝統和食。新郎新婦は紋付き袴と白無垢である。花嫁は良 いとして、花婿には和服が全然似合っていないのは御愛嬌だ。しかも花婿は既に怪しいモードに入っ ている。  彼は得意の絶頂にあった。「我が科学力は世界一ぃ」とか「我が人生に不可能の文字は無し」と か、完全にイッチャッている眼で時折叫んでいた。  「うーむ、やはり新婚旅行は衛星軌道世界一周にすべきであったか。しかしそれではあっという間 に戻って来てしまうからな。そうだ、やはり衛星軌道で蜜月(一ヶ月)とするべきか。邪魔する衛星 は撃ち落とし、邪魔なシャトルは吹き飛ばす。これぞ、悪の華、男の浪漫か」  と、合間には呟いている。  花婿の両親も親戚もついでに仲人夫妻も、そんな花婿を当然のように見守っている。花婿側の家族 席からも似たような声が聞こえてくるようだ。  そんなシュールな喧騒の中で、花嫁は若干硬直しているようだったが、幸せな緊張に包まれている ようにも見えないではない。  じっと時が過ぎて行くのに耐えながら、花嫁は拳を握り締めていた。  (オレ、やっぱりやめようかな)  大きな不安に包まれながら、角隠しの下でアキはそう呟いていた。
<完>

<おまけ>  時は、アキが悪の天才科学者の手によって、女性に改造された直後のこと。  アキの実家の料亭にて、その一室にアキを除く家族一同とトシが顔を揃えていた。  「あら、いいですわね。そうしたら、あの子を若女将に出来るじゃない」  本当に嬉しそうに、料亭の女将が応えている。  「うむ、私も娘が欲しかったのだ」  これはその夫で料亭の主人、アキの父親であった。眼には涙が光っているようだ。  「あいつは昔から可愛かったから、女の子ならもっと可愛いだろうなぁ」  副料理長のトキが遠い眼でそう言った。長男のコイツは完全に末っ子を子供としか見ていない。  「いいんじゃねーの。あいつは器用だから、女だって向いてそうだし」  次兄のユキが何も考えずにそう言う。  「そうね、家庭料理はあの子が一番上手なのよね。あら、お正月からは着付けを習わせないといけ ないかしら」  「では、本人が納得すればということで、よろしいですか」  マッドサイエンティストは、尋ねる。  「おまかせします」  と一同は声をそろえて返答した。  こうしてアキは家族達によって、すでに引導を渡されていたのであった。アーメン。
<おまけ2>  数年後のある日のこと。  中年の和服姿の女性が、若いこれも和服姿の女性の首根っこを掴んでいる。  「おれは女将になんかならなーい! 種子島へ行ってロケット飛ばすんだー」  「アキ! 襟足をもっとひっぱって、きちんとしなさい!   ほら、裾も! 着物が乱れてみっともないじゃないの」  「着物なんか知るか! もう着ない。二度と着ない。金輪際、着るもんか。今すぐ脱いでやる!」  「トシさんが、いいっておっしゃてるのよ。お腹に赤ちゃんがいるのに、暴れるんじゃありませ ん!」  「コロす、あいつ今度こそホントーにコロす!」  彼女の不幸は、まだまだつづくのであった。

<おまけ3>
アキ(若女将バージョン)
まだまだ続く、身の不幸。

戻る


□ 感想はこちらに □