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「危ない二人」(前編)

親友を性転換!
或いは、天才を友達に持つモノじゃない

作:WATARU1024



<主要人物>
トシ アキ
天才的き○がい科学者。学院で有名なハンサムだが性格はかなり壊れている。女嫌いだった。 その友人。自覚はないが、実は結構流されやすい性格。昔から実験に付き合わされること、数知れず。その結果、いい思いも悲惨な体験も数限り無し。人のいいのが珠に瑕ってか。

<末尾に参考画像>



<プロローグ>

「なあ、トシ。おまえ、その凶悪な性格の割には女にもてるじゃん、なんで女の子とつきあわないん
だ、そういう相手がいたら、実験だって只で手伝ってもらえるだろ」
 ある時、マッドサイエンティストの実験を手伝いながら、その友人で助手のアキが研究室の主にそ
う尋ねた。
 研究室の主はプロフェッサー・トシ。人呼んで、悪の天才科学者だ。学院の担当講座は化学関係が
中心だったが、本人の研究テーマはそこに留まらない。核物理学から遺伝子工学、最近の女子高生の
スカートの丈と繁華街の大気汚染係数の関連等という怪しげな論文まで著すマッドな内容に反して、
外見は危険な香りを隠したさわやかな好青年という変人だ。ハンサムな見た目故に女子学生には人気
がある。年齢は学生達と変わらない。研究室の助手のバイト学生は小学生の時の同級生で長年の友人
だった。
「どうも女はいけない。実験の邪魔ばかりスルンだな。だいたい、オレ様の実験の意義をちっとも理
解しない。大して魅力も、能力もないくせにうるさい。
そういう、おまえこそ、この間、キャンの誘いを断ったと、ルーが吠えていたじゃないか」
 ルーは二人の知り合いの学生だ。アキとは同じコースにいる。彼が食堂でバイトしている女子学生
のキャンに惚れていることは有名だ。もっとも彼女を狙っている男達は多いと評判だった。
「好みのタイプじゃないし、ルーの惚れてる相手だからなぁ。ちょっと遠慮したんだ。オレのことよ
りおまえだよ。料理をしてさ、掃除もしてくれる彼女を作れよ。モテるんだから中から選べば、いい
じゃん」
 研究室は辛うじて足の踏み場を残すのみで、実験機材や資料が一見無秩序に散乱していた。続きの
部屋が私室になっており、トシは実質そこに住んでいたが、そこには研究室以上の混沌が広がってい
た。
 「そういや、腹も減ったな」
 「そうそう、飯作ってくれる彼女なんていいじゃん」
 「後の調整はオレがやるから、なんか作ってくれよ」
 「だから、彼女を作れ」
 「かってに掃除なんかされてはたまらん、料理はおまえの方がうまいだろ、料亭の跡取り」
 「おれは、コックじゃない。親の跡も継がねーよ!」
 工学系の学生であるアキは、三男坊だった。

 そうは言っても、二人とも腹は減っていた。結局、アキは混沌の迷宮を抜けて、キッチンに入る
と、二人分のスープとサンドイッチを手早く作って戻ってきた。アキがバイト替わりに手伝っている
トシの研究室は、学院の中でも恐らく一、二を争う混沌度の高さだが、付属しているキッチンだけは
料亭の三男坊の神経に耐えられる程度に整理されていたのだった。
 「やっぱ、おまえがいればいいと思うぞ」
 トシが言った。
 「このぐらい、たまには自分で作れ!」
 「ふーむ」
 そう呟く、マッドサイエンティストの眼が、自分を見つめて怪しく輝いたことに、アキは全然気が
付かなかった。


<1.危ない二人>  秋が深まり、アキの成績も順調で、トシの研究も紅葉同様、日に日にマッドさを深めて行くある日 のこと。  「なあアキ、オレは結構おまえのこと、気に入っているんだが、おまえはオレのこと好きか?」  「なんだよ急に。そりゃあ、嫌いなら、こんなとこで手伝いなんかしてねーよ。バイト代ったっ て、気休めぐらいしか貰ってねーシ。まあ、好きかな。結構気に入ってるけど、なんで?」  「うむ、おれもおまえのことは好きだ。かなり気に入っている。その辺の女達なんか及びも付かな いくらい、気が合うしな」  「まあ、そうだよな」  「で、だ。このあいだ、おまえが彼女を作れと言ったろう。オレもおまえの言う通りだとは思った んだ。オレも可愛い女は好きだ、オレの邪魔をしない限りな。だが、候補者がいない。で、考えた。  そしてオレは気が付いた、ある一点を除いて最適の候補者がいるではないかと」  「へー」  「オレはその欠点を、オレの科学力で補う事にした。そうして、オレ自らの手で理想の彼女を作る ことにしたのだ」  (だんだんスイッチが入ってきたじゃん)  と、アキは思う。トシはマッドなサイエンティスト・モードに入ると微妙に口調が変化するのだ。  「いいじゃん。誰、それ? オレの知ってる娘?」  アキはほんの少し、その候補者に同情しながら、聞いてみる。  「うむ、その候補者とはおまえだ、アキ」  トシは腰に片手を当てると、もう一方の手で威勢よくアキを指さしてそういった。  「はー?! なんで? オレ?」  「オレはおまえが好きだ! 料理もうまいし、オレの研究をよく理解している。気も合う。だがし かし!  オレは男は好かん、男は好かんのだー!」  なぜか絶叫するトシ。アキの後ろのマジックアームが不気味な動作を見せる。一転して冷静な口調 でトシがこう告げた。  「そこで、おまえには女になってもらうことにした」  「おい、なんの話? どういうことだよ、わかんないじゃん」  たじろぐアキを、後ろから迫ったマジックアームが捉えた。アームが彼を正体不明のケージに固定 すると、黒魔術(悪魔的科学)が発動する。  「おい! トシ、なんなんだよこれ。オレに恨みでもあるのか!」  「恨みはないが愛はある、アキ。  そう、愛するアキの面影を宿す外見に、そのままの知力、そのままの性格。細かな癖までが同じ!  口調も同じ! その美しい娘!  萌える、萌えるぞー!  アキ、オレはおまえを愛している!」  「莫迦ヤロー! この変態! オレだって男はきらいじゃー!  放せ。おい、トシ、もう二度と協力してやんねー、絶交だ 莫迦!」  「絶交、結構。ここに我が親友は永遠に姿を消し、愛する伴侶が誕生するのだ」  感慨深げに、目を閉じ、腕を組む姿は、教え子の成長をみて満足げに首肯く教師のようだが、そん な外見に関係なくトシは凶悪な計画を実行に移していった。  「莫迦ヤロー…」  と叫ぶアキの声は装置の中でフェードアウトしていき、すぐに聞こえなくなった。  「ふふふ、女になったおまえを早くわが手に…。アキ、愛しているぞ、ふふふ」  怪しい声が研究室の近くを通る人々を次々と恐怖に陥れていた。  アキは夢を見ていた。  舞台はどこかの結婚式場らしい。気が付くと彼はウェディングドレスを身に付けていた。  (何じゃこりゃぁ?)  そう思って、身体を見ると、細身でも筋肉質だった平たんな胸が見る間に盛り上っていった。  (えー、おれ女じゃん、何これ。え?)  たっぷりとしたスカートやペチコートの布地の下に隠された股間を必死にまさぐると、例のものは 跡形もなかった。  (ゲー、マジ?)  音を立てて血の気が引いていった。眩暈がして、腰が抜けると自然に椅子に腰掛けている。  (い、いったい何?)  気が動転するアキの耳に、招待客達の拍手の音が響いてきた。  「おめでとう、アキ。奇麗だよ」  そんな台詞が次から次へと聞こえてくる。  (ここは、結婚式? オレが花嫁? えっ!、ちょっと待て、花婿って誰?)  「それでは花婿に登場していただきましょう」  司会者の声を合図に、ホールの天井が開いた。突き抜けるような青い空が目に映る。その空を巨大 なロケットが轟音とともに突き抜けていった。  「アキー! 愛しているぞー」  その声は上空からスカイダイビングしてくる、白いタキシードの男が叫んでいるもののようだっ た。  (なんだぁ!)  夢の中で叫び声を上げた拍子に目が覚めたらしい。目を開けると、世界が明るくぐにゃぐにゃに歪 んでいた。  アキは声を出そうとしたが、何かが邪魔で、出そうとしても声を出せなかった。手足の自由もほと んど効かなかったが、かすかな動きと皮膚の感覚から、自分が液体の中に浮かべられていることに気 が付いた。  そう気付いた途端、(溺れる!)と思ったが、息を詰まらせたくてもそう出来ず、苦しくもないこ とに気付いて、口に嵌まっているものに注意が向いた。鼻と口を覆うようにして押さえているものか らチュウブが伸びている。口の中にはそのチュウブに繋がっているらしきマウスピースが嵌まってい る。おかげで咽喉も顎も閉じられなかった。  (此処は、いったい?)  一瞬のパニックの後に、少しだけ冷静さを取り戻したアキは、自分の置かれた状況を分析し始め た。  (最後の記憶は…、トシの研究室? しかし、何で水の中なんだ? 仰向けになっているのかな。 とすると手足は固定されている…みたいじゃん。冗談きついぜ。トシのやつ。オレを直接実験台?  それはやらない約束じゃないのかよー、チクショー)  そこまで思考がはっきりしてきて突然、最後の記憶が鮮明に蘇った。  「おうあ! げぼっ、ごぼっ、ぐぼっ」(女!オレを女にするって!)  ゴボゴボと音をさせて空気が漏れた。呼吸可能な溶液を使っているわけではなかった。肺の中身は 気体だ。  (こんなところはロウテクじゃん)  と思いつつアキは少しほっとする。肺を液体で満たすのは生理的にちょっとと思う。アキはトシの 実験で液体中で生活するメガネザルの行動を思い出していた。猿は誰かのペットだったと記憶してい る。生まれたときから液体中に浸されていたハツカネズミの行動を観察する、というのもやった記憶 があった。あれは外に出した途端、痙攣して死んでしまった。トシが何を考えていたかは解らない。  (と、そうじゃないだろ!)  思わず横道にそれる自分に、頭の中で突っ込みをいれる。  「目が覚めたか」  突然、声が聞こえた。音は液体全体に響いていて、方向性が無かった。  身体を固定していたマジックアームが緩むと同時に、液体が抜け始め、からだを包んでいた圧力が 消えていった。  「急に動くなよ、まだ力が入らないだろうから、慎重にな」  そういいながら、トシがアキの顔に取り付けられたマウスピースを外した。  「うー、ぷはーっ、あー、みみ、耳に水が、あー!」  やっと自由になった手を、耳に持っていこうとして、途中で止まる。  「声…、咽喉がおかしい。耳かな」  そう言って改めて耳に手をやり、水を抜こうとする。  「あー、あー、あれ? うー、やっぱりおかしい」  手を突いて、アキは身体を起そうとする。そこへ温水のシャワーをトシが浴びせかけた。  「おい、顔を上げろ。ざっと流したら自分でバスルームへ行けよ」  「ぷうっ、はあ、はあ…。ああ、解った」  アキは自分が一重の手術着のようなものを来ていることには気が付いたが、まだ混乱している所為 か、それ以上の事は考えもせず、正体不明の水槽から身体を起すと、眼は半開きのまま立ち上がっ た。  「うん? どっちだ?」  「そっちだろ」  「ああ」  トシが差し出すタオルを受け取ると、アキはそのままバスルームへ向かった。  (あー、ここは研究室の奥の部屋か。バスルームはこっち…)  水の滴と、それとは明らかに粘度のちがう液体の滴を垂らしながら、アキはバスルームのドアを開 けた。  と、正面に薄いブルーの一重を着た女の子が立っていた。  「あ、ゴメン」  そう言って、反射的にアキはバスルームのドアを閉めた。  「あれ?」  女の子はずいぶん向こうに立っていたような気がする。このバスルームはいつも使っている馴染み のものだ。確か、そんなに奥行きはない筈だ。それに、正面には鏡が付いていたような…。  茫漠とした意識のまま、アキは再びバスルームのドアを開けた。  ショートヘアの女の子が「エッチ」な薄着で、アキを見つめていた。女の子の表情は眠そうで、訝 しげで、混乱しているようだった。よく見ると、鼻から頬にかけて、マウスピースの跡がくっきりと 付いていた。  (げ、何、あの跡、ぶさいくじゃん)  そう思いながら自分の顔に手をやると、女の子も自分の顔に手をやった。  指先にマウスピースの跡が感じられた。  無意識に、今までそれを認識することを彼女は避けていたようだ。  勿論それは鏡に映ったアキ自身の姿だった。  「と、トシ? いったい、どうなっているんだよ、オレ。これじゃまるで女じゃん」  アキは腰を抜かして床にぺったりと座り込んだまま、大声で友人のマッドサイエンティストを呼ん だが、その声は程よいソプラノの可愛い声だった。  「ふふふ。うむ、思った通りの美少女ぶりだぞ、アキ。さあ、我が手を取るがいい」  上機嫌で芝居がかった台詞を言うトシに、アキが腰を抜かしたまま子犬のように食ってかかった。  「説明しろ。どうなってんだ、なんなんだよ、これは」  「ふふふ、ぺったんこ座りの姿もいい。が、まあ、説明はシャワーのあとだ。とにかく溶液を流し て来い、乾くと痒くなるぞ」  トシは手を貸してアキを立たせると、バスルームに押し込んでドアを閉めた。  「なにが、どうなってんだよ」  ドアに寄り掛かったアキは正面の鏡を見つめたまま、そう呟いた。  そこに映っているのは、確かに女の子のようだった。  よく見れば、それは確かに自分の顔のようだった。ただし、明らかに印象が違う。体つきはもっと 変わっていた。細身とは言え、それなりに付いていた筋肉がどこかに消えうせ、胸には二つの膨ら み、顔も手足もさっぱりとして、目立った体毛もすっかり無くなっていた。  まだ事態が把握できず呆然としているアキだったが、自分が女の子になっているという状況だけは 理解し始めていた。  目を落とすと自分の胸の膨らみが視界に入ってきた。鏡に映った姿を見るのとでは全く違う印象を 与える。  (こ、これはあれか)  間抜けな手術着の下にあっても衝撃的な眺めであった。  (あ、乾くと痒くなるって)  とりあえず気を取り直すと、彼女は目の前の即物的な問題に対処することにした。  (これは脱いだ方がいいよな)  脱ぐのは簡単である。ヒモで止められているだけだ。正面の鏡に全裸の姿が映し出された。  (うっ。本当に全部女なのか)  股間には淡い茂み以外のものは何も付いていなかった。  「と、とにかくシャワーだ」  思わず声に出すと、彼女は思考を止めて手足の動きに神経を集中させた。  だが、全身の骨格も皮膚も借り物のようだったし、ただ立っているだけでも、バランスが崩れやす くて、全てがやりにくかった。力が入らないのもつらかった。シャワーヘッドの重さすら負担に感じ ていた。  衝撃的だったのは胸に水流を当てた時だった。  「うわっ!」  強いて言えば、ペニスに水流を当てたときのような、それともまるで違うような…。  「はーっ」  (トシのやつ、何考えてんだよ。これじゃ、おれ、本当に女じゃん)  アキはそんな、お先真っ暗、目の前真っ暗な気分でシャワーを浴び続けた。  「そんなに嫌か?」  暢気な調子で問い掛けるトシに、可愛いらしい声でアキが答える。  「イ・ヤ・じゃ!」  ふてくされたような怒った表情も可愛い。男だったアキの面影がはっきりと残っているが、結構美 少女である。アキよりも丸い頬から顎の線がすこし幼い印象を与える。童顔なのだ。少しつり気味の 切れ長の目が、整えていないそのままの眉と相まって、子ギツネを思わせる表情だ。髪の毛は女の子 にしては短い。  そこは混沌の迷宮とアキが呼んでいた部屋である。謎の水槽の置かれていたスペースだけが空いて いた。トシの話ではアキが寝ている間に、一週間が経っているらしい。  広い窓のある一方の壁面以外は棚が天井まで届き、本と雑多な装置が転がされている。その一角に ベッドとコーヒーテーブルが置かれ、作業机と床に置かれた大きめの検査機械や「がらくた」の横で 日常的な生活感を僅かに作っていた。アキが仕事をしていなかった為、キッチンにもテーブルの上に も、「がらくた」は進出していた。  唯一「がらくた」の無い場所がベッドであり、アキは今そこにバスローブ姿で腰掛けていた。トシ はその正面でテーブル脇の椅子に偉そうに落ち着いていた。  「だったらおまえが女になればいいじゃん」  「うーん、それもいいが、おまえ、そしたら、オレのこと抱けるか?」  「知らねーよ、そんなの」  「ではだめだな」  「あ、おい。ちょっと待てよ」  アキは内心、「シマッたー」、と思いつつ必死のフォローをする。  「だいじょーぶ、おまえなら美人になると思う、いまだってハンサムで人気があってモテるんだか ら、女になったらモテてモテて困るくらいさ。イイ男がよりどり見どりってさ」  「いくらモテても男が相手というのでは、気分が悪いだけだ。だいたい、欲しいのはおまえだけな んだからモテると困るだろ」  再び、彼女は内心で、「シマッたー」と思いながら、フォローを続ける。  「そんなことはない。モテる女を彼女にするなんて気持ちいいじゃん。オレだって美人なら好きだ し。おまえなら、大丈夫、幸せになれるって」  「何が大丈夫なんだ」  「あーもう、男に戻してくれよ。な、親友をこんな目に合わせて、良心が咎めないのか?」  「親友をなくして、生涯の伴侶を得る!  浪漫だ…」  再びトシは、感慨深げに、目を閉じ、腕を組む。その姿は…。ま、いいか。  「だー! だいたい、女になったからって、オレがおまえのこと好きになる訳ないじゃん」  「そうか? 相性はいいと思うが」  そう言いながら、トシのマッドな美青年顔がアキの目の前に近づいてきた。間近で見てもやっぱり ハンサムな顔だった。  「ば、 莫迦ヤロー、汚い顔を近づけるな!」 (チクショー、オレは何だってんだ。)  その顔を見て一瞬、アキの心臓が反応した。それが彼女には無性に悔しかった。  目を逸らして俯くアキを見て、トシは嬉しそうに笑っていた。  「解った、じゃあ三ヶ月。三ヶ月だけオレの彼女をやるというのはどうだ。特別手当付きで、彼女 兼助手。三ヶ月経ってそれでもいやなら、オレも諦める。諦めて、おまえを男にする。  この条件ならいいだろう。頼まれてくれよ、親友」  これから三ヶ月なら軽く年を越してしまう。アキは正月には実家に帰る都合もあったから、絶対そ れは避けたかった。その上講座によっては試験日程が入って来る。  一月半後には冬至祭も迫っている。いくら何でも、彼女らしきものをそれまでには用意したい。女 のままでは話にならない。年明けまで二ヶ月弱、試験日程が始まるのがその半月後から。彼女の頭の 中を、この先のスケジュールが展開された。  「半月」  半月なら講義を外しても何とかなるだろう。アキはそう計算した。  「男に戻す準備だって、二月やそこらかかるんだぞ。しかもテスト無しでは危険じゃないか。二ヶ 月半」  (こっちの都合だってあるんだよ、糞っ。二ヶ月半じゃ、試験がすぐ始まるじゃねーか、このまま じゃ、講義どころか試験だって出られない! オレの必修単位!)  胸の裡で悪態をつくと、アキは譲歩した。  「うー、急いで準備して、試験込みで、助手もする、で一ヶ月」  「準備だけで、運が良くてぎりぎり一月半なんだぞ、他の研究を止めてだ。  料理こみで、二ヶ月」  「本当に準備だけでそんなにかかるのか?」  「テストをしなければ、一月でも何とかなるかも知れない。ただし、失敗したらあの世行き。ア メーバに変身、て可能性もあるな。危険だ」  (嘘ではない。そんな可能性だってあることはある。ただし本当はパターンを変えるだけなのだ が、ちょっとミエミエか? 済まん、アキ、オレの愛がそうさせるのだ!)  トシはトシで、内心の声に答えながら、この駆け引きに賭けていた。  「糞ったれ! 一月半!。あとはフリーで準備ができ次第、元に戻す!」  「よし! その条件で決めた、少なくとも一月半は彼女兼助手だ。ただし元に戻すって保証はでき ないぞ。男にするだけだ」  トシが満面の笑みで答えたのを見て、アキは「やられた」と思ったが一月半後には元に戻れると思 い直し、苦笑いで応えた。  「はー、なんでもいい。準備が出来たら男に戻してくれよ」  「ふっ、それでは、まず、父親か男の兄弟のパターンが必要だ。…が、それよりも前に、おまえの 着るものが要るな」  下着はともかく、チノパンとワークシャツはぶかぶかで、ヒップだけがきつかったが何とか着るこ とは出来た。幸い胸は大した大きさではない様子で、気にはなったが我慢できない程では無かった (トシの話では胸は最終的には、もう少し大きくなるだろうということであった)。身長が若干減っ ているので、元々トシより低めの背が、今やはっきり彼を見上げる形になってしまっていた。  着るものよりも、問題は学院の講義だった。一月半講義に出席しないのではさすがに単位が危な い。単に講義を受けているだけのものは代返とレポートと、試験さえ通ればいいのだが、実験や演習 はそうはいかない。またそういうものに限って必修のため単位が取れなければ最悪卒業が遅れる事に なる。アキはそれだけは避けたかった。  「担当教授には、オレが話しとこうか」  と、トシが軽く請け負う。  「オレの実験を手伝ってもらったが、ちょっとした事故でとか。よく説明しとこう。講義と教授の リストをくれ。そう言えばオレの講義もあったな。あれは、全部、出席でAプラスだ。良かったな」  マッドといえど学院にいる以上、講義を持つこともあった。因果なことに必修である。「中世科学 技術史」などという、怪しい講座である。中世で科学技術史? 当然錬金術の怪しい話になる。ま、 それは置いておいて。  「当たり前だ、糞ったれ。はー、なんの因果で…」  アキがこの件をトシに頼んだばかりに後悔することになるのは、それから数日後のことであった。  住むところに問題はなかった。アキはアパートで独り暮らしなのでそのままそこで暮らしていれば 問題はない、大家がいちいち調べに来ることなど無い所だし、近所の住人とも大して付合いは無い。 問題は友人達だが、親戚が留守番していることにすればいい。  「なんだ。オレの部屋に来てもいいんだぞ。おまえの部屋に怪しい女が出入りしているって噂に なってもいいのか」  「かんけーねーよ。おまえアパート、まだ借りてんの。てっきり、ここに住んでるのかと思って た」  「ほとんど倉庫だがな。一応、此処よりは広いし、空いている部屋もある。広めのキッチンも使っ てないから奇麗だぞ、冷蔵庫は空だが」  広いキッチンと聞いて少し心が揺らぐアキだが、ひとまず自分の部屋へ帰ることにした。  「身体が馴染むのに、多分二、三日は掛かるだろうが、その間はあまり出歩かないほうがいいな。 最低限の着るものと食料を買い込んで、ゆっくりしてろよ。そうだな、助手をしにくるのは来週から でいいぞ。給料は全日分支給する。ただし土日の分は無し。休日勤務させると経理がうるさいから な」  「了解」  「疲れたか。取り合えず送って行こう」  「ああ、サンキュー」  「彼女を送るのは当たり前だろう」  ただでさえ怠くなっていた所へ、トドメの一撃だった。アキには文句を言う気力さえ残っていな かった。  トシの車でアキのアパートへ向かう二人は、途中で遠回りをして大きめのショッピングモールへ寄 ることにした。郊外型の便利な商店街だ。映画館やレストランなどもあるが、とにかく必需品がたく さんあった。  駐車場で車を降りると、アキはトシにようやく声を掛けた。ここに付くまでむっつりと黙り込んで いたのだ。  「ここは研究室じゃないんだからさ、おれは助手じゃないじゃん?」  「ああ、そうだ」  「だったら、彼女ってわけだよな?」  「おう」  トシはそう答えてすかさず、アキの腰に手を回す。  「だー、手を放せ! だから荷物持ちや、掃除の手伝いぐらいできるよな!」  すっかり開き直り始めているアキであった。  「なるほど、オレ様に掃除を手伝えと。いいだろう、愛しい彼女の頼みだからな」  ニヤリとするトシの表情をみて、アキの背筋にあやしい感覚が走った。  彼の方が一枚上手だったかも知れない。  とにかく必要なものは多岐にわたっていた。下着、靴、普段着。サイズがすっかり変わっているの で、男の時に使っていたものは、Tシャツぐらいしか使えない。全く未知のものもあった。  何しろまずサイズの確認をしてから、選ばなければならない。ショッピングモールへ入ったのはま だ夕方の早い時刻であったにも拘らず、一通りの買い物が済んだ頃には、客がすっかり減り始め、そ ろそろ閉店する店も出始める始末であった。  単に必要なものを買うだけでは、ここまで時間はかからなかった。一番の原因はとにかくアキが試 着をしたがらなかったという事、そしてトシが無理やり出来るだけ試着をさせようとしたことにあっ た。もちろん、試着はしたほうがいいのだし、アキもそれは解っているのだが、トシが着替えるたび に嬉しそうにする姿を見ると、余計に抵抗があったのである。  マッドなスイッチが入らないと、一見さわやかな好青年であるだけに、トシは店員(ほとんどが女 性だった)に受けがいい。しかも羞恥心がないというか、平気で女性用下着売り場まで入り込み、果 てはアキの試着にまで口を出すのであった。必死に抵抗するアキだったが、店員がにっこり笑って 「素敵な彼氏でいいわね」とか、「彼氏に選んでもらったらいいわよ」などと言いだすに至って、ア キの自意識は完全に機能停止に陥っていた。  (はー、オレ流されてるじゃん)  コーヒーショップで一息ついて、改めて疲労を感じながら彼女は独りごちた。学院を出たときの服 装ではない。さすがにいつまでも下着がトランクスにノーブラというのでは不快だったから、女性用 のブラとショーツに着替えていた。出資者であるトシの強引な主張で、紫のセーターにチェックのス カート、ベージュのブルゾンという、普通の女子学生の様な服装になっていた。  コーヒーを飲みながら溜め息を付くアキに、追い撃ちをかけるように、向かいに座ったトシが声を 掛けた。  「後は生理用品だな。なんならオレが買っておこうか」  モルモットの餌はオレが買っておこうか、と言う口調であった。  アキの部屋は比較的整理されていて、あまり若い男の部屋らしくはなかった。ただし機械仕掛けの がらくたが部屋の隅に積まれていたり、巨大な宇宙ステーションのポスターが貼ってあったりと、正 体不明なところはトシの友人であった。1DKのシンプルな部屋である。  案の定、冷蔵庫の中身は一部に被害が出ていた。家庭向けの中型冷蔵庫だが中身はとても独身男性 のものではなかった。  「チェっ、せっかく作っといたもんが、駄目じゃん」  冷蔵庫の中身を確認しながら、アキがこぼしている。車で十分程過ごすうちに、いくらか気を取り 直していた。隣に立つトシにごみの袋を待たせて、食材を選り分けていく。  「おまえ本当にマメだな。これ全部自分で作ったのか」  「ほら。駄目になってるのを、捨てるんだから、そっち持ってろ、おれは外食が駄目なんだ。たい てい甘くて塩辛くて食えないんだから、仕方ないだろ」  「やっぱり、おまえを嫁にするというのは大正解だな」  「おい、嫁ってなんだ! ただの彼女のフリだろ、フリ!」  「気にするな、只の心の声だ。それにオレは一度も、フリとは言っていないぞ」  「え? お、おい。何するんだ。ば、莫迦ヤロー!」  結局、夜半過ぎまでアキの悲鳴は途絶えることが無かった。  翌朝、彼女が目覚めると、腕が痺れていることに気付く。  狭いシングルのベッドに二人で寝た所為で、どうしても重なるところがあった。アキの右腕はトシ の下敷きになっていたのだ。  「この、糞ッたれ」  彼女は小声で毒づいたが、トシを起すほどではなく、そのままベッドを抜け出すと、バスルームに 向かった。  トシが目を覚ますと、アキはぶかぶかのバスローブを着けて、テーブルでミルクティーを飲んでい た。  「あ、おはよう」  「ああ、早かったな、よく眠れたか」  「あのさ…、聞いておきたいことがあるんだけど…」  トシはベッドから抜け出しながら答えた。  「なに?」  「昨夜さ、あの…、ひ、避妊しなかったんだから。妊娠するかも知れないじゃん?」  「あー、それはまだ無理。おまえ、初めてだけど痛くなかっただろう」  「え? …うん」  既にアキは全身、真っ赤である。  「そういうふうに水槽で寝てる間に調整したんだが、生理の方も調整しててな、まだサイクルが始 まったばかりだから、最低一月以上立たないと妊娠できないんだ。残念ながら」  「って、本当に残念そうに言うな、莫迦!」  「しばらくは定期的に検査した方がいいからな。ところで、相性は良かっただろ?」  「莫迦ヤロー!」  結局アキの身体が馴染むまでの三日間、トシは彼女と共に過ごし、手取り足取り五感を駆使してリ ハビリに協力したのだった。  週明けからアキはトシの研究室助手のバイトを再開した。  「うーん、なんか物足りないな」  トシがキッチンで立ち働いているアキの姿を見ながら呟いていた。黒のセーターにチェックのス カート。そのうえに白衣を引っ掛けている。本人が希望するパンツ類はトシが却下して履かせなかっ た。自分は黒づくめに寝癖頭でよれよれ白衣、貧乏学者といった格好である。  「そうか。服装だな」  作業の手を止めて、彼は立ち上がる。  「あ、おい、トシ! どこに行くんだ?」  トシは部屋を出ていってしまった。慌ただしい気配に、アキが研究室を覗くと既にトシの姿はな く、声だけが戻ってきた。   「すぐ戻る」  「なんだ、あいつ」  その日の夕方から、プロフェッサー・トシの研究室ではメイド姿の助手のきびきび働く姿が見られ るようになった。  トシはアキをメイド姿のままで、職員用の食堂へ連れていった。トシは平然としているが、アキは 気が気ではない。女嫌いで有名人であるトシが女を連れているというので、注目が集まる。しかも連 れはメイド姿という、変態趣味(あ、いや断言する訳ではありません)である。いっそう注目を集め る。彼らが職員用の食堂へ足を踏み入れた瞬間、たしかに室内のすべての音が止まったようだった。  「こんなコスプレで連れ出すな。莫迦」  小声でアキは囁いた。といっても、トシの方が頭一つ以上高いので、見上げる姿勢になってだっ た。  「いいだろ、オレの趣味なんだから。いつもおまえにサンドイッチとスープばかり作らせているの も悪いしな」  抱き寄せるように、アキの腰に手を回すと彼は答えた。  「やめろよ、こんなところで。要するに飽きたんだろ」  「そうとも言う」  「おまえが材料、買ってこないのが悪いんじゃん」  「この場合、買い物へ行くのはおまえの仕事だろ」  「イヤじゃ、おまえが買ってこい」  「オレに解るか、面倒くさい」  「天才なんだろ」  「不幸にして、家事の才能だけはないらしい。おまえと違ってな」  「コロす、絶対、コロす」  「ほー、やはり女の方が良いと? それはめでたい。愛してるぞ、アキ」  と言って、ウィンクする姿はどこかのジゴロである。これにアキは絶句するしかなかった。  既に一種の諦念を感じながら、彼女は「東風」(こち−職員用食堂の名前)特製スペシャルAコー スランチを二人前注文した。  何かと評判の悪の天才科学者と、恥じらうメイド姿の美少女(童顔のためにそう見えるらしい)の 二人づれはたちまち学院中の噂になっていた。  同僚の教授にそのことで質問されると、  「彼女は婚約者である、我々は愛しあっている!」  と豪語するトシだった。  その事実を幸か不幸かアキは知らなかったが。  メイド服から普通のセーターとスカートに着替えて、助手モードから彼女モードになったアキがグ ラスを空けてクダを巻いていた。  「莫迦ヤロー、おまえだって一回女やってみろってんだ。結構大変なんだからな」  「女になってから、酒癖が悪くなったのか? やけにからむじゃないか」  「うるせー。テメーばっかり、いい思いしやがって、チキショー。オレだって可愛い女の子におい しい手料理作ってもらいたいヤイ、ぐず」  「泣くなよ、いい思いはさせてる筈だろう」  そういいつつ、彼女の肩にトシは腕を回した。後半は小声である。  (くーっ! 可愛いぞ、アキ。ナイスだ!)  などと、トシは内心では思っていた。大体、彼女(彼として)の場合、舌が肥えてておいしいって いう基準が違うだろ、と密かに突っ込んでおく。自分より遥かに料理の上手い相手(しかも味にうる さい)に、手料理を作る勇気のある女の子も少ない。  「おまえより料理のうまい女なんて知らないけどな」  「兄貴たちの方が、断然上手いんだよ! オレのは所詮適当なんだから。すこし味変わった様な気 がするし」  話が部分的にしか繋がっていない。しかも比較対象の「兄貴たち」はプロである。  「でも美味いだろう」  「いいや駄目、全然。腕、落ちたじゃん」  「美味いって」  「全然駄目なの!」  トシは対照的な上機嫌さで、アキの愚痴に応えている。一部正当な非難もあったが、それらは全て トシには心地よく響いていた。  (今度はメイド服のままと言うのもいいか)  怪しい考えを思いつく悪の天才科学者であった。  「おい、トシ! なんでオレが実は女だったって話になっているんだ!」  トシから教授にはよく説明しておいたと言われ、アキが恐る恐る、そろそろ出席の心配な講座に出 てみた結果がこれである。  担当教授は、彼女を一目見るなり、  「ああ、アキ君だね。大変だったね、プロフェッサー・トシから聞いているよ。安心して今まで通 り、この講座に出席してくれたまえ」  と言った。  「はあ、あのどういう意味でしょうか」  と答えるアキに、教授は穏やかに答えた。  「本当は女性だったんだねぇ。今まで失礼なことがあったかも知れないが赦してくれたまえ」  「へ?」  彼女はその言葉の意味を悟ると、絶句するほか無かった。次の瞬間「やられた!」と、胸の裡で叫 んでいた。  講座では、彼女の担当作業があったわけではないので問題はなかったが、ろくに内容に身が入らな かった。  そして講座が終わると同時に翔んできたのである。  「ああ、学生課にはもう、通っているから、安心していいぞ。婚約者として、代理で手続きをして おいた。そうしておけば講義にも出られるだろう。試験も無事受けられ、必修単位は安泰。卒業も予 定通り、安心してオレの…」  「あんたいじゃねーよ! 元に戻ったら、どうしてくれるんだ」  アキの声はもう完全に悲鳴になっていた。  「ねえ、トシ。アキを知らない? 最近見かけ無いんだけど」  トシに声を掛けてきたのは、キャンだった。教授とはいえ若いトシに、完全なタメ口である。アキ にとっても久しぶりの対面だったが、彼女は隣にいるアキに全く気が付かないようだった。  「ああ、キャンだったっけ?」  トシが答えると、彼女は艶やかに微笑んで一歩前に出た。  その手がトシの肩に伸びて親しげに触れる。それをみてアキは自分が軟体動物に触られたように ゾッとした。  (こいつって、アレなんだよな、何んかムカつく)  思わずアキは前に出ると、トシの身体を押しのけて、彼女の手から放した。  「あら、あなたは?」  キャンは一見穏やかに見えるが、明らかに戦闘的な目つきで、トシの隣に立つ「メイド姿の変な 女」に注意を向けた。まるで今初めて目に入ったかのような顔をしていた。  「やあ、キャン、ルーは元気?」  アキがそう言うと、キャンの眼がたっぷり三秒かけて二倍の大きさになっていった。  「え? うそ、あなた、アキ? あなた、本当に女の子だったの!」  「そういうこと。じゃ、用は済んだね。行こう、トシ」  呆然としたキャンをその場に残して、二人は研究室に戻った。  トシが何やら嬉しげな表情を浮かべていることに、アキはまだ気付いていなかった。  今までは教授達の間にしか知られていなかったアキの状況(もちろん事実ではなく、トシのでっち 上げである)が、キャンに知られたことで一気に学生達の間に知れ渡った。  あの今話題のメイド美少女は、    工学系の元男子学生(学籍簿上)!   工学系の男子学生(学籍簿上)××は女だった!  女嫌いのハンサム・プロフェッサーはメイド好き!  メイド美少女××とマッドなサイエンティスト、    プロフェッサー・トシとの熱愛発覚!  「我々は幼いころから約束していたのだよ」    とプロフェッサーは激白!  と言ったニュースが、翌日には誰知らぬ者のない「事実」と化していた。学院内にもゴシップ誌は あるのだが、日刊ペースで出ているものは、ここぞとばかり、日にちがずれているものは、ネット ニュースと号外で出る始末。悪の天才科学者として、あるいは女嫌いのハンサム教授として、やはり トシに話題性があったのである。そして最近トシの助手になったと言う、謎のメイド美少女への密か な熱い視線(カルト性が高いと思われる)も大きな理由と言えるだろう。  日に日に、アキが男に戻り難い状況になっている。  かなり面倒だが、アキがかつて男だったということは証明できるかも知れない。だが現在の状況で は明らかに彼女は女性なのだ。しかも、学院当局も教授達もそれを了解事項として、既に認めてい る。こうなってから、いくら彼女が自分は男だと主張しても、「性同一性障害」と認定されるだけだ ろう。肉体的には健康な女性に他ならないのだから。  いくら彼女がマッドサイエンティストに改造されたと言っても、当のトシが協力しないかぎり証明 は出来ない。アキが男に戻れる可能性は、もともとトシの「善意」に掛かっているのだ。  「おまえ、この台詞はなんだよ。何時こんなインタビューに答えてたんだ」  可愛いメイドが柳眉を逆立てて睨んでいるが、トシにはまるで効いていない。  (はーん、いい! いいぞ、アキ、ナイスだ! クールだ! 萌え萌えだ!)  全然違う意味でマッドな心の声である。  「身に覚えはない。そうか、我が助手とは小学校の時からの付合いである、と言った覚えはある。 あれだな、たぶん、うむ」  「だー!  あいつらにそんなこと言ってみろよ。こうなるに決まってるじゃん。てめー、ワザとか、ワザとだ な、そーか、ワザとだ、ワザとにちげーねー。この、コロしてやる!  今死ね、すぐ死ね」  少々錯乱気味になっていた。彼女は細い腕を伸ばして、無責任なマッドサイエンティストの首に指 を懸けていく。腕にも指にも真剣な力が入っている。  「おい、おい。危ないぞ。そう興奮するなよ、オレを殺したら後が無いだろう」  「この、莫迦ー! むぐっ」  既に涙声である。力では負けているから、爪で引っ掻いた方がダメージは与えられるのだが、そん なことを思いつく余裕はアキにはないらしい。引き寄せられて唇を唇で塞がれる。  掴み掛かった彼女が、反対に組み伏せられてどうなったかは、推して知るべしというところ。彼女 の魂に安らぎあれ、アーメン。  結局丸め込まれた翌日、腹いせにトシ名義の口座で支払うカード(必要経費だと言って作らせた が、所詮ささやかな限度額内)で「着替え」やアクセサリーを買いまくるアキだったが、根が小市民 的な彼女は、高価なブランド物を買い漁るという真似は出来ず、トシの銀行預金残高を劇的に減らす ことは出来なかった。  まだ、もとの1DKに住んでいるため、ものが増えすぎると自分が困るという事情もあった。  「糞、むかつく。こうなったら超高級食材でも買ったろうじゃん」  思わず口走る。相も変らず、彼女の言葉は汚く下品である。  彼女は講義に出る為に、ごくまともな女子学生の服装で学院の中庭を急いでいた。怒りの波動を漂 わせながら歩いていくと、人の波が左右に分かれていく。まさか今話題のメイド美少女とは知らない のだろう。その様子を本人はまるで気付いていなかった。  その為か、彼女を除けない人物の存在は、アキにはまるで出合い頭に飛び出してきたように感じら れた。  目の前に立っているのはルーだった。  「君は、本当にアキなのか?」  ルーは、そして絶句していた。  「まあね。久しぶり、今まで代返、ありがと。助かったよ、今日からはオレが出られるからさ。今 度奢るよ」  この後の大教室での必修の講義は一緒である。そのまま二人で歩きだすが、ルーの眼はアキから離 れなかった。  「たまには自分で出ないとな。この講義に出るのは久しぶりなんで緊張するよ、いろいろ事情が あって、こうなってんだけど、今まで通りで頼むな」  自分のことを知っている学生が多い。彼女はその反応も気にかかる。当然「あの」プロフェッ サー・トシとつるんでいたアキが、実は女だった(本当かよ)という事は知れ渡っている。しかも二 人は出来ていた、というおいしい話題をくっつけて。こうして、ルーも含めて周知となっている訳 だ。  「ああ、しかし、おまえ、本当に女なんだなぁ」  「おい、おまえ、オレの話聞いてる?」  「ああ、料理の鉄人だとは知ってたけど、実は女だったンだな」  「って、聞いてねーじゃん。なに納得してんだよ。そう簡単に納得するんじゃネーヨ」  「ああ、おまえ、結構可愛いかったんだな。プロフェッサー・トシがそういう趣味とは意外だった けど。オレとしてはもうちょっとこう、ボリュームがあった方が…」  「聞けよ!」  「ああ、悪りぃ。へー、中身はまんまか」  「当たり前じゃん、本人なんだから」  「本当に本物のアキ本人なんだな。なるほど」  「何がなるほどだ。糞ッたれ、簡単に納得するなったら」  「マッドサイエンティストもそこに惚れたのかと思ってさ。ディープな趣味だな」  教室を目前にして、アキはこのまま引き返そうかと真剣に考えた。  「おまえなぁ…、前言撤回。絶対奢ってやんない」  「いいよ、その替りデートしようぜ」  (はー、オレの周りは、こんなのばっかじゃん)  彼女はいよいよ、お先真っ暗、目の前真っ暗な気分で教室に入っていった。 [後編<2.冬至祭>へ続く]

トシ アキ(メイドバージョン)
かなり変態である事は確か、眼が怪しい。
ちょっと鬼畜。
なぜか(?)しょっちゅう怒っている。で、この顔。

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