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妖魔奇譚 第二章

「妖刀」
作:BAF




 女郎蜘蛛を辛うじて倒した次の日。流哉と恵は波田邸の恵の自室にて話し合いをしていた。

 出会った最初の日のように奥に恵が胡座をかいて座り、その前に流哉が正座をして座っている。 最初の日と違うのは恵の着物の柄と流哉が左手に包帯を巻き肩から吊っている事位だろう。

 恵は目をつぶり腕を組んでなにやら考えていたが、このままでは埒があかないと思ったのであろう、流哉に切り出した

「もし本当に、後六匹の妖の物がいるとして、どれがわしをこのように変えたか判らん以上、このまま、使用人たちにわしのことを話さずいるのは無理だと思うんじゃ」

 そこで話を区切り、流哉の方を見る。

「そこで、とりあえず住み込みの女中たちだけでも、事情を話して置きたいんじゃが構わんじゃろうか?」

「そうですね。ただ理解してもらえるのでしょうか?」

「そうじゃな。理解してもらわん事にはどうしようもないな」

 腕を組み考え込んでしまう恵。 しかしその静寂も一瞬で終わってしまった。

「その心配には及びません」

 という女性の声が聞こえたかと思うと、勢いよく襖が開き西洋風の給仕服を纏った女性たちが入ってきたのだった。

 おそらくこの屋敷の女中なのであろう。 十代後半から二十代後半ぐらいの美しい顔立ちの者達で、皆一様に髪を肩に掛からぬ程度に切り揃えている。 たぶん作業の邪魔にならぬようにと言う配慮であろう。

 入ってきた女中達は全部で五人、皆が入り終えるとそのまま恵の前に並んでいった。

 その中で真ん中に立った小柄だが意志の強そうな目と優しげな口元がリーダーの風格を称えた一番最年長と思われる女性が、深々と頭を下げた。 他の者もそれに習い頭を下げる。

「御館様、御久しゅうございます。 ずっとお姿も見せずにおりましたので心配しておりました」

「ま、まどか」

「先日も人払いをした後に、こちらにおられる探偵の方と密会などしているご様子。 なにやら不穏なものを感じ、失礼とは存じましたお話一部始終聞かせていただきました。 申し訳ございません」

 また深々と頭を下げる。

「いや、その、なんじゃ、」

「御館様、わたくし達は御館様がどのようなお姿になろうとも、親方さまに従う者でございます。 なにとぞそれをお忘れなきようお願い申し上げます」

 まどかと呼ばれた女中が頭を上げ、じっと恵のほうを見つめる。その瞳に涙が浮かんでいた。

 このような時、当事者となってうろたえない男はいない。 恵とて本来は男、多聞に漏れずうろたえてしまう。

「あっ、そっその、すまんかった」

 恵も、てれたような、困ったような表情を覆い隠すように勢いよく頭を下げた。 長く美しい髪がさらさらと横顔にこぼれる。

「わしとしてもお前達に危害が及ぶのではないかと心配しておったんじゃ、別にお前達を蔑ろにしようとしたわけではないんじゃ、それだけは判ってくれ」

 上目遣いで恐る恐る様子を伺うように女中たちを、見回す。

「「「「「御館様!」」」」」

 感極まり女中たちが恵の周りに集まる。 飛びつかんばかりの女中たちの輪に飲み込まれていく恵。 その右手を高く上げ、何かを掴もうとするようにもがくが、その腕も次第に輪の中に沈んでいく。

「こら、放さんか。 くっ、くるしい助け・・・」

 何が起こったか判らず棒立ちの流哉。 どうしたものかと思案もしたが、このような時できることなど何一つ無い。 結局、ただ見守る事しか出来なかった。 

 そして感情の波が引き、皆が泣き止むころには恵は力尽きうつ伏せに倒れこんでしまっていた。

 そんな状況のまま、夜が更けていく。

 

 翌日、恵の災難はまだ続いているようであった。

 日曜日でもあるし、やっと見つかる事を気にせずゆっくり眠る事ができると喜んでいたのだが、結局これまでと変わらない時間に女中達に起こされてしまった。

 寝ぼけ眼でぼんやりしたままの恵を、女中たちが手を引き衣裳部屋に連れ込む。

 あっという間に寝巻きを脱がされ、あれやこれやと着物を着せ替えられ、恵の意識がはっきりしたころには、薄紅の着物を着せられ、髪の毛も整えられて髪飾りが飾られ、顔にはうっすらと化粧まで施されてあった。

「なんじゃこれは?」

 手鏡を持つ手が震えている。

「今日御館様には、わたくし共と出かけていただきます」

 女中の中の一人眼鏡を掛けた思慮深そうな女性が言った。

「どこへ行こうと言うんじゃ?」

「もちろん街へ買い物にで、ございます」

 恵の問いに先ほどの女中がにっこりと笑って答える。

「なにがどう、もちろんなんじゃ?」

 と、切り返したが女中たちは意にも介さない。 じたばたと抗う事もむなしく、五人の女中達に引きずられて屋敷外に引っ張り出され、待たせてあった黒塗りの車に放り込まれた。

 そして、その両脇を固めるように先ほどの眼鏡を掛けた女中と、もう一人まだ幼さの残る最年少の女中が乗り込む。

 程無く車は走り出し、二人の女中とともに恵は街の方に消え去ってしまった。

 

 残った三人は見送るように見つめている。 その中にまどかの姿もあった。

「これで良かったのでしょう。 探偵さん」

 まどかは見送りの姿勢を維持したまま、いつのまにか隣に立っていた流哉に声を掛ける。

「そうですね。依頼人の方にこれ以上危険な目に合わすわけにはいきませんから」

「これから、どうなさるおつもりですか?」

「先日訪ねて来た時から感じていたのですが、この屋敷の周りにはどうも神聖な力が働いているようなのです。 そして、その力が妖の者をあの丘から出られないようにしているのではないかと思うんです。この屋敷には妖の者を封じるための何かがあるのかもしれません。 ですからとりあえず屋敷の周りを周ってそれを調べようと思います」

「そうですか、わかりました。 ですが貴方もまだ怪我が治りきっていない御様子。 くれぐれもご無理をなさらぬように」

 そういって、まどかが流哉の方を向く。 流哉は今日はもう腕を吊ってはいなかったが、まだ包帯は取れていない。

「それでは私達は、お仕事に戻らせていただきます。 なにかありましたらお声を掛けてください」

 そう言うとまどかは頭を下げ、ほかの女中とともに屋敷内に戻っていった。

 流哉もそれを確認すると、壁伝いに歩き始めた。 この場所の神聖な雰囲気といい、あの巫女装束といい、そして何より半左衛門の恵への変身、ここにはなにかあるはずであった。

 考える事も調べるべき事も山のようにあった。 しかし、数歩も歩かぬうちにその歩みを止める事になった。

「あら、白銀崎先生どちらかへお出かけですか」

 そんな言葉とともに茜がやってきた。

 今日は普段着の着物に手提げ一つという出で立ちであった。

「一昨日は、申し訳ございませんでした。 なにやらご迷惑をおかけしたようで、昨日も恵様と二人してお休みなさったようで心配しておりました」

 申し訳なさそうに、流哉の顔と左腕を交互に見ながら言った。

「一体何がどうしたのでしょう? 一昨日何があったのか、お話くださいませんか?」

 茜が真摯な目で訴えかける。

「あまり、この件には関わらない方がいいです。 知った所で貴方は何も出来ません。 恵さんも、今日は出かけております。 今日はお帰りなさい」

 流哉は優しく、それでもきっぱりとした口調で茜の申し出を断った。

「まだ恵様に会ってから2週間も経っていません。 ですが私はあの方にとても感謝しているのです。 あの方がいらっしゃらなかったら、私ずっと笑顔など忘れていたかもしれません」

 そう言って茜が遠くを見るような表情をする。

「恵様は今となっては、私には無くてはならない存在なんです。 どうか、私にお話願えませんか、恵様が時折見せる不安げな表情どうしても忘れる事が出来ないんです。 どうか、どうか」

 流哉の上着の裾を掴み熱心に訴える茜に、流哉も折れるしかなかった。

「判りました。 お話いたします。 しかし、本当に貴方にできることは無いのです。 これを聞いたら、大人しく私たちのする事を見守っていてください」

 そう、前置きを置いてから、恵の素性に関係する事以外、妖の者についてを語った。

 

 

 妖の者、それは遥か昔より人々が化け物とか妖怪と言ってきた者達である。

 異形の姿と超常的な力を持つ文字通りの化け物たちである。 何らかの形で異界からの扉が開き、そこからこの世界に現れる者だと言われている。 そして、人と妖の物は過去に何度も戦いを繰り広げている。 その戦いで妖の物は封印され眠りにつかされたり、消滅させられたのである。 そして流哉の仕事は退魔士と呼ばれるものである。 封印から解かれたり、新たに、こちらの世界にやってきたりした妖の者を無に帰す事ができるように訓練された者達である。 例外的に異界への扉を開け向こう側に返す事のできる退魔士もいるらしいが定かではない。 しかし、妖の者達の存在や流哉たち退魔士の存在は一般には伏せられている。 これはもちろん無用の混乱を避けるためでもあるが、それ以上に、政府も手を焼くほどの裏退魔組織があることにも起因する。 もし裏の退魔組織に妖の物が確認されようものなら下手をすれば生徒ごと学院が焼き払われかねないのである。

 恵が流哉を極秘裏に呼んだのにはそんな理由もあったのだ。

 

 

「そんな、そのような物が学院内にいるのですか?」

 茜の顔が強張る。

「はい、まだ完全な活動状態ではないようですが、学院内のどこかで目覚める事を待っている者が数体いるはずです。ですが私は、できるだけ生徒たちに被害が出る前に倒していくつもりです。ですから、あわてず騒がず、このまま学校生活をしていってはもらえませんか」

 そう言って流哉は茜の肩に手をおき、じっと見つめる。

 茜はじっと何かを考えていたようであったが、不意に顔をぱっと明るくさせ、

「私、その妖の者という方に心当たりがございます。 昨日、先生たちがお休みしている間にすこしおかしな話があったんです。 もしかしたらそれが何かの手がかりになるかもしれません」

 と言って、茜は流哉の手を引いて、学院のほうに向かい歩き始めた。

 

「実は昨日、学院にある森の奥に小さな祠があると言う話を聞いたんです。 でも、見たのは最初の一人だけ。 それから何人か確かめにいったんですが、誰も見ていないんです」

「だから、幻覚を見たんじゃないかなんて言われてしまったらしいんですが、もしかしたら白銀崎先生の仰る、結界の中に偶然入ってしまったのかもしれません」

 

 校舎の裏手に周り、森の中に入っていく二人。 あたりを見回すが木がうっそうと生い茂るだけで、なにかの人造物はおろか、人の入り込んだ形跡すらなかった。

 それでも何とか、木々を押しのけ奥を目指す。

 

 どれぐらい歩いたところでであろうか、いきなり絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえてきた。

 声はかなり近くで聞こえた気がするのだが、あたりには人影も無い。

 しかたなく、声のした方向を見定め、そちらに駆け出す。 不意に何か、水の中に飛び込んだような抵抗感に襲われたが、構わず走り抜ける。 すると、正面の風景が揺らぎだし、数歩も走ると風景ががらりと変わった。

 気付けば木々が消えており目の前に小さな建物が見える。 そして、その前に尻餅を付いたまま後退る少女の姿と、もう一人、刀を振りかぶった少女の姿が目に飛び込んできた。

 懐から糸巻きを出そうと手を入れかけたが間に合わないと判断し、流哉はそのまま速度を落とさず、刀を持った少女に体当たりをした。

 いきなりの不意打ちで刀を持った少女は、弾かれたように跳んだが、およそ常人離れした身のこなしで、空中で一回転し難なく着地し、刀を構え直す。

 流哉も、地表を転がりながらも懐から糸巻きを取り出し戦闘体制を整える。

 流哉はそのとき初めて少女の顔を見る事になった。 長めの髪はひどく乱れていたが顔立ちは悪くない。 しかしその瞳は怪しい赤い光を宿し、口から鋭い牙が見え隠れしている。

 どうやら、妖の者に取り付かれてしまった様である。

「なかなかの身のこなし手練か。 まだ慣れぬこの身では不利っ!」

 少女の口から、低い男のような声が漏れると同時に、そのまま後ろも見ずに背後の森にふわりと跳躍し、木の枝に飛び乗り一瞬流哉を睨む。 そこでようやく向きを変え木々の間を猿のように飛び移ってゆく。

「茜さん、その子をお願いします」

 流哉は茜に目で合図し倒れている少女を任せ、自分は妖の者を追った。

 流哉も全力で追いかけたのだが、森の中では自由に走る事もままならず、だんだん距離が開いていく。

 かなりの距離を追跡したのだが、とうとう見失ってしまった。

 仕方なく祠のあった場所まで引き返すと、茜と少女の姿はもう無かった。

 とりあえず祠の中を確認してみる。 木造の祠の中は畳二畳ほどの大きさで、明り取りも無いため暗くかび臭い匂いが立ち込めていた。

 目を凝らし奥を覗くと鎖と護符のような物がばらばらに引き裂かれて散らばっていて、床には何か刃物が刺さっていたような傷跡があった。

 指南車を出して確認するが、妖気は薄れていくばかりのようだ。 多分ここにはもう手がかりになるような物は何も残っていないだろう。 結界も消えてしまっているようだ。

 外に出て、あたりを見回すと、祠の隅に何かがあった。

 近づいてみると、それは置手紙で『医療室に連れて行きます』と書いてあった。

 妖の物を見失った以上、手がかりはあの少女しかない。 流哉はとりあえず森の外に出ると幾つか仕掛けを施し、医療室に向かった。

 

 この学校は、良家の子女が集まり、寮生活をしている者も少なくないために校舎内に医療室を完備している。 流哉は先日、恵と茜に案内してもらっていたので迷う事無くたどり着く事ができた

 医療室に入ると、当直医の姿は無くベッドに寝ている少女とその横に座る茜の姿だけがあった。

「白銀崎先生」

 寝ていた少女を心配そうに見つめていた茜が、流哉が入ってきた事に気付き顔を上げる。

「どうなりました?」

 茜の問いに流哉は首を振って答える。

「そうですか」

 茜の顔が曇る。

「どうですか具合は?」

 流哉はベッドに近づき茜のとなりの椅子に座るとそう尋ねた。

「ええ、着物には何箇所か切り裂かれたような跡がありましたけど、体には別状無いみたいです」

 そこまで言ったところで茜がうつむく。

「ただ、切り付けてきたのがお友達の方なんです・・・」

「そうだったんですか。 しかしなぜあんな所に・・・」

「実は、この方もあの刀を持っていた方も、私の級友なんですが、あの方、高池 沙耶(たかいけ さや)さんと言うんですが、あの方がさっきお話した、最初に祠を見つけたと言っていた方なんです」

 そこまで言うと茜は顔を上げ、

「それでこの方が、高池さんと一番仲良くしておられた藤堂 香奈(とうどう かな)さんと言う方なんです」

 ベッドに寝ている少女に視線を戻しそう言った。

「沙耶さんが、祠の話をしたとき、皆さんがお笑いになって、嘘だとか、幻覚を見たのだとかはやしたてたものですから・・・」

「それでは・・・」

「そうですね、多分、もう一度確かめに行ってそれで・・・」

 茜がそこまで言ったとき、ベッドで寝ていた少女が突然起き上がった。

「沙耶! 沙耶―!! 駄目―――!!!」

 叫び出して泣き崩れてしまう少女。 茜がすぐさま近寄り優しく抱きしめる。

「大丈夫。 大丈夫ですから。 ねっ?」

 嗚咽は続くが、呼吸はだんだん穏やかになってきたようだった。

 だんだん落ち着いてきたのを確認し流哉が優しい口調でこれまでのいきさつを尋ねると、香奈と言う少女はすこしずつ語り始めてくれた。

「昨日、皆に馬鹿にされてから、沙耶、凄く落ち込んでしまって。 その姿があまりにも見ていられなくて、それで私不用意に証拠になる物見つければいいなんて言ってしまったんです」

「それで今日になって、森の中に入っていったんです。 それで結構歩いたところで、沙耶が、祠が見えたって言うんです。 でも私には全然見えなくて。 それでどこにあるの?と聞いたら、沙耶がいきなり私の手を引いて走り出したんです。 そうしたら突然体が重くなってきて目の前がぼやけてきて、それが治まったと思ったらいきなり目の前に祠が現れたんです」

「私が驚いていると、沙耶が私のほうを見て『どうやらここには私しか見えない秘密の入り口があるみたいね』なんていうんです。 そんな事現実にあるわけが無いとも思ったんですが、私に見えなかったのも事実でしたから・・・。 それで急の怖くなって沙耶に早く帰ろうって言ったんです。 そしたら沙耶、『証拠取りに言ってくるからちょっと待って』といって社の扉を開けて中に入っていってしまったんです。 それで出てきたと思ったら、沙耶、刀を持っていて・・・うぅ・ううぅ」

 そこまで語って不意にその後起こった事を思い出してしまったのかまた泣き出してしまった。

 流哉と茜は、香奈にこれ以上なにか聞くのも酷だと思い、彼女を寝かせてから、二人で廊下に出た。

「一体これからどうなるのでしょう?」

 流哉に向かい茜が不安げに尋ねる。

「判りません。 ですが、あの刀が妖の者であれば近いうちに人を襲いだすかもしれません。 早く何とかしないと犠牲者が出る可能性があります」

「まあ! それでは一刻も早く見つけ出さないといけませんね」

 そう言って茜が歩き出そうとしていたが、流哉がそれを止めた。

「ここから先は私の仕事です。 貴方はここで彼女の看病をしていてください」

 流哉がきつめの口調できっぱりと言う。

「でも、人探しなら人数が多い方がよくありませんか?」

「貴方がもし見つけたとしても、たちどころに切り伏せられてしまうかも知れません。 そんな危険な事はさせられません」

 茜も必死に説得しようとするが流哉には取り付く島も無い。

「先日は不覚を」取られましけど、私はこう見えても・・・」

 茜が反論しようとするが、香奈の呻き声にさえぎられる。 どうやらまたうなされているようだ。

「彼女を診ていてやってください。 彼女を任せられるのは貴方しかいないんですから」

「そうですね。わかりました」

 茜もこんな状態の香奈を放って置けないと思ったのであろう。 医療室の中に戻っていった。

 それを確認すると流哉はきびすを返し、校舎の外に出て行った。

 

 流哉は森の方に向かうと先ほど施した仕掛けを調べた。 『封魔符』、本来はその名のとおり、妖の者に直接貼り付け力を封じる物だが、妖縛糸とともに使う事で探知機代わりに使う事ができるものである。 全ての『符』を確認したが破られた物は無い、まだあの妖の物は森から出ていない。

 流哉は森の前に立ち根気強く待ちつづける。どれぐらい待ったであろうか、日が沈みかけた頃にとうとう『符』に反応が出る。 ここからだと寮のある方向のようだ。 ひとたび寮に入られたら大変な事になるであろう。

 流哉は寮に向かう森の間の抜ける一本道を全力で駆け出した。

 が、しかし流哉の心配は意外な方向に裏切られる。

 

 沙耶と呼ばれた少女が刀を持ち、道の真ん中で仁王立ちになり、流哉の方をじっと見つめていたのだった。

「先ほどは良くぞ邪魔をしてくれた。 拙者『妖斬角』と申す者、ぜひともお手合わせ願いたく仕った」

 前の時とは違い少女の声でそう言ってきた。 かなり同化が進んでいるのであろう。

 流哉は無言で、懐から糸巻きを取り出す。

 それを見ると、沙耶は刀を高々と掲げた。 すると、刀を中心に風が舞い、やがて竜巻となり沙耶の体を包む。 だんだん竜巻が加速度を増し、いきなり弾けた。 流哉の方にも何かが飛んで来た。 腕で顔を庇うが痛みは襲ってこない。 代わりに何かが手に張り付く。

 何かと思い確認すると、それは着物の切れ端であった。

 はっとなり沙耶のいた方に目を向ける流哉。 しかし目に飛び込んできたのは惨劇などではなく、真っ赤な大鎧に包まれた沙耶の姿であった。

「行くぞ!」

 沙耶が気合のこもった声とともに流哉に向かい駆け出した。

 刀を水平に構え、その身に纏った大鎧の重さを感じさせない速度で突進してくる沙耶。 その刀の切っ先が触れているわけでもないのに歩道脇の外灯が次々と薙ぎ倒されていく。

 流哉の前まで来て、その刀は左から右に向かい振り抜かれるが、流哉はそれを跳躍してかわし、刀に向かい糸を放つ。 糸は完全に刀を捕らえ絡みついた。

 流哉は、沙耶の背後に降り立ち、糸を引き寄せる。

 沙耶は一瞬、刀を奪われそうになるが、寸でのところで踏ん張り、両手で持ち刀を引いた。

 いわゆる正眼の構えになり「ふん!」と気合を込めると、またも刀から風が起こり絡まった糸を切り裂いていく。

 流哉は風に巻き込まれぬよう跳び退り、糸巻きを構えなおす。

 沙耶は、風を治め、上段に振りかぶり流哉めがけて踏み込む。 刀が流哉めがけて振り下ろされるが、流哉はいち早く懐に飛び込み刀を糸巻きの柄で受け、そのまま沙耶に背中を合わせ、左肩を突き上げるようにして一本背負いの要領で沙耶を投げ飛ばす。

 大きな音とともに、沙耶の体が、地面に打ち付けられる。

 流哉は、すかさず沙耶の腕に飛びつき刀を引き離そうとしたが、またも風が起こりかけたため手を引き込めることになってしまった。

 沙耶は、その瞬間を見逃さず、手を着き起き上がりながら足を一回転させ流哉に足払いを掛ける。

 流哉はそれをまともに食らってしまい、倒れこんだ。

 沙耶は起き上がりながら刀を逆手に持ちかえ流哉を突き刺そうとする。

 流哉はそれを一回転してかわし、いつのまにか放ってあった糸を引く。

 すると、沙耶の背後に倒れていた外灯の一本が引き寄せられ、沙耶の足を打つ。

 沙耶は、たまらず尻餅をつきそうになるが、バク転するように手を着きながら体勢を整え、流哉に向かい刀を横薙ぎにする。 

 しかし、流哉はそれを予測していた。 引っ張ってきていた外灯を立ち上げ、刀を受け止める。

『がきっ!』という音がして外灯の中程で刀の動きが止まった。

 流哉は外灯をねじり倒し刀を折ろうとするが、沙耶はいきなり凄まじい膂力を見せ、刀を振り切ると外灯を真っ二つにしてしまった。 その瞬間、正面にいた流哉にも衝撃波が襲い腹から胸にかけて切り裂かれてしまう。

 血を噴き出し後ろに倒れこむ流哉。 沙耶はすかさず、とどめを刺そうと刀を振り下ろすが、鈴の音とともに白い陰が、流哉と沙耶の間に割って入り真剣白刃取りにて刀を受け止める。

 誰あろう、白き巫女装束の恵の姿がそこにはあった。

 目を見開き驚いたように飛び退る沙耶。

「恵殿? いやそんなはずはない。 しかし・・・」

 沙耶が呟く。

「何をぶつぶつ言っておる? 来んのならこちらから行くぞ」

 恵が、戦闘体勢をとるが、沙耶は意外にも膝を着き刀を下ろす。

「もしや貴方様は、我が盟友、波田の家に連なる者ではございませぬか?」

 沙耶が恭しくそう尋ねる。

「いかにもわしは波田家の名を連ねているが、妖の者の盟友になった覚えは無いぞ!」

 怒気を荒げて恵みはそう言ったが、沙耶はいかにも心外といった顔になり、

「拙者、まかり間違っても妖の者などではございませぬ。 拙者の名は『妖斬角』。 妖の者を切り裂くために鬼の角より打ち出された刀にてございます」

 そう言って頭を下げた。

 しかし、恵は、その言葉を聞いてもまだ戦闘体勢を解かない。 流哉も傷は浅かったようだ、何とか立ち上がり恵の横までやってきた。

「信じていただけぬのならば、拙者に『封魔符』を貼りこの娘から取り上げてください」

 そう言うと、沙耶は恵の前に刀を差し出した。

 恵が流哉から『符』を受け取り、用心しながら貼り付けると、沙耶の体を覆っていた大鎧が霧散し白い裸体があらわになる。

 驚いて顔を真っ赤にして立ちすくむ流哉に恵が怒鳴る。

「馬鹿もん! 嫁入り前の娘の肌を男がそうじろじろ見るものではない! さっさとその外套を貸さんか!」

 流哉は慌てて後ろを向き、恵に外套を渡す。

 恵はそれをひったくると沙耶の体に巻きつけていった。

 流哉は一瞬何か理不尽な感覚に捕われたがそれは言わない事にした。

 

 『妖斬角』は戦闘能力は失ったがとりあえずまだ喋ることはできるようだった。 そこで流哉たちはこれまでのいきさつを尋ねる事にした。

「何故、流哉を襲ったりした? 流哉を襲ったことが、妖の者の証拠ではないのか?」

「滅相もございません。 拙者はただ、妖の者を倒そうとしていた時に邪魔されたので、妖の者の復活をもくろむ一派の者かと思った次第にございます」

「妖の者を倒そうとしていた?」

「はい。 実は拙者は森の中の祠にて一匹の妖の者を封印しておりました。 それが今拙者が寄り代としているこの娘に封印を破られてしまい、逃げた妖の者がこの娘の友に憑依いたしました。 それを倒そうとしたときにこの者に邪魔をされたのです」

 それを聞いていた流哉の顔が蒼ざめる。

「いけない茜さんが危ない!」

 流哉が校舎に向かい走り出す。 恵も追いかけようとするが『妖斬角』に呼び止められる。

「どうか拙者もお連れくだされ。 なにかの役に立つはずです」

 恵は一瞬ためらったが、用心にもう一枚『符』を貼ると『妖斬角』を掴み駆け出した。

 

 校庭を一気に駆け抜け、校舎内に入り医療室に向かう流哉、若干遅れて恵が続く。

 医療室にたどり着き戸を開けようとするが、戸は固く閉ざされびくともしない。

 戸を叩き中に声をかけても何の反応も無い。 流哉は戸に体当たりするがそれでも戸を破る事が出来ない。

 恵もやっと追いつき加勢するが動く気配も見られない。

 そんな時、部屋の中から茜の声が聞こえてきた。

「恵様、ここは危険です! 早く・・・ああっ!」

 茜の言葉が、悲鳴に変わる。

「あ、茜―――!」

 恵が叫ぶと同時に、また先日と同じように巫女装束が輝きだし変身を遂げる。

 髪が金色に染まり、手甲と背中に五芒星が現れる

 恵は持っていた『妖斬角』をその場に置き、戸に向かい渾身の一撃を放つ。 この衝撃は凄まじく、扉は一瞬で消し飛んでしまっていた。

 医療室の中に飛び込む流哉と恵。 医療室の中は先ほどとは全く違う様相を呈していた。

 以前ベッドがあった場所に巨大な緑の植物のような物があり、周りに蔓や根を張り巡らせ、部屋一面緑色に覆われていた。

 あたりを見回し茜と香奈の姿を探す。 すると茜の方は蔓に巻き着かれて天井から吊るされている所を発見出来たが、香奈の姿を見つけることは出来なかった。

 流哉が糸を飛ばし、茜が吊るされている蔓を断ち切っていく。 全ての糸が断ち切られ落ちてくる茜を恵が受け止める。

 恵はすぐさま茜の状態を確かめるが気を失ってはいたが命には別状無い様であった。

 とりあえず恵は茜を部屋から出すと床の寝かせ、また部屋の中に飛び込んだ。

 恵が部屋に入ると流哉が自在に動き回り攻撃を仕掛けてくる蔓と格闘していた。

 流哉は恵の姿を確認すると

「この蔓は私が引き付けて置きます。 恵さんは本体の方を」

 と言って巨大な植物の塊を指差す。

 恵は頷き、植物の塊に向かい走り出す。 途中、無数の針が恵に襲い掛かるが、全て流哉の糸によって断ち切られた。

 難なく植物の塊に前にたどり着き、拳を振り上げる恵。 振り下ろそうとした刹那、恵の正面がぱっくりと開き中から、香奈の顔が現れる。

 恵は慌てて拳を戻すがその動作が一瞬の隙を生み、背後より迫った蔓に手足の自由を奪われてしまう。

 流哉は、恵に絡まる蔓を切り裂いていくが、自分にも襲い掛かる蔓があるため、思うように行かない。

 切り裂いた数より、襲い掛かる数の方が圧倒的に多い。

 そのうち、流哉も足元に忍び寄っていた蔓に足に絡みつかれ、ついには自由を奪われてしまった。

 

 

 茜が目を覚ましたとき、目に飛び込んできたのは宙吊りになり血の気を失った、恵と流哉の姿であった。

 はっとなる茜、助けようにも自分にはその手段が無い。 それどころか無数の蔓が部屋から這い出し自分に迫っていた。

 辺りを見回すと、そこには一本の刀が無造作に置かれていた。

 刀を見た瞬間、茜の顔に何か悲しみのようなものが浮かぶが、それは一瞬で消え何か決心した様な表情に変わる。

 茜は力強く刀の柄を握ると、自分に迫る蔓を薙ぎ払った。

 とたんに切られた蔓が青白い炎を上げ灰になっていく。

「やれる! まだ鈍ってはいない!」

 茜は悲しいような嬉しいような不思議な表情でそう言うと、刀を自在に操り部屋の中に切り進んでいった。

 茜は、刀を自分の手足のように自由に、そして華麗に使いこなしていた。

 あるときは横薙ぎに、あるときは袈裟懸けに、その型には全くの乱れも無い。

 とうとう、流哉と恵の前までたどり着いてしまっていた。

 茜は力強く跳躍すると刀を一閃。 すると二人を拘束していた蔓が一瞬で灰になり崩れ去る。

 三人は難なく着地した。

 恵は、茜の方を向くと顔を曇らせ済まなそうに、

「あれほど嫌っていた刀を握らせる事になるとは。 すまんかった」

 と言ったが、茜はにっこり微笑むと、

「構いません。 私、恵様のお役に立てる事がとても嬉しいんですから」

 そう言ってまた刀を構えなおす。

 流哉は茜と刀には、何か因縁があるのかもしれないと感じたが。しかし今それを詮索している場合ではなかった。

 恵と流哉を助け出す事には成功したが、香奈がまだ本体の中に捕われている以上、まだ自分たちが不利である事に変わりは無い。

 それに、蔓は休む事無く三人に襲い掛かっていた。

 恵の拳が、流哉の糸が、そして茜の刀が、次々と蔓を消滅させていくが、それでも本体を攻撃できない以上、先に力尽きるのは三人の方であろう。

 案の定、茜の動きに少しずつ乱れが見えてくる。

 幾ら腕に覚えがあると言っても、所詮は生身の少女である。 体力の少なさは如何ともし難い。

 とうとう、刀の合間を抜けて蔓が茜の肩を掠める。 膝を着いてしまう茜に、好機と見たのか蔓の攻撃が集中していく。

 恵達にしてみても、ぎりぎり持ちこたえているに過ぎない。 茜に加勢しようにも近づく事さえままならずにいた。

 それでも茜は気力を振り絞り刀を振りつづけていたが、一本の蔓が刀を掠め巻いてあった『符』を削ぎ取ってしまう。

 その瞬間、茜の頭の中に直接、声が響いた。 

『汝、今、力を欲する者か? 汝の強き心あらば拙者を自在に使いこなせよう。 さあ、もう一枚の符を剥がすのだ!』

 茜は力尽きかけ朦朧とする意識の中で、それでも『力』という言葉に敏感に反応した。 左手が『符』を掴み剥ぎ取る。

 流哉と恵が「「やめろ!」」と同時に叫んでいたが、間に合わず刀から吹き出た風が茜を包み込んでいた。

 風が止むと、そこに現われたのは大鎧ではなく真紅の剣道着のような物を身に纏い、両脇に鬼の角のようなもの付けた鉢金を額に巻いた茜の姿であった。 かなり軽装であるが両肩の辺りに大鎧についている肩鎧のような紅い板が浮いている。

 それでも蔓は、その姿に怯むでもなく襲い掛かってくる。 しかし、蔓の攻撃は茜に触れる直前で動いてきた板に阻まれに弾かれてしまう。 そればかりか、茜が無造作に刀を振り上げただけで近くにあった蔓が次々と炎を上げ消滅していく。

 茜は、そのまま妖の者の本体の前まで切り込む。

 本体にたどり着くと、またも香奈の顔が正面に現れた。 しかし、茜は躊躇しなかった。

 その白刃を真っ向より振り下ろした。

 恵と流哉の目は、その後に来る惨劇を予期したように大きく見開かれる。

 巨大な緑の塊が、真っ二つに割れ崩れ落ちながら炎上する。 あたり一面を覆っていた蔓たちも力を失い崩れていく。

 次第に部屋全体が医療室の姿を取り戻していく。

 茜に駆け寄る恵と流哉。

「何故じゃ? 何故、香奈を見てなお切り付けた?」

 恵は茜の肩を掴み、激しく問い詰める。

「私は、切るべき者を切っただけです。 香奈さんには傷一つ付けてはいません」

 茜はにっこり笑い、恵の怒気を受け流すと、床を指差した。

 するとそこには、無傷で横たわる香奈の姿があった。

 

 香奈は命に別状無い様であった。 しかし医療室は荒れに荒れていたため、仮眠室に移し寝かせた。 

 恵と茜は更衣室で変身を解き、いつもの服装に着替えた。

 更衣室から出た後、刀を返す返さないで一悶着あったのだが、またいつものように茜に言いくるめられる形で終わってしまった。

「これで、恵様のお役に立つ事ができるようになりましたね」

 と微笑む茜に、恵と流哉は苦笑するしかなかったのである。

 

 沙耶の方も見に行ったのだが、薙ぎ倒された外灯を見に集まった寮生たちにすでに部屋に連れ戻されてしまった後であった。

 流哉と恵は騒ぎが大きくなる事に舌打ちしたが、今はどうする事も出来ないので、とりあえず引き返す事にした。

 

 家に辿り付くと恵の不幸はまだ続いていた。 

 女中を撒いて学院に向かった事をまどかに怒られたり、自室に戻ると掛け軸や壷が隅に追いやられ、女物の調度品が所狭しと並んでいたり、挙句に「背中を流す」と迫る女中達から寝巻一枚羽織っただけのあられもない姿で逃げ回ったりと散々な目にあっていた。

 また夜が更けていく。

 

 


 

あとがき

 いきなり裏切ってしまいました。 今回も萌えがありません。 次回作というのは妖魔奇譚以外のお話と解釈してくれると嬉しいですが、駄目ですか?

 さて今回、本文で触れなかった事について、幾つかフォローしたいと思います。

 まず、恵のお買い物の話は「妖魔奇譚外伝 恵帝都襲来」でいつか語ります。

 で、もう一つ、茜がいきなり刀使ったりして驚いた方もいるかもしれないですが、本文中語られていませんが、実は茜は剣道で全国レベルの腕を持っています。 家柄や兄弟との軋轢で剣を封じ心を閉ざしていた事もあったという設定があります。 これも「妖魔奇譚外伝 剣客小町」にていつか語られると思います。

 そのあと、恵と会って心を開く所が「妖魔奇譚外伝 恵旋風」で語られる事になってます。

 外伝はリクエスト次第で、書く時期が変動すると思います。 結局リクエストが無くても最後は全部書いちゃうと思いますけど・・・。

 とりあえず本編は七匹倒して七話で完結になりますので、どうかお付き合いしていただけると嬉しいです。

 それではまた、第三章でお会いしましょう。

 

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