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納涼i伝説

作:BAF


−納涼ToSi伝説IV−

《第十夜》

 これは本当にあったお話です。
 ある日、若い女性2人を乗せた車が山道を走っていました。
 時刻はもう遅く、辺りはうっすらと暗くなり始めていました。
 運転席の女性はまだ免許を取ったばかりで、初めての山道でもあったためだんだん心配になってきました。
 すると、それまで無言であった助手席の女性が突然「あ、そこ右だよ」と言いました。
 確かに道は右カーブ。
 彼女の言う通りに道は曲がっている。
「あなたこの辺りの道詳しいのね。それならそうと早く言ってよね」
「あ、次は右だよ」
 言われた通り彼女はハンドルを右にきりました。
 ところがなんとその道は左カーブ。
 とっさのブレーキが間に合いなんとか助かったものの、もう少しで車は崖下へと転落するところでした。
「危ないわね、いい加減なこと言わないでよ」
 彼女が助手席の女性に向かって怒りをあらわにすると、
「……死ねばよかったのに」
 助手席の女性が低い男の声でしゃべりながらにやりと笑った。





《第十一夜》

 これは本当にあったお話です。
「牛の首」というTS小説がある。
 この話は江戸時代には存在していたようで幾つかの文献に登場している事が確認されている。
 とはいえ、そこに記されているのは「牛の首」という小説のタイトルだけで、話の内容は「今日、牛の首という小説を読んだが、あまりにすばらしくとても文章に表せない」として語られてはいないのだが。
 その内容は、ある者は入れ替わりだと言い、ある者は憑依だという。現在ではタイトルと照らし合わせ、花岡青洲を主役にした脳移植物ではないかと言う説が有力である。
 このように文献にはっきりとした形で残ることはなかった「牛の首」だが、その物語は名作として今日まで語り継がれている。
 だが、私はその話をここに記すつもりはない。
 この物語は非常にすばらしいのだが余り人には聞かせたくないのだ。
 その代わりに「牛の首」を手に入れた数少ない人物の一人の身に起きたエピソードを語ってみようと思う。
 その人物は男子高の教師である。
 その日、彼は学校の校内放送で小説を朗読していた。
 小説の選択や彼の朗読のすばらしさもあって普段は騒々しい生徒たちも真剣に彼の話に耳をそばだて、聞き入ってしまった。
 これに気をよくした彼は、最後にとっておきの小説である「牛の首」を披露することにした。
 彼は声を潜めるとマイクに向かいこう言った。
「これから話すのは『牛の首』という物語だ。牛の首とは・・・」
 ところが、彼が話を始めた途端に学校内に異変が起きる。
 生徒たちが体を押さえながら怯えだし、口々に「先生、もうその話しはやめて!」と訴え だしたのだ。
 ある生徒は真っ青になりながら胸を押さえ、別の生徒は股間を押さえながら大声を上げて泣き叫ぶ。
 ところが、それでも彼は話をやめようとしない。
 彼の目は虚ろで、まるで何かに取り付かれたかのようであった……。
 しばらくすると騒ぎは収まり学校全体が静寂に包まれた。
 異変を感じて正気に戻った彼が放送室から出ると、見知らぬ少女が脂汗を流しながらぶるぶると震えている。
 さらに辺りを見まわすと、学生服を着た少女達が皆口から泡を吹いて失神していた。
 それ以来、彼は『牛の首』について何も語らなかったと言う。
 これは今では都立の有名女子高となった学校で起こった本当の話である。





《第十二夜》

 これは本当にあったお話です。
 都内の某マンションに人が居つかない部屋があった。
 その部屋とはマンションの二階、壁を隔ててすぐに階段と言う場所である。
 この部屋の家賃は都内としては考えられない安さである。もちろん他の部屋と比べても格段に安い。
 そのため借り手はすぐに見つかるのだが、早い者で三日、遅くても十日たつと皆逃げるように引っ越していってしまうのだ。
 噂によるとこの部屋に入居した者は皆、夜寝ているときに少女の声を聞くらしい。
 入居してきた最初の晩に聞こえるのはこうだ。
「一段上がった、嬉しいな。全部上がったら遊びましょう」
 翌日にはこんな声が聞こえる。
「二段上がった、嬉しいな。全部上がったら遊びましょう」
 それ以後も夜中に声は聞こえ続け、三段、四段とだんだん近づいてくるのだという。
 マンションの二階までの階段は全部で十三段。
 そこでたいていの人は、十日もすると怖くなってアパートから逃げ出してしまうのだ。
 ある日のこと、若い男が値段の安さにつられてこの部屋を借りた。
 彼も噂は聞いていたのだが、もともと幽霊の類は信じていない男だったのでまるで気にしていない。
 ところが、その日の夜。
 男が寝ていると誰かが階段を一段上がった音が聞こえた。
 そして不思議なことに、男の耳元で少女の囁く声が聞こえたのだ。
「一段上がった、嬉しいな。全部上がったら遊びましょう」
 噂は本当だった!
 男は内心驚いたが、これはいい機会だ、最後まで見届けて噂の正体を暴いてやろうと考えた。
 次の日も、そのまた次の日も噂どおり少女の声は聞こえる。
「二段上がった、嬉しいな。全部上がったら遊びましょう」
「三段上がった、嬉しいな。全部上がったら遊びましょう」
 しかし男はまったく動ぜず、十二日目になってもアパートから逃げ出さなかった。
 そして十三日目の翌朝。
 部屋に遊びに来た友人によって、若者の代わりに呆然と立ち尽くす女が発見された。
 
 
「十三段上がった、嬉しいな。うふふ……」



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