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P.F.キャリアー
第九話
 
 
「・・・ふむ、そうか。まあ仕方ないだろう。ご苦労だった。
 ・・・黒崎か? ヤツがそう簡単にくたばるハズがない。探させておけ。後の処理は任せる。ではな」
 なにやら物騒な台詞を吐いて、受話器を置く。渋い焦げ茶色のスーツをきっちりと着こなした初老の男で、名前を赤松直哉(あかまつ なおや)と言う。ある教育家の私設秘書を務めているが、これだけけんのんとした男を秘書に使うくらいだから、その教育家がまともな人間であるはずがない。
 赤松はいくつかの書類をクリップボードにまとめ、部屋を出る。
 個人用の邸宅としては馬鹿馬鹿しいほど長い廊下を歩き、目的の部屋に着くと、一人の男が「失礼しますっ!」と叫んで飛び出してきた。口を押さえたまま一目散に走り去っていく男を見て、赤松はやれやれと息をついた。
 ドアをノックし、「赤松です」と声をかける。「おう、入れ」とぞんざいな返事が聞こえるや、するりとした身のこなしで部屋に入り、後ろ手にドアを閉める。
 応接セットの上座に陣取った小柄な老人が、黙々と食事を摂っていた。よく見ると対面の席にも食事の用意がしてあるが、客の姿はない。蹴倒されたソファーと先刻の客らしき人物の形相を思い出して、赤松はだいたいの事情を察した。
「・・・御前、また遊びましたな?」
「肝の小さい奴よ。人間のめだまだと言うたら、本気にしよった」
 そう言いながら、皿に盛られた「細工料理のゼリーよせ」をパクリとほおばってみせる。確かにぱっと見には人間の眼球そっくりである。老人がやや渋面で咀嚼しているところを見ると、たいして美味なものでもないらしい。
「で、無理矢理食わせたんでしょう? 地方へ飛ばすとか何とか言って」
「主人が饗した料理をありがたく頂戴するのは、客としての義務じゃぞ。違うか?」
 そう言って赤松を見すえる老人。赤松は無言で肩をすくめる事で、答えを慎重に避けた。老人はフン! と鼻を鳴らして、新たな「眼球もどき」を口に放り込む。
「じゃが、まあ奴もこれで程度が知れたの。人を喰うくらいの度胸がなくて、総理大臣の要職が務まるものか」
 口を不味そうにもぐもぐ動かしながら、老人がつぶやく。
「また政権交代ですか? 進歩しませんな、この国も」
「足踏みさせておるのよ、このワシがな」
 そう言って、ひゃっひゃっひゃっと笑う。
 この老人、名前を久我山剛三(くがやま ごうぞう)という。いかつい名前に反してかなり小柄な人物で、身長は140センチもないであろう。赤ら顔で肩幅がせまいので、立っていると猿を連想させる。
 肩書きは教育評論家と言うことになっているが、むろん実体はそんなものではない。日本の政界の暗部に太く長いパイプを持ち、どんなに実力と人望のある議員でも、彼に逆らうことはできなかった。落選させられるのはもちろん、不祥事を起こさせられて社会的に抹殺されることさえ、久我山にしてみれば造作もないことだった。
 また官僚組織や暴力団などにも彼の触手は伸びており、飴とムチを使い分けて彼らの行動を意のままに操っている。
 まさに日本の闇のドンである。
 
「・・・で、報告を聞こうか、赤松?」
 まずい昼食を終え、居住まいを正して赤松に命じる久我山。赤松はうやうやしく「はっ」と返事をすると、クリップボードのファイルを開いた。
「まず華澄霧香、かおる母娘(おやこ)の拉致についてですが、これは完全に失敗です」
「ほう? じゃがあのデブ――風間とか言ったか?――は、喜々として報告して来よったぞ、このワシに」
「御前に直接ですか? それはまた身の程知らずな・・・」
「まあキャリア連中の中でもたいした能力は持っていなかったからのう。良い機会じゃから、きちんと処理しておけ。ああいった生ゴミは後始末を怠ると、臭いが残るしな」
「承知しました。・・・ですが、その指示はおそらく必要ないかと」
「ほう?」
 目をつぶって赤松の報告を聞いていた久我山は、赤松の言葉に興味を覚えて顔を向けた。
「P.F.ウィルスによる新たな「転生者(トランスファー)」が出現しました。現在風間のいる「ブラック商会」で暴れておりますので、長くは保たないかと・・・」
「ほう? あらたな転生者がのう・・・」
 久我山が、面白そうに唇の端をゆがめた。
「何者かわかるか?」
「現在調査中です。明日にはご報告できるかと」
「遅い。半日で用意せい」
「かしこまりました」
 無茶を言う主人に、こともなげに応える秘書。この程度のゴリ押しは日常茶飯事なのだろう。命じた方も命ぜられた方もくだくだしい説明もせず、次の話題へと移る。
「黒崎が姿をくらませました」
「黒崎というと、あの扶桑の若頭だった、あの若造か?」
 久我山は再び目を見開いた。
 
 
 
 がっしゃああああああんん!!!!!
 
 ブラック商会の事務所の窓ガラスの最後の一枚が、派手な音を立ててくだけ散った。窓をぶち破った人間型の砲弾は、虚空に吸い込まれるように小さくなり、やがて勢いを失って落下していく。数秒後、水柱のたつ音が小さく響いた。
 すべての窓が全開となったブラック商会の事務所内で、ひとりの小柄な少女と、いかつい暴力系の男たちが対峙していた。ライオンや熊やヒョウなどの肉食獣たちの集団(熊は性格には肉食獣ではないが)の中に、一匹の純白の仔猫が迷い込んだようなものだが、実体はと言うと、かなり非現実的なものである。畏怖と驚愕の表情でふるえているのは少女、の方ではなく、猛獣たちの方なのだから。
「はああああっ!!」
 少女――鷹飼優輝(たかがい ゆうき)が甲高い声で気合いの咆吼を上げると、ダンッ! と言う踏み込みの音と同時に、彼女の姿がかき消えた。
「なにっ! どこに・・・!?」
 男たちのセリフは一瞬でとぎれた。速射砲のような攻撃が、突然男たちの内ぶところから発生し、一気に7人の組員が中空に吹っ飛んでしまったからだ。4人ほどが開いた窓から空に消え、残りは壁に叩きつけられてピクリとも動かぬ。
 先刻まで、飛ばされた男たちがいた中心地あたりに、優輝が出現していた。足を大きく開いて腰を落とし、両腕を軽くひろげた「残心」の姿勢で。ややつり目気味の大きな瞳に怒気と闘気がみなぎり、獅子のような威圧感を放射している。
 ――まるで『闘神』のように。
「バッ、バケモンか!? このチビは・・・!?」
 かなり少なくなった人垣の一番後ろで、ひとりの組員が思わずポツリともらす。優輝は劇的に反応した。
 ギラリと眼光を輝かせるや、人垣を(じっさいに)蹴散らしてよけいなひとことを言った男の目前に出現する。
 そしてにっこり笑って言ったのである。
「なあんて言ったのかなあ? ボク、よく聞こえなかったんだけどぉ?♪」
 そう言いながら右手を伸ばし、男のベルトのバックルをズボンごとがっちりと握りしめ、軽々と頭上に差し上げた。まるで紙風船でも扱うように・・・。
「なっ!?」
「座布団廻しならぬ、人間廻し♪ ・・・ってか?」
 脳天気な口調でそう言うと、優輝は右手で男を支えたまま、左手を男の頭にそえる。そして勢いをつけて一気に回転させた。竹トンボのように・・・。
「おわあああああああああっっっ!!??」
「そ〜れ、飛〜んで〜け、ピュ〜ッ!!」
 (どこかで聞いたような)珍妙なかけ声とともに、優輝は右手の特大人間トンボを窓に向かって投げ飛ばす。肉色のプロペラは、すばらしい角度で虚空を切りさき、やがて見えなくなってしまった。消える直前まで聞こえていた悲鳴の残滓が、奇妙に耳に残っていた。
「う・・・うわああああああっ!! 正真正銘のバケモンだあっ!!」
「撃て! 撃ち殺せっ!!!」
 男たちの恐怖と緊張感が臨界をこえ、一斉にある行動を呼び起こした。男たちはおのおのの拳銃や短機関銃などをかまえ、我先に発砲し始めたのだ。目標はただひとつ。小娘の姿をした人外のバケモノ!!
 トカレフが火を噴き、ウージーが殺戮のドラムを打ち鳴らす。デザートイーグルの44マグナムのクチバシが猛然と襲いかかり、モーゼルから空薬莢の雨が降り注ぐ。
 耳をつんざく銃声と、もうもうたる硝煙のなか、熱狂的に射撃を続けていた男たちの手が止まった。煙の中に倒れているはずの優輝の姿を探す男たちだが、血にまみれたずたずたの姿になっているはずの小娘の姿はどこにも見いだせなかった。代わりに男たちが見たものは――。
「いたぞ! ・・・・なにィ?」
「あ・・・あんな所に!?」
 無傷の優輝がそこにいた。長い直管の蛍光灯のカサの部分に指を引っかけ、ぶら下がるような状態で、男たちを見下ろしている。遊んでいる優輝の左手が彼女の顔に伸び、挑発のつもりか「あかんべー」をしてみせると、男たちの憤激はさらにエスカレートした。
 ――この小娘! 生かしては帰さん!!
 銃のマガジンを交換し、あらためて優輝を狙う男たち。だが当の優輝はそんな彼らの動きをあざ笑うかのように、蛍光灯にぶら下がったまま、くるりと身を翻し、両足をそろえて石膏ボードの天井を蹴りやぶる。
「なっ!? しまった!!」
 何人かの男たちが彼女の意図に気づいて銃撃を始めるが、その頃には優輝はすでに天井を破った勢いのまま、するりと中に入りこんでしまった。
 極端に身の軽い優輝ならではの動きと言えたが、突然目標を失った男たちの方には感心する余裕などない。わずかな物音を頼りに闇雲に銃撃をくり返すが、そんなものが当たる道理がない。
「くそっ! ヤツはゴキブリか?」
「うぬう・・・!」
 臍を噛みながら唸るしかできない組員たちである。
 蜘蛛かゴキブリかのような動きで(と言うとさすがに優輝も嫌がるだろうが)天井裏に潜り込んだ彼女だが、その動きは一瞬の躊躇もない。光がほとんど遮られた暗闇の中で、なおも優輝の双瞳にはあたりの情景がはっきりと映し出されている。ときおり石膏ボード越しに銃弾の襲撃が飛んでくるが、優輝は霧雨のように無視して、せまい天井裏を滑るように移動する。そして目的の場所にたどり着くと、ふうっと息をついた。
「おしっ。やるか」
 ひとこと呟くと、右腕を大きくかまえる。次の瞬間、手刀の形になっていた右手が暗闇に溶けるように消失した!
 
 ぱきん・・・!
 
「ん・・・? 何の音だ?」
「さあ・・・?」
 不気味な数分間が経過した。ときおり「カシン!」とか「ぱきっ!」とか言った、金属が打ち鳴らされるような音がする他は、割に静かである。
 あの小娘自身が飛び込んだ穴以外は、どこにも窓らしきものもない天井裏である。何も見えるわけがないので、男たちは待ち伏せする構えを取った。いつかは出てくるはず、そこを撃てばいい。
 それは戦術としてはまったく正しいのだが、もし仮に彼らが優輝の能力を知っていたとすれば、このとき彼らにできる最良の手段は、今のうちに逃げ出すことしかない、と判ったかも知れない。
 
 ギシッ・・・・・!
 
 突然、何かがきしむ音がした。
「な・・・何の音だ・・・?」
「ネ、ネズミだろ? ほら、いま特大のネズミが入り込んでるから・・・」
「は・・・ははは。・・・上で迷ってるってワケか・・・。そりゃ良いや・・・」
 なんとか軽口をたたいて気を静めようとする男たちだったが、言いようのない不安にとらわれて口調はどうしても震えてしまう。
 そして、その不安は正しかったのだ。
 
 ばこっ!! どどどどどどどどどっ・・・・・・!!!!
 
「うわっ!! 天井が!?」
「なっ!? 何で!?」
「落ちてくる!? うわあああああああっ!!!」
「たっ・・・助けてくれえええええ〜〜〜〜〜!!!!」
 
 崩落は突然だった。
 うずたかく積もったホコリと砕けて飛び散った石膏の粉塵があたりを真っ白に染め上げ、男たちの視界を奪った。目や口を押さえて悶える彼らの頭上に、天井材や蛍光灯などが降り注ぎ、ひとりの例外もなく埋め尽くしてしまった。
 もうもうと立ちこめるホコリと粉塵の中、優輝の姿は倒れている男たちのはるか上空にあった。天井が落ちてしまっているので、二階の床下部分の梁(はり)のひとつに、片手でぶら下がっている。片手に持ったハンカチで口を押さえ、服はあちこちホコリにまみれて真っ黒という、無惨きわまる姿ではあったが。
 
「ふう〜〜っ。終わった・・・かな?」
 ハンカチ越しに息をついて、優輝は気を落ち着けた。下の連中はひとまず全員おとなしくなったようで、やれやれと安堵する。こんな宙ぶらりんの状態で狙われたら、さすがにかわしきれる自信はなかった。
 連中が息を吹き返さないうちに退散した方が良いのだが、現在まっ白にくもっているフロアに降りる気には、さすがになれない。
「やれやれ・・・。どうしたもんか・・・・・な!?」
 何気なく自分がつかんでいる梁の方を見上げた優輝は、そこにいたものを見て、表情が凍りついた。
 
 ・・・・ちょろっ♪
 
 体長5センチ程度の小さな仔ネズミが――その身体に比して――大きな瞳を輝かせて、興味深そうな仕草で優輝を見下ろしている。
「・・・・・・・!」
 一瞬ごとに自らの健全な意識が消滅していくのを、優輝は感じていた。
 のどが渇く。血が凍る。意識が遠のく。自我が保てない。はっ、ボクはどこ? ここは誰!?
 腕一本で身体を中空に支えながら、優輝の思考は支離滅裂になっている。次々にわき起こる言葉の本流に、かつて経験したことのない恐怖と狼狽が、彼女を襲っていた。
 ――それは、ちょうどつい先刻、ブラック商会の連中が優輝に感じていたもの、そのままであった。
 恐るべし、仔ネズミ!!
 
 つんつん♪
 
 興味深そうに優輝を見つめていた仔ネズミの鼻先が、何かを確かめるかのように、梁をつかんでいる優輝の手をつつく。
「・・・・・!!?」
 自分に触れてくるナマ温かかく、柔らかいものが仔ネズミの鼻先だと理解した瞬間――
 優輝の意識は、灼熱した光に包まれた。
 
「いやああああああああああああああッ!!!!」
 
 優輝の右脚が電光の勢いではね上がった。
 無意識のうちに込められた彼女の全パワーの集中した右脚のスピードは、音速を軽く突破し、膨大な破壊力を伴った衝撃波となって急上昇する。
 優輝のつかんでいた太い梁がささくれることなくすっぱりと寸断される。そして衝撃波は威力を減じることなく二階を貫き、三階を突き抜け、屋上フロアを内側より粉砕して上空へと消えていった。
 グオオオオオッ!! と、風のうなる音が響いた。
 
「ユーキッ!!」
「優輝クンッ!!」
 荒々しくドアを蹴り開け、都と霧香が崩壊した事務所に飛び込んできた。
 石膏とホコリでまっ白にくもっている中を、まるで湯煙の中かのように平然とした顔で首を巡らせている霧香に、ときどき咳き込みながら潜水用のゴーグルしっかりと装着して優輝をさがす都。
 ほどなく白いもやの中に、倒れ伏しているひとりの少女の姿を発見した。全身がホコリと石膏の粉塵にまみれ、力無く横たわったその少女――優輝は、うつぶせに倒れたままピクリとも動かない。
「!? ユーキッ!!!」
 蒼白となった都が、あわてて優輝を抱き起こす。
 と――
「ネッ・・・ネズミ・・・いやぁ・・・・さわんないでぇ・・・」
 そこにいたのは闘神の化身のような人間ではなく、マンガに出てくるような「ぐるぐる目玉」で目を回してうなされている小柄な少女の姿だった。さっきまでの鬼神のような暴れッぷりからはとうてい想像できないが、その容姿から見れば、こちらの方がよほど似合っているような気がする。
 もっとも都や霧香がそう感じたのは、もっと後の話で、このときの優輝のうわごとを聞いたふたりの表情は、「????????」の具現化そのものであった。
「ネズミ・・・? 何の話だ?」
「さあ・・・?」
 
 ちゅっ♪
 
 首をかしげるふたりのそばで、タイミング良く何かの音(声?)がした。茶色の毛皮を持った仔ネズミが、そこにいる人間に正対するように舌を鳴らしていたのだ。
「・・・・ネズミ?」
「いや、ハムスターだな、これは」
 なるほど、よく見るとしっぽがほとんど見えない。品定めするふたりの言葉に、仔ネズミ改め、ハムスターは我関せずとばかりに優輝の身体に駆け登った。
 大きなバストの丘にたどり着き、身を乗り出すようにして、優輝の顔をのぞき込む。
 
 ちゅっ♪
 
「・・・・ん・・・?」
 ハムスターの声に反応してか、優輝がうめき声を上げてうっすらと目を開いた。
 ぼやけた焦点を懸命に補正し、目の前にあるものを識別する。
 ――認識完了。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 再び優輝はフリーズした。
 ほんのり赤みが差していた顔色はみるみる蒼白になり、身体はがくがくと震え、冷たい汗がしみ出てくる。
 ハムスターのつぶらな瞳が優輝を見すえ、「ちゅっ♪」という音とともに首をかしげた。
 瞬間、優輝は再び絶叫した。
 
「いやあああああッ!!! ネズミィィィィィッ!!!!」
 
 そのままこてん、と失神してしまった優輝の姿に、都と霧香のふたりは、しばし顔を見合わせ、やがてにらめっこの引き分けのように、お互いにぷっと吹き出すと、大爆笑を始めた。
「ぷっ! くっくっくっ・・・・あははははははっ!!!」
「きゃははははははははっ!!!!」
 可笑しかった。年齢に似合わぬ超然とした態度と底知れぬ強さ、身長に対するコンプレックスと「チビ」のひとことでキレてしまう単純さ。鷹飼優輝という人間を構成する要素に「ネズミが怖い」という、なんとも微笑ましい要素が加わった。
 それは決して「弱点」などではなく、重要な「個性」であろう。そうふたりには思えたのである。
「おぬしら、こんなところで笑っておる場合ではないぞ」
 背中に巨大なリュックを背負い、両手になにやら荷物の入った紙袋を持ったかっこうの霞善次郎があらわれた。
 都と霧香のふたりはピタリと笑いをおさめ、うって変わって鋭い視線で老人をにらんだ。
「今ごろおでましかい? 親父、いまの今まで何してた?」
「どーせ火事場泥棒でもしてたんでしょ? 善さんのことだから」
「ほう、なかなか鋭いのう、ふたりとも」
 白い目で霞を見すえるふたりだが、当の老人は平然たるものである。
「なかなかの収穫じゃぞ。ほれ、見てみい」
 自慢げに見せる両手の袋には、ウイスキーやブランデーなどの逸品名品がところせましと詰め込まれている。コルドン・ブルー、バランタイン、ロイヤル・ハウス・ホールド、カミュ、ホワイト&マッカイ、カティ・サーク、ヘネシー、ボウモア、etc...etc...
 中にはかならずしも高級品ではないものも混じっているが、酒好きなら思わずよだれを垂らすラインナップが、両の袋にぎっしりと入っている。
 現に酒好きである都と霧香のふたりは、思わずゴクリとのどを鳴らしたが、はっと気を取り直し、真面目な表情で問い返した。
「時間がないってのはどういう意味だ、親父?」
「まさか爆弾でも仕掛けられてるってんじゃないでしょうね?」
 ふたりの問いに霞は表情をあらためて言ったものである。
「説明は後じゃ。とっとと逃げるぞ」
 それだけ言ってくるりと回れ右をすると、荷物を揺らして出て行ってしまった。
 都と霧香のふたりはしばし顔を見合わせたが、不意に落ちてきたがれきの欠片に気づくと、そろって天井を見上げた。
「!?」
「これは!?」
 天井から屋上まで貫く大穴を見て、ふたりは異口同音に声を上げた。優輝が苦しまぎれに放ったあの一撃が、この大穴以外の部分――3階建てのこの建物の構造材そのものに、致命的なダメージを与えていたことを、ふたりは一瞬で見抜いたのだ。そして霞善次郎も・・・。
 
 ブラック商会の事務所ビルが、大音響とともに崩壊したのは、都が優輝を抱きかかえて(そのとき例のハムスターも、都に飛び乗ってきたが)、霧香とともに脱出したきっかり5分後だった。
 
 
「今度は『耳たぶ』ですか、御前?」
「おう赤松、見てみい。よくできとるじゃろう?」
 イタズラが成功した腕白小僧のような満面の笑みを浮かべながら、久我山は卓上の大皿にてんこ盛りにされたものを指さす。
 赤い甘酢あんらしきものがかかっていて、輪郭はややぼやけているが、形といい質感といい『人間の耳朶』そのものである。久我山はしわだらけの手で器用にハシを使ってその一切れをつまみ取るや、おもむろに口に放り込む。
「このコリコリした食感が、何とも言えんのう。味はたいしたことないが・・・」
「御前の場合、料理の味そのものより、それをダシにして人を試すのがお好きですからな。で、今度は誰を試されたので?」
 赤松の問いに、久我山はよくぞ聞いた、とばかりに気味の悪い笑顔を向けた。
「いや、なかなか面白いヤツじゃったぞ。出した料理をきれいに平らげて行ったしの」
 主人のいつになく上機嫌の表情を見ながら、赤松は表面平然と、内心意外な思いを抱いた。我が主人ながら、性格と趣味の悪さに同調できる人間がいるとは思ってなかったからだ。
「ほう、それは重畳。我が国にもましな人材がいたようですな」
 追従を言う赤松だが、それについては久我山は同意しなかった。
「それはどうかの? わしにも匹敵するようなジジィを『人材』とは呼ばんじゃろう」
 久我山の言葉に、赤松は眉をよせた。が、結局聞かなかったことにして、話題を変える。
「それはそうと、御前、報告の方ですが・・・」
「上がってこなかったんじゃろう? 調査に向かわせたヤツが全員病院送り、オマケに記憶を消されて?」
 主人の意外な台詞に、赤松は糸目を見開いて驚いた。
「さっき来た客は、それをやらかした張本人よ。まったくふざけたジジィじゃが、かえって面白いことになった」
 いつもなら不手際を叱咤されてもおかしくないハズだが、どうやら久我山は心底楽しんでいるらしい。だが、赤松は自分の知らぬ間に主人が怪しげな人物と面会を済ませていたらしいことに、不快感を覚えた。そして、身をもって主人を守ることを第一に考えていた赤松にとって、看過し得ない一大事でもある。
 だが、当の主人はそんなことは眼中にないらしい。赤松は抗議の必要性を感じた。
「どうされます、御前? 状況が読めませんゆえ、とりあえずのご指示をいただければ幸いかと・・・。非才なる身のわたくしと致しましては・・・」
「回りくどい言い方はよさんか。わしは別に不機嫌なわけではないぞ?」
「存じております。不機嫌なのは私です。御前にはおわかりにならないでしょうが」
 慇懃無礼な口調で赤松がのたまうと、久我山は一瞬顔をしかめたが、やがて赤松の言わんとした事に気づいてにんまりと笑みを浮かべた。
 いつもよりいっそう不気味な笑顔である。
「要するにおぬし、密会したことに文句を言いたいワケじゃな?」
「御意」
 すまして返す赤松に、老人はひゃっひゃっひゃっと笑い声をあげた。
「おぬしも言うのう。このわしに向かって」
「うぬぼれさせて頂けるなら、御前の秘書が務まるのは、不肖このわたくしのみと自認いたしておりますゆえ。また、事あるとき御前を守れるのもわたくしのみと自負しておりますゆえ・・・」
「わかったわかった。これからは最初からおぬしを加えて人と会うことにする。それで良いじゃろう?」
「御前の『わかった』は信用なりません。何回『わかった』をおっしゃったか憶えておりますまい? だいたい御前はわたくしを信用なさってないのでは? わたくしの背中をご覧になりますか? 半年前に受けた刀傷が今も残っておりますぞ? これも興味本位で暴漢なんぞとやりあうから・・・」
 赤松の舌鋒は収まる気配を見せない。日本の暗部を牛耳っている妖怪にも、苦手な人物は存在するようだ。
 結局この後、久我山が忠実な秘書にやりこめられた後で、今後の方針が練られたわけだが、秘書の剣幕に毒気を抜かれたのか、決定事項としては『ひとりの老人と、その周辺の人物の洗い出し』程度のことに落ち着いたようである。
 結果としては、何者かによってすべての報告が届かないことになるわけだが、この時点でそれを予期できる人物は誰も存在しなかったのである。
 
 
「黒崎たちと一緒にいたぁ〜? 何の冗談よ、真輝?」
「そんなこと言ったって・・・・」
「は〜い、ちょこちゃん♪ かあるがおねーちゃんですよぉ♪」
 素っ頓狂な声を上げる都に、不承不承答える真輝。一緒にいたかおるはと言えば、真輝など無視して『ちょこ』と名付けられたハムスターとたわむれている。かなり人懐っこいハムらしく、ちょこはかおるの小さな身体を忙しそうに駆け回っている。逃げる気配など見せない。
「ん〜〜〜ふふふ・・。か〜わいい♪ ・・・にゃはっ♪ そんなとこ、入んないでえ♪」
 服の中に入られたハムスターとひたすら戯れているかおるに、真輝は鋭い視線を送ると、どこからともなく出したハリ扇を彼女の頭に叩きつけた。
 ぱあああんんんん!!!!
「・・・・いった〜。なにするのお? ムネのない・・・」
「それ以上言うなっ!!!」
 どっぱあああああんんんん!!!!
「・・・話が進まん。いい加減に本題に入れ、真輝クン。かおるもな」
「「はあい〜・・・」」
 こめかみに青筋を浮かべた霧香が、たわむれるお子様コンビをはたき倒し、抑えた声で告げる。涙目で応えるお子様どもである。かおるの頭の上のちょこが、後ろ足だけで器用に立ちながら、不思議そうに小首をかしげた。
 
 ちゅっ♪
 
 
「つまり、ひとことで言うと?」
 都がそれまでの話をまとめるように口を開いた。
「黒崎のヤツはヤクザを廃業したかった。でもなまじ有能だから逃げるのは難しい。だからあたしたちを利用して組そのものを潰してしまえ。で、どさくさに紛れて本人は姿を消そう。そう考えたワケね?」
「・・・四こと」
「・・・なによそれ?」
「『ひとこと』じゃなくてよっつだから、『四こと』かな? と・・・」
「ンなことはどーでも良いのよ!!」
 揚げ足を取る真輝を一喝してから、都は言葉を続けた。
「そんなことより、真輝、かおる! なんでそんな危険人物と一緒にいたの? 逃げようとは思わなかったの?」
「思わなかった。・・・いや、最初はそう思ったんだけど・・・」
 ためらいがちの真輝の台詞である。
 たしかに黒崎たち三人は真輝たちに危害を加えようとはしなかった。たとえその行動にある種の打算が混じっていたにせよ、それまでの彼の行動から考えると、およそ考えられないことである。
 だいいち彼はかおるの誘拐を企てていたはずではないか?
「・・・おそらく、その必要がなくなった、ということだろうな」
 霧香が熟考の末、ぽつりともらした。
「もともとオレたちの拉致というのは、どこかのおエライさんから受けた『仕事』と考えた方が自然だ。ならもともと消えるつもりの彼が、律儀に『仕事』をこなす必要もなくなる。話を聞いた限りでは、あの黒崎という男はかなりのキレ者だ。余計な『仕事』を背負い込んで足かせを増やすとも思えないしな」
 つまりなるべく足跡を残さないことに留意したわけだ。考えてみれば消えるつもりの彼が、かおるを拉致したところで、かえって処置に困ったことだろう。
 一同はようやく納得がいったと、安堵の息をついた。
「あの黒崎ってオッサンが理性的な人で助かったわね。考えなしのヤツだったら、いまごろあたしたちはふたりそろってどんなことになっていたやら・・・」
 くわばらくわばら、と真輝が年齢に似合わぬ古くさい台詞を吐く。
「なに言ってんの、真輝? ユーキなんかじっさいに撃たれたのよ。理性的だなんて言ったらユーキが怒るわよ?」
 都がほころびかけた表情を無理にひきしめて、真輝をたしなめる。もっとも安堵感があるせいか、言葉には柔らかい響きが感じられた。
「ねー? おねーちゃん、いまどこにいるのぉ?」
 かおるが間をはかったように口を開いた。都の「ユーキ」の言葉に反応したのかは不明だが。
「優輝クンなら病院だ。あの馬鹿、あのとき無理に動くから・・・」
 霧香が応えた。『あのとき』とはブラック商会での『第2段階』の際、動かない身体を無理に動かした時のことを指している。
「そーだ、聞こうと思ってたんだ。ユーキはどうなの、霧香センセイ?」
 やや心配そうな表情で都が問いかけた。
「心配は要らんさ。ただ三日ほど、指一本うごかせなくなるだけだ。命に別状はないだろうさ」
「指一本・・・? じゃ、食事もトイレも・・・?」
「介護人がいなきゃ、ヒボシのうえ、大小便も垂れ流しさ。だから『無理に動くな』って言ったのにな・・・」
「う・・・わあ・・・」
 都も真輝も、優輝の悲惨な現状を聞いて、げんなりした表情を浮かべた。じっとしてるのが嫌いなうえ、他人に構われるのが我慢ならない性格の優輝が、介護人の『手厚い看護』を受けているなど、想像もつかない。いまごろさぞストレスを溜めていることだろう。
 ちなみにこの場にいる都たちは知らないが、生ける人形と化している優輝の介護を行っているのは、『あの』高階マミ看護婦であったりする。
 現在の優輝の状況については、ここでは述べない。ただ(優輝にとって)、『ボクもうお嫁に行けない(涙)』状況に陥った、と言うことだけは記しておこう(笑)
 
 ・・・・・合掌。
 
「それはそうと、かおる。あの時オッサンに呼ばれてどっかに行ってたけど、何してたの?」
 ひとしきり会話が流れ、やがて思い出したように真輝がかおるに問いかけた。かおるはぱちくり? と目を見開いたが、やがて小首をかしげてあっけらかんとした声を上げた。
「なにそれ? かある、なんのことかわかんない」
「なに言ってんのよ? あたしが気づいてないとでも思ったわけ? あの時物陰にふたりして行ってたじゃない。二、三分で帰ってきたけど」
 詰問口調の真輝に対して、かあるはあくまでも脳天気な表情を見せている。これが演技ならまさにアカデミー主演子役賞ものである(そんな賞はないが)。
「!?」
 霧香が目を見開いた。『そのとき』のかおるの行動の真相に気づいたのだ。だがそんな彼女の表情をよそに、お子様どものやりとりは続く。
「ん〜〜っとお・・・」
「あんたねえ? いい加減に・・・」
「まあまあ・・・」
 険悪な方向に行きかけた空気を察してか、霧香が割って入った。
「結果論とは言え、とりあえずは無事だったんだ。無理に真相を突き止めても意味はないだろう。そうかおるを苛めてくれるな、真輝クン?」
「・・・それもそうか。でもあたし、かおるを苛めてたワケじゃないわよ。・・・苛められてるのは、あたしの方だし・・・」
 霧香ととりなしに、真輝はしぶしぶ矛を収めた。やや恨めしげな視線をかおるに送って見たが、それに気づいたかおるの反応は、以下のようなものであった。
「ありがとう♪ ムネのすっごくないおねーちゃん♪」
 
 鷹飼家の一室で局地的な台風が発生し、被害をおそれた都と霧香が部屋外に退出した。壁越しに聞こえる暴風雨を聞き流しながら、霧香はひとり考えていた。
(なるほど、黒崎の真の狙いは『P.F.ウィルス』そのものか。それにしても運の良いヤツだ。かおるが『噛んでも』良い人間であったとは・・・)
 そう、ときおりかおるが言う『いいひと』と言うのは、善人という意味ではなく、『噛んでも大丈夫な人間』(=ウィルスの適合者)であることを指す。噛んでも『いいひと』というわけだ。
 生粋の『P.F.キャリアー』であるかおるは、生まれ持った能力として、ウィルスの適合者をひと目で見分ける能力がある。それは『キャリアー』という生物としての本能かも知れない。
 もっとも適合者は10万人にひとりいればいい程の希少さだから、今回の騒動のように、優輝を含めてふたりもの『いいひと』が続けて現れたこと自体、奇跡に値する事件である。
 今回の事件が片づいてからは、そっとこの町を離れるつもりであった霧香だったが、ここにきてその予定は破棄することにした。事件(こと)の多い町。これこそ自分たち母娘にはふさわしい。たぐいまれな性質をそなえた鷹飼優輝の動向にも注目したいし、なにより娘のかおるが喜ぶだろう。
 ひさしぶりに母親らしい思考を繰り広げる霧香の耳には、壁の向こうから響く『娘』と小学生のシャレにならない大ゲンカの騒音など、いっさい聞こえていないのであった。
 
 
 
 〜一週間後〜
 
 鷹飼優輝の姿は、私立宮前高校の教室にあった。
 つやのある栗毛色の長い髪をポニーテールに結わえ、ブルーグレーのブレザーとプリーツスカートをすき無く着こなしている。今度はきちんと身体にあったランジェリー類を身につけているが、三日ほど前にそれを購入する際、ひとことでは言えない騒動が持ち上がったことは、学校にみんなには絶対言えない秘密である。
 ちょうど二日前に『病気で性転換した』という正直すぎる理由で、女生徒として登校してきた(転入にはならないだろう。なんせ本人なんだから)優輝だが、彼女自身のひそかな恐れをよそに、『女生徒・鷹飼優輝』は、いともあっさり受け入れられた。
「・・・なんでだろうなあ・・・?」
 間食用に持ち込んだポッキーをくわえながら、優輝が独りごちる。じっさい、こんなにも拒否反応がないとは思っていなかった。少なくとも女生徒からは、何人からかは『あんた男でしょ? 近寄らないでよ!』的な罵声を浴びせられる程度のことは覚悟していただけに、ある意味拍子抜けであった。
 むろん、そんなものは無いに超したことは無いわけだが・・・。
「なにぼーっとしてんのよ、ユーキ?」
「あ・・・ミーヤ」
 隣のクラスの加賀都が、知らぬ間にそばに来ていた。まったく気づかなかったとは、優輝も相当呆けていたらしい。そんな自分の『ふぬけ振り』に苦笑しながら、優輝は自分の疑問を都に話してみた。
「そんなの簡単じゃない」
 都は断言した。
「あんた可愛いのよ。変身する前も、した後はもっと」
「へ? 変身する・・・前も? ボク男だったんだよ?」
 気の抜けた返事をする優輝に、都はさらに言葉を続けた。
「だって、あんたってもともと男っぽくないもの。一人称は『ボク』だし、身体はち・・・おっと、大きくないし」
「いま一瞬、不愉快な単語が混じってたような気がするけど・・・」
「気のせいよ!」
 渋面の優輝のセリフをばっさりと切り捨てる。
「つまり女の立場から見ても、あんたは嫌悪する対象にはならないの。もともとあんたってマスコットみたいで、学校の女子には人気あったのよ? いまはもっと人気あるけど」
 それは、学校の誰より小さいからね、とは賢明にも口に出さない都である。
「・・・それって喜んで良いのかなあ? なんか違うような気が・・・?」
 腕を組んで首をかしげる優輝である。ちなみにその際、組んだ腕が優輝の豊かな肉の丘を変形させ、思わず鼻を押さえた男子生徒(一部女子)がいたが、幸いにも優輝本人に気づかれることはなかったのであった。
「あ〜〜〜、もうっ! ぐだぐだ悩まない! ほら、もうすぐ授業始まるよ。用意して!」
「へいへい・・・」
 なげやりに返事をしながら、授業の用意を始める優輝。予鈴が鳴り、やがて都も自分の教室に戻っていった。
 ♪き〜んこ〜んか〜んこ〜ん
 古色蒼然とした音色のチャイムが鳴り、ざわめいていた教室が静かになる。やがて担任の老教師が出席簿を手に教室に入ってきた。
 がたがたと机と椅子が鳴って挨拶(きり〜、れ〜、ちゃくせ〜き)が終わると、教師はある定番のセリフを口にした。
「今日から新しい生徒さんが仲間になります。黒川さん、入りなさい」
 はい、と涼やかな声が廊下から響き、ひとりの黒髪の女生徒が教室に入ってきた。
 身長は160センチそこそこ、スレンダーな身体つきだがバストとヒップはしっかりと自己主張しており、服の上からでも『ナイスバディ』であることがわかる。髪は背中まで伸びており、先端でくくった『エビテール』にしてある。
 そして顔はといえば、やや大人びた感じの美少女であり、童顔の優輝とはまた違った魅力を備えている。おお〜〜っと、男子生徒たちのどよめきが教室に響き、女生徒からは羨望と嫉妬の入り混じった視線が交錯した。
 黒板に名前を書いた転入生は、老教師に促されて桜色の唇を開く。
「今日からこの学校に転入することになりました、黒川ありすです。どうかよろしくお願いします」
 そういってぺこりと頭を下げる。とたんにわあ〜〜〜っと、教室中が沸騰した。
「よろしくお願いしますね、鷹飼優輝さん?」
「・・・・・・・・・よろしく」
 もはやお約束と言うべきか、転入生の黒川ありすは、なぜかたまたま空いていた優輝の右隣の席に座ることになった。にこやかな笑みを浮かべて挨拶するありすに、優輝は不思議な感覚を覚えながら、おざなりな答えを返した。
 これが後に「因縁の始まり」と呼ばれることになる、スーパーガールふたりの出会いであった。
 
 
「・・・・そうか、もう来たか。意外に早かったな」
 華澄霧香は保健室の机の前で、読んでいた新聞を無造作にたたみながら、肩にはさんだ電話に答える。その新聞には「元警察官僚、痴漢行為で逮捕のあげく、獄中で病死」などという記事が小さく載っている。霧香はそれに対しては「ふむ」と小さく呻ったのみで、何のコメントも口にしなかったが。
「とりあえずは、心配いらないだろう。彼――彼女だっていま騒動を起こす気はないだろうしな。妖怪ジジィに目をつけられるのも問題だし。そんなことはヤツだって承知してるさ。ま、何か起こりそうなら連絡をくれ。ではな」
 ぴ! と通話ボタンを切り、窓の向こうに目をむける。
「・・・神は天にいまし、世はすべて事件(こと)だらけ。どこかの小説にそんな言葉がでてたな。けだし名言というべきだろうな」
 苦笑しながらそう独りごちる。まったく世の中というものは事件と波乱に満ちている。停滞と退屈に比べれば、はるかにましと言うべきだろう。神というものが存在するなら、いっそこの状況を生み出してくれたことに、深く感謝したいものだ。
「・・・もっとも、無神論者のオレが言ったところで、説得力などなかろうがな」
 そういって失笑を漏らす霧香である。
 室内の安物のスピーカーから、古めかしいチャイムの音が聞こえてくる。
 霧香はまとめておいた書類の束を手にとり、明後日に予定されている健康診断の打ち合わせをするため職員室に向かう。
 「外出中」の札が下げられた。
 
終わり
 
【あとがき】
 ようやく完成です。P.F.キャリアー第一部。
 「あまり待たせない」なんて言っといてこのていたらく・・・。7ヶ月ぶりになっちゃった(汗)。なんと言って言い訳して良いやら・・・。
 ま、無事完成、と言うことで、勘弁して下さい。
 第二部の予定はありますが、現状ではいつかかれるかまったく予定が立っていません。そのかわり、前回でも予告したとおり、ギャグ短編に移行します。(第二部はシリアス)何とか役者もそろったし、性格的にもオモシロイやつらなので、笑いをとるのはそう難しくはないでしょう♪(ある意味なんでもありの連中だし♪)
 また、問題児の黒崎氏ですが、・・・・あんななっちゃいました♪
 ま、予定どおり、ってことで♪
 ではみなさん、短い話を長い間読んでくださり、ありがとうございました。
 また新作でお目にかかりましょう♪
 
HIKO

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