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P.F.キャリアー
第八話
 
 
「さて、ムネのないお嬢さん」
「誰がよ!? ケンカ売ってんの、オッサン!!」
「いや、これは失敬・・・」
 自分がヤクザの親分であることを承知の上で、あえて喧嘩腰に突っかかってくる小学生の少女に、黒崎は思わず苦笑を漏らす。好々爺然とした若竹は、相変わらずニコニコしているし、血の気の多い大本にしても、まさか小学生の女の子相手に凄むわけにも行かず、困惑気味であった。
「うぇいとれすのおねーちゃーん! かあるねえ、ちょこれーとのアイスクリームがいいなあ!」
 最年少の少女でありながら、今回の騒動の一番重要な鍵を握っているであろう、華澄かおるはと言えば、ただ一人我関せずと言わんばかりに、好き勝手にデザートを注文している。
 ここはファミリーレストラン「Pia パンプキン」。壊滅した華澄家の母屋である「サンライン・マンション」と、今もお祭りが展開されているであろう「ブラック商会」とのちょうど中間あたりにあるという、いささかご都合主義的な場所であった。ネーミングの由来にちなんだように、年若く美しい少女たちが多くウェイトレスとして採用され、曜日ごとに彼女たちのコスチュームも変更するという、ある意味念の入ったサービスで近隣の男たちはもちろん、遠く離れた場所からも多くの客を集めている。
 したがって少女ふたりと男三人のグループ客を、すんなりひとつのボックス席に座らせる事が出来たのは、いささか幸運の部類に属したかもしれない。
「とりあえず、食事にしませんか? ばたばたと忙しかったせいか、朝からろくに何も食べてないんですよ。君たちもそうでしょう? さっきからお腹のあたりが、ぐるぐるとうなっているようですし」
「うるさいわね! ほっといてよ!!」
 図星を指されて赤くなった真輝が、盛大に噛みつく。と、傍らで満足そうな表情でお子さまランチを頬張っているかおるに、派手な音をたててハリ扇を叩きつける。
「あんたもね、当たり前みたいな顔してゴハン食べてんじゃないわよ!!」
「むう〜、いたいよお、ムネの・・・・!」
 ぱんっ!!
「それ以上言ったら殴るわよ、このお子さまは!」
「もう殴ってるじゃない、ムネのない・・・」
 ぱぱんんっ!!!
「ゆーなっつったでしょーが!!!!」
 眼前でどつき漫才を展開しているお子さまコンビを前に、大人三人組は思わず顔を見合わせた。
「・・・話ができるまで、もう少しかかりそうですな、ボン」
「・・・そうですね。大本くん、強引に聞かせてみますか? いつもみたいに」
「冗談はよしてください。オレはガキをいじめる趣味はありませんぜ」
「結構。ではもう少し待ちましょうか」
 数分後、あまりの騒がしさに店の責任者が彼らのテーブルに近寄り事態が沈静化するまで、お子さま達のどつき漫才は続いたのであった。
 
 
 幼児(チビ)の頃から短身(チビ)だった・・・。
 奇妙な表現になるが、それが鷹飼優輝(たかがい・ゆうき)のもつ最大級のコンプレックスだった。だった、というものの、そのコンプレックス自体は高校生になった今でも解消されてはいない。
 産まれたときは2,000gにも満たない未熟児なみの体重だったらしい。――実際には小さな身体で誰よりも大声で泣き叫んでいたそうで、保育ケースには入れられていないが・・・。
 幼稚園の頃から小柄で――と言うよりチビで――、しかも傍らには人並みはずれて大柄な幼馴染みの少女がいたから、なおさら優輝のチビさ加減が目立っていたものだ。
 中学生になっても高校生になっても、彼らの身長差が逆転することはなかった。都(みやこ)の方は優輝とは逆の意味でのコンプレックスがあったので、お互いが気を遣って決定的な破局を迎えることもなく親友づきあいを続けてこれたとも言える。万事マイペースで通す加賀都が、初めて気遣いを見せたのが優輝との関係だったのだ。
 もともと優輝という人物には社交性に富んだところがあって、あからさまな悪意をぶつけてくる相手に対しても、やんわりと対応できる懐の深さがある。
 ――もっともその後の相手の態度によっては、苛烈きわまる返答で返すことも忘れないのだが・・・。
 したがって、正面から「チビ」などと「禁句」をぶつけてくる相手に対しても、ぐっと堪えて簡単にキレたりはしない。「そうなんだよね。親を恨みたい気分だ」などと頭をかいて見せたりする。
 だがそれは、自らの身体的コンプレックスに対して寛容を示した訳では決してない。ただ我慢したに過ぎない。そして、我慢して貯め込んだエネルギーは、爆発のためのパワーに変換され、優輝の身体の中で解放される時を待ち続けることになるのだ。
 
 
 ドウンンンンンンッ!!!!
 
 事務所内を、再び砲声が轟いた。
 血の惨劇を予想して思わず目を背けた都だったが、幸いにして彼女の懸念が的中することはなかった。
 現実に起こったのは、ある意味もっと目を剥くような光景だったが。
「ば、馬鹿な・・・!?」
 思わず声を漏らしたのはショットガンの引き金(トリガー)をひいた風間自身だった。 
 銃口は天井を向いていた。スラッグ弾と呼ばれる砲弾のようなタマが、天井を屋根ごとぶち破り大穴を開けている。そしてそのタマを発射したショットガンの銃身に、中学生のような華奢な腕が伸びていた。しっかりと銃身を握りしめて。さらには――
 堅牢きわまる特殊合金製の銃身が、の字に曲がっている。弾丸が発射される寸前、とっさに動いた優輝は、目にも止まらぬ動きで銃身をひっ掴み、瞬時にひん曲げて難を逃れたのだ。
「くうううううううっっつ!!」
 優輝はなおも力をこめ続けた。の字だった銃身がになり、さらにはを描き出す。銃口が自らの正面を見据えた瞬間、呆然としていた風間は悲鳴を上げてショットガンのなれの果てを投げ捨てた。
「こっ、このバケモノの小娘が!!!」
 逆上した風間は、返す刀で優輝に裏手打ちを放つ。渾身の力をふるったばかりで脱力していた優輝は、抵抗する間もなく弾きとばされた。体重の軽い彼女の身体は、ごく短時間の飛行の後、再び壁に打ちつけられてしまった。
「がっ! ・・・く・・うう・・・」
 壁に跳ね返されて、そのまま伏せるように倒れ込む優輝。その彼女の姿を、荒い息をつきながら睨みつけた風間は、そばにいるひとりの巨漢に声を荒らげて命じた。
「・・・・チェーンを持ってこい! 一番太い奴をな!」
「チェーン・・・ですかい?」
 常識はずれの光景をみたせいか、巨漢の反応は鈍いものだったが、そんなことには頓着せず、さらに声を上げる。
「ふん縛れ! このチビスケが目を覚ます前に!!」
 ――ぴくっ!
 優輝の身体が一瞬ふるえた。が、ごく一瞬の事で、再び動かなくなる。
「へ・・・へいっ!!」
 どこぞの八兵衛のような返事を残して、わたわたと身を返す巨漢。
 そんな危機的状況のなかで、都もまた同じような危機に瀕していた。優輝の状況に気をとられる隙に、首筋に抜き身の短刀(ドス)をつきつけられてしまったのだ。
「く・・・!」
「動くなよ、おっきい姉ちゃん。動けばどうなるか・・・・判るな?」
 聞かれるまでもなく、判りきっている事である。いかな都といえど、触れるか触れないかにまで近づけられた白刃を前にしては、おとなしくしているより方法はない。そろそろと背後をうかがうと、霧香もまた同じ状況に陥っているのが見えた。
「・・・・・・・」
 霧香は顔から表情を消していた。焦りはあるものの、今は動くべきではない事を理解している。突きつけられた短刀が首筋に触れて血の化粧をほどこしたが、些細なことだ。
 焦るな、焦るな。必ず転機は来る――。
 暗示をかけるように内心でつぶやく霧香の双眸に、クレーン作業に使用するようなゴツいチェーンを抱えて戻ってくる巨漢の姿が映った。 
 ――じゃらん!
 重々しい金属音が一同の耳朶を打った。
 
 
「――もともと彼女たちのことはよく知っていたんですよ。正確にはこのじいがね」
 大騒ぎのうちに食事も終わり、あらためて会議モードに突入するなり、黒崎はかたわらの老人を紹介しながらそう言った。ニコ眼の老人がうやうやしく頭を下げる。
「若竹と申します。以後お見知り置きを」
「えっと・・・どうも」
「よろしく! おじーちゃん!!」
 困惑気味の真輝にいつも通りのかおる。いっそ天晴(あっぱ)れなほどに天真爛漫なかおるである。
「で、おじーちゃんはかあるになにかしてほしいの?」
「はい、さようで――」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
 真輝があわてて口をはさむ。
「説明が先でしょ? 知ってたってのはどーゆー意味よ。霧香センセイや優輝兄(に)ィたちを襲ったのも冗談でした、で済ますつもり!?」
 反駁を許さぬ口調で、そうまくしたてる真輝である。それも当然だろう。ひとつ間違えれば――と言うより、相手が優輝たちでなければ即死必至の襲撃だったのだから。
「まあまあ。そういきり立つもんじゃありませんよ。かわいいお顔が台無しですよ」
「よけいなお世話よ!!」
 まるで他人事のような台詞を吐く黒崎を、くわっ! と怒鳴りつける真輝である。
 真輝の言い分ももっともではあるが、黒崎にも言い分はある。
 まず最初に接触を取ろうとした時、対応をまずって霧香に敵として認識されてしまい、後はなし崩し的にドンパチに雪崩れ込んでしまったこと。次に自らの組の上位組織から、くされデブを通じて回ってきた仕事(事実上断れない)が霧香たちの誘拐であったため、穏便な接触になるわけもなく、前述のような事態になったこと。
 自他共に認めるインテリヤクザである黒崎だったが、いくらでも計算違いの事態というものは発生するものだ。半分以上は自分の失態であることは明らかだが、心の棚というものはこんな時に活用するものだ。
「ま、世の中思惑通りには、なかなか展開しないものでしてね」
「なに遠い目をして述懐してんのよ。説明は!?」
「お嬢さん、きみは『P.F.ウィルス』に関してどれくらいご存じですか?」
「え・・・?」
 いきなりぶつけられた質問に、真輝はとまどった。都や霧香たちが交わしていた会話を思い出しながら答える。
「確か・・・無敵の人間を作る。その副作用で男を女にしちゃう・・・だったかな?」
「そう、ほぼ正解。ではそのウィルスの媒介方法――どうやったら感染するか――は?」
「・・・あ」
 そういえば、優輝はいったい何時感染したのだろう? 思案顔の真輝に、黒崎は言葉を続けた。
「P.F.ウィルスというのは、非常にデリケートな代物でしてね。外気や水中ではもちろん、生物の体内でもたちどころに死滅してしまうという、本来とてもウィルスとは呼べないものなんですよ」
「体内で死滅って・・・それじゃあ役に立たないじゃない」
「さよう、失敗作というわけですな」
 若竹が答えた。
「ただ身体の中に特殊な抗体をもった者に対してのみ、効力を発揮することは判っていたのでね、我々としては何とかウィルスの保存方法を模索しなければならなかったのですよ」
われわれ・・・?」
 若竹の言葉を真輝は聞きとがめた。
「そう、われわれです。件(くだん)のウィルスは、霞浩二郎(かすみ・こうじろう)博士――現在の華澄霧香嬢ですな――を中心とした、我々プロジェクトチームによって完成させたものなのです」
 若竹の言葉に目を見開く真輝。無言のまま話をうながす。
「細菌兵器というのはもともと敵を発病させるのが目的で使用する物ですが、これの場合は味方を細菌によって兵器化させるのが眼目です。その点では感染力をほとんど持たないことは、プラス要因ではあるのですが、デリケートすぎるという弱点をもかかえこんでしまった」
「結局プロジェクトチームは研究時のレポートのみを残しただけで、サンプルさえ残せないまま解散、消滅してしまったわけです」
「・・・それで、現在のこの状況とどう繋がるの?」
 とても小学生とは思えない理路整然としたやりとりをかわす真輝である。隣ではかおるが退屈そうな表情で、コップに突っこんだストローでぶくぶくと泡を立てていた。
「立ち消えになったプロジェクトの再利用を考えついた人間がいたのですよ。と言っても画期的な発案をした訳じゃない。無くなってしまったはずのP.F.ウィルスの保存方法があって、サンプルも残ってる事が判れば、ふつうの者なら売り飛ばして金銭(かね)にすることを考えるもんです」
「――そうか。考えてみれば霧香センセイはウィルスに感染してるんだもんね。体内にはウィルスがまだ生きて残ってるはずだわね」
 はっと思いついたように声を上げる真輝だが、若竹は首を振った。
「いいえ。彼女の体内には1ナノグラムのウィルスも残ってはいないはずです」
 真輝は、え? と老人をふりかえった。
「P.F.ウィルスは活動を終えた時点で生命力を失い、すべて死滅してしまうのですよ。言ったでしょう、きわめてデリケートな代物だと?」
「それじゃあ、どうやって保存を?」
 若竹はちょっと思案顔になってから、ややあって口を開いた。
「すべて死滅、と言うのは間違いでしょうね。正確には活動を停止して眠っていただけなのかも知れません」
「そうでしょうね。でなければ彼女のような人間が誕生するはずがありません」
 黒崎が真輝のとなりあたりを見つめながらつぶやく。真輝が視線の先を追ってみると、そこには泡を吹きすぎてテーブルを水浸しにしている華澄かおるの姿があった。
「ん? なーに? お話おわったの?」
「このコがどうかしたの?」
 かおるの言葉を無視して真輝が黒崎たちに話をうながす。かおるの姿に苦笑して、手近のウェイトレスに後始末と追加注文のパフェを人数分注文してから、若竹に先をうながす。
「デリケートきわまるP.F.ウィルスですが、たったひとつだけほぼ恒久的に保存する方法があるのですよ。
 ウィルスによって変身した人間が、子をもうけることです。これによりP.F.ウィルスは、その子供の体内に、その能力を活性化したまま生存し続けることが可能になります」
「・・・つまり、かおるのような?」
「そうです。体内にウィルスを抱えながら発症することのない保菌者(キャリアー)。彼女のような『P.F.キャリアー』を誘拐せよ、と言うのが、上部組織(うえ)から受けた命令だったのですよ」
「パフェお待たせいたしましたァ♪」
 場違いなほどに明るいウェイトレスの声が、緊張の空気を吹き飛ばした。
「・・・・とりあえず、頂きましょうか?」
 一同は無言でスプーンに手を伸ばした。
 がちゃり!
 特大の南京錠が金属音を鳴らした。薄汚れた真鍮製の鍵のリング部分には、直径3センチはあろうかという鎖が通され、巨大な鉄筋コンクリートの角柱にがんじがらめに縛り付けられている。
 鷹飼優輝の姿は無惨なものだった。一見すると怪我らしい怪我こそ負ってないものの、両肩の関節をはずされて、両手を後ろに回されている。両手両足には手錠をはめられ、さらには全身に絡みつくぶっといチェーン。中学生のような小柄の少女ひとりにここまでやるか、と言いたくなるような警戒ぶりであるが、この場で彼女の奮戦ぶりを見知ってる者たちは、誰も大げさとは思わないのであった。
「さて、バケモノはこうして封印したし、残るはお前たちだけだな」
 風間が邪悪な笑みを浮かべながら都たちに告げる。実際姿の見えない霞善治郎(かすみ・ぜんじろう)以外のふたりは、首筋にドスを当てられて動きを遮られている。さらには一〇人以上の組員が、あちこちから拳銃でふたりを狙っているので、うかつには動けない。
 だが、それに応えた霧香の台詞は恐怖の色など微塵も感じられない、不敵なものだった、これまでと同様に。
「さて、どうかな? 彼――彼女がこのままおとなしいままだなんて、安心しない方がいいんじゃないのか? 確かに身体は小さいがね」
 ――!
 どこかで何かの音がしたが、それに気づく者はほとんどいなかった。
 都は気づいた者のひとりだった。訝しげな表情になってゆっくりとあたりを伺う。ふとある一点に視線を止めると、瞬時に霧香の思惑に気づいた。
 ――そうか! でもユーキがあの状態で、なんとかなるの?
 疑問が頭をかすめたが、今となってはこれに賭けるしかない。都は意を決して、男たちを揶揄するような口調をつくった。 
「そーね、ユーキって、昔から怒るととんでもなく暴れん坊になったもんね。チェーンぐらいじゃいましめにゃならないわよ、この万年未熟児は」
 ――ッ!
 またしても何かの音。気づかない者大多数。都と霧香はなおも応酬を続ける。
「ほう、そんなに小さかったのか、昔から?」
「ええ、そりゃあもう。彼――彼女くらいじゃないかしら。小学校の机に子供椅子をつけてたのって」
 ――ッ!!
 ――クッ!!
 ここにきて金属がきしむような異音に気づいた者もちらほらと出始めたが、それが何を意味するのかまでは理解できなかったであろう。
「なに、小さいからって卑下する必要はどこにもないさ。ほれ、そこにいるデブに比べりゃ、一〇〇万倍もマシってもんさ。そうは思わないか、都クン?」
「同感ね。こうしてみるとユーキに長身は似合わないわね。そこの醜い白ブタよりもはるかに芸術的価値があるわね」
 いつの間にか揶揄の対象が優輝から風間に移っている。
「都クン、その発言はブタという種族に対する重大な侮辱だぞ。彼らはきれい好きだし、第一とても旨いんだからな」
「・・・そうね、それは真理だわ。ブタさん、ごめんなさい。こんな腐った脂肪のカタマリなんかと同列に扱って」
 毒舌満載のトークショーに、まわりから失笑のうめきが漏れる。おちょくられている事に気づいて、風間が怒りの咆哮を上げる。
「貴様ら、いいかげんにしろっ!! わたしがこのチビよりも劣るとでも言いたいのか!?」
 再び聞こえる異音に注意しながら、霧香が無表情のまま内心でほくそ笑む。
 ――阿呆が。墓穴を掘りやがった。じゃ、もう一押し・・・。
「よく判ってるじゃないか。警察の官僚でありながら、暴力団を乗っ取るような輩(やから)が、人間として優れてるとでも思ってるのか、このデブは?」
「!? な、なぜそれを?」
 階級章がついた制服を着たまま、風間がたじろぐ。霧香としては、アホらしくて指摘してやる気にもならない。
「デブってのは贅沢できる人間、つまり裕福の証明だ、なんて世迷い言をいうヤツがいるらしいけど、あんたもその手合いかい?」
 馬鹿にしきった口調で霧香が言うと、尻馬に乗るように都が口をはさむ。
「ばっかみたい。ホントに人間的に優れた人なら、太らないように体調をコントロールすることもできるはずじゃない。あんたは意志薄弱なただの肥満体! ハイ、決まり!!」
 
「だっ、だまれえええええええーーーーっっ!!!!!」
 
 風間が絶叫した。
「貴様らごとき小娘どもになにがわかる! わたしがどれだけ苦労して現在の地位にまで登り詰めたか! 学生時代遊びたいのも我慢して勉強したのに、三浪してようやく念願の国家公務員第一種試験に合格したのに、誰もわたしを尊敬しなかった! 何故だ!?」
 逆上してまくし立てる風間に、霧香と都は顔を見合わせた。
「――キャリアって言ったら普通は現役合格でしょ? 尊敬できるわけないじゃん?」
「――ってゆーか、よくなれたもんだよ。その点は尊敬してもいいかも知れんな?」
 小声で話し合う都と霧香を無視して、テンションの上がりきった風間の演説は新たな章に突入していく。
「そうだ! わたしのような努力をした人間は、尊敬されるのが当然なのだ! したがって得た権力を使って私腹を肥やして何が悪い! 悪いのは権力をつかむ努力をしなかったくせに、他人の当然の権利を非難する日和見主義の連中だ! 連中こそ悪だ! わたしは正義だ!」
 もはやまわりが見えていないらしい。口からツバを飛ばしながら熱演する風間に、事務所中の人間が唖然とした視線を送る。
 そんな中で、霧香と都はそろそろと自分の状況を確認する。毒気を抜かれて、ふたりを抑えているそれぞれの組員も御しやすくなっていた。
 脱出しようと霧香と都が行動を決意したその時、風間が状況を変化させる決定的な台詞を放った。
「そんなわたしがこんなチビの小娘に劣る、などと言うことがあってはならないのだ! 笑ってしまうじゃないか! こんなドチビの小娘がわたしより優れているなど!!」
 
 ――ぴしっっっ!!!! 
 
 破滅の音だった。音としては決して大きくはないが、奇妙に組員たちの鼓膜に響いた。
「なんだ、今の音は?」
「あのチビの方から聞こえたが・・・」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねえ。いかにあのバケモンでも、あれで動けるワケねえだろ?」
 何人がが音の発信源を聞きつけて、そろそろとチェーンでいびつなシルエットを描いている柱の方へと近寄っていく。
 
 ――ぱきいんん!! 
 
 乾いた音がして、鎖のひとつがはじけ飛んだ。支えを失ったチェーンが、がちゃがちゃと派手な金属音とともに優輝の足下に崩れ落ちる。
「・・・・笑うだと・・・?」
 底冷えのするような声が、たたずんでいる少女の口から発せられた。どんっ! と、いきなり発生した目に見えない巨大な圧力が周囲を圧倒し、とっさに逃げようとした組員たちの身体を縛る。
「・・・そんなに可笑しいか? ボクがチビだとそんなに笑えるのか・・・?」
 
 どがばきぐしゃごすっ!!
 
 使える限りの手技足技を駆使して、都と霧香がいましめから脱出した。皆硬直しているので難しいことではなかった。決して格好良い逃げ方ではなかったが、そんなことにはかまってはいられない。早く逃げないと巻き添えを喰う。
「チビがそんなに・・・」
 ピーン、と意外と軽い音をたてて、両手両足の手錠がちぎれ飛ぶ。両肩がはずれた不自然な姿勢のまま、 ゆっくりとした足取りで歩み寄ってくる。表情のうかがえないやや下向きの顔で、ぼそぼそとつぶやいていた優輝が、ためを作るように沈黙した後、決然と顔を上げた。憤怒の表情で一喝する。
 
「おかしいか!!!!!」
 
 殺気が爆発し、空気が沸騰した。助走なしでジャンプした優輝の身体が旋風と化し、手近にいた三人の男たちの両膝を一撃でけり砕く。
 半瞬遅れてわき起こった男たちの絶叫が、この日最大のケンカ・カーニバルの幕開けであった。
 
 
続く
 
 お待たせしましたあっ・・・・・って、前回も同じ台詞で始まったような・・・。我ながら芸のない・・・。
 そんなわけで、ほぼ一年ぶりのキャリアー新作をお届けします。
 ・・・・終わんなかった。一気にラストまでとは思ったんですが、ただでさえいつもより多いのに、この上増やすと量的なバランスに問題があると思って切ることにしました。
 ごめんなさい、キャリアーもう一回だけ続きます。とは言え、ほとんどのネタは晒してしまったので、後の話はケンカの成り行きとエピローグですね。それですべての役者と舞台が整うことになります。
 そうです。次回で終わり、次にギャグ短編シリーズに移行していく予定です。そのためのキャラと舞台設定を整えるのが次回の最終話の眼目でもあります。
 もっとも現在抱えている作品が結構あるので、いつ始められるかは未定ですが、なるべく早くお届けできるといいな、と思ってます。
 次回、最終話はそんなにお待たせしません(と、断言しておこう)。しばしお待ちください。
 
HIKO

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