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P.F.キャリアー
第五話
 
 
 「不老不死の薬? 冗談も休み休み言いなさい」
 「じょ、冗談ではない。・・・・少なくとも私はそう聞いた」
 「では貴方はそんな与太話を真実だと思った訳ですか? 高学歴とやらもあてにはなりませんねえ」
 思いっきり小馬鹿にした表情と口調で、黒崎は椅子に縛り付けられている肥満体――風間を睥睨する。風間は何度も殴られたらしい青あざを顔に貼りつけ、上等そうなスーツもあちこち埃としわにまみれている。背もたれの後ろに両腕を縛り付けられている風間の姿には、先刻までの傲慢さも調子に乗って黒崎をなじっていた鼻持ちならない口調も、跡形もなく消滅していた。ただ暴力と権力を失う恐怖に怯えている、一匹の権力亡者がいるのみであった。
 殺人教唆の言質を取り、風間に対して絶対的な弱みをつかんだ黒崎はただちに反撃に移った。いい気分で酔っていた風間をたちまち縛り上げ、小部屋に連れ込んで「教育的指導」を加える。たるんだ皮膚と厚い皮下脂肪のため、加えた打撃の割にはダメージは小さかったようだが、風間の神経と根性はそれ以上に小さかったと見え、泣いて許しを請うた。
 ――五〇近いデブ男の泣く光景は、この上なく不気味なモノであったそうな・・・・。
 「・・・・私も詳しいことを知っているわけではないし、全面的に信じているわけでもないが、私にそれを指示した方は、何らかの成果が出ていると確信しているようなのだ」
 黒崎に締め上げられて風間が「今回の仕事」の裏事情をとつとつと喋り出す。いわく、華澄霧香、かおるの親娘が、極秘プロジェクトによって作り出されたとある細菌兵器の成果を持ち出したまま逃走している、その成果たるや、恐るべきモノで、なんとしても奪回しなければならない、その成果とは――人間の強化、不老不死化。
 「不老不死、ねえ・・・・。秦の始皇帝の愚行を繰り返そうと言うわけですか。案外、何処かで焚書や坑儒が行われているかも知れませんねえ」
 くわばらくわばら、と冗談めかした台詞を吐く黒崎。
 紀元前221年に中国各地の列国を滅ぼして天下を統一した秦王・政――後の秦の始皇帝は、「同文同軌」を行ってバラバラだった各地の言語や道幅などを統一し、中国全土をひとつの一大国家とするための礎を築いた、まぎれもない偉人である。反面、中央集権制度を強めるあまり、言論統制や思想弾圧を繰り返し、さらには歴史的に名高い阿房宮や万里の長城などの建築に民衆を徴用するなど、ワンマン過ぎる一面があり、この時代の民衆からはかなり恨みを買っていたようだ。なかでも始皇帝の悪評を高めたのは、紀元前213年に行われた焚書と、翌年にあった坑儒である。(たいていは「焚書坑儒」とひとくくりで呼ばれる)
 民衆が知恵をつけ、政治に口出しするのを嫌った始皇帝が、農学、医学、卜学(ぼくがく(占い))以外の学術書を民衆から取り上げ、一斉に燃やしてしまったのだ。これが焚書で、諸子百家以来の学問、思想の進歩を中絶させたばかりか、貴重な古書や歴史的にも重要な記録を永遠に失うと言う悲惨な結果を招いた。さらに翌年行われた坑儒とは、約460人の儒者(孔子の説いた儒教を修める学者たち)を地面に掘られた巨大な穴に生きたまま叩き込み、そのまま生き埋めにして殺してしまった大量処刑を指す。当時はブルドーザーもショベルカーも存在しないから、穴掘りにせよ埋め戻しにせよ、すべてが人力である。460人もの人間の断末魔の悲鳴を聞きながら土を穴に放り込んでいた「死刑執行人」たちの心境はいかばかりであったろうか?
 さてこの坑儒、表向きには秦の国家的な思想に批判する儒者たちを弾圧するという理由になっていたようだが、実際にはいささか情けない事情があったようである。そのキーワードは――不老不死の妙薬。
 始皇帝が年々衰える体力と、やがて訪れるであろう死に恐怖を覚え、不老不死の秘術を求めていたのは有名な事実である。古代道教の方士であった徐福に命じて東海の彼方(一説では日本にある和歌山県の新宮あたり)に不老不死の妙薬を探しに行かせた、など、逸話には事欠かない。
 こういった怪しげなモノに傾倒していれば、当然それにかこつけて出没するのが詐欺師と呼ばれる連中である。不老不死の妙薬、と言って献上された怪しげな代物。もともと存在しない代物だけに、真贋を鑑定する手段はない。なんだかんだと理屈をこねて時間を稼がれたあげく、ようやく真っ赤な偽物だと判明した頃には、詐欺師本人は貰った「報酬」と共に闇の彼方である。
 思うにこれは騙された方が悪い。とはいえ、騙された本人にしてみれば金を騙し取られた事実に代わりはなく、「おのれ、許せん!!」となるのは無理からぬ事である。まして、今回の被害者は、「神をも上回る支配者」(自称)、秦の始皇帝である。当然憤慨した。
 ところが、ここから話が少々おかしくなる。詐欺師本人はいないから、それならアイツを朕に引き合わせたのは、卿の責任だな、と始皇帝が側近の儒者を責めると、当然、いや、私の責任ではありません、そこそこにいる彼の責任です、そうに違いありません、となすり合いを始める。この時代、腐れ儒者と呼ばれる連中も多くいたようで、何処かの国の官僚連中のように誰ひとり責任をとろうとしない。ついにキレた始皇帝、
 「儒者とはこのような者たちか。目障りじゃ。即刻朕の前から消え失せよ!」
 と、叫んだかどうかはさだかではないが、結果として約460人もの儒者たちが虐殺されてしまった。始皇帝が不老不死などに拘らなければ死なずに済んだ人々かも知れない。
 不老不死。そんなに良いものでしょうかねえ? 黒崎はそう思う。別に死にたいと思っている訳ではないが、逆に「死ねない」と言うのも立派な地獄ではないだろうか。人生の裏街道を生きているだけに、この世と言うものが天国などではないことを、黒崎は骨身にしみて知っている。
 「――で、誰なんです? 貴方にそれを命じた方というのは」
 気を取り直して風間に尋ねる黒崎だったが、問われた風間の方は、目に見えて狼狽した。
 「か、勘弁してくれたまえ・・・・。あの方の名前を出したと判ったら・・・・わ、私は身の破滅だ・・・・」
 「ご心配には及びません。情報源が貴方だとバラすつもりはありません。そんなことをしても、我々には何の得にもなりませんしね」
 にこにことした営業スマイルで風間に語りかける黒崎。べつに嘘をついているわけではない。バラすのは「殺人教唆」の方である。この腐れデブから絞れるだけ絞ってから、警視庁の上層部に例のMD(コピー)を送りつければ、労さずに警察の弱みをつかむ事ができる。マスコミを利用する手段もあるし、当分収入源には困るまい。当然、風間は失脚する事になるだろうが、そんなことは黒崎の知ったことではない。
 黒崎の笑顔と言葉を全面的に信じたわけではないにせよ、結局風間は口を割った。黒崎としては、べつに不老不死などに興味はないが、別方面での脅迫ネタを模索するつもりでの情報収集である。
 ところが風間の言葉を聞いていた黒崎の瞳に好奇心と穏やかな興奮の光が灯り始める。聞くだけ聞いてしまうと、黒崎は風間を置物のように無視してひとりごちた。
 「――なかなか面白くなってきましたねえ・・・・」
 「あ、あの、黒崎くん・・・・。くれぐれも私のことは内密に・・・・」
 そのまま部屋を出ていく黒崎の背中に、風間がおずおずと声をかけるが、黒崎は当然のように無視した。大きな声で部下を呼ぶ黒崎の声をバックに、風間のいる部屋の扉は大きな音を立てて閉ざされた。
 ――彼のこれからの人生を象徴するように・・・・。
 
 
 「霞(かすみ)善次郎に華澄(かすみ)霧香か・・・。親子だと気づかなかったのは不覚だけど、まさか息子とはねえ・・・・」
 「娘だ、娘。今のオレはまぎれもなく女なんだからな。それも一児の母だし」
 「それならも少し女らしくしなさいよ。何よ、そのオヤジ丸出しの言動は?」
 「大きなお世話だ。今更男なんかに媚びを売るつもりはない」
 「・・・・そんなのでよく結婚できたもんね。旦那さんに同情するわ」
 しみじみと呟いた都の台詞に、霧香は表情を固まらせる。大きく眼を見開いて、見る見る顔を紅潮させる。
 娘たるかおるの弁によると、霧香には熱烈なプロポーズによって結ばれた最愛の夫がいると言う。夫婦別姓なので華澄姓ではないが、そのアツアツぶりは彼らを知る人々の語り種であるらしい。
 「う、うるさいな。これがオレなんだから良いんだよ。アイツもそれで良いって言ってるし・・・・」
 顔を真っ赤にして主張する霧香に、都も真輝も、一種の感動を覚えた。もともと霧香の外見は二十歳そこそこのすらりとした美女である。オヤジ臭い言動のため、いつもならかなりマイナスポイントを稼いでいるのだが、今の霧香には愛されている喜びと相手に対する信頼に満ちており、そこにコケティッシュな要素が加わって、何とも魅力あふれる表情を作っている。かおるが嬉しそうな声で口をはさむ。
 「きーかとしんごねえ、とっても仲が良いんだよお♪」
 「か、かおる!」
 「ん、なーに?」
 慌てる霧香だが、かおるの表情はあくまでも屈託がない。思わず絶句した霧香を眺めながら、優輝と手合わせをしていた霞善次郎が助け船を出す。
 「もうその辺で良いじゃろう。息子をからかうのは後回しにしておけ、都よ」
 「だから、息子はやめろっての、親父!」
 「えーっ? これからが面白そうなのにい」
 格好のからかいネタが見つかったのにィ、などと言わんばかりのふたりに、霞がいつにない真剣な表情で首を振る。滅多に見せない父親の真顔(サングラス越しだが)に、百面相を演じていた霧香は、はっと表情をあらためた。
 「親父? 何があった・・・・はっ!」
 「お、お兄!?」
 「ユーキ!?」
 驚愕の表情を向けた三人の視線の先には、呆然とした表情のまま倒れ伏している優輝の姿があった。そう言えば先刻、何かがぶつかるような大きな音がしたが、まさか優輝があっさり倒されるとは思ってもいなかったため、特に気にはしなかったのだ。
 ――逆を言えば、倒されたのが霞であったのなら、別にどうでも良かった事になる。薄情な連中である。
 「お兄、大丈夫? どうしちゃったのよ一体?」
 「ホントよ。そんな老いぼれにあっさりやられるあんたじゃないハズでしょう?」
 「ひょっとして、ここへ来るまでにこのジジィに犯られちゃったんじゃ・・・?」
 「あ、それはあるかも。寝てるときに襲われたら、いくらあたしでも勝てないもの、このジジィ相手じゃ」
 「それじゃ、お兄――じゃない、お姉はその時のトラウマで、身体が竦んでしまって?」
 「あっさりやられちゃった訳ね。ああ、可哀想なユーキ!」
 真剣なのかふざけているのかよく判らない連中である。もちろん彼女たち的にはふざけている訳だが、あきれ返って見ている当のジジィとはうらはらに、もうひとりの人物の方には笑って許せる台詞ではなかった。
 「――お前らなあ・・・・(怒)」
 ゆらり、とした動きで優輝が立ち上がった。ややつり目気味の瞳には雷光のような光が閃き、白磁のような顔は怒りで紅潮している。
 「言って良いことと悪いことがあるぞ。なんでよりによってボクがこんなジジィに」
 「・・・・おい、優輝よ」
 さっきから言いたい放題言われている霞が、げんなりした声を発したが、優輝には聞こえていない。やばい、と都と真輝は後悔した。現在の優輝の姿は以前より一回り小さくなり、より可愛らしさもアップしているが、その瞳にこめられた怒りのボルテージは、都たちの知る限り3番目くらいに剣呑なものであった。
 ――ちなみに一番危険な状態になるための台詞も知っているが、危なすぎるため、ふたりは最大の禁句として封印している。
 「ゆ、ユーキ・・・・。お、落ち着いて・・・・ね?」
 「そ、そーだよ、お兄。ホンの軽い冗談・・・・」
 「やかましいいいいいっっっっっ!!」
 咆吼とともに、強烈な踏み込みの音が響いた。観念して身をすくめたふたりだったが、次の瞬間再び背後から、何かが壁にぶつかるような音が響き、訝しげな表情でゆっくりと背後をふりかえる。
 「・・・・え?」
 「お、お兄?」
 そこには、勢い余って壁に頭から突っ込み、完全に目を回している優輝の姿があった。よくよく見ると、防音処理の施された分厚い壁が完全に陥没し、壁材もぼろぼろと崩れ落ちていた。安普請の壁だったら完全にぶち破っていたことだろう。
 「――なるほど、そう言うことか。いまの優輝クンは・・・・」
 「そう言う事じゃ。じゃれている場合ではないぞ」
 得心がいったように呟く霧香に、苦い顔で頷く霞。ふたりの視線の先にはひときわ大きな女性がひときわ小さな女性を、ガックンがックン揺すっている、やや滑稽な――しかし当人たちにとっては至極真剣な――光景が展開されている。脳震盪を起こしているであろう小柄な優輝の肩を、大柄な都の掌がしっかりと掴んで「ユーキ!」を連呼しながら、容赦なく振りたくっているので、優輝はよけいに目を回しそうである。同じように駆け寄っている真輝は、都の迫力におもわず引いてしまっている。
 「――じゃれている場合ではないと言うに・・・・」
 げんなりした声で呟きながら、霞は
 (ワシって、そんなに変態に見えるのかのう?)
 などと場違いなことを考えていた。
 
 「完熟訓練?」
 「そうだ。慣らし運転とも言うな」
 急遽用意した寝床に優輝を寝かせ、疑問顔の都と真輝を相手に、霧香が解説を始める。優輝の枕元にはかおるがいて、手にした氷嚢を彼女の額に掲げている。
 「さっきも言ったが、優輝クンの身体はウィルスの作用で極端なまでに変貌している」
 「そんなの見りゃ判るわよ」
 「ホント。なんで男だったハズのお兄が、あーんなにないすばでぃになっちゃうわけぇ!?」
 羨ましさと妬ましさがない交ぜとなった口調で、真輝がぐっと拳を握る。まったくだ、と言わんばかりの表情で頷く都。なにやらまたしても逸れていきそうな話の流れに辟易して、霧香が大げさに両手を振った。
 「そうじゃない。さっきも言っただろう? 『細菌兵器』の一種だって」
 言いながら、霧香の脳裏に「細菌兵器」って言い方が拙かったのかな、と言う思いが浮かぶ。普通「細菌兵器」と言えば、敵地の蔓延させて敵兵たちを殲滅させるタイプの人造ウィルス――別名B(バイオロジカル)兵器のことではないか? このテの兵器は敵味方の区別なく感染するため、扱いがきわめて面倒だという致命的な欠陥がある。――もっともこれはサリンのような化学(C)兵器も同様であるが。これを避けるため、敵に使用するのではなく味方に対して使用し、その効果によって無敵の兵士を作り出そうとしたのが、優輝や霧香に効いている「P.F.ウィルス」の開発コンセプトなのだ。
 つまり優輝や霧香がいかに美女へと性転換しようと、それは「P.F.ウィルス」にとっては、単なる余技にすぎない(と言うより、こう言った「予定外」の効果があったからこそ、うかつに使用できなくなったワケだが)。ウィルス本来の能力は、身体能力の著しい強化にこそあったのである。
 「要するに、今の優輝クンの身体は、エンジンをリッターバイクに載せ変えた原付バイクのようなモノなのさ。本来なら普通に歩くのさえ困難なハズなんだが・・・・」
 首を傾げている霧香に、都と真輝はようやく合点がいったように頷いた。「細菌兵器」などという言葉の響きから、無差別に性転換させるようなものを連想していた。そう言えば霧香自身が言ったではないか。「予定外の効果」と。
 「それで『慣らし』が必要ってわけね。けどそんな悠長な事をしてるような余裕あるの? 今の状況で」
 都の発した疑問に、霧香も真輝もうーんと唸って腕を組む。しばし無言になった一同の片隅で、かおるは優輝の額に乗せていた氷嚢をつまんで首を傾げる。
 「――あんまり冷たくないや。まっててね、おねーちゃん」
 アルマイトの洗面器に氷嚢を放り込んで、勢いよく立ち上がる。両手に洗面器を持ったまま、ばたばたと小走りに洗面所に走り去る。飛び散ったしずくが真輝の首筋にあたり、彼女は「ひいっ!」と間抜けな悲鳴を上げた。
 「かおるっ、何すんのよっ! 冷たいじゃないっ!」
 「冷たくないよー。ぬるいもん」
 「冷たいわよっ!」
 洗面所越しに緊張感のない応酬をするふたりを後目に、それまで沈黙していた都たちが再び口を開いた。
 「こうして考えていたって埒があかないわね。とにかく動かないことには」
 「しかし、動くと言ってもな。連中のバックには、間違いなく国家権力が絡んでる。マスコミ関係だってそうだ。君らが伸した連中もオレがやったヤツらも、みんな釈放されちまってるし、記事だって出てない」
 前向きな都の台詞に、霧香は苦々しげに応じた。正確には霧香が倒した連中に関しては、早々と霧香が作戦を変更して対処したため、風間たちの対応が遅れ、逮捕者の釈放が間に合わなかったと言う事実もあるのだが、マスコミに対する箝口令は完璧で、新聞にもTVにも発表はされていない。
 「・・・・なんでまた国家権力なんかが?」
 「ま、さすがに警察まるごとが敵ってわけじゃないけどな」
 霧香は苦笑しながら肩をすくめる。懐から一枚の写真を取りだして、ぽいと前に投げ出す。
 「ま、本命は後回しだ。とりあえず当面の実行部隊を何とかしないとな。でなきゃ・・・・」
 「挟撃されちゃう、か・・・・」
 霧香の台詞を都が次いだ。それまで沈黙していた霞が、霧香の出した写真を見て声を上げる。
 「おい、息子よ」
 「娘だってんだろ、親父!!」
 思わず声を荒らげる霧香を、霞は完璧に無視してさらに尋ねる。
 「こやつらは一体誰じゃ?」
 「・・・・ここ数日、オレたちを襲ってた連中が持ってた写真だよ。写真を持ってた奴自身の顔も写ってるから、今回の実行部隊と思っていいだろうな」
 「自分の組の集合写真なんか持ってるなんて、間の抜けた奴ねー」
 都が呆れたような声を上げた。霧香も同感だったが、首肯する前に霞が声を上げる。
 「こやつ、さっき見たぞ。学校でな」
 「なに? どいつだ、親父?」
 霧香と都が霞の見ている写真にとりついた。かおるとの言い争いに疲れた真輝ものぞき込むように首を出す。
 「ほれ、こやつじゃ」
 しわがれた指先には、渋い色合いのスーツを着込んだ40代の男が写っていた。
 「黒幕かな。オレがやった奴の中にはいなかったが」
 「なかなかの器量とみたぞ。やばいと感じた途端に一目散に退却したからのう」
 「『ブラック商会』の黒崎じゃない」
 そう答えたのは都だった。大柄とは言え、れっきとした女子高生である彼女が、なぜ組関係の事情に詳しいのか? そんな疑問を黙殺して、都はさらに台詞を次いだ。
 「もともと広域暴力団『扶桑会』の若頭だった男だったんだけどね、切れ者過ぎるんで一部の組員から煙たがられてたのよ。で、陰謀で追い出され――違った、あえて陰謀に乗って組を飛び出しちゃった」
 淡々と語る都に、霧香はさらに尋ねた。
 「なんでまた、そんな真似を?」
 「さあ? なんでも『こんな大きな組にいるより小さな組で気楽にやってる方が性に合ってますからねえ』って答えたらしいわよ。ちなみに陰謀に加担した連中は、黒崎が組を出た翌日に東京湾に浮かんだとか」
 「・・・・都ねーちゃん、あんた何者?」
 「・・・・さあ? あたしにもわかんない」
 おどけて肩をすくめる都に、何とも言えない視線を送るふたり。
 「・・・・なるほど。そういったヤツが相手となると、のんびり寝てるヒマはないな」
 掛け布団を押しのけて、優輝がゆっくりと身を起こす。真輝が慌てて優輝に駆け寄り、怒るように声をかけた。
 「ダメだよ、お兄! まだ充分動けないハズじゃん。暴力団相手に、今のお兄じゃ闘えっこないよ」
 必死に訴える真輝に、優輝は愛おしげに微笑むと、心地よいトーンの声を響かせた。
 「そう、ボクは真輝の『お兄』なんだ。どうせ今のままじゃ黒崎とか言う奴や、黒幕の誰かに襲われることになる。真輝も含めてね。こう言うときに黙って守られているのは性に合わない。それにあいつには銃で撃たれた借りもある。恩は2倍に、恨みは10倍に、って標語もあるじゃない」
 正確には標語ではない。
 「お兄・・・・」
 外見は美少女そのものに変わっても、決して弱気を見せない優輝の姿に、真輝は嬉しさと感動と、そしてもどかしさを感じて言葉を失った。
 「・・・・でもユーキ。真輝の台詞じゃないけど、今のあんたじゃまともに闘うのは無理よ。いつ奴らが攻め込んでくるか判らない以上、のんびり『慣らし』をやってる暇はないわ」
 厳しい表情で優輝に告げる都だが、優輝は引かなかった。身体を大きく反らせながら、首筋を鳴らす。そして大きな瞳に凛とした光をたたえて都を見据えた。口元には不敵なまでの笑みを浮かべている。
 「ボクとしても、のんびりやる気はないよ。『慣らし』は敵の本拠地でやればいいさ。周りは敵だらけ、いくら壊しても問題ないし、手加減もいらないしね。その辺はミーヤ、キミだって知ってるだろ?」
 「うっ・・・・」
 都は思わず言葉に詰まった。真輝や霧香には意味不明の台詞だが、どうやら優輝の台詞には反論できないキーワードが含まれていたらしい。
 無茶と言うより無謀である。だがそんなことは承知の上で、優輝は一歩も引く気はないらしい。
 「仕方あるまい。こうなっては連れて行かざるをえんじゃろう」
 「良いのか、親父?」
 「今更言ったところで、優輝が引くわけがない。じゃろう、優輝?」
 「もちろん!」
 
 どたっ!!
 
 大きな音が響き、ずっこけて転がっている優輝の姿があった。勢いよく立ち上がったはずみに、バランスを崩して床にひっくり返ったのだ。
 「・・・・前途多難じゃな」
 「・・・・はあ」
 「・・・・お兄・・・・」 
 「・・・・・・・・」
 四者四様の溜め息の中、照れ隠しのように起きあがった優輝は、空元気を張り上げた。
 「心配ないって! さあ、ミーヤ、『ブラック商会』とやらに案内してよ」
 『・・・・・・それには及びませんよ、皆さん』
 ドア越しに聞こえる様なくぐもった声が響き、はっとなった優輝たちは、突如爆発的に広がった殺気に反応し、反射的に壁際に身を投げた。
 
 どぐおおんんっ!!
 
 次の瞬間、拳銃とは比較にならない発射音が轟き、無数の小粒の鉛弾がドアの蝶番を粉砕した。
 室内に鉄屑と化したドアを蹴り込み、悠々と侵入した黒崎は、手にしたショットガンのカートリッジをポンプアクションで給弾しながら、派手な音を立てて連射した。
 何もない霧香の部屋は、轟音とともに散弾の化粧をほどこされていった。
 
続く
 
 
【あとがき】
第五話です。みなさん、あけましておめでとうございます。・・・・って、松の内ももう終わったしなあ。ちょっと、今回は遅かったかなあ?
今回、蘊蓄をからめたわりには話が進まなかった。ギャグも少な目だし、結構ハードな展開になってしまった。
こんなハズではなかったのだが、やっぱり優輝クンが満足に暴れられないのは、軽快感に欠けますな。この分では終わるのにももう少しかかりそうです。
え? もっとやって良い? 嬉しいです。でもどうしよう? この先の展開。
どのキャラにこんな事をさせたい、などのご意見があれば、どしどしお寄せ下さい。ひょっとしたら、話が延びるかも・・・・。
それではまた。
 
HIKO

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