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P.F.キャリアー
第一話

HIKO

 「‥‥ふうっ」
 軽いため息をついて、気合いを入れ直す。まだ半分――実戦さながらの荒稽古『一〇人ががり』のうち、五人を片づけたにすぎない。
 残る五人はそれぞれの得物を携え、じりじりと稽古の主役――優輝(ゆうき)の周りを取り囲む。闘気と緊張感が周囲に張りつめ、熱気と冷気が混然となって、稽古を見守る門人達の背筋を撫でる。
 「‥‥ユーキ」
 門人の一人、加賀(かが)都(みやこ)が緊張の面持ちでつぶやく。優輝とは幼なじみであり、親友であり、この道場での後輩であり――しかしすでに実力では優輝の方が遙かに上である。そこン所が都にはちと悔しい――、しかし男女としての感情は、まったくないという不思議な関係である。優輝という少年が小柄で女性的な顔立ちのため、都と並んでも同姓に見えかねないという事情もあるかもしれないが。
 その女性的な顔立ちの少年、鷹飼優輝(たかがいゆうき)は、滑るような足捌きで五人との間合いを保っていた。その表情には緊張感こそあるものの、恐怖も気負いも微塵も感じられない。その唇が不敵に微笑(わら)ったその瞬間――。
 気合いが炸裂した。
 「いやあああああああっ!!」
 ――右前方から杖(じょう)、左後方から木刀を構えた門人が、突進の勢いで急接近する。ちょうど挟撃する恰好だが、優輝はためらう事なく右前方へと足を滑らせる。槍や長刀(なぎなた)といったいわゆる『長もの』は、ある程度の距離を置いてこそ、充分に威力を発揮できる武器である。もちろん至近距離における用法も確立されてはいるが、使いこなすためには十二分な練度が不可欠だ。優輝の知る限り、杖を使う門人には、その練度はない。
 「ぬっ?」
 「はあっ!!」
 流れるような足捌きで、杖を振り下ろす門人の懐に滑り込み、片手で杖を押さえて無力化する、と同時に後ろ手を逆手で捻りあげて殺す。間髪入れずに杖ごと門人を、天秤投げで投げ飛ばす。逆方向から突進してきた木刀の門人は、浴びせかかるように飛んできた杖の門人とまともに衝突し、そろって無力化した。この間三秒。
 残る三名は、二人がリタイアするのを待たなかった。棒、双節棍(ヌンチャク)、三節棍といったそれぞれの得物を手に、優輝にいっせいに躍りかかる。
 優輝の動きによどみはない。打ちかかってきた棒の下をするりと擦り抜けるや、そのまま棒を振るう門人の腰帯をつかんで薙ぎ倒す。転がされてきた棒の門人を、かわしざま、優輝に攻撃をくわえようとした双節棍の門人だが、当の優輝自身が、すでに自らの懐に入り込んでいるのに気づいて愕然となった。
 速すぎる‥‥‥?
 優輝の両手が動いた。右手が門人の左手に、左手が門人のへそのあたりにそえられる。
 「ふんっ!!」
 「‥‥っ?」
 門人の重力が消失した。腹部に当てられた優輝の左手を軸に、門人の身体が独楽のように回転して、ブーメランのように弾き飛ばされた。その軌道上には、残る一人の門人がいたため――というより、わざと彼を狙ったのだろう――二人の身体は激突した後、もつれ合うように転倒して、道場の壁まで転がされてから静かになった。この間さらに八秒。
 いわゆる『合気投げ』の一種であるが、こうも見事に極められる人間は、そうはいない。残心の後、大きく息をついて構えを解く。負かせた門人ひとり一人に軽く頭を下げてから、優輝は上座でじっと見物していた禿頭、白髭の老人に向きなおる。右拳を左掌に合わせる中国式の礼をして、優輝は老人に口を開いた。
 「師匠、『一〇人がかり』終了しました」
 「・・・・・・・・・・」
 「・・・・師匠?」
 腕を組んだまま、沈思黙考するかのように反応のない老人に、優輝は訝しげな眼を向けた。白い髭に覆われた口元は表情を語らず、片時も外すことのない真っ黒なサングラスは窓を閉ざして心の奥を覗かせない。・・・・そう、閉じた瞼のように。
 優輝は礼を解いた。そしてそのまま上座に向かって、ずかずかと歩を進める。非礼な行為なのは承知の上である。腕を組んだままじっとしている老人をしばし見下ろしてから、老人の口元に耳を近づける。規則正しい息づかいが鼓膜を震わせた瞬間、優輝の血液は沸騰した。
 「寝てんじゃねェこのジジィ!!」
 怒声と同時にすさまじい爆裂音が発生した。腕組みのまま、背後の神棚に叩きつけられた老人――霞(かすみ)善次郎(ぜんじろう)は、神棚の残骸に埋もれたまま、眠そうな声を上げる。
 「なんじゃ、もう終わったのか。・・・・も少しゆっくりすればよいものを・・・・」
 「弟子が真剣に稽古してるってー時に、上座でのーのーと居眠りこいてる師匠があるかっ!」
 「師匠に暴言を吐いたうえに、暴力までふるう弟子というのも問題ではないのかのう?」
 「あんたにこの程度の暴力が効くハズないだろーが。現にケロッとしてるクセに」
 「そうじゃのう、せめてこの位の攻撃を貰わんことには・・・・」
 再び強烈な打撃音が轟いた。目にも留まらぬスピードで優輝の腕を捕った霞が、優輝の身体をハンマー投げよろしく、壁に叩きつけたのである。軽快な足取りで道場の中央に出た霞善次郎は、軽くステップしながら、壁に崩れた優輝を揶揄(やゆ)する。
 「ほれどーした、武器を持った一〇人に勝てるくせに、ジジィ一人に勝てぬのか?」
 「やかましい!この妖怪ジジィがっ!」
 奇妙に変形している壁をどかんっ、と蹴りつけて優輝が霞に向かって突進する。一見少女と見まごうばかりの小柄な少年と、「サングラスをかけた伊藤博文(いとうひろぶみ)」という風体の、怪しさ大爆発の老人との大喧嘩が始まった。そこには先ほど優輝自身が見せた『技』の華麗さも、滑るような足捌きも存在しない、ただのとっくみあいの喧嘩であった。
 「てめーこのクソ師匠が、このこの!」
 「ほっほっ、元気じゃのうこの小僧め、うりゃ!」
 互いのほっぺたをむにゅー、と伸ばしている二人の周りでは、帰り支度を終えた他の門人たちが、挨拶もせずにぞろぞろと出ていくところであった。皆同じような感慨を抱きながら。
 ――俺たちゃ、こんな奴らにいっぺんも勝てねーのかい・・・・・!
 壁に寄りかかってそんな門人たちを眺めていた加賀都は、道場中央でじゃれている二人を見やって、深々とため息をついた。
 ・・・・・・今度は何人残るだろーか?


 ――数十分後、鷹飼優輝と加賀都の二人は人気の少なくなった夜道を、並んで歩いていた。都は身長一八〇センチにも及ぶすらりとした長身なのに対し、優輝の方は彼女とは対照的に低く、一六〇センチにも満たない。顔立ちにしてもやや小ぶりのカワイイ系の容貌なので、二人並んで歩いているとまるで歳の離れた姉妹にしか見えない。その姉の方がにぶつぶつと愚痴をこぼしている。
 「まったく、あんたといい善(ぜん)さんといい、じゃれるなら時と場合を考えてほしいもんだわよ。今日の醜態でまた減ったわよ、弟子の数」
 「別にいいじゃない。善さんにしたって、金銭(かね)もうけが目的で道場やってるワケじゃないんだし」
 しかめっ面の都に対して、優輝の方はいたって気楽な表情である。喧嘩していた時と違って、口調はいたっておとなしい。ジジイ呼ばわりしていた師匠に関しては「善さん」などと、まるで八百屋の親父である。
 「あたしがイヤなのよ!怪しげな師匠に二重人格の弟弟子挟まれて、マトモなのはあたし一人!ああカミさま!」
 誰が二重人格だ、思いつつ、優輝はため息をつく。だいたい無神論者のクセに、なにがカミさまだ。カミはカミでも「紙」の方だろう、とある人物たちの肖像画つきの――。
 「変人に限って自分だけはマトモだと思ってるもんだけど・・・・」
 そこまでつぶやいてから都の方を見やる。両の拳を握りしめて、夜空を見上げつつ大げさに嘆いている幼なじみの大女の姿をしばし眺めてから、優輝は再びため息をついた。
 「・・・・こうして見ていたら実によく理解(わか)るな・・・・」
 「どーゆー意味よ?」
 たちまち気色ばんで優輝の胸ぐらをつかみ上げる都だが、優輝の方はすまして続ける。
 「決まってんじゃない、ボクの目の前に変人がいるってこと。自覚ない?」
 「・・・・あんた、よくそんなコト言えるわね?自分はどーなのよ」
 「ボクの趣味が多少変わってるコトは認めるけどね――」つかまれた胸ぐらをあっさりと振りほどき、優輝は半眼で都に笑いかけた。
 「それでもミーヤほどじゃない。――反論できる?」
 「・・・・・・っ!」
 口を開きかけて、都は台詞を忘却した。――女子高生ギャンブラー、熱血詐欺師、うわばみを酔い潰すざる女、道場乱闘の覇者等々、自分に付けられたありがたくもない異名が次々と頭をよぎる。
 ――みんな都自身の趣味が高じて頂戴した渾名であった。多芸に通じるのも、こうなると考え物である。おまけに胸を張って「趣味だ!」と威張れないとなると‥‥。
 「ま、いーけどね。変人でもなんでもミーヤはミーヤなんだし。ボクにとってタイセツトモダチであることに代わりはないんだからさ」
 「‥‥ゼンゼン嬉しくないのよね、あんたが言うと。なんでかな?」
 「そりゃーココロにヤマしいものがあるからじゃない?具体的に何なのか、ボクは知らんけど」
 「――絞め殺してやろうかしら、このミニ男君・・・・」
 不毛な会話を続けているうちに、二人は町はずれの公園へとやって来ていた。べつに意味はない。単に公園を横切れば近道になるというだけの話である。
 時刻は午後一〇時になろうとしていた。こんな時刻に公園にいるのは、あつい男女か、暑い男どもと、相場は決まっている。男女ではあっても別にあつくもない優輝と都はさっさと立ち去るべく歩を進めた。出歯亀の趣味はなかったし、馬に蹴られるのもごめんだ。――そう思いながら、噴水そばのベンチまで来たとき、その場には似つかわしくない人影を認めて、二人はおもわず立ち止まってしまった。
 「・・・・ミーヤ、あれ何に見える?」
 「何って・・・・見たまんまじゃない?」
 「・・・・子供、だよなァ・・・・」
 子供というより幼児と思しき小さな影が、ベンチに腰掛けて余った両足をぶらつかせていた。頭にすっぽりとハンチングを被り、少年風にパンタロンを履いているが、大きくてパッチリとした瞳とやや繊細な顔の造作から見て、どうやら女の子であるらしい。
 常夜灯のともす頼りない光が、暗がりの中に埋没している五、六歳ほどの少女の視覚に情報を与えたようだ。ふと何かに気づいたように顔を上げる。
 「――おねーちゃんたち、かあるとお話しない?かある、退屈なの」
 二人の姿を認めた人影は、とまどう二人に向かってにっこりと笑ってみせた。

 「――はぁ、かおるちゃん、ねぇ」
 「そーだよ、かあるかあるなのー♪」
 舌っ足らずの口調で嬉しそうに少女が肯定する。少女は優輝と都の二人を好ましい人物と認めたようで、しきりと二人に話しかけてくる。あるいはただ人なつっこいだけなのかも知れないが、それにしては少女の視線に、時々鋭さのようなものを感じるのは気のせいだろうか?
 気のせいだろう。優輝はあっさりと片づけた。
 「――それで、かおるちゃんはこんな所で何してるのかなあ?」
 至極もっともな質問だが、時間が時間なだけにきつい尋問口調になりがちである。どうにか抑えて優輝が質問すると、絶妙の間で都が後を続ける。
 「もうこんなに暗いからねえ、お姉ちゃんたち、怖くてしかたないのよ。かおるちゃんは怖くないの?偉いわねえ」
 「うん。かある怖くないよ」
 満面に笑みを浮かべて少女が思いっきりうなづく。偉いでしょう、もっとほめて、とばかりに、少女は二人にきゃいきゃいと笑いかけた。
 「――かあるねえ、きーか待ってるの」
 ややあって、ようやく少女は先刻の優輝の質問に答えを返した。
 「きーか?誰なのかな、その人は?」
 「かあるの、ままさん」
 「――そのママさんから伝言だよ、お嬢ちゃん」
 ふいに背後から割り込んできた野太い声に、優輝と都はゆっくりと振り向いた。近づいてくる気配は察知していたので、べつに驚きはない。
 暗がりの中にひとりの巨漢が立っていた。二メートル近い巨躯に派手な柄のスーツを着込み、足元を特大のエナメルの靴が支えている。夜だというのに真っ黒のサングラスをかけているあたり、絵に描いたようなヤクザであった。
 「かおるちゃん、だね?お母さんから君を連れてくるように頼まれたんだ。心配はいらない、おじさんと一緒に来なさい」
 ぎこちない口調で話しかける巨漢に対して、話しかけられた少女の反応は、きわめて明快だった。
 「いや。おじさん悪い人だもん」
 「なんだと?」
 たちまち巨漢が気色ばむ。気の短い男らしい。だが、巨漢の発した怒気などどこ吹く風とばかりに、傍らにいた優輝と都は少女の尻馬に乗るように喋りはじめた。
 「悪い人だって。どー思うミーヤ?」
 「そりゃ悪い人じゃない?どー見たってイイひとには見えないわよ、このデグノボウ」
 「デグノボウはひどいんじゃない?せめて独活の大木とかさ」
 「・・・・あんたの方がひどいじゃないの、ユーキ」
 「てめーら、全員ブチ殺ス!!」
 異様な咆吼をあげて、巨漢が突っ込んでくる。と同時にその辺の陰に隠れていた何人かの男たちが、あわてたように飛び出してきた。なにやら喚きながら、必死で巨漢を押し止めている。
 何人かの黒メガネたちに取り囲まれながら、優輝は都に向き直って肩をすくめた。
 「どーやら誘拐犯に決定だな」
 「んじゃ、手加減はいらないわね♪」
 指をぼきぼき鳴らしながら、都が嬉しそうに一歩踏み出す。
 「あたしの獲物だからね、手ェ出すんじゃないわよ、ユーキ」
 「はいはい。・・・・ったく、こんな調子だから妙な渾名貰っちゃうっての、理解ってんのかね、ミーヤは?」
 ずんっ、と鈍い音をたてて、都の拳がひとりの黒メガネの鳩尾に打ち込まれる。たまらず崩れ落ちる黒メガネ。それが乱闘開始のゴングとなった。
 背後に聞こえる阿鼻叫喚のフルコーラスを聞き流しながら、優輝は誘拐犯の目標たる少女に話しかけた。
 「かおるちゃん、きーかさんはいつ来るのかな?聞いてないかい?」
 「んー・・・・かある、わかんない」
 そりゃそーか、と、優輝はうなづいた。なんと言っても幼すぎる。こんな子供を置き去りにしたきーかとやら言うバカっ母を責めるべきだ。
 「――とにかく、ここにいたんじゃ危ない。一度お巡りさんの所にでも行って・・・・」
 「いやッ!!」
 思わず優輝がたじろいだほどの強い口調で、少女が拒絶した。あ然として見つめる優輝に、少女は拳を握って訴えた。
 「きーか言ったもん。悪い人について行っちゃ、いけないよって。お巡りさんでもいけないよって。きーか言ったもん!」
 ばきっ、と、派手な音を立てて黒メガネのひとりが吹き飛ぶ。フレアスカートを翻してケリをきめた都は、追いすがるようにダッシュしてとどめの肘を打ち込む。黒メガネの何人目かは、血煙をはいて悶絶した。都がふうっと息をつく。
 「・・・・っと、これで五人目。手応えないわねえ。・・・・ん?」
 「どらあああああああああッ!!」
 黒メガネたちをさんざんに蹴散らしている都に、ようやくといった感じで、先刻の巨漢がかかってきた。立て続けに何人もがうち倒されたため、抑えの人数が足りなくなったのだ。
 「おっ、よーやく来るか、デグノボウ。こうでなくちゃ」
 嬉々として構える都とは対照的に、一方の優輝の方は、駄々をこねる少女を前に、思案にくれていた。
 「・・・・まいったね、どーも」
 「ここにいちゃいけないの?それなら、お姉ちゃんの所へ連れてって♪」
 「・・・・え?」
 『お姉ちゃん』とはボクのことかい、と内心でツッコミを入れながら、優輝は少女の言葉を待つ。
 「だってきーか言ったもん。悪い人に連れて行かれそうになったら、いい人見つけてかくまってもらいなさいって。お姉ちゃんいい人だよね?」
 「――ひとつ聞くけど、その『お姉ちゃん』ってのは、そこで暴れてる『お姉ちゃん』のこと?」
 黒メガネたちをあらかた屠ってしまい、大物にとりかかっている都を指さす優輝に、少女は笑顔のまま首を振った。
 「ううん。かあるの前にいるちっちゃなお姉ちゃん」
 優輝はがっくりとうなだれた。自分の女顔に内心で毒づいてから、面(おもて)を上げる。
 「・・・・そりゃ、悪い人とは思ってないけど」
 かくまってもらえ?何やらキナ臭い方向へと話が転がりはじめた気がする。とはいえ、期待に満ちた眼差しで、優輝の返事を待っている少女に対して、「ヤバそうだから帰るわ。さいならー」とは言いかねた。
 ――そう考えた時点で、優輝の答えは決まったようなものである。
 諦めたように深々とため息をつく優輝の背後では、いまだに都と巨漢が累々たる屍を踏み越えながら(死んでいる訳ではない)、なおも激闘の真っ最中であった。
 どこかから、パトカーのサイレンが聞こえてきた。

 

続く






初めまして、HIKOと申します。
数年前に書きかけてそのままになっていた作品がありましたので、とりあえず送ってみます。
さて、これが完成するかは全く解りませんが、こうご期待、と言ったところでしょうか。

TSシーンは次回に出てきます。

HIKO



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