戻る

EASY COME EASY GO

作:十郎太



【人物紹介】



 ある秋の朝。
 僕、戸張水城が目を覚まして姿見の前で自分を見ると、体が女になっている事に気が付いた。
「な・・・!?なんじゃこりゃーーーーーーっ?!」
 部屋の中に絶叫がこだました。

 僕は今高校2年で、両親と離れて下宿生活をしながら六角堂学院高校という学校に通っている。
 両親は僕が中学3年の時に夫婦で海外赴任する事になったのだが、僕自身は日本の高校に通いたかったため、父が友人である早島さんという人に頼んで家の離れにある部屋に下宿させてもらい、そこから通学しているんだ。
 早島さんという人は10年程前に奥さんと離婚した後、二人の娘さんを引き取って暮らしていた。早島さん自身は仕事が忙しいためかほとんど家にいないのだが、そのかわり二人姉妹のお姉さんの方が妹と居候の僕の面倒を見てくれていた。

 僕は、姿見に映る自分の裸を見て途方にくれていた。
「とほほ・・・なんでこんな事なっちゃったんだろ?」
 顔はそのままだが首から下は完全に女の体だった。胸には丸くふくらんだ二つの乳房、腰周りが細くくびれて優しい曲線を描き、股間はヘアの下に縦に割れた筋が一本あった。
 もともと僕は背も高くないし体も貧弱だしその上顔も女顔だった。いわゆる一般的な男らしさとは掛け離れていたけれど、だからと言っていきなり女になってしまうのは余りにも理不尽すぎた。
「何か悪い食べ物にでも当たったのかなぁ・・・それともなんかのアレルギー反応かな?」
 あれこれ悩んでいると、部屋の扉が勢いよく開いて制服姿の女の子が顔を見せた。
「水城〜、朝食の準備が出来たから早・・・・・・な、何よそれは?!」
 彼女の名前は早島有希、二人姉妹の妹の方で僕のクラスメートでもある。黄色いリボンのポニーテールがトレードマークの勝ち気で活発な性格の娘で、何かというと家でも学校でも僕に色々と突っ掛かって来る。
 その有希は入口で僕を見て固まっていた。
「や、やあ有希・・・おはよう」
 ひきつった笑顔であいさつした。
「・・・水城?・・・何なのその体はっ?!」
 声がうわずっていた。多少の事では動じない有希も、目の前の状況が信じられなくて動揺を隠せないでいる様子だ。
「目が覚めたらこんな体になっていたんだ・・・」
「う、うそっ?!そんなバカな事って・・・」
「本当なんだよ!」
 有希は僕に近づくと、僕の顔と体を交互に見比べていた。
「確かに顔は水城よねぇ・・・体は全然違うけど」
 僕は不安な気持ちを覚えた。
「ねぇ有希、僕これからどうしたらいいんだろう・・・」
「水城・・・」
 有希は悲しげな瞳で、僕を見詰めていた。
「僕、女になっちゃったから・・・電車やバスに乗ると、次々と痴漢が襲いかかってくるんだ」
「は?」
「学校に行けば、欲求不満の中年教師が成績アップの引替に、僕の体を求めてくるに違いないんだ!」
「ちょ、ちょっと水城・・・?」
「挙げ句の果てには、男子生徒達が『元が男だから俺達の気持ちをわかってくれる』とか言って『一発ヤラせろ!』ってせまってきちゃうんだぁー!!ああっ有希、僕どーすればいいんだろう?!」
 ボカッ!(有希のゲンコツが僕の頭に落ちた)
「いって〜!」
「あ、あのねぇ〜!」
 拳を握り締めて怒っていた。
「こんな時に、何そんなくだらない心配してんのよっ!」
「で、でも女ってこんな事よくあるんだろ?」
「ないわよっ!!だいたいなんでいきなり女になったあんたにそんな事が起きる訳?!生まれて17年女をやってる私にそんな事一度もないのにっ!」
「それは単に、有希に女としての魅力がないだけじゃ・・・」
 ボカッ!!(再び有希のゲンコツが僕の頭に落ちた)
「痛たたた・・・」
 両手で頭をかかえた。
「いーかげんにしてっ!!」
「ごめん・・・」
「まったくもうっ!人がせっかく心配してるのにっ!!」
「あらあら二人とも、朝からずいぶん仲がいいわねぇ〜」
 扉から二人姉妹のお姉さんの方である蛍子さんが姿を見せた。
 蛍子さんは僕達の学校の現国教師で、クラスの担任でもある。性格も口調も優しいけど、責任感は強くて学校と家庭のけじめはちゃんとつけている人だ。
「あら?!そこのショートカットの可愛い女の子は、もしかして水城君かなっ?」
 蛍子さんが僕の姿を見て問い掛けた。
「そ、そうなんだよ蛍子さん!」
「お姉ぇ聞いてよ!水城ったら目が覚めたら体が女になってたんだって!!こんな事あっていいの?!」
 蛍子さんは有希の問いには答えず、僕に近づいて体をしげしげと観察した。
「ふ〜ん、水城君がねぇ・・・」
「あ、あのう・・・」
 顎に手を当て、真剣な表情で観察を続けている。やがて蛍子さんは右の手のひらを僕の額にあて熱を計った。
「う〜ん熱はないみたいねぇ。どこか体の具合が悪い所はないかしら?」
「別にないです」
「下腹部が痛いなんて事はないわねっ?」
「・・・はい」
 それを聞いた蛍子さんは満面に大きく笑みを浮かべた。
「なら問題ないわね〜!それじゃ学校へ行く準備をしなくっちゃねぇ〜っ」
「えっ?!」
「ええっ!?」
 蛍子さんの言葉に、僕と有希は同時に驚きの声をあげた。
「ちょっと待ってよお姉ぇ!まさか水城をこのまま学校へ行かせるつもり?!」
「学生は学校へ行って勉強するのが本分でしょ〜?特に体の具合が悪くないのに学校を休んじゃいけないのよぉっ」
「で、でもっ!」
「あの・・・蛍子さん」
「何、水城君?サボリは認めないわよぉっ」
「そ、そうじゃなくって、この胸の大きさだと学ランが着られないんだけど・・・」
 正確なサイズは判らないけれど、このバストでは学ランのボタンを留める事すら出来ない。
「そうみたいねぇ・・・そうだ!私の昔の制服貸してあげるわぁ。あとは下着も必要になるわねっ」
「お姉ぇ!」
 有希が大声をあげた。だが蛍子さんは気にも止めずに嬉しそうな顔で言葉を続けた。
「このバストだとBカップぐらいねっ。有希、あなたのブラジャーならちょうど合うでしょ。水城君に貸してあげなさ〜い。あとパンティもねぇ」
「なんで私が水城にブラやパンツを貸してあげなきゃいけないのよっ!」
 有希が真っ赤になって抗議した。
「ブラジャーを付けないで歩くと、胸が揺れて苦しくなるでしょっ?水城君をそんな目に合わせていいのかな〜?」
「だからって何も私のじゃなくても・・・」
「私のだと水城君には、ちょっと大きすぎると思うのよねぇ〜」
 実物を見た訳じゃないけど洋服の上からの膨らみ方から見れば、確かに蛍子さんの方が有希よりバストは大きいみたいだ。もちろん僕のよりも大きいだろう。
「今からランジェリーショップに行って買って来る時間はないわよ〜?そんな事での遅刻も認められないわよっ」
「お姉ぇはどうしても水城に女の格好をさせて学校へ行かせたいみたいねっ!?」
 有希の剣幕にもめげず、蛍子さんはひたすら嬉しそうだ。
「あらぁ私はただ、学生は学校をサボっちゃいけないって言ってるだけよぉ〜」
「だからって何も女の制服着せなくてもいいじゃない!」
「水城君は今女の子なのよ〜?だから女子の制服着たっておかしくないでしょっ」
「今は女でも、元は男なのよ!」
「そんなに過去にこだわってると、人間大きくなれないわよっ?」
「そーいう次元の話じゃないでしょっ!!」
 そう言って、有希は僕の方に振り向いた。
「水城だって女の制服着てまで、学校に行きたい訳じゃないでしょっ?!」
「う〜〜〜ん・・・」
「水城君、私は教師として生徒であるあなたをサボらせる訳にはいかないのよぉ。それはわかってくれるわよねっ?」
 蛍子さんの口調はあくまで優しいけれど、その表情からは教師としての責任感が感じられた。
「・・・わかりました、学校へ行きます」
 僕は観念してそう答えた。
「水城っ!?本気なの?!」
 驚く有希とは対象的に、蛍子さんは大喜びだ。
「よかったわぁ!じゃ押し入れから制服出してくるからね〜。有希、あなたも水城君に合う下着を見繕ってあげなさいねぇ〜っ!」
「何言ってるのよ!私はまだ貸すって言ってないわよっ!!」
「確か奥の部屋にしまってあったはずよねぇ・・・」
 有希の最後の抗議もどこ吹く風とばかりに、蛍子さんはセミロングの髪をなびかせて僕の部屋から出て行った。
 後に残されたのは怒りの収まらない有希と、起きてからずっと裸のままの僕だった。
「もぉ〜お姉ぇったら私の言う事、とことん無視してくれちゃって・・・」
「あ、あの・・・有希?」
「水城も水城よっ!なんであそこでお姉ぇの言う事聞いちゃうのよっ?!」
 怒りの矛先が、今度は僕に向いて来た。
「そ、そんな事言われたって・・・」
「何も無理に学校に行く事ないじゃない!しかもいきなり女の制服着せられちゃうのよ?それでもいいの?!」
 有希の剣幕はすごかった。僕と有希とは下宿を始めてから何度も口ゲンカをしてきたけれど、これほどまで怒っているのを見たのは初めてだった。
「・・・有希、僕は一応学校の生徒だし、先生である蛍子さんが出席しろって言ってるんだから、行かなきゃならないと思うんだ・・・」
「水城・・・」
「僕は女になってしまったけれど学生である事に変わりはないし、いずれ学校に行かなければならないんだったら、早目にこういう事を受け入れた方がいいんじゃないかな?」
「・・・本気なの?」
 有希の怒りがトーンダウンしてきたのがわかった。
「もうこうするしか方法がないよ」
 有希はしばらく僕を見詰めていたが、やがてため息を一つ吐いた。
「わかったわ、水城がそうしたいって言うなら・・・」
「ごめん」
「何も謝る事はないのよ、もう・・・」
 僕は何も言えなくなってしまった。
「とにかく私の部屋に行きましょ。下着とか見繕ってあげるわ」
「ありがとう」
「い、言っとくけど貸すのはしばらくの間だけよ!いずれは自分の下着くらい自分で揃えなさいねっ!」
「う、うん」
「じゃ私先に行ってるからね」
 有希が僕の部屋から出て行った。その後ろ姿が寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。

 僕の住んでいる下宿と有希達が住んでる母屋とは庭を挟んで向かい合っていて、有希の部屋に行くには庭を横切る必要があった。
 さすがに裸で歩く訳にはいかないので、適当なTシャツとトランクスを身につけると有希の部屋へと向かった。
 部屋にいたときは気にならなかったけど、確かに蛍子さんの言った通り歩く度に乳房が揺れて胸が苦しくなった。

 有希の部屋は母屋の二階にあった。僕は今まで3回くらいしか入った事がない。扉をノックするとすぐに返事があった。
「水城?入っていいわよ」
 扉を開けて中に入ると、有希が何枚かのブラジャーやパンティを床に並べていた。
「じゃ早速合わせよっか?」
「うん」
 僕がTシャツを脱ぐと有希は白いブラジャーを一枚手に取った。
「この両方の輪の中に腕を通して・・・少し前屈みになって」
 僕の両腕にブラジャーのストラップを通した。
「今度は後ろ向いて」
 僕が背中を向けると、有希は肩にストラップをかけカップで乳房を包む様にあてがうと、次に背中のホックを留めカップの中の乳房を調整して、最後にストラップの長さを調節した。
「どう?どっか苦しいトコとかない?」
 僕は部屋の中を少し歩いてみた。ブラがちゃんと乳房を押さえてくれてるので、庭を歩いた時みたいに苦しくなるという事はまったくなくなっていた。
「うん、いいみたい。特に苦しいトコもないし」
「確かにお姉ぇの言った通りだわ、私とサイズがおんなじみたい・・・」
「ホントに?」
「くやしいけど、これは認めざるを得ないわね・・・それにしても身長も同じでバストのサイズも同じ・・・なんだか出来すぎてるわね」
 僕と有希は共に身長が165cmだった。男としては低い方だけど、女としては高い方になる。事実有希はクラスの女子の中では3番目に背が高かった。
「・・・さて、次はパンツね」
 有希は床に置いてたパンティを5枚拾うと、僕の目の前でひろげて見せた。
「なるべくシンプルなヤツを選んだんだけど・・・どれがいい?」
「う〜ん・・・じゃあ、これにする」
 僕はその中からゴムの部分にアルファベットのロゴが入った、白いパンティを選んだ。
「スポーツショーツね。ま、動きやすくていいかもね」
 僕はトランクスを脱ぎ、パンティに足を通して一気に引き上げた。下腹部から股間を通ってヒップまで至るフィット感は、生まれて初めて味わう感覚だった。
「どお?」
「うん、悪くないよ」
 そこへ蛍子さんが制服を持って現れた。
「ごめんねぇ探すのに手間取っちゃって・・・あら!こうしてみると中々スタイルいいじゃないのぉ水城君」
 僕の下着姿を見て蛍子さんが感心していた。
「これなら制服姿も素敵になりそうねぇ〜。水城君て女顔だから違和感ないと思うわっ!」
 僕達の学校の制服は、男子は黒の学ランで、女子はブレザーに黒いネクタイ、白のブラウスにボックスプリーツのジャンパースカートとなっていた。ちなみに蛍子さんは5年前に六角堂学院を卒業していたのだ。
「ちょっと防虫剤の臭いがあるけど、我慢してねぇ〜」
 初めにブラウスを着てネクタイを締め、次にスカートをはく。裾が結構短くて太股が半分以上見えていた。
「スカートは腰のくびれあたりで締めるのよ」
 有希のアドバイス通りにして、腰のベルトを締める。
「ソックスはこれでいいわね」
 有希が渡してくれた白のハイソックスを両足に履いた。最後にブレザーに袖を通して一通り女子の制服を身に着けた。
「まあ〜ぴったりじゃな〜い!5年間制服を大切に取っておいた甲斐があったわぁー!!」
 蛍子さんは心の底から嬉しそうに、反対に有希は複雑そうな表情を浮かべて、それぞれ僕の制服姿を見ていた。
 僕は二人の目の前で体をクルッと一回転した後、両手でスカートの左右の裾をつまみポーズを取った。
「どう?可愛い?」
「気持ち悪い事しないでっ!」
 有希が怒りに身を震わせた。
「とっても可愛いわよ〜水城君。学校の男の子達が見たらほっとかないって感じねぇ」
「もし交際を申し込まれちゃったら、僕どうしよう・・・」
 不安な表情で、しなを作った。
「そんな事、絶っ対に認めないわよっ!」
「そぉ〜ねぇ。有希がそばにいるかぎり、水城君には悪い虫は近づけないわね〜っ!」
「私ゃバポナか!」
「さあそろそろ朝食にしましょっ。少しでも食べないと体が持たないわよぉ」
 蛍子さんに急かされつつ僕達はダイニングキッチンへと向かい、トーストとコーヒーで朝食をすませた。
 その後自分の部屋に戻って登校の支度をして母屋の玄関に行くと、ヘルメットを被りスクーターに乗った蛍子さんが出て行こうとしていたところだった。
「今から職員会議に行って、水城君の体の事ちゃんと説明しといてあげるからねぇ。だから安心して登校していいわよ〜」
「お姉ぇ、ホントに大丈夫なんでしょうねっ!」
 玄関から出て来た有希が、不安そうな顔で念を押した。
「大丈夫よっ、ウチの先生達は物分かりのいい人達ばっかりだからー。じゃ行ってきまーす!」
 アクセルを大きく拭かし、蛍子さんは出発した。
「・・・僕達も行こうか?」
「・・・うん・・・」
 僕達は並んで歩き出した。ここから学校へは徒歩で15分くらいで着く。腕時計を見ると8時10分を回ったところだった。8時30分にHRが始まるので、どうやら遅刻せずにすみそうだ。
「・・・それにしてもお姉ぇったら、いったいどういうつもりなのかしら」
「有希・・・」
「こんなとんでもない事が起きたのに、何も普通に学校へ行かせなくてもいいじゃない。それなのにまるで他人事みたいに楽しんじゃって・・・」
 このままだと有希は、学校に着くまで蛍子さんを糾弾し続けるに違いなかった。
「あ・・・あのさ、有希?」
 僕は話題を変える事にした。
「何?」
「学校の持ち物の事なんだけど・・・僕、女になっちゃったから女物を揃えないといけないよね?」
「そ、それはそうだけど・・・」
「これから体育の時はトランクスじゃなくて、ブルマーを履かなきゃいけないね」
「ブ、ブルマ〜?」
 有希の顔がひきつっていた。
 僕達の学校では、未だに女子の体操着にはブルマーが指定されている。デザインは紺一色の無地で全学年共通だった。
「今日は体育がないからいいけど・・・あと夏には水泳があるからスクール水着も必要だね」
「・・・そんなモノ、着てみたいと思ってるの?」
「だって有希も着てるじゃないか?僕も女なんだから着なければならないんだろ?」
「はあ〜〜っ、もう・・・」
 有希が肩をがっくりと落とした。
「他にも揃えないといけない物ってあるかな?」
 話を続けていると、有希が急に僕の顔を睨んだ。
「・・・ひょっとして水城、ホントは女になった事・・・心の底で喜んでない?」
「そっそんな事、絶対にないよ・・・」
 僕は内心ドキッとしていたが、なるべく平静を装って答えた。
「そう・・・ならいいけど」
 有希が視線を前に戻すと、僕達はしばらく無言で歩いた。

『ホントは女になった事・・・心の底で喜んでない?』
 有希の言葉が僕の心の中を駆け回っていた。
 こんな普通じゃ考えられない事が起きているのに、今の僕は不思議と落ち着いた気持ちでいられた。
 僕は自分が思ってた以上に神経が太かったんだろうか?女になった事を深刻に受け止めていないなんて・・・。
「水城っ、横!」
 急に有希の声がしたかと思うと、
 どんっ!
 と右側から何かがぶつかってきて、その衝撃で僕はよろめいてしまった。
「いった〜〜〜!」
 痛みにうめきながら右側を見ると、学ランを着た少年が一人尻餅をついていた。
 どうやら路地の向こうから走って来た彼が角に差し掛った時、僕達が左側から出て来て出会い頭にぶつかってしまったらしい。
「水城っ!大丈夫?!」
「大丈夫・・・そんなに痛くないから」
「・・・・・・あ!?」
 その時、ぶつかってきた彼が僕達を見て小さな驚きの声をあげた。次の瞬間勢い良く立ち上がると、顔を真っ赤にして頭を下げ、
「すいませんっ!」
 と大きな声で謝った。
「あなたねぇ、いきなり飛び出して来るなんてどういうつもりなのよ?!」
 有希が頭を下げたままの彼に詰問した。
「ごめんなさい。急いでたもんで・・・ほんとにすいませんでしたっ!」
 彼は頭をあげずに大声で謝り続けた。
「有希、もういいよ」
「でも水城・・・」
「いいんだってば」
 僕は有希をなだめると、少年に向かって声をかけた。
「今度から気を付けてね」
 すると彼は顔を上げ僕達を見ると、また大声で返事をした。顔だけじゃなく、耳まで真っ赤になっている。
「はいっ!気を付けます!!」
 彼の身長は僕と同じくらい。男にしては優しい作りの顔だった。
「それじゃ失礼します!」
 彼は一礼すると、僕達の前から全速力で走り去ってしまった。
「あの子、ウチの学校の1年生みたいね」
 彼の後ろ姿を見送りながら、有希がつぶやいた。
「知ってるの?」
「全然。初めて見る顔よ」
「彼の方は僕達を知ってたみたいだね。少なくとも有希の事は知ってたんじゃないかな?」
「どうしてそう思うの?」
「何となくね・・・」
 それ以上は言わなかったけれど、僕の心にはある予感があった。
 彼はきっと有希が好きなんだ。だからあんなに真っ赤になってたんだ。
 僕が言うのもなんだけど、有希は黙っていれば結構可愛らしく見える。
 他の男子にもそう見えているらしく、過去に有希にラブレターを送ったり直接交際を申し込んだヤツは何人もいた。
 だけど有希は今まで誰かと恋人同志になった事はなかった。よほど理想が高いのか、単に男が嫌いなのか、それとも誰か好きなヤツがいるのか、僕にはわからなかった。
 そんな事を思い出していると、突然有希が大声をあげた。
「大変よ水城っ!もうこんな時間!」
 腕時計を見るとすでに8時25分を回っていたところだった。今からだと全力疾走しないと遅刻してしまう。
「走るわよっ!」
「うん!」
 僕達は学校へ向かって全速力で駆け出した。
 歩いていた時はそれほど気にならなかったけど、走るとスカートの裾がヒラヒラと揺れて落ち着かない気持ちになってしまった。しかも結構ミニだから、風で捲れてパンチラしちゃってるかもしれない。でもここでペースを落としたら間に合わなくなってしまう。僕達は並んだまま全力疾走を続けた。
 やがて校門が見えてきた。校舎の中央にある大時計が8時28分を差していた。
「このまま昇降口まで行くよ!」
 昇降口には何人かの生徒が駆け込んで行くのが見えた。僕達も中に入ると下駄箱に向かい、上靴に履き変えて教室へと向かった。
「水城く〜ん、有希ちゃ〜ん、急いで〜!」
 教室の扉の前で蛍子さんが、手を振って待っていた。
 僕達が教室に入ったと同時にチャイムが鳴り、なんとか遅刻はしなかった。
 自分の席につくと蛍子さんが既に教壇に立っていた。
「起立、礼、着席」
 日直の合図で挨拶をすませると蛍子さんは出席を取りはじめ、その後にこやかな顔で皆に話を始めた。
「今日は皆さんに大事なお知らせがありまーす。このクラスの戸張水城君が、今朝目を覚ますと体が女の子になっていましたー」
「えーーーーーっ!?」
 クラス中から驚きの声があがり、視線が僕に集中した。
「はーい静かにぃーっ」
 蛍子さんが注意するものの、クラス中はまだざわめいていた。
「先生〜、どうして戸張君は女になったんですか〜?」
 一番前の席の女子が尋ねた。
「私はそういう事には専門外なのでよくわからないんだけどぉ、今朝水城君の体を調べてみたら特に異常はなかったので、私の昔の制服を着せて登校させましたぁ」
 皆がじろじろと僕を見詰めていて、さすがに少し恥ずかしくなってきた。これ程までに他人の視線を感じたのは生まれて初めてだった。
「断っておくけれど水城君は、自分から望んで女の子になった訳じゃありません。あくまでも突然、体が女の子になってしまっただけですからねぇ。そこの所をちゃんと理解してくださいねーっ」
「は〜〜〜い」
 納得したのかしないのかわからないけれど、何人かの生徒が返事をした。
「あと、水城君は突然女の子になってしまったから、生活していく上でわからない事が色々あると思うのっ。そういった事に関しては、有希ちゃん、あなたが面倒を見てあげてねーっ」
 突然の指名に有希が驚いた。
「ちょっと待ってよお姉ぇっ!勝手に決めつけないでよっ!!」
「有希ちゃん、学校では教師と生徒よっ。ちゃんとけじめはつけましょうね〜っ」
「そ、それじゃ先生っ、どうして私が面倒見なければいけないんですかっ?!」
 蛍子さんは優しく諭した。
「有希ちゃんは保健委員よね〜。女の子がつらくて困っている時に助けてあげるのは、保健委員としての役目だと思うのっ。違うかしら?」
 さすがに有希もこう言われては、拒否出来なくなってしまった。
「わかりました・・・保健委員として責任をもって、面倒を見させてもらいますっ!」
 渋々ながらといった口調で有希は承知した。何人かの生徒がクスクスと笑っていた。
「良かったわねー水城君。これからは、困った事があったら何でも有希ちゃんに相談してねーっ」
 僕に向かって言った後、蛍子さんはもう一度クラス中をさわやかな笑顔で見渡した。
「女の子になったといってもぉ、水城君である事に変わりはないので、皆さんも今まで通り仲良くしてあげて下さいねーっ」
「は〜〜〜い」
 さっきと同く、何人かの生徒が返事をした。
「・・・前から女顔だとは思っていたが、こうなってみると全然違和感ないな」
 右隣の席の高槻が話し掛けてきた。
 彼はクラス1、いや学校1の大男で身長が190cm近くもあり、また恋人やGFの数が一番多いというもう一つの学校1の記録を持っている色男でもあった。
 僕と高槻は男としてはまったく正反対のタイプなんだけど、何故か僕達はクラスで一番の友達になっていた。
「そう見えてるの?」
「知らないヤツが見たら、誰もお前が昨日まで男だったなんて思わないだろうな」
 自分でも女顔だとは思っていたけれど、改めて他人から指摘されるとちょっと情けなくなった。
「まあそんな事になってしまった以上、俺としては早島さんに深い同情を禁じえないね」
「何で僕じゃなくって有希に同情するんだよ?」
「誰がどう見たってこの状況で一番ショックを受けているのは、早島さんの方だって思うがね」
 有希に視線を向けると、いかにも不機嫌な顔で一時間目の授業の準備をしているのが見えた。
「僕だって突然女になっちゃって困ってるんだけど・・・」
 すると高槻は僕の顔を覗きこむと、冷静な顔でこう言った。
「・・・お前、顔がニヤケてるぞ」
「えっ!そ、そうかな?!」
 すかさず両手で頬を押さえてしまった。
 何か言い返そうとしているうちに、蛍子さんと入れ替わりに別の先生が教室に入ってきて一時間目が始まってしまった。
 蛍子さんが職員会議で説明してくれていたみたいで、その先生は僕について一言も触れずいつも通りに授業が進んでいった。
 授業中でもクラスメート達はよっぽど気になるらしく、チラチラと僕を見ていた。この分だと次の休み時間には皆から質問攻めにあうかもしれない。
 やがてチャイムが鳴って休み時間になった。有希の所へ行こうとすると、やっぱり友達が声を掛けてきた。
「お前、ホントに戸張なのか?」
「そうだよ」
「本当に女になったのか?」
「うん。朝起きたらこうなってたんだ・・・」
「う〜〜〜ん」
 彼は腕組みをしながら唸った。
「蛍子先生が言ってるんだから嘘じゃないとは思うんだけど」
 今度は女子が話に加わってきた。
「そうはいってもなあ・・・」
 彼は半信半疑な口振りだ。
「ちょっとゴメンねー」
 いきなり彼女が両手を伸ばして、制服の上から僕の胸を掴んだ。
「わっ?!」
 僕は反射的に彼女から離れ、両手で胸を隠した。
「ホントにあるーっ!やっぱり女なんだー!」
「マジかよぉ!」
「確かに弾力があった・・・パットじゃないわ!」
 これを聞いて他のクラスメートも周りに集まってきた。だが有希だけは離れたところから、僕と皆とのやり取りを眺めていた。
「お前が女になったというのはわかった。でもなぁ・・・」
 彼はまだ腕組みをしていた。
「いきなりこういう事になっちまって・・・俺達としては、お前にどう接していいかわかんねぇんだよ」
 僕はちょっとためらった後、こう答えた。
「普通で・・・いいと思うよ」
「そうか・・・ま、お前がそう言うなら・・・」
「もうそのくらいにしといてあげて」
 いつの間にか有希が僕の後ろに立っていた。
「珍しいのはわかるけど、水城は見世物じゃないんだからね!」
「そんなつもりじゃないぜ。ただ戸張がホントに女になったのか、確かめたかっただけだよ」
「はいはい、じゃあ後は有希に任せて私達は退散しましょっ」
 有希に追い立てられて、クラスメート達はそれぞれに散っていった。
「ありがとう有希。助かったよ」
「い、いいのよ、これくらい」
 僕が礼を言うと、有希は顔を背けた。
「さっ、そろそろ次の授業の準備しといたほうがいいわよ」
 そう言い残して有希は自分の席に戻って行った。

 二時間目以降に来た先生たちも、僕の姿を見ても何も言わずに授業を進めていった。
 クラスメート達も僕が女になった事についてまだ色々聞きたいけれど、休み時間になる度に有希がすぐ僕の所に来て周りに無言の圧力をかけるので、僕とは当たり障りのない会話しか出来ない様子だった。

 昼休みになって、有希が弁当を持ってやって来た。
「ねぇ、今日は外で食べましょ」
 好奇の目にさらされずに落ち着いて食事しようという配慮らしい。
「うん」
 僕達は教室を出た。
 廊下や階段を歩いていると、知らない生徒たちが僕の姿を見て小声で噂しているのがわかった。
「今の娘、もしかして・・・」
「そうよ。ほら例の・・・」
 僕が女になった事は学校中の噂になっているらしい。
 でも僕はそれほど恥ずかしさを感じなかった。有希が隣にいてくれると思うと、そう言うものに対しては平然としていられた。
 昇降口についた時、急に有希が僕に聞いて来た。
「そうだ、飲み物買って来るね。何がいい?」
「コーヒーがいいな」
「じゃ私行って来るね。ここで待ってて」
「僕も行くよ」
「いいわよ私が行くから。これ持ってて。すぐ戻るからっ」
 僕に弁当を渡すと、有希は小走りで売店の方に向かって行った。誰もいない昇降口で僕は有希が戻って来るのを待つ事になった。
 誰もいないとわかっていても、有希がそばにいないとなると僕は恥ずかしくて不安な気持ちになっていった。
「・・・あ、あのう」
 背後から声がして、僕は少し驚いた。振り返ると、今朝僕にぶつかった少年があの時と同様に顔を真っ赤にして、両手を後ろに組んで立っていた。
「君は今朝の・・・」
「は、はいっ。今朝はどうもすいませんでしたっ!」
 彼は頭を下げた。どうやら僕達が来る前からここにいたらしい。
「それで、何か用?」
「はい・・・あのっ、これを・・・お願いします!」
 彼は両手で何かを差し出した。思わず僕はそれを受け取ってしまった。
 それは白い封筒だった。あて先を見ると、そこには『戸張水城様へ』と僕の名前が書かれていた。
「これは・・・何?」
「それは・・・戸張さんに読んでほしいんです!」
「えっ!?僕にっ!!」
 突然の事に驚き、持っていた弁当を落としそうになった。
「ど、どうして僕に・・・?」
「僕・・・ずっと前から、戸張さんの事が・・・」
 その言葉を聞いて、僕は何故か嬉しくなってしまった。
 そうだったんだ、前から僕の事思ってたんだ・・・・・・・・・・・・ちょっと待て?。
 確かに今僕は女だけど、生まれてから昨日までは男だった。
 『ずっと前から』って事は、僕が男だった時から思ってたって事で・・・ひょっとして彼は?・・・・・・まさか!?。
 一気に頭から血の気が引いていった。
「・・・・・・念の為聞いておくけど・・・君、もしかして、ホ・・・」
「だあぁぁぁぁっ!!」
 彼は大声をあげてパニックに陥った。
「あのっそのっ!・・・ぼっ僕は、だっだからっ!!」
 その時、人が近づく気配がした。彼もそれに気付いたらしい。
「しっ失礼しますっ!」
 挨拶もそこそこに彼は背を向けて、廊下の方へと走り去った。
 彼と入れ替わりに、今度は高槻が女子と二人連れで姿を表わした。僕は慌ててラブレターを胸のポケットにしまった。
 やがて高槻も僕を見つけた
「お前、こんな所で何してるんだ?」
「別に。有希と外で食べようとしてたんだ。今コーヒー買いに行ってる」
 平静を装って答えた。
「そうか・・・ところで今ここから走ってったヤツと何かあったのか?」
 何気なさそうな言葉だったが、僕はドキッとした。
「べ、別に何もないよ・・・」
「・・・私、今の人知ってます。同じクラスの鈴平君です」
 高槻の隣の娘が言った。長い髪を二つに分け、三つ編みにしている。
 この娘も恋人の一人らしく、大きな弁当の包みを持って寄り添いながら立っている。高槻達も外で食事しようという事らしい。
「ほう、という事は1年か」
 気のなさそうな返事を高槻が返した。
「はい」
 そうか、彼は鈴平君っていうんだ。
「普段は大人しくて真面目な人ですけど・・・あんな風に顔が真っ赤になっているのは初めて見ました」
「案外、水城に一目惚れしたのかもしれないな」
 ギクッ!・・・まさか、見られてたのか?!
 そのさりげない一言に僕は狼狽した。
「な、何言ってんだよ!僕にはそんな趣味ないよ」
「それならいいんだ。早島さんを悲しませる真似はするんじゃないぜ」
「わかってるよ」
「・・・高槻さん」
 彼女が促すように呼びかけた。
「お姫様がお待ちかねだ。じゃな」
 高槻は彼女を連れて校庭に出て行った。その後ろ姿を見送った後、僕は大きくため息をついた。
 今朝の予感がこんな形で外れるとは思ってもみなかった。鈴平君は有希じゃなくて僕を見て赤くなっていたとはね。
 そりゃ僕は男らしいとは言えないから、女の子にモテた事なんて一度もないし、ラブレターをもらった事さえなかった。
 でも、生まれて初めてもらうラブレターが男からとは思ってもみなかったけれど。
『もし交際を申し込まれちゃったら、僕どうしよう・・・』
 冗談のつもりだったのに、それが現実になっちゃうなんて・・・。
 今、僕は複雑な心境だった。

 やがて有希もコーヒーとジュースを抱えて戻って来た。
「ごめんね、販売機が混んじゃってて・・・はい、コーヒー」
「サンキュ、じゃ行こうか」
 僕達は外へ出ると校庭の外れにある花壇へと向かった。花壇は校舎から離れているので人の目を気にせずに食事が出来た。
 秋晴れの空は暑くも寒くもなく、食事をするにはちょうど良い気温だった。
 花壇の周りにはベンチがある。僕はスカートの後ろを撫でつけて両足を閉じながら座った。その仕種を見た有希が目を丸くした。
「そんな仕種、どこで覚えてきたのよっ?」
「だって有希はいつもこうやって座ってるだろ?それを真似しただけだよ」
「まったく変なトコ見てるんだから・・・」
 有希も同じ仕種で腰掛けた。僕達はお互い弁当をひろげ食事を始めた。
 僕達が食べる弁当は、いつも蛍子さんが作ってくれている。
 蛍子さんは料理が得意な上、新しいメニューに対しても研究熱心なのでレパートリーも豊富だった。
 有希もそれを見習おうとしているのだけれど、まだまだ蛍子さんとは天と地ほどの差がある。いつだったか、炭のかたまりになったハンバーグを無理やり食べさせられた事があった。
「ねぇ・・・体の事なんだけど」
 食べ終わった後、有希が心配そうに聞いてきた。
「今のところ、特になんともないよ」
「そうじゃなくて!・・・これからどうするの?って事!」
「そうだね・・・病院に行って調べてもらわないとね」
 伏せ目がちにして、さらに問い掛けてきた。
「もし・・・もしもよ、このまま元に戻らなかったらどうするつもりなの?」
「それは・・・・・・」
 有希は僕の目をまっすぐ見た。
「そうなったら今までとまったく違う生活を送らなきゃならないのよ!・・・家族の人達だって悲しむでしょうし、心ない人達から蔑まれてしまうかもしれない・・・水城はそれでもいいっていうの!?」
 一気にまくし立ててきた。
「そんな事言われたって・・・僕だってどうしていいかわからないんだよ」
「そんな・・・他人事みたいに!」
「まだ男に戻れないって決まった訳じゃないんだし、そんなに先走って心配しなくたって大丈夫だよ」
「でもっ!」
「一度病院で診てもらって、元に戻れるかどうかわかってから心配すればいいんじゃないかな」
 僕は懸命になって有希をなだめた。
「そ、そうよね・・・確かにその通りだわ・・・」
 有希は少し落ち着いてきた。
「後で、私も病院に付き添ってあげるから」
「ありがとう、有希」
「いいのよ、それくらい・・・」
 そこで会話が途切れてしまった。
「あっいたいた!ごめんなさい、ちょっといいかな?」
 いきなり声がしたかと思うと、僕達の前に二人の女の子が立っていた。
 一人は三つ編みにした髪に大きな丸眼鏡をかけた娘で、手にはペンとメモ帳を持っていた。もう一人は赤いキャップをかぶって一眼レフのカメラを持っていた。
「あたい達新聞部なんだけど君が女になったって聞いたんで、ぜひ取材させてもらおうと思って探してたんだ」
 三つ編みの娘の言葉に、僕達は驚いてしまった。
「新聞部の取材?」
「誰からそんな事聞いたのよ?!」
「早島先生からよ」
 今度はキャップの娘が答えた。
「お姉ぇが!?」
 確か蛍子さんは新聞部の顧問だった。かつてこの学校の生徒だった時には、新聞部に3年間所属していたって話もしてくれた事があった。
「お姉ぇってば、どこまで悪乗りすれば気がすむのよっ!」
 有希は拳を握り締め、怒りをあらわにしていた。
「あ、断っとくけどあたい達は興味本位なゴシップを書こうってんじゃないんだ。ただ学校に起きた事件の真実!それを追及したいだけなんだ」
 三つ編みの娘が力説した。
「そう。そしてそれを正確に記録して、真実を全校に広める。それがあたし達新聞部の務めよ!」
 次いでキャップの娘も主張した。
「という事であたい達の取材、受けてくれるよね?」
「う〜ん・・・・・・いいよ、少しくらいなら」
「水城・・・」
 有希があきれていた。
「いやーありがとう。恩に着るよ」
 三つ編みの娘が僕の隣に座った。
「じゃ、今朝起きた時の事から聞かせてくれないかな?」
 僕は目が覚めてから今までの事を、順を追って話した。
「・・・なるほど、それで早島先生の昔の制服を借りて、登校する事になった・・・という事だね?」
 彼女は熱心に、僕の言葉をメモに書いていた。
「それで、学校に来てから何か変わった事はなかったかな?」
 そういえばさっき鈴平君からラブレターをもらったんだ。さすがにこれは話す訳にはいかない。
「そうだね・・・蛍子先生が他の先生に連絡してくれたおかげで、何も言われる事はなかったよ。クラスメートも普通に接してくれたし・・・」
「なるほどね・・・普通に接してくれたと」
 もちろんそれは有希の無言のプレッシャーがあったおかげだ。
「じゃ、あとは写真撮影させてくれないかな」
 キャップの娘がカメラを構えた。
「まさか写真まで載せるの?!」
 有希が鋭く尋ねた。
「新聞には載せないよ。これはあくまでも記録として残しておくだけ」
「ホントでしょうね?」
 有希はまだ疑っている。
「あたい達は取材相手の名誉やプライバシーを侵害してまで、新聞を出したい訳じゃないよ。そこの所は理解してほしいんだ」
「わかったよ」
 僕はベンチから立ち上がり、直立不動の姿勢を取った。
「そんなに堅くならなくてもいいよ。もっと普通に、リラックスして」
 そう言われても何だか緊張してしまう。
 僕は深呼吸して体の力を抜くと少し脚を開き、右手を腰に当て左手を軽く斜め下に伸ばし、軽く微笑んだ。
「いいよお。じゃ、はいチーズ!」
 カシャッ!
 シャッターが押されて僕の姿がフィルムに収められた。
「それじゃあたし達はこれで失礼するね」
「いい記事が書けそうだよ。どうもありがとう!」
 感謝の気持ちを三つ編みの娘が述べると、二人は急いで校舎へ戻って行った。
「水城、あれで本当に良かったの?」
 半分あきれつつ、心配そうな有希の問いかけだった。
「この制服を着て学校に来たからには、僕に何があったのか正確に知らせておいた方がいいと思って・・・下手に隠して妙な詮索されるのもいやだしね」
「もう!お気楽なんだから・・・」
 有希は、残っていたジュースを一気に飲み干した。
 授業が始まるまでまだ時間があった。もう少しここで休んでいようと思っていた時、校庭のスピーカーから呼び出しのチャイムが鳴った。
『全校生徒の保健委員に連絡します。至急保健室に集合して下さい。繰り返します・・・』
「やだもう!こんな時に・・・」
 有希は勢いよくベンチから立ち上がった。
「早く行きなよ。弁当は僕が持ってってあげるから」
「うん、じゃお願い」
 僕に弁当箱を渡すと、駆け足で校舎へと向かって行った。

 有希が去って行った後、花壇には僕一人だけになった。
 さっき昇降口で有希を待っていた時と比べると、恥ずかしくて不安になる気持ちは少し薄らいでいた。
 僕は鈴平君からもらったラブレターを、ポケットから取り出した。
 なんの飾りもない白無地の封筒だった。表には僕の名前が、そして裏には『鈴平 亨』とだけ書いてあった。
「すずひらとおる、か・・・」
 口に出してその名を呼んでみた。
 とりあえず読んでみる事にした。封を開け手紙を取り出す。それは封筒と同様の白い便箋に小さな文字で書いてあった。

『突然手紙を出してすみません。僕は1年C組の鈴平亨といいます。
 僕は戸張さんの事が、入学式が終わり下校する途中で廊下です
れ違った時から気になっていました。 それ以来学校や街で戸張さ
んの姿を見掛けるたびに、胸がいつも切なくなっていました。
 男である戸張さんに対してこんな気持ちになるのは自分でも変だ
と思っていました。でも頭の中から戸張さんの事が一度も離れたこ
とはありませんでした。
 今朝戸張さんが女の制服を着ているのを見て僕はすごく驚きま
した。 そばにいた早島さんが『水城』と名前を呼んだので、本当に
戸張さんだとすぐにわかりました。
 その姿がとても可愛くて、僕はますます戸張さんへの気持ちを押
さえられなくなって、 速攻でこの手紙を書いて戸張さんに差し出す
事にしました。
 本当はこの気持ちを、戸張さんが卒業するまで心の奥にしまって
おこうと思っていました。 でも女になった戸張さんへなら僕の気持
ちを打ち明けられます。
 僕は戸張さんが好きです。
 戸張さんと恋人になりたいとは言いません。 ただ自分が今まで
抱いていた気持ちを戸張さんに伝えたかっただけなのです。
 そう思って僕はこの手紙を書きました。        鈴平亨より』

 手紙を読みながら僕は、今朝鈴平君とぶつかった事や昇降口でこのラブレターを渡してくれた事を思い返していた。
 鈴平君はいつも真っ赤な顔をして恥ずかしそうに、僕の前に立っていた。
『普段は大人しくて真面目なんですけど・・・あんな風に顔が真っ赤になっているのは初めて見ました』
 クラスメートだという娘が言っていた。とても純情な子なんだろう。文面からもそういう性格だというのが感じられた。きっとラブレターを書いたのも初めてだと思う。
 そういえば手紙の中に、入学式が終わって帰る途中にすれ違った時からって書いてあったけど・・・という事は鈴平君は、僕に一目惚れだったんだ。
『水城に一目惚れしたのかもしれないな』
 高槻の言った事は当たっていた。
 あいつ、何であんなにカンが鋭いんだろ?。
 とにかくこのラブレターをどう扱えばいいのか、しばらく僕は悩んだ。
『戸張さんが好きです』
 こんなにストレートに自分の気持ちを伝えるなんて、よほどの勇気を振り絞ったんだろう。それに対して知らんぷりをするのは、何か良くない気がした。
 不意に僕は、一週間前に有希と口ケンカした事を思い出した。
 ある男子が僕が有希の家に下宿している事を知って、有希にラブレターを渡してくれと頼んできた。
 そいつは高槻と同様にロン毛で優男風だったけど、何かいけ好かない感じの笑顔を浮かべる男だった。
 僕は一度は断ったんだけどそいつがしつこく懇願してくるので、とうとう返事については保証しないという約束をしてラブレターを受け取ってしまった。
 その後家に帰ってそのラブレターを渡すと、有希はとても不機嫌な顔だった。
「どうしてそういう物を水城に頼むのかしら?私の事好きだっていうなら、直接私に渡せばいいじゃない」
「きっと恥ずかしかったんだよ、だから・・・」
「水城も水城よ!どうしてそう言う事を引き受けるのよ。私に代わって断るぐらいの事、してくれたっていいじゃない!」
「何で僕がそこまでしなきゃいけないんだよ!」
 そこから口ゲンカが始まってしまい、その後3日間僕と有希は顔を合わせても一言も口をきかなかった。
 そして4日目の朝になった時、教室で有希の方から僕に話し掛けてきた。
「・・・この前の手紙の事だけど、昨日会ってちゃんと断ってきたわ」
「そ、そう」
「言いたかったのはそれだけ。じゃね」
 足早に僕の前から立ち去ろうとした。
「ちょっと待ってよ」
「何?」
「どうしてそういう事、僕に報告するの?」
 有希はしばらく黙った後、きまり悪そうに答えた。
「・・・水城もこの事には少し関係してたでしょ、だからよ」
「うん、わかった」
 ここから僕と有希の仲直りが始まった。
 有希はラブレターを送ってきた相手がどんな男でも、後で本人に直接会って断りを入れていた。
 そういった男女関係についてけじめをつける有希を見ていると、学校と家庭とのけじめをちゃんとつけている蛍子さんとは、やっぱり血のつながった姉妹なんだと実感させられた。
「やっぱり一度会って、ちゃんと話をしよう」
 僕も有希を見習って、鈴平君に会う事に決めた。僕にラブレターを出してくれた事に対して、きちんと返事をしようと思った。
 それに鈴平君がラブレターを出す気になったのは、僕が女になったと知っての事らしいからホモとは少し違うような気がした。
 ふと腕時計を見ると、次の授業が始まる5分前だった。
 教室へ戻るため花壇を後にしようとした時、急に強い風が吹いて僕のスカートを裾を持ち上げた。
「きゃっ?!」
 まるで本当の女の子みたいな悲鳴を上げてしまった。
 今の僕の姿、誰にも見られてないよね?。
 僕は急いでスカートを押さえて、周囲を見回した。
 周りに誰もいないのを確認してホッとすると、僕はそそくさとその場を離れた。
 校庭を歩いていると、時折風がスカートの裾の中に入り込んで来る。その感覚に僕は妙な心地好さを覚え始めていた。
 有希も毎日、こんな感覚を味わってるのかなぁ。
 そのうち僕は少しづつ内股気味に歩くようになってしまった。
 そんな歩き方をしていると本当の女の子みたいな気持ちになってきて、校庭ですれ違う他人の視線や噂話が気にならなくなっていった。
 昇降口に入ると下駄箱の前で有希が僕を待っていた。
「今から迎えに行くところだったのよ」
「保健委員の用事は済んだの?」
「それなんだけどね・・・」
 上履きに履き替えた僕は有希と一緒に教室へと歩き出した。
「放課後に臨時の保健委員会を開くんだって。それに出席しなきゃならないから、一緒に帰れなくなっちゃった」
「一緒に帰ってくれるつもりだったの?」
「当たり前でしょ!・・・面倒見るって言ったんだから、それくらいするわよ!」
 プイと顔を背けた。何だかその仕種が僕には可愛らしく思えた。
「じゃ僕、終わるまで待ってるよ」
「えっ、いいの?」
 有希が僕の方に顔を向け直した。
「うん、何か適当に時間つぶして待ってるから」
「わかった。じゃあ教室で待ってて。なるべく早く戻るから」
 僕達が教室に入るとチャイムが鳴り、次の授業が始まった。

 午後の授業に来た先生達も午前と同じく、僕の姿を見ても何も言わずに授業を進めていった。
 有希もあいかわらず休み時間になると、すぐ僕の所に来て周りに無言の圧力をかけるので、クラスメート達もとうとう近寄ってこなくなった。
 例外は高槻で、感心した口調で僕達に話し掛けてくる。
「水城のお守りも大変だろ?早島さん」
「別に。これは保健委員としての務めだもん」
「君がそこまで仕事熱心なのについては、敬意を表わすよ」
「高槻君たらもう・・・」
 ばつの悪そうな顔で照れていた。
「僕がこんな事になって、有希に迷惑かけてしまってるね」
「いいのよもう!こうなったら私がそばにいてあげなきゃしょうがないでしょっ!!」
「こうならなくても、俺には早島さんがいつも水城のそばにいるように見えたぜ」
 あくまでも冷静な口調だった。
「そっそんな事、絶対ないわよっ!」
 耳まで真っ赤にして有希は否定した。
「フッ・・・ま、これからも仲良くやりなよ。お二人さん」
 有希の怒りを高槻は軽く受け流した。

 今日の授業もすべて終わり、放課後になった。
「じゃ私行って来るから。ちゃんと待っててね」
「うんわかった」
 有希は保健委員会に出席するため、教室を出て行った。
 ・・・じゃ、僕も行こうかな。
 廊下へ出ると1年の教室のある方へと向かった。もちろん鈴平君に会うためだ。
 もう僕は、学校の中を一人で歩くのが恥ずかしくなくなっていた。
 1年C組の前に行くと、昼間会った高槻の彼女がちょうど出て来るところだった。
 彼女は僕を見ると、立ち止まっておじぎをした。
「ちょっといい?鈴平君、いるかな?」
「はい・・・います」
 彼女は教室に戻り、呼び掛けた。
「鈴平君・・・お客様です」
 やがて鈴平君が彼女の後ろについて教室から出て来た。
「あ!?」
 僕を見た鈴平君の動きが止まり、その顔がみるみるうちに真っ赤になっていった。
「・・・失礼します」
 彼女は挨拶すると、僕達の前から去って行った。今廊下には僕と鈴平君の二人しかいない。
「時間あるかな?」
「は・・・はいっ!」
「じゃあ、一緒に来てくれる?」
「はいっ!」
 僕は鈴平君を連れて屋上へと登った。ここなら誰かに見られる事なく二人きりで話が出来る。
 空はまだ青く澄み渡っていた。僕は空を見上げながら背伸びをした。
「いい天気だね」
「そ、そうですね」
 鈴平君と向かい合い、胸のポケットからラブレターを取り出して見せた。
「手紙、読んだよ」
「そうですか・・・」
 そう言うと鈴平君はうつむいてしまった。緊張の余り、その全身が固くなっているのが手に取るようにわかった。
「これに書いてある事は、全部本当なの?」
「・・・はい」
 今にも消え入りそうな声だった。
「僕は別に怒ってるんじゃないよ。ただ確認したかっただけ」
 出来るだけ僕は優しく、なだめるように言った。
「・・・はい」
 それでも声は小さく、顔もうつむいたままだった。
 う〜ん、何も深く考えずに鈴平君を呼び出しちゃったからなぁ。なんと言って話を付けたらいいのか、言葉が出ないなぁ。
 ラブレターをしまった後、僕がしばらく黙っていると、やがて小さな声で鈴平君が話し始めた。
「・・・やっぱり迷惑ですよね、そんな手紙いきなり送られちゃって・・・」
「そ、そんな事・・・」
「いいんです。わかってたんです、迷惑になるんだって事は」
「鈴平君・・・」
「僕・・・ずっと悩んでました・・・戸張さんが男だってわかってるのに、どうしても頭から離れなくて・・・自分がホモじゃないかって・・・変態なんじゃないかって・・・ずっと、そう思ってたんです」
 一言ずつ絞り出すように告白した。
「忘れようとすればするほど・・・戸張さんの事が、心の中で大きくなっていって・・・もう、どうしていいか・・・自分でもわからなくなってたんです!」
 そこまで言うと、大きなため息をはいた。
 どうやら鈴平君は自分がホモじゃないかとずっと思い詰めてて、自己嫌悪に陥っていたらしい。
「今でも手紙を出した事、激しく後悔してるんです・・・・・・でも!」
 顔を上げて僕を真っ直ぐ見た。その目が涙に潤んでいた。
「女になった戸張さんを見ていたら・・・どうしても渡さずには、いられなかったんです!」
 またうつむいてしまった。ポツリポツリと涙が床にこぼれていた。
 どうしよう、まさかこんな事になるなんて思わなかった。
「そんな・・・泣かないでよ」
「でも・・・でもっ・・・」
 肩が震えだす。その姿を見ると胸が締めつけられた。なんとかして鈴平君を慰めてあげたくなった。
 その時僕の心の中で何かが弾けた。
 僕は鈴平君に近づくと、両手を背中に回して強く抱き締めた。
「あっ?!」
 突然の事に驚いていた。
「動かないで。抱き締められるのは、嫌い?」
「い、いえ!・・・嫌いじゃ・・・ないです・・・」
「そう・・・じゃ、しばらくこのままでいて」
「は・・・はい」
 二人の心臓が共に強く鼓動していた。
 鈴平君の両手が少しづつ、僕の背中に回ってくるのがわかった。
「いいよ・・・手を回しても」
 その手は一瞬止まったが、やがて少しづつ背中に回って力がこもり、僕を抱き締めていった。
「・・・どう?少しは落ち着いた?」
「・・・はいっ」
「よかった・・・」
 鈴平君が僕の胸元を覗き込んでいた。それを見た僕は、悪戯してみたい衝動に駆られた。
「どこ見てるの?」
「ご、ごめんなさいっ」
「ウフッ」
 僕はわざと胸を強く押し当てた。
「ああっ!?」
 小さな悲鳴が上がった。
「今、どんな気持ち?」
「そ・・・それは」
「気持ち悪い?」
「い、いえ」
「じゃあ、どんな気持ち?」
 ゴクンと生唾を飲む音が聞こえた。
「気持ち・・・いいです」
「ホントに?」
「はい!」
「ウフフ・・・」
 その言葉がとても嬉しくて、胸が暖かくなった。
「亨君・・・」
 僕は鈴平君の耳元で、わざと名前を呼んでみた。
「はいっ!」
「君はホモじゃないと思うよ・・・だって女になった僕を見てラブレターを書いてくれたんでしょ?」
「は、はい・・・」
「それに、本当にホモだったら女に抱き締められて・・・気持ちいい・・・なんて言わないはずだよ」
「あ・・・」
「だからそんなに思い詰めないで・・・ねっ」
「・・・はい」
 小さくうなずいていた。その姿に僕は愛しさを感じた。
 僕は鈴平君の前髪を右手で上げると、額にキスをした。
「あっ?!」
「これは僕を好きだと言ってくれたお礼」
 お互いの体から離れて、もう一度向かい合った。
「・・・手紙の、返事の事なんだけど」
「いいんです、もう・・・答えは最初からわかってましたから」
「ごめんね・・・」
「僕が戸張さんを見つけると、そばにはいつも早島さんがいました。二人がいつも楽しそうにしてるのを見て、お互いを好きだと思ってる事が僕にはわかったんです」
 高槻だけでなく鈴平君にまで、そう見えてたんだ。
「僕は有希が好きだという訳じゃないよ。有希はいつも僕に突っ掛かって来てケンカになっちゃうし、今日だって先生に言われたからそばにいただけだし・・・」
「そんな関係が、僕にはうらやましかったです」
 いつのまにか鈴平君は微笑んでいた。
「やっぱり戸張さんには、早島さんがお似合いです」
「そんな・・・」
「今日は本当にありがとうございました。僕、この事は忘れません」
 深々と頭を下げた。
「それじゃ、失礼します」
 勢いよく背を向けて、鈴平君は駆け足で去って行った。
 一人屋上に残った僕は周りに誰もいないのをいい事に、自分の感情をつぶやいた。
「結構大胆な事しちゃったな・・・今頃になって、恥ずかしくなってきちゃった」
 火照ってきた顔を冷ましたくなってフェンスに近づき手を掛けた。
 微風が僕の顔や体を優しく撫でて通り過ぎて行く。スカートの裾が風に合わせて揺れていた。
 屋上からは校庭や街中が見渡せた。僕は遥か遠くの方を眺め、今自分がした事を振り返ってみた。
 鈴平君の泣いてる姿を見てたら、僕は自然に体が動いてその体を抱きしめてた。
 すごくびっくりしてたっけ・・・でもその後自分も手を回して僕を抱きしめてきたんだよね。
 せっかく僕が慰めてあげようとしてるのに、鈴平君たら胸元を覗こうとするんだもの・・・悪戯してあげたくなるのは当然だよね。
 わざと胸を強く押し当てたら可愛い声上げちゃって・・・でも気持ちいいって言ってくれた時はとっても嬉しかったなぁ。
 そんな鈴平君が愛しくなって、額にキスまでしちゃった。
 まあ、結果的に慰めてあげる事が出来たから良かったけどね。
 昨日まで男だったのに今の僕は、まるで本当の女の子みたいな気持ちになって鈴平君との事を思い返していた。
 でもその後、鈴平君に有希との事を言われた時はちょっと驚いた。僕と有希って周りの人達から、いつも一緒にいるように見えてるのだろうか。
 そんな事を思い巡らしていると、突然背後から大きな声がした。
「あーっ!こんな所にいた!」
 振り返ると有希が入口に立っていた。
「もうっ!教室で待っててって言ったのにっ」
 両手を腰に当てて僕を睨んでいる。
「ごめん・・・天気が良かったから、つい屋上まで来ちゃったんだ」
 僕は両手を顔の前で合わせて謝った。今僕は何故か有希に対して、本当に申し訳ない気持ちだった。
「いろんなトコ、探したんだからね!」
 睨みながら僕に近寄って来て正面に立った。
「ごめんって言ってるじゃないか」
「心配したのよ。委員会が終わって戻ってきたら姿が見えないし」
 有希は本気で心配してたのが表情からわかった。なんとか御機嫌を取らなきゃ。
「じゃ、おわびに何か好きなモノおごるよ」
「えっ本当!?」
 有希の顔がパッと明るくなる。
「うん、ちょうど僕もおなかがすいてたし」
「じゃあ、早く帰ろっ!」
 有希に笑顔が戻って良かった。
 僕達はそろって教室へ戻ってカバンを取り、商店街へと向かった。

 僕達が使う通学路から少し離れた所にこの街の商店街がある。そんなに大きくはないけれど、必要最低限の物はすべて揃っていた。
 その中のハンバーガーショップへ僕達は入った。
「何にする?」
「私はダブル照り焼きチキンバーガーセットがいいな」
「じゃ僕はビッグ激辛キムチバーガーセットにするよ」
「えっ、皆それ辛くて食べられないって言ってるわよ?」
「僕まだ一度も食べた事ないんだ。だからチャレンジしてみるよ」
「どうなっても知らないからっ」
 それぞれ注文した物を受け取ると二階の奥のテーブルに席を取り、早速ハンバーガーを食べ始めた。
 噛んでいるうちに口の中に猛烈な辛さが広がった。
「うぅぅぅっ辛い〜〜〜っ!」
「だから言ったじゃない!」
「へ、平気だよ。これくらい・・・」
 ハンバーガーからあふれたソースが口の周りについたのも構わず、コーラを全部飲み干しながらも意地になってなんとか食べ切った。
「ほら、ソースついてるよ」
 有希がナプキンで僕の口の周りを拭いてくれた。
「口の中が、まだヒリヒリするぅ〜」
「これも飲んで」
 有希が、まだ半分残っている自分のジュースを差し出す。
「サンキュ」
 そのままストローに口を付けて中身を飲んだ。
「・・・あ!間接キスしちゃった・・・」
「い、いいのよ!別に変な病気持ってないから・・・」
 二人とも気まずくなって、黙ってしまった。
「・・・・・・なんだか、今日の有希は優しいよね」
「そっそんな事、ないわよ・・・」
「だって今まで口についたソースを拭いてくれた事なんて、なかったじゃないか」
「お、女なんだから食べてる時も、身だしなみに気を付けなきゃいけないのよ」
「それじゃ僕を女として扱ってくれてるんだ」
「そっそれは・・・」
 有希がためらいがちにうつむいた。
「もし僕が・・・女として生きていく事になっても、有希が面倒見てくれるから大丈夫だね」
「そんなの・・・絶対イヤよ!」
 僕を真っ直ぐ見て、語気鋭く否定した。
「どうして?僕を女だと認めたんじゃないの?」
「私は・・・・・・レズじゃないもの・・・」
 最後の方は消えそうな声だった。
「・・・え?それってどういう事?」
「な、何でもないわよ!・・・・・・さっ、もう帰ろっ!」
 有希は勢いよく立ち上がると、カバンとトレーを持って出口へと向かって行く。
「ま、待ってよ!」
 僕もその後を追いかけてハンバーガーショップを出た。

 それから有希は僕を見る事なく、少し早足で歩いていた。僕は何も言えずただ並んで歩くだけだった。
 さっき有希の言葉・・・あれは一体どういう意味なんだろ?。
『私は・・・・・・レズじゃないもの・・・』
 レズってのは女の同性愛で・・・有希は、自分はそうじゃないと言ってる・・・となると、女同志では愛し合いたくない、という事だから・・・それじゃ有希は・・・まさか?。
『お互いを好きだと思ってる事が僕にはわかったんです』
 不意に鈴平君の言葉が浮かぶ。
 その意味に驚いて、僕は立ち止まってしまった。
「・・・・・・水城?」
 僕の様子に気付いた有希が振り返った。
「どうか・・・したの?」
「あ・・・いや、その・・・」
 僕の顔を心配そうに覗いている有希に対し、言葉が詰まってしまった。
 焦って目を逸らせた時、視界のある一点で僕の視線は止まり、つられて有希もその先に目を向けた。
 そこには、綺麗にディスプレーされたショーウインドーのあるランジェリーショップがあった。
「どこ見てんのよっ!?ヤラシイわねっ!」
「ち、違うんだよ、別にそういう意味じゃ・・・」
「じゃどーいう意味なのよ?」
 有希に睨まれながら、必死になって次の言葉を探した。
「・・・そ、そうだ、今朝有希は『自分の下着くらい自分で揃えなさい』って言ったじゃないか。せっかくだから、ここで揃えていこうかと思って・・・」
「えーっ?!」
 有希の顔はひきつっていた。
「僕、女の下着の事はよくわからないから・・・有希に見繕ってもらいたいんだ」
「何も今日揃えなくても・・・」
「でも・・・いつまでも借りっぱなしという訳にはいかないし・・・」
 ふう、と有希がため息をついた。
「わかったわ。私がつきあったげる」
「ありがと」
 僕は有希と共にランジェリーショップへと入った。
 生まれて初めて入った店内には、様々な女性用の下着が一杯あって目がくらむ思いがした。
「すみません。この子のサイズを計ってもらいたいんですけど」
 近くにいた店員に、有希が声を掛けた。
「かしこまりました。じゃこちらにどうぞ」
 背の高いボブヘアの女の人に案内されて試着室へと入る。
「脱ぎ終わったら教えて下さいね」
 店員がカーテンを閉めた。
 僕は着ていた制服を全部脱ぎ、下着とハイソックスだけの姿になった。
「ブラってどうやって外すんだっけ・・・」
 背中に両手を回し、指を掛けてホックを外そうとした。
「中々外れないな・・・」
 何度目かの挑戦でやっとホックが外れ、ブラジャーを脱ぐ事が出来た。
「脱ぎました」
 声を掛けるとメジャーを持った店員がカーテンを開けて入って来た。
「それじゃ最初はバストからね」
 店員は僕の乳首の上にメジャーを当てた。
「トップは82」
 次に乳房の下に当てる。
「アンダーは70だから・・・ブラのサイズは70Bね」
 Bカップか・・・今朝、蛍子さんや有希が言った通りだ。
 その後店員は、ウエストとヒップのサイズを計ってくれた。
「ウエストは56で・・・ヒップは84、以上の通りよ」
 サイズを計り終えた店員がメジャーを小さく巻いていく。
「ブラを買いたいなら試着した方がいいんだけど、どうするの?」
「それじゃ、そこにいる彼女に見繕ってもらいます」
「わかったわ」
 店員が試着室から出ていく。
「彼女はあなたにブラを見繕ってほしいそうよ」
 そう店員から聞いて有希が中に入って来た。
「サイズはわかったの?」
「バストはトップが82でアンダーが70のBカップだって。ウエストは56にヒップは84だよ」
「うそっ?!それって全部私とサイズが同じだわ」
「マジ?」
「バストだけじゃなくって他のも同じだなんて、一体どーいう事なのよ!?」
「そんな事、僕に言われたって・・・」
 有希は恨めしそうな目で僕の全身を見ていた。
「とにかく、何個か見繕ってくるから・・・」
「お願い」
 有希は試着室から出て行った。
 一人になった僕は、壁の鏡に映った自分の姿を見た。
 バストからウエスト、ヒップまで同じか・・・
 今、そこに見えるのは有希と同じサイズの体をした、僕の裸だった。
 有希が裸になったら、こんなスタイルしてるんだ
 そう思うと心臓が激しく高鳴っていくのがわかった。
 こんな時になって自分の裸でドキドキしちゃうなんて・・・。
「お待たせ」
 有希がブラを何枚か持って戻って来た。
「いきなり派手なヤツは着けられないでしょうから、シンプルなのばかり持ってきたわよ」
 有希に手伝ってもらいながら色々試着してみて、その中から白とグリーンの2枚のブラを買う事にした。
「次はパンツね・・・」
「それは自分で選ぶよ」
 制服を身につけて試着室を出て、パンティの売り場へと向かう。その途中にはさっき有希が持ってきた物よりも派手なデザインのブラが陳列されていた。
「こんなハデなのもあるんだ・・・」
 感心していると有希が説明してくれた。
「ここはDカップ以上のコーナーよ。ブラってD以上になるとデザインが可愛くなくなっちゃうのよね」
「そーなの?」
「ストラップとかが太くなってゴツくなるから・・・あと値段も高くなっちゃうし」
 ちょうど目の前に僕が選んだのと同じデザインのDカップのブラがあった。値札を見ると1000円も高かった。
「じゃ巨乳の人は、ブラにお金がかかって大変だね」
「ヘンな感心しないでよ・・・確かにお姉ぇとかはそうみたいだけど」
 という事は蛍子さんはD以上なんだ。
「有希も今より大きくなりたいの?」
「そおねぇ、も少し大きくなりたいわね・・・って、どーして私が答えなきゃならないのよ!」
「いーじゃない。女同志だろ?」
 僕はニヤリと笑ってウインクした。
「だっ誰が『女同志』よ!」
 有希は拳を握って憤慨していた。
「ほらっ、とっととパンツ売場に行くわよ!」
 有希に手を引っ張られて売場へと連れて行かれた。
 その片隅にあった綺麗なTバックのパンティに目を引かれ、手に取って値札を見た。
「5000円?!布なんかこんなちょっとなのにっ!?」
「どこ見てんのよっ!こっちよこっち!」
 普通のパンティのコーナーへ引っ張られた。
「あんまりお金もないだろうから、ここら辺りのでいいんじゃない?」
 3枚で980円の特価コーナーでパンティを選ぶ事になった。
「有希はいつもこういうの買ってるの?」
「普段にはくヤツはね」
「有希だって高くて綺麗なのも持ってるんだろ?それはどういう時にはくの?」
「何かいい事がありそうな時にはくのよ」
「たとえば?」
「そーねぇ・・・って、何でそんな事聞くのよ?」
「僕も参考にしたいから」
「しなくていいのよっ、そんな事は!」
 結局特価コーナーからは、小さなリボンのついた白のビキニ、サイドにレースがあるグリーンのショーツ、白地に太めの青い横ストライプが入った少しハイレグなタイプという3点を選んだ。
「ねえ、僕が今はいてるパンティってはき心地がいいから、同じ物が欲しいな」
「じゃそれも一緒に買いましょ。こっちよ」
 スポーツショーツのコーナーに行って、今はいているのと同じ物を手に取った。
「後は支払いね。お金足りる?」
「10000円位なら持ってるよ」
「それじゃ足りないわよ」
「どうしよう・・・間に合うと思ったのに」
 すると有希は自分の財布から5000円札を出し、僕に渡した。
「これだけ貸しといてあげる。後で返してくれればいいわよ」
「ありがとう」
 さっきの店員に、買った下着を袋に詰めてもらい会計を済ませてランジェリーショップを出た。
 見上げると日は大きく傾いて、夕焼けが鮮やかに空を覆っていた。
「そろそろ帰ろうか」
「そうね」
 僕達は並んで、家へと帰る事にした。

 商店街から家に戻る間には、この街で一番大きな公園がある。そこを通り抜ければ普通の道を行くより、距離と時間の節約になる。
「こっち行こうよ」
「うん」
 僕は有希を誘って、公園を通っていく事にした。
 公園内の、割と木が密集している辺りに差し掛った時だった。
「早島!」
 後ろから男の声がした。振り返ると、学ランを着たウチの学校の生徒が一人立ってこちらを見ていた。
 その顔には見覚えがあった。この前僕に、有希へラブレターを渡してくれと頼んできたヤツだ。
 ヤツは有希に近づき、馴れ馴れしい口調で話し出した。
「こないだの事なんだけどさぁ、もう一度考え直してくれないかなぁ」
 それに対して有希は毅然とした態度で答えた。
「あの時言った筈です。私は今、特定の誰かと交際するつもりはありません」
「そんな冷てえ事言わねぇで、なあ頼むよ」
 だがそれでもヤツは引き下がらず、有希の肩に手を回そうとした。
「止めて下さい!」
 有希がその手をはね除けた。
「何だよぉ・・・ちょっとぐらいいいじゃねえかよぉ」
 ヤツの有希に対する態度を見ているうちに、何故か心の中に今まで感じた事のない怒りが込み上げて来た。
「いいかげんにしろよ!」
 僕はヤツと有希の間に割って入った。
「邪魔すんなよ!・・・あっ、お前は?!」
 ヤツも僕の顔を思い出した様子だ。
「何だぁ?女のカッコなんかしやがって・・・そうか、今は女だったな」
「そんな事どうでもいいだろ。それ以上有希に手を出すのは止めろよ」
「このカマ野郎!さてはてめえが早島に余計な事吹き込みやがったな!?」
「水城は関係ありません!勝手な誤解しないで下さい!」
 有希の声に怒りがこもっていた。
「うるせぇ!てめえこれ以上邪魔するとただじゃおかねえぞ!」
 ヤツが僕に凄んでみせた。ヤツは僕より10cmくらい背が高かった。正直言って怖いけれど、ここで引き下がったら有希に何をされるかわからない。
 もう僕は後には引けなかった。歯を食いしばってヤツを睨み返した。
「帰れ!二度と有希の前に現れるな!!」
「この野郎!オカマのくせにでかい口たたきやがって!!」
 ヤツが右手の拳を構えた。
「殴れるものなら、殴って見せろよ!」
 僕も両手の拳を握り締めた。
「上等だぁ!オカマなんざに遠慮はしねえぜ!!」
 そう叫んでヤツが右手を大きく振りかざした時、後ろから誰かがいきなりその手を掴んだ。
「な、なんだぁ!?」
「野郎と戯れるのは俺の趣味じゃないんだけどな」
 声の主は高槻だった。
 高槻はそのまま掴んだ手をひねって相手の背中で締め上げた。
「いでぇぇぇ〜〜〜っ!!」
 ヤツが情けない悲鳴を上げた。だが高槻は表情一つ変えずヤツを押さえつけている。
「痛いか?」
「いっ痛い!!」
「助かりたいか?」
「助かりたい、助かりたい」
「駄目だな」
「へぇぎぃぃぃ〜〜〜っ!!」
 高槻はその体格からみてケンカは強いだろうとは思っていたけれど、こんな残酷な性格も持っていたとは思わなかった。
「二度と早島さんに近づかないと誓うか?」
 高槻がヤツの耳元で問い掛ける。
「ちっ誓う、誓う!」
「本当か?」
「ホントに誓うぅぅぅっ!だから放してぇぇぇ〜!!」
 高槻が突き飛ばすように開放すると、ヤツは前のめりになって地面に倒れた。
「失せろ」
 ヤツの無様な姿を、冷たい瞳で高槻が見下ろした。
「チクショ〜・・・・・・」
 ヤツは起き上がると、さっきまでの勢いとは反対に肩を落として情けない顔で去って行った。
「早島さん、大丈夫かい?」
 振り返った高槻が、今までとは打って変わって優しい声で有希に尋ねた。
「う、うん、大丈夫よ・・・」
 有希は、初めて見た高槻の残酷な面に戸惑っているらしい。
「ありがとう高槻、助かったよ」
「や、水城いたのか」
「・・・最初からいたよ」
「水城っ!」
 我に返った有希が僕を心配そうに見詰めていた。
「ごめんね。私の事で水城まで巻き込んじゃって・・・」
「いいんだよ・・・僕もこの事には少し関係してたから」
「ホントに・・・ごめんね」
 心から謝る有希の姿は、何か心引かれる感じがした。
「・・・高槻君」
 木の影から声がして、ウチの学校の制服を着た女の子が一人、姿を表わした。
「済まなかったね。放っておいて」
 高槻が声を掛けた相手は、昼間出会った1年の娘とは別人だった。
 ウェーブががったロングヘアをヘアバンドで押さえて、丸いフレームの眼鏡を掛けている彼女は、前に3年の教室で見掛けた上級生だった。
 どうやら高槻達はここでデートしていたらしい。こんな人気のない所で何をするつもりだったんだか。
「高槻君。ホントにどうもありがとう」
 有希が頭を下げた。
「早島さんさえ無事なら、俺は構わないさ」
「・・・僕ならどうなっても良かったのかよ?」
「何にせよ、早島さんが無事だったのは喜ばしい事じゃないか」
 そう言うと高槻は、彼女の方へと近寄った。
「高槻君・・・」
 彼女が高槻に何か耳打ちをした。それを聞いて高槻が僕達に向き直る。
「水城。今から俺達は仕切り直しにゲーセンに行くが、お前らも一緒にダブルデートというのはどうだ?」
「えっ!お前と僕達で?」
 いきなり何を言い出すのかと思った。
「高槻君のお誘いは嬉しいけど、でも今日はもう遅いし・・・」
 有希も躊躇していた。
「今日という日は二度と来ないよ、早島さん。そんな一日を嫌な気分で終わらせるなんて、もったいないと思わないかい?」
 こんなキザなセリフを顔色一つ変えずに話せるなんて、一体どーいう心臓の持ち主なんだ。
 でも言ってる事は確かに納得出来る。
「そうだね。じゃ僕達も行くよ」
「水城・・・」
 まだためらっている有希に、誘いを掛けた。
「高槻の言う通りだよ。こんな嫌な気分のまま帰ったって、蛍子さんの夕食は美味しく食べられないよ。だから一緒に行こう」
「水城なら、そう言うと思ったよ」
「今日・・・一日・・・」
 有希は一人何かをつぶやいていたが、突然顔を上げて僕と高槻を見た。
「そうね、じゃ一緒に行きましょ」
「さすが早島さん、そう来なくちゃ」
 隣の彼女が高槻の腕にさりげなく手を回して組んだ。
 高槻達が歩き出した後を、僕と有希が並んで追うように歩き始めた。
 僕達四人は、公園を出てゲーセンへと向かった。

 ゲーセンは公園を出て道路を挟んだ向い側にあった。建物は二階建てで、一階は対戦台や大型筐体の体感ゲーム及び、クレーンゲームにプリクラ等があり、二階はメダルゲームやビリヤードのコーナーとなっていた。
 僕達はまず対戦型のパズルゲーに挑戦した。
 意外と高槻はパズルゲーがうまかった。対戦して負けた有希が感心していた。
「高槻君、ものすごくうまいじゃな〜い」
「お姫様達の相手をしているうちに、いつの間にかうまくなってたのさ」
 確かに高槻の彼女も劣らぬくらいにうまかった。僕と有希も結構やり込んでいる方だと思っていたけど、高槻達には全然歯が立たなかった。
 次に僕が音楽ゲーの『踊るダンス革命』をプレイしようとすると、高槻に止められた。
「お前は止めておけ」
「何でだよ?」
「お前、その格好でやるつもりなのか?」
 そうだった。今僕は制服のスカートをはいてるんだった。しかもスカート丈は結構短いから激しいステップをすればパンチラするかもしれない。
「だ、大丈夫だよ。これくらい・・・」
「ダメよ水城っ!はしたないマネしないで!」
「・・・わかったよ」
 有希にまで止められて、僕は渋々諦めた。
「ま、今日は大人しく俺のプレイを見てるんだな」
 高槻は100円玉を投入しプレイを始めた。
 リズミカルなステップを踏み、高槻は次々とステージをクリアしていった。
「くやしい〜。この恨みは『列車でポン!』で晴らしてやる〜」
 という訳で僕は列車運転シミュレーションの『列車でポン!』をプレイする事にした。
「あ!新しいのに変わってる」
「どうやら続編が登場したようだな」
 名前も『列車でポン!24系25型』となっていた。
 四本あるコースの中で僕は青函トンネルを通る津軽海峡線を選ぶ事にした。車両はED79型の「海峡」号で、竜飛海底駅を発車し吉岡海底駅を経由して函館へと至るコースだ。
 100円玉を投入しコースを選び、加速レバーとブレーキハンドルを握ってプレイを開始した。
「・・・・・・なんか、ずっとトンネルなんだけど」
「・・・世界で一番長いトンネルだっていうからな」
「どうりでずっと真っ暗だと思ったわ」
 結局タイムオーバーで函館まではたどり着けなかった。
「そろそろお姫様達のお相手に戻ろうぜ」
「ああ」
 今度は対戦型のカーレースゲームをする事になった。ゲームは二人用で、最初は僕と高槻が対戦した。後ろでは有希達が観戦している。
「これならパンチラを気にせず勝負出来るな。覚悟しろ」
「望むところだ」
 青いシグナルと共に各車一斉にスタート!。
 高槻は堅実な走りで徐々に順位を上げていく。僕もなんとか追い上げようとしたが力及ばず、結局高槻が優勝し僕は二位だった。
「くやしい〜っ。何か納得いかない〜」
「ま、リターンマッチならいつでも受けて立つぜ」
 余裕たっぷりな高槻に替わって、今度は有希と僕が対戦となった。
「水城、今日の勝負はもらったわよ!」
「そううまくいくかな?」
 最近僕と有希はこのレースゲームにハマっていた。お互いの実力は五分五分といったところだ。
 青いシグナルと共にスタートすると、有希と僕のマシンは激しいデットヒートを繰り広げつつ順位を上げていく。
 そして最終ラップに突入した時、コーナーのインを突こうとした僕のマシンがスリップを起こし、アウトにいた有希のマシンを巻き込んでコースアウトしてしまった。
「巻き込まないでよ、も〜っ!」
 その後僕の方がいち早くレースに復帰し、有希より先にゴールインした。
「これが実力の差ってヤツだね」
「どこがよっ?!水城の馬鹿っ!」
 有希は拳を握って本気でくやしがっていた。
「ずっとゲームばっかりしてたから、喉が乾いたな〜」
「じゃ、ジュース買いに行こっか?」
 僕達はジュースの販売機コーナーに行って、それぞれ好きな物を買って近くのベンチに腰掛けて飲み始めた。
「来て良かっただろ?早島さん」
 コーラを一口飲んだ高槻が尋ねた。
「そうね・・・ありがと、高槻君」
 ジュースを持った有希が礼を言った。
「ねえ・・あなた、ホントは男の子でしょ?」
 ずっと黙ったまま紅茶を飲んでいた高槻の彼女が、僕に問い掛けてきた。彼女はとても大人びた雰囲気の人だった。
「えっ・・・あ、はい。そうですけど・・・」
 突然尋ねられて、戸惑ってしまった。
「私達の周りで噂になってたのよ。高槻君と同じクラスにとっても可愛い男の子がいるって」
 彼女は微笑んで僕を見ていた。
「さっきの公園でのあなた、とっても男らしかったわ」
「そんな事・・・ないです」
 僕達とヤツとのやりとりを見ていたらしい。
 今思えばどうしてあんな事が出来たのか、自分でも不思議だった。ただ有希にあんなに馴れ馴れしい態度をとったアイツに対して、言い様のない怒りを覚えたのは事実だった。
 次に彼女は僕の全身を眺めた。
「でもその制服姿も、中々似合ってるわよ」
「あの・・・これには理由があるんです!水城は今朝目が覚めたら体が女になってたんです。だから・・・」
 有希が僕に替わって説明してくれた。
「そうだったの・・・」
 少し済まなさそうに彼女は頷いた。その後僕に向き直りもう一度笑顔を浮かべた。
「私ね、美術部の部長しているの。それでもし良かったら、美術部のモデルになってもらえないかしら?」
「えっ僕が?」
「水城がモデルに?」
 僕と一緒に有希も驚いている。
「モデルっていっても、もちろんヌードとかじゃないのよ。私が興味あるのはあなたの顔なの」
「顔・・・ですか」
「無理強いはしないわ。あなたの気の向いた時で良いから、お願いするわね」
「・・・考えておきます」
 この僕がモデルかぁ・・・それにしても3年生の間で、僕が可愛いって噂になってたなんて・・・なんだか嬉しいなぁ。
 ぎゅうぅぅぅ〜〜〜ッ!(いきなり有希に腕をつねられた)
「痛てててっ!?」
「デレデレしないのっ!」
「くすっ・・・ホントに仲いいのね、二人とも」
「毎日この調子で、こっちは当てられっぱなしさ」
 美術部の彼女は口に手を当てて笑い、それを受けた高槻がコーラをあおった。
「べ、別に私と水城はそんなんじゃ・・・」
 体裁悪そうに有希はうつむいた。
 それにしても今日は、いろんな人間から同様な事を言われてしまった。
 自分では意識してなかったけれど改めて他人から指摘されて、僕と有希はいつも一緒にいたという事に気が付いた。
 早島家に下宿を始めて以来、有希は僕のそばにきては色々な事で突っ掛かって来た。
 最初のうちはうっとうしいと思っていたけど、それがだんだんと気にならなくなって有希のそういった性格や口調も、自然と受け入れられるようになっていった。
 今では僕も有希に対して冗談を返したり、からかって反応を見て楽しむ事が出来るまでになっていた。
 いつの間にか、有希が僕のそばにいるのが当たり前になってたんだ。
「何、突然神妙になってるのよ?」
 僕が黙っていると、有希が顔を覗いてきた。
「な、何でもないよ」
「・・・おかしな水城」
 有希は残っていたジュースを飲み干した。僕もコーヒーを一気に飲み込んだ。
「そろそろ帰ろうぜ。水城」
「うん」
 僕達は椅子から立ち上がり出口へと向う。外へ出ると高槻が彼女と腕を組んだ。
「家まで送るよ」
「お願いするわ」
 僕達と高槻達は帰る方向が反対だった。
「それじゃ早島さん、俺達はこれで失礼するよ」
「さよなら高槻君、また明日ね」
「じゃあな、高槻」
「さようなら戸張君、早島さん」
 僕達は二手に別れ、それぞれの家へと帰って行った。

「ただいまー」
 玄関を開けると、蛍子さんが明るい声で出迎えてくれる。
「おかえりー、二人でデートしてきたの〜?」
「違うわよ!・・・水城の下着を買いに行って、その後高槻君達とゲーセンに行っただけよ」
「そうだったのぉ〜。で、何か良い品はあった〜?」
「ええ。ちょっと予算オーバーしちゃったけど」
「じゃ後で着てるトコ、私にも見せてねぇ〜」
 蛍子さんはダイニングキッチンへと向かって行った。
「僕、自分の部屋で着替えて来るから」
「うん」
 有希と別れ、離れへ戻った。
 制服を脱いでGパンをはこうとした時、僕はある異変に気が付いた。
 ・・・ヒップが大きくて入らない。
 そうだった。女になってしまったから、男物のGパンは尻周りが小さくてはく事は出来ないんだ。
 どうしよう・・・夏物のショートパンツでもはくしかないかな。
 その時、部屋の外から蛍子さんの声がした。
「水城君、入るわよぉ〜」
 ドアを開けて蛍子さんが紙袋を持って中に入って来た。
「あ、やっぱり着る物がなくて困ってたわねぇ〜」
 下着姿の僕を見てそう言った。
「そう思って、私が普段着を持ってきたわよっ。はいっ開けてみて」
 持っていた紙袋を僕に手渡した。早速袋を開け中身を取り出す。
「こ、これは・・・?」
 中からは、スタンドオフカラーのベージュ色の薄手のセーターと黒いミニのフレアースカートが出てきた。
「これ・・・着るんですか?」
「そ〜よぉ。これは私が前に着てた服なの。さっ早く着てみてっ」
 期待に輝く瞳で僕を見詰めていた。とてもじゃないけど断りづらい雰囲気だ。
「じゃあ、着させてもらいます」
 さっきまで制服のスカートをはいていたんだから、今更ミニスカートをはくのも抵抗感はなかった。
 スカートに足を通して腰まで引き上げてホックを止め、次にセーターに袖を通し頭からかぶった。
「まぁ!思った通りね〜。良く似合ってるわよぉ水城君っ!」
 今朝初めて制服姿を見た時と同様に、蛍子さんはとっても嬉しそうだった。
 その後蛍子さんは、僕の着ていた制服をハンガーに掛けてくれた。
「さてと、もう少ししたらご飯が出来るから、後10分ぐらい待っててねっ。今日は腕によりをかけて作ったから、期待しててねぇ〜っ!」
 蛍子さんは小走りで母屋へと戻った。
 一人になった僕は姿見に自分の全身を映して見た。
 セーターにミニスカートをはいた今の僕は、まるで生まれた時から女だったんじゃないかと思えるくらい、自然な感じがしていた。
「そう感じるのって、この顔のせいなのかなぁ・・・」
 今朝の高槻の言葉を思い出す。
『・・・前から女顔だとは思っていたが、こうなってみると全然違和感ないな』
 高槻のヤツ、正直に言ってくれちゃって・・・やっぱりクラスメートや他の生徒達も、そう思ってたのかなぁ。
『知らないヤツが見たら、誰もお前が昨日まで男だったなんて思わないだろうな』
 もしかしたら街を歩いてた時、周りからそう思われてたかも。
 ふと時計を見ると、蛍子さんが出てってから10分近くたっていた。そろそろ夕食が出来る頃だ。
 そういえば今日は腕によりをかけたって言ってたけど、一体どういう事なんだろう?。
 疑問に思いながら僕は部屋を出て母屋へと向かう。
 玄関に入るとちょうど二階から有希が降りて来たところだった。
「な、何よそのカッコは?!」
 白と青の横ストライプのロングスリ−ブTシャツと赤いキュロットスカ−トに着替えた有希は、僕の姿を見て驚いていた。
「蛍子さんが貸してくれたんだ。男物のGパンがはけなくて困ってるでしょって」
「だからってスカートじゃなくてもいいのにっ」
「今日一日スカートだったんだから、僕もう慣れちゃった」
 体を軽くひねってみた。スカートの裾が軽く浮き上がった。
 その日のうちに僕は、ミニスカートをはいて歩く開放的な感覚が好きになっていた。
「こうしてみるとミニスカートのはき心地もいいものだね。有希もミニの時はこんな気分になるの?」
「そんな事、答えられる訳ないでしょっ!」
「水城君、有希、ご飯出来てるわよ〜。早くいらっしゃ〜い!」
 奥から蛍子さんの声が届いた。僕達はダイニングキッチンへと向かった。
「さあ席に着いて。ご飯にしましょっ」
 テーブルを見ると、キャベツの千切りに乗った大きな豚カツ、ミックスベジタブルのポテトサラダ、コーンポタージュスープ等が並べられていた。
 確かに腕によりをかけるって言っただけの事はある。
「はいっ、水城君」
 椅子に座ると、蛍子さんがジャーからご飯をよそって渡してくれた。
「あれっ?お赤飯・・・?」
 茶碗には赤飯が山盛りになっていた。
「そーよぉ。今日は水城君が女になったお祝いよっ!」
「お姉ぇ・・・それは初潮を迎えた時の話でしょっ!」
 またまた有希が拳を握って怒っている。今日は何度このポーズで怒りをあらわにした事だろう。
「あらぁせっかくこんな可愛い女の子になったんだもの。お祝いしてあげなきゃ〜っ!」
「誰が、『可愛い女の子』よっ!」
「あら?有希ったら水城君に嫉妬してるのぉ?」
「違うわよっ!」
 今朝と同様に、有希の剣幕に対して蛍子さんはひたすら笑顔で応じていた。
「お姉ぇは今朝学校で、『水城は自分から望んで女になった』んじゃないって言ったでしょ?だったら赤飯炊いてお祝いする事ないじゃない!」
「でも水城君はこんなに可愛い娘になれたのよ。その事をお祝いしてあげたくなるのは人情だと思うわぁ」
「そう考えるのは、お姉ぇだけよっ!」
「そーかしらぁ?」
 蛍子さんが僕の方を向いて、笑顔で同意を求めた。
「水城君だって、『可愛い女の子』になれて嬉しかったでしょっ?」
「えっ!そ、それは・・・」
 ギロリッ!
 有希が怒りに燃えた瞳で見据えていた。背筋に戦慄が走る。
「あ・・・あの・・・は、恥ずかしかったです・・・」
「そーなのぉ?あっ、わかった!」
 胸元でポンと手を合わせる。
「『可愛い女の子』になったから皆の注目を浴びて、それで恥ずかしかったのねぇ〜っ!」
「どーしてそうなるのよ・・・」
 最早、有希は怒りを通り越して呆れ果てていた。
「さっ、ご飯が冷めないうちにいただきましょっ」
 蛍子さんが自分と有希の茶碗に赤飯をよそった。
「いただきまーす」
 箸を持って蛍子さんはおいしそうに食べ始めた。
「僕もいただきまーす」
「たくさん炊いたから、どんどんおかわりしてね〜っ」
 僕と蛍子さんが食べ始めても、有希だけは赤飯を睨んで手を出そうともしなかった。
「どーしたの有希?せっかく腕によりかけて作ったのに食べないのぉ?」
「・・・・・・」
「なら、僕が食べてあげようか?」
「ダメッ!」
 有希が手で覆っておかずを隠す。
「どっちなんだよ?」
「・・・わかったわよ。食べるわよ、もお!」
 箸を持つとガツガツとご飯を食べ出した。
「見事な食べっぷりねぇ。でもそんなに怒って食べるとぉ、ご飯が美味しくなくなるわよ〜っ?」
「誰のせいだと思ってるのよっ」
「あっ、そういえばさっき下着を買いに行ったって言ってたわよね。どんなの買ってきたの〜っ?」
 僕は買った下着の種類や、ランジェリーショップでの出来事を話した。
「じゃ水城君て、3サイズやカップまで有希と同じだったのぉ」
「ちょっとびっくりしちゃいました」
「それじゃブラが足りなくなった時、有希から貸してもらえるわねー」
「そんなの、お断りよっ!」
「あらいーじゃない。へるモンじゃないし」
「気分の問題よ!」
 僕が赤飯をおかわりした後、今度は有希の方から蛍子さんに話し掛けた。
「お姉ぇ。今日新聞部の子に水城の事、バラしたでしょ?」
「あらぁ私は取材に行くようにって勧めただけよぉ」
「同じ事でしょ!」
 有希が箸と茶碗を持ったまま、テーブルに手を載せた。
「何も新聞に載せてまで、水城に恥かかせる事ないじゃない」
「あの二人なら大丈夫よ。水城君を傷つけるような記事は書かないと思うわっ」
「でも読んだ人が変な風に取る事だってあるかもしれないでしょ!」
「だからこそちゃんと取材して、真実を全校に広める必要があるんじゃない?」
「それはそうだけど・・・でも、水城だっていきなり取材されて困ってたのよ!」
「水城君、そーだったの?」
 蛍子さんに尋ねられて、僕は食べるのを止めて答えた。
「ちょっと恥ずかしかったけど・・・でも下手に隠して妙な詮索されるのもいやだったし・・・なるべく正直に答えました」
「それは良かった。これならきっと全校に真実が正しく伝わると思うわっ」
「取材に来たあの娘達も信頼出来そうだったし、僕もそう思います」
「まったく二人ともお気楽なんだから・・・」
 有希は食事を再開した。僕も残っていた赤飯とおかずを平らげた。
「ごちそうさまー」
「ごちそうさまでした」
「はいっ、おそまつさまでした〜」
 僕達3人は食事を終えた。蛍子さんが湯飲みにお茶を注いで、さらに僕達の分も注いでくれた。
「食事の後の、この一杯がたまらないのよね〜」
 お茶を飲む蛍子さんは、とても幸せそうだった。

 僕達は食事の後片付けをした後、リビングへ移動して一時間程テレビを視た。
「そろそろお風呂が沸く頃ねぇ。水城君、今日は先に入っていいわよぉ」
「わかりました」
「着替えを取ってらっしゃい。その間にバスタオルとか用意しとくわねっ」
 僕は部屋に戻り、着替えを用意した。
「確かブラって、寝る時は着けなくていいと思ったけど・・・」
 とりあえず、さっき買った白のパンティと寝間着用のTシャツとトランクスを持って風呂場へと向かった。
 脱衣場に入ると衣類かごにバスタオルが用意してあった。かごに着替えを入れセーターとスカートを脱ぎ、洗濯機の中に身に着けていたブラジャーとスポーツショーツとハイソックスを入れ、浴室へ入った。
 浴室の壁にある鏡には、僕の下半身が映っていた。
 そういえば・・・アソコがどうなってるか、まだよく見てないんだった・・・。
 鏡に近づいて股間を見ようとした時、浴室の扉が勢いよく開く音がした。
「うわっ!?」
 驚いて振り返ると、スクール水着を着た有希がタオルを持って立っていた。
「な、何だよいきなり?!びっくりするじゃないか!」
「水城・・・今日は私があんたの体、洗ってあげる」
「何言ってんだよ。自分の体ぐらい自分で洗えるよっ」
「ダメよっ!女の体はデリケートなんだから、男の体と同様に洗っちゃいけないのよっ」
 有希は扉を締めて中に入って来た。
「ほらっ椅子に座って。私が洗い方教えてあげる!」
「いいってば!」
「ダメよっ!」
 僕の肩をつかむと無理やり椅子に座らせ、シャワーを開いて頭から全身にかけてお湯を浴びせた。
 次に頭をシャンプーで洗ってリンスをした後、タオルに石鹸を付けて泡立たせて体を洗い出した。
「女の体は優しく丁寧に洗うのよ」
「何だか・・・くすぐったいよ」
「ちょっとぐらい我慢して」
 全身を泡立たせた後、シャワーで綺麗に洗い流してくれた。
「ふう、やっと終わった・・・後は湯船に浸かるといいわ」
 僕はバスタブに入り、お湯に浸かった。
「どお?女の体の洗い方、わかった?」
 有希はバスタブの縁に肘をついて僕を見詰めていた。
「うん・・・ちょっとくすぐったかったけど」
「力入れすぎちゃうとすぐに赤くなっちゃうんだから、気を付けるのよ」
「うん・・・」
 僕は小さくうなづいた。
「もう少ししたら上がるのよ。次は私が入るんだからね」
 有希が浴室から出て行った。
 ふ〜っ・・・びっくりした・・・。
 バスタブの中で大きく息をついた。
 いきなり体洗ってくれるなんて、どういう風の吹き回しだろう?
 まさか僕がアソコ見ようとしてた事、気付いてないよね。
「水城〜、早く上がって〜」
 外から有希の声がした。僕はバスタブから上がりタオルで全身を拭いた後、浴室を出た。
 脱衣場では有希がバスタオルを持って待っていた。
「ほら」
 バスタオルを受け取り髪を拭いた後、僕は有希に尋ねてみた。
「ねえ、どうして突然体を洗ってくれたの?」
「あんたが風呂場で、ヘンな事しないようにって思ったからよ」
「うそっ?!じゃ僕がアソコ見ようとしてた事、わかってたんだ!」
「・・・やっぱりヤラシイ事考えてたんだ!!」
 しまった!有希にカマ掛けられちゃった。
「水城ーっ!」
「ゴメン有希!ホンの出来心なんだよ!!」
 有希に向かって手を合わせて必死になって謝った。
「今度そんなマネしたら、ただじゃおかないからねっ!」
 両手を腰に当て、僕を睨みつけた。
「わかったよ〜、もうしないから許して〜」
「まったくもう・・・ほら、早く服着て」
 パンティをはきその上にトランクスもはいて最後にTシャツを着て、僕は風呂場から逃げるように出ていった。
 玄関を出ようとした時、二階から降りて来た蛍子さんと出会った。
「蛍子さん、お休みなさい」
「水城君、女の体は冷やしちゃ駄目よぉ」
 右手の人差し指を真っ直ぐ立てて注意してくれた。
「は〜い」
「ちゃんと暖めて寝るのよ。じゃお休みぃ」
 僕は蛍子さんと別れ、離れの部屋へと戻った。

 部屋に戻っても風呂上がりの体は、まだ火照っていた。
 それにGパン程じゃないけれど、男物のトランクスはきつくて身動きがしづらかった。
 蛍子さんは『冷やしちゃ駄目』って言ってたけど・・・でもこれじゃお尻が苦しいよ。
「・・・やっぱり脱いじゃお」
 トランクスを脱ぎ、Tシャツとパンティだけになる。これでだいぶ楽になった
 そのままベッドに仰向けに横たわり、今日の出来事を思い返してみた。
 今朝目が覚めた時、体が女になっていた事・・・蛍子さんに学校に行くようにと言われて、有希に下着を借りて蛍子さんの昔の制服を着せられて学校に行った事・・・HRでクラスメートに説明されて、皆の視線が集中して恥ずかしくなった事・・・いきなり新聞部が取材に来た事。
 それから・・・鈴平君との事。
 起き上がって、ハンガーに掛けてあったブレザーのポケットからラブレターを取り出すと、それを持って再びベッドに体を投げ出した。
 ラブレターを眺めながら僕は、自分が何故鈴平君にあんな事をしたのか考えていた。
 鈴平君の泣いてる姿を見ていたら、確かに僕は切ない気持ちになった。
 それと同時に僕の中で何かが弾けて、思わず鈴平君を抱きしめていた。
 男とか女とか関係なく、ただ目の前にいる悲しんでいる人を慰めてあげたくなるという、今思えば本能としか言い様のないものに体と心が支配されてしまっていた。
 もしかするとこれが、母性本能と言うものだろうか?。
 確かにあの時、僕は女の子みたいな気持ちで鈴平君に接していた。悪戯心を起こしてわざと胸を押し当てたり、さらに愛しさまで感じて額にとはいえキスまでしてあげた。
 どう考えてもこれでは、女の先輩が後輩の男の子を誘惑している光景としか言い様がなかった。
 とは言っても今の僕は鈴平君に対して恋心を抱いているという意識はない。ただ自己嫌悪に陥って傷ついていた心を、慰められて良かったという思いがあるだけだ。
 僕は体が女になったから母性本能に目覚めてしまったのか?。それとも僕の中に元からそう言うものがあって、それがたまたま鈴平君に対して現れてしまったのか?
 容易に結論は出そうになかった。

 そろそろ眠気を感じて来た頃、ドアの外から有希の声がした。
「水城・・・入るわよ」
 ドアが開いて、パジャマ姿の有希が枕を抱えて部屋に入って来た。僕は慌ててラブレターをベッドの下に隠した。
 有希はポニーテールを解き、髪を垂らしていた。有希のそんな姿を見たのはこの家に下宿して以来、初めての事だった。
 僕はベッドから起き上がった。
「どうしたんだよ有希、こんな時間に?」
「今夜は・・・私が添い寝してあげる」
 思い詰めた表情を浮かべ、僕を見詰めていた。
「心配しなくても、僕もうヘンな事しないよ」
「違うのよ!・・・もし夜中に生理が始まったら、水城はどうしたらいいかわからないでしょ?・・・だから」
「生理・・・」
「ほら、ナプキンだってちゃんと持って来たんだから」
 パジャマの胸ポケットからナプキンを取り出し、僕に見せた。
 確かに僕には女の生理についての知識はなかった。いきなり生理が始まったら、どうしていいかわからないのは事実だった。
「わかったよ、有希がそうしたいって言うなら」
 僕は自分のベッドを指さした。
「じゃ有希はベッドで寝てくれよ。僕は床にシーツ敷いて寝るから」
「駄目よっ!女の体は冷やしちゃいけないのよ!」
 蛍子さんと同じ事言ってるなぁ。
「じゃあ、どうするんだよ?」
「一緒に・・・ベッドで寝ればいいじゃない・・・」
「ええーっ?!」
「何よぉ・・・今は『女同志』だから、構わないわよっ」
 頬を真っ赤にしていた。
「・・・いいの、それで?」
「いいわよ・・・それに私、寝相いい方だから大丈夫よ・・・」
「・・・うん」
 有希は自分の持ってきた枕を、僕の枕の横に並べて置いた。
「・・・そろそろ寝ましょ」
 時計は12時近くを示していた。
 有希は布団を上げて先にベッドに入り、背中を向けて寝た。
 僕は部屋の明かりを消し、有希に続いてベッドに入った。
「お休み、有希」
「・・・お休み」
 ベッドに横になっても僕は中々寝つけなかった。しばらく天井をぼんやりと見ているしかなかった。
「・・・・・・水城・・・起きてる?」
 背中を向けたまま有希が話し掛けてきた。
「何?」
 有希の後頭部に目を向けた。真っ直ぐで艶やかな髪が目に入った。
「・・・一つ、聞いてもいい?」
「・・・うん」
「ホントは女になった事・・・心の底で喜んでない?」
「そ、それは・・・」
「お願い、正直に答えて」
 僕は言葉に詰まった。
 今朝、学校への途中で有希に同じ質問をされた時、僕は内心ドキッとしていた。
 もし女になった事が心底イヤだったなら、有希の質問に対して即座にノーと答えられたはずなのにドキッとしてしまったという事は、やっぱり心のどこかで喜んでいた・・・という事になる。
 そして今日一日を女として過ごすうちに僕は、このまま女として生きて行くのもいいかなと思い始めていた。
 でもそれを口にしたら、有希に対してものすごく悪いような気がした。
「・・・やっぱりそうなのね・・・」
 答えられずに黙っていると、有希がつぶやくように言った。
「だって今朝からおかしいと思ってたもの・・・お姉ぇに学校に行くようにって言われて素直に従うし・・・女の制服着て嬉しそうにポーズ取るし・・・ブルマーやスクール水着を着たいような事言うし・・・」
「うっ・・・」
「いつの間にか女らしい仕種を覚えてるし・・・新聞部の取材もお気楽に受けちゃうし・・・放課後は教室で待っててって言ったのに、一人で勝手にどっか行っちゃうし・・・」
「それは・・・」
「ランジェリーショップに入ったら浮き浮きしてるし・・・モデルになってって言われてデレデレしてるし・・・お姉ぇのミニスカートはいて喜んでるし・・・挙げ句には風呂場でヘンな事しようとしたし・・・」
「・・・・・・」
「でも・・・公園で私をかばってくれた時・・・すごく嬉しかった・・・水城が私の為に怒ってかばってくれた事、本当に嬉しかったんだよ」
 公園で心から謝る有希の姿が、心に浮かぶ。
「あの時の水城、すごく男らしかった・・・だけど、それ以外はまるで女みたいになっちゃって・・・・・・ねえ、本当はどうなの?・・・女になった事、本当に喜んでるの?」
 有希はずっと背中を向けたままだ。
「・・・本当の事言うと・・・僕、今日は自分でも不思議なくらい、落ち着いた気持ちでいられたんだ・・・そりゃ、朝起きて体が女になってた時には、びっくりしちゃったけどね」
「・・・どうして落ち着いていられたの?常識じゃ考えられない事が起きてるのに・・・」
「それは・・・」
「やっぱり、女になった事・・・嬉しかったんでしょ?・・・そうなんでしょ?」
 もう有希に嘘はつけなかった。
「うん・・・」
「やっぱりね・・・」
 とても寂しげな声だった。
「でもね、有希・・・」
「・・・何よ?」
「確かに・・・女の制服やミニスカートはいたり、ランジェリーショップで下着買ったりした事は楽しかったけど・・・でもそれは、有希がそばにいてくれたからだと思うんだ」
「どうして・・・そうなるのよ・・・」
「有希がいつもみたいに・・・僕に突っ掛かって来てくれたから・・・ずっとそばにいてくれたから・・・だから」
「・・・私は・・・気が気じゃなかったわよ・・・」
 声が震えている。肩も小刻みに揺れていた。
「有希・・・どうしたんだよ?」
「なんでもないわよ・・・」
「こっち向けよ」
「・・・イヤよ!」
 その肩に手を掛け、こちらを向かせた。
「・・・何よぉ」
 涙だった。有希が大粒の涙を浮かべて僕を見ていた。
「・・・有希?!」
 あの勝ち気で、いつも僕に強気で突っ掛かって来る有希の姿はそこにはなかった。
 今僕の目の前にいるのは・・・一切の悲しみを隠す事なくさらけ出した、寂しがりやの女の子だった。
「・・・私は水城を・・・初めて見た時から・・・放っておけなかった・・・男のくせに、可愛らしい顔して・・・ひ弱そうな体だし・・・」
 有希はあふれる涙を拭おうともせず、つかえそうになりながら自分の思いを僕に打ち明けていた。
「そのくせ・・・突っ込めば本気になって言い返すし・・・時々変な冗談は言うし・・・・・・その上、いきなり女になっても平然としてるし・・・」
 胸が痛かった。鈴平君の涙を見た時よりも深く、大きな痛みだった。
「そんな水城を見てると・・・私・・・私!」
「有希・・・」
 有希が今まで僕に対していろんな事で突っ掛かって来たり、僕の冗談に対して大きく反応していたのは、有希が本当は寂しがりやな性格だったからなんだ。
 寂しさの裏返しから、いつも僕のそばにいて強気な態度をとったり、時には妙に世話を焼くといった事をしていたんだ。
 今日いきなり僕が女の体になった事・・・自分と同性になった事で、自分の知っている存在から別のものに変わってしまった。そんな風に感じて有希の心は悲しみに包まれていたんだ。
 そんな気持ちも知らず僕は、女の体になった事を喜び無邪気に女としての生活を楽しんでいた。それが有希にとっては一番悲しい事だった。
 今、僕は有希に対して心から申し訳ない気持ちになっていた。だけどそれ以上に、有希の心を傷つけてしまった僕自身の行為に腹が立っていた。
「馬鹿・・・水城の馬鹿・・・ずっと・・・ずっと好きだったのに!」
 弱々しい声だけど、その言葉が僕にとって一番の衝撃だった。
 その時僕の心の中で、もう一度何かが弾けた。鈴平君の時よりも強く、大きな感情だった。
「有希っ!!」
 僕は有希を自分の胸へと強く抱きしめた。その髪から甘い香りが漂って来た。
「水城・・・水城・・・」
 僕の名を何度も呼び、震えながら泣き続ける今の有希は、僕と同じ身長のはずなのにとても小さくて弱々しかった。
 有希の顎を指で持ち上げ、その唇にキスをした。有希が泣き止むまでそのまま唇を重ねていた。
 僕と有希の間に二つずつあるバストがお互いの体で押し詰められて窮屈だったけど、そんな事に構わず僕達はキスを続けた。
 いつの間にか有希の震えは止まっていた。唇を離し、耳元で優しくささやいた。
「有希・・・僕、今やっとわかったよ・・・僕は本当は・・・有希の事が・・・好きなんだ!」
 言葉が自然に僕の中からあふれてきた。
「・・・うん」
 有希が小さくうなずいた。
「だから、僕がどんな事になっても・・・ずっとそばにいてほしいんだ」
「私、言ったはずよ・・・レズじゃないって」
「関係ないよ、そんな事」
 僕は顔を有希の前へと持っていった。瞳と瞳が真っ直ぐに見詰め合う。
「僕には有希が・・・必要なんだ」
「・・・わかったわよ、そんなに言うのならずっと・・・そばにいてあげる」
「ありがとう、有希」
 僕達はもう一度キスをした。お互いの体に腕を回し、指の先まで力を入れて抱き合った。
「有希・・・大好きだよ」
「水城・・・私の水城・・・」
 今の僕の心は有希への愛しさで満ちあふれていた。僕達は抱き合ったまま、眠りに落ちた。

 目覚まし時計のチャイムが聞こえて来る。どうやら7時になったようだ。
 目を開けると夕べと同じく、有希が僕を見詰めていた。僕と同時に目を覚ましたらしい。
「お早う、有希」
「おはよ、水城」
 有希の顔がほんのりと赤くなっている。
「ねえ・・・」
 有希が顔を近づけて来た。そのまま僕達はキスをした。
 ・・・夕べと違って胸が苦しくない。いつの間に痩せたんだろうか?・・・・・・まさか!?
 僕は有希から唇を離し、布団をはね除け上半身を起こした。有希も驚いてその場に起き上がり僕を見ていた。
 Tシャツの上から胸を触る。どこにも乳房の感触はなかった。
「水城?どうしたの?」
 何が起きているのか、有希はわからない様子だ。
 僕はTシャツを脱ぎ、裸になった。
「きゃっ!?」
 有希がびっくりしている。
 それに構わず僕は自分の体を見下ろした。そこには乳房はなく、平坦で貧弱な男の胸があった。
 次に自分の股間に手を伸ばす。そこにあったのは・・・。
 息子! 一物! シュワルツ! お宝!
 僕の手には、男のモノがしっかりと握り締められていた。
「有希・・・僕、男に戻ってる!」
「ほ、本当なの?!」
「ああ、本当だよ!本当に男に戻ってるんだ!!」
「水城ーーーっ!!」
 有希が嬉しそうに抱きついて来た。僕は全身で有希の体を受け止めた。
「良かった・・・私の水城が男に戻って・・・」
「有希・・・」
 そのまま抱き合っていると、突然部屋の扉が勢いよく開いて蛍子さんが中に入って来た。
「お早う水城君。あら!二人とも、朝からずいぶん仲がいいわねぇ〜っ!」
 抱き合っている僕達の姿を見て脳天気に感心していた。
「きゃあああああああああーーーーーーーーーっ!!!」
 部屋の中に有希の絶叫がこだました。

 その後蛍子さんに僕が男に戻った事を告げると、何故か昨日と同様に笑顔で納得してくれた。
 そのまま学校に行き、HRで蛍子さんがクラスメート達に僕が男に戻った事を説明すると、皆は一様にホッとした表情を浮かべていた。
 休み時間になって友達に話を聞くと、皆僕が男に戻った事を喜んでいると言ってくれた。
「そんなに僕の事、心配してくれたのか?」
「違うよ。お前の隣で早島が恐い顔で俺達を睨んでいて、生きた心地がしなかったんだ」
 有希の無言のプレッシャーは相当のモノだったらしい。
 高槻は一言、
「早島さんに笑顔が戻って良かったな」
 とだけ言った。
 昼休みになると僕と有希は新聞部の部室に呼ばれて、蛍子さんと新聞部員の二人の娘から説明を受ける事になった。
 蛍子さんが言うには、この六角堂学院では昔から男子生徒が突然女になってしまうという事件が一年に一回か二回、必ず起きていたそうだ。
 でも女になっても一日から三日の間で男に戻ってしまうので、誰もその事を深く追及はしなかったという事も聞いた。
 それが5年前にぷっつりと途絶え、そんな事件があった事などほとんどの人が忘れてしまっていた頃、いきなりそれが僕の身に起きてしまったという事らしい。
「どーしてそれをすぐに言ってくれなかったのよ?!」
「あらぁ有希の事だから知ってると思ってたわぁ」
「そんなの初耳よっ!」
「そおだったの〜?ゴメンねぇ」
「謝って済む問題じゃないでしょっ!!」
 その後蛍子さんは、その当時の記事や写真を見せてくれた。
「ちょうど私が三年で新聞部の部長してた時、それが起きたのが最後なのよねぇ」
 写真には、ジャージを着た可愛らしい顔の生徒が写っていた。よく見ると胸に二つの膨らみがあるのがわかった。
「その時取材に行った事、今でもはっきりと覚えてるわぁ。その彼も水城君みたいに、可愛らしい男の子だったのよねぇ」
 その彼は僕と同様に胸がきつくて学ランが着れなかったので、ジャージを着て登校したそうだ。
「だったら、何で水城には女の制服着せて登校させたのよ?ジャージでも良かったんじゃない」
 有希のもっともな質問に対して、蛍子さんは笑顔で答えた。
「あらぁせっかく可愛い女の子になったんだから、女子の制服を着せてあげたいと思うのは人情じゃない?」
「・・・それじゃ卒業してから5年間も、制服を大切に取っていたのは・・・」
「そ〜よぉ。この時のためだったのよぉ!」
「お姉ぇ〜〜〜っ!」
 昨日と同様に、有希は拳を握って怒りをあらわにした。
「初めて水城君を見た時、私はピンときたの。彼はきっと女の子になるって」
「・・・僕を見て、そんな事考えてたんですか?」
「それから私は、いつ水城君が女になるかとずっと期待してたのよねぇ〜。そして昨日の朝、それが現実になってとっても嬉しかったわぁ〜」
「だから昨日はあんなに浮かれてたのねっ!」
「水城君も昨日はとっても楽しかったでしょ?有希ともちゃんと恋人同志になれた事だし、ま、結果オーライってトコかしらぁ〜!」
「・・・お、お姉ぇのっ、馬鹿ぁーーーーーーっ!!」
 有希は真っ赤になって絶叫した。

 翌日発行された学校新聞には僕が一日だけ女になった事や、それがこの学校では昔から毎年起きていた事で5年前に途絶えていたのが復活した、と言う記事が掲載されていた。
 その新聞を僕達は教室で見た。
 高槻も感心なさそうな顔で新聞を読んでいた。どうやら高槻はこの事を知っていたようだ。多分、上級生の彼女達から噂話として聞いていたのだろう。
 さらに記事の最後には、この性転換の謎を解明するため新聞部、保健委員会、化学部合同によるプロジェクトを近々発足させるとも書かれていた。
「蛍子さん達、すごいヤル気だね」
「どうせお姉ぇは、女になった子に女の制服着せてあげたいだけよ」
「・・・そう言う事か」
 僕は有希の言葉に妙に納得してしまった

 その日の夜、僕は有希の部屋へこの前買った下着を持って行った。
「これ、有希にプレゼントするよ」
「何でそんな物くれるのよ?」
「もう僕には必要のない物だし、有希のサイズにもピッタリだろ」
「・・・わかった。ありがたく受け取っとくわ」
 下着の入った袋を僕から受け取った。
「後、貸してくれた5000円だけど・・・」
「もういいわよ。今もらった下着と相殺にしてチャラにしとくわ」
「いいの?」
「私がいいって言ってるんだから、いいの!」
「ありがとう、有希」
 その後有希が少し恥ずかしそうに、上目遣いで僕を見た。
「あのね・・・今度の日曜日、一緒に買い物に行こうよ」
「いいよ。そのかわり、一つお願いがあるんだけど」
「何?」
「今あげた下着を、その日身に着けてほしいんだ」
 有希が頬を真っ赤にした。
「な、何言ってるのよ。こんな安物、デートにはいてく訳ないじゃない!」
「じゃあ当日は、高くて綺麗なのを身に着けるんだね」
「な・・・?!」
「『何かいい事がありそうな時にはくのよ』って言うのはそーいう事だったんだぁ。僕、楽しみだなぁ」
「何で水城が楽しみにするのよ?!」
 僕は精一杯悲しげな表情を作った。
「ひどいや。あれだけ僕の裸や下着姿を見たじゃない。有希のも一度くらい見せてくれたっていーじゃないか?」
「あれは・・・水城の身の回りの世話をしてあげただけの事じゃない!」
「それに僕達・・・恋人同志だろ?」
「だからって、何で私が水城に下着姿を見せなきゃならないのよ!?」
 有希は怒って僕に背を向けた。
「私はそんなに安っぽい女じゃないわよ!」
 ちょっと有希を怒らせすぎたみたいだ。なんとか御機嫌を取らないとデートそのものがなくなってしまうかもしれない。
「有希、ごめん・・・ちょっと言い過ぎだった」
「ふん。何よ今更」
「反省してるよ。だからこっち向いてよ」
「い・や・よ」
「・・・わかった。じゃ僕、これで帰るよ。部屋で反省するから」
 神妙に言って出口へ向い、扉を開けようとした。
「・・・待ちなさいよ」
「・・・何?」
 ドアノブを握ったまま、動きを止めた。
「私の言う事聞いてくれたら、許してあげる」
 僕は振り返って有希の方を見た。
 有希はすでにこちらを向いていた。やがて僕に近づいて目の前に立った。
「私に・・・キスしてくれたら・・・許してあげる」
「・・・うん」
 僕は有希の肩を抱きキスをした。その体から匂って来る香りは、僕の体の芯をとろけさせるような気分にした。
「これで・・・いい?」
「うん・・・」
「じゃ日曜は一緒に買い物に行こう。今度は僕がランジェリーショップで有希のブラジャーを見繕ってあげるよ」
「余計なお世話よっ!!」
 グリグリグリグリ〜〜〜ッ!(有希が両手の拳で僕のこめかみを挟んで締め上げた)
「痛て痛て痛て〜〜〜〜〜〜っ!!」

 それからの僕と有希は、いつも一緒にいながら冗談を言い合ったりたまに口ケンカをするという、周りから見れば今までと変わりなく見える毎日を過ごしている。
 でもあの日の夜、お互いの気持ちを確かめ合って以来僕と有希の間には他人にはわからない絆が生まれ、育っているのが実感出来た。
 これからも僕達は、ずっとこの調子でやっていけそうだと思う。
 蛍子さんは相変わらずの調子で、僕と有希の関係を面白がって眺めている。
 高槻も相変わらず複数の女子達と付き合いを重ねているようだ。その一人である美術部の部長さんは僕に会う度に、美術部のモデルになってと要請してくる。
「前にも言ったじゃない。私はあなたの顔に興味があるの。男に戻った事なんて関係ないわ」
 そう言われても僕はそばにいる有希の視線が恐くて、未だに引き受ける事は出来なかった。
 鈴平君については、風の便りにGFが出来たと聞いた。
 その後街で、鈴平君が女の子と一緒に歩いているのを見掛けた。その相手というのが、あの日の昼休みに高槻の隣にいた一年の娘だとわかった時は、さすがに僕も驚いてしまった。
 どうやら彼女は高槻に弁当を作ってあげただけで、それ以上の関係ではなかったらしい。
 鈴平君があの時の事をどう思っているのかはわからない。でも鈴平君が傷心から立ち直って新しい人生を送っているのは喜ばしいし、僕も体を張って慰めた甲斐があると思う。
 そして僕が何故鈴平君にあんな事が出来た理由が、今だからわかる。僕の心の中には、悲しみに沈んでいる人を見ると慰めてあげたくなるという性格があったんだ。
 女みたいな性格かもしれないけど、有希が寂しさの裏返しから僕に突っ掛かって来たのを受け止められたのも、この性格のおかげだと思う。
 もしかしたら僕が女の体になったのも、この性格があったからかもしれない。でもそれがなければ、鈴平君はずっと自己嫌悪に陥ったままだったろうし、僕と有希はお互いの気持ちに気付くのがもっと遅れていたはずだ。
 だから僕は、一日でも女の子になれた事を良かったと思っている。

 有希の制服のブラウスを盛り上げている胸の二つの膨らみ・・・スカートから伸びた可愛らしい脚・・・何気なくとる女の子らしい仕種の数々。
 それらが目に入ると僕は、自分が女の子になった日の体験を思い出す。
 丸くふくらんだ二つの乳房・・・腰周りが細くくびれた優しい曲線・・・ヘアの下に縦に割れた一本の筋・・・その体に着けたブラジャーとパンティのフィット感・・・風に揺れる制服のミニスカートの裾・・・その中に時折入り込んで来る心地好い風を感じて、内股になってしまう歩き方。
 その度に僕は、もう一度女の子になってみたいと思ってしまう。
 そして女の子になった僕が、鈴平君みたいな傷心の男の子と出会ってしまったら・・・。
 でもその後決まって思い出すのは、あの夜ベッドの中で僕だけに見せた・・・大粒の涙を浮かべて悲しみをさらけ出した有希の姿だった。
 その度に僕は胸が痛くなって、深い悲しみにとらわれてしまう。
 もう有希のあんな姿は見たくない。
 だから僕は有希と二人きりの時は、有希を大切に扱った。女だった僕と同じサイズをしている有希の体を、優しく愛撫してあげるんだ。
 有希にしてみれば僕の愛撫は、自分への愛情表現だと思うかもしれない。でもそれは僕の中の、もう一度女になりたいという欲求を満たすための行為でもあるんだ。
 その愛撫の中で僕と有希は一つになり、その瞬間・・・僕はもう一度女の子になる事が出来る。これなら有希を悲しませる事はない。
 そして今日も、僕は有希への愛撫を楽しんでいるんだ。今はどこにもいない、もう一人の・・・女の子だった自分と一つになるために。

END



あとがき

 そもそもこの小説を書こうと思ったきっかけは、八重洲メディアリサーチのトピックスの中で八重洲一成さんが『ゴクドー君漫遊記』について書いておられた次の一言でした。

『…櫻は散りゆくからこそ、美しいと申します。人の命もいつか終わりがくるからこそ、生きている今が輝くのだとも言います。それと同じで、いつか男に戻ってしまうと思えばこそ、一瞬の女の子姿に人は萌えるのではないでしょうか。』

 私自身は未だに『ゴクドー君漫遊記』は見た事はありませんが、この言葉には感銘を受けました。
 また、カンの良い方にはおわかりになると思いますが、この小説は『あのゲーム』のシナリオを元に、どこかで見たようなキャラクター、どこかで聞いたようなセリフ、どこかであったようなシーン、そう言ったモノをこれでもかとブチ込んであります。
 ここではそれらの元ネタについて解説はしませんが、私はこの小説をそれらの作品に出会って、笑ったり、萌えたり、感動した事に対する感謝の気持ちを込めて書き上げました。
 お読みいただいた方にも、そう言う感謝の気持ちを分かち合っていただければ幸いに思います。

E-Mailはこちらまで



戻る

□ 感想はこちらに □