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SLANTED & ENCHANTED
作:ikka



 振りかえると、ママとパパが手を振っているのが見えた。 ふたりとも平静を装っているが、涙がこぼれるのを必死で堪えていた。 ぼくは、ふたりに向かって大きく手を振った。

 ぼくは戦場に行く。 敵の兵士を殺しに行く。 生きて帰ってこれないかも知れない。 だけど恐れは無い。 過酷な訓練を耐えぬいた。 ぼくは十分にタフだ。 右の握りこぶしで左胸の心臓のあたりを叩く。 分厚い音がぼくの勇気を奮い立たせる。 前進あるのみだ。 たとえ爆風ではらわたが飛び散っても。
 
  集合場所には見知った顔が並んでいた。 そのうちの何人かと軽い挨拶を交わす。 そこにいた全員が誇らし気に輝いて見えた。
 
  戦地に着いた。 今回の作戦の説明を受けた。 明日はいよいよ出撃だ。
 
  長い時間、トラックに揺られて目的地に着いた。 あたりは静まり返っていたが、街のいたるところに戦闘の傷跡が見られた。 ぼくらはすぐに行軍を始めた。しばらく進むと、路上に子供たちが倒れているのが見えた。 ぼくは駆け寄ってその身体に触れた。 冷たくて固かった。 彼らの人生は終わっていた。
 
  結局、一日目は交戦することなく終わった。 ぼくらは適当な場所に夜営地を設置して、明日の行軍に備えた。 ぼくは緊張していたが、ぐっすりと眠ることができた。
 
  二日目は砂地を進むことになった。 真夏の太陽が容赦なく照りつけてきた。 何人かが熱射病で倒れた。二日目も交戦なし。 ひとりの敵すら見当たらなかった。 上層部の情報に誤りがあったのだろうか。 激戦地と聞かされていたぼくたちは拍子抜けしていた。
 
  三日目。 現地人の部落が発見された。 敵の情報を得ようとしたが、言葉がほとんど通じず、有力な情報を得ることはできなかった。
 
  その夜、ぼくは夢を見た。 そこは現地人のテントの中だった。 ぼくはそこで部族の族長と向かい合って座っているのだった。
 族長は言った。「死を恐れるな。」
 ぼくは言った。 「ぼくが死を恐れているって?!バカなことを!ぼくは兵士だ!兵士は決して恐れない!」
 族長は黙ってぼくを見つめていた。 しばらくの後、族長は口を開いた。
「優しくて強くて悲しくて・・・そして愚かな人間たちよ・・・ 死とはすべての終わりなどではない・・・ 死を恐れるな・・・」
 
  翌朝、部族はその集落ごと消えていた。 見張りに立っていた3人の兵士は口々に「突然、消えた」と証言したが、彼らは厳罰に処された。 ゲリラをみすみす逃がして、敵にこちらの情報を渡してしまったということらしい。
 
  四日目。 あたりはしだいに草が高くなってきて、見通しが悪くなり、行軍は遅々として進まなかった。 目的地である敵の拠点は目と鼻の先に迫っていた。 ゲリラと思われる現地人を取り逃がしていたので、空気はピリピリとした緊張ではりつめていた。 しかし、結局いちどの抵抗にも会わないまま、ぼくたちは敵の拠点を占拠した。
 
  その夜は軽い祝宴があげられた。
「敵は我々に恐れをなして逃げたのだ。」
「我々はひとりの犠牲も出すことなく目的を達成したのだ。」
 そういった考え方が支配的だった。 まだその辺に敵が潜んでいる可能性もあったので、見張りは交替で立てられていたが、自然と全体の空気は緩んでいった。 敵はその隙に急襲してきた。
 
  敵は一気に陣地内に切りこんで来た。 何重にも張られた防備線をどうやって越えてきたのだろうか。 ぼくらの目には、彼らが「突然、現れた」ようにしか見えなかった。 あっという間に味方がバタバタと倒れていった。 初めの襲撃にすばやく反応できた者は、バラバラに草陰や木々のなかに逃げ込んだ。 あたりは硝煙と血の焦げた臭いでいっぱいになった。
 
    * * *

  仲間とバラバラにはぐれてから丸三日になる。 何も食べていないし、ろくに寝ていない。 頭がフラフラする。 目もかすむ。 草陰のあちらこちらに敵の気配がする。 動くに動けない。 喉がヒリヒリと乾いている。 少し離れたところに川が見える。 水を飲みたい。 でも下手に動くと危険だ。 狙い撃ちにされる。 危険だ。 でも水を飲みたい。 頭がフラフラする。 目もかすむ。

 ぼくは立ちあがり、フラフラと川辺に近づいていく。 ひざまずいて川の水を両手にすくい上げた次の瞬間、 頭を吹き飛ばされたような気がしたが・・・ 水を・・・のみ・・・撃たれた・・・!?

    * * *

 気が付くと、あたりには奇妙な風景が広がっていた。 そこはとてつもなく広いダンスホールで、大勢の東洋人が踊り狂っていた。 ぼくはダンスホールの一画に据えられたビロード張りのソファに座っているのだった。
「どこだ・・・ここは・・・?? 」
 ぼくはそう呟いたつもりだったが、大音量で流される音楽にかき消されて、その声は自分の耳にすら届かなかった。
(どこだ、ここは?・・・何故ぼくは東洋人でいっぱいのダンスホールにいるんだ? ぼくは確か・・・敵に追いつめられて・・・草陰に隠れていたんじゃなかったっけ・・・ ああ、そうだ・・・それで我慢できなくなって・・・川の水を飲もうとして・・・ 頭を・・・撃ち抜かれたような気がしたけど・・・)
 ぼくは自分の頭を触ってみたが、何の異常も認められなかった。 夢を見ているのかとも思ったが、それにしては実在感がありすぎる。
(まさか・・・ぼくは死んだのか? すると、ここは・・・死後の世界?)
 ぼくは周りを見回してみた。 東洋人は皆、一心不乱に踊りつづけていた。
(本当にここは死後の世界なのだろうか? それにしては馬鹿げた光景だ・・・)

  ぼくは近くにいた男に話しかけてみた。
「どうしてここは東洋人ばかりなんだ?」
「え?!・・・なんだって?!」
 ぼくの声は音楽がうるさくて伝わらないようだ。
「どうして・・・!!」
「うんうん。」
「ここは・・・!!」
「うん。」
「東洋人ばかりなんだ!!」
 その鼠のような顔をした男は不思議そうな顔をしてこちらを見ていたが、 しばらくの後、答えた。
「・・・だっ・・・いか!!」
「え!?なんだって!?」
「・・・だって・・・ゃないか!!」
「え!?・・・全然聞こえない!!」
 男はぼくのとなりに座り、顔を思い切り近付けて叫んだ。
「キミだって、そうじゃないか!!」
(え・・・!?・・・ぼくが東洋人だって!?・・・何をバカなことを!!)
 ぼくが怪訝な顔をして黙っていると、男はまた顔を近付けてきた。
「俺は『鼠』って言うんだ!!・・・キミは!?」
「ぼく!?・・・ぼくは・・・」
(あれ・・・?・・・名前・・・? )
「鼠」と名乗った男は、近くに顔を寄せたまま、ぼくが答えるのを待っている。 息が生ゴミ臭い。
「ぼくは・・・ぼくは『兵士』だ!!」
(え・・・!?・・・何だって・・・!?・・・ぼくの名が「兵士」だって・・・!?・・・そんなバカな・・・!!・・・どうしてぼくはそんな名前を言ったんだろう・・・!?・・・それに、そもそも「兵士」なんて名前があるもんか・・・!!)
 しかし「鼠」はその答えに満足したように、大きく頷いて言った。
「『兵士』か・・・いい名前だね!!よろしく!!」
「鼠」はそう言うと、ぼくの膝に手を置いた。 ぼくは最初、それが何を意味するのか分からなかったが、「鼠」の手が太股をゆっくりと撫で出したので警戒を強くした。
「『兵士』・・・キミは素敵だよ・・・」
ぼくは慌てて立ち上がり、何も言わずにその場を離れた。

 何度も東洋人とぶつかった。 ダンスフロアは東洋人で埋め尽くされていた。 ぼくは、その中をかき分けながら進んだ。 さっきのソファのような避難場所を探したが、まったく見当たらなかった。 うんざりしながらもしばらく進むと、はるか向こうに「トイレ」と書かれた扉が見えてきた。
(とりあえずあそこに避難しよう・・・)

 ぼくは鏡の中の自分を見て愕然となった。
(なんてことだ!! ぼくは女の子だ!! おまけに東洋人だ!!そんなバカな!! )
 ぼくは、必死に自分の本当の名前や生まれた国のことを思い出そうとした。
(だめだ!!思い出せない!!なんてこった!!)
 そのとき、後ろで扉の開く音がした。 気配を感じて振り向くと、そこに「鼠」がいた。 ぼくは警戒して身構えた。 「鼠」は穏やかな調子でしゃべり出した。
「これで分かっただろう・・・そうだ、お前は東洋人で、女の子で、しかも17歳だ・・・悪いようにはしない、俺のところに来い。」
 ぼくは混乱しつつも、自分が東洋人で、女の子で、しかも17歳であることを認めつつあった。
「お前は東洋人で、女の子で、17歳で、しかもゴクミ似だ・・・俺はこのダンスホールを仕切っている。それがどういうことか分かるな?絶対の権力があるってことだ。悪いようにはしない、俺のところに来い。」
 ぼくは、自分が東洋人で、女の子で、17歳で、しかもゴクミ似であることを認めつつあったし、鼠の顔をして、「鼠」という名前を持つ、息が生ゴミ臭いあの男がこのダンスホールを仕切っていて、絶対の権力を持っていることも認めつつあった。
「さあ、こっちに来い!!『兵士』!!」
 ほとんど「鼠」の方に歩き出そうとしていたぼくの足を、その一言が止めた。
(そうだ・・・ぼくは兵士だ・・・「兵士」という名前かも知れないが、それとは関係無く・・・ぼくは兵士だ!!)
 次の瞬間、ぼくは鏡を叩き割り、その破片を手に持って叫んでいた。
「一歩でも近付いてみろ!!その喉笛をかっさばいてやるぞ!!」
 思いもよらぬ反抗に、「鼠」が一瞬ひるんだように見えた。 ぼくは、鏡の破片を「鼠」に投げつけて、「鼠」が顔をかばったところを突き飛ばし、扉からダンスフロアーへ出た。

 ダンスフロアーにいた無数の東洋人は、ひとり残らず何処かに消えており、あたりはひっそりと静まり返っていた。 ぼくは不思議に思ったが、今はとにかくここから逃げ出すことにした。
誰もいなくなったダンスホールは思っていたほどの広さではなく、出口を簡単に見つけることができた。 そこから出ると、昇り階段があった。
(これを登れば外に出られるんだろうか・・・)
「待て!!」
 後ろから「鼠」の声が聞こえた。 ぼくは急いでその階段を駆け上がった。

 階段は延々と上へ伸びていたが、 それでもしばらく登っていくと、屋上に出た。
(途中の階に出るような扉は見当たらなかったのに!? この建物の構造はどうなっているんだ!?)。
 ぼくは柵の近くまで走り寄って、下の方を覗き込んだ。 しかし、下は完全に真っ暗で、地面も何も見えなかった。 後ろを振り向くと、「鼠」と手下たちが階段を上がってくるところだった。
(まずい・・・逃げ道がない! )
 ヤツらは階段を上がりきったところで立ち止まった。
「よし、全員、注意して近づくんだ!」
「鼠」の合図で手下たちがジリジリと間合いを詰めてきた。 ぼくは柵を乗り越えて、屋上の淵に立って、ありったけの声で叫んだ。
「来るな!!飛び降りるぞ!!」
手下たちの動きが止まった。
「バカな真似はよせ!!」
「鼠」は予想以上に動揺した様子で叫んだ。
「ぼくは兵士だ!!虜囚の恥辱より自決を選ぶ!!」
「鼠」はしばらく黙っていたが、ひとつ息を吐いてから、ゆっくりとしゃべり出した。
「いいか・・・自決も何もお前はもう死んでいるんだ・・・そこから飛び降りれば全てが終わると思っているのなら大間違いだぞ・・・その下はどこへも通じていないんだ・・・分かるか?・・・そこから飛び降りても、お前はどこへも到達できないんだ・・・『死』にすら到達できないんだ・・・永遠に・・・分かるな?・・・だから、バカな真似は止めて、こっちに来るんだ・・・」
緊迫した時間が流れた。 いろんなことが頭をよぎった。 しかし、ぼくは意を決した。 目を閉じて、身体をゆっくりと後ろに傾けていく。 鼠とその手下たちの悲鳴にも似た声が聞こえたような気がした。 ぼくは虚無のなかをどこまでも落ちていく。

    * * *

「まったく無茶なことをするお嬢さんじゃのぉ。」
 ぼくが意識を取り戻して、最初に聞いた言葉がそれだった。 ぼくは、身を起こして周りを見渡した。 そこは見覚えのあるテントだった・・・ここは、そう、夢の中で来たことがある・・・ ぼくの横には夢と同じように、現地人の族長が座っていた。
「どうかね、気分は?」
「ちょっと頭がクラクラする・・・」
「うむ・・・テレポートをした後はそうなるもんじゃ・・・」
「テレポート?・・・」
「そうじゃ・・・テレポートはワシの特殊能力・・・そんなことも忘れてしまっとるのか・・・」
「え?・・・えと・・・」
「いや・・・混乱させることを言って悪かったの・・・今はゆっくり休むんじゃ・・・お主にはそれが必要じゃ・・・」
 族長はそう言うと、立ちあがってテントから出て行こうとした。
「あ・・・あの!」
「ん?・・・何じゃ?」
「あの・・・状況は良く分かりませんが、どうもあなたに助けてもらったようですね・・・お礼を言わせて下さい・・・ありがとうございました。」
 族長は、しばらくぼくの顔を見ていたが、急にこらえ切れないように笑い出した。
「ハッハッハッ!・・・こりゃあ、記憶が戻らない方が良いのかも知れないのぉ!」
 
 数日後、ぼく・・・いや、わたしは全ての記憶を取り戻した。 「鼠」の居場所ははっきりと覚えている。 近いうちに仲間が逮捕に向かうだろう。

 わたしの名前は「ジュビレーション・リー」。 こう見えても囮捜査専門の刑事よ。 今回も「鼠」の居場所を突き止めるために、偽の記憶を刷り込んで、囮捜査をしていたってわけ。 「鼠」が死後の世界に隠れているのは分かっていたんだけど、正確な位置までははっきりしなかったのよね。 「鼠」の手篭めにされそうになったり、虚無に落ち込みそうになったりして結構危なかったけど、何とか逮捕まで漕ぎつけられそうで良かったわ。 さーて、危険手当の分で旅行でもしてパーッとあそぼーっと♪

    * * *

後日談。 わたしと族長(=ゲイトウェイ)の会話。
「ゲイトウェイ、あなた、わたしが囮捜査していたときに夢に入りこんで来たわよね?・・・その時に何か言ってなかった?」
「はて?・・・何か言ったかのぉ?」
「ほら。何か、人生の真理に関わるようなこと言ってたじゃない。・・・どうしても思い出せないのよ。ずーっと気になってたんだけどさ。」
「この歳になると、もの忘れがひどくてのぉ・・・特に他人の夢のなかでのことは記憶が曖昧なんじゃよ。」
「そんなこと言わずにさぁ・・・思い出してよ。その言葉を聞いたときにさ、わたしも何か人生の真理を掴んだような気になったのよ・・・ほら!・・・頑張って!」
「うーん・・・」
「どう?・・・ダメ?・・・」
「あ!」
「え?!・・・なになに?!・・・」
「きっと、あれじゃろ・・・『未来を信じろ・・・』」
「えーっ?!そうだった?!」
「うむ・・・間違いない。『優しくて強くて悲しくて・・・そして愚かな人間たちよ・・・人生は光り輝いている・・・未来を信じろ・・・』じゃ。」
「ふーん・・・そうかぁ・・・」
「うむ。ここぞと言うときのワシの決め台詞なんじゃよ。」
「ふーん・・・何か、あれだね。夢の中では凄いと思っていたことでも、後で思い出すと全然大したこと無いといった感じだね。」
「なんじゃと!!・・・ワシの高尚な決め台詞が『全然大したこと無い』じゃと!!」
「あ、ごめん。」
「話があるというから、せっかく時間を作ってやったのに・・・これじゃから最近の若いモンは・・・」
「怒らないでよぉ・・・悪気は無かったんだからさ。」
「まったく・・・本当にあのまま記憶が戻らなかった方が良かったわい!」
「あ、ひっどーい!!」
「フン!」


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