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西海の微風:後編

 

 作:しろいるか

編集:mk8426さん

 

 

 


 大晦日の夜、恵理佳達は新年のカウントダウンを福岡ドームで過ごした。
『5・4・3・2・1・0・・・・・ワァァァ〜〜〜〜』ドームは熱気と大歓声の渦に包まれて200X年になった。
今まで暗かった球場がライトアップされて祝福の花火が打ち上げられている。
『お正月だよ!あけおめ・・・・』
恵理佳は手を差し上げながら叫んでいた。周りから手荒い祝福を受けながら数万の人々が新年を祝っている。
これだけの人々と同じ時間と空間を共有出来るのが嬉しかった。人生の転機になった去年より良い一年でありますように願った。興奮が冷めほど良い疲労を感じながら桜坂のお家に帰った。

 9時頃に起こされて振り袖を着せられた。振り袖は新春に相応しく華やかな物で赤やピンクのグラデーションで彩られ、桜と白や赤の牡丹が描かれていた。
着物が初めての恵理佳は帯を締め上げられて息苦しさを感じながら着付けられた。
お正月の祝いの膳で福岡独特のアゴ(トビウオ)でダシを取ったお雑煮を食べて、宗像市(旧宗像郡玄海町)にある宗像大社まで初詣に出かけた。
玄関先に廻されたシーマの後部座席に沙也佳と一緒に乗る。お尻から座ってクルリと前に向き直る。
でも帯がお正月らしく大振り袖に似合う『舞い扇』に結んで有るので、背もたれに寄り掛かれない。

   『去年はカジュアルな格好で良かったのに・・・・。お母さんはいいな、留め袖に太鼓帯だもん。何故女の子ってこんなに制約が多いの?肩が凝っちゃう』

心の中で不満を漏らしている。
後部座席から助手席の由美子を羨ましそうに見ていた。
「えっちゃんってば、どうかしちゃったの?」
沙也佳が小声で耳打ちする。
「うぅぅん、何でもない。振り袖で宗像に行くのが鬱陶しいだけ」
恵里佳も沙也佳の耳に小声で言葉を返す。
「少しはお父さんを喜ばしてあげようよ。ほら、見て・・・・嬉しそうにしてるでしょ?」
沙也佳が指さすバックミラーには普段見たことがない信彰の晴れやかな笑顔が映っている。
「それもそうね」
微笑みながら頷いた。
 玄関先から道路に出たシーマは桜坂から赤坂に抜け、那の津通りを通ってKBC(九州朝日放送)前、那の津口(なのつぐち)交差点を左折して天神北ランプから福岡都市高速1号線に入る。軽快な加速とともに車の流れにのると、箱崎で九大や箱崎ふ頭を見下ろし、香椎(かしい)まで一直線。そして都市高速を降り、九州産業大学の南側をかすめ、国道3号線を北九州方面に向けて北上する。
古賀市、福間町を通過して宗像市・日の里団地南口で国道3号線を降りる。団地を抜けて東郷駅東口の交差点を直進・・・宗像消防本部の前を通過して釣川に至る。そこで宗像玄海線に合流・・・釣川沿いに宗像大社・辺津宮に到着する。
 一族の氏神様として毎年初詣に来ていた宗像大社ではあったが今年は特にこれからの幸せを女神様にお願いした。
初めての振り袖と草履は混雑した境内の人混みの中では動きづらかった。

 動きづらい晴れ着は元旦だけにして、2日からは少しダブダブの白いセーターとローズブラウンのフレアーミニに着替えてカジュアルな服装に戻った。沙也佳と2人で初売りに天神に行った。
ウインドウショッピングを楽しんで、イムズや天神コアのお店ではお買い物もした。
もちろん福袋も買ったよ。
 そのあと明治通りと天神西通りの角にある西鉄グランドホテル一階のカフェ・ド・グランゾアでアフタヌーンティーを楽しんだ。生シューとプチケーキにブルーベリージャムが入ったフレッシュヨーグルト、それに厳選されたダージリンの茶葉を使ったミルクティーで800円だった。

 3日後雅敏が一週間ぶりで福岡に帰って来た。年末から立花一族の故郷柳川に帰っていた。
恵理佳は自分の晴れ着姿を雅敏にも見て貰いたいと思って、由美子に頼んでもう一度振り袖を着せて貰った。
迎えに来た雅敏と一緒に博多祇園山笠で有名な櫛田神社にセカンド初詣に行く。
初詣を終えた2人は神社を出て博多川にかかる水車橋の近くにある甘味処『夕鶴』に入る。
田舎作りのレトロなテーブルと椅子に腰掛けて雅敏はコーヒーを恵理佳は白玉の入ったぜんざいを頼んだ。
運ばれてきたぜんざいを食べると体中が暖まってきた。雅敏がやさしいまなざしで見つめている。
「モォー!雅としってば、ナニ見つめているのよ。恥ずかしいわ」
「あっ!ゴメン。振り袖を着た恵理佳って可愛いな」
「アラッ!普段のあたしって可愛くないって言ってるみたい・・・・?」
「そんなことは無いよ!いつも可愛いけど今日は特に可愛いよ」
「ありがと・・・雅としもGoodよ!」
 そんな楽しい一時を過ごしていると時計の針は進んでお昼になっていた。
2人はキャナルシティ中央にあるグランドハイアット福岡1階のチャイニーズレストラン九龍で飲茶ランチを食べた。
香港から来たシェフが作る点心はまさしく本場の味。ワゴンで運ばれてくる出来たての点心を見ると手にとって食べ過ぎてしまう。でもプアール茶を飲めば大丈夫かな?
 ランチの後は博多駅前にある福岡交通センタービル7階の吉本ゴールデン劇場で関西のお笑いを楽しんだ。
この劇場は大阪のお笑いの老舗・吉本興業の常設劇場だ。
お正月ということもあって館内はほぼ満席でコントや漫才のグループが新春に相応しいお笑いを披露していた。
若手芸人の芸に笑っていると時間はアッと言う間に過ぎ夕方になった。
雅敏に送ってもらって桜坂のお家に帰る。
警固の方に坂を下って遠ざかって行く雅敏の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 1週間が過ぎて今日は成人の日でお休みだった。
恵理佳はお部屋でハイティーン向けのファッション雑誌を見ていた。ページをペラペラめくりながら好みのお洋服を探していた。雑誌はカットソーとスカートの特集をしている。

   『これとこれの組み合わせもいいよね?』

トップはこれボトムはこれと指差しながら頭の中でコーディネートしていた。女の子になってお洋服のカラーバリエーションの判断が容易に出来た。女の子の方が男の子より色彩に関する感覚は鋭いかも?
ペタンと座っていたお部屋のフローリングから立ち上がってデスクに近づいた。
デスクの引き出しから福岡銀行の通帳を取り出した。雑誌と通帳の両方を眺めながらため息をついている。
「これって買えないことはないけど、また残高が減っちゃう・・・・?」
 恵理佳は締まり屋で祐也だった時はかなり貯めていた。それが女の子になったことで徐々に残高が減ってきた。
祐也だった時は服装にこだわりはまったく無かったし金額もたかが知れていた。しかも由美子にほとんど買わせていた。女の子になってからも今までは由美子が買って来てクローゼットに入れたお洋服を着ていた。
でも最近は女の子としての自我に目覚めて自分の物は自分で選びたかった。ファッション雑誌を読んだり街でのウインドウショッピングも楽しくなってきた。

   『でも、何故!女の子のお洋服ってこんなに高いの?』

それが気に入らなかった。
それに由美子が選んでくるお洋服の好みが段々恵理佳の感性に合わなくなってきていた。
恵理佳風ファッションを確立したい。しかし沙也佳のように甘える事にはまだ慣れていない。

   『もう少しお小遣いを増やしてくれればいいのに・・・・・』

そんな不満を漏らしていると由美子の声が聞こえてきた。
「恵理佳ってば!」
階段下から聞こえる母の声に気づいてお部屋を出て階段の方に向かう。
階下に見えるギンガムのエプロンをした由美子の姿に上から呼びかけた。
「お母さん、何か用?」
「ケーキ焼いたけど食べない?」
「うん!食べる・・・・」
最近はケーキって聞いただけで生唾が出てくる。大きく頷いて足早に階段を降りる。
 由美子の後に付いて行くと、キッチンのテーブルの上には焼き上がったばかりのケーキが載っていた。
「ヘェ〜けっこう上手に焼けているね」
ケーキを覗き込んで感想を漏らす。
「でしょ?最近には無い自信作よ!」
由美子の誇らしい顔が恵理佳には可笑しかった。思わず笑ってしまった。
「ナニが可笑しいの?」
「ごめんなさい。でも、さっちゃんだったら毎回これぐらい焼いているよ」
「いいの、私はこれで満足してるんだから・・・茶々を入れないで!」
「わかったわ。お母さんの自信作食べてあげるね」
「無理に食べてくれなくてもいいのよ」
「そんなこと言わないで。あたしが紅茶入れるから機嫌直してよ」
「じゃ〜食べさせてあげる・・・・」
由美子の顔に笑顔が戻って行く。

   『ウフッ、お母さんって可愛い・・・・』

手つき鍋の中に阿蘇高原のジャージー種の牛乳とダージリンの茶葉を入れてインド風のチャイを作る。
IHクッキングヒーターでふきこぼれそうになった鍋を一旦持ち上げてから砂糖を入れた。
再び沸き立ったチャイをウエッジウッドのマグカップに注いだ。
「お母さん、出来たよ」
楽しくお話をしながら過ごすことにした。仕事を持っている由美子と話すのは久しぶりだった。
 由美子は市内でエスニックブティックを2軒持っていた。その買い付けのために東南アジアの国々に行くことも多かった。会社の経営は安定しているとは言い難いが、元々趣味が高じて作った会社なので儲からなくても赤字にならなければいいと思っていた。そんな由美子を友人や信彰の知人が常連になって応援してくれていた。だから辛うじて黒字を保っている。資金も宗像グループの社長夫人の肩書きがあれば容易に調達が出来た。もちろん信彰の保証が必要ではあったが。
 福岡は適度に日本的。適度にアジア的な部分があって東南アジアに興味を抱く人も多かった。
由美子はそんな人々に最近のアジア情報を提供したいと思っていた。21世紀はアジアの世紀だと言われているのを直視したい。最近重視しているのが成長が著しいベトナムだった。南洋材を使った家具や民芸小物、民族衣装のアオザイを仕入れてみた。
恵理佳もウエストの方までスリットの入ったチャイナ風の長いブラウスバジョンのピンクの上着に白いクァンというパンタロン風のパンツをもらっていた。ピンクのアオザイはヤングの象徴、白いアオザイは日本で言えばセーラー服みたいなものだった。でも、このアオザイを着こなすにはスタイルが良くなければいけない。
 お話に夢中になっていると由美子が沙也佳のことを聞いた。
「ところで沙也佳はどこに行ったの?」
「さっちゃんだったらお友達と遊びに行っちゃった・・・・」
「そう?お友達とね・・・・・」
由美子がため息をつく。
 祐也だったときは人気者で友達も多かったのに、女の子に変身したために雅敏は別にしてすべての友達を失った。
過去を捨て去って健気に生きている恵理佳が不憫だった。
由美子の瞳が潤んでいるのに気がついて話しかけてみた。
「お母さんどうかしちゃったの?」
「恵理佳って可哀想ね」
由美子がポツリと言った。
「えっ!どうして?」
「だって、お友達がいないでしょ?祐也だったときはあれだけたくさんのお友達がいたのに・・・・」
「心配しないで!あたしも4月から女子高生だよ。いっぱいお友達作っちゃうもん」
目を輝かして力強く言った。
「頼もしいわね。でも、気を付けてよ!女性の世界って表面的な華やかさだけじゃ無いんだよ」
 由美子は恵理佳に嫉妬と羨望が渦巻く女性の世界を教えたかった。
言葉の行き違いで仲が悪くなったり、同じ男の子を好きになったために敗れた女の子からのイジメに遇うことだってある。
人間関係も出しゃばらず、遠慮し過ぎない微妙な関係が必要だった。好意がお節介に感じられて鬱陶しいときもあるけど、女の子の気持ちを傷つけないで断る曖昧な手法も身につけなければいけない。
男の子だったときは情報に疎い一匹狼でも生きていけた。しかし女の子は情報に敏感でないと生きていけない。
女の子の輪に入らないと、全校的なネットワークで伝わる情報がリアルタイムで流れてこない。
そのことを理解して星美に行って欲しいと願った。

 由美子が思い出したようにエプロンのポケットから一枚のカードを取り出して手渡した。
「忘れないうちに渡しておくね」
それは世界的に有名なアメリカン・エクスプレス(アメックス)の家族カードだった。表には恵理佳の名前が刻印されている。
「これって・・・・?」
渡されたカードを持って戸惑いながら聞いた。
「それはね、お父さんと相談して作った恵理佳専用のカードよ。恵理佳もそろそろ自分のお洋服は自分で選びたいでしょ?そのカードを使ってお買い物をしなさい!」
そのカードは恵理佳のために信彰に頼んで作らせた使用額が指定出来るカードだった。
 沙也佳はすでに去年から自分専用のカードでお買い物をしていた。
しかし、どこでどんな物を買ったかはカード会社から送られてくる毎月の請求明細書でチェックされていた。
沙也佳もそれに気づいているので見つかって困るような商品はキャッシュで買っていた。
でも月々のお小遣いは1万円ぐらいだったので、足りなくなったら甘えのテクニックを使ってお小遣いを増やしていた。
「ホントにいいの?」
恵理佳の顔が嬉しそうにほころんでいく。瞳もキラキラと輝いていた。
「いいわよ。でも無駄遣いしちゃダメだよ」
由美子は恵理佳の鼻先を優しく触った。
「でも、いくらまで使えるの?」
「ふっふっ・・・・いくらだと思う?」
「意地悪しないで教えて・・・・」
右手を頬に当て小首を傾けながら由美子を見ている。
「毎月5万まで認めてあげるわ。でもね、先月は3万しか使ってないから今月は7万ってことにはならないからね」

   『ラッキー!』

恵理佳は心から叫んだ。これであのお洋服が買えると思うと嬉しくなった。
「お母さん!ありがとね」
「後でお父さんにもお礼を言ってね。最近恵理佳が話しかけてくれないって言って寂しがっているよ」
「でも、話しかけてもナニを話していいかわかんないよ。女の子になっちゃって共通の話題だって作れないし・・・・」
 恵理佳は表情を曇らせた。祐也だったときは信彰と話しても話題が尽きることが無いくらい楽しかった。
でも最近は由美子や沙也佳とお話する方が楽しい。信彰とたまに話しても話が続かなかった。
趣味のお話をされても興味が湧かないっていうか全然面白くない。共通の話題だって探せないし、わかんないし、選べないし、ただ退屈なだけだった。信彰には悪いと思いながら男女の価値観の違いは埋めることが出来ないのかもと思ってしまう。
「すこしは沙也佳を見習ったら・・・甘えてあげるだけでも嬉しいものよ。お小遣いやお洋服だって買って貰えるかもよ。こんなことが出来るのも女の子の特権だからね」
「そうね、それもいいかも。お小遣いだって増えるもん!」
そう言ってテーブルの上の冷たくなったチャイを飲み干した。
「ホントに女の子らしくなっちゃったね」
「お母さんもそう思う・・・・・?」
上目遣いで見る仕草も可愛い。
「そうね、以前は女の子の仕草もぎこちなかったけど、今は自然に振る舞っているわよ。どこにでもいる普通の女の子って感じね」
「だって、あたしも女の子になって半年になるんだよ。自然に振る舞えるようになっちゃった・・・・」
「頑張ったもんね」
「最初はね女の子の言葉遣いや仕草ってすごく苦痛だったの。お洋服だって馴染めなかったし・・・・。でもね、さっちゃんが厳しかったけど、いろいろ教えてくれたの。あたしがこんなに女の子らしくなれたのもさっちゃんのお陰かも」
「沙也佳も意外なところで役に立ったようね」
「あたし達って仲のいい姉妹だもん」
 由美子はこの半年を振り返って微笑んでいた。あの祐也がこんなにも女の子らしくなるとは思ってもいなかった。
あれだけスカートを穿くのを嫌がっていたのに最近ではすっかりスカートに馴染んでいる。
いま穿いているスカートだってライムイエローの生地に春の草花であるピンクのキャンディタフトが描かれたミニスカートで閉じられた太ももは健康そうに見えていた。
「まだ一つ忘れているでしょ。彼の存在も大きいかも?」
「彼って・・・雅としのこと?」
フッと雅敏の笑顔が浮かんできた。恵理佳の顔がポッと赤くなっていく。
「その様子だと大丈夫のようね」
「うん、雅としもあたしのこと好きだって言ってくれたの」
「いいわね、若いって・・・・青春真っただ中って感じね?」
「お母さんもそんなときが有ったんでしょ?」
「そうね、27,8年前のことだけどね・・・・・」
記憶を掘り起こしながら頷いた。
「お母さんってば、何故お父さんと一緒になっちゃったの?お母さんだったらもっと上を狙えたんじゃないの?」
「あらあら、そんなこと言ってもいいの。お母さんとお父さんが結婚したからあなた達が産まれたんでしょ?」
「それはそうだけど・・・・」
「恵理佳も結婚して赤ちゃんが産まれればわかるわよ。家族の重みがね・・・・」
「赤ちゃんって?まだそんなこと考えられないなぁ・・・・」
「まだ考えなくてもいいの!でも、必ずそうなる時期が来るってことだけは覚えておくのよ」
 信彰も由美子も家庭を大切にしていた。信彰は社会を構成する最小グループである家庭を大切にしない者に大きな仕事は出来ないと思っている。だから時間が取れる時は家族の団らんを大切にしたかった。明るい雰囲気が醸し出される家庭には友人がよく訪れていた。
でも時折信彰には居心地の悪いときもある。何故って?それは東京に行っている智昭を除くと後は女性ばかりだったからだ。話していて急に孤独感や疎外感を感じる時があった。恵理佳が祐也だった頃の楽しかった出来事を懐かしく思い出していた。そのため、気分を紛らわすために飲みに行くことも多くなった。由美子は高飛車的なところがあるけど家族想いの信彰のことが可哀想だった。
「ところで恵理佳ってば!私に何か隠して無い?」
「えっ!隠すってナニを・・・・・?」
由美子の言葉に驚いて聞き返した。
「とぼけてもダメよ!私にはちゃ〜んとわかってるのよ」
「アラッ!何のことかしら?何にも隠して無いけど・・・・」
「ホントにそうかな?。恵理佳!私の目を見てもそう言い切れる?」
最初はナニを言いたいのか理解出来なかった。でも、いろいろ考えてある出来事にぶち当たった。

   『もしかしてあの事かなぁ・・・・?』

あのクリスマスイブの出来事を思い出していた。雅敏とのエッチがバレちゃったのかも知れないと思って正直に白状した。
由美子は結構理解のある方なのでそのことに期待してみた。
「別に・・・隠していたわけじゃないけど・・・・もしかしてエッチのこと?」
「たぶんそうじゃないかと思ったけど、やはりホントだっだのね」
由美子の呆れたような口振りに下を向いてしまった。

   『だって顔は笑ってるけど目は笑ってないもん』

「何故わかったの?さっちゃんが喋ったの?」
沙也佳のことが頭に浮かんだ。あれだけ約束してくれたのに喋ったのかと思ったけど違っていた。
「沙也佳が喋るわけないでしょ?私の勘よ。イブの夜に帰ってきたときの態度がおかしいと思ったの。変にビクビクして呼びかけても気の抜けた返事をしたでしょ?そのくせ聞かれてもいないことを話したりして、弁解がましい態度が気になっていたのよ」
「そうだったの?でもお母さんの勘ってすごい!あたしにはとても無理ね」
「もっと女性の持っているしたたかさを身につけないといけないね。恵理佳って小さいときから誘導尋問に弱いもんね。沙也佳だったらこんなに簡単に白状したりしないわよ。たぶんしらを切り通すわ」
「ゴメンね。実はね・・・・」
「もういいって、恵理佳達の年頃って性に対する興味が旺盛でしょ?それを咎める気はないけど。でもね、何かあって傷つくのは女の子の方だよ。それだけは自覚しておくのよ」
由美子の言葉を聞きながら頷いた。
「さっちゃんにも同じ事を言われたの」
「そうでしょ!出来ちゃったらお父さんにどうやって言い訳するの?」
恵理佳は急に不安になった。由美子の真剣な口振りが気になった。
「ネェ〜お父さんに言いつけちゃうの?」
「バカね、私がそんなことするわけがないでしょ?恵理佳は可愛い娘だもん。でもペナルティに1つだけ条件を付けてもいいわね?」
上目遣いで由美子を見ながら聞いた。
「エッチしちゃいけないって言いたいんでしょ?」
「それは恵理佳の判断に任せるわ。いくらダメって言っても隠れてしちゃえばわからないよね?。私もずっと監視出来ないもの」
「理解有るのね?」
「でも避妊だけは必ずするのよ。妊娠しちゃったらお母さんの立場が無くなっちゃうからね。お父さんが怒ったらどんな事になるかわかってるでしょ?私もこんなお話はしたくはないけど、女の子に対する躾だと思って聞いておくのよ」
 由美子も世代間に価値観の温度差があるのを十分認識していた。高校生だった頃の事を思い出せば恵理佳の気持ちも理解できる。道徳的な価値観を押しつける母・佐和子との間が一時は険悪な雰囲気になった事もあった。佐和子のように娘達との間に気持ちの温度差を作りたくはない。
最低限の歯止めはかけるけども、大人の価値観を押しつけるようなことはしたくない。無責任と言う人もいるかもしてないけど、心のふれあいを大切にして秘密や趣味を共有出来る存在でいたいと思っている。
「お母さんってば、ありがとう」
恵理佳の瞳は潤んでいた。
「それでペナルティの条件だけどね、今度お父さんに一日つき合ってあげなさい」
「そんなことでいいの?」
意外に簡単な条件にホッとして聞き返した。
「いいわよ、恵理佳が誘ってあげれば少しは寂しさも紛れるものよ。上手に甘えてあげれば何か買って貰えるかもよ」
「でも、それってペナルティになってないよ」
「だから主導権はお父さんにあるの。恵理佳は黙ってそれに従えばいいのよ」
「うん、わかってるって・・・・。すこし退屈かも知れないけどガマンするね」
「ウフッ、お父さんの喜ぶ姿が目に浮かぶわ」
由美子の嬉しそうな表情を見て少し苛立って来た。

   『何か嵌められちゃったような気がするけど・・・気のせいかな?』

 必ずしも気のせいとは言えなかった。恵理佳は由美子の策略に嵌っていた。
由美子は最近さびしそうな表情を見せる信彰に気づいていた。信彰がそんな表情を見せるようになって数ヶ月が過ぎた。原因は恵理佳だった。裕也だったときはあれだけお父さんっ子で仲がよかったのに最近はお話をしていない。
話しかけられてもカラ返事ばかり、たまにお話を聞くときも興味無さそうな態度を取っていた。
由美子にはそれが気に入らなかった。このままこの状態が続くのは良くないと思って、2人が話し合えるチャンスを強引に作ることにした。去年のクリスマスイブに何があったのかほぼ察しはついていた。
それでその点を突いて恵理佳を脅したのだった。
 1日中信彰と一緒にいれば話をしないわけには行かないし、話をすれば元々仲のいい父と娘だから以前のように笑って話し合えるようになるのを期待した。話題が無ければほんの些細なことでも見つけて話せばいい。
お互いに相手に対して思いやりと触れ合う気持ちを持っていれば話題も増やしていけると思った。

 1月は駆け足で過ぎ去り、恵理佳は2月の初めに星美女学園高校の入試を受けた。
試験は2日に渡って行われた。恵理佳は、沙也佳の中学時代のセーラー服を着て試験に臨んだ。
入試は学科試験と面接試験に分かれており、学科試験は如水館高校でもベスト20位の中に入っていた恵理佳にはそれほど苦労はなかった。
問題は面接だった。沙也佳にそれを相談したら笑われた。
「えっちゃんのありのままの姿を見せちゃえばいいのよ」
「でも、バカなこと言っちゃったらどうしょう?」
「それも、えっちゃんの個性の一つだから心配しなくてもいいわ」
「うん、わかったわ!あたし頑張るね」
沙也佳が優しく恵理佳を抱きしめた。

   『さっちゃん、ありがと』

 翌日緊張しながら面接を受けた。3人の面接官から色々な質問が投げかけられた。
その中で特に問題になったのは、既に星美に通っている沙也佳と双子の姉妹なのに、どうして恵理佳だけが一年遅れたのかという事だった。
恵里佳は事前に祖父の英輔が用意してくれた診断書を提出していた。
面接官は診断書を見て2、3の補足質問をした。診断書には恵理佳が女性半陰陽のため手術を受けたことが書いてあった。もちろん偽りの診断書ではあるが・・・・。
隠して他の病気にすることも出来たが、敢えて女性化したことを明記した。後で発覚して問題になるよりもそのほうがいいという判断が働いた。
診断書では、手術によって男性から女性になるいわゆる世間一般に言う性転換手術を受けたのではなく、むしろ本来の性に戻したインターセックスだということが強く強調されていた。完璧な女性体である証明として染色体などの遺伝子情報も添付されていた。すべての質問が終わると、恵理佳は挨拶をして学園を後にした。

:後に残った面接官達の会話:
『望月先生、篠原先生、どう思われますか?』
女学園高校の教務部長・野島昭彦が新一年生の学年主任になることが決まっている望月智香先生と副主任の篠原沙樹先生に問いかけた。
『そうですね、解剖学的にも問題ないんじゃないのかしら?それにあれだけ可愛ければね・・・・』
『でしょ!可愛いし、言葉遣いや仕草だって女の子らしかったですよね?』
『わかりました、後は総学園長と校長の判断にお任せしましょう』
野島部長はそう言って話を締め括った。

 星美には大学・短大・高校・中学を統括する総学園長がいる。今年60才になるシスター・ルイザがその人だった。
フランス・トゥールの裕福な家庭に育った少女はマザー・テレサの著書に出会い強い感銘を受けた。
22才になり大学を卒業すると同時に家を飛び出し、インドのコルカタ(カルカッタ)でマザー・テレサと出会った。
そしてテレサの率いる修道会『神と愛の宣教者会』にその身を投じ、貧しい人々やハンセン病の患者に献身的に尽くした。
1997年9月テレサが病気で亡くなりインドでは国葬が行われた。ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世はマザー・テレサの功績を称えて聖人に列した。その1年後、ルイザはインドを離れて日本教区に向かった。
 到着した日本では、東京大司教の依頼を受けて星美女学園の総学園長に就任した。
星美女学園の星美とは聖母・マリアのことだった。新しく総学園長に就任したルイザは陽気な性格で少女達の輪の中にも進んで入っていった。聖書の言葉も自分の言葉にしてキリストの生涯を語った。最初は戸惑っていた生徒達もルイザの性格がわかると心と心が触れ合えるようになった。ルイザの人気も高まって生徒に請われるままにジャンヌ・ダルクのお話やマザー・テレサのお話、キリスト教の伝説のお話もした。
 少女達は親しみと尊敬の気持ちを込めてルイザのことをシスターと呼んでいる。今では彼女は星美女学園にはなくてはならない精神的な支柱になっていた。
 3人の面接官はルイザが恵理佳のことを知れば必ず入学を許可するだろうと思った。
ルイザが一番嫌うのはその人の本質を見極めずに偏見で人を見ることだった。
そのことは女学園の人々に周知されていた。
『主はあなた方を平等に見ておられます。あなた方も人々に愛を与えることが出来る喜びを感じなさい』
これがルイザの言葉だった。
ルイザが恵理佳に出会えばこのように言って励ますだろう。
『主は試練を与えてあなたが成長することを願われています。あなたも試練に打ち勝つ勇気を持ちなさい』

 家に帰った恵理佳を沙也佳と由美子が笑顔で迎えた。
「ただいまぁ〜」
「お帰りなさ〜い。どうだった?」
「疲れちゃった。でも試験は終わっちゃったし結果を待つしかないわ」
「大丈夫よ!えっちゃんの実力なら必ず合格するから・・・・」
「そうだといいけどね」
 お部屋に入ってセーラー服からデニムのミニスカートとオフショルダーの肩がむき出しになっている白いニットのセーターに着替えた。その肩からはキティちゃんの絵柄のあるピンクのキャミソールが見えている。
着替え終わって居間に降りていくと中では由美子達が紅茶と鶴牙堂の生チョコケーキを食べていた。
「あっ!2人ともずる〜い」
口を尖らして2人を指さす。
「そんなこと言うもんじゃないわ。食べたかったら早く座りなさ〜い」
由美子はトレーに置いてあった新しいティーカップに紅茶を注いだ。それはイギリスの陶器ボーンチャイナのティーカップで、白地にピンクの桃が絵画のように写実的に描かれているペインティッドフルーツだった。
「そうよ!グズグズしてたらあたしが全部食べちゃうよ」
「止めてよ!2個は絶対貰うからね」
テーブルに手を付いて沙也佳に文句を言う。
 ケーキは2種類あって袋で識別出来た。それはライトグリーンとダークグリーンの袋だった。
由美子には2人がじゃれているようにしか思えなかった。そんな2人のやりとりを微笑んで聞いていた。
恵理佳は沙也佳の横に座り手のひら大のダークグリーンの袋をビリっと破ると中から黒い生チョコケーキが出てきた。
口に含むとチョコレート独特の甘みが口いっぱいに広がる。
「美味しい〜ぃ!」
「恵理佳!ほどほどにするのよ」
「わかってるわ。でもね、ケーキやチョコレートっていくら食べても大丈夫だもん」
「いいわね!えっちゃんって甘いものをいくら食べても太らない体質だもん。妖精に貰った体って得だよね」
「そうね。ダイエットの心配って要らないしね」
手に持っている最後の一欠片を口に入れて笑顔で答えた。
「羨ましい〜ぃ!何であたしだけダイエットの苦労しなくちゃいけないの?」
沙也佳が口を尖らして横目でジロッと睨んでいる。
「文句があったらあの梅姫に言ったら・・・・?」
沙也佳の言葉をさらりと受け流す。
「ところで、バレンタインどうする?」
「うん、あたしにとっては初めてのバレンタインだもん。雅としにあげちゃってもいいかなって思ってるの」
「気合い入ってるね。雅敏君には何をあげるの?」
「一応候補は絞ってるんだけど・・・・」
「あたしにも教えて?」
沙也佳が興味深く聞いて来た。
「ゴディバ・ギリアン・ブリュイエールにアシュバッハなんだけど、さっちゃんどれがいい?」
左手の指を折り曲げながら答えた。
「う〜ん、難しいわね。あたし的にはゴディバとギリアンが好きだけど・・・・?」
「そうね。迷っちゃうな?」
「ネットで検索してみない?」
「それもいいかも?」
 いろいろ検討した結果、福岡でも買いやすいゴディバにした。ゴディバはチョコレート王国ベルギーのメーカーで世界中に格調高いチョコレートを提供していた。日本にも進出していて首都圏を中心に全国の主要都市にゴディバを取り扱うお店を増やしていた。福岡では天神にある三越・大丸・岩田屋のデパート各店や博多川川筋に建つ複合文化商業施設・博多リバレインで取り扱っている。
恵理佳はゴディバの少し甘みを抑えたチョコレートケーキが大好物だった。外をチョコレートでコーティングした、8段に積み重ねられた層が口の中で混ざり合い絶妙な味のハーモニーを奏でている。各層の持つ食感の違いが口の中を刺激して快感に変わっていく。
 バレンタインの2日前に三越でトリュフの12個入りのパッケージを買った。パッケージの中には6種類のトリュフ(カプチーノ、マカダミアココナッツ、ハニーローストアーモンド、アイリッシュコーヒー、グランマニエ、トラディショナル)が2個づつ入っている。自分用にもチョコレートケーキを注文しちゃった。

 2月14日のバレンタインの当日、雅敏を大濠公園に呼びだした。白いボア付きの真紅のダッフルコートを着て待っていると、雅敏が観月橋を渡ってこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
「はろー!雅としってば・・・・」
こちらに向かって来る雅敏に大きく手を振った。大好きな彼の笑顔に胸がキュ〜ンとして幸せに包まれる。
でも、そんな恵理佳の気持ちも知らないで雅敏は憎まれ口を叩いている。
「何がはろーだよ!呼び出したりして何か用か?俺はお前と違って忙しいんだぞ」
「そうだったの?ゴメンね」
「ところで何の用だ!」
「は〜い!これ」
満面の笑みを浮かべながら両手でゴディバの包装紙でラッピングがしてあるチョコを差し出した。
「これって・・・・?」
「バレンタインのチョコよ!」
「恵理佳がこんな女の子のイベントに参加するなんて思ってもいなかったよ」
「あたしだって女の子だもん。・・・っていうかあたしがこんな事しちゃったら可笑しい?なんか嬉しくないみたい・・・」
恵理佳は雅敏の方を上目遣いで見た。
「そんなことないよ。嬉しいよ」
「ホント!ありがと」
嬉しくて胸がワクワクしてくる。
「でもホワイトデーのお返しが大変かも?」
「雅としってば!なんか誤解していない?女の子達が本当に欲しいのは品物じゃないんだよ」
「えっ!じゃ〜なんなんだ?」
恵理佳の言葉に戸惑いを感じた。
「あたしも男の子だった時は誤解しちゃったんだけど、本当はね・・・その物に込められている愛情の深さなのよ。貰えればそれはそれなりに嬉しいけど。うぅぅん、想いさえ通じちゃえば品物って必要無いかも?女の子ってね、おもちゃの指輪でもそれに心が込められていれば世界に一つしか無い宝物だと思っちゃうことが出来るのよ」
「ふぅ〜ん、そんなものかな?」
腕を組みながら恵理佳の話を聞いた。
「だから雅としも無理することないよ」
 でも雅敏の想いは違っていた。そんな恵理佳だからこそなにか特別の物を贈りたかった。見栄でなくそれを手に取って嬉しい表情を見せる恵理佳を見てみたいと思った。
振り向くと恵理佳は足を止めて松月橋の上から池を眺めている。
水面が光を浴びてキラキラ光っていた。
「恵理佳・・・今でも夢の中に祐也が出て来るんだ」
茫然と遠くを眺めながら恵理佳に話しかけた。視線の先には舞鶴公園が見えている。
「そうなの?でも嬉しい!まだ忘れられてないのね」
無邪気に笑う恵理佳の笑顔が眩しい・・・・。
「あぁ、祐也のことはたぶん一生忘れないだろうな。少し寂しい気もするけど・・・・もう、あのころに戻れない。俺の中では懐かしい思い出になっている。祐也は居なくなったけど今の俺には恵理佳がいる!それだけで十分幸せだよ」
雅敏の言葉に胸がドクンッと高鳴って自然に涙が溢れていた。今まで生きていて良かったって思えるくらいハッピーな気持ちになっている。
「ネェ〜雅としってば・・・恵理佳にちゅーして?」
雅敏の前に回り込んで目を閉じた。でも、雅敏は恵理佳の期待とは違っておでこに軽くキスをした。
「雅とし!真面目にやんないとつき合ってあげないからね」
目を開けて雅敏を睨んだ。

   『でも、怒ってるわけじゃないんだよ!すこし意地悪で言ってみただけなの』

「お姫様はご機嫌斜めだな?」
雅敏は茶化すように笑っている。
「ナニ笑ってんの?」
小首を傾けて聞いてみた。
「ちょっとね・・・・」
「思い出し笑いするなんて感じ悪いよ」
わざと拗ねたような態度を取った。
「ゴメンよ。ファーストキッスの時の事を思い出したら自然と頬が緩んでしまった」
「やだっ!そんなこと言っちゃ・・・やだもんっ!」
白い手を握りしめて雅敏の分厚い胸板を叩いた。顔は恥ずかしさで真っ赤になっている。
去年のファーストキッスのシーンなんて思い出したくも無かった。雅敏にも忘れ去って欲しい・・・・。
「オイオイ・・・痛いじゃないか」
雅敏の声にハッと気が付く。
「あっ!ゴメン。痛かった?」
その仕草がいじらしい。雅敏は恵理佳の肩をギュッと引き寄せた。
ドキドキしながら静かに目を閉じた。唇にゆっくりと雅敏の唇が近づいて来る。

   『雅としってば好き・・・・大好きだよ!』

抱きしめられて甘酸っぱい気持ちに包まれていく。キュ〜ンと胸が痛くなって頭の中も真っ白になっている。
体が砂糖菓子みたいに溶けちゃいそう・・・・心は幸福で満たされていた。2人の時間はしばらく止まったままかも?

 2人が甘い時間を過ごしている時、信彰は星美女学園高校に呼び出されていた。
案内されて校長応接室に入った。学園に呼び出されたことで信彰は不安な気持ちになる。恵里佳の入学が不許可になるんじゃないかと思った。
やはり他人とは異質な存在は受け入れて貰えないのかと思って、恵里佳の事を思うと胸が張り裂けそうになる。
気持ちを落ち着けるために出されたコーヒーを飲む。
 しばらくして校長室のドアが開いて校長の松浦修治を先頭に総学園長のルイザ、教務部長の野島昭彦が後に続いて入ってきた。
挨拶をすませて名刺を交換する。
「宗像さん、時節柄お忙しい中をお呼び立てして申し訳ありません」
「いえ、ご心配には及びません。娘のことでしょうか?」
「あぁ、そのこともお伝えしなければなりませんね。野島君、説明をしてさしあげて・・・・」
校長はそう言って教務部長のほうを向いた。
「はい、合格発表は明日ですので内密にお願いします。受験番号183番、宗像恵里佳さんの入学を許可します」
背筋を伸ばして野島部長が信彰に告げる。
「娘もどんなに喜ぶjことでしょう。ご配慮に感謝します」
それまでの不安な表情を一変させて満面の笑みを浮かべた。
野島部長は書類を見ながら説明をした。
「学科はトップクラスです。特に理数系は受験生中でも最高点でした。私を含めて3人の面接官が面接をしましたが、明るい性格で非常に好感が持てました。提出された診断書を元に2,3の突っ込んだ質問もさせて貰いましたが、その受け答えも見事でした。言葉遣いや仕草なども十分女の子らしく、入学してからの学園生活になんの支障も無いでしょう」
総学園長のルイザも、
「ワタクシが責任をもってお預かりします。このような試練を克服された恵里佳さんには感銘を受けました」
と言ってくれた。
そんなルイザの言葉を聞きながら信彰は深々と頭を下げた。恵里佳の喜ぶ姿が目に浮かぶ。

   『恵里佳よかったな』

目が潤んでくる。

 でも感傷に浸っている時間はなかった。
校長が再び口を開く。
「宗像さん、本日お越しいただいたのは当学園の経営に配慮をいただけないかと言う事なんですが・・・・・」
少し歯切れが悪かった。
「えぇ、寄付でしたらそれ相応の寄付をさせていただきますが・・・・・?」
「そういうことではないのです。寄付は規定の額を納めていただければ結構です。お願いしたいのは、当学園で今の時点になっても就職が決まらない生徒のことなんです。中にはこの生徒が何故決まらないかと不思議に思うほど優秀な子もいるんです。それを宗像グループで受け入れていただくことは出来ないでしょうか?」
 松浦校長は合格判定会議の前に野島部長から恵里佳の説明を受けた。確かに合格基準は満たされている・・・・それもトップクラスで。
しかし、恵里佳のことは公に出来ない。生徒の父兄に発覚すると誤解と混乱を招く畏れがあった。
そこで恵里佳のことを知る数名の関係者に守秘義務の遵守を命じた。面接官達の恵里佳に対する心証は良好だったが、受け入れるか受け入れないかの判断は校長と総学園長に委ねられた。
ルイザとの話し合いでルイザが神の恩寵を説き受け入れを迫った。でもすでに校長は政治的思惑で恵里佳の受け入れは決めていた。
それは恵里佳を受け入れることで宗像グループ基幹企業の社長宗像信彰と知遇を得たいということであった。
それを学園の経営に生かしたい。その想いを胸に秘めながら合格発表の前日に信彰を呼んだ。
厳しい社会情勢の中で特に女子の求人は冷え込んでいた。校内での就職模擬試験に勝ち残りそれでもなおまだ就職の決まらない優秀な生徒の受け入れを要請してみたのだ。
 しかし要請を簡単に決断するほど信彰は甘くなかった。そこには厳しい企業の論理が存在していた。
心の中で納得したように頷いた。すでに信彰の顔は娘思いの父親から怜悧な経営者の顔に変わっていた。
「お話の趣旨はわかりました。でも今年の採用者はすでに決定しています。これを今更覆す事は出来ません」
少し突っぱねた言い方をして相手の動揺を誘う・・・・交渉を優位に持っていく信彰の常套手段だった。
「そうですか・・・」
校長は少しガッカリした表情をした。
「しかし、恵里佳の入学を許可して頂いた事には報いなければいけません。理事会で追加採用が出来るか検討することをお約束します」
今度は逆に恵里佳の事を持ち出して追加採用の可能性を示唆する。
「宗像さん!ありがとうございます」
3人は手を取って喜んでいる。
信彰にはすでに心づもりがあった。宗像グループ全社で考えればまだ20人程度の余裕はある。
それをいかに理事会で説得するかだった。
 宗像グループは10年前から事業の見直しを行い、リストラも積極的に行って組織の若返りを図っていた。
経営陣も世代交代を行って社長会の平均年齢は50代半ばだった。
社会全体は不況でリストラの嵐が吹き荒れている。しかし、宗像グループはバブルの影響も財団の制御のお陰で軽微に留まり、逆に飛躍の時を迎えていた。
潤沢な資金力を背景に5年前手形決済から現金決済に変えていたので、他の企業のようにメーカーからの与信枠が細ることも無かった。
逆に資金不足に喘ぐ弱小メーカーの一部には現金欲しさに値引き額を加速するところもあった。しかし値引き額を大きくするためには取引額の拡大と品質の低下を招きかねない。そんなところには早めに見切りをつけた。
それよりも将来を見通して積極的な投資を行いたかった。財団のシンクタンクの予測でも20年後現在の体制では生き残れない。将来コンパクトでグローバルな企業集団に脱皮することが出来るか生き残りをかけた戦略を模索している。そのためには技術力のある会社を傘下に納めパテントを手に入れる。その新技術を使って新しい商品を開発することが現状を打破するための命題だった。次世代のグループのためにもここ10年が正念場だと思っている。
 企業の血管を柔軟に保つためにも若い感性と頭脳を必要としていた。各大学・専門学校・短大・高校に手触を伸ばして理数系に強い人材を探している。
今注目しているのが5年前に九大の大学院を卒業した3人の若者が設立したベンチャー企業だった。
老獪な企業家は起業家を夢見て巣立とうとしている優秀な雛鳥を見つけた。
巧みに近づいて資金協力を行い開発に熱心で経営に無知な若者を掌中におさめた。開発されたパテントも本体特許はその会社に有るが、それに付随する隠れたサブマリン特許があった。それを彼らに気づかれないように宗像財団の法務部に取得させていた。
このベンチャー企業が宗像グループに無断で他の企業と取引をすればそのサブマリン特許が浮上することになる。
つまり、資金と特許でがんじがらめにしていたのだ。資金を十分に与えられた研究オタクの若者たちはそれに気づいていない。
しかし、宗像の傘の下にいれば世間の荒波に揉まれることはない。それどころか不況の中でも研究に没頭する環境が与えられる。
ただし結果は求められる・・・・画期的な商品の開発が待たれていた。そして遂に3年の歳月をかけて画期的な商品が開発された。
その商品の独占販売契約を結び宗像各社の力で販売会社が設立された。そこでは若者の感性で消費者に商品の優位性を訴える優秀な販売スタップを必要としていた。
 だから信彰にとっては学園からの話はある意味では渡りに船だった。
後はグループのためにどれだけ優秀な人材を集めることが出来るかが信彰の手腕にかかっている。
 翌日、財団の主な理事を説得して合意を取り付けた。早速星美女学園に電話で追加の採用試験を1週間後に行うことを伝えた。
電話の向こうから教職員たちの歓喜の声が聞こえてくる。信彰はその声を聞きながら電話を切った。

   『今回は星美とも友好的な関係が築けたし・・・・後は継続的に優秀な人材を供給して貰えるか相談してみるか?』

信彰の高笑いが聞こえてくる。

 

 3月に入って1人の少女が家にやって来た。名前は宗像彩佳(あやか)、沙也佳達の従姉妹だった。
でも彼女はある重大な秘密を隠していた。
「えっちゃんってば、彩佳ちゃんが来たよ」
沙也佳が嬉しそうに恵理佳の部屋のドアを開けた。
「えっ!彩佳ちゃんって?」
沙也佳の方を見上げた。
「もう・・・・忘れちゃったの?1月に亡くなった名古屋の叔父さんちの彩佳ちゃんのことじゃないのよ。でも、ずいぶん会っていないから無理かも?今度、引き取るってお父さん言ってたでしょ!」
飛行機事故で両親を亡くして彩佳は独りぼっちになった。女の子を1人で名古屋に置いておくわけにも行かず、親族で相談した結果信彰が引き取ることになったのだった。
福岡に来ることを嫌がって名古屋に居座っている彩佳を説得して桜坂の家に連れて帰った。お部屋も智昭の部屋を女の子らしくリフォームした。
そして春から恵理佳と一緒に星美女学園に入学することになっていた。
「あっ!そうだったね?」
沙也佳の後ろから1人の美少女が部屋に入って来た。
その少女は白いニットのセーターにバーバリー・ブルーレーベルの定番のミニスカートを穿いている。
「彩佳で〜す。恵理佳ちゃんよろしくね」
「こちらこそよろしく・・・・彩佳ちゃんって可愛いね」
微笑みながら彩佳から差し出された手を握った。確かに小学校以来会っていないような気がしていた。
でも、記憶は曖昧だったがその従姉妹と称する彩佳にどこか別の場所で出会ったような気がした。

   『この子ってどこか違う場所で出会ったような気がするけど?』

しばらく考えてみた。記憶が複雑に交錯する中で頭の中でピカッとフラッシュのように閃いた。
突然女の子に変身した去年の出来事が脳裏に浮かんできた。祐也を恵理佳に変身させた梅姫の姿は忘れようと思っても忘れることは出来ない。信じられないことにその梅姫と彩佳は同一人物にしか見えなかった。第一印象ってけっこう心に刻まれる。

   『あっ!あの梅姫じゃないのよ?』

しかし冷静にもう一度考えてみた。

   『でもさ、梅姫って100年後でないと目覚めないと言ってたよね?だったらここに居るわけがないかも?』

自分の考えを否定してみたが心の中でそのことを完全に否定出来ない部分が残っていた。

   『あたしの勘違いかも?でも、他人のそら似って言ってもこれほど似ているのかなぁ?第一、目の下にあるホクロだって同じところにあるよね。声だって同じだけど・・・・?』

疑惑は解消するどころか心の中でドンドン膨らんで行った。
「あのね・・・あたし、彩佳ちゃんにどこか別の場所で会ったような気がするんだけどな?」
「そぅ・・・・人違いじゃないの?」
彩佳は指を弄びながら興味なさそうに言った。
「ふ ぅ〜ん、ホントにそうかなぁ?」
意地悪そうな笑みを浮かべて彩佳の顔を覗き込むと慌てたようなそぶりをして目をそらした。
その自信のなさそうな声を聞いて恵理佳の疑問は確信に変わった。

   『絶対に梅姫だね!とぼけちゃって往生際が悪いんだから・・・・』

そっと彩佳の後ろに回り込んで肩に手をかけると猫なで声で語りかけた。
「ねぇ〜彩佳ちゃんってば、あなた去年の7月5日に太宰府の天満宮で梅林に居なかった?」
「えっ?あたしそんなとこ行ったことないわ」
「そ〜かな?・・・・あたし、そこであなたに会ったような記憶があるんだけどな・・・・」
「他人のそら似じゃないの?あたし太宰府なんて一度も行ったことないわ」
「へ〜ぇ、本当にそう言い切れるの?」
「なんでそんなこと言うの?あたしはあなたの従姉妹の彩佳でしょ。そんな意地悪するんだったら口聞いてあげないからね!」
彩佳は怒ったそぶりをして立ち上がり、恵理佳のお部屋から出て行こうとした。
梅姫!!
恵理佳は出ていこうとした彩佳の背中に向かって呼びかけた。その声に反応したように彩佳は肩をビクッとさせて振り向いた。
「いくら隠そうとしても体は正直ね・・・・梅姫って声に反応したわよ!」
「ビックリしただけよ。突然後ろから呼びかけるんだもん」
「でも、彩佳でなく梅姫で反応したってことはあなたがそう呼ばれていたと言う証拠じゃないの?」
「突然後ろから声がするんだもん・・・体が無意識に反応しちゃっただけよ」

   『やばいなぁ!なんとか誤魔化さなくちゃ・・・』

背中に冷や汗が出てきた。
「あのね、言葉には条件反射ってことがあるのよ。梅姫って言葉に無意識に反応したのも、あなたが普段そう言われることに慣れてるからだよ」
「そんなことないわよ!偶然よ」
なんとか恵理佳を言いくるめようと懸命になったが、次第に口調はしどろもどろになって、話の辻褄が合わなくなった。
恵理佳が突然彩佳を指さして勝ち誇ったように言い放った。
「とぼけてないで!さっさと白状しちゃいなさいよ・・・・・あなた梅姫でしょ?!あたしにあなたのことがわからないとでも思ってるの?」
「なんでわかったのよ!記憶を埋め込んでわかんないはずだったのに・・・」
ガックリしたような顔で膝を折りペタンと床に座り込んだ。
「たぶんそうだと思ったわ。あたしがあなたの顔や姿形を忘れるわけないでしょ?あたしの前に来るんだったら顔ぐらい変えてこなくちゃ。それに声だって同じだよ・・・その透明感のある声って今でもあたしの耳に焼き付いているわよ!」
「あっ!うっかりしてた。そんなこと考えもしなかったわ」

   『でも、梅姫がなんでここにいるの?』

梅姫が従姉妹の彩佳としてここに来た理由が解らなかった。動揺している梅姫に聞いてみた。
「ねぇ〜梅姫ってば・・・」
「梅姫!梅姫ってそんなに気安く呼び捨てにしないでよ!今はあなたの従姉妹の彩佳ってことになってるんだから・・・・」
恵理佳の言い方が気に入らないのか苛立った言葉が返ってきた。
「わかったわ!彩佳ちゃんに聞くけど、どうしてみんなの記憶を操作してまでこの家に入り込んじゃったの?」
「実はね、あなたを女の子に変身させたことが天神様にバレちゃってものすごく怒られちゃったの」

   『あっ!あたしのせいかも?』

去年の事を思い出していた。実は宗像一族に伝わる秘儀を使って梅姫の事を天神様に告げ口をしていた。
そのことを思うとタラリっと冷や汗が出た。しかし努めて平静を装った。そんな恵理佳の心の内も知らないで彩佳は話している。
「でね、宗像大社の高宮祭場ってとこで市杵島姫神様の前に連れて行かれたのよ」
 宗像大社には天照大神の娘神を祭る三宮がある。沖の島にある沖津宮、大島(宗像郡大島村)にある中津宮、宗像市(旧宗像郡玄海町)にある辺津宮がその三宮で、沖津宮には田心姫神(たごりひめがみ)、中津宮には湍津姫神(たぎつひめがみ)、本殿である辺津宮では市杵島姫神(いちぎしまひめがみ)が鎮座されている。辺津宮の奥にある高宮祭場とは3人の女神が太陽神たる天照大神の神勅を受けて高天原より降臨した場所であり、以来海の道の守護神として海に生きる人々の精神的支えになってきた。
「それでその女神様の前に連れて行かれてどうなっちゃったの?」
「そんなに興味深く聞かないでよ!大変だったんだから・・・・・」
「あはっ♪ごめんね。でもね、あなたに女の子にさせられちゃったあたしだって大変だったんだよ。さっちゃんにはおもちゃにされるし、一時は気が変になりそうになったのよ。それを考えればそれも自業自得ってものかも?」
意地悪な恵理佳の言葉にとうとう梅姫=彩佳は大きな瞳から涙を流して泣き出してしまった。
「いたずらがすぎちゃってごめんなさい!」
慌てて彩佳を慰めた。
「そんなに泣かないでよ!意地悪言ってゴメンね」
「うん、ありがとね。本当にごめんなさい」
「もういいってば!でぇ、それからどうなったの?」
目を輝かして興味深く聞いてみた。
「やっぱり聞くんだぁ・・・・・」
「いいじゃないの聞かせてよ!女の子ってこうゆうお話好きでしょ?それに彩佳ちゃんのお話なんだか面白そうだもん!」

   『あたしの不幸を聞きたがるなんて、恵理佳ちゃんも結構いい性格してるのね?』

「話せばいいんでしょ!話すわよ・・・・。でも、誰にも言わないでよ」
「うん、約束するよ!」
しかし、話しかけた彩佳を止めて恵理佳は立ち上がった。
「どうかしたの?」
「うん、そのお話って長くなりそうだからお茶とお菓子持ってくるね」
陽気にメロディをハミングしながらお部屋を出ていく恵理佳を見てため息が出た。

   『ハァ〜!どうしてこんな事になっちゃったんだろ?・・・・』

しばらくして恵理佳が部屋に戻ってきた。手にしたピンクのトレーにはミルクティーとゴディバのチョコレートケーキが乗っていた。でも3人分あった。どうしてかなと思っていると沙也佳も入ってきた。
「どうしてぇ?」
彩佳は ビックリして恵理佳を睨んだ。

   『どうして私のことを沙也佳ちゃんにバラしちゃうのよ?』

梅の妖精として悠久の時間を生きてきた梅姫はある意味で人慣れしていなかった。俗世に侵されていないだけに単純に信じてしまうようなところがあった。
「あのね、さっちゃんに秘密にしてもいいけど、なにかの弾みでバレちゃうことだってあるよね?だったら最初から言った方がいいんじゃないかと思っちゃったわけ。あたし辻褄合わせのためにさっちゃんに嘘つくのってイヤなの!」
「だったらあたし・・・話さないからね!」
怒って頬を膨らませてプイッと横を向いた。
「だって・・・さっちゃんどうする?怒っちゃったよ」
両手を広げて困ったような顔をして沙也佳の方を振り向いた。
「簡単よ・・・梅姫さんだった?弟をかわいい妹に換えてくれてありがと。でもね、あたしはそれでもいいけど、このことをお父さんに言っちゃってもいいのかなぁ?梅姫さんがこの家の中にいるって気づいたら、怒り狂っていくら女の子でもただじゃ済まないかも?」
「脅すつもりなの・・・・・?」
「うぅぅん、ただ忠告してあげてるだけよ!えっちゃんってば、お父さんって可哀想だよね?」
「そうね」
「ゆうがいなくなって男女のパワーバランスが崩れて共通の話題を話せる相手も居なくなったわけだし、お酒を飲んで憂さばらしをする気持ちってわかるよね。そうなっちゃったのは誰のせいだったかしら?それに、あたしだけ仲間はずれにしようたってもそうはいかないわよ」
「わかったわよ!あなたたち姉妹には負けたわ」
彩佳は呆れ顔でその場所にペタンと座り込んでしまった。
「そんなに落ち込まないでよ!ただお話が聞きたいだけだから・・・」
「そうだよね。お話によっては従姉妹として認めてあげてもいいかも?ハイ!これでも飲んで気持ちを落ち着かせてよ。美味しいんだよ、このケーキも・・・・」
そう言って彩佳の前に紅茶とチョコレートケーキを差し出した。
「うん!ありがと」
彩佳の表情が少し和らいだ。
「じゃ〜話してよ!」
「いいけど・・・誓ってよ。この3人以外には絶対!喋らないって」
「「いいわよ!宗像大社の女神様に誓うよ」」
2人は右手を立てて誓った。

 梅姫は市杵島姫神の前で神前裁判にかけられた。宗像大社の客殿に偶然『高天原』より使者として来ていた猿田彦命の主張で、妖精の地位を取り上げられようとしていた。森羅万象の理を破り宗像三神を氏神として崇める宗像一族の男の子を女の子に変身させた事実は容認されるものではなかった。
妖精の地位を取り上げられるということは大変な事だった。もしそうなったら妖精として天界や人間界を覗くことも叶わなくなってしまう。もちろん人形(じんけい)を保つことも出来なくなる。梅の老木として朽ち果てるまでその木に縛りつけられてしまう。
それは恐怖でしかなかった。絶望感に打ちのめされていると姫神様が意外なことを言い出した。
『この者の罪は軽くはないがワタクシにも九天玄女様よりお預かりして天神様にお預けした責任がある。今一度梅姫にチャンスを与えてもいいのではないだろうか?』
 梅姫は市杵島姫神が中国の神界・崑崙山で開かれた玉帝の母『西王母』の誕生日・播桃会に招待されて、三千年に一度しか実らない仙桃と太上老君がつくった仙丹を頂いていたときに、西王母の娘で天の川水軍の統率者である九天玄女より託された。侍女である梅姫の願いを聞き入れて中国神界より高天原神界に行くことを許した。
連れ帰った梅姫は天照大神の神託により天神の眷属とされた。そして姫神様の神夢で地上に下っていた道真公の元に送られた
『甘い!姫神様は甘すぎますぞ・・・・』
強面の猿田彦命が自分の主張を通そうと息巻いていた。その迫力のある表情に梅姫は恐怖を感じて体を震わせた。
『お黙りなさい!ここはワタクシの神域です。すべての責任はワタクシがとります』
姫神様が毅然とした態度で立ち上がった。その左手には母神・天照大神より頂いた『日輪の矛』を持っていた。
その輝ける御姿に猿田彦命は位負けしたように黙って引き下がった。
『姫神さまぁ・・・』
梅姫は姫神様の優しさに涙が溢れて来た。
『裁定を申し渡します。梅姫!そなたに人間界において1100年の修行を命じます』
『えぇ〜1100年もですかぁ?』
『いいですね!人間界の1年は神界の1日ではありませんか?3年の辛抱です・・・がんばりなさい』
姫神様は微笑みながら梅姫を元気づけた。
 姫神様はいたずら者だけどどこか憎めない梅姫のことを可愛がっていた。
梅姫は実を言うと天神様のことがあまり好きではなかった。
梅姫にとって天神様こと道真公は老人特有の気むずかしさと頑迷な性格をしている老人でしかなかった。
だからよく道真公に怒られて、天満宮から飛び出しては宗像の3人の姫神様の元に遊びに来ていた。姫神様はそんな梅姫を慰めて高天原の菓子を与えて話し相手となっていた。そこで梅姫は姫神様の霊的エネルギーを頂いて天満宮に帰って行く元気を取り戻していた。
姫神様の裁定により人間界に下ることになった梅姫は1100年の間転生を繰り返しながら修行しなければいけなかった。でも修行が終わったら彼女を故郷である中国神界に帰らせてもいいと思っていた。だから修行が無事終わることを願って場所・環境などの諸条件を梅姫の希望通りすべて叶えた。そして姫神様たちの祝福を受けて梅姫は人間界に旅立ったのだった。

「・・・・・って訳よ!」
「ふぅ〜ん・・・・大変だったのね」
沙也佳が彩佳に同情している。でも恵理佳にはお話を聞いてもまだ疑問が残っていた。
「待って!あなたが人間界に追放された理由はわかったわ。でもね、この家に入り込んだ理由ってのがわかんないの?」
「だって、あたし人間界に知り合いっていないもん。だから梅林でご縁が出来ちゃった恵理佳ちゃんにお付き合いして貰ってもいいかなぁ?って思っちゃったの」
「えぇ〜あたしにまだ関わってくるわけ?脳天気なあなたにそこまでつき合わなくちゃいけない義理はあたしにはないわ!」
彩佳が平然と言うわがままで身勝手な言い訳に半ば唖然とする。これからのことを考えると頭が痛くなってきた。

   『冗談じゃないわ・・・!』

「お願い!あたしを助けると思ってつきあって・・・・」
恵理佳を上目遣いで見つめる彩佳の目は潤んでいた。
「えっちゃんってば!つき合ってあげたら・・・・」
「あたしの事だと思って気安く言うのね」
小首を傾けて沙也佳を見た。
「でも可哀想じゃないの?えっちゃんを女の子にしちゃったって言ってもそんなに意地悪しなくってもいいでしょ?2人より3人の方が楽しいよ!」
「わかったわ。神界を追放されちゃったわけだし、つき合ってあげてもいいよ」
「ホント!嬉しいわ。ありがとね。だけど、恵理佳ちゃんって女の子らしくなっちゃったね?」
「でしょ!実はね・・・・・」
沙也佳が嬉しそうに彩佳に耳打ちして囁いた。恵理佳が女の子の生活を楽しんでいるのを告げた。
「えっ!そうなの?」
彩佳は沙也佳に内緒話を聞かされて大きな目を見開いた。その視線の先は恵理佳に注がれていた。
その突き刺さるような視線を悪戯っぽい微笑みで躱した。

   『そうだったの?楽しんでるくせにあたしだけを悪者にしたんだ!あたしだってすこしぐらい意地悪しても良いよね?』

段々胸の内にムラムラっと怒りが込み上げて来た。彩佳の頭の中であることがピーンと閃いた。
恵理佳を懲らしめるために守り刀である『梅花の飛剣』を持ち出して脅した。

 『梅花の飛剣』とは崑崙山・太上老君の工房で作られた神剣で、九天玄女の従兄弟で玉帝の守護を司る禁軍総司令官として神将最高の誉れを称えられている二郎真君が、高天原神界に行く事になった梅姫に餞別として与えたものだった。
二郎真君は梅姫に好意を抱いていて一抹の寂しさを感じながら、高天原神界に行っても自分の事を忘れないで欲しいと言う想いをこの神剣に託していた。

 彩佳は神通力があと一回分この剣の中に残留思念として残っていることを2人に告げた。
「「梅姫の残留思念?!」」
恵理佳と沙也佳は驚いて顔を見合わせた。
 精神世界である神界では想うことは即行為だった。その想いが生命体のように意志を持つことがある。
想いを媒体として高次元の神界より低次元の現世に影響を及ぼすのが残留思念だった。
「姫神様にお願いしてなにかあった時のために一回分の神通力が残してあったのよ。どう、驚いた?」
「それを使って何をするつもりなの?」
心臓はドキドキして手は汗ばんでいた。
「ふふっ・・・これを使ってもう一度恵理佳ちゃんを変身させちゃってもいいんだよ!」
「へんし〜ん!?」
恵理佳はビックリして腰を浮かせた。
「これをね、恵理佳ちゃんの心臓に突き刺すと体が青白く石化するのよ。そして、これを引き抜くと呪いが解けて男の子に戻っちゃうってわけなの」

   『えぇ〜それってやばいよ!』

彩佳に意地悪をし過ぎたのを後悔した。
「彩佳ちゃんあたしが悪かったわ。ごめんなさい!だから止めようよ」
「ダメ!あたしだってあれだけ言われたんだよ!恵理佳ちゃんを元の男の子に戻してリセットしちゃうのよ!」
彩佳の目は据わっていた。

   『怖い!これって本気かも?』

額に脂汗を出して顔を引きつらせながら体を後ずさりさせる。後ずさりしていると壁に追いつめられた。
彩佳は恵理佳の襟元を掴んで守り刀を心臓に突き立てようとした。
「お願い!止めてぇ〜」
声は恐怖のため上擦っていた。
「問答無用!男の子に戻っちゃいなさい」
彩佳が非情にも懐剣を振りかぶって迫って来る。思わず目を閉じて金切り声を上げた。
「キャ〜〜止めてぇ〜!!あたし男の子に戻りたくないよ。お願い!女の子でいさせてぇ〜!」
瞳からポロポロ涙が出て来る。体もブルブル震えていた。
「ふふっ、えっちゃんってば・・・それがあなたの本音でしょ?」
「キャハハッ〜面白かった。恵理佳ちゃんの金切り声って可愛いかったよ」
2人は声を上げて笑った。
「あっ!それって?。もしかしてあたしのこと騙したの?」
「とうぜん冗談よ!本当にこんな事するわけないでしょ。これはただの守り刀よ!本気にする方が可笑しいわ」
彩佳は守り刀を蜀江錦の袋に納めながら言った。
「えっちゃんって暗示に掛かりやすいタイプだもの」
沙也佳が笑いを堪えたように含み笑いをしている。
「これで恵理佳ちゃんの気持ちがよ〜くわかったわ。女の子って楽しいもんね」
彩佳は屈託のない笑顔を恵理佳の方に向けた。
「ひっどーい!あたしのことを試すなんて・・・・。どれだけ怖かったかわかってんの?」
頬を膨らまして彩佳を睨んだ。
「ゴメンね。でもね、恵理佳ちゃんだってあたしのことをずいぶん苛めてくれたよね?」
「これで2人とも気が済んだでしょ?もうこんな空しい言い争いは止めようよ」
沙也佳の両手が2人の肩に触れる。優しい眼差しで2人を見ていた。
「「は〜い!ごめんね」」
2人は目を見つめ合って握手した。彩佳の手の温もりを感じて思った。

   『色々あったけど、これでいいのかも・・・・?』

「彩佳ちゃんってば・・・・あたし達あなたを従姉妹として認めてあげる。これからは仲良くしようね」
沙也佳がそう言いながら2人の手の上に手を添えた。
「あたしもよろしく。3人で頑張ろうね・・・・」
恵理佳も笑みを浮かべながら言った。
「嬉しいな!沙也佳ちゃん、恵理佳ちゃんよろしくね」
彩佳が本当に嬉しそうな表情を見せた。3人は気持ちが堅く結ばれたのを感じた。抱き合ってその喜びを顕していた。

 

 それから3週間が過ぎて恵理佳と彩佳が星美女学園に入学する日がやって来た。
朝を迎えて鳴り出した目覚まし時計のうるさい音をベットの中から手を伸ばして止めた。
パジャマの袖が捲れて白い腕と細い指が見える。突然ベットからムクッと起きあがった。

   『あっ!今日から星美に行くのね?早く起きなくちゃ・・・』

起きあがってクローゼットを開けると真新しい星美の制服が目に映る。ハンガーごとクローゼットから取り出した。
パールホワイトのブラウスを着て襟元にワインレッドのリボンを結ぶ。
グリーンとワインレッドを組み合わせたタータンチェックのプリーツミニはかなり短く膝上18pぐらいだった。
そのスカートから伸びた長い足は透き通るような白さをしていた。靴下はラルフローレンのハイソックス。
 ドレッサーの前に座り背中の肩胛骨のあたりまで伸びた艶やかな栗色の髪を梳かした。
仕上げにクリスマス休暇でアメリカから一時帰国した真弓叔母さんから貰った『MAC』のコスメを使ってピンクのリップを塗る。
鏡を見ると前髪を垂らしてほっそりとした曲線を描いている弓形の眉に切れ長で二重の大きな瞳。光を宿している黒目に血管の充血が全くない綺麗な白目。カールされた睫毛は長く女の子らしさを際だたせている。鼻は少し低いけど鼻筋は通っている。ほっぺはふっくらとしていてサクランボみたいな可愛い唇。卵のように丸みを帯びた顎。鏡には美少女が映っている。

   『ワァ〜かあいぃ〜。あたしって綺麗だよね?』

膨らんだ胸を抱いてうっとりしていた。細くなった肩幅。大きく膨らんだバスト。細く引き締まったウエスト。ウエストの位置も高く骨盤に合わせたように横に広がっているボリュームのあるヒップ。女の子らしい柔らかな丸みを帯びたボディラインを描いている。華奢で肌も白く健康的で瑞々しい。

   『スタイルもいいよね。でも、彩佳ちゃんには負けてるかも?』

妖精であった彩佳の完璧な容姿には敵わなかった。肌も透明感があって際だった白さをしている。
スリーサイズもバストが65のDカップ、ウエストは55、ヒップは83だった。
恵理佳はバストが70のCカップ、ウエストが58、ヒップは85だった。彩佳にコンプレックスを感じている。
因みに沙也佳はバスト70のBカップ、ウエスト58、ヒップ85だった。
スツールからスカートを翻して立ち上がった。
 髪を梳かしたときの切れ毛がブラウスに付いていないか気にしながらキャメルブラウンのブレザーを着た。左胸の処にはStar(星)のSの字と漢字の美の崩し文字を組み合わせたエンブレムがある。
右腕には見た目もキュートな感じがするピンク色のベイビーGの腕時計。
これは由美子に強要されて父信彰と付き合った帰りに天神でお洋服と一緒に買って貰った物だった。
フェニックスのバンド刺繍もけっこう気に入っている。

   『だって、可愛いもん!』

ドレッサーの前に立ってベイビーGにみとれている。
鏡の中の少女に手を振って見ると少女も可愛い手で答えてくれる。
 そんなひとり遊びをしているとお部屋のドアがガチャっと開いて沙也佳と彩佳の2人が入ってきた。
当然2人とも同じ星美女学園高校の制服を着ている。
「えっちゃんってば!着替えたの?早くしないと遅れちゃうよ・・・」
「うん!今、着替えたところよ」
ドアの方を振り向いて甲高い声で明るく答えた。その声はアルトを越えてソプラノまで高くなっていた。
「可愛いよ!えっちゃんって着こなし上手ね」
沙也佳が嬉しそうに恵理佳の首に腕を廻した。

   『ありがと。さっちゃんのお陰よ!』

恵理佳の大きな瞳はうっすらと潤んでいた。
「恵理佳ちゃんってば、可愛いよ」
彩佳もニッコリ笑っている。
「ホント?彩佳ちゃんも可愛いよ」
「えっちゃんってば、その姿気に入ってるんじゃないの?星美の制服って可愛いでしょ?」
沙也佳に心の内を見透かされたようなことを言われた。予想していなかったその言葉にどう答えていいか分からず顔が赤くなっていく。
「だったら、すこしはあたしに感謝してくれてもいいよね?」
彩佳が悪戯っぽい声を上げて笑っている。
「・・・だよね!その体にもすっかり馴染んでるんでしょ?」
沙也佳が細い指で恵理佳の柔らかい胸をツンツンと軽くつつく。
「それはそうだけど・・・・?」
「えっちゃんって素直じゃないよね?」
「そうね嬉しければ嬉しいって素直に言っちゃえばいいのに?」
口元に手をやって可笑しそうに彩佳が笑っている。
「それにね・・・元男の子なのにカレシまで作っちゃったんだよ!」
彩佳は小首を傾けて不思議そうに恵理佳の方を窺った。

   『気持ちもすっかりに女の子になっちゃってるけど・・・・?』

彩佳は梅姫として祐也を女の子に変身させてしまった。でもこんなにも人格形成が女性的になっているとは思っていなかった。その変化は驚きだった。2人のやりとりを呆れたように見ていた。
恵理佳は沙也佳の方を向いて憎まれ口をたたく。
「さっちゃんもカレシを作っちゃえば・・・・?」
「生意気言うんじゃないの!女の子一年生のくせに・・・・。そんなこと言うと仲間はずれにしちゃうよ・・・ネェー彩佳ちゃんってば」
「それもいいかも?」
「それとね・・・雅敏君とエッチまでしちゃったんだよ!」
「やだっ!そんなことまでしちゃったの?信じられないよ〜」
呆れたような顔をして彩佳は恵理佳の顔を覗き込む。恵理佳はそんな彩佳の視線を俯き加減に逸らした。
顔は耳まで真っ赤になっている。
「そんなにいじめないでよ。エ〜ン、2人共意地悪なんだからぁ・・・・」
細い肩を震わせて目からポロポロ涙が出た。
「「エリってば!ウソ泣きは止めたら・・・・」」
沙也佳と彩佳がウエストの位置に左手を置いて睨んでいる。
「アレっ!バレちゃった?」
目元から手を離し顔を上げた。
「えっちゃん!いい加減にしたら・・・男の子だったら騙されるかも知れないけど、女の子には通じないもんね」
「そうよね、女の子だからまだ許せるけど、男の子だったら気持ち悪いだけよ!」
2人の醒めた声が聞こえて来る・・・でも、声は怒っていなかった。
「エヘっ☆ゴメンね」
肩を狭めてペロッと可愛い舌を出した。
「えっちゃん!女の子って楽しいでしょ?」
「お母さんもあたしを女の子で産んでくれればよかったのに・・・・。なんか15年間損しちゃったって感じ?」
「まぁ〜えっちゃんってば・・・・」
沙也佳が可笑しそうに笑っている。
「男の子より女の子のほうが絶対!得だよね?」
彩佳の言葉に力が込められている。
「そうね、男の子だったらこんな可愛い制服って着れないかも?」

 祐也が通っていた如水館高校は明治からの伝統を重んじているために未だに詰め襟の学生服だった。
周囲の高校がDCブランドの現代風な制服に替わって行く中でもその伝統を守る姿勢を崩さなかった。
しかし一部の生徒と父兄には変革を受け入れようとしない学校当局の頑なな態度は不評だった。
祐也も野暮ったい学生服でなくブランドのブレザーを着たいと思っていた。だから沙也佳の着ている星美のような格好いい制服を一度でいいから着てみたいと思った事があった。でも現実と憧れのギャップに気づいて諦めていた。

「それじゃ〜そろそろ行こうよ!」
「「ハ〜イ!沙也佳先輩よろしくお願いします」」
「美人3姉妹ってことで学園に旋風を巻き起こしちゃおうか?」
 自宅を元気よく飛び出した3人は星美女学園に向かって歩き始めた。
いつも見慣れている桜坂から警固にいたる町並みが今日は新鮮に感じられた。
清々しい春のそよ風が頬を撫でて心地よい感触を残しながら飛び去って行った。そのそよ風によって後ろの方に運ばれた細く長い髪が、朝の日差しの下で降り注ぐやわらかい光のシャワーを浴びてキラキラと輝いていた。
しばらくお喋りをしながら歩いていると、すれ違う男の子達にジロジロ見られているような気がした。

   『やだっ!見られてる?』

警固や赤坂から桜坂に向かう男の子達の視線を感じた。体をブルッと震わせて顔も次第に赤くなっていく。
それに気づいた彩佳が話しかけて来た。
「恵理佳ちゃんってば、どうかしちゃったの?」
「あのね、男の子達に見られてるような気がするんだけど・・・・・?」
「当然よ!恵理佳ちゃんって可愛いもん。男の子ってね可愛い女の子を羨望の眼差しで見ちゃうものなの」
「怖くない?」
「それだけ、えっちゃんが美少女だってことよ。自信を持たなくちゃ!」
沙也佳が振り返りながら笑ってる。
「恋をしている女の子って輝いてるよね」
2人の言葉に思わず頬が赤くなる。
前から来た比較的ハンサムな男の子と目が合ったので、試しにニコッと笑って見た。その仕草は可愛かった。
その男の子は顔を赤くして嬉しそうに足早に通り過ぎて行った。振り向いて恵里佳を眩しそうに見ている。

   『ふぅ〜ん!男の子ってこんなことでも喜んじゃうのね。女の子と比べると単純かも?でも、そんなとこも可愛いよね。あたしもそんな1人だったけど・・・・?』

今までの自分の過去と重ね合わせて微笑んでいた。
 お話をしながら警固にある星美女学園の敷地に入って行くと、道路を挟んで高校と中学に分かれていた。左右に分かれている桜の並木道を左に折れると星美女学園高校の正門が見えてきた。桜が今を盛りとばかりに咲き誇っている。
恵理佳は歩いていた軽やかな足取りを校門の前で止めて静かに空を見上げた。
そんな恵理佳を沙也佳と彩佳は不思議そうに見つめている。
「えっちゃんってば!どうかしちゃったの?」
「うん、先に行って!」
「じゃ〜先に行くけど、早くしないと遅れちゃうよ」
「わかってるわ!ありがとね」
沙也佳と彩佳は恵理佳の方を振り向いて可愛く手を振りながら校舎の中に消えていった。
再び空を見上げると吹いて来た風によって運ばれた桜の花びらが華麗に乱舞していた。その花びらが恵理佳を祝福するように降り注ぐ。
突然下から風が巻き上がって恵理佳のスカートをふわりと持ち上げる。
「キャ〜ッ」
黄色い悲鳴を上げながらスカートを慌てて押さえた。去年の7月からの9ヶ月間を思い出して感傷に耽っている。
こんなに女の子らしくなれるとは恵理佳自身も思っていなかった。自然と笑みが零れる。

   『とうとうここまで来ちゃったね。あたしも今日から女子高生!ウフッ、頑張らなくちゃ・・・・』

心から溢れ出る希望の光が眩しいくらいに輝きを増していく。
スカートの乱れを直して一歩一歩校舎に向かって歩き始めた。運命の扉は開かれて少女は歩み続けることだろう。
その先に輝かしい未来が見えるかも?。

 

END


【後書き】 文庫の皆さん、山陰しろいるか改めしろいるかです。
春奈のリターンマッチ以来2年ぶりに帰ってきました。この作品は2001年7月にmk8426さんのHPに前編を投稿したものです。やっと、完結することが出来ました。mkさんにも大変ご迷惑をかけてしまいました。
福岡を舞台に書き始めて見るとやはり実際に住んでみないと分からない面が多々有りました。
ガイドブックと地図でイメージを膨らまして見ましたがストーリーに行き詰まる日々を送りました。
そして、悪夢のマザーボードのダウン。書きかけていた続編のすべてを失い茫然自失。ショック状態に陥り再び書き始めるまで4ヶ月。
mkさんの辛抱強い言葉に支えられてサボりまくっていましたが、去年の後半からイメージが膨らんで書き進みやっと完成させることが出来ました。
かなり長くしつこい文章ですが読んで頂ければ幸いです。


なおこの作品はmk8426さんが加筆編集されています。従って著作権はmk8426さんとしろいるかの両者に帰属します。




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