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西海の微風:中編

 

 作:しろいるか

編集:mk8426さん

 

 

 


 
 恵理佳が退院して3週間が過ぎた。夏休みも終わって沙也佳は元気に星美に通っている。
あれから沙也佳のために大変な目にあった。
・・・・・どんな目にあったかって?すべてよ!生活のすべてをさっちゃんに干渉されたの。言葉遣いに歩くときの姿勢でしょ。座ったときの足の位置・食事・入浴・ファッション・仕草・女の子としての知識を強要されたの。イムズでのケーキバイキングの後だって天神を連れ廻されて大変だったんだよ。お母さんとさっちゃんってば、次から次にとボクに可愛いお洋服を試着させるんだもん!嫌になっちゃった。でもね、夏休みが終わって実はホッとしてるんだ。何故って?それはね、昼間さっちゃんがいないからね。のんびりお昼寝も出来るもん。でも、このことはさっちゃんには内緒だよ・・・・・。

 9月後半の朝、沙也佳が慌ててお部屋から飛び出してきた。
「寝過ごしちゃった!遅刻しちゃうよ」
バタバタ階段を下りてキッチンに飛び込む。
「おはよう、さっちゃん!」
ギンガムのエプロンを付けてテーブルの前に立っている恵理佳がにこやかに笑っている。
紅茶をティーカップに注いでいた。注いだ紅茶の甘い香りが漂う。
「えっちゃん、おはよう」
「朝ご飯もお弁当も出来てるよ!」
「ありがと!でも、えっちゃん・・・あんたってマメね。この間まで男の子だったなんて信じられないくらいよ・・・・」
「伊達にキャンプや寮生活してなかったからね。家事はさっちゃんより上手かも?」

 恵理佳が家事が出来るのには理由があった。小学4年生から中学3年生にかけて夏休みにキャンプに行っていた為だった。宗像一族の次世代を担う少年達を鍛えるために、財団が音頭を取って行っているもので、瀬戸内の無人島で2週間を過ごした。自分たちで分担しながら、炊事・後かたづけ・掃除・洗濯・燃料の薪の調達・寝床の設営などをこなして鍛えられた。
大人もサポートのために島に渡っていたがすべての判断は少年達に委ねられていた。
恵理佳も祐也だった時に信彰に参加させられていた。最初は何も出来なかった祐也だったが生まれつきの手先の器用さもあり去年はリーダーをサポートするぐらい成長していた。そんな経験が如水館での寮生活でも生かされていた。もちろん退院後に由美子から家事の手順を一通り教わっていた。

   『でも、お菓子作りはあたしの方が得意だもん。女の子の基本はお菓子作りだよ』

「お母さんは?」
「もう出かけちゃったよ」
「そうなの?」
「早くしないと遅れるよ」
「あっ!時間がないわ。えっちゃん!お弁当ちょうだい」
沙也佳は渡されたバスケットを手際よくリュックに入れる。
そんな様子を半ば呆れながら見ていた。
「さっちゃん朝ご飯は・・・?」
「ごめんね。時間ないから・・・・」
「体に悪いよ!遅れても食べて行ったら?」
恵理佳の気持ちは嬉しかったけど遅れる訳にはいかなかった。
 テーブルの上には青い縁取りのあるお皿(ウエッジウッド・ボカラシリーズ)にスクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコンが載っていて、その横にはクレソンとトマトが添えてあった。
横にはこんがりときつね色に焼けたトースト。ティーカップからミルクティーの香りがただよってくる。
デザートは透明のガラスの器に盛られたヨーグルトだった。
中央のヨーグルトの周りには半分に切ったイチゴとスライスしたキウイフルーツで彩りを添えてある。

   『ウッ!美味しそう・・・』

沙也佳のお腹がグゥーと鳴った。
手を伸ばして立ったままテーブルの上のフルーツヨーグルトをサッサッと口の中に流し込む。
「さっちゃんってば行儀悪いよ。座って食べなよ!」
そんな声を聞き流しティッシュで口を拭って玄関に急ぐ。
「ごめんね!後ヨロシク」
ドタバタ出ていく沙也佳を見ながらため息が出た。

   『さっちゃんも少し早く起きればいいのに。髪だって梳かしてなかったよね?』

最近は男の子だった時には気付かなかった細かいことが気になった。特に色彩や香りには敏感になった。
「う〜ん、いい香り」
トーストにイチゴジャムを塗った。
男の子だった時はバターかベニ花のマーガリンだったのに、女の子になって無性に甘いものが食べたくなっている。
ジャムだってイチゴだけでなくブルーベリー・アプリコット・ラズベリーにオレンジとグレープフルーツのマーマレードが好きになっていた。デザートのプレーンヨーグルトだって酸味のきいたイチゴジャムを入れると美味しく感じられた。
トーストを頬張るとサクッとした歯触りとジャムの甘みが味わえた。
「美味しい!」
ゆったりとした気分で朝食を取った。至福の時間に浸っている。

 でも一つだけ不満があった。それは学校に行けない事だった。

   『ボクも早く学校に行きたいな』

寂しかった・・・1人だけ時間に取り残されているような気がした。そんな想いに囚われながら後かたづけをした。
でも、そんな感傷に浸っている時間は無かった。掃除・洗濯・・・することが山ほどあった。

   『女の子らしくさせるためだって言ってボクにすべて押しつけちゃって・・・・』

不満を漏らしながらも家事を手際よくこなしていく。
それが終わると居間で沙也佳が昨日焼いたアーモンドクッキーをつまみ、オレンジジュースを飲んだ。
「へぇ〜結構美味しいね」
食べながらハイティーン向けファッション雑誌を見ていると時間はあっと言う間に過ぎていった。
気が付くと既に11時半を過ぎていた。
「ワァ〜大変!遅れちゃうよ」
今日は午後から精神クリニックの真奈美先生の所に行く日だった。卵チャーハンを作って急いで食事をした。
着替えのために自分のお部屋に入って行く。クローゼットを開けてデニムのフレアースカートを取り出した。
トップは胸の所にバンビが描かれていて肩はブルーに星がちりばめてあるTシャツを着た。ピンクのミュールを履いて出かける。
 桜坂から西鉄バスに乗って大濠で降りる。福岡市民の憩いの場、大濠公園の池の外周の道を歩き、黒門川に架かる舞鶴橋を渡って能楽堂の前を通り抜け、近くのマンションの一室にある『後藤クリニック』に入った。
「こんにちは」
静かにドアを開けて挨拶をした。
「あらっ!いらっしゃい」
机に向かっていた真奈美先生が椅子をクルリと廻して笑顔で迎えてくれた。
「恵理佳ちゃんこんにちは。でも今日は大人しいのね。どうしたの?」
いつもは元気良くドアを開けて女の子はお淑やかにしなければいけないと怒られていた。
「うん、昨日からアレになっちゃって気分が優れないの」
「へぇ〜恵理佳ちゃんもやっと一人前の女の子になっちゃたね。でもわかったでしょ?女の子って大変なのよ」
「そうだね。でもこんなのが毎月あると思っただけで鬱陶しいよ」
「後悔しているの?」
「うぅぅん、後悔はしてないけど・・・・。女の子になるって決めたんだから頑張らないと」
「でもね、いいことも有るのよ。恵理佳ちゃんはまだその気にならないかも知れないけど、おしゃれも出来るでしょ?」
「それがね、さっちゃんってば!ボクに可愛い服を着せようとするんだよ。スカートって言ったら必ずミニを出して来るんだもん」
「まぁ〜それは大変ね!」
真奈美は可笑しそうに口元に手をやって笑った。
「お母さんもボクを着飾りたいらしくて可愛い服ばかり買って来ちゃうの」
 由美子にとって祐也が女の子に変身した事件は驚きと共に喜びでもあった。
それは今まで1人しかいなかった着飾る対象が2人になったからだった。退院して戸惑っている恵理佳を美少女に変身させるのは母親の義務だと思っている。街のショーウインドーで可愛いお洋服を見つけると、恵理佳をコーディネートして着飾ってしまう姿を想像する由美子だった。買って帰ったらさあ〜大変!恵理佳は由美子と沙也佳によって着せ替え人形と化していた。
嫌がって逃げまどう恵理佳を左右から絶妙な連係プレーで追いつめる。猛犬に睨まれて怯えている子猫のような存在になってしまう。女性パワー全開の2人に逆らえなかった。家の中では今日も恵理佳の悲鳴が響く。

 ある日のことお部屋でTシャツとジーンズで座って居ると2人が入ってきた。
手にはネービーブルーに白のハイビスカスが描かれたミニワンピースを持っている。もちろん、ノースリーブだよ。
『恵里佳これに着替えなさい』
『ボク、やだよっ』
『あ、そぅ。私たちの言うことが聞けないってわけ?沙也佳!構わないから剥いちゃいなさい』
とんでもないことを言い出した。そんな由美子の態度に沙也佳が助け船を出してくれる。
『えっちゃん、たかがスカート穿くぐらいどうってことないでしょ?』
手に持ってヒラヒラさせている。
『でも・・・・・』
愚図っていると後ろから由美子に羽交い締めされた。
『お母さん!ナニするんだよ』
『沙也佳!ナニぐずぐずしてるのよ?。早くジーンズを脱がしちゃって』
足をバタバタして2人に抵抗したけどベルトを外されてジーンズを足元から引き抜かれた。わきをくすぐられてTシャツも脱がされてしまう。
下着姿にされた恵里佳はイチゴ柄のブラを庇うように両腕で胸を隠した。
『私の言うことが聞けないのだったらその覚悟があるんでしょうね?』
由美子の瞳に意地悪な光が宿っている。
『ナニするつもりなの?』
『沙也佳!親のいうことが聞けないこんな娘なんていらないから外に捨てちゃって・・・・!』
ドアの方を指さす。
『えっちゃん、これ着ないと追い出されちゃうよ・・・・?』
沙也佳がそう言って目の前に再びワンピを差し出した。
下着姿でこのまま外に追い出されるのも敵わないなと思っていると由美子が大げさな事を言いだした。
『スカートを穿かないのは女性を侮辱するのと同じことよ!』
そんな由美子の言葉に唖然とする。2人を睨み付けながら言い放つ。
『わかったよ、着ればいいんでしょ・・・・着れば!』
右わきにあるファスナーを下げてワンピを着た。すると由美子の表情が和らいで元の優しい顔に戻って行く。
「かわいい!やはり恵里佳は私の娘ね」
抱きついてほおずりをする。
恵里佳は大きなため息をついた。
たかがこんなことで娘を脅す母親がいるだろうか?
しかも、こんな強引な手段を使って・・・・やはりお嬢様育ちの由美子の性格には付いていけないと思った。
だから忍耐のリミッターを振り切って爆発してしまう事もある。眉間に忍耐の皺を寄せて怒っていると今度は猫なで声で話しかけてくる。
『恵理佳ってば、ケーキ食べな〜い?美味しいわよ』
と言ってケーキを目の前に差し出す。
チラッと見て無視したけどケーキの甘い香りに鼻がヒクヒクする。大好きな洋梨のシャロットに気持ちが揺れる。ゴクンと生唾を飲み込んでケーキに手を伸ばす。ケーキを口に入れる度に怒りがシャボン玉のように弾けて消えていく。
そして結局丸め込まれてしまう。
『今度だけよ!次は勘弁しないからね』
でも由美子達にはその言葉は通じなかった。2人の意地悪な含み笑いが密かに聞こえてくる。

「ふぅ〜ん、大変なのね?。でも、それだけ可愛ければ着飾りたくなる気持ちってわかるわ。でぇ、どうなの?恵理佳ちゃんは・・・・・」
「最初は女の子の服ってやだったけど、最近になってやっとスカートも穿けるようになったの」
「そのお洋服似合っているわよ」
「ホント!ありがと」

   『クスっ、この子ってこんな言葉も喜ぶようになっちゃったね・・・』

「それとね、もう一つ良いこと教えて上げようか?」
「えっ!ナニ?」
目を輝かして聞いた。
「それはね、ホルモンに関するお話なのよ」
「どんなお話なの?」
 真奈美先生の女性ホルモンのお話。それは卵胞ホルモン(エストロゲン)・黄体ホルモン(プロゲスロン)の事だった。
初めて聞くそのお話を恵理佳は興味深く聞く。生理の仕組み。女性が何故長生きか。男性より何故成人病に罹りにくいか。男性のように何故髪が禿げないか。女性の肌と髪には艶と潤いがあり、それらにはすべて女性ホルモンが関係している事を教えた。
「女性の方が得な事もあるんだね?」
「そうよ!女性の方が本当は男性よりタフなのよ」
恵理佳の頭の中で何かが弾けた。なにかが音をたてて変わった気がした。
 真奈美先生が腕時計を見ながら、
「あらっ、もうこんな時間・・・・。恵理佳ちゃんお茶にしましょうか?」
と言って紅茶とケーキを出してくれた。
透明の耐熱ガラスのポットの中では茶葉が踊るようにジャンピングしていた。カップに注がれた紅茶はルビーのように赤く透き通っている。鼻を近づけて甘い香りを鼻腔の奥まで吸い込む。
「う〜ん、いい香り。先生、いい紅茶だね」
ミルクを入れながら微笑んだ。
「貰い物だけど、インドから取り寄せたアッサムだって言っていらっしゃったわね」
ケーキは大好きな苺のショートケーキだった。
「ワァ〜これボクの大好物だよ!」
「そうなの?甘みにも慣れたみたいね?」
「うん、なんか男の子の時より無性に甘い物が食べたくなっちゃうの」
「どんなものが恵理佳ちゃんのお好みなの?」
「まずカフェ・ド・パリの洋梨のシャロットに鶴牙堂の生チョコケーキでしょ。ゴディバのチョコレートケーキ。アマンのストロベリーショートケーキとエストラーゼのブルーベリーパイかな?」
「へぇ〜結構バリエーション豊富なのね?」
 女の子になってふわふわの生クリームがより美味しく感じられる。男の子だったときはクリームの甘さが舌に重たく残って苦手だった。
まだワイルドなドーナツや十勝産のカマンベールチーズが入ったパンのほうが好きだった。

   『デザートに対する反応も悪くないわね』

しばらくお茶を楽しみながら真奈美の話に笑い転げてしまう。午後4時頃挨拶をしてクリニックを出た。

 マンションを出て黒門橋を渡り唐人町まで歩く。唐人町からは地下鉄空港線で西新まで行った。
西新は福岡の西の副都心で如水館高校もこの近くにあった。西新には雑多で活気あふれる七つの商店街がある。その中から早良街道から樋井川に至る中央商店街とオレンジ通り商店街を久しぶりに歩く。街の熱気を肌で感じる・・・その熱気がたまらなく心地よかった。
いつも雅敏達と行っていたラーメン屋・お好み焼き屋・喫茶店・・・そのすべてが懐かしく思えた。
目を閉じるとラーメン屋のオヤジさんの顔が浮かんできた。こだわりを持っている頑固ものだけど、お腹を空かせていた裕也達にラーメンを食べさせてくれた。替え玉も何度かサービスしてくれた。懐かしさにポロリと涙が零れた。
 涙を拭って少し躊躇しながら学校の方に歩いていく。信彰は恵理佳に如水館の近くに行くのを禁止していた。誰が見ているか分からない。それに知った人に出会えば声をかけたくなるのは人情だろう。
何人かの知った人とすれ違ったけど心の中で詫びながら平然と見過ごした。
 喫茶店に入ってココアを飲んで窓の外をぼんやり眺めていたら数人の如水館の生徒が窓際を通り過ぎた。
その中の1人は立花雅敏だった。

   『あっ!雅敏だ!!』

慌ててココアを飲み干すと店の外に飛び出した。気付かれないようにそっと後をつける。
恵理佳は楽しそうに話をするグループの輪の中に飛び込んで行きたい衝動に駆られた。でもそんな気持ちを辛うじて抑え込んでいた。

   『ボクってみんなから忘れられて行っちゃうの?』

そう思うと無性に寂しかった。如水館やこの街で過ごした楽しい思い出がパノラマのように蘇ってくる。
 しばらくして雅敏が友達と別れて1人になったのを見計らって後ろから肩を叩いて呼び止めた。
「雅敏ってば!元気だった?。久しぶりだね」
雅敏は肩を叩かれてビックリして後ろを振り向いた。後ろには知らない美少女が微笑んで立っている。

   『おっ、可愛い』

でも、雅敏の記憶ファイルの中にはこの女の子の記録は無かった。
「君、誰?・・・俺は君なんて知らないよ。人違いじゃないのか?」
よそよそしい雅敏の態度に恵理佳はため息が出た。

   『ホントに勘が鈍いやつだな。ボクのことが分からないのか?まぁいいや、少しからかっちゃえ・・・・』

「あらっ、ホントにあたしのことがわかんないの?悲しいわ」
ウルウル瞳を潤ませた。
「あの、ホントに知らないんだけど・・・・・?」
雅敏が戸惑ってオロオロしている。
「いいから少し静かな所でお話ししない・・・・?」
少し小首を傾けて屈託のない笑顔を雅敏に向けた。
「いいよ!」
雅敏が頷きながら答える。人違いでもこんな可愛い女の子と話せるなんて『ラッキー!』と思っていた。
 2人は西新駅から歩いて10分ぐらいの所にある元寇の古戦場跡である祖原公園に行った。公園の小高い木々の間から木漏れ日が差し込んでくる。光のグラデーションが心地よく感じられる。恵里佳は光の粒子と戯れていた。
そんな様子に雅敏は焦れったそうに問いかけた。
「さぁ〜君が誰か教えてくれる?」
「誰だと思う・・・・」
「分からないから聞いてるんだけど・・・・?」
恵理佳は雅敏の方を振り向いて答えた。
「ボクだよ!祐也だよ」
「エェ〜!祐也って、まさか・・・あの祐也なのか?」
目を見開いている。でもまだ信じられないような表情をしていた。

   『祐也ってこんなに美人だったかなぁ?』

と首を傾げた。
そしてあわてて3ヶ月前の梅林での事件を思い出そうとする。しかし気が動転していたのか女の子に変身した後の祐也の顔は霞がかかったようにおぼろにしか思い浮かばない。

   『やばい!』

と思っていると、
「あっ!信じてないな?ボクのこと忘れるなんってひどいよ!」
祐也である証拠に幼なじみの仲でしか知り得ない秘密を話した。その話を聞いて雅敏は納得したような表情で恵里佳に謝った。
「悪かったよ!でも女の子の服を着ていると雰囲気がガラッと変わってわからなかったよ」
「雅敏ってホントに勘が悪いな。幼馴染みのボクのことぐらい気付いてくれてもいいよね?」

   『気付けって言われても分かるわけないよ。あれから3ヶ月近く経ってるんだぜ。女の子になって1時間ぐらいしか一緒に居なかったくせに』

いくら幼馴染みでも気付くわけないと思って心の中で怒りが込みあげてくる。
「バカ野郎!なぜ今まで連絡しなかったんだ」
雅敏はTシャツの首を掴んだ。
 退院して今まで連絡して来なかった祐也が許せなかった。いくら電話しても出てこない。居留守を使われたのかと思うと悲しかった。
幼なじみの16年の時間は祐也にとって居留守を使うような軽い存在だったのかと思うとつい手に力が入ってしまう。
「苦しいってば、まさとし・・・・」
腕の先で恵里佳が喘いでいる。大きい手で襟を締め上げられて細い首が圧迫され息が出来ない。
「あっ!ゴメン・・・ついカッとなっちゃって・・・・・」
恵里佳の首から手を離した。
「何度も電話しようと思ったけど出来なかったの。あれだけやめろって言ってくれたのに、それを振り切って梅姫を怒らせたのはボクだもん。雅敏にどう言って謝ればいいか言葉が見つからなかったの。でも、雅敏の姿を見かけたら話したいって想いが押さえきれなかった・・・・ホントにゴメンね」
「まぁ〜いいや、許してやるよ」
ぶっきらぼうな言い方が聞こえて来る。
「ありがと、やはり親友だね」
「祐也・・・・・」
「誰が聞いているか分からないでしょ?祐也って言わないで・・・・」
「じゃ〜これからはどう言えばいい?」
小声で聞いてみた。
「これからは恵理佳って言って」
「ヘェ〜恵理佳ちゃんか?・・・・可愛い名だね」
「あぁ・・・やっとすこし慣れたところなの。でも、大変だったんだよ」
「だな・・・・突然男の子から女の子になったんだからな。でもそうなったのは誰のせいかな?」
「ボクのせいだって言いたいんだろ?」
「過去のことをクヨクヨ悩んでもしかたが無いよ。もっと前向きに生きた方がいいよ」
「ボクもそう思ってるけど・・・・」
 ふと気付くと雅敏が恵理佳の全身を嘗めまわすように見ている。
「そんなにジロジロ見ないでよ!恥ずかしいじゃないか。雅敏のバカ・・・・」
恵理佳の顔がみるみる赤くなっていく。
「ふぅ〜ん・・・こうして見ると可愛いよな?」
「そんなにボクのことが気になるんだったら胸触ってみる?。雅敏だったら触らせてあげてもいいよ」
「バカなこと言うなよ。巨乳でも無いくせに・・・・」
「強がっちゃって!ホントは触る勇気も無いくせに」
意地悪な言い方に雅敏がムッとしている。

   『ホントはすでに触ってるんだぞ。それに気付いてないくせに・・・・・』

 祐也が太宰府の梅林で梅の妖精・梅姫に女の子にさせられたとき気絶している祐也を助け起こした。そのときに触った柔らかい胸の感触を微かに覚えていた。しかし、口が裂けてもそのことを言うわけにはいかなかった。
だから虚勢を張って自分が祐也のためにどのような苦労したか話した。
「そんなこと言うんだったらあのとき祐也のことなんか・・・・ほっとけばよかったよ。俺の苦労も知らないで勝手なこと言うなよ!」
「そんなに苦労したの?」
「そうだよ!お前が錯乱状態に陥ってるとき沙也佳さんを呼んだのは俺だ。あのままあそこにいて人に感づかれたら大変な事になってたよ。少しは感謝してくれてもいいよな?」
「そうだったの・・・迷惑かけたんだね?」
「わかってくれればそれでいいよ」
 恵理佳は興奮状態の自分がどのようにして家に帰ったかをほとんど覚えていなかった。気がついたら家の中に居たという感覚だった。雅敏のことを考える余裕すら無かった。梅姫のことだって雅敏が止めたのにそれを振り切って怒らせてしまった。

   『ボクって身勝手だったな?雅敏に感謝しなければいけないね』

いくら幼馴染みでも改めてお礼が言いたかった。
「雅敏、今更だけど本当にありがと」
丁寧に頭を下げた。でも雅敏はなにか不満そうだった。
「今更ありがとうって言われてもな・・・・」
何故か投げやりな言葉が返ってくる。
「何か不満そうだね?」
「あぁ〜まあなぁ・・・・」
雅敏の煮え切らない態度に恵理佳の怒りが爆発する。
「言いたいことがあるのならハッキリ言えば!雅敏らしくないよ」
「そうか!俺がしたいのはこういうことさ」
恵理佳の卵形の顎に手をかけ顔を上向きにして唇にキスをした。

   『えっ!これって?止めてぇ!!ボクのファーストキッスが・・・・・』

予期しない雅敏の行動に目を白黒させながら離れようとした。でも女の子のか弱い力では男の子の力にはかなわなかった。抱きしめられたまま時間が過ぎていく。時間にすれば一分か二分ぐらいだろうけどそれが一時間にも感じられた。
 しばらくして雅敏が静かに唇を離した。恵理佳は新鮮な空気を吸って文句を言う。
「雅敏!何ってことするんだ」
「アレェ?・・・恵理佳ちゃんはキッス・・・イヤだったのかな?」
「冗談じゃない!ボクがキスしてもいいなんて言ったか?気持ち悪いことするなよ!」
ジロッと睨み付けた。
「でも今は女の子だろ?だったら何の問題も無いと思うけどな!」
平然として言う雅敏に気持ちが沸騰してきた。みんなから女の子として扱われるのには少し慣れてきたけど、雅敏にはまだ幼馴染みの祐也として見て欲しかった。感情のメトロノームが男の子と女の子の間で激しく揺れている。
「なんでそんなこと言うんだ!雅敏なんて大嫌いだよ」
激情に駆られて雅敏にクルリと背中を向けて走り出した。目からはポロポロ涙が出てくる。雅敏の前では強がって女の子になり切れていない。感情のエアーポケットに入り込んでいる。そんな恵理佳の気持ちも考えないで強引にキスをした雅敏の態度が許せなかった。
 怒って急に走り出した恵理佳を見て雅敏が慌てて追いかけてきた。
「待てよ!」
追いつかれて掴まれた手を振り解こうとした。でも力強く掴まれた手は振りきれない。
「離してよ!」
「ゴメン!恵理佳の気持ちを考えずに・・・・。俺が悪かったよ」
やさしく包み込むように抱きしめた。潤んだ瞳からポロリと落ちた涙が恵理佳の頬を濡らした。
「雅とし・・・・」
頬を濡らした涙の感触にあれだけ気持ちが高ぶっていたのが急激に冷めていく。
抱きしめられて雅敏の気持ちがヒシヒシと伝わって来る。
「俺も祐也に久しぶりに会えて嬉しかった。でも、いろいろ話していて目の前の可愛い女の子に気持ちが急激に傾いて行くのを押さえられなかった。幼馴染みとしての気持ち。それと異性としてつき合いたい想いが心の中でぶつかり合って思わずあんな事をしてしまった。本当にゴメンよ」
「うぅぅん、ボクこそひどいこと言っちゃってゴメン」

 雅敏は恵理佳を近くの喫茶店に連れ込んだ。雅敏はコーヒーを恵理佳はケーキとミルクティーを頼んだ。

   『テーブルに置かれたコーヒーを雅敏ってば、シュガーもミルクも入れないで飲んでいるんだよ。ボクも男の子だったときはブラックで飲んでいたけど、女の子になって甘い物に歯止めが利かなくなっちゃったの。う〜ん、このケーキって美味しいね』

 喉を通ったミルクティーが胃の中で温かく広がっていく。紅茶の香りで少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
雅敏は恵理佳の表情が和らぐのを見てホッとため息をついた。
「あのぅー・・・・恵理佳ちゃんって呼んでもいい?」
「いいけど呼び捨てでいいよ。恵理佳って呼んで」
「恵理佳・・・・」
「ナニ?雅敏」
小首を傾けてニコッと笑った。気持ちが落ち着いたら笑顔で向き合える。
「これからもつき合って貰えるかな?もちろん幼馴染みとしてだけど・・・・」
「いいよ!これから先どんな関係になるかまだわかんないけど、今まで通り幼馴染みとしてつき合ってよ」
「あぁ〜よかった!」
ホッと胸を撫で下ろす雅敏の目に光が戻ってきた。
「でも、雅敏って強引なんだね?。突然キッスするんだもん」
「それだけ恵理佳に惹かれたってことさ・・・・。それとも恵理佳は俺が見境も無くどんな女の子とでもキッスをするって思ってるのか?」
「そんなこと思ってないけど・・・・」
「俺にとって恵理佳は特別な存在なんだ。見てくれ!この真剣な眼差しを」
自分の目を指差して言っている。

   『ハァ〜・・・そこまで言葉にしちゃうの?。でもボクも雅敏が他の女の子とつき合ってるのを見るのは、やだっ!』

恵理佳は微かな閃きを感じた。いつの日か友情が恋愛に進むような気がした。
どんなときでも雅敏のそばにいてその笑顔を見ていたかった。

   『この気持ちって・・・・雅敏はボクにとっても特別な存在かも?』

 

 10月に入ったばかりのある日、居間の電話がうるさく鳴った。沙也佳が取って恵理佳の方を振り向くと
「えっちゃんってば、雅敏君から電話よ」
と言ってコードレス電話の子機を差し出す。
「えっ・・・雅敏から?」
少しドキドキしながら子機を受け取った。雅敏の声が聞こえると少しぶっきらぼうな言い方をしてしまった。
「雅敏・・・ボクに何か用なの?」
『そんな冷たい言い方するなよ!俺たちって幼馴染みだろ』
「そうだけど・・・・」
『この間はゴメン。恵理佳の気持ちも考えなくて・・・・』
「いいよ、ボクだって雅敏にひどいこと言っちゃってゴメンね」
『この間のお詫びになにか奢るから出てこないか?』
「奢るって言われても・・・・それにそれってデートに誘ってるみたいだけど」
『恵理佳がそう思ってるのならそう捉えてもいいけど』
「でも、今日はダメだよ。色々しなければいけないことがいっぱいあるの」
『じゃ〜いつだったらいい?』
「そうだね、今度の3連休だったら空いているけど・・・・」
結局体育の日を挟んだ3連休の初日にデートの約束をさせられてしまった。

 恵理佳はデートの朝、白いロゴ入りのトレーナーの上にイエローとブルーのパーカーを着て、ボトムにジーンズを穿いてお部屋から出てきた。髪はポニーテールにして。
そして階段に一歩踏み出そうとしたら後ろから沙也佳にパーカーの襟を掴まれた。
「モォー!えっちゃんってば、そんな格好じゃダメでしょ。初めてのデートだから少しはオシャレしなくちゃ」
沙也佳は頬を膨らして恵理佳を自分のお部屋に連れ込んだ。ベットに腰掛ける恵理佳を横目で見ながらクローゼットを開けた。
「これなんかいいんじゃないの?」
そう言って取り出したワンピースを渡した。
「これ着るの?こんな女の子らしいお洋服ってまだ苦手なんだけど・・・・」
恵理佳は手渡された物を見て表情を曇らせた。
「まだそんなこと言ってるの?。ほらぁ〜着てみてよ・・・雅敏君も可愛いって言ってくれるよ」

   『雅敏が喜んでくれるなら着てもいいかな?』

雅敏の笑顔を思い浮かべながら着替えることにした。
それは七色のカルタ模様が重なり合ったカラフルな感じがする七分袖のミニワンピースだった。スカート部はフワッと膨らんだ膝上15pぐらいのフレアーミニ。ウエストに光沢のある白いエナメル仕上げの幅広ベルトをアクセントに付ける。その上から白いレースのカーディガンを羽織る。
「かわいい!えっちゃんってば、やはりジーンズよりワンピの方がイケてるよ」
沙也佳が喜んでいる。
「恥ずかしいよ・・・・まだ、こんなに短いワンピで外を歩けないよ」
全身を真っ赤にしてワンピースの裾を押さえながらモジモジしていた。
そんな恵理佳の態度に沙也佳がドレッサーの前に手を引っ張って連れていった。
「鏡を見て!それがえっちゃんのホントの姿だよ。自信持たなくちゃ・・・・」

   『えっ!これがボク?』

鏡に映っている自分の姿を見て驚いた。そこには少し不安な表情を見せている美少女が映っていた。
「あのね、女の子が短いスカートを穿いちゃうのは人に見て貰いたいからじゃないんだよ!少しでも足を長く見せたいし、自分を可愛いって感じたいからよ」
 恵理佳は街で男性の視線を感じるのが嫌で気後れしたように地味な服装をしていた。
でも鏡に映る自分の可愛い姿にそんなことがバカバカしく思えてきた。
女の子達が可愛いお洋服を着るのは可愛いと感じたいからだと言う沙也佳の言葉に納得したように頷いている。
沙也佳がため息混じりに言う。
「えっちゃんって不器用ね」
「どうして?」
「だって、勇気ないもん!人に見られたからってそれがどうだっていうの?。えっちゃん、あなたに欠けているのは一歩前に踏み出す勇気だよ!」
「わかったわ。これからは可愛いお洋服を着るようにするね。ボクも女の子だもん」
「わかればいいのよ。でもね、そろそろボクっていう一人称を止めてあたしって言ってみない?」
「何か恥ずかしいな?」
沙也佳の言葉に少し照れた。
「その格好でボクって言う方が恥ずかしいわよ。勇気を出して言っちゃえば・・・・・?」
『あ・・・あたっ・・・・あたしぃー』
勇気を出して言っちゃった。甲高い声が部屋に響く。
「えっちゃんってば、言えたじゃないの」
沙也佳が嬉しそうに恵理佳の手を握る。
「あたしもホントは前から言いたかったの。でも言い出す勇気が無かったの」

   『それに意地っ張りだもん』

沙也佳は心の中でクスっと笑った。

「ところでえっちゃん、待ち合わせの時間は・・・・?」
「9時だけど・・・・」
「どこで待ち合わせているの?」
「舞鶴公園よ」
「今何時だと思ってんの?8時半だよ!早くしないと遅れちゃうよ」
「大丈夫よ、9時っていっても雅敏が来るのは9時20分ぐらいだもん」
「それにしても早くしないと。初デートのときぐらい雅敏君も時間通り来ると思うけど・・・・」
沙也佳はなかなか立ち上がらない恵理佳にイライラしていた。
「さっちゃんのデートじゃないんだから落ち着いたら?」
「えっちゃんってば!いい加減にしなさい」
恵里佳の態度にさらにイライラしてくる。
「うふっ・・・さっちゃんの怒りが爆発しない内に出かけるね」
悪戯っぽく笑いシャネルのショルダーバックを提げて、シルバーのロゴの入っているシャネルの白いローファーを履いて出かけた。このブランド品は恵理佳におしゃれに興味を持たせるために由美子が買い与えた物だった。
 舞鶴公園に来てみると9時には残すところ後5分だった。でも雅敏はまだ来ていなかった。

   『やはり雅敏って時間にルーズだよね?』

沙也佳に急かされて出てきたけど雅敏の事は自分の方がよく知っていると思った。少しブラブラしていると雅敏の姿が見えてきた。時計を見ると9時5分だった。

   『ヘェ〜けっこう早く来たよ?』

驚いていると雅敏が手を振りながら近づいてきた。恵理佳も手を振って応える。
「恵理佳お待たせ」
「雅敏ってば、けっこう早かったのね?。あたしも今来た所よ」
「アレェ〜あたしって言ってる?・・・・でも、そのほうが可愛いけど」
「だって、さっちゃんがこの格好でボクって言うほうが可笑しいっていうんだもん」
恥ずかしそうに頬を赤らめて下を向いた。
「恵里佳、可愛いよ。こんな美人とデート出来るなんって俺は幸せだなぁ」
雅敏はしみじみと頷きながら言った。

   『えっ、あたしって美人』

雅敏の言葉に驚く・・・・彼女には自分が美少女だと言う認識が無かった。自分の顔を指さし小首を傾ける。
「可愛いとか美人とか言わないでよ!それでなくても恥ずかしいんだから・・・・・」
「でも、ホントに可愛いよ。そんなに恥ずかしがることないよ。恵里佳が美少女だと言うことに間違いないんだから自信持たなくちゃ・・・・」
「わかったわ。面食いの雅敏がそう言うんだから・・・そうかも?」
少しふてくされたように言った。
「服装も可愛いね」
「雅敏のために恥ずかしいのを我慢して着てきたんだから・・・感謝してよね」
「すこしぐらい目の保養をさせてくれよ」
「雅敏のエッチ!知らない」
「そんなに怒るなよ、可愛い顔が台無しだぞ」
そう言って後ろから恵里佳の肩に手をかけた。

   『あぁ〜こんなのがファーストデートの相手だなんてあたしは不幸だよ』

 恵里佳は祐也だった時にはファーストデートにある願望を持っていた。実は祐也は西新から城南学園女子部に通う女の子に片思いしていた。毎朝その女の子と出会えるのを楽しみに起きていた。試験休みが終わって福岡に帰ったらコクりたいと思ってそれを楽しみにしていた。
それが帰る前に天満宮の梅林で梅姫を暇つぶしにからかった為に女の子に変身されられてしまった。
デートの相手に女の子を誘うことは出来ない・・・祐也の願望は脆くも崩れ去った。今ではデートの相手に男の子しか選べなかった。
しかもいま目の前にいるのは幼馴染みの雅敏だった。それが不満って言えば不満かな?

   『でも、時間は巻き戻せないし・・・・雅敏でもいいかも?』

雅敏だったら庇ってくれるような気がした。
「そんなこと言うなよ。俺もホントはドキドキしてるんだ。俺にとっては恵里佳って特別な存在だもん」
「ふぅ〜ん、あたしのことをそう思っているの?。じゃ、しっかりサポートしてよね?」
後ろから平手で雅敏の背中をバ〜ンと叩く。
「わかっているよ。姫、お手をどうぞ」
雅敏が戯けたように手を差し出した。
「雅敏、乗りすぎだよ」
手を口元にやって可笑しそうに笑った。
「やっと機嫌が直ったな。あっ、そうだ!蜂楽饅頭を買って来たんだ」
「蜂楽饅頭?・・・わ〜い、ありがと!」
 蜂楽饅頭は西新の中央商店街で売っているハチミツ入りの皮に十勝産の大豆を使ったあんで出来ている饅頭で、白あんと黒あんが70円で買えた。恵里佳も如水館に行っていたときには結構買って食べていた。
久しぶりに食べる蜂楽饅頭は美味しかった。雅敏が手に持っているカップにポットからコーヒーを注いだ。
「恵理佳、まずどこに行きたい?」
饅頭を食べながらデートの行き先を恵里佳に尋ねる。
「マリンワールドに行こうよ。イルカのショーが見たいの」
 2人は百道に行ってマリゾンから高速船で海の中道にある水族館・マリンワールドに行った。
マリンワールドは対馬海流に棲む海の生物を見ることの出来る水族館で深さ7m横24mのパノラマ水槽にトンネル水槽の中を通りながら上部・左右から大水槽の中の350種2万点もの海の生物を楽しむことが出来る。すべてを見ることは出来ないけどね。
突然恵理佳達の視界に大きなジンベエザメがゆったりと泳いできた。
「ワァ〜、大きなジンベエザメだね」
「そうだな、アッ!向こうからエイが泳いで来るぞ」
水槽のガラスに顔をくっつけて中を覗く。すると背後から悪戯心を出した雅敏が脅す。
「ホオジロザメだぞぉ〜恵理佳を食っちゃうぞ!」
「キャ〜怖い!」
わざと大袈裟に騒ぐ。
「待てぇ〜!」
「わるいサメはこうしてやる!エイ・・・・グサッ」
振り向いて銛を突く素振りをした。
「グエッ!」
雅敏が銛で刺されたように体を痙攣させてふざけていると警備員のおじさんに怒られた。
「モォー雅敏のお陰で怒られちゃったじゃないの」
恵理佳は頬を膨らした。
「恵理佳だって乗ってきたよな」
「それもそうだね。あっ雅敏!イルカのショーが始まるよ」
「急ごう!いい席を取らないと」
雅敏が走り出した。
「雅敏待ってよ」
恵理佳も後を追った。
 3階のショープールではすでにイルカのショーが始まっていた。
2000人収容可能な全天候型巨大ショープールは西日本最大で水量2000トン水深6メーター。その中にはバンドウイルカ・ハナゴンドウイルカ・カマイルカなどがいた。
プールの底から水面に上昇してジャンプするイルカたちの様子に目を見開いて絶叫していた。首を左右に振って泳ぎ回るイルカ達の姿を目で追っている。アッと言う間に楽しいショータイムは終わった。
 2階のラッコのいる水槽に寄ってみるとラッコが愛くるしい目をして貝を割っているのが見えた。
帰りにマリンショップで可愛いラッコのぬいぐるみを買った。

 再び高速船に乗って百道に帰った。マリゾンから福岡タワーの方に向かって歩いて行く。
「お腹空いたね・・・・」
「恵理佳、ナニが食べたい・・・・?」
「あたしね、パエリアが食べたいな」
「パエリアだったらあのタワー4階にある『アイリス』のが美味しいよ」
雅敏がタワーの方を指さした。

   『展望カフェでのランチもいいかも?』

お店に入って海の見える席に座った。
「景色を眺めながらお食事をするなんて贅沢だね」
外に視線を送りながら言った。
「一度ここからの景色を恵理佳に見せてやりたいと思っていたんだ」
「でもこんな場所よく知っていたね?」
「2,3ヶ月ぐらい前に姉貴に連れてきて貰ったんだ」
「そうなの。ところで美保さん元気にしているの?」
「あぁ〜元気過ぎて困ってるよ・・・・・」
「しばらく美保さんに会っていないなぁ?。あたしの憧れの人だもん」
「それって男の子だったときの話だろ。それとも今でも憧れているのか?」
「気になる?・・・・でもデートに途中で話すようなことじゃ無いからね」
「ちぇ、また話をはぐらかす」
 雅敏がボーイから渡されたメニューを見てスペシャルランチを注文した。
ワタリガニが入ったサラダ。ムール貝や玄界灘の魚介類を使ったパエリア。ミルクティーに特製チーズケーキで1人前1500円だった。大皿から雅敏が取り分けてくれたパエリアを口に入れるとサフランの香りがして美味しかった。
「美味しかったな!」
「うん、そのうち、あたしの手作りのパエリアご馳走するからね」
「期待しないで待ってるよ」

   『雅敏の意地悪!あたしの料理の腕を知らないな?』

 食事が終わって雅敏がハンティングワールドのバックから2枚のチケットを取り出し恵理佳の目の前でヒラヒラさせた。
「恵理佳!これなんだと思う?」
「ナニ・・・・それって?」
興味深く尋ねた。勝ち誇ったような雅敏の態度が可笑しかった。
「これはね、20日からの日本シリーズの開幕チケットだよ」
「へーェ・・・よく手に入ったね」
目を見開いて驚いた。
「恵理佳ってホークス好きだろ?。俺も一緒に見たいと思って兄貴に頼んでたんだ・・・・」
「雅敏ってば!ありがとう。あたしも色々頼んだけど手に入らなかったの」
手にチケットを持って嬉しそうな表情を見ている。
「だろ?プラチナチケットだもんな」
 恵理佳は日本シリーズに想いを巡らせていた。

 今年の対戦はパリーグの覇者になった楊ダイエーに北斗阪神の試合だった。北斗監督にとってはこのシリーズは数年前の中日時代のリターンマッチと思って闘将の名に相応しく闘志を燃やしていた。しかし、そんな北斗監督に対して楊監督は選手達にマイペースの調整を命じた。
今年のダイエーはけが人も少なくベストメンバーで臨める。
投手陣は寺井、和崎、新戸の若手を中心にベテランを絡めたローテーションを組む。若手の勢いとベテランの経験に期待している。ストッパーには195cmの長身から重たいボールを投げおろすスタルビンがいる。
打撃は岡島、大久保、松下のバットが火を噴けば勝ちパターンに持って行ける。
選手達も監督が言わなくても自分達が何をすればいいかわかっていた。過去の優勝経験に裏打ちされた自信だった。
それが慢心にならないように監督が手綱を引き締めればいい。
第1戦は若手三本柱の一人で今期16勝を上げて成長著しい寺井の勢いに期待して先発のマウンドを任せた。来期はエース候補生としての自覚が求められていた。しかし気を抜くと虎視眈々とエースの地位を狙っている和崎や新戸もいる。
監督は初戦を総力戦で勝つ決意を固めた。寺井がもし打ち込まれるような事があれば第3戦の先発を予定している新戸も注ぎ込む。
日本シリーズのような短期決戦の場合、初戦に勝つことは重要な意味を持っていた。楊監督は福岡ドームで2勝して敵地甲子園に望みたいと思っている。甲子園で1勝をあげて本拠地福岡に戻り優勝を考えている。
寺井には首脳陣に実力をアピールするためにも阪神打線を豪快に押さえ込んで欲しい。

 恵理佳達もホークスのハッピを着てメガホンを振り上げながら応援歌『いざゆけ若鷹軍団』を歌うかも?
でも、その前に松下弁当と岡島弁当を食べないとね♪7回裏には勝利を祈ってジェット風船を飛ばそう!熱気と歓声の熱き想いで勝利を呼び込み、勝利の花火が打ち上げられる瞬間を見たいと思っている。

 2人はお店を出てタワー5階の展望室に上がって行った。
そこは地上から123mの所にある展望室で360度の全方位・大パノラマが広がっている。
北に目を向けると眼下には先ほど高速船を乗り降りしたウォーターフロント・マリゾンが見える。博多湾を挟んで遙か前方の海の中道には楽しい時間を過ごしたマリンワールドが見えていた。
西に目を転じると、室見川の川向こうには西区の町並みが広がっていた。微かに今津の毘沙門山が見えている。愛宕浜の向こうからはレジャーアイランド能古島行きのフェリーが出港して行った。
南には眼下に百道浜の福岡市博物館や総合図書館、百道中央公園、そして雅敏が生活している西新の街。その先には早良区、城南区の町並み・・・福岡市の西部地区がほぼ見渡せた。向こうに見えるのは佐賀県との県境である南部の山並み。その袂には石釜・椎原・板屋・南面里・成竹・不入道などの変わった地名がある。
東には樋井川を挟んでまず地行浜のホテル・シーホークが目に入って来る。そのホテルに視界を塞がれたように福岡ダイエーホークスの本拠地『福岡ドーム』がある。その南側にはショッピングモール・ホークスタウンがある。
 タワーから降りてデートの残りの時間をホークスタウンで過ごした。まずナムコ・ワンダーランドで遊ぶ。400台の最新のゲーム機にボーリング場・カラオケ店を備えた九州屈指のアミューズメント施設でバッティングセンターではホークスの投手陣のピッチングが体験出来た。
 恵理佳達はボーリングをすることにした。久しぶりにするのとミニスカートを穿いているので祐也だったときのような豪快なフォームが取れない。やはり球筋が安定せずストライクやスペアが続かない。
「こんな格好じゃ無理ね?スカートが捲れちゃうもん」
結局アベレージは3ゲームで102点だった。雅敏は170点だった。

   『祐也だったときはほぼ拮抗してたのに・・・・』

女の子になって筋力が落ちたっていってもこんなにも差がついたのが納得出来なかった。
恵理佳はそれが悔しかった。
「そんなにふくれるなよ!今度は少し手加減してやるからな・・・・。そうだなハンデを付けてやろう?」
雅敏の気楽な言葉に目をつり上げた。
「雅敏ってば!今度はカラオケで勝負だよ」
今度はカラオケ店に入って1時間半近く歌いまくった。そんな恵理佳を雅敏は呆れて見ていた。
「それだけ歌ったら気が済んだだろ?」
「ゴメンね、1人で楽しんじゃったみたい・・・・」
「あぁ〜なんか今までのうっぷんをすべて発散させるような歌いぷりだったよ」
雅敏の茶化すような言い方に少しムッとなったがそれもしかたがないと思った。
 顔の表情を和らげて腕時計を見ると時刻は午後5時になろうとしていた。
「あっ!もうこんな時間?。お買い物に行かないと遅くなっちゃうね」
「そうだな!先に俺の買い物につき合って貰おうか?」
「ねぇ〜どこに行くの?」
「うん、ナイキストアでランニングシューズを買おうと思ってるんだけど・・・・」
「ナイキ?だったらあたしも買いたい物があるの。雅敏一緒に買おうよ?」
 お店に入っていろいろ見て雅敏はブラックのエアストームペガサスを買った。
恵理佳も可愛いパープルピンクのレディフットスケープ2を買う。祐也だったときは足のサイズは26pもあったのに今では23pしか無かった。
「恵里佳の足って小さいな」
「あらっ、バカの大足。美人の小足ってゆうでしょ?」
悪戯ぽっく雅敏にウインクした。
「そんな話聞いたことないぞ?」
「当然よ!あたしの作り話だもん」
恵里佳は足早に走り出した。
「恵里佳待てよ!」
「雅敏ってば、早くしないと置いて行っちゃうよ」
 この後は雅敏と2人でモールのブティックを片っ端から冷やかして歩いた。
しかし、あるブティックのウインドーに飾ってあるワンピースを見た途端目が点になる。視線はそのワンピに注がれた。
それは襟や袖・裾がレースで彩られたライトラベンダーとイエローのクロスライン柄のミニワンピだった。

   『可愛い』

しばらく見とれているとお店のハウスマヌカンが出てきた。
優しそうなお姉さんだった。もちろん美人だよ。
「そのワンピ気に入ったみたいね。中で試着してみない?」
「えっ、いいんですか?」
「いいわよ、いらっしゃい」
手を引かれてお店の中に入る。雅敏も続けて入ってきた。でも場違いな感じがしたのかバツの悪そうな顔をしている。
恵里佳は渡されたワンピを持って試着室に向かった。着替えてみると改めてそのワンピースの良さが実感出来た。
試着室のカーテンを開けてみんなにお披露目。
「どうですか?」
「やはり私の思った通りね。可愛いわよ」
他のハウスマヌカン達も誉めてくれた。このワンピースが欲しくなった・・・でも、タグを見ると3万8千円もする。
お財布の中には2万円しか入っていない。あきらめるしかないかと思っていると雅敏がバックからカードを差し出した。
「このカードで精算してください」
慌てて雅敏を制止する。
「雅敏ってば、いいのよ。試着出来ただけでも嬉しいの」
「ウソつけ!目が欲しいって言ってるぞ」
でも甘えるわけに行かないと思っているとハウスマヌカンが、
「そんなに気に入ってくれて嬉しいわ。1週間ぐらいだったら取って置いてもいいのよ」
と言ってくれた。
「ありがとうございます。あたし必ず買いに来ますのでこのワンピ取って置いてください」
そう言って住所と名前を書いたメモを差しだした。
 外に出ると早速雅敏に文句を言われる。
「なんだよ、俺に恥をかかすなよ。俺が払うって言ってるんだからいいじゃないか」
「でも雅敏に甘えるわけにはいかないわ」
「俺は甘えて欲しいけど・・・・」
すこし寂しそうな目をしている。

   『ありがと、その気持ちだけでも嬉しいよ・・・・』

 2人はショッピングモールを出て地下鉄空港線で唐人町駅から赤坂駅に行く。赤坂駅前から西鉄バスに乗り警固町で降り、そこから桜坂のお家までは歩いて帰る事にした。
星美女学園の横を通るときはここに通学出来る沙也佳が羨ましかった。

   『あたしも早くここに来たいな』

これからの6ヶ月間が遙か遠くに感じられて時間の経つのが遅く感じられる。
 星美を過ぎて楽しくお話をして歩いていると、雅敏が妙なことを聞いてきた。
「なぁ〜恵里佳、女の子って楽しいか?」
「なんで?」
「だって楽しそうにしてるぞ。けっこう女の子に染まったんじゃないか?」
「そんなこと言ったって今は女の子だもん。っていうか男の子には戻れないし・・・・」
顔の表情を少し曇らせた。
「あっ!そんなつもりで言ったんじゃないけど」
「じゃ〜どういうつもりだったの?」
小首を傾けて尋ねた。
「楽しそうにしている恵里佳を見ると祐也がどこか遠くに行っちゃったような気がして寂しいよ」
今度は逆に雅敏の表情が曇ってくる。
「雅敏ってば、錯覚だよ。姿は変わっちゃったけど幼馴染みに変わりはないでしょ。この中には雅敏と過ごした16年の記憶がいっぱい詰まっているの」
頭を指さして答えた。
「あたしは祐也でもあり恵里佳でもあるってことよ。それは永遠に変わらないと思うの」
[それもそうだな」
「雅敏は女の子らしい女の子と男の子みたいな女の子とどっちが好き?」
「そうだな、俺的には女の子らしい女の子のほうが好きだけど・・・・」
「あたしの場合は・・・・・」
「あまり女の子らしくなって欲しく無い気持ちと、女の子らしくなった恵里佳を見てみたい気持ちとまぜこぜだな」
「なによ!それって答えになってないよ。いいもん、あたしはあたしらしくするの」
 そんなお話をしていると桜坂のお家に到着していた。
雅敏に手を差しのべる。
「雅敏、今日はありがと」
「うん、俺も楽しかったよ」
差し出された手を握りながら喜んでいた。
「明日何か予定はあるの?」
「別に無いけど、恵理佳の頼みだったら何でも聞いちゃうよ」
雅敏の気持ちが嬉しかった。
「嬉しい・・・あたし天満宮に行きたいの」
「天満宮って・・・・いいのか?」
「お願い!一緒に行って」
顔の前で両手を合わせてお願いする・・・・目で雅敏を金縛りにかけちゃうの。
「わかったよ。一緒に太宰府に行こう」

 翌日西鉄福岡駅で待ち合わせた2人は天神大牟田線で筑紫野市の西鉄二日市駅を経て太宰府に着いた。
天満宮の参道を歩くと左右に色々なお店がある。中ほどのお店で梅ヶ枝餅を買う。
「おばちゃん5個頂戴!」
「あいよ、熱いからヤケドしないようにね」
餅を焼くおばさんの元気な声が聞こえてくる。手際よく袋に入れてくれた。
食べると外がパリッとして中のモチモチ感がたまらなかった。
「美味しい。これを食べると太宰府に帰ってきた気がするね?」
「まぁ〜これも不味くはないけど、まだ蜂楽饅頭の方が好きだなぁ・・・・」
餅をほおばりながら憎らしい言い方をする。
 雅敏が天満宮の鳥居の下を通りすぎた辺りで恵里佳に聞く。
「天神様にナニをお願いするんだ・・・・」
「ナニをお願いするって言われても困っちゃうけど。実はね・・・・・」
そう言って恵理佳は雅敏の耳に口を近づけた。

『天神様に梅姫を罰して貰うように頼むだってぇ・・・・?』

絶句した。でも気を取り直して恵理佳に聞いてみた。
「でも、どうやって天神様に頼むんだ!」
「そんなこと心配していたの?大丈夫よ!方法は有るの。宗像水軍に伝わる浮水文字を使っちゃえば簡単よ」
「そんな物があるのか?」
信じられないような顔をして口をあんぐり開けた。
 浮水文字は宗像大社の女神が現世に伝えた物だ。高天原にしかいない神獣の皮に神墨で書いた文字を水に浸けると皮に書かれている文字が消えてしまうが、その文字は別の場所で同様の神獣の皮を水に浸けることによって再び写し取ることが出来る。古代より水軍として活躍した宗像一族では海戦において水軍内の各戦闘集団同士の情報をこの浮水文字によって遣り取りしていた。
 誰もいないお家の中で暇を持て余して納戸の中に入った恵理佳はそこで一冊の古文書を見つけた。お部屋に持ち帰って中をめくると神々の世界の事が書かれていた。特に北部九州の神々の関係が細かく書いてあった。浮水文字の事も宗像大神の所に書いてあった。宗像一族の至宝の存在を知った恵理佳は納戸の中を探しまくって、奥の方にある小汚い箱のなかで何世紀も眠っていた神獣の皮と神墨を手に入れた。
「けど、天神様もそんな神獣の皮を持っているのか?」
「持っているわけないでしょ?」
「じゃ〜どうやって・・・・・」
笑いながら鳥居の前の橋から池の中を覗き込んで、石の上で日向ぼっこをしている亀を指差した。
「あの亀に頼むのよ」
「亀に頼むって・・・・・・?」
その言葉を聞いて恵理佳が急に現実と空想の境目が分からなくなっていると思って心配した。
「雅敏ってば、本気にしてないね?。いいわ・・・教えて上げる。天神様には梅姫は別にしても主な家来が3人いるのよ」
「3人しかいないのか?」
「茶化さないで話は最後まで聞いて!主なって言ったでしょ?。その3人は雷神・風神・水神なんだけど、水神の眷属があの亀なわけ」
「ヘェ〜あの亀がね」
池を覗き込んで亀を興味深そうに見ていた。
 菖蒲池に立って辺りに人が居ないのを確認して、バックから浮水文字が書かれた神獣の皮を取り出し池に浸けると文字が浮き上がり、水の中に溶け込んで行った。

   『亀さんお願い!これを天神様に届けて・・・・』

祈りを込めて願った。
池の縁から立ち上がってニッコリ笑う。そしてもう一度梅林に行って見たいと思って歩き始めた。
梅林の木漏れ日を浴びると心地よい。
「でも、俺はあまり感心しないけど・・・・」
「感心しないって何が・・・・?」
「何か天神様に告げ口してるみたいだろ?」
「あたしだって嫌だけど、あの梅姫がこのままあの梅の木の中でのんきに眠っていると思うと癪に触るのよ!」
「そんなこと言っても最初にからかったのは祐也だよ。恵理佳って執念深いね?」
「それを言われると何にも言えないけど、一度ぐらい天神様に梅姫をお仕置きして貰ってもいいかなって思っちゃったの。すこしぐらい意地悪してもいいよね?」
「わかったよ!それで気が済むんだったら好きにすればいいよ」
「わかってくれてありがと。これであたしも男の子だった事にサヨナラしてホントに女の子として生きていける気がするの」
「やっと、女の子として目覚めるってわけか・・・・?」
「うん、色々迷惑かけちゃったね」
すべての気持ちが吹っ切れて明るい笑顔で振り向いた。
 そんな明るい表情に雅敏が急に無口になって真剣な眼差しで見つめている。それを怪訝な表情で見返した。
「どうかしちゃったの?可笑しいよ!」
「恵理佳!俺とつき合ってくれ」
「つき合ってくれって言われたって・・・あたし元男の子だよ」
「でも今は女の子だろ?お前が以前男の子だったのは紛れもなく事実だよ。俺の記憶からも幼馴染みの祐也が消えることはない。でもな、それを含めても今の恵理佳のことが好きなんだ!」
「ホントに・・・あたしで・・・いいの?」
男の子だった時の記憶。女の子になっての感情がカクテルのようにシェイクされて心の中から迫り上がってくる。
「俺が恵理佳に望む事って別になにもないよ。ただ、そばにいてくれるだけで嬉しい・・・・」
雅敏の言葉が温かく心の中にしみていく。
女の子になって初めて感じる雅敏への切ない想い・・・・・。あたしを女の子として認めてコクってくれた雅敏の気持ちが嬉しい。
「雅敏ってば・・・・」
もう、それ以上言葉にならない。
熱いものが込みあげてきた・・・・瞳に大粒の涙が盛り上がって雅敏の姿がかすんでくる。
恵理佳は雅敏の胸に勢いよく飛びついた。

   『あたしも雅敏のこと好きだよ。あたたかくフワッとした安心感に包まれてとても心地いいの』

・・・・・目を閉じるとあたり一面ラベンダーのお花畑になっている。あたしの髪がそよ風になびいてそばには雅敏しかいない。やさしく微笑んで抱きしめてくれている。お互いに心から笑えるようになった。もう意地を張るのは止めよう。女の子らしく生きるの・・・・・。
心臓がドクンっと脈打ち全身に痺れるような甘いときめき感じて唇を重ねた。しばらくして目を開けると間近に見える雅敏の笑顔が眩しく感じられた。
絡ませた右手を通じて雅敏のたくましさがヒシヒシと伝わってくる。雅敏の手のひらが少し汗ばんでいた。
以前は汗臭く感じたその体臭が今では心地よく思える。
気持ちが急速に傾いて行く・・・・・2人を隔てていた距離はもう感じない。

 

 あれから2ヶ月が過ぎクリスマスイブの前日、沙也佳と恵理佳はケーキ作りに熱中していた。
「えっちゃんってば、まだオープン開けちゃったらダメだよ。スポンジが縮んじゃうよ」
「そうなの?でも、さっちゃん、ケーキいくつ作るの?」
「5個よ」
「そんなに作ってどこに配るの?」
「お家のが一個でしょ。お祖父ちゃん所と小倉のお祖父ちゃんのとこでしょ。それにお父さんとお母さんの会社のがいるよね?」
「ずいぶん配っちゃうのね?」
「そうよ!だから手際よくやらないと時間なんてあっと言う間に過ぎちゃうよ。えっちゃん、卵を湯せんして泡立てて・・・」
沙也佳は恵理佳に液卵とグラニュー糖を湯せんしながら十分泡立てるように指示を出した。そうして沙也佳は薄力粉がだまにならないように丁寧にふるいにかける。気泡をたっぷり含ませながらジエノワーズ生地を作っていった。
溶かしバターと少量の生地をヘラで混ぜ合わせたものを再び生地に戻して均一にしていく。側面と底に紙を敷き込んだ型に生地を流し込んだ。
それをオーブンに入れ30分ぐらいじっくり焼く。焼き上がって膨らんだスポンジを見て沙也佳がニッコリした。
「出来たよ」
「ホントだね、綺麗に膨らんでいるね」
2人は手を取り合って喜んだ。出来たスポンジを上下二段に切り分け、生クリームを塗ってイチゴのスライスを並べた。
再び元の高さに戻したスポンジ全体に生クリームを塗る。それから口金の付いた絞り出し袋の中に入ったクリームを絞りながら形作って行く。
最後にイチゴで飾り付け、チョコで作られたトナカイのデコレーションを乗せた。もちもん、サンタのロウソクもね。
「さっちゃん!やったね」
「うん、これで完成よ」
テーブルの上には完成したばかりの5個のクリスマスケーキが並んでいた。
「でも、これってどうやって配るの?」
「大丈夫よ!お祖父ちゃん達のは手分けして持って行けばいいわ」
「そうだね。じゃ〜あたしは小倉に行って来ようかな?。久しぶりにお祖母ちゃんとお話して来てもいいよね?退院して一度も行って無いもん」
恵理佳は小倉に持って行くケーキを荷造りした。
「あたしは久留米にいるお祖父ちゃんの所に行ってくるわ」
引退した信彰の父伸之は妻の克枝と共に筑後川沿いの久留米に住んでいた。
 恵里佳が新幹線で小倉に着くと既に時間は5時を過ぎていて、英輔が出迎えてくれた。
「アッ!お祖父ちゃんありがと」
英輔の姿を見つけて手を振る。
「ほぉ〜恵理佳!すっかり女の子らしくなったね?」
祖父が恵里佳をみてしみじみと感想を漏らした。
「うん、女の子の生活にも慣れて来ちゃった」
「そうか!佐和子と真弓が待ってるから家に帰ろうか?」
「真弓叔母さん帰ってきたの?」
「あぁ〜、恵里佳と会うのを楽しみにしてるぞ」
車を走らせて今町の家の前に止まると叔母の真弓が出てきた。
 真弓は由美子の3歳年下の妹で小野記念病院の副院長であった。今年の4月から2年間の予定でMIT(マサチューセッツ工科大学)に研修のために留学していた。最新の医療技術を習得するために医療におけるシステム工学の最先端を行くMITで研修を受けている。
クリスマスホリデーになったのでアメリカから帰国して小倉に帰ってきた。帰国して佐和子や英輔から祐也のことを詳しく聞き驚いていた。
現実主義者で医学者である真弓にはその話が信じられなかった。でも英輔が診察して最終的な判断をくだした事実から目を背けることは出来なかった。
同じ医師である英輔の言葉に半信半疑ではあったが納得したように頷いた。
車から出た来た恵里佳を見て目を見開いた。
「あの祐也君がこんなになっちゃうなんって信じられないわ」
恵里佳も久しぶりにご挨拶。
「真弓叔母さん、お久しぶりね。あたしがこんな体になっちゃって驚いたでしょ?」
「そうね、でも可愛いわ。さぁ〜外は寒いわよ、お家に入ろうね」
お家の中に入ると佐和子がキッチンで食事の準備をしていた。ソファーに座って英輔と真弓にケーキを差し出した。
2人とお話をしていると夕食の用意が出来た。椅子に座ってテーブルの上を見る。

   『おぉ〜豪華・・・・』

今日のメインはアラ鍋だよ。
 アラはクエの九州での呼び名で博多の料亭や相撲茶屋で食べられている高級魚だった。
アメリカから真弓が帰ってきて、恵里佳も来るので佐和子が奮発して買ったものだった。利尻昆布と鰹のダシに煮えにくい白菜、長ネギ、シイタケから入れていく。少し煮立ったところで豆腐と春菊、アラの白身を入れていく。アク取りも忘れないように・・・・。
食べ頃になった鍋を4人でつつく。英輔が恵里佳の小鉢にほほ肉を入れてくれた。それをモミジおろしとアサツキを入れたポン酢で食べる。
淡泊で上品な味わいが楽しめる。他にも胃袋の塩焼きやアラ肝と鯛のお造りもある。
体が温まって汗が出てきちゃった。
最後は溶き卵をかけて作った雑炊だった。おなかいっぱい食べて満足。
 佐和子の後かたづけを手伝って真弓のお部屋に行く。
お土産にMACのコスメセットを貰う。
開けて見ると中にはファンデーションはパールを擂り潰して混ぜたリキッドキャンバスに3色のパウダーコンパクト。リップはピンクと鮮やかな赤。アイシャドウはグリーン、オレンジ、サファイアブルーの3色。カラーアイラインとカラーマスカラもオレンジ、パープル、ネービーブルーの3色だった。
ピンクのリップを手にとって見ていると真弓がおかしな事を言った。
「恵里佳ちゃん、もう一度男の子になる気ナイ?」
「男の子って・・・・そんなこと可能なの?」
「そうね、私が行っているMITだったら可能だけど・・・・」
真弓はアメリカにおける最先端のTS技術を教えた。

 それは別名・・・受精卵還元法・・・と呼ばれている技術で、特殊な3種類の還元液を体内の注射して3日かけて全身の細胞に行き渡らせる。体は発熱した状態で約40度を超える。そこで別の還元液の入っている培養カプセルに裸の状態で入り眠りにつく。
カプセルの扉は閉められて培養液に浮いた状態で高周波パルスが流される。すると体が徐々に縮小して4〜5日で受精卵レベルまで小さくなる。受精卵レベルで染色体の性別の書き換えが起こる。スイッチを成長レベルに変えると還元液の色がピンクからブルーに変化する。
女性になる場合はブルーからピンクになる。
1週間かけて成長して目的の成長レベルに達した段階で還元スイッチを切る。
後は細胞を安定させるために35℃の還元液の入ったカプセルの中で3日ぐらい過ごすことになる。
まだ実験段階でTS還元者は20例ぐらいだった。しかし技術水準は完成に近づいていた。
真弓も帰国後はMITの極東におけるTSコーディネーターとして活躍が期待されている。

「・・・・ってわけなんだけど」
「すごいね」
アメリカの最先端技術に圧倒されそうになる。
「私とアメリカに行かない?」
「あたしに男の子に戻れっていうこと?」
「恵里佳ちゃんの気持ち次第ではそれも可能なのよ」
「うぅぅん、あたしはいいわ。女の子で生きることにしたんだから・・・・」
首を左右に振って答えた。
「どうして?」
真弓が怪訝そうに聞く。
「だって雅敏に悪いもん」
「雅敏って・・・・もしかして、恵里佳ちゃん彼がいるの?」
「うん」
恥ずかしくなって下を向く。
「どんな子なの?」
興味ぶかく聞いてくる。
「あたしの幼馴染みなんだけど、身長も高くってかっこいいの」
まぶたを開けて斜め上を見る。

   『キャ〜あたしってば、言っちゃった!』

両手で頬を押さえて赤くなっている。そんな恵里佳の姿に真弓はあきれている。
「キスはしたの?」
「・・・・ってゆうか、あっと言う間に奪われちゃったって感じ」
「へぇ〜行動力ある〜ぅ。エッチはしちゃった?」
「真弓おばさんの意地悪。そんなこと聞かないでもいいでしょ」
「まだ無いんだ。明日はイブよね?」
真弓が首筋に手を当てて意味深なことを言っている。

   『それってエッチしちゃえってこと・・・・?』

エッチしちゃってもいいかなと思っていると、真弓がプラダのバッグから小さな小箱を取り出して渡した
「恵理佳ちゃんにこれあげる」
「ナニ?」
恵里佳は真弓の渡した小さな小箱を見ていた。
「それはね、モーニング・アフター・ピルよ」
「モーニング・アフター・ピル?これって何のお薬?」
「そのお薬はね、エッチした後に飲んで妊娠しないようにするお薬よ。避妊に失敗しちゃったら大変でしょ?恵理佳ちゃんも女の子のたしなみとしてバックの中に入れておきなさい」
「あたしそんなお薬いらないわ!」
「無理に貰ってくれなくてもいいけど、おなかが膨らんでも知らないからね」
意地悪な言い方をしている。
「わかったわよ。貰ってあげるね」
「やはり恵里佳ちゃんは私の姪ね。イブのお小遣いも上げちゃおうかな?」

   『えっ、お小遣い?・・・嬉しい』

あたしってば、お小遣い2万円も貰っちゃった・・・・。嬉しそうにお財布に収める。
真弓叔母さんって子供が男の子ばかりだから、女の子が欲しかったみたい?

   『今日は叔母さんの娘でもいいかも?』

楽しくファッションやアメリカのお話を聞いて、恵里佳も女の子になってからの生活を話していると時間はアッという間に過ぎて夜は更けていった。
気怠い眠気に誘われて用意されている布団の中に潜り込む。

 夜が明けて爽快な気持ちで目をパチリと開けた。
熱いシャワーを浴びて意識が覚醒してくる。

   『今日は必ず雅敏とエッチしちゃうの』

目からはメラメラと炎が吹き出ていた。
決意を込めてお気に入りのワンピを着る。これは雅敏とのファーストデートの時にホークスタウンのブティックで見つけた例のラベンダーとイエローのクロスライン柄のワンピースだった。ブラとパンツもお揃いのピンク。
 真弓に送って貰って小倉駅から新幹線で福岡に帰って行く。
雅敏のケイタイに新幹線の車内からメールを入れる。西鉄福岡駅前の大丸で午後1時に待ち合わせた。
先に到着した恵里佳はしばらく待っていた。もちろん、外は寒いからキャメルブラウンのダッフルコートを着ている。
待っているとイムズのほうから雅敏の姿が見えた。
雅敏と落ち合った恵里佳は文句を言う。
「遅い!」
頬をわざと膨らした。
そんな恵里佳の態度に雅敏が謝っている。雅敏の方を向いてニコッと笑って手を繋ぐ。
2人は渡辺通りの方に歩いていく。
 雅敏が持っていた紙袋からラッピングされた包みを取り出した。
「恵里佳、プレゼントだよ」
「えっ!ありがと」
両手でラッピングしてある包みを見ていた
「開けて見ろよ」
雅敏が照れくさそうに言う。
「ウワァ〜マフラーだ・・・・かわいい!」
開けてみると赤と白のストライプ柄のマフラーだった。それを雅敏に首に巻いて貰う。
「あったかい」
マフラーで心まで暖かくなる。
 2人は西鉄福岡駅から国体道路を歩き始める。春吉のローソンの所で東光寺竹下春吉線に曲がって行く。灘の川橋を渡りたいと雅敏を困らせて手を引っ張って行く。春吉センタービルに差しかかった所で例の計画を実行にうつす。

   『もうそろそろ、いいかな?』

急に胸を押さえて道端にうずくまる。
「恵里佳!どうした?」
慌てて雅敏が駆け寄って来た。
「気分が悪いの。吐き気もするし・・・・」
「弱ったな、どうしよう?」
「少し休めば良くなると思うの」
恵里佳はうずくまって喘ぎながら言った。
ふらつきながら立ち上がってセンタービルから那珂川の方に脇道を歩いていく。
「どこか休めるところを探そうよ」
巧みに脇道に誘導しながら目的地に到達する。
「ここで休もうよ」
1軒のブティックホテルを見上げている。外観がゴージャスな感じがするホテルだった。那珂川の川向こうにはキャナルが見えている。

   『えっ、ここってラブホ?』

建物を見上げて雅敏が目を見開いている。
眼光鋭く振り向くと、
「この大嘘つき・・・・ナニが気分が悪いだよ!ホントはこの中に入りたかったんだろ?」
ブティックホテルの方を指さしながら言う。
悪戯っぽい視線で、
「エヘっ、バレちゃったみたい」
肩をすぼめる。
「わかったよ、今日はクリスマスイブだし恵里佳の想いを受け止めてやるよ」
あきれたような言い方をする。
「嬉しい〜!。雅敏ってば、恵里佳を食べちゃって・・・・」
自分の大胆な発言に赤面してうつむいちゃった。
 恵里佳にあれこれ文句を言ったが内心は喜んでいた。ホントは前から恵里佳とエッチしたいと思っていた。でも強引に迫って嫌われたく無かったので我慢していた。だから恵里佳の想いは雅敏にとっても望外の喜びだった。
雅敏の腕の中で心地よい気分を感じていた。
幸せで心をいっぱいにして玄関が大理石で彩られたホテルの中に入って行く。

 それから2時間後2人はホテルから出てきた。恵里佳は目尻がデレッと垂れ下がっただらしない顔を雅敏に向けて右腕にまとわりついている。
「モォー、だらしないな。もっとシャキっとしろよ」
「いいの、あたしは夢の中にいるんだもん」
「そんなに良かったか?」
「バカね、女の子にそんなこと聞くもんじゃないわ。でも言っちゃう・・・・良かったわ」
雅敏を傷つけたくなかったので気持ちよかったと答えちゃった。
ホントは痛みを感じただけで快感とはほど遠い感覚だった。貫かれた時はまるで自分がカエルのように串刺しにされた感じだった。
もう二度としたくない・・・・

   『でも雅敏が望めばまたしちゃうかも?』

雅敏の事を考えただけで熱い想いが体の奥から沸き上がってくる。
雅敏のアレをもてあそんじゃった。

   『だって、懐かしかったんだもん。堅くなったアレを指でピーンと弾くと怒られちゃうけど、あたしにもこんなのが付いていた時があったのねって思っちゃって・・・・』

しばらく街をぶらついて雅敏と警固で別れる。
送って行くと言ってくれたが1人で余韻に浸って歩きたかった。
空を見上げてニコッと笑う、

   『あたしエッチしちゃいました』

ちょっと大人になった気分。

   『でも笑っちゃうよね?女の子になってまだ数ヶ月しか経ってないのに・・・・』

それだけ雅敏に恋してるの・・・・恋している自分に酔っちゃった?

 桜坂のお家に帰ってそっと中を覗くとすでにパーティが始まっていた。
信彰がクリスマスツリーの方に向かってシャンペンのコルクを飛ばす。ポンと言う音と共にシャンペンの泡が吹き出す。それを由美子がグラスに受けている。
クラッカーも鳴らして久しぶりにはしゃいでいると夜が更けていく。信彰がトイレに行った隙にフランス産のシャンペンも飲んじゃった。
 楽しい時間を過ごしてお部屋に帰ると沙也佳が話しかけて来た。
恵理佳は帰って来て少し様子が変だった。確かにはしゃいでいるけど普段と違うように沙也佳には感じられた。
「えっちゃんってば、どうかしちゃったの?。様子が変だよ」
「わかる?」
声のトーンを落として答えた。
「あたしに話して!あたし達って秘密を作らないって約束したでしょ?」
「あのね、雅敏にヴァージンあげちゃったの」
恵理佳は俯いて言った・・・顔は赤くなっている。
「やだっ!雅敏君とエッチしちゃったの?」
沙也佳が呆れたような顔をした。
「うん!」
恥ずかしそうに体を小さくしている。
「でぇ、どうだったの?」
「痛いだけでちっともよくなかったよ」
「当たり前でしょ!最初から快感なんてないわよ。もう、何!考えているの?」
「ごめんなさ〜い」

   『でも、クリスマスイブだもん!雅敏だって喜んでいたし?・・・』

沙也佳は心の中で思った。

   『あたしも早くヴァージン捨てたいな。えっちゃんってば、元男の子なのに簡単に捨てちゃうんだもん』

沙也佳にはそれが信じられなかった。

   『女の子になっちゃって、まだ半年も経って無いんだよ。信じられないよ?』

唖然とした表情で恵理佳を見ている。
「あのね、エッチしちゃいけないなんてこと言わないけど、もし何かあって傷つくのは女の子の方だよ」
「そうなの?」
「お母さんにえっちゃんがエッチしちゃったって言ってもいい?」
沙也佳の左目が小悪魔のようにキラリと光った。
「やだっ!お願い内緒にして・・・・」
首を横に振って瞳がウルウル潤んでいた。
「冗談よ。でもえっちゃんも女の子としての自覚と知識を持たないとね」
沙也佳は恵理佳の髪に優しく触れた。
「そうだね、さっちゃん色々教えて?」
色々お話をしながら戯れた。時間もあっと言う間に過ぎていつもの元気さを取り戻していた。
 外では珍しく雪が降っている。それに気付いた2人は出窓の方に近づいて行く。
「さっちゃんってば雪だよ!雪が降ってるよ」
「ホントだ!でも、珍しいね福岡に雪が降るなんて・・・・これでクリスマスらしくなっちゃったね」
「でも、寒いね」
2人は窓を開けて降る粉雪を見ていた。フワフワのパウダースノーにファンタジックな想いを巡らせていた。

   『さようなら、あたしのホワイトクリスマス・・・・』

 

続く♪


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