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西海の微風:前編

 

 作:しろいるか

編集:mk8426さん

 

 

 


 2人の少年が天満宮の梅林を歩いている。少年達の名前は宗像祐也と立花雅敏で福岡・如水館高校の1年だ。
祐也と雅敏は幼馴染みで親友だった。幼いときからいつも2人は一緒で兄弟のように仲がいい。
1学期の期末テストも終わって試験休みになったので、2人は学校の寮から自宅のある太宰府に帰って来ていた。

 如水館高校は全寮制の男子校で県下有数の進学校でありスポーツも盛んだった。
如水館は軍師として太閤・秀吉に天下を取らせた事でも有名な戦国武将・黒田官兵衛、彼の隠居後の号・如水を学校名として明治の半ばに創立され『文武両道・質実剛健』を精神的な柱としてきた。
しかし時代は移り変わり20世紀も終わった現代では、建学の精神的な支柱も過去の遺物となり、昔のようなバンカラ(硬派)な学生もいなくなり進学校としての色合いを深めていた。

 久しぶりに梅林の空気を吸って2人はすっかりリラックスしている。
林の中でもひときわ大きな梅の木の近くの草むらに寝転がって話し始めた。
「おい!祐也気持ちいいなぁ・・・」
「そうだね。この梅林は僕たちにとっては特別の場所だからね」
祐也と雅敏は幼いときからここを遊び場としていて、今では精神的なよりどころの一つになっていた。
枝と枝の間から木漏れ日が差し込んで周りを明るくしている。
「祐也、俺なぁ小さいとき死んだお祖母ちゃんから不思議な話を聞いたことがあるんだ・・・・・」
「どんな話なんだ?」
「おまえも天神様の飛梅伝説って知ってるよなぁ?」
「あぁ、歴史の時間に先生が言ってたあれだろ。え〜と、何って言ってたかなぁ・・・?。うん、そうだ!『東風(こち)吹かば匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ』ってやつだろ?」
「うん、その梅だけどな、木の中に梅の妖精が棲んでいて、100年に一度目覚めて人を驚かせるんだ」
「嘘だろ?僕そんな話聞いたことないよ。今は21世紀だぜ!そんな梅の妖精なんているわけがないよ。昔の人が子供を恐れさせるための作り話さぁ。雅敏がそんな話を信じてるなんて意外だなぁ」
祐也が雅敏の方を向いて笑っていると周りが急に薄暗くなっていく。

   『悪かったわね!作り話で・・・

頭の中にどこからか甲高い透き通った女の子の声が響いて来た。
2人の後ろにある大きな梅の木が一瞬目が開けていられないぐらいに光り輝いたと思ったら、その発光体が祐也達の頭上を越え目の前で人型を作り光を収めた。見ると可憐な女の子が立っている。160p たらずの華奢な体をしていた。 しかし、その美しさは驚きと共に目を見張るような気品があった。
背中まである鴉の濡れ羽色と例えたらいいような黒髪を赤い組紐で束ね、白い羽二重の着物に緋の袴を穿いている。
その上に中が透けて見える半透明な水干を着ている。年は見たところ15,6才ぐらいだろうか?・・・・・。
あなた達、よくもあたしの事をバカにしてくれたわね!
眉間に皺を寄せて怒っている。でも、2人には女の子が何故怒っているかその理由が分からなかった。
「君だれ?僕たちにナニか用?」
祐也は戸惑いながら聞いて見た。
ナニよ!とぼけちゃう気・・・?あたしがその梅の木の中で微睡んでいると、外であたしの存在を否定するような事を言ったじゃないのよ! 知らないなんて言わせないからね!
「エ〜ッ!梅の木の中で微睡んでいた?まさか・・・・」
祐也はもう一度その女の子を見つめた。
そのまさかよ!あたしは天神様の眷属で飛梅の妖精・梅姫(ばいき)って言うんだよ
「ふぅ〜ん、本当に伝説の妖精っていたんだ。梅姫さん俺達を許してください」
雅敏は梅姫に謝った。
あなたはいいのよ。ピュアな心の持ち主だもん。でも、もう1人の方は名前なんて言うの?
「宗像祐也だよ。おい、雅敏!なんでこんな奴に謝ってるんだ?」
「バカ!妖精だぞ。どんな力を持っているか分からないだろ?。口を慎めよ・・・・」
雅敏は小声で言った。
「おい、梅姫って言ったな?。本当に梅の妖精だったら僕たちにその力を見せて見ろよ。どんな能力があるんだ?」

   『えっ!力って?。祐也の奴何て事を言うんだ!』

雅敏は怖くなって慌てて祐也の手を引っ張った。
「祐也ってば、止めろよ!」
「雅敏は黙っていてくれ。これはこいつと僕の問題だ。さぁ〜梅姫・・・不思議な力を見せろ!」
雅敏の手を振り解いて梅姫の胸ぐらを掴もうとした。しかし、その気配を感じた梅姫は後ろに飛び退いた。

   『もうどうなっても知らないからね。でも祐也ってかわいいよね。女の子にしちゃってもいいかも・・・・?

梅姫は祐也を睨みつけると、白い左手を前に差し出した。するとその左手が光を放ち始めた。光によって手首から先が見えなくなっている。その光が収まった時には左手には守り刀の『梅花の飛剣』が握られていた。その守り刀の刃先を祐也の方に向けて念を込めた。神剣が青白く光り徐々に刀身が伸び、大気中の神気が朝靄のように吸い込まれて行く。
梅姫の全身が半透明になり、七色の虹のように輝きだした。髪や衣服さえ七色のグラデーションに包まれていく。
周囲がオーラのように光のハレーションでぼやけて来る。梅姫は持てるすべての力を守り刀に注ぎ込んだ。
祐也はその光景を最初は興味深そうに見ていたが、段々怖じ気付いた。逃げようとしたが足が竦んで金縛りに掛かったようにその場所から一歩も動けなかった。雅敏もその様子をハラハラしながら見ていた。
守り刀の刃先から光が膨らんで七色の閃光が走り祐也の体を貫いた。その閃光が拡散してオーロラのように祐也の体を頭上から覆い被さって来る・・・悲鳴を上げながら光に包み込まれて行く。七色の光は形状を変化させてまるで繭玉のようになっていた。祐也は中でもがきながら気を失った。

   『フン!あたしをバカにするからよ

梅姫は変身を解いてその光の繭玉を見つめていた。その顔には怒りを含んだ笑いが浮かび上がっている。
「お願いだ!祐也を助けてください」
雅敏は跪いて梅姫に懇願した。でも男の子が可愛い女の子に跪いている姿はあまりにも滑稽だった。
心配しなくてもいいのよ。殺しちゃたわけじゃないから。うふっ、少し変身させちゃうだけなのよ
梅姫は雅敏の方に振り向いて悪戯っぽく笑った。
「えっ、変身って?」
いいからそこで見ていれば・・・・
梅姫は柔らかな髪を撫で上げて平然と雅敏に告げた。やがて祐也の体を覆っていた七色の光が弾けて消え去り彼の姿が見えてきた。
「ゆうやぁ〜!」
雅敏は足早に祐也の側に近づき彼を見た瞬間固まってしまった。
そこに倒れているのは艶やかな髪が肩まである少女だった。

   『えっ!祐也はどこに行ってしまったんだ?・・・・』

周りをキョロキョロ見回していると梅姫が近づいてクスッと笑いながら雅敏の背中にさわった。
これが祐也君よ
横たわっている少女を指さして言う。
「でも、この子って女の子だよ?」
裕也君にはあたしを怒らせたペナルティーとして女の子になって貰っちゃったの
「祐也になんてことをするんだ!早く元に戻せよ・・・・」
雅敏は唖然として梅姫を問いつめた。
エヘッ♪ごめんね。でもあたしを怒らせたのは裕也君の方だよ
上目遣いで雅敏を見ている。
「俺たちが悪かったよ!頼むから祐也の体を元に戻してください」
無理を言わないで!あなた達のおかげであたしは眠りから30年で目覚めさせられちゃったんだよ。神通力も使い果たしちゃった。やっぱり睡眠不足って体によくないよね。彼の呪いを解いて欲しかったら100年後ここに来てね
「そんな!100年後だなんて・・・俺たち生きてないよ〜」
絶望的な時間の長さに気を失いそうになった。
キャハッ!そんなことあたしの知ったことじゃないもん。これも彼の運命だと思って諦めんのね。んじゃ〜後よろしくね
そう言って梅姫は再び光の帯となって梅の木に吸い込まれていった。
「何が運命だよ!自分が変身させたくせにぃ〜。バカ野郎〜!!」
雅昭は梅の木に向かって大声で叫んだ。

   『一言言っておくけど、あたしって野郎じゃないもん!

 憮然として梅姫を見送った雅敏は祐也の事が気になって抱き起こして揺すった。
手に感じる感触は柔らかかった。もう以前の見慣れていた体ではない。すっかり女の子の体に変っている。
前も女顔で先輩達にからかわれていたのがさらに優しい顔になっている。目を閉じた二重の瞼からは長い睫毛が覗いている。体全体が縮んで160p足らずの華奢な体だ。肌は白く瑞々しい肌に変っている。
抱き起こしながら膨らんだ胸に触ってみた。

   『おっ!柔らかい。あっ!俺って何やってるんだ?』

祐也を気遣いながらも胸に触った自分に気付いて頭をポカリと叩いた。
揺すられて目をうっすらと開けた祐也は雅敏に気付いて口を開いた。
「雅敏ぃ・・・僕どうなったんだ?」
ハイトーンの甲高い声が聞こえて来る。

   『えっ・・・僕の声ってこんなに高かったかな・・・?』

自分の発した声の高さに気付いて、目を見開いて驚いている。体にも違和感を感じているようだ。肩まである艶やかな髪に触れて今度は膨らんだ胸をさわった。
「オイ!僕の体ってどうなってる?。おかしいよ!髪は長くなってるし、胸には女の子みたいな膨らみがある。あそこはどうなってるんだ?・・・・うん?・・・・『うっ?』・・・・ないぃぃ〜〜〜!!」
体の異変に気付き完全にパニくって、泣きわめきながら錯乱状態になっている。

   『無理もないな!俺だっておかしくなるかも?』

泣いている祐也の肩を抱いて慰めるしかなかった。でも、いつまでのこうしているわけには行かなかった。周囲の人々に感づかれるまでに祐也をここから移動させなければいけないと思った。

   『そうだ!沙也佳さんに来てもらおう』

フッと思い出したように雅敏は携帯を取り出した。祐也の双子の姉沙也佳に来て貰おうと思った。
数回の呼び出し音の後・・・沙也佳の明るい声が聞こえて来た。
「沙也佳さん、雅敏です」
「あらっ、雅敏くん?・・・ゆう(祐也)に何かあったの?」
雅敏は沙也佳の明るい声にホッとしながら簡単な状況の説明と祐也の状態を教えた。
「わかったわ!すぐ行くからゆうのことお願いね」
しばらく待っていると梅林の入り口で車が止まる音がした。振り向いて見ると沙也佳と母親の由美子が降りて来た。
近づいてくる2人を見て祐也はまた泣き出した。
「お母さん!お姉ちゃん!僕こんな体になっちゃったよ」
「心配しなくてもいいのよ。いつまでもこんな所にいると人目に付くからお家に帰りましょうね」
「ゆうってば!しっかりしなさいよ」
2人に抱きかかえられるようにして祐也は車に乗せられた。心配する雅敏も一緒に乗り込む。
そして雅敏の家の前で彼を降ろし、3人は宗像家へと帰った。

 居間のソファーに座ってしばらく放心状態でいると沙也佳が声をかけて来た。
「何落ち込んでるのよ。心配しなくてもいいわ。あたしに任せて・・・・」
「お姉ちゃんに何を任せるんだよ!元々女の子だから気楽でいいな。僕はさっきまで男の子だったんだぞ。それが女の子にさせられたんだ!落ち込むのが普通じゃないのか?」
「だったら何故妖精さんをからかったりしちゃったのよ?」
それを言われると何にも言えなかった。暇つぶしにからかったのがこんな結末になるなんて夢にも思ってもいなかった。その代償はあまりにも大きかった。自分が悪いのは分かっていたが、感情的になっている祐也は梅姫に怒りを覚えた。
「ゆうってば、何てゆうか1人でストーリーを先走って悲劇のヒロイン演じてない?。僕って不幸だよって思っちゃって・・・・」
「ヒロインって?僕男の子だよ」
「そんな体で男の子だよって言っても説得力ないよね?。ジタバタしないで女の子になっちゃいなさい!」
「やだっ!」
祐也はプイッと横を向いた。
「へぇ〜、あたしの言うことが聞けないってわけ・・・?」
沙也佳の瞳は意地悪そうな光を宿していた。
 そんな言い争いをしていると由美子が帰って来た。祐也を連れて帰ってから、また買い物に出かけていたのだ。
「沙也佳、そんなにいじめないの。祐也もいつまでもその格好ってわけには行かないわね」
由美子が可笑しそうに笑った。体が縮んだために男の子だった時の服はダブダブでみっともなかった。
「そうね、あたしが何か貸してあげる。ちょっと、待っていてね」
沙也佳が二階に上がるために居間のドアを開けた。
「お姉ちゃん!スカートは絶対嫌だからね」
「わかってるわよ!女の子になったばかりのゆうにスカートなんて穿けるわけないもん」
しばらくして沙也佳がレディースジーンズとピンクのTシャツを持って降りて来た。
「ハ〜イ!これに着替えてね」
渡されたジーンズとTシャツを持って自分の部屋に行こうとしたら由美子に呼び止められた。
「待ちなさい!祐也お洋服だけじゃダメよ。下着も女性のランジェリーを着けなさいよ」
由美子が手提げ袋を渡した。中を見るとアイボリーのブラジャーやショーツが入っていた。
「これ僕が着るの?。下着は男の子のでもいいだろ・・・?」
頬を赤く染めて言った。
「モォー!女の子にはランジェリーの方がフィットするのよ。男の子と女の子では体型が違うんだからね。ところでゆう、額から脂汗出しているけど、どうかしちゃったの?。まさか!おしっこ我慢してるんじゃないでしょうね?。女の子って男の子より膀胱が小さいから膀胱炎になっちゃうよ」
実は帰った時から我慢してすでに限界に近かった。

   『うぅ、体に触らないでくれ。漏れる〜』

そんな状況を見て沙也佳は祐也の手を引っ張って無理矢理トイレの中に押し込んだ。
「座ってするのよ。終わったら拭かないといけないのよ」
トイレに入れられてぼーとなっていたがもう限界だ。座ってパンツを脱ぐと男の子だった時の証が本当に無くなっている。

   『本当に女の子になってる。もう、立って出来ないんだぁ〜』

涙がボタボタ落ちて太ももを濡らしている。お腹の緊張を和らげると少しずつ出て来た。
でも変な感じだった。今までに味わった事のない感覚に戸惑った。終わって拭くのが面倒だった。
何とか拭いて出て見ると沙也佳が廊下の壁にもたれて待っていた。
「遅かったわね」
「まだこの体に慣れてないんだよ。手間取るのは当たり前だよ」
「それもそうね。それじゃ着替えようね」
沙也佳はまた手を取って自分のお部屋に連れ込んだ。
「お姉ちゃんってば!僕、自分の部屋で着替えるから・・・・・」
「いいじゃないの、ここで着替えれば・・・・。そのダブダブのお洋服を脱いじゃたら?」
「ここで脱ぐのか?恥ずかしいよ!」
「ナニを恥ずかしがってるの?女の子同士だからいいじゃないの。脱がせて上げてもいいのよ?」
強引な沙也佳に少し腹を立てたが、幼いときから彼女の言う事は拒否出来ない。諦めて着替える事にした。
ズボンを脱いだ祐也に沙也佳がショーツを渡した。
渡されたショーツのやわらかい感じに驚きながら部屋の隅に行って沙也佳に隠れるようにして穿いた。
その肌に吸い付くような感触に戸惑いながら、今まで味わったことのない心地よさを感じている。
黄色いサマーベストとTシャツを脱ぐと白く柔らかいバストがプル〜ンと弾んで見えていた。

   『ウッ・・・・!』

思わず目を瞑る。やはり服の上から触った感じと、胸が肌から盛り上がっているのを見るのとは違っている。
「ナニしてんの!モォー・・・世話が焼けるわね」
由美子から渡された袋にはそれぞれサイズが異なる6種類のブラジャーが入っていた。
教えられてストラップに腕を通して前屈みになってバストをカップに収める。
腕を背中に廻してホックを止めようとしても初心者の祐也には留められない。
「クソ!もう止めた!」
ブラジャーを床に叩きつけた。
「モォー・・・何やってんの!ブラにあたってもしょうがないでしょ。あたしが手伝ってあげる」
沙也佳に手伝って貰ってブラを着けた。最初のはきつくて、次のは大きすぎる。3番目のがピッタリだった。
「お姉ちゃん、これもちょっときついと思うんだけど・・・・?」
バストがしっかりとサポートされる不思議な感覚に戸惑った。
「あのね、動いてずれないように下のストラップはちょっとぐらいきつい方がいいの。でも、ゆうのサイズって70のCか・・・羨ましいな」
沙也佳の言葉に赤くなりながら体を見回すと身長は170pもあったのが160pぐらいになっている。
肩幅も狭まり、胸にはブラに包まれたバストがその存在感をアピールしていた。
ウエストも引き締まって以前より位置が高くなっている。お尻も横に広がって肩幅ぐらいに大きくなっている。
その肩から伸びたしなやかな腕は細く、指は小さくなっていた。足も細く綺麗な足で無駄な体毛は生えていない。
体全体が丸みを帯びて柔らかい脂肪に包まれている。肌も白く瑞々しくすべすべしていた。

   『こんな体になっちゃったんだ。やだなぁ・・・』

自分の体に違和感と嫌悪感を感じた。特に胸を締め付けるブラジャーには馴染めなかった。
ジーンズを穿こうと思って手に取ると沙也佳がクローゼットからワンピースを出してきた。
「ゆうってば、お願いだからこれ着てみて」
「エ〜ッ!僕いやだよ。そんなワンピースなんて着れないよ」
「そんなこと言わないで。その体には女の子のお洋服の方が似合うと思うんだけどなぁ〜?」
「人に見られたらどうするんだよ!」
「このお部屋で着るだけだからいいでしょ?」
結局沙也佳に逆らえずに着せられてしまった。鏡の前に立つと可愛い少女が映っている。

   『エ〜ッ、これが僕ゥ〜??』

「ワァ〜!かあいいぃ〜」
沙也佳がうれしそうに手をたたいて喜んでいる。その後、スカートなどを4、5回着替えさせられた。
「モォー!いい加減にしてよ。僕はお姉ちゃんの着せ替え人形じゃないんだよ」
「アッ、ごめんね。ゆうが可愛いからつい調子に乗っちゃった」
「お姉ちゃんってば、僕が女の子になった事を楽しんでいるんじゃないの?」
「そんなこと無いわよ。でも女の子もいいものよ」
首を横にブンブン振った。でも本心は違っていた。実は以前から妹が欲しいと思っていたからだ。だから心の中では密かにほくそ笑んでいた。

   『うれしい!やっとあたしの夢が叶っちゃった』

でもそれを祐也に悟られるわけにはいかなかった。だからそれなりの演技が必要だった。
ジーンズに着替えて出ていこうとした祐也の背中にヒシッと抱きついた。それも涙声で・・・。
「ゆうの気持ちも考えないで1人ではしゃいじゃってごめんね!でもね弟がいなくなって悲しくないって言ったら嘘になるけど、これからは何でも話し合える妹が出来ちゃったと思ってうれしかったの」
「僕こそあたっちゃってごめんね」
俯き加減で答えた。
「うぅぅん、いいのよ。さぁ〜降りてご飯食べようね」

   『ウフッ、ちょろいもんね。ゆうって根が単純だもん』

沙也佳は祐也と手をつないで階段を降りながら心の中ではペロッと舌を出していた。
降りて行くとリビングのソファーに父の信彰が座っていた。 

 信彰は九州では大手に属する土木・建築資材の総合商社の5代目社長だ。
2年前に病気の父、伸之の跡を継いで専務から社長に昇格した。年も50才で働き盛りだった。
傘下に収めた建築会社は30数社に及ぶ。グループ各社で仕事を分担して比較的高い収益を上げている。
その理由は業界屈指の抜群の信用と営業力・・・そして、それを支える潤沢な資金力があった。
宗像一族の一翼を担う企業として、宗像財団の投資部門から資金の提供を受けていたのだ。

 宗像一族は平安時代初期から北部九州沿岸の玄界灘・響灘に勢力を誇っていた宗像水軍の末裔だ。
宗像水軍は天照大神の娘神である3人の女神を祀る宗像大社(沖津宮・中津宮・辺津宮)を守護するために創設され、中国大陸・朝鮮半島との往来も盛んだった。
源平合戦では平家に付いたため一時は存亡の危機を迎えた。しかし肥前の松浦党や豊後の臼杵党と婚姻による結びつきを深め、再び勢力を盛り返して行った。
時は移り変り盟友・松浦党と共に周辺諸勢力を傘下に収め、元寇では先兵として戦った。
瀬戸内の村上・越智水軍と東シナ海、黄海の覇権を争い、その歴史の中で蓄えた資金は想像を絶する額だった。
その資金の一部が幕末、土佐の浪士坂本龍馬が長崎に作った亀山社中(のちの海援隊)を通じて薩摩・長州に流れ倒幕の原動力になった事もあった。
明治初頭の不平士族の反乱・・・佐賀の乱・西南戦争・・・では政府軍について長年の伝統である海運をもって兵士・武器弾薬の輸送を行った。田原坂の激戦で政府軍が西郷軍に勝てたのもこの兵站の差だった。
明治・大正・昭和・平成と時が流れて行く中で、各方面で活躍する宗像系の企業の司令塔としてに財団が設立され、グループ内の情報・財務を全面的にバックアップした。

今日、信彰は財団の理事会に出席した後、懇親のゴルフをして夕方帰ってきた。
帰って由美子から話を聞いて驚愕したが、事実は事実として受け止めるしかないと思った。信彰は比較的柔軟な精神構造をしている。いくら騒いだところで祐也の体が元に戻るわけでもない。それよりこれから先の事を考えていこうと思った。
そこに祐也と沙也佳が2階から降りてきた。
「祐也、大丈夫か?」
そこには朝出かけるときに見た息子はすでにいない。すっかり可愛い女の子に変身していた。信彰はそれを複雑な想いで見ていた。
「うん、お父さん・・・・心配かけちゃってごめんなさい」
「すこしは落ち着いたようね」
「お母さんありがとう」

 夕食を食べた後みんなで居間に集まって今後の事を相談した。
「ところでこれからどうするつもりだ?」
「どうするって?」
「学校のことだよ。男子校の如水館にはそんな体じゃ行けないだろ?」
「まだそこまで考えられないよ。僕、どうしていいかわからないよ」
「ねぇ、ゆうってば、なんだったらあたしの行ってる星美に来ない?・・・・・いい所よ」
「エェ〜星美?・・・・恥ずかしいよ」
「その体だったらなんの問題もないはずよ」
「僕、今日女の子になったばかりだよ。そんな僕に女子校に行けってゆうの?」
「あっ!ゆうって女子校バカにしてる。如水館にはかなわないかも知れないけど、星美だってレベル高いんだから。それにね、星美って全国的に名前知られているけどね、如水館って九州だけのマイナーな存在よ」

 星美女学園は私立の女子校で、中学校・高校・短大・大学の複合的な教育機関だった。
特に高校は中学からの持ち上がり組だけでなく、可愛い制服に憧れて外部から入学する女の子も多く偏差値も高い。
沙也佳もそんな女の子の1人だった。外部入学組にはかなりハードルが高くて受験勉強も結構大変だった。
だから理数系が得意で如水館を受験する祐也に、一緒にお勉強しようとお願いして渋々教えて貰っていた。そんな祐也の協力もあって沙也佳は星美に合格出来たのだった。
星美は勉強だけでなくスポーツも盛んで、数多くの名選手を実業団に送っている。
中でも駅伝は九州に星美ありと言われるぐらいに有名で毎年開かれる全国大会の常連だった。
京都で開かれる全国女子駅伝にも必ず福岡代表のメンバーの中に入っていた。

「モォーいい!祐也、取りあえず病気だと言う事にして休学するんだ!いいな」
「わかったよ。僕、疲れたからもう寝るからね」
「寝る前にお風呂に入りなさいね」
「はぁ〜い」

 お風呂でバスタブに浸かって今日の出来事を思い出していると、沙也佳が入ってきた。
「入るわよ」
「何で入ってくるんだ!恥ずかしいじゃないか」
顔を真っ赤にして沙也佳を睨んだ。
「あっ、やっぱり!思った通りだわ。ゆうってろくに体洗ってないでしょ?」
「いいじゃないか!僕がどんな洗い方をしても・・・・」

   『大きなお世話だよ・・・』

「あのね、女の子のお肌ってデリケートなんだよ。やさしくいたわるように洗わなくちゃいけないの」
結局、押し切られて女の子の入浴の仕方を教えて貰う。ついでだと言われて腋の毛まで剃られた。
「ウフッ、ゆうってさわって気持ちいいくらいお肌がすべすべしてるのね。さすがに妖精に貰った体っていいわね」
沙也佳は祐也の体をやたらベタベタと触ってくる。背中の方から手が伸びて来た。祐也は両腕で体の前の方をガードした。
「お姉ちゃんってば・・・・」
「いいじゃないのよ!ゆうがどれだけ女の子になっちゃったか興味あるもん」
本音はそれだった。
「・・・・・止めて!」
「ウフッ、可愛い声出しちゃって・・・・」
浴室には沙也佳の笑い声が響く。祐也の体は全身真っ赤に染まった。しかし、沙也佳のスキンシップは止まらない。

   『モォー勘弁して欲しいよ。それでなくても恥ずかしいのに・・・』

泣きたくなってきた。
「お姉ちゃん!僕に見られて恥ずかしくないの?」
「あら、どうして?。いまのゆうって女の子でしょ?。恥ずかしいって思う方が可笑しいわよ。女の子が女の子の体に性的魅力を感じることはないの。いい!女の子がセクシーって思えるのは男の子の方だよ。でも、今のゆうにそれを言っても無理かもね」
沙也佳は祐也の方を向いてクスッと笑った。

 お風呂から上がって体にバスタオルを巻き付けられて沙也佳の部屋に再び連れ込まれる。
部屋に入った沙也佳は引き出しを開けて、ピンクのネグリジェを取り出した祐也の目の前で身につけた。
目のやり場に困って思わず目をそらすと可笑しそうに笑っている。
「フッフッ、ナニ!目をそらしてんの?。ゆうもネグリジェ着てみる?」
「冗談じゃないよ!僕にそんな物が着れるわけがないよ」
顔を真っ赤にして下を向いた。
「それもそうね。じゃ〜このパジャマでも着れば・・・・・」
再び引き出しからピンクのパジャマを取り出して渡された。渡されたパジャマを持って部屋を出て行こうとした。
「ゆうってば、おやすみ」
沙也佳がベットに寝転がってこちらを向いて手を振った。
「うん、お姉ちゃんおやすみ」
そう言ってドアを閉める。
自分の部屋に入ってパジャマに着替える。でも、女の子のパジャマは右前で非常に着づらかった。
着替え終わってベットに横たわる

   『フゥ〜大変な一日だったな。僕これからどうなっていくのかな?』

疲れているからか横になったとたん深い眠りについた。祐也の長い長い衝撃の1日はこうして終わった。

 

 夜が明けて朝になり外では鳥のさえずりがする。祐也は起きあがって体を見てみる。
一晩寝て朝起きればもしかすれば元の体に戻っているんじゃないかと、淡い期待を抱いて昨夜は眠りについた。

   『やっぱり昨日のままかぁ。今日もこの体と付き合わなくっちゃいけないんだ』

俯いて目には涙を溜めている。急にトイレに行きたくなって1階に降りると由美子が呼び止めた。
「祐也!お祖父ちゃんの所に行くから朝ご飯食べたら急いで用意してね」
由美子の父、英輔は小倉で4代続く総合病院を経営している。
祐也の体を英輔に見て貰おうと思って、昨夜電話で状況の説明はしておいた。
「ネェ〜お母さんってば、お祖父ちゃんの所に行くんだったら、あたしも付いて行ってもいいよね?」
「ダメよ!遊びじゃないんだからね。沙也佳の魂胆はわかっているのよ。お小遣いをおねだりしようとしてるでしょ?」
「アレッ、わかっちゃった。さすがはお母さんね」
「伊達に母親してないからね。祐也、早くしなさいよ!」
「でも、何を用意すればいいんだよ?」
昨日まで男の子だった祐也には何を用意すればいいかわからなかった。ふて腐れたようにソファーに座っている。
「それもそうね。行く途中でどこかでお買い物に行きましょうか?」
朝食を済ませた由美子と祐也は後を沙也佳に任せて車に乗り込んだ。動き出した車から振り返ると沙也佳が笑顔で見送ってくれていた。

 自宅のある太宰府から九州自動車道で一路小倉を目指す。古賀市を過ぎて八幡で北九州都市高速に入る。
黒崎を過ぎ、大谷のあたりで眼下にスペースワールドを見下ろし、小倉の足立ランプで降りた。

 まず向かったのは小倉の中心部、船場町にある井筒屋だった。由美子はここで入院に必要な物を買いそろえることにした。
小倉では結構歴史のあるデパートで由美子も学生時代はよく利用していた。
パジャマや下着など入院に必要な物を買い求めて、二人は今町にある由美子の実家である小野記念病院に向かった。

 病院の駐車場を通り過ぎて実家の前に止める。車の音に気付いた由美子の母佐和子が玄関を開けて出てきた。
車から降りた2人にニッコリ笑いかけながら佐和子が近づいてくる。
「お母さん、ただいま」
「由美子、お帰り。お父さんから聞いたけどこの子が祐也なの?」
「えぇ、そうよ。昨日は混乱しちゃって大変だったのよ」
「そうだったの。こんな体になっちゃって・・・・・可哀想に」
佐和子がやさしく祐也の肩を抱いた。
「お祖母ちゃん・・・・・」
自分のことを心配してくれている祖母の気持ちが嬉しかった。
「心配しなくてもいいのよ。お祖父ちゃんによ〜く見て貰いましょうね」

 家に上がって居間で休んでいると佐和子がお茶と荒城の月という別府の和菓子を出してくれた。
この銘菓は大分県竹田出身の作曲家・滝廉太郎の名曲『荒城の月』に因んで作られたお菓子で、新鮮な卵だけを使って作られている。卵の白身だけを使った皮に黄身と和三盆を使った餡。口に入れるとそのしっとりとした白い皮と卵の持ち味を生かした黄色い餡がまったりとした味のハーモニーを奏でる。
お茶は筑後地方(福岡県南部)名産の八女茶だ。矢部川の朝霧で葉を濡らし太陽の恵みをいっぱいに浴びた芳醇な香りが味わえる。

 お昼になって英輔が病院から帰ってきて・・・2人を見るなり声をかけて来た。
「由美子よく帰って来た。この子が祐也か?・・・外見だけを見れば女の子にしか見えないなぁ。妖精に変身させられたという事だったが、そんなことはあり得ないと思って信じられなかったよ。でも、これを見ると信じるしかないようだな。後は私に任せなさい。検査して対応を考えよう」
「お父さん、ありがとう。よろしくお願いします」
「由美子、水臭いぞ!私達は親子じゃないか。祐也は可愛い孫だ。祐也もお祖父ちゃんに任せてくれるな」
「うん、こんな体になっちゃったんだ。もう、お祖父ちゃんに頼るしかないよ」
目に涙を溜めて言った。
「そうか・・・可哀想に。祐也にとってなにがベストな方法か考えていこう」
「由美子、今日はここに泊まって明日、祐也を入院させればいいよ」
「お父さん、悪いけど今日は帰らなければいけないの。祐也のこと任せちゃってもいいかしら?」
「わかった!祐也のことは私達が責任を持って預かろう」
「祐也ごめんね。一緒にいてあげたかったけど、どうしても今日中に解決しなければいけない事があるの。また、明日来るから許してね。お祖父ちゃんの言うことをよく聞いてね」
「いいよ・・・お母さんも忙しいんだから無理することないよ」
「そうよ、私もいることだし任せてちょうだい」
4人で昼食を取って、由美子は福岡に帰っていった。英輔も病院に戻っていく。

 後に残された祐也は祖母の佐和子とお話をする・・・昨日の出来事を話す。
沙也佳にどんな目に遭わされたか話すと佐和子が可笑しそうに笑った。
「ほほほっ!祐也もとんだ目にあったのね。沙也佳は少し強引なところがあるからね。でも沙也佳の気持ちもわかってあげなさい。前から妹が欲しいって言ってたのよ」
「でも、お祖母ちゃんってば、おもちゃにされる僕の身にもなってよ!」
「そうね、祐也は男の子だったものね。女の子にされてどう思ったの?。お祖母ちゃんにだけ聞かせて・・・」
「うん、なんか今までの男の子だった15年の時間がすべて否定されたみたいで怖かったよ。しばらく女の子で生活出来てまた男の子に戻れるのならいいけど、これからずっとこの体で生活しなければいけないと思うとぞっとしちゃうな」
「あらっ、女性もけっこういいものよ。お祖母ちゃんは70年近くやっているけどね、後悔したことなんてなかったわよ」
「お祖母ちゃんは生まれたときから女性だからそう言うんだ。結局、僕の気持ちなんて誰にも分かんないよ」
「そうかも知れないね。でもみんなが祐也のことを心配してる気持ちだけはわかってね」
「わかってるよ!こうなった責任はすべて僕にあるんだ。でも、お祖母ちゃんと話して少し気持ちが落ち着いて来たよ」
「明日からは検査入院だから、今夜は私の手料理でも食べてゆっくり休みなさい」
「うん、ありがと」
祐也は佐和子と話したことで今朝よりは気持ちにゆとりが出来た。

   『あとはお祖父ちゃんに任せるしかないかなぁ?』

 夜、食事をした後しばらく英輔とお話をする。
佐和子は祐也のために由美子が結婚するまで青春時代を過ごしたお部屋で休ませた。
そのお部屋は未だに由美子の感性を醸し出していた。祐也は母の温もりを感じながら静かに眠りについた。

 次の日に祐也は病院に連れて行かれた。英輔は孫の祐也のために特別室を用意した。
8帖くらいの病室とトイレ、浴室も付いている。もちろん、お湯も沸かせる。
特別室の担当として鳥飼陽子と今泉純の2人の女性看護師を指名した。英輔は精神状態の不安定な祐也のために、看護師としての技量よりも話し相手になれる比較的若い子を選んだ。
2人は自分たちの体験を話して女の子の素晴らしさを教え、祐也の不安を取り除いていった。
 入院から4日目、祐也の気持ちの高ぶりが収まり、精神的に安定したのを見て、検査をする事にした。
検査するに当たっては祐也の動揺を抑えるために麻酔で眠らせる事にした。
検査は婦人科の主任医師・児島が担当した。まず、MRIで断層写真を撮って、内視鏡検査も行った。
卵巣の卵胞から原生卵子を取り出して染色体やホルモンの数値を調べた。
 1週間後、英輔と児島医師が検査結果を検討したところ、すべてハイティーンの女性の数値を示していた。
「院長、問題はありませんね。血液中のホルモンバランスも基準値ですよ。あと生理さえあれば完璧でしょう」
「わかった!ご苦労さん。後は私に任せてくれ」
英輔はデスクに座って考えていた。祐也が不憫だった・・・でもこれからは女性として幸せな人生を歩んで欲しいと願った。

 2日後の土曜日にみんなを呼んで説明する事にした。そして土曜日の午後、病室に家族が集まった。
祐也と久しぶりに楽しく話をしているとドアが開いて英輔が入ってきた。
「みんなそろってるな。今から祐也の事を説明しよう」
「お父さん、どうでした?」
「うん、結論から言うと祐也の体は完璧な女性の体だ。染色体も確認した」
「では、これからどうすればいいの?」
由美子が不安そうに聞いた。
「選択肢は二つある。一つはこの現実を受け入れて女性として生活をすることだ。メンタル(精神的)な面を克服すれば生活に何の支障もない。将来結婚して子供を産む事も出来る。もう一つは外科的処置を施して女性機能を取り去って外見だけは男性として生きる道がある。でも、骨格は女性のままだし、体にも大きな傷が残って負担をかけることになる。男性ホルモンもずっと飲み続けなければいけない。もちろん自分の子供を作ることも出来ない。私としては現状を認識した上で女性として生きた方がいいと思う。だが、それを決めるのは祐也だ。自分のことだからよく考えるんだよ」
英輔の説明を聞いてみんなの視線が祐也に注がれる。
「で、祐也どうするつもりだ?。お父さんはお前の気持ちを大切にしようと思っている」
「まだわからないよ。しばらく考える時間が欲しいけどいいでしょ?」
「いいわよ。祐也の気の済むまで考えればいいわ」
「ゆうってば、何か欲しい物ないの?」
沙也佳が聞いてきた。
「別にないけど、雅敏はどうしてるのかなぁ?」
「雅敏君だったら昨日も電話してきたわ。ゆうの事をずいぶん心配しているみたいよ」
「僕、雅敏に会いたいな・・・・」
会ってあの日の事を謝りたかった。
「今のままで会っても2人共気まずい想いをするだけよ。雅敏君の事を大切に思っているのなら気持ちの整理をつけてから会いなさいね」
「わかったよ」

 みんなが帰った後で考えてみたがなかなか結論を出せない。そうしているうちに2日が経った。
1人で悩んでいる祐也を不憫に思った佐和子が昼食に誘ってくれた。
久しぶりに食事らしい食事を取って気持ちが伸びやかになって行く。病院の不味い食事には閉口していた。
「ねぇ、祐也・・・これから昼食はお祖母ちゃんと一緒に食べない?」
「えっ、いいの?」
「いいわよ。お祖父ちゃんには私から言ってあげる」
佐和子は微笑んで祐也を見た。
「ホント!でも、規則違反じゃないの?」
「そうね、でも祐也が私達の孫である事はみんなが知ってる事だし、私も祐也のために何かしてあげたいの」
「お祖母ちゃんありがと!」
「祐也もそろそろ気持ちの整理をつけないといけないんじゃないの?」
「そうだね、頭の中ではお祖父ちゃんの言ったように女の子で生活した方がいいのはわかってるんだ。でも、気持ちの整理がまだつかないよ。お祖母ちゃん達にも心配かけちゃってごめんね」
「いいのよ。祐也の気持ちを大切にしたいわ」

 それから毎日佐和子との食事を楽しみにした・・・・・。
2人は食事中色々なお話をする。祐也の気持ちも少しずつ落ち着き、以前のようなゆとりを持つ事が出来るようになった。佐和子の話にも笑うことが出来る。
 それからさらに1週間が経って祐也は病室で考えている。

   『もうそろそろ結論を出さないといけないかも?』

 色々悩んだ結果女の子で生活する事にした。
もう一つの選択肢の体にメスを入れて男の子に戻るのも怖かった。完全な男性に戻れるわけでもない。
外見だけ男性の暗い人生よりも女性としての幸せな人生に賭けてみたかった。

   『ヨ〜シ決めた! 僕、女の子になっちゃう。決めたからにはもう迷わない!』

 翌日祐也はこの決意を伝えるために看護婦の陽子に頼んで英輔を呼んでもらった。
「祐也、何か用か?」
英輔が部屋に入ってきた。
「うん、お祖父ちゃんここに座って・・・・」
「どうした?」
英輔はベットに座って裕輔の肩を優しく抱く。
「僕ね、女の子で生活する事にしたよ」
「そうか!やっと決心したか。由美子も喜ぶ事だろう」
「みんなに迷惑かけちゃたもんね。でも、お祖父ちゃん一つだけ気になる事があるんだ」
「なんだい?」
「僕、戸籍が男の子だけど大丈夫かな?」
「あぁ、心配しなくてもいいよ。ここで女性半陰陽の手術したことにすればいい・・・・」
「名前も女の子の名前に変えなくちゃいけないんだよね?」
「そうだな、性別を変えるんだからな。祐也はどんな名前がいいんだ?」
「そうだね、お姉ちゃんが沙也佳だから僕は・・・・恵理佳がいいかなぁ?」
「恵理佳か!いい名前だな。すぐ法的な手続きを執ろう。でも、もう一度聞くが本当にその名前でいいんだな?」
戸籍の変更届けは一度受理されたら二度と変更出来ない。英輔はもう一度確認した。
「うん、いいよ。僕も・・・あっ、いけない!これからはあたしって言わなくちゃいけないね」
「無理をする事はないよ。生活の中で自然に身につけていけばいい」
「うん、わかったわ。ボクね、恵理佳でいいよ」
祐也が恵理佳として生きていく決心を聞いて嬉しかった。顔も輝きを取り戻して何か吹っ切れたような目をしている。 

   『もう、大丈夫だろう・・・・?』

 数日後英輔は福岡から1人の女性を呼んだ。
名前は後藤真奈実・・・・大濠公園、能楽堂の近くで精神カウンセリングのクリニックを開業している。
2人は連れだって恵理佳のいる特別室に入ってきた。英輔が真奈実を紹介する。
「恵理佳、この人がこれからお前のカウンセリングを担当する後藤真奈実さんだ」
「恵理佳ちゃんヨロシクね」
真奈実は微笑みながら恵理佳に手を差し出した。
「ボクこそヨロシクお願いします。でもカウンセリングってどんな事をするんですか?」
「大したことじゃないの。1週間に一度私のクリニックに来てお話をしてくれればいいの」
「お話って?」
「なんでもいいのよ。恵理佳ちゃんが心の中で思ってる事を聞かせて頂戴」
「あの〜ぅ先生!男らしさ女らしさっていったいどういうことなんでしょうね?」
「う〜ん、難しい問題ね。社会が求めている男らしさ女らしさってのは現実にあるわよ。でもね、恵理佳ちゃんはどんな女の子になりたいの?もとは男の子だったとかそんなことは関係ないのよ。言葉遣いや服装は女の子らしくなければいけないけど、その中で自分らしさを見つけて行けばいいのよ」
「わかりました。先生ありがとう」
「それじゃ私は帰るけどね、いつでも私のクリニックに来てちょうだい。待ってるわ」
出ていく真奈実を見送って英輔が恵理佳の方を向いた。
「恵理佳、いつ退院してもいいぞ!」
「えっ!ホント? うれしいな」
「あぁ、恵理佳はホントは病気じゃないからな。いつまでもここを占領されてると儲からんよ」
「モォーお祖父ちゃんのいじわるぅ〜」
「冗談だよ!でも、元気になってくれて本当によかった」
「ありがと」
恵理佳は涙ぐんで英輔を見た。女の子になってなんだか涙もろくなったようだ。
「あっ!そうそう・・・・智昭が東京から帰ってくるらしいな?」
英輔が思いだしたように言った。
「えっ!お兄ちゃんが帰ってくるの?」
実は恵理佳達には5才年上の兄がいる。今東大の法学部に通っている。
「あぁ、お前のことが心配だったがゼミで帰れなかったようだ。やっと時間が取れて帰ってくるそうだ」
「でぇー、いつ帰って来るの?」
「確か今度の金曜日だと言ってたかな?」
「お祖父ちゃん!ボクね、土曜日に退院したい。いいでしょ?」
「好きにすればいいよ」
英輔は微笑んで恵理佳の肩に手を置いた。
「ありがと。お兄ちゃん迎えに来てくれるかなぁ?」

 そして土曜日が来た。10時頃、兄の智昭と沙也佳が迎えに来てくれた。ドアが開いて智昭が笑顔で入ってくる。
「ヨォ〜祐也元気だったか?。あっ、今は恵理佳だったな。悪かったな早く帰れなくて」
「お兄ちゃん!会いたかったよ」
恵理佳は智昭に嬉しそうに抱きついた。
「大変だったな。でも、元気そうなんで安心したよ」
「ボクね、こんな体になっちゃった。ビックリしたでしょ?」
「そうだな!でも、可愛いよ。これからは俺が庇ってやるからな」
智昭は恵理佳の体を優しく抱きしめた。

   『お兄ちゃん、ありがと』

智昭を見あげてその優しい温もりを感じていると沙也佳が話しかけて来た。
「お兄ちゃんってば、ちょっとお部屋から出て・・・・。えっちゃんを着替えさせちゃうから」
「はいはい!」
智昭は笑いながら部屋から出ていった。
「お姉ちゃんってば、どうしてボクのことえっちゃんって言ってるの?」
「あらっ、恵理佳だからえっちゃんでしょ?。あたしのこともさっちゃんって呼んでいいのよ」
「えぇ〜恥ずかしいよ」
「いいってば、あたし達これからは仲のいい双子の姉妹だも〜ん」
沙也佳はそう言って櫛を取り出して恵理佳の艶やかな髪を梳かした。
「えっちゃん、お洋服だけどねワンピースとTシャツにスパッツとどっちがいい?」
「スパッツでいいよ」
恥ずかしそうに下を向いた。
「たぶんそう言うと思ったわ。でもね、スカートにも慣れなくちゃいけないのよ」
「うん、そのうち着れるようになるかも?」
恵理佳はブラを着けて渡されたTシャツとスパッツを身に着けた。
「さぁ、えっちゃん帰ろうか?」
「でもお祖父ちゃんにお礼を言わなくちゃ」
 恵理佳は2人を連れて英輔のいる院長室を覗いた。
「お祖父ちゃん!」
「おぉ、恵理佳帰るか?大変かも知れないけど頑張るんだよ」
「うん、色々とお世話になっちゃったけど、お祖父ちゃんも元気でね」
「私のことは心配しなくてもいい。まだまだ、若い者には負けんよ!」
英輔は智昭と沙也佳に気が付いて声をかけて来た。
「智昭、久しぶりだな!」
「はい!お祖父さんもお元気そうなので安心しました」
「ありがとう。これからは恵理佳の事を頼むぞ」
「わかっていますよ。弟がいなくなって寂しいけど、これからは妹になった恵理佳を守ってやりますよ」
「あらっ、お兄ちゃんってば、えっちゃんだけなの?・・・・あたしのことは?」
沙也佳が不満そうに言った。
「いまさら言うまでもないよ。可愛い妹が2人も出来て俺は嬉しいよ」
「それじゃ、気を付けて帰るんだぞ!」
恵理佳達は英輔に見送られて、お世話になった看護師たちもにお礼を言って病院を後にした。
祖母の待っている家に寄って佐和子の心づくしのお祝いの昼食をとり午後1時頃車に乗り込んだ。
「みんな、気を付けてね」
「うん、お祖母ちゃん色々とありがとう・・・また来るからね」
動き始めた車を佐和子は見えなくなるまで見送った。

 1ヶ月前由美子と来たときのように今度は柴川ランプから北九州都市高速に入る。
あのときは不安でいっぱいだったが、今は希望を抱いて帰っていける。

 しばらく車の中から風景を楽しんでいると沙也佳が声をかけてきた。
「えっちゃんってば、ナニ見てんの?」
「来たときの事を思い出していたの。早くお家に帰りたいよ!」
「そのお家だけどね、もう太宰府のお家じゃないのよ」
「えっ、どうして?・・・・どこに帰るの?」
「えっちゃんも知ってるでしょ?。桜坂の新しいお家よ」

 太宰府の観世音寺にある自宅とは別に、福岡市中央区にある南公園の近くの桜坂に6月に完成したばかりのお家がある。
信彰も由美子も福岡で仕事を持っている。子供達も福岡の学校に行っていて家族の生活の基盤は福岡に移っていた。
そのため今は使われていない桜坂の古い社宅を取り壊して新しく家を新築する事にした。
秋にも完成したその家に引っ越しをする事に決めていた。
それが祐也が女の子に変身した事件でこの引っ越しの時期を早めることにしたのだった。

「桜坂のお家か・・・さっちゃんの行ってる星美に近いんだね。でもボク太宰府の方が好きだけどな」
「うん、でも太宰府ってさ・・・田舎よね。えっちゃんの事が必ず噂になるの。だからお父さんとお母さんが相談して福岡に行くことにしたんだよ。もちろん学校の事もあるしね・・・・」
2人で喋っていると智昭が振り向いた。
「おい!話し込んでるのもいいけどな、そろそろ福岡インターだ。沙也佳、どこかで買い物をして帰るんじゃなかったのか?」
「あっ、そうだった。お兄ちゃんキャナルシティに行って!LLビーンのお店でお買い物をしたいの」
「キャナルに行くのか。だったら俺もオペルの展示場を覗いてみようかな」
「お兄ちゃんって車好きだもんね」
「あぁ、そろそろ車も古くなったし、親父もアストラぐらい買ってくれないかな?」
「たぶん無理ね。だって、えっちゃんの身の回りの物を買い揃えるだけでも結構大変みたいよ」
「それもそうだな」
話していると福岡インターが見えてきた。

 福岡インターでは料金所からそのまま福岡都市高速4号線に入る。貝塚ジャンクションで1号線に合流し千鳥橋ジャンクションで2号線に入って間もなくの呉服町ランプで都市高速を下りた。
そこから大博通りを通って祗園で国体道路(国道202号線)へ折れ、博多祇園山笠で有名な櫛田神社を横目に見ながらキャナルシティの近くにある有料駐車場に入った。

車を降りた沙也佳は恵理佳を連れてお買い物に行く。
「じゃ〜お兄ちゃんしばらく待っていてね」
「あまり遅くなると置いて帰るぞ!」
「いいもん!そんな意地悪するんだったらもう口聞いてあげないからねぇ。えっちゃん行こう!」
恵理佳の手を取って3階にあるお目当てのお店に急ぐ沙也佳をを見送ると・・・・・。

   『やれやれ、沙也佳のお供も大変だよな。恵理佳も大丈夫かな?』

智昭は1階にあるオペルの展示場に入っていった。エスカレーターで3階まで上がった2人は、外の回廊に出るとすぐお目当てのお店の入り口が目に入った。
「ねぇ、さっちゃん、ここってアウトドアのお店じゃないの?」
「そうよ!でも、結構レディースが充実してるからあたしは普段着にしてるの。えっちゃんも買わない?」
「でもボクお金持ってないよ」
「大丈夫よ!小倉出るときお祖父ちゃんからお小遣い貰ってきちゃった」
「さっちゃんってそう言う所は抜け目無いからね」
「そう言うこと・・・えっちゃんにもそのうち甘えるテクニック教えてあげるね」
中に入ってお店を見て回ると確かに沙也佳の言う通りレディースが充実していた。
Tシャツとサマーベストにスパッツを買い求めてついでにシューズも買った。
その後2・3のSHOPを覗いて嫌がる恵理佳にスカートやワンピースを試着させた。

   『女の子になっちゃったら、それを楽しんじゃえばいいのに・・・』

沙也佳にはそれが不満だった。でも恵理佳はまだ女の子のお洋服を着ることに慣れてなかった。
次はランジェリーSHOPに入ろうとしたら携帯が鳴った。出てみると智昭からだった。
「おい、いい加減に帰ろうぜ!」
携帯からは智昭の不機嫌な声が聞こえて来た。
「あっ、お兄ちゃんってばゴメン」
「早く降りて来ないと置いて帰っちゃうぞ!」
智昭に急かされて駐車場に降りて車に乗り込む。
「それじゃ家に帰るぞ!」
智昭が後ろを振り向いた。
「は〜い!お願いします」

 再び国体道路を走り、警固から沙也佳の通っている星美女学園の前を通って桜坂の家に帰った。

 恵理佳は車を降りて新しいお家を見あげた。敷地は80坪ぐらいある。
2階建ての寄せ棟造りの立派な家だった。玄関を入ると左に6帖の二間続きの和室がある。
右には10帖の応接室と台所・食堂・居間が一体になった20帖ぐらいのLDKがある。
トイレや浴室、納戸がバランスよく配置されている。
2階に上がると階段の側にトイレがあって、右に信彰達の寝室とそれに連なる収納スペースがある。
左には智昭、沙也佳、恵理佳の個室がある。各部屋とも広さは8帖ぐらいでクローゼットが付いていた。
恵理佳はまだ見たことの無かった自分のお部屋に入っていく。

   『これがボクのお部屋なんだ。でも、女の子のお部屋ってこんな感じなのかなぁ?』

お部屋の中を見回してみる。壁紙は淡いピンクのパステル調。窓は出窓で開けると涼しい風が入ってくる。
出窓の内にはピンク系のレースのカーテン・・・出窓の左にはピンクのカバーの掛かったベットがあった。
出窓の右には机があってその横の壁には本棚がある。
その本棚には今まで読んだことの無かった少女コミックが並んでいた。たぶん沙也佳のだろう。
本棚の隣にはクローゼットがある。恵理佳はクローゼットを開けてみた。
中にはスカート、ブラウス、ワンピースなどが入っていた。

   『まだこんなの着れるわけがないのに・・・・』

恵理佳はクローゼットの中を眺めながら思った。指で服に触れながら点検していった。
フッと一着のワンピースに気付いて手に取って見る。それは沙也佳が大切にしていたお気に入りのお洋服だった。
祐也だった頃そのワンピースを着ている沙也佳を見て可愛いと思った事もあった。

   『これってさっちゃんのだけど、どうしてここにあるんだろう?』

手を離してみたが気になって再びそのワンピースを取り出してハンガーから外した。
お部屋の隅にあるドレッサーの鏡の前でワンピースを体に合わせて見る。

   『・・・ちょっとぐらい着てもいいよね。ボクだって女の子だもん』

見てるうちにどうしてもそのワンピースが着たくなった。
ライトイエローの下地に赤や白のミニバラが華やかな感じをさせるワンピースだったが、恵理佳が着るには少し勇気のいるミニワンピースだった。 スカートから出ている白い太ももを気にしながら鏡を見る。

   『こうして見るとボクも結構可愛いよね』

恥じらいながらワンピースの裾を軽くつまんでポーズを取ってみた。

   『こんなに可愛いんだったら女の子としてやっていけるかも?』

鏡に写っている姿を見てニッコリ笑っているとドアが開いて沙也佳が入って来た。
「えっちゃん、ナニしてんの?」
急に部屋に入って来た沙也佳を見て、慌てて顔を赤くした。

   『やばい!見られちゃった・・・』

沙也佳のお気に入りのワンピースを着たのを見られて怒られると思って頭の中は混乱している。
「ワァ〜!ご免なさい。このワンピース着ちゃったけど、ほんの出来心だから・・・・・」
「えっ、ナニ訳の分からない事言ってんの?うふっ、でも可愛いわよ」
「さっちゃんってば、そんなに見ないで・・・・・恥ずかしいよ!」
ニヤニヤ笑っている沙也佳の態度に少し勘の悪い恵理佳もやっと気付いた。

   『まさか!ボクがこれを着るようにし向けたんじゃないだろうな?』

赤くなって文句を言った。
「あぁ〜ボクを嵌めたんだ!」
「やっとわかったようね」
可笑しそうに笑った。
「おかしいと思ってたんだ。さっちゃんのお気に入りのワンピースがこの部屋にあるなんて・・・・」
「そう言うことよ!たぶん着てくれるんじゃないかと思ったの・・・・可愛いからいいんじゃないの?」
「ところでボクに何か用?」
「あっ、忘れてた!。お父さんがえっちゃんを呼んでるよ」
「お父さん、帰ってきたの?」
「そうよ!さぁ〜行こう」
「ちょっと待って!これ着替えるから・・・・」
再びスパッツに着替えようとしたら沙也佳に止められた。
「いいってば!早く行かないとお父さんに怒られちゃうよ」
「モォーさっちゃんって、いつも強引なんだから」
口を尖らして文句を言った。
「そんなに可愛いんだから女の子のお洋服の方が似合うわよ。そのワンピース、えっちゃんにあげるね」

 1階に降りて応接間を覗くとそこにはすでに信彰と由美子、智昭が座っていた。
沙也佳と並んで信彰達の前に座った。
「あらっ、恵理佳着替えたのね。似合っていて可愛いわよ」
「うん、でもまだ慣れてないからおかしいとこ無いかなぁ?」
「大丈夫よ!でもね、膝を揃えて座らないと下着が見えちゃうよ」
「あっ!はい。やっぱりまだこんなミニのワンピース着れないよ。女の子の仕草ってまだわかんないもん」
「それは追々慣れていけばいいのよ」
「そうよ!えっちゃん、あたしが教えてあげるね」
その時、それまで3人の会話を聞いていた信彰がうんざりしたような表情で口を開いた。
「おい!おしゃべりもいいけどな、大事なことを話さないといけないから少し黙ってろ」
「はいはい、お父さんのお話を聞きましょうね」
ようやく女3人の会話が途切れると、信彰は恵理佳に話しかけた。
「恵理佳、退院おめでとう」
「うん、お父さんありがとう」
「これからのお前の事だけど、お母さんと相談して病気ということにして如水館は自主退学する事にした」
「この体じゃ如水館に行けないから別にいいよ」
「そうか。それで、恵理佳・・・・沙也佳の通っている星美女学園に行く気はないか?」
「星美?行ってもいいけど大丈夫かなぁ・・・・?」
「そうね、いまのままじゃたぶん無理ね。だって、女の子の言葉遣いや習慣が全然身に付いてないもん」
「じゃ〜ボクどうすればいいの?」
「恵理佳!お父さんや沙也佳と相談したんだけど、来年もう一度受験して星美を受けなさい。半年もあれば女の子の言葉遣いや習慣は身に付くわよ」
「わかったよ!」
「取りあえず、お母さんや沙也佳に教えて貰って女の子としての知識を身につけるんだ。もちろん服装もだぞ!」
「まだ慣れてないからもうしばらくはこのままでいいでしょ?」
「甘えるのもいい加減にしろ!。誰のおかげでこんな事になったと思ってるんだ!」
信彰は立ち上がって恵理佳を睨んだ。
「まぁ、お父さんもそんなに怒らないの。恵理佳もわかったわね」
「はい、ご免なさい」
怒られて体を小さくして俯いた。
「えっちゃん大丈夫よ・・・あたしがいろいろ教えてあげるね」
「うん、ありがとう・・・・さっちゃんよろしくね」
「よし!それじゃ話はこれまでにして、恵理佳の退院祝いに食事にでも行くか」
信彰が立ち上がってみんなに告げた。
「食事って?」
全員の視線が信彰に注がれる。
「実は岡星に予約してあるんだ!」
「わぁ〜、えっちゃんってば・・・岡星でお食事だって・・・やったねぇ!」

 車で向かったのはJR博多駅筑紫口から歩いて5分ぐらいの所にあるハイアット・リージェンシー福岡だった。
このホテルはホテルグループ『ハイアット』のホテルで、世界的な建築家マイケル・グレイヴスの設計した、13階建ての、スフィンクスをイメージしたデザインが福岡のランドマークに相応しい偉容を誇っている。
玄関を入って13階まで吹き抜けのロビーを通り、奥の和風レストラン『岡星』に入った。
この店は中洲にある料亭の出店で、本店同様のサービスと素材の持ち味を生かした料理を提供している。
お部屋に案内されてくつろいでいると、まず食前酒として梅酒の古酒と自家製の明太子が出された。
飲むとクエン酸とリンゴ酸が長い年月をかけて作り出した複雑に絡み合った味と爽やかな芳香を味わえた。
次々と料理が運ばれて来る。特に恵理佳の好みは筑後川の川海老の唐揚げや鮎の塩焼きだった。
他にも玄界灘で取れたカワハギとオコゼの刺身。アワビの肝の酒蒸しにイカの黄金焼き。
有明海で取れるトンサンウオ(アリアケシラウオ)の天ぷら。大分湾の城下カレイの黄身酢かけなどがあった。
デザートはメロンと岡星自家製の水饅頭だった。冷たくて美味しかった。
食事の後しばらくお話をする。お部屋から見える坪庭には季節のお花が飾られていた。
「恵理佳どうだった?」
「うん、美味しかったよ!最後に茶巾寿司と一緒に食べた鰯の団子汁もよかったよ」
「その団子汁だけどな、あれは鰯じゃないんだ」
「じゃ〜アレはなんなの?」
「エツと言って筑後川でしか取れない魚なんだ。鰯よりクセが無く淡泊だっただろう?」

 エツは5月から8月にかけて有明海から産卵のために筑後川に遡上してくるカタクチイワシ科の魚で、網で取れたエツの料理がその場で味わえる屋形船は筑後川の夏の風物詩になっていた。

「そういえばそうだったね。でも筑後川って言えば去年行った柳川のウナギも美味しかったね」
「えっちゃんって食いしん坊だもん。でも、これからはダイエットもしなくっちゃね」
「えっ、どうして?」
「あのね、男の子だった時みたいに食べたら太っちゃうよ。女の子ってスタイルに気を配るものなの」
「はいはい、わかりましたよ」
恵理佳の言葉にみんな大笑いする。

   『そんなこと心配しなくてもボクってけっこうスタイルいいんじゃないのかなぁ・・・・』

外見だけを見れば目算で45,6sぐらいの華奢な体はそれほどウエイトを気にしなくてもいいのかも知れない。
でも女の子にとって自分を可愛く見せたいと思う心理がある限りダイエットは永遠のテーマだろう。

 店を出てロビーを歩いていると沙也佳が壁の掲示板に貼られている一枚のポスターの前で立ち止まった。
じっとそのポスターを見ている。
「さっちゃん、どうしたの?」
「うん、えっちゃんこれ見て!」
沙也佳がポスターを指さす。
見てみるとそのポスターは天神のイムズにあるケーキハウス・・・『ラ・エストラーゼ』のものだった。
そこには8月15日から9月10日までの期間中、一口サイズのケーキがバイキング方式で90分1500円で食べられると書いてある。もちろん飲み物も付いている。
「ねぇ、15日っていったらもうすぐだよ。一緒に行こうよ!」
「あらっ、沙也佳ってば、恵理佳だけなの?。お母さんは誘ってくれないのかな?」
「あっ、お母さんも行きたいの?。じゃ〜3人で行きましょうか?」
喜々として嬉しそうに話す由美子と沙也佳の話を聞いて信彰が呆れたように智昭に話しかけて来た。
「おい、智昭、女共はまた新たな楽しみを見つけたようだな?」
「そうだね。女性にとっては甘い物は別腹っていうからね」
「それじゃ俺たちも何処かに飲みに行かないか?。大名でいい店を見つけたんだ!」
天神の隣にある大名で信彰はスコッチウイスキーを飲ませるカフェバーを見つけた。
チーズや生ハムにボイルしたドイツソーセージは絶品だった。
他に地ビールも飲めるレトロな店の雰囲気がすっかり気に入って最近よく行っていた。
「いいね、お供しますよ」
「それでこそ俺の息子だ。男は男同士別な楽しみを見つけようぜ!」
そんな2人を見咎めたように沙也佳がこちらを振り向いた。
「お父さんもお兄ちゃんも何ひそひそ話をしてんの?・・・・なんか感じ悪いなぁ」
「いや〜何でもないよ・・・ハハハッ・・・さて、家に帰ろうか」

ホテルの外に出てみると空には雲一つ無く、星が満天に輝いていた。

 

続く♪


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