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SYMPHONY of HARDROCK 1.1
(SINGLE CUT)

作:HIYUKI

 年の瀬が近くなり街もあわただしくなるころ。
 後一週間でクリスマスイヴというとき、実理と敏は学校帰りにいつもの駅前のファミレスにいた。
 二人のメニューはいつも対照的で、それが印象に残るためか、ウェイターの女性から覚えられた程だ。
 敏はロッカーのたしなみとかいう理由でいつも少食にしており、今日もトースト2枚と健康サラダ、それにコーヒーだけだ。
 それに対して実理は良く食べる。今日の彼女のメニューはカツカレーとフルーツパフェでそれに敏と同じようにコーヒーを付けている。
 そんな訳で、いつも敏の方が先に食べ終わるのでウェイターの方が気を利かせ実理のメニューを先に持ってくるのだが、それでも稀に後から運ばれた健二の方が早く食べ終わることがある。今日もそんな日だ。
 食事をしながら実理は敏の顔を見てみる。
 敏は既に食事が終り、音楽雑誌なんかを見てる。
 実理は彼の顔を眺めつつ感慨にふける。
 彼と出会ってから、既に三ヶ月が過ぎようとしてる。
 その間、あの学園祭とその予選会が過ぎた。
 特に予選会の後からは、彼と常に二人でいたような気がする。
 互いに学部が違うから通学時間もバラバラで、講義が終る時間もそうだ。
 なのに講義終了時には、互いに示し合わせた様にサークル棟で待ち合わせて、バンドのメンバーが揃わない時はどちらかの家に赴き、互いに作詞作曲等をしている。
 しかし、互いに最後の一線だけは今まで越えたことは無かった。
 健二は実家が大学から200km程離れたところにあるため、大学の近くにアパートを借りており、敏の部屋に実理が赴き終電がなくなるまで遊ぶことなど度々で、その度に実理は敏の部屋に泊まるが、肉体関係を持つことは無かった。
 敏も強要することは無かったし、実理の方も未知なる領域に飛びこむことに躊躇してからかもしれない。
 それでも実理は敏から肩を抱かれると、暖かくて何ともいえない幸福感が湧き上がってくるし、キスなんかは自分から求めるくらいに好きだ。
 一時期はこのファミレスの食事時でさえ、触れ合っていたくて横に並んで座ろうとしたが、あまりに実理が数多く注文するので食事をするのが不便になり、もとのとおり互いに向き合って座ることになった。
 実理は既にカツカレーが終り、フルーツパフェを食べ始めていた。スプーンをくわえながら実理は上目づかいで敏の顔を見る。
 敏と目が合って敏が微笑むと実理も頬を緩ませる。
「実理、まだ食い終わらないのか」
「うるさいな〜、ヴォーカルは体力が必要なんだよ、ギターと違ってさ、
 それに敏の食事の量が少なすぎるよ!
 敏って、どっか病気なんじゃない?」
「ロックやってるヤツが太ってたら様になんないっていつも言ってるだろ、まだ分かんないのか。
 頭悪すぎるんだよ、お前は」
「単位を2つも落とした人に言われたくない。」
「なんだよ」
 敏のグーが軽く実理の頭に当たる。
「いった〜い、敏のば〜か」
 言葉のやりとりとは裏腹に二人の顔は終始笑っていた。

 食事が終ると実理たちは敏のアパートまで歩いていった。
 駅前近くアパートは家賃が高くて、少し離れていても家賃の安いアパートを敏は借りていたため、駅までの1k近い距離を、敏はいつも歩いて帰っていた。
 最初はきつくて嫌になっていたが、実理と一緒に帰ることが多くなるとその距離も苦にもならなくなった。
 歩き始めてしばらくすると、少し雨が降ってきた。
 敏はバックから折りたたみ傘を取り出すと実理と一緒に傘を持ち、傘を実理の方へ傾け、歩く速度を実理に合わせて歩き出した。
「う〜寒!
 ね〜敏、クリスマスには雪が降るかな〜」
 顔を敏の方へ傾けながら背中越しに実理は敏に聞く
「コレだけ寒ければ大丈夫じゃないか。」
「へっへ〜、もうすぐ女になって始めてのクリスマスだね。
 ちいさい頃はクリスマスプレゼントが待ちどうしくてたまらなかったのにさ〜。
 いつのころからか、クリスマスよりお年玉の現金の方が好きになっちゃったんだよね。
 敏はどう?」
「俺も似たようなもんだ。
 でも・・」
「でも・・何?」
「なんでも無い」
「スッキリしないやつぅ」
 でも・・クリスマスに雪がまちどうしくなったのは今年がはじめてだよ。
 その理由は・・
 そう敏は心の中で思っていた。

 24日の夜、BLUE DAHLIAは都内のライブハウスでクリスマスライブをやることになっていた。
 4組の対バン形式のライブだ。
 クリスマスにちなんでバンド名も一夜限りWHITE DAHLIAにすることも決定していた。
 今回は学園祭と違い、オリジナル曲もいくつか用意されていて、既にメンバー全員とも気合十分に挑んでいた。
 オリジナル曲は全て実理と敏が作っていて、他のメンバーもそれに意義を唱える者はいなかった。
 健二や米倉は演奏できればそれで良いと考えているタイプだからアドリブ以上のことはしないし、美里はそこまで音楽にこだわってないので、皆と騒げればそれで良いという感じだ。
 いつもの練習スタジオでは、メンバーの5人とプラス1人が集まりは最終チェックに余念が無かった。
 後6日で本番というのに、まだ一度もライブでやったことのない曲を何回も作り変え、ひどい時には曲展開すら変更していた。
 美里は他の4人についていくのがやっとだ。
 改めてこの4人の音楽的レベルの高さには驚かされる。
 特に実理はプロデビュー寸前までいった程なのだ。
 一つのコード進行に対し様様な形でアプローチを取れるのに対し、美里は構成を覚えてコードを押さえるだけでやっとだ。
 それに少しでも変更があろうものなら、たちまちそこで躓いてしまう。
 なんとか出来るようになったと思ったら別の誰かが変更を希望してまた四苦八苦してしまう、そんな状況がここ2週間ほど続いていた。
 練習が終りスタジオの外にでた実理は缶ジュースをかかえ美里に向かっていた。
「おつかれ〜、美里。どう、練習きつくない?」ジュースを差し出しながら実理は美里に話しかけた。
「駄目だめ、ついていくのがやっとだ〜ぁ、コピーなら楽勝なんだけど。」
「オリジナル曲は煮詰めていけば切りが無いし、コピーだともう完成しているから楽なんだよね。」
「でも、実理たちは凄いよ、次から次へと、よくもあんなにアイデアが浮かぶものね〜」
「好きだからだよ。ところで美里の彼氏ってクリスマスライブにくるの?」
「うん、もう絶対にくるよ!打ち上げのときに紹介してあげるね!」
「うん絶対だよ!絶対!
 後は本番あるのみ。それじゃ」
 実理と敏は残ったメンバーらを後にして、また敏の部屋へ向かった。
 
 二人が敏の部屋に帰ってみると留守番電話にメッセージが入ってたので、敏が再生ボタンを押してみるた。
ピッピッ
「美里です。
 ごめん敏、それと実理もそこにいるよね。一緒に聞いて下さい。
 練習のときに言えば良かったけど、言えませんでした。
 こんなこと、電話でいうのは失礼だけど、私がバンドの足を引っ張っているは自分でも良く分かります。
 クリスマスライヴが終ったらバンドを止めようと思います。
 特に実理へは私がバンドに誘ったのに、自分からやめていくのは無責任だと分かっています。
 けど、もうバンドが私のついていけるレベルじゃ無くなっていることを分かって下さい。
 ほんとにゴメン。
 それじゃ」
 プープープー・・ガシャン
・・そんな〜
 実理はそれを聞いて愕然とした。
 実理は美里がきつくなっていく様子が手に取るように分かっていた。
 だから、美里に気を使って練習していたのだ。
 でも、いくら気を使って声をかけてたとしても、音楽そのもののレベルを下げずにいたことが、どれ程美里にプレッシャーを与えていたことか。そこまで実理は気が回らなかったのだ。
 しばらく唖然としていた。自分の迂闊さに悔しさを感じて。
 目にはうっすらと涙も浮かべていた。
 そんな様子を悟ってか、敏がそっと後ろから実理の肩を抱いた。
 実理は振り向いて、たまらず敏の胸に顔をうずめて背中に手を回した。
「実理、バンドってつまるところ人間関係だろ?
 長いことやっていけばこんなことの一つや二つ良くあることだよ。
 美里を引き留めたかったら、そうなるように、もう一度話し合おう。
 俺も美里とはまだ一緒にやっていきたいから、一緒に引き留めよう。
 明日、また話し合おう。それでいいだろ」
 実理は声をださず敏の胸の中で首を縦に振って返事をした。
 しばらくして実理が話しかけた。
「敏ぃ〜」
「うん?」
「ありがとう」
「お前ってほんと女の子になったよね!」
「あっ」
 二人、口付けをして互いを確認しあっていた。

 次の日、実理は美里のケータイにいくら電話を入れても不在の知らせが届くのみなので直接、美里の家に赴いた。
 敏も一緒にいくと言ったが、実理は一人で行った方が気軽に話せると理由をつけ一人で向かったのだ。
 玄関先のチャイムをならすと美里は驚いた顔で玄関まで出てきた。
「実理・・」美里はそれ以上言葉がでなかった。
「美里、まだ一緒にバンドやっていこうよ。
 辛いことがあったら何でも言ってよ。急に電話だけじゃ・・」
「ごめん、でも・・」
「美里とはこれかもズッと一緒にメンバーとしてやっていきたいから。」
「・・上がって・・」
 美里からそう促されて、玄関から美里の部屋へあがった。
 美里の部屋は実理の部屋と違って、いかにも女の子の部屋という感じがした。
 可愛らしいカーテンや人形、CDなんかも無造作に置いてあるだけでなく、見せる収納をしているのだ。
 実理の部屋は実用一点張りで、楽器や録音機材、それにCDを合わせるととても部屋を飾り立てる余地などないのだ。
 実理は本来の目的を忘れた様に美里の部屋を見入っていた。
「実理の部屋と雰囲気が違うでしょ。」
「うん、全然違う。こんな風にすれば、敏ももっと喜ぶかな?」
「そうだよ、きっと彼も喜ぶよ。」
「それじゃ教えてよ、どんな風にすれば良いか。」
「実理の部屋はまずカーテンからね。」
「うんうん。」
 二人とも部屋のインテリアの話で盛り上がってるうちにバンドのことなどどうでも良くなってきた。
 それは実理にとって大きな転換期だったかもしれない。
 いままでは、他の事などそっちのけで音楽の話ばかりしていたのに、敏のことがでると今はそっちの方が大事になっていたのだ。
 特に敏が喜ぶことなら、どんなことでもやろうという気になっていた。
 その後、実理達はバンド存続の話しなんか全然しかったが、実理の敏を思う優しさにひかれて、美里は結局バンドに残ることになった。
 そして、こっそり実理だけに、美里は彼氏のことを話した。

 本番の前日、個人練習ということで実理と美里はスタジオに篭っていた。
 通常バンド単位でスタジオを借りると時間帯や場所によって様々だが、大体1時間1500〜2500円くらいかかってしまうのだが、二人までだと個人練習扱いしてくれるスタジオが多く、その場合半額になるのだ。
 実理たちは一時間800円のスタジオで2時間みっちり練習していた。
 シーケンサ−に打ちこまれた音と、コードのかかれた譜面を頼りに、全部で5曲を可能な限り練習した。

 一曲目
「美里、その曲の出だしはアタック感の強い音でアルペジオをやってAメロにもっていって、Bメロからはストリングス系の音色で白玉の長い音を高音でかぶせて」

 二曲目
「実理、そこのCコードは、バレーコードよりローコードの方があうよ。」
「そう?じゃあそうする!」

 三曲目
「・・喉が枯れそう」・・
「ハイ、ジュース」
「ありがとう、美里」

 四曲目
「曲順はこれで良いよね?実理!」
「3曲目と4曲目の流れがね〜・・」
「MCはさむ?実理の大っ嫌いな。」
「却下」
 二人とも口元を押さえて笑っい合った。
「あっ、実理、その笑い方、女の子っぽいよ。
 成長したね〜ぇ、よしよし。」
「えっ、そう?ホント、嬉しい。」
 たちまち実理の頬は赤くなっていった。
 以前は女の子っぽいと言われると恥かしくなっていた実理であるが、敏が女の子の様な仕草をすると喜ぶので、実理はいつしか女の子と言われると喜びを感じるようになっていた。
 女を変えるのは男次第、いつかテレビで誰かが言ったような気がする。一歩間違えればセクハラまがいの言葉であるが、実理にとって、その言葉は紛れも無い事実であった。
 敏がいなければ、実理はこんな風な嬉しさと無縁であっただろう。
 仮に誰か別の男と一緒になったとしても、こんな風にはならなかったと思う。
「実理、喜んでないで最後の曲いくよ」
「それじゃ、シーケンサースタート」
 カウントスティックが流れ出したが、曲が始まる前にスタジオの扉が突然開いた
!?
 扉から、ナンパそうな男が3人スタジオに入ってきた。
 全員サングラスをかけてて、そのなかのリーダーとおぼしき金髪の男が実理に話しかけてきた。
「ねぇねぇ、彼女達、バンドしてるの。」
 美里が後ずさりしたので、実理が返答した。
「うん、そうだけど・・」
「よかったら、自分達のバンドに入ってみない。
 僕らは、都内でも結構名前がしれてきて、メジャーからの誘いもあるし、勉強にもなるよ。」
「へー、そうなの。バンド名は何ていうの。」
 慣れ慣れしく実理の肩に手を置いてきた。
「R・A・Mっていうの、知ってる。」
 実理は聞いたことがある。
 DOPE−SHOW在籍時の話だ。
 これもDOPE−SHOWと同じく昨年、メジャーデビュー直前までいきながら、断念せざるを得ない理由でデビューが遅れたバンドだ。
 噂で聞いた話だが、ファンクラブの準備中にファンクラブ会員の女性にレイプまがいの事をし、妊娠させ堕胎せざるを得ない事件を起こしたため、レーベルが手をひいたという、もっぱらの噂だ。
 事実、実力的にはDOPE−SHOWとなんら遜色は無かったのに、大手メジャーレーベルが手を出さなかったため、弱小プロダクションの手を借り、ようやく一からスタートというのが実情だ。
 そのリーダーが確か・・
 
 キャッ!?
 
 残りの二人が美里の方に向かって、肩に手を置いた瞬間だった。
 実理があまりの気持ち悪さに叫んで座りこんでいた。
 うっすらと目に涙を浮かべている。
 二人ともニヤニヤして
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃん。」
「そうそう、別にとって食おうっていうことするわけじゃないし。」
 嫌〜!?
 実理の中で嫌悪感がねずみ算式に増加する。
 今までは自分も元男だから、そういう欲望に対してもかなり大らかな実理だったが、こいつらは許せなかった。
「やめろ、美里に手を出すな。」
 実理は美里の方へ行こうとしたが、金髪の男が肩を押さえてきた。
「怖い顔すんなって、一緒に楽しいことしようぜ。」
「誰がお前なんかと・・」
 目の前で男の顔が迫ってくる。
 実理のあごを男の手が掴んで、無理やり口付けをしようとした。
 寄るな・・馬鹿野郎・・
 実理も震えて力が入らない。
 拒絶することもできない。
 何で・・こんな奴なんかに・・

 バタン
 勢い良く、また扉が開いた。
「KAITO、久しぶりだな、女癖の悪さは相変わらずだな。」
 声の方を見ると、扉入り口に健二が立っていた。
「KAITO、悪いな。これは俺と俺のツレの彼女なんだ、引いてくれ。」 
「健二のオンナじゃしょうがないな。彼女達、健二が悪さしたら俺達が癒してあげるぜ。」
 そう言うとKAITO達はスタジオの外に出ていった。
 3人が出るのを見届けた健二はすぐさま美里の元に駆け寄った。
「大丈夫か、美里。」
 美里の手をひいて、立ち上げるとせきを切ったように美里は健二に抱きつき泣き出した。
 健二は背中に越しに美里の頭を撫でて、泣き止むの待った。
 そんな様子を実理はボーっと眺めていると健二が話しかけてきた。
「実理、敏ももうすぐここに着くから、しばらく向かいの喫茶店で待っていてくれ。スタジオ代はもつから。」
「うん。」
 短く返事をして、手早くシーケンサーとギターを片付けると二人を残して、実理はスタジオを後にした。

 テーブルにある黒いコーヒーは、出されたときのまま温度だけが下がりつづけていた。
 立ち上る湯気だけを実理は眺めていた。
 店内にいる人は本を読んだりしてるのに、私は何をしてるのだろう。
 自問自答するが考える気力もない。
 敏が側にいないだけでこんなに臆病になるなんて思いもしなかった。
 KAITOが肩に手を置いたときの嫌悪感は、ドロッっとした感触を残したまま離れない。
 実際の感触は、敏や他の人の手となんら変わりないのに、こんなにも嫌らしく思うのはなぜだろう。
 そういえば最近似たようなこと思ったことがある。
 タバコだ。
 タバコの煙が男のときと、女のときとでは明らかに違った。
 男のときはタバコの煙というと、臭いと思うくらいで全然気にならなかったが、今は、明らかに毒と思える程になった。毒の気体、というよりは塊と思えるようになった。
 なんて言ったらいいのか分からないが、外見以上に内面が変化してる。
 物理的なものは何も変わってないのに、それに対する感覚がかなり違っている。
 女になるというのは、そういうことなのか。
 諦めとも、納得とも言い切れない実理の気持ちであった。
 フー
 ため息が自然と出ると背中からニューっと腕がでて来て実理の肩を抱いた。
「待った」 
 愛しい人の声が背中越しに、聞こえてくる。
 高揚とも安らぎともとれる幸福感が胸一杯に広がってくる。
「うん、すごく待った。だから・・」
「だから・・何?」
 目をつぶって答えた。
「今日はズッと一緒にいて。」

 敏の腕まくらの中、実理は生まれたままの姿で寝ていた。
 愛らしい顔。
 敏は実理の寝顔を見て素直にそう思った。
 朝7時前5分。
 いつも起きる時間だ。
 でも今日は少し違う。
 やる気が全然違う。
 実理から大切なものをもらったのだ。
 かけがえのない、クリスマスプレゼント。
 きっと、人生で一番のプレゼントだ。
 そして今日はライブの日。
 実理も目を覚ました。
「おはよう、実理。」
「うん、おはよう。」
 実理は敏の腕に抱きついた。
「用意しよう、リハーサルは9時からだよ。」
「分かってる。
 けど、もう少しこのままでいて。」
 実理の髪をときながら、敏は頷いて返事をした。

 ライブハウスの中はバンドが4組もあるせいか、機材があふれている。
 特にラックにつまれた敏のギターエフェクターは一際目だっていた。
 各ギタリストのエフェクターのほとんどが、フットスイッチタイプのものばかりだったので、一斉にバンドマン達は敏を注目していた。
「なぁ実理、俺、目立ってないか。」
「機材で十分目立ってるよ。」
「まいったなぁ、プレイ自体は実理の方が目立つのに・・」
「今日は敏の方が目立つよ。
 自身を持って」
と言って、実理は軽く敏の頬にキスをした。
 キスされた方の頬をなでながら敏は、今日の実理はいつもにも増して美しく見えていた。
 学園際予選の初ステージの時の衝撃も大きいけど、今日は内面的な美しさがにじみ出ている様な気がする。
 人はそれを色気というのであろうか。
 今日のイベントはもちろんクリスマス、そしてそれに関して4つのバンドがそれぞれ最低1曲以上、クリスマスにちなんだ曲を演奏するのだ。
 実理達WHITE DAHLIAは3組目の出場で、1組目はコミックバンド、2組目はカントリーバンドであった。4組目のバンドだけは直前まで判明できない。聞いた話、どうも大物バンドらしい、ということしか実理達には伝わってこなかった。
 そのため他のバンドに控え室は使わせてもらえず、実理達は機材を盗まれない様に自分達で機材の見張りをすることになった。
 客入りの方はまずまず、カウンターを含め200席近くある席がほぼ全部埋まっていた。
 1組目のバンドは全員サンタクロースの衣装を来て、定番の洋楽ハードロックを無理やりクリスマスにちなんだ日本語を載せて、観客を笑わせていた。
 2組目はWHAM!のラストクリスマスをアコースティックギターで歌い、その後はカントリー風オリジナル曲を披露し、最後は盛大な拍手で終った。
 3組目、実理達の出番だ。
 先ほどから注目されていた敏はラックエフェクターを調整していた。
 調整の合間合間にアンビエントな音を出すと、観客からスゲーともらす者もいた。
 健二は相変わらずアンプとシールド直結で終っていた。
 実理はスタンドマイクを手早く調整すると、ギターのエフェクターパッチの確認だけをしてセッティングは終了した。
 キーボードの感触だけを美里は確認すると、直ぐにOKの合図を出した。
 都合良くこのライブハウス備え付けのキーボードと美里が所有しているキーボードが同じだったので、フロッピーで音色データだけを読み込むだけで良かった。
 そのせいか、美里の緊張感も幾分和らいでいた。
 米倉昭彦のドラムセッティングはいつもアバウトだ。
 タムタムのチューニングは適当だし、ハットのペダルもいい加減で、ややもすればオープンかクローズか分からないときもあるくらいだ。
 しかし、ベースドラムとスネアードラムのコンビネーションは、そのいい加減さから想像もつかないくらい緻密なリズムを刻むことができるのだ。
 ようやく、ステージでの調整が終ると、PAからOKの合図が出た。
 一曲目、シーケンサーからのフレーズが流れ、ドラムがイントロに合わせて4カウントをとると一斉に音が流れはじめた。
 いつもの様に一曲目をアップテンポにするのではなく、クリスマスということを考え、今日はミドルテンポでの出だしとなった。
 タイトなリズムを米倉が刻んで、それに健二のベースが合わせる。
 敏のギターはクールなカッティングをタンタンと刻み、美里のキーボードのみが派手な高音のシーケンシャルなフレーズを演奏していた。
 実理はファルセットを絡めた歌い回しでアダルトな雰囲気を醸し出し、丁寧に歌い上げていた。
 1曲目が終ると2曲目に流れこむ。
 今度は一転して、敏のヘビーなギターのフレーズから曲は始まる。
 ドラムも8ビートから16ビートへ移行し、俄然、手数も多くなる。
 先ほどはテンションノートも絡めたジャジーなベースも今度はルート音のみを延々、8分で刻んでいく。
 今度はキーボードがフレーズの脇役となり、コードのみを右手で押さえるだけとなった。
 抑揚重視で歌った実理もこの曲から力任せに歌い出す。
 その勢いで3曲目に突入する。
 先ほどまで実理はギターを申し訳程度にしか演奏していなかったが、この曲では敏とツインギターになり、ギターを前面に押し出す。
 しかしギターの主役はあくまでも敏で、実理は以前の様に曲調を無視しテクニックに走るようなことはなく、その場その場の雰囲気に合わせて音を重ねていった。
 3曲終ってここでMC
「メンバー紹介をします。
 リズムキーパー、ドラム米倉昭彦、
 クールなベース、秋山健二
 頑張り屋さのキーボード、坂田美里
 カリスマリーダー、ギター及川敏宏
 そして私 ヴォーカル担当の松宮実理
 です。」
 観客から実理ちゃん彼氏は誰、とか野次が飛ぶ。
 以前の実理だったら顔を真っ赤にしていませんと叫んでいたが、今は余裕を持って対処していた。
「彼氏はレオナルドデカプリオで〜す。
 そんなこといいから次いくよ。
 ワン、ツー、スリー、フォー」
 実理合図がそのままカウントダウンとなり4曲目がスタートした。
 メジャー調のバラ−ドだ。
 これが実理達にとってのクリスマスソングとなっている。
 4ビートのドラムが響くなか健二はベースをピックから指びきへと変え、敏のギターもクリーンな音で攻めた。
 キーボードもスタンダードなピアノの音色で実理の歌を引き立てていた。
 実理は敏への愛しさを包みこんで歌い、オーディエンスはその唄を聞き入っていた。
 女しか、いや実理にしか歌えない歌。
 ゾクッとするような本物の凄い歌。
 4組目のバンドはこの歌を聞くと驚愕の表情をしていた。
 曲が終ると。
「最後の曲です。知っている人は一緒に歌って下さい。新世紀へのカウントダウンです。」
 ヨーロッパのザファイナルカウントダウンを演奏した。
 印象的なブラスがライブハウス一杯にこだまする。
 ドラムのタムタムが入り曲が盛り上がる。
 ツインギターでのソロも綺麗に決まり、好評のうちに演奏を終えた。
 「またね〜!!」
 実理のMCでステージは終了した。
 
 客席に戻ったとき、美里から皆に知らせたことがあるといって、バンドのメンバーを集めた。
「私の恋人は健二です。」
!!!???
 一瞬全員が呆気にとらえられたが、今にして思うと二人の行動は怪しいかったことが思い出される。
 健二はいつもなら絶対に見せないはにかんだ笑顔を見せ、美里の肩を抱いた。
 米倉の横には相変わらず優がそこにいて、3組のカップルが出来たことになる。
 米倉が「じゃ、みんなでメシ食った後はホテルに行くか。」
 という提案に誰しも頷いた。
 4組目のバンドが何なのかなんて、全然気にならなかった。

 12月24日、夜10時
 実理と敏はベットの中にいた。
「敏・・」
「ん?」
「メリークリスマス・・」
「メリークリスマス!」
 実理の頭をなでる。
「ね、敏この前の言葉の続きは何?」
「クリスマスに雪がまちどうしくなったのは今年がはじめてだよ。
 その理由は・・」
 少し間を置いて
「理由は」
実理が敏の顔を覗き込む。
「実理がいるから!」
「私も。」


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